「いったい、どういう事なのだわ!?」
最近死ぬ者があんまりいなくなった。
より正確に言えば、悪意を持った事件で理不尽に死ぬ者が激減した。
エレシュキガルはその原因に頭を悩ませていた。
原因となっていたのは、呪われた森の穢れた獣フワワ。
最近、妹が神様を辞めて、神殿がうどん屋になったのもそれに関係しているのだという。
対偶に位置する女神イシュタルが
その神性部分はエレシュキガルに回ってきた。
最初こそ、
「これで私の勝ちなのだわー」
と言っていたが、ライバルというか犬猿の中というか、そんな関係の妹が女神を辞めると心なしか物足りないというか、
まあ、だいたいそんなところだった。
決して寂しいとかそう言うのじゃないのだわ、とは彼女の言である。
「これで、私の、勝ち…なんだから」
最近は張り合いが無くて、若干覇気が失われ気味である。
仕方ないので、エレシュキガルは原始獣フワワの様子を見に行くことにした。
フワワがいるレバノンの森の中に向かったエレシュキガルは、ふわふわした髪の毛の少女に、妹がふとんを被せている所でかちあった。
「…何をしているのだわ?」
そう問いかけた姉のエレシュキガルに、一瞬だけイシュタルは驚いたが、
ゆるやかに小さな寝息を立てている少女を指差すと、口元に人差し指を当てて静かにするように促した。
少女に布団をかぶせ終わったイシュタルは、ゆっくりと音を立てない様にエレシュキガルの方にやって来た。
まあ、実際には音を立ててもその少女はそうそう起きる事も無いのだが、いわゆる心遣いと言うやつである。
あのイシュタルが若干良い女になっておらっしゃるー!?
エレシュキガルは妹の意外な精神的成長に驚いた。
妹が以前は、どう見ても結婚できない女なのに、何故か既婚者みたいな女だった事もその驚きに拍車をかけていた。
「久しぶりね。で、何の用かしら?」
そう要件を促すイシュタルにエレシュキガルはフワワを探しに来たと答えた。
「この子に用事なの?」
「………えっ? その子が地上の厄災フワワ?」
「いえ、オレンジジュースが好きな自然体の自然、ふわわよ」
ちなみにふわわの好きな食べ物はドングリである。
探していたはずの猛獣が、のんびりした室内犬の様なふんわりした少女であった事にエレシュキガルは驚いた。
「…かわいい。欲しいわ」
何となく呟いたエレシュキガルの独り言にイシュタルは急にその目を鋭くした。
「あげないわよ。私は女神を辞めたから、もう領分の話で姉さんと争うつもりも無いし、
水に流してのんびり仲良くやっても良いとは思うけど、
それでもあの子を連れていくなら、戦争しても良いのよ?
私に勝ち目なんか無いでしょうけど」
「――――変わったわね」
「神から人間に変わったのよ。それで変わらない方が変わり者よ」
かつて神であった妹と、今なお神である姉の視線の火花が散った。
先に折れたのはエレシュキガルだった。
「…連れて行くのは諦めるわ。本当は凄く欲しいのだけど」
そう言って、去っていこうとしたエレシュキガルの背中に妹は声を掛けた。
「此方に出向く分には構わないんじゃない?
適当に待ってるわ。この子も、母さんたちも、…私も」
若干素直になった素直で無い妹の成長と、その原因でもある責務の解放に羨ましさを感じながらも、
冥界の女主人である誇りを胸に、自分は神であり続けるしかないし、
そうありたいと心から思うエレシュキガルは、妹の分も含めて冥界の神としてこれからも頑張っていく事にした。
まあ、取り敢えず今回はちょっと妹に負けた気がしたので、
悔しかったエレシュキガルは、元イシュタルの神殿で行われているうどん屋に対抗して、
そば屋を自身の神殿の一角に作る事にした。
冥界のそば職人たちのノウハウを凝縮して作ったレシピは、勿論ウルクの王様たちにも好評であった。
「おいしいね、ギル」
「ああ、何より香りが素晴らしい。ああ、店主、おかわり」
天空も地上も冥界も、今日もかねがね平和であった。
そば粉のひき方からこだわるのだわっ!!
そば処めーふ うるく店
営業時間 従業員が起きたら~カラスが鳴き始めるまで
定休日 不定期