「困った事になったわ」
獣を人に変える文明の象徴たる指定を受けた聖娼女シャムハトは、長老たちから言われた無理難題に悩んでいた。
彼女は他者と交わる事で、その身に含まれる自然を洗い落とし、文化に染める事が出来る。
かつてエルキドゥもあんまり言葉を知らぬ獣から、知性溢れる人間となった。
原始の自然そのものであるフワワと体を重ねる事で、自然そのものを文明へと変換する目論見があった。
勿論天然100%なふわわから天然成分を抜き取ると何も残らなくなってしまう。
フワワの消滅を以って、自然の改変と文明の勝利を証明しろ。そう使命を与えられていた。
しかし、
「でも無理~」
だって、可愛いんだもん。
シャムハト的には、フワワを消し去って、代わりに文明の支配を証明する事はやる気が起きなくなった。
因みに今現在シャムハトにひざまくらされて、ほっぺたをつつかれているゆるい美少女こそがふわわである。
先程、久しぶりに森に遊びに来たエルキドゥと水遊びをしていて、疲れて眠ってしまったようだった。
シャムハトがここでふわわに手を出せば、全てが終わる。
人類が獣と神に勝利する。
シャムハトは後ろに立っていたエルキドゥと視線を合わせた。
エルキドゥもその立場からすると、シャムハトの背中を押す必要があった。
だが、その言葉が出なかった。先程疑いも無く自分と遊んだふわわに対して、獣にも劣る、
否、獣には到底届かない人間の性根を出す事が出来なかった。
より正確に言うならば、そんな性根がそもそも無くなっていた。
故に無言。卑怯にもどちらの立場も選べずに苦悩する。
見て見ぬふりをして、友を喪ってその後で後悔する。後悔した振りをする。
そんな卑怯な自分にエルキドゥは嫌気がさしていた。
だから、今回だけでも無かった事にしよう。また、次回にしよう。
そう言おうとした時、シャムハトが口を開いた。
その言葉が冒頭の発言であった。
「ごめんよ、ギル」
エルキドゥはそう呟いた。
ギルガメッシュは周到に神が計画した事によって存在した、神々と人間達の楔である。
そしてエルキドゥはそんなギルガメッシュと神々の間の楔である。
だが、果たして強引に突き刺して縫いとめる楔として良いのだろうか?
縫い付けられた大地の悲鳴は誰が聴くのだろうか?
エルキドゥはなまじ文明の知性を獲得した故に悩んだ。悩んでしまった。
かつてはそのような事も無く、悩む事も無く、他の獣たちと森を駆けまわっていたというのに。
「教えてくれふわわ、僕達は後どれだけ悩めばいい。
文明は言ってくれない。楔の役割を、何時まで突き刺せばいいのかを」
自身の存在意義にすら悩み始めたエルキドゥ。
神々に創られた故に、その精神が存在の根幹を造るが故に、作られた生命は身を削る痛みに襲われた。
「くさびじゃないよ、えるきどぅーだよ」
ふわわがシャムハトにひざまくらされたままそう答えた。
エルキドゥが悩み始めた所で、ふわわなら何とかするだろうとシャムハトが起こしたのだ。
「わたしはわたし。ぎるがめっすはぎるがめっす。えるきどぅーはえるきどぅー。
つきささなくても、てをむすべばいいんだよ」
それは当たり前の様に紡がれた言葉だった。
ふわわはそもそも複雑に物事を考えないので当然の事であったが。
自然と文明。互いを削り合うのではなく、手を取り合う。
そんな事が出来るのか?
いや、自然の象徴たるふわわの方からそう持ちかけてくれたのだ。
ならばこそ、自分も応えなければならない。
何、結びつける事に関しては存在理由レベルでの得意技だ。
エルキドゥはシャムハトのひざまくらが気持ち良かったのか二度寝し始めたふわわの顔を目に焼き付けると、
ふと空を見上げた。
エルキドゥの上方には木に腰かけたイシュタルがいた。
彼女は手に持った弓矢を隠す様子も無かった。
「…どうやら僕達は命拾いをしたようだね」
「別に、ふわわの事が心配で来た訳じゃないんだからね」
いつの間にか、人間的な方の意味のツンデレをマスターしつつあるイシュタルに、
ふと、エルキドゥは色んな意味で強敵だなと思った。
でも、バリボリとせんべいを口にくわえながら喋る辺り、
「うん。大丈夫だ――――ところで、そのせんべい2枚もらっても良い?」
1枚はギルガメッシュ用のお土産です