案内人よりも前を歩くエリエルは店を出たところでどこに行けばいいのか分からないことに気が付く。気まずさを感じつつもシックスの助けが必要なことを認め、彼女と一緒に歩くことにする。姿を探して振り向こうとするが、その前に右手を握られる。もうその手の柔らかさと小ささを、エリエルは覚えていた。
「さあ行こう、お嬢さん」
繋がれた手の先で幼女がウィンクする。自分のことを恋人にしたいと言っている幼女が。
エリエルは真っ赤になってゆっくりと頷く。シックスは満面の笑みを返して彼女を引っ張っていく。
来た道を戻っていくようだが、日が高くなってきて、遊びやら用事があるやらで出てきた人々と通りすがる。しかしエリエルは見向きもしない。彼女は今、自らの頬の熱さと胸の高鳴りを自覚し、それらをどう処理するかで頭を一杯にしていた。
バーに大分近づいたところで大通りへと逸れていく。エリエルは一時悩みを忘れ、目の前に聳え立つドーム状の建物に目を奪われる。
元々、この街のビルや家は赤や青など、特徴的な色が使われているものが多かった。それでも単色だったりアクセント程度に使われているぐらいで、目が慣れてくると奇抜に感じることは少ない。
しかしこのドームはそうはいかない。強烈に濃い色がめちゃくちゃなモチーフを描いている。例えば黒で描かれた巨人、例えば赤で描かれた十字架、例えば青で描かれた不細工な竜。どれも子どもの落書きのように雑だが、大胆に勢いよく描かれているためか、エリエルは惹きつけられるものを感じる。
「あれは建物ごとアップルが所有していてな。絵もあいつが描いたらしい。あの中に……魔界に繋がる門がある」
「へぇー……アゼットさんはあの辺りにいるんですか? 迷わずにここまで歩いてきましたけど」
「ああ。……ちょっと待て」
「はい?」
エリエルの歩幅に合わせるために早足で歩いていたシックスが突然立ち止まる。何事かと思いながら合わせて立ち止まると、遠くから何かが飛んできた。
辺りの人々は揃って悲鳴を上げる。幸いにも飛んできた物体は誰にもぶつかることなく転がり、シックスたちの目の前で止まった。それはアゼットだった。
「ふむ、お楽しみ中だったようだな。帰るか、エリエル?」
「えっ!?」
呻き声を上げながらアゼットが上体を起こす。ため息を吐きながら、心底うんざりした様子で愚痴る。
「衆目に晒されて吹っ飛ばされることがお楽しみって言うんならそうなんでしょうね。……冗談言ってないであれなんとかしてよ」
おもむろに指差した先には先ほど目を奪われたドームがあった。よく見るとそこから土煙が立ち上っている。土煙はどんどん大きくなっていき、ついにその原因がエリエルにもはっきりと見えた。
「なんですかあれ!? 牛!?」
猛スピードで駆けてくる牛のような生き物。慌てふためくエリエルに対しシックスは愉快そうに微笑み、彼女の腰に手を回して道端に連れて行く。
「私たちはここでゆったり観戦していよう。大丈夫、あれはアゼットが退治してくれるさ」
「はあ!?」
今度はアゼットが声を上げる。シックスは文句を言われる前に二の句を告げる。
「安心しろ、私がコーチングしてやる。今まで謎だったお前の力を解説してやろう」
「……はぁ」
納得したというより、文句を言うタイミングを潰されて、彼女はただため息を吐く。それから決心した様子で銃を構える。
「死ぬ前に助けなさいよ」
「ふふふ、安心しろ。お前ならやれるさ」