イシュタルは姉妹の妹の側だ。だからこそ、お姉ちゃんと言う存在に少し憧れを持っていた。
お姉ちゃんになってみたい。でもそれには妹か弟が必要だった。
かつては彼女に色を帯びた目を向ける男達と、彼女に嫉妬する女達。
イシュタルはおおよそそれらばかりを視界におさめてきた。
勿論、彼女自身にもそうなる原因が無かったわけではないし、
それが原因でいざこざが無かったともいえない。
そんな彼女は今、おともだちのリスとペンギンとライオンとウサギと鬼ごっこをしている妹分を優しく見守っている。
かつて彼女は大人として生きるしかなかったが、今は大人として楽しく生きている。
そんな尊い日常を与えてくれた妹分と、妹分のくらす森にそれとなく感謝の念を感じていた。
最近は、かつては見向きもしなかったゆるやかな生活こそに、大切さを感じている。
不思議な話だ。懸想する男の為に激情を持って神座を棄てたのに、
今ではゆるやかな感情で男以外の者も大切に思っている。
そろそろ、妹分のふわわたちが遊び疲れるころだからと、イシュタルはどんぐりとオレンジジュースを用意する事にした。
なぜかレバノンの森では年中実っているみかんをイシュタルは絞り始めた。
種は場所を見繕って撒いて、みかんの皮は砂糖水で透明感が出るまで煮込んでおやつにする。
かつてはおやつの作り方なんて知らなかった。貢がれることはあっても、手作りのおやつを自分で作る事は無かったのである。
尽くされることを期待せず、尽くす。
かつての自分ならその姿を惨めだと嘲笑っただろう。
だが、媚びる為でなく、自らの心の内に従ってやりたいことをしているだけだ。
今のイシュタルならそう言えた。
イシュタルは用意したおやつを遊び疲れたこどもたちに振る舞った。
もちろん、食べる前に手を洗うようにいう事もちゃんとわすれない。
ここはレバノンの森なので食中毒なんてものは無いが、それはそれ、これはこれだ。
手を洗った子たちは、みんなでイシュタルの作ったオレンジピールのおかしを美味しく頂いた。
そろそろ夕暮れになる時間がやってきたので、
どうぶつたちとバイバイして帰って来たふわわとイシュタルは温泉に入って体を洗ってあげた後、
おふとんで一緒に寝る事にした。
妹分の世話をするイシュタルは、それ故にしっかり『イシュタル』でいなければならない。
大人として『いしゅたる』では務まらないとイシュタルは考えていた。
でも、
「おねえちゃん、だーいすき」
そう寝言を呟く、可愛い妹分を育んだ優しい森の中なら、少しだけ『いしゅたる』でいてもいい。
そんな気がした。
やさしいおねえちゃんはにんきものです。