あと5000文字で起承転結の起を終わらせる予定です。
「……ふむ」
相槌を打たれてエリエルはハッとする。怯えるように震えながらシックスの目を見る。シックスは興味深そうにこちらを覗き込んでいた。愉快そうな笑みもそのままである。
恥ずかしさを感じながらも、変わらない笑みに少し緊張が解れたのか、今度は考えてから話す。
「すいません。わたしは……自由に生きるには、何もなさすぎるんです」
「何もない……か。面白い。そんなはずはないのに、何もない感じがするというのだな」
「そんなはずない、ですか。そうなんでしょうか」
「ああ。まず顔が良い。スタイルもきれいだ。昨日着ていた服を見た限りではファッションセンスも悪くないようだ。思ったよりも大きな声で喋れるし、印象は悪くないぞ」
「え? えっと、あの」
急に始まった怒涛の褒め殺しに対してエリエルは困惑を隠せない。慌てる彼女の反応を見て笑みを深めながらシックスは言葉を続ける。
「外の人間でこの街の人間を差別しないというのも貴重だな。価値になる可能性は大いにあるぞ。眼にしたものに興味を持てるのも大きい、というかそれが全てじゃないか? きちんとお前は何かを持っているぞ」
「ええと、その、あのう……そんなこと、ないと思いますよ」
雄弁に語るシックスに対してエリエルの反応は控え目なものだった。照れもせずに否定から入るその姿にますます目を輝かせるシックスに、またエリエルのほうも笑みを浮かべる。
「なんだか新鮮です。こんな風に人に興味を持たれるのって」
「ほう? お前ほどの器量なら放っておいてくれる人間のほうが少ないと思ったが」
「あ、いえ、そうじゃなくて……わたしのこと、人としてちゃんと見てくれる人は殆どいなくって。両親はわたしのことをちゃんと見てくれてましたけど」
そこから先は少し言い淀んで、笑顔に後押しされる形で話してしまう。
「私が小さかった頃にですね、殺されてしまったんです」
「……成る程」
少しだけシックスの反応を見たくて言った言葉。どんな表情をしているのか伺ってみると、やはり彼女は笑顔だった。それも、さっきまでよりも明るい笑顔だった。
疑問に思ったエリエルは素直に彼女に尋ねてみる。
「不思議。どうしてそんなに嬉しそうにするんです?」
「ん? ふふふ……今のは誰にでも話せることじゃなかったろう? それを話してもらえるなんて、随分信用してもらえたのだなと思ってな。……いや、嬉しいよ。ありがとうエリエル」
「わたしのほうこそ、聞いてもらえて嬉しかったです」
感謝を伝え合う2人の様子は、今日初めて話したとは思えないほど打ち解けたものだった。屈託の無い笑みを交わす2人を陽が照らしていた。
一転してエリエルは、突然頬を赤く染めて俯く。もじもじとする彼女が次はどんなことを言うのか、シックスは笑顔で待っている。
決心を滲ませる面持ちの彼女が言う。
「あの、シックスさん。わたしと友達になってもらえませんか?」
「友達? それはまた……興味深いな。ダメだ」
「えっ!?」
雰囲気的にも表情的にも言い出し的にも完全に了承する流れだったところへ、唐突に、明るい声で断られてエリエルは今日一番の衝撃を受ける。
彼女がフラれた悲しみを覚えるより早くシックスが言う。
「私は全ての女を恋人にするつもりで生きているからな。お前も勿論例外ではないぞ。友達になれないというのはつまり、そういうことだ」
「えっ? ……ええっ!?」
そして彼女はまたしても今日一番の衝撃を受けた。
言いたいことが山ほどあるのに、何も言えずにあわあわと混乱するエリエルにシックスは悪戯っぽく微笑む。
「まあ、ゆっくりじっくり落としてみせるさ。とりあえず今は……アゼットを探しに行こうか?」
「へえっ? あっ、あの、その、えっと。うーん。はい。はい? はい、分かりました」
まともに返事を返すことも、そもそも言われたことを理解することもできないまま彼女は立ち上がる。勢いよく店に入ろうとして1度、店から出ようとして1度頭をぶつけた。慌てふためく彼女の背中がシックスにこれ以上ないくらいの笑顔をもたらす。心底愉快そうな微笑みを湛えたまま、彼女は先走った連れの後を追いかけていった。