メソポタミアがめそぽたみあを追いかけてきました。
決別ルート
ふわわは歩いているとある事に気が付いた。
「…まあいいか」
あることに気が付いたふわわは、その事について考える事が面倒だったので気が付いた事ごと忘れる事にした。
因みに、その気が付いたことは森の何処を歩いても地面がぬかるんでいる事であった。
実害は全くない。少なくともこのレバノンの森においては。
だが、ウルクを初めとするメソポタミアの都市に住む人間達は、水位が上昇し続けていく現象に右往左往していた。
訓練されたレバノンの民ならば、この程度気にせず寝て過ごすというのに。
いや、寧ろ訓練は全くされていないというのが正しいか。レバノンの民に訓練は不要。
そんなヒマが在ったら寝た方がマシだと言えよう。何故か? 単純に面倒だからである。
今回の事態は何故引き起こされたか?
その答えはひとえに『決別』である。これは良い言葉を厳選して使った言い方であって、
もっとストレートに言えば『使い捨て』であった。
自分の妻と娘と孫を嫁にした碌でもない神、エアや、ご近所に騒音被害で迷惑をかけて反省する気の無い暴れん坊パンクロッカー、
もといマルドゥクを良識派お母さんのティアマトが諌めようとした結果、
自分達の弟でもある末っ子のキングゥごと母を抹殺してバラバラにした、イカれた息子たちによる母との決別。
自らで環境を構築する事を覚えた驕れる人間達による、力への信仰と引き換えの神々への克服という名の決別。
もはや用済みとなった神々を必要としなくなる未来を微かに、そして確かに感知した世界の幻想に対する決別。
それらが神々たちを薄めていき、既に封じられた古代の巨神たちを虚無へと送り込む流れが確かに進行していた。
神々たちは苦悩した。どうすればかつての権勢を取り戻せるか?
否、如何すればとりあえずでも生き延びる事が出来るかと。
こういう時に取り敢えず行動指針に口を出す至高神の愛娘が女神を止めていたこともあって、
精神的に若くない神たちは、カビの生えたような思考を出し合ってその答えを探していた。
その答えは、呪われた森の中にあった。
地底に封じられた筈の、かつて頼りになる大黒柱だった父親がその封を破り、
愛する息子たちによってバラバラにされて世界の構築に使われた母親の一部を再生した。
そして世界に大地が生まれる前のかつて海水と淡水しか存在しなかった世界へと忍び寄る様に改変するように、
レバノンの森以外では水位が上昇し続けていた。
アトラ・ハーシスとかアトランティスとか呼ばれる世界沈没の伝説が作られようとしていた。
このままでは人間達はリセットされてしまう。
その事をある温厚な神はその事を嘆き、エンリルの様なMッパゲ王子気質の過激な神は良い様だと嘲笑っていた。
だが、世界もみすみす人間達を滅ぼす気も無かったようだった。
メソポタミアの神々の消滅速度はそれによって早まっていた。
かつて神であった少女は、その様を知り憐れんでいたが、
取り敢えずは意中の男から、緑色の美形をどう引き離すかを考える事でいっぱいいっぱいだった。
その結果、寧ろ緑色がいても良いじゃないと考える様になるが、それはまた別の話。
消えかかった神々は恥を忍んである場所に避難する事にした。
その土地の名は『レバノンの森』。守護獣フワワが治めるとされる呪われた地であった。
我先にと逃げ込みながらも、神々全員でかかれば倒せるはずのフワワへの警戒を忘れず、
マルドゥクやエンリルを中心とした武闘派の神々は各々の武器を強く握っていた。
そして辿り着いたレバノンの森。その入り口には全く覇気のないゆるふわお嬢様のような少女が立っていた。
「娘、そこをどけっ!!」
とてもではないが、その娘こそが元フワワだとは信じられない神々たちはそう言って障害物を排除しようとした。
消えかかる神々の様な世界の敵が森になだれ込めば、森も世界の敵と看做されレバノンは神々ごと消し去られる可能性がある。
ふわわはフワワとして森の守護者としてそれを止める使命があった。
頭を使わないふわわは、特にそれを考えていたわけでは無かったが、
彼女の魂がその使命を記憶していた。
彼女は森の娘にして、全ての森の民たちのおかあさんでおねえさんなのである。
エンリルはその武器をふわわに叩き付けた。
雲の様に儚い体つきのふわわにそれを防ぐ術は無い。
様子を見に来た森の動物たちは咄嗟にその目を覆った。
直後、この森には珍しい硬質な音が響き渡った。
全てを切り裂くとされるフワワの爪。今は先も丸くそんなに長くないその爪は、
エンリルの振るった武器を軽々と弾いた。
そこで初めてエンリルは気が付いた。
「貴様ッ!!-――――――――『全ての者の恐れ』かっ!!」
原始獣フワワ。またの名を『全ての者の恐れ』。
全ての者が恐れる存在であるといまここに改めてエンリルによってフワワは再定義された。
だが、忘れてはならない。此処にいるのはフワワではなくふわわである。
恐れられることが無い故に
「わたしはふわわ」
『すべてのもののおそれ』って何だろう? わたしはふわわだよ?
そんな意味を込めた凄く間延びした声での返答だった。
だが、神々は後ろからは世界からの消滅が迫ってきている故に、
此処で引く事は出来なかった。ほとんど全ての神々がふわわに武器を向ける。
それは、武器の容をした明確な殺意だった。
こんな状況ではふわわは助からない。
対して危機感を感じてい無さそうなふわわに代わって森の動物たちがふわわを庇うように神々の前に躍り出た。
ナマケモノみたいに足が遅い動物は未だ移動中だが、それは仕方なかった。
だが、神々にとって神獣ならともかく、普通の有象無象の獣など幾らでも替えが利く存在でしかなかった。
ふわわは良く解らない状況だけれども、自分をも守ってくれる動物たちを護る為、更に彼らの前に出た。
神々は迂闊だった。
『レバノンの森』の守護者『フワワ』は、『ればのんのもり』によって『ふわわ』であったのである。
そして、今動物たちの前に踏み出したふわわは、森の敷地の境界線を越えてしまっていた。
普段なら森から出ても『ふわわ』は『ふわわ』でいられたが、
その元となる森のふわふわ感が神々のシリアスさによって壊されていたのである。
途端にエンリルがかつて知った、悍ましい原初の穢れとしての何かが溢れ出そうになっていた。
「森を傷つける者は、―――――この
ゆるふわのカールのロングヘアが風になびくストレートに変わった。
白いワンピースは少しあったシワも消え失せて、ワイヤーが入った様にピンと張った。
地に在ってその名を恐れぬ者はいないとされた原始の厄災が目覚めようとしていた。
その狂気に呼応されたのか、森の奥から神々の誰もが知る懐かしい、それでいて恐れていた気配が姿を現した。
――――――大母神ティアマト。
神々がかつて殺した己たちの母が森の動物たちの後ろに姿を現していた。
その横にはアプスーの姿もあった。
父たる神と母たる神は、その口を開き、告げた。
「母さん、言ってやれ」
「けんかは、めっ」
………空気が、止まった。
勿論、別に母たる神の大権能とかそういうものでは無い。
その中で、唯一動いたふわわは返答した。
「そうだね」
――さて、こんな空気の中で戦争が続けられる奴がいたらよほどのKYである。
森の動物たちと、かつての両親もとい両神と天の神々たちは話し合う事にした。
それには多大な時間が流れる事になった。
時間にしてカップラーメンが出来る程である。ふわわならその間にレム睡眠にまで到達できる。
そう言う時間であった。
結局、森は神々を受け入れる事になった。
ふわわは会議中に眠ってしまっていたので、主にリスのお母さんとかがメインになって話し合いが進んだ。
神も獣も対等な同じ森の住人になることが決まったのである。
レバノンは世界を敵に回した神々をも受け入れた。
俗に言う、けものはいても、のけものはいないというやつである。
――――これにより、この時代よりレバノンの森は消滅した。
時は流れ、ある場所のある時代において、ふたりの少女がいた。
少女たちは見知った森で遊んでいたはずだったが、いつの間にか見覚えが無い所にいた。
ぐずる妹を宥める姉は色んな昔話を思い出した。
森に入ると、神隠しの様に知らない世界に繋がる事がある。
そう、彼らの祖母が言っていた。
曰く、その幻想世界は常に世界と隣り合わせに存在していて、科学的には証明できない揺蕩う森だと。
曰く、たぶん恐ろしい獣がいるのだと。
曰く、美しい眠り姫がいるのだと。
姉の少女は、恐ろしい獣がいたらどうしようと不安に思いながらも、妹の手を握り締めておっかなびっくり森を進んだ。
途中でリスの親子が木の上から眺めてきたり、一瞬だけだがキリンの様な動物が見えた気もした。
そうして森の小道を進んでいくと、開けた場所があった。
そしてそこには奉げられたように眠るこの世のものとは思えないほど美しい少女がいた。
近寄ってみても身動き一つしないので、
一瞬死んでいるのかと思えたが、僅かに寝息が聞こえた。
それに姉妹は安心した。こんなところで寝ていられる様な少女ならきっとこの森の事を知っているはずだ。
そう安心した時、姉妹のお腹の虫がなった。
ぐ~っと大きな音がした。
そしてその音に気が付いたのか眠っていた少女は目を覚まし、緩やかに起き上がると、
ポケットの中からどんぐりを取り出して言った。
「どんぐり、たべる?」
今日も森は優しかった。
鬱な方のルートでした。
ふわわ世界ではこれでもかなり鬱な方です。
因みにこの世界線では、どこかの元アイドルはお目当ての男への接近に成功したようです。