「ハッ、何よそれ……わけが分からないわ」
ぶっきらぼうに文句を言いながらも彼女は立ち上がる。異形の悪魔をじっくりと眺めるシックスの隣に並ぶと、彼女が不意に何かを差し出してくる。それは小さなナイフだった。
皮製のカバーに収まったそれはシックスの手と比べると大きいように見えたが、いざ持ってみると思った以上に小さい。人相手にはともかく、目の前で嘶くあれを相手に通用するとは思えない。
アゼットの心配を見抜くかのようにシックスが言う。
「それはお守りのようなものだ。短いとはいえ、なんでも切れるから気を付けろ」
忠告に頷きを返し、刀身を抜いてカバーを腰に提げる。左手にナイフ、右手に銃を構えて悪魔と相対する。向こうはもうすぐ痺れを切らしてしまいそうだ。
第2ラウンドが間もなく始まる。シックスはあくまでも穏やかな調子で彼女に語り掛ける。
「いいか、人間だったときの感覚に捕らわれるな。言葉を捨てろ。身体に意思を明け渡せ。神経を今、この一瞬に集中させろ……そうすればお前は時間だって止められる」
言い終わるより早く悪魔が突進してくる。それでも彼女の声はアゼットにしっかりと届いていた。
ところが言っていることの意味が分からない。言葉を捨てろだの、身体に意思を明け渡せだのと言われても、彼女にはピンとこなかった。
昔読んだ本のセリフに似ているなどと考えながら、すぐそこに迫る悪魔の顔、そして油断ならない鋏を観察する。
ついに悪魔と乙女たちが激突する。シックスは悪魔の体当たりを真正面から受け止める。しかし2本の鋏がその横から2人に襲い掛かる。アゼットはとにかく自分への攻撃に対処することに集中する。鋏の動きは速い。彼女が飛び退いたところで躱すことはできない。
迫りくる鋏に上からナイフの刃を突き立てる。ナイフは容易く鋏を貫く。彼女はそれを支えにして鋏を飛び越してやり過ごした。
振り向いてシックスの姿を確かめようとする。彼女はそのまま悪魔を抑え続けている。鋏は巨大な剣によって断ち切られ、膨大なマナに変じていた。
無事だったことへの安堵と、自分が必死になっているのに全く焦る様子がないことへの苛立ちに、彼女は一瞬敵への注意を疎かにしてしまった。
その隙に悪魔の前足に生えた蔦が彼女の足を絡めとって吊り上げてしまう。視界が急転するせいで思考が混乱しそうになるのを必死に抑えて事態を把握しようとする。
蔦がしなり、地面へと振るわれる。しかしその先端にアゼットはいない。彼女はナイフを強く握りしめながら着地する。切り落とした蔦が変じたマナを取り込む。
再び武器を構え、悪魔と対峙する。悪魔が背負う目玉が彼女をじっと見つめていた。