「ふわーわ」
愛と勇気の女神イシュタルの目の前で、ゆるふわい美少女があくびをしていた。
イシュタルはなんとなく、ふわわの名前の由来が解ったような気がした。
事の起こりは、イシュタルの牡牛グガランナがかつての獰猛ぶりを忘れたように日和り出した事であった。
天に恐ろしき牡の獣あり、地に呪われし牝の獣あり、と有名な怪物の片割れに喧嘩を売りに行こう。
そして、折角相手が牝なので打ち負かした上で自分のものにしてくれようとグガランナがいきり立っていた。
だが、イシュタルが何時まで経っても帰ってこないグガランナを確認しに行くと、
牡牛は『ればのんのゆ』とゆる~く書かれた布の向こう側にある温泉で、リスのお父さんとのんびりしていた。
余談だが、レバノンの温泉はとても良い湯である事で、ふわわとそのお友達の間でとても有名である。
グガランナはイシュタルを見つけると、
「もぉ~~」
と牧歌的に鳴いた。
其処にはかつて恐れられた凶悪なまでの威厳は微塵も存在していなかった。
腹に据えかねたイシュタルはグガランナの首にヒモを付けて天までドナドナしていった。
途中でグガランナがげっぷをした匂いが、かつての凶悪さを唯一思い出させる名残であったことも、
イシュタルの怒りに一役買っていた。
イシュタルは、その原因を究極生命体フワワだと断定して、ウルクの王ギルガメッシュに征伐させようとした。
だが、ギルガメッシュはどんぐりを頬張りながら、エルキドゥと歌いながらウルクに帰ってきてしまった。
元々少しばかりヒステリックな所があるイシュタルは、グガランナの事もあり、遂にふわわにブチ切れてしまったのである。
かくなる上は自らの手で無敵生命体フワワを滅すると。
そしてフワワが出現すると伝えられている森の真奥に入り込むと、其処に居たのは地上の穢れたグガランナとさえ言われる怪物では無く、
ゆるふわな美少女だった。
今起きたばかりらしく、イシュタルの前だというのにのんびりとあくびをしでかしていた。
イシュタルはその不敬の意味すら分かってなさそうな、あたまがふわふわの少女の名前を聞いた。
「貴女の名前を答えなさい」
その問いの答えが、またしても繰り出された盛大なあくびである。
そしてそのあくびの「ふわ~わ」の音を以って、ゆるふわい美少女こそがあの『ふわわ』だと、イシュタルはなんとなく理解できた。
そしてその事に気が付いたことでイシュタルは戦慄した。
少女の正体にでは無い。なんとなくで物事が理解できたという事にだった。
今、イシュタルの周囲、即ちレバノンの森の中では全てが
イシュタルにはなんとなく解った。
全てがなんとなくまったりした緩くてフワフワした感じになっている。
これが、原初の穢れの力…。フワワ、恐ろしい子ッ!!
イシュタルはそう戦慄したが、なんとなくその戦慄も無駄な気がした。
それにより、順調に自身が汚染されてきたことを女神は理解した。
このままではシュメール牛として出荷してやろうとさえ考えた、あの駄牛の様になってしまう。
流石に7つの輝きを持ち、7つの捧げ物で気を惹き、8つの神風で封じなければ止められない獣は伊達では無かった。
でも、恐らく、出会ったものを昏睡させたり精神を歪める7つの輝きは、
人畜無害な、リラックス効果のあるα波とかそこら辺のものなんだろうなぁ、
イシュタルがそう思い至った時、イシュタルの肩を何者かが叩いた。
ふりむくと、そこにはぐがらんなとなったグガランナがいた。
ぐらがんなは肩にリス一家のお父さんを乗せて、げっぷをした。
その臭さにイシュタルは
その直後、目の前にいる少女が純白のワンピースのポケットから、リンゴを取り出した。
「たべる?」
イシュタルは禁断の果実を口にした。
流石呪われし獣の誘惑だけあって、その味は甘露だった。
こんなにおいしいものをくれるフワワは案外良いヤツだとイシュタルは思った。
そして気が付けば、リスのお父さん行きつけのキリンがマスターをしているバーで、
イシュタルはぐがらんなとリスのお父さんとキリンといっしょにハチミツ酒を飲んでいた。
ちなみにふわわにはオレンジジュースが用意されていた。
「まったく、あの男はどうして私に振り向かないのよぉ~~」
イシュタルは酒癖が悪かった。
ぐがらんなは草を食べていた。
リスのお父さんは新聞を読んでいた。
キリンは副業の引越し屋の準備をしようとして、面倒になって漫画を読んでいた。
ふわわは、寝ていた。
「こんなに世界一びゅーてぃほーでせくしーな女はそうそういないっていうのにっ!!」
色々と男性関係がゆるかったツケや、
そもそも女神たるイシュタルを受け入れた時点で、
神の陣営にギルガメッシュを、ひいては人類全体を神の所有物と当て嵌める事になる事により、
人類の裁定者たるギルガメッシュがそんなことを受け入れられる可能性はZEROだった。
そのあたりで、ふわわは目も覚ました。ふわわのポケットの中で寝かせていたアサガオの種が発芽してもぞもぞしてきたせいであった。
ふわわはトイレに行くついでに、キリンの家の周りにアサガオの種を蒔いてくると、再び帰ってきて水を飲んで寝た。
そして寝る前に、イシュタルに絡まれた。
「どうすればいいっていうの?」
「…まずはたべて~、あとはねる?」
何のアドバイスにもなっていなかった。
真面目に聞いていたイシュタルは若干SAN値を削られた。
だが、そこは腐ってもカビが生えても発酵しても女神。SAN値の貯蔵は十分だった。
「真剣に答えてよっ!! フワワならどうするっていうのよっ!!」
面倒な哭き上戸のヒステリーに絡まれたふわわは、至ってふざけることなく答えたつもりだったのだが、
取り敢えず食べて寝てのんびりしていればいいじゃないという答えは、イシュタルにとって解決にはならなかった様だ。
「たいせつなものをたいせつに」
とりあえず、そう言ったふわわはもう一度寝る事にした。
「大切なものを大切に…。私にとって大切なもの」
イシュタルは、その言葉を深く考えようとして、何だか眠くなって寝た。
…ただ酔いつぶれただけとも言う。
女神が翌朝起きると、何となく頭がすっきりした様な気がした。
頭の中の余計なものが掃除されたように、
それこそ、『大切なもの』以外が一掃されたようなすがすがしい気持ちになった。
彼女の気持ちを表す様に、首元のアクセサリーの愛と勇気の鈴が凛々々と鳴っていた。
「お父様、お話があるの」
イシュタルは父親たる至高神の所に出向いて、そう話を切り出した。
至高神にして天空の始祖アヌは、娘に甘いので基本的にイシュタルの言う事は、何でも聞き入れる。
ちょっと世界を滅ぼす程度のお願い位ならなんくるないさーだ。
アヌは娘のお願いがどのようなものか、その万里先の音を聞き取れる耳に意識を集中した。
「あのねお父様、私、
父親は卒倒した。天空が揺れた。
地上にもその音が響き渡った。
そのころ、ふわわは天が転げるような衝撃で、目を覚ましたが、
また、二度寝する事にした。レバノンの森は今日も平和だった。
いいゆだね、ればのんのん