天使達は一斉に襲い掛かってきた。3本の槍はそれぞれ頭、胸、脚目掛けて繰り出された。幼女は迫りくるそれらを静止した時間の中で、悪戯を考える子どものような笑みを浮かべながら、じっと眺める。考えた末に、彼女は頭に飾られた大きなリボンを解き、2本の槍を一纏めにしてしまった。そして残る1本、脚に向けられたそれに手を載せる。
1体の天使が吹き飛ぶ。遥か上空へと光を撒き散らしながら飛んでいく。天使たちはそれに目もくれない。探すのは目の前にいたはずの幼女だ。気配を探る。見つからない。眼で探す。見つけた、と同時に見失う。世界を見失う。彼らには何が起こっているのか分からない。
アゼットは目の前の光景に言葉を失う。幼女は片方の天使の足を持ってぐるぐる回り、天使は必死で槍を掴み、槍を繋がれた別の天使も振り回される。高速回転が生む風を浴びていると、そのうち竜巻が起こるのではないかと俄かに恐怖させられるほどだ。
「ぬぅん!」
雄叫びとともに天使たちが放り投げられる。地面に突き刺しておいた槍を手に取る。どこまでも飛んでいこうとする天使たちを見据える。
「リボン、返してもらうぞ」
槍を投げ放つ。誰にもそれが飛んでいくところなど見えなかった。多分、天使たちに向かって投げたのだろうと予測し、光が散る中から槍が落ちてくるのを見るのみだった。野次馬たちは慄きながら槍の落ちてくる場所から遠ざかる。
「通してもらってもいいか?」
「へ?」
野次馬が振り向くと、かろうじて視界の端に金髪が映る。見下ろすと背伸びして存在を主張する幼女がいた。今まさに自分の目の前で天使を殺した幼女が、だ。微笑みを向けてくる幼女を見て大の大人が悲鳴を上げて逃げていく。それを皮切りに野次馬たちは全員、波が引くように、あっという間に去ってしまった。あまりの手際の良さに幼女は口笛を吹く。それから、そんなことより、といった調子で落ちてきた槍からリボンを解く。どこかに収められないかとドレスをぱたぱた叩いて探すが、結局見つけられないで手に包帯のように結んでおくことにした。
幼女は呆然とする女に歩み寄る。虚ろにこちらを見つめてくる彼女に向かって幼女はからかうように言う。
「どうした。私の口元に食べ残しでも付いているか?」
「えっ? ああ、いや、別に。ちょっとぼうっとしてただけよ」
女に恥ずかしがるような様子はない。からかわれたということにも気付いていないのだ。それほどに彼女は疲れ切っていた。無防備な姿を晒された幼女は苦笑しながら言う。
「全く、可愛い顔をしてくれるものだな……さて、これからどうする?」