「……よし、決まったならさっさと行こう」
幼女は少女を抱きながら立ち上がる。そしてふと、ようやくというべきか、あることに気が付く。
「そういえばこの子はなんなんだ?」
「……あー…………」
女は頭を抑える。
「酔っ払いに往来で犯されそうになってるところをちょうど通りがかって、気まぐれで助けたのよ」
「ほう……つまり?」
女は更に深く頭を抱える。
「……全く知らない」
「全く? ……気絶してるのは?」
「天使が現れて、それで悲鳴上げて、その調子よ……」
今日一番大きなため息がゲームセンターから流れてくるBGMにかき消される。幼女は自身のことよりも深刻そうにしている女を見て小さく笑い、気楽に言う。
「まあ、この子も一緒に連れて行く以外の選択肢はない。そうだろう?」
女は憮然とした表情で話を聞いていた。聞き終わっても目を閉じて黙りこくっている。幼女は微笑みながら返答を待っている。答えが返されたのは、半ば諦めがついてからだった。
「警察に預けるっていうのは……」
「私たちごと犯そうとしてくるんじゃないか?」
「……行きましょうか」
「ああ、そうしよう」
同意を得た幼女は先陣を切って歩き出す。女はその後ろをついていく。誰もいない繁華街をまっすぐ行く。そう歩かないうちにバス停に着く。女はどこか引っかかるものを感じながらも、幼女がバス停の傍で立ち止まるものだから、倣って立ち止まることにする。
騒ぎが起こってからそれなりに時間が経つが、歩く人は全く見当たらない。車はちらほら通りはじめたが、何故かまた通らなくなってしまった。本当にバスなどくるのだろうかと女は考える。
「本当にバスなんてくるのかしら……」
「こないぞ」
「はぁ?」
困惑に満ちた声が上がり、愉快そうな声が返ってくる。
「もっと夢のある乗り物さ。楽しみにしておくと……おっと、もう来たか」
幼女が空を見上げる。つられて顔を上げ、空を飛ぶ何かを見つける。プロペラが回る音やジェットを吹かす音は聞こえない。彼女にはそれが何なのかさっぱり分からなかったが、姿が見えてくると余計に分からなくなってしまった。
トナカイが、サンタとバニーガールを乗せたソリを引いてきた。この時点で女には意味が分からないのだが、はっきり見える距離まで近づいてくると、今度はトナカイがトナカイではなく鹿であることに気付く。しかも乗っている2人がかなりうるさい。
「イェー! 俺たちはこのクソッタレな世の中に夢届けるサンタ!」
「笑顔プレゼントしてみせるぜフィーバー!」
「幻想失った聖夜にいざ降臨! 満ち溢れた希望の世界の住人!」
「ホゥワイトクリスマース! ホゥワイトクリスマ~ス!」
「未知という輝きを見つけ出してやるぜ今! 道を歩んでいけるこの瞬間に感謝するぜブラザー!」
「ホゥワイトクリスマース! ホゥワイトクリスマ~ス!」
「ホッ! ワイトクリスマース! イェァ!」
呆れを隠せずにいる女の前にソリが止まる。幼女が笑いを堪えながら彼らに言う。
「アップル、クリスマスは来月だぞ」