「分かってるって。その前にほら、エリエルちゃんがアゼットちゃんにお礼を言いたそうにしてるゾ」
「えっ!?」
別の話が始まるのだと思っていた少女は、急に自分の話を振られて固まってしまう。困惑する彼女は視線を集中させられて余計にあたふたしてしまい、話すどころではない様子だ。唯一コーヒーカップに視線を落としているシックスが言ってやる。
「今は名前だけ伝えて、あとは2人っきりのときに話せばいいだろう」
助言を受けた少女は、結局狼狽えながらではあるが、なんとか話し始める。
「あのっ、エリエルと申します。よろしくお願いします」
「え……ええ、よろしくね、エリエル」
挨拶を交わす2人の表情はどちらも複雑なものだ。それをカクテルちゃんは不思議そうに、シックスは愉快そうに、アップルは鼻水を垂らしながら見ている。間抜け面を晒すアップルはその場の空気をぶった切り、食卓に身を乗り出して話し始める。
「はいはいはーい! 俺の話聞いて聞いて聞いてー!」
「早く話せ」
「あひんっ!?」
脇腹を突つかれたアップルは突いてきたシックスと少々の間わちゃわちゃしてから話を再開する。
「えー、おほん。君たちが今いるこの街は、魔人たちが作った街なのです! びっくりした!? びっくりした!?」
「……」
「……」
「魔人の説明をしろ」
「おひょんっ!? ……えー、魔人、というのはですだな? 魔法が使える人間って考えるのが一番簡単だね。不老にしてあげたり病気とか怪我の後遺症とか治してあげたりはしたけど」
「なんで魔人になるんだ」
「えひひんっ!? ……それはですねー、あのねー、天使に殺されて魔界に堕とされるとそうなりますー。アゼットちゃんは天使に殺されたことがあるってわけだねー」
「……ここまで、どうだ。……アゼット?」
アゼットは呼びかけに応えない。動揺を抑えようとしているようだが、口元を抑える手が震えている。エリエルの方は話を呑み込めていないが故に呼びかけに応えられない。対するアゼットは呑み込めてしまったが故に応えられない。混沌とする記憶、混沌とする感情。彼女は頼りなく立ち上がる。
「アゼットさん?」
「ごめんなさい……1人にしてもらえるかしら」
心配したカクテルちゃんが声をかけるものの、掠れる声でつれない答えを返すのみだ。覚束ない足取りでドアのほうへと向かい、そのまま外へと出て行ってしまった。
混乱するエリエルを挟んでカクテルちゃんがアップルを睨み付ける。アップルは微妙な笑みを浮かべて外を見つめる。
シックスはコーヒーを飲み切ってカップをそっと置く。そしておもむろに立ち上がり、エリエルに声をかける。
「よし行くか、エリエル」
呼びかけられたエリエルは当惑している様子だが、何故か声をかけられた途端に立ち上がっていた。自分でそのことに驚いている彼女に更に声をかける。
「今のあいつにはお前が必要だ」