「馬鹿じゃないの?!剣一本で熊に挑むって……馬鹿じゃないの?!」
エナの暴言が止まらない。
そんなに言われると流石に俺だって傷つくよ?
「ロガーのお母さんが様子を見てきてって私に言わなかったら、あんた今頃死んでたわよ?!」
「何故か今日は正面からでも勝てるような気がして…」
「馬鹿っ!」
正論なので言い返す事も出来ない。
とりあえず、激怒しているエナをなだめ、落ち着かせた。
こいつは幼馴染のエナ・エリック。
先日まで王都で『魔導学』とかいうモノについて学んでいたのだとか。
俺が《剣士》を目指してるのと同じく、エナも《魔導師》なるために人生を注いでいるらしい。
口癖は「私は未来の大魔導師」だ。
これだけは耳にタコが出来るほど聞かされた。
ちなみに、ここから王都まで片道一週間はゆうにかかるので、エナがこんなド田舎の地元に帰ってくるのは半年に一回程度だが、今日がその日だったようだ。
そんなエナが、俺が死にそうなタイミングで丁度よく帰ってくるとは…
「俺は運がいいなぁ」
「熊に襲われてたのに?」
何言ってるんだこいつは、みたいな目でエナがこっちを見てくるが気にしない。
それより、俺はさっきから気になっていることを聞いた。
「そういえば、エナはなんで俺のいる場所分かったんだ?」
「『戻り熊』の足跡を辿ったらあんたが居ただけよ」
「『戻り熊』?」
「えっ、まさかとは思うけど『戻り熊』も知らないで山に入ってたの?!」
「そんな熊いるんだな」
「はぁ……まぁロガーだしね、知ってる方がおかしいか」
「なんか今馬鹿にされた気がするんだけど」
「『戻り熊』っていうのは、他の熊に比べて凶暴な上に、知能も高い熊の事よ。
わざと後ろ向きに歩いて足跡を残して、その足跡を辿った人間を自分のテリトリーに誘い込んで、後ろから襲う狡猾さからこんな呼び名がついてるの。
普通は足跡を確認して、カカトの部分が異様に凹んでたら『戻り熊』が後ろ向きに歩いた足跡だから、深追いはしないのがセオリーなんだけど……」
「足跡の話も初めて聞いた」
「……今度森の危険について色々教えてあげる」
「助かる」
やっぱり大切なのは知識のある友人だなぁ、と心から思う。
次からはちゃんと対策して森に入るとしよう。
「次からは危ない事は控えなさいよ、分かった?」
「分かった、安全第一を肝に銘じるよ」
「本当ね?」
「本当本当、約束するよ。あ、そうだ。今から夕食の熊さんを狩りに行くってお袋に伝えといて」
「馬鹿っ!舌の根も乾かないうちに!」
エナは、右手に持っている魔導師用のロッドで俺のみぞおちを突いてきた。
「うっ……」
ロッドの先端が丸いとはいえ、俺はもろに急所をつかれ腹を抱えた。
本気で今から熊を狩るつもりなんて無かったし、ちょっと冗談を言っただけだってのに。
優しくねぇなぁ、エナは。
エナは、俺の言葉に呆れたような顔を見せ、「ほんと馬鹿っ!」とだけ言い残して一人でスタスタ街に戻っていってしまった。
俺も熊の足跡を逆に辿り、今まで来た道を戻っていく。
街に着くと大した人数ではないが、村人が広場に勢揃いしていた。
もしかして何か大変な事でも起きたのか…?!
慌てて俺が駆けつけると、一人の男が村人に囲まれていた。
「パストさん!おかえりなさい!」
「お怪我はありませんか?!」
「さぁさぁ今日はゆっくりしてって下さい!そうだ、せっかくならパストさんの為に宴会でも開きましょう!」
なんだよあいつかよ。
村人に囲われ歓迎されているその男だが、俺にとっては正直会いたくない相手だった。
見つからないうちにこっそり退散してしまおう。
そう思っていたが、向こうが俺に気づき、こっちに向かってきた。
「ロガーよ、久しぶりだな。修行は続けていたか?」
「あぁ、毎日必死にやってたぜ。親父」
こいつは王国務めの最強剣士、パスト・スラッシュ。
そして俺の親父だ。
エナと同じで、親父は王都に住んでいる。
詳しくはしらないが、なにやら凄い名誉ある仕事をしているのだと、お袋から聞いたことがある。
最後に帰ってきたのは1年前くらいだ。
親父の事は尊敬してるし、別に嫌いじゃないんだけど、不自然に堅苦しいから苦手だ。
背が高く、ゴツゴツと凹凸のあるその容姿に、刺すように鋭い視線で周りを見ている。
初めて会う人なら間違いなく、怒っていると勘違いするだろう。
しかし、街の人からの信頼は高く、今もこうして、村の英雄として称えられている。
そんな親父が、いつもの数倍険しい表情で話し掛けてきた。
「今日は大事な話をする為に帰ってきた。エリックの所の子にも来るように伝えろ」
「エナも?なんで?」
「今は人が多いからな、後で話す」
親父は辺りの村人達に目をやってそう言った。
エナと俺の両方に話さなきゃいけない事ってなんだろう。
思い当たる節は特に無いが、親父がこんな事を言い出すのは初めてな気がする。
なにか重要な案件なんだろうと思い、急いでエナを呼びに行く。
エナを連れて広場に来ると、さっきまで居た大勢の村人は何処かへ消え、木の幹に腰を掛ける親父の姿だけがあった。
「こんにちは、パストさん」
エナがペコリと頭を下げる。
スラッシュ家とエリック家は昔から仲が良く、親同士の交流も深い。
更に、エナは親父と王都で会えるため、親父と顔を合わせる回数は実の息子である俺より多い。
別に親父とほとんど会えないのは構わないが、親父が幼なじみと自分より会っていて、自分より話しているというのは少し妬ける。
そんな事を考えていたら、親父が突然珍しい事を言い出した。
「少し遅れたが、ロガー。今年で17だったな。おめでとう」
「親父に誕生日を祝われたの初めてな気がする」
「たまには父親らしい事をしなければと思ってな」
俺は、いきなり出てきた祝いの言葉に、思わず驚いた。
普段こんな事言う奴じゃないんだけどな…
俺が驚いてるのをよそに、親父は表情一つ変えず、そのまま話を続けた。
「これで、お前達は2人とも17になった。今まではそれぞれ自分なりに修行を積んできたと思うが、今年からは王国で《王国剣士》《王国魔導師》になる為の訓練や勉学に励め。エリックの奴にも許可は取ってある」
親父が「エリックの奴」という言い方をする時は、エナのお母さんの事を指す。
2人は幼なじみだったそうだ。
そんな事より今、親父がおかしな事言ったな。
「俺が《王国剣士》だって?冗談だろ?」
「冗談ではない。お前は、私の《王国剣士》の座を引き継ぎ、サンドレス王国の為に働くのだ」
《王国剣士》とは、王から聖剣を受け取り、聖剣の圧倒的な力をもって国を守る役職だ。
小さい頃から、剣士になる為の修行を欠かすなとは言われていたが、まさか俺が王国最強の剣士の座につく事になるとは思わなかった。
「でもなんで俺なんだ?《王国剣士》みたいな重要な約束、王国お抱えの精鋭騎士から一番強いのを適当に選べばいいじゃんか。確かに俺はいつか最強の剣士になる男だが、まだ無名のこの時期に白羽の矢が立つ理由が分からないんだけど?」
「それはね、ロガー。あんたが聖剣に選ばれてるからよ」
「聖剣に選ばれてる?どうゆうこと?」
「ミラック家が聖杖に代々選ばれてるように、スラッシュ家も聖剣に代々選ばれてんのよ。理由は分からないけど、他の人には使えないから使える私達に渡されるって訳」
「へぇ〜」
俺の疑問を、エナが丁寧に解説してくれた。
「というか、なんで今までそんな事も知らなかったのよ」
「だってそんな話、一度も聞かされた事なかったんだもん。なぁ親父?」
俺が親父を見ると、だからどうしたと言いたげな顔をしていた。
「努力しなくても最強になれると分かったら、修行の手を抜く可能性があったからな。当然の判断だ」
手を抜く…かぁ。
自分ではそんな事はしないと思うが、他人から見たら不安になるというのは珍しくもないので、特に追求はしない。
それよりも、喜びの方が遥かに上回っていた。
「じゃあ、伝える事はそれだけだ。明日、朝一の馬車に乗って王都を目指せ。私はもう引退するから、次の世代はお前達に託す。これから王国を守っていくのはお前達だ、分かったな?」
俺達2人は、強く頷いた。
その様子に満足したのか、滅多に表情を変えない親父が、微かだが笑った気がした。
翌日、馬車に乗り込もうとすると、親父とお袋が見送りに来ていた。
「ロガー、向こうではしっかりやるのよ」
「分かってるよ」
「変な人について行かないようにね」
「俺はガキかっ!」
心配性のお袋に、俺は大丈夫だから、と言い聞かせる。
「気を付けて行ってこい」
「おう、親父」
「にしても、エリックの奴…こういう時位は見送りに来るべきではないのか…?」
親父が怪訝そうな顔をする。
いつも怪訝そうに見えるから大差はないが。
最後に、親父はエナの肩を掴み「ロガーは知ってる通り、田舎生まれの田舎育ちだ。王都では無知故に困る事も多いと思う。すまないが、こいつの事をサポートしてやってくれないか?」とだけ言った。
「大丈夫です、元からそのつもりですから
」
そうエナが返すと、安心したように俺達を馬車に乗せた。
「出発しますよ〜!」
馬車の前に座り、鞭を持っている馬車乗りのおじさんがそう叫ぶと同時に、蹄の音だけをそこに残し、俺達は王都目指して走り出した。
勢い余って第2話投稿しました。
毎日更新が目標って言ってるのにも関わらずストックを消費していくのは、自分への挑戦であって、決して書き上げたやつをどうしても投稿したくなったとかそういった理由ではございません。
いやマジで。
明日は第3話となります!
次話は戦闘シーンが入ります。
あれっ。このロガーとかいうやつ、2話に1回は戦闘してますね。
……戦闘狂かな?