異世界って聞いたら、普通、ファンタジーだって思うじゃん。 作:たけぽん
翌日。今日も空はからっと晴れ上がり、夏の暑さを遺憾なく発揮する真夏日だった。こうも暑い日が続くと夏が永遠に終わらなんじゃないかという不安にかられるがそんなことがあるはずもなく、夏祭りが終わればもはやオフィシャルなイベントも殆どない。学生たちは思い知るだろう。自分のもくろみがいかに稚拙だったかということが。半分以上白紙のままの宿題。交通費や買い食い、施設利用料などですっからかんになった財布。想像するだけで恐ろしい。
だが、今回で四度目の高校生としての夏休みを過ごしている俺にはそんなミスはない。宿題は全て終わり、出費も当初予定していた通り必要最低限におさえた。
一つ問題があるとすれば、特別課題「夏休みの記録」がまだ一文字も書けていないことだろうか。俺も十分稚拙だったわ、ごめんねみんな。単純に夏休みに起きたことを書けばいいのなら楽勝なのだが、この課題はそれを今後にどう活かすかまで考えなければならない。
将来は愚か学校生活のなかですら明確な目標が無い俺になにを書けと言うのやら。もういっそ白紙で出そう。ひょっとしたらそれがきっかけで奉仕部的な隣人部的なコミュニティに強制入部させられて目標の一つでも出来るかもしれない。なんてね。
「流石にその発想はどうかと思うぞ……」
隣で俺の話を聞きながら歩く亜季斗はあきれた様子で答える。亜季斗が呆れるほどなのだから、随分とイタイ発想だったということだ。
「やかましい、ちょっとくらい現実逃避させろ」
何故俺が亜季斗と二人で歩いているかというと、当然だが夏祭りの会場へ行くためだ。
補足すると昨日のラインの後、亜季斗はすぐに夏祭りへの参加を決めた。しおりが返事をしていなかったのも要因の一つだろう。
「おーい、もっちー!こっちこっち!」
待ち合わせ場所が見えてくると同時に瑠璃が手を振っているのが見えた。まだ結構距離あるんだけど、その眼鏡はアガサ博士の発明品かなにかで?そう思いつつそちらへ近づいていく。見た限りいるのは瑠璃とひなの二人だけだった。
「おそいよ二人ともー」
「いや、まだ10分前だろうが。お前らがはやすぎんだよ」
「えーそうでもないよ。ねえひな?」
瑠璃は隣でスマホをいじるひなに声をかけたが、返事はない。
今日のひなは昨日の言葉通り浴衣では無く私服だった。
「ねえ、ひなってば!」
瑠璃はひなの肩を軽くたたく。ひなはびっくりしたのかスマホを手から落とす。俺の近くまで転がってきたので、それを拾う。
「ふぇ!?望月君!?い、いつからそこに?」
どうやら俺たちの到着に気付かなかったようで、とても驚いているようだ。
「今来たところだ」
これって普通待ってたほうがやってきた方に掛ける言葉なんじゃないの?
ひなが俺に驚いている理由は明白だが、だからといってどうすることもできない。関係の維持を押し切ったのは俺なのだから。
「これで全員なのか?」
「いや、まだ夏衣たちが来てない」
亜季斗の疑問に答えてやる。だが、亜季斗は首をかしげる。そりゃそうだ。俺は夏衣「たち」と言ったからな。
「ごめん、遅くなった」
しばらくすると夏衣としおりがやってきた。亜季斗がいるところへ来るのが気まずかったのか、しおりは浮かない表情だ。亜季斗もしおりを前にして急に黙りこくってしまった。
このねじれた関係を再生しなおかつよい方向へ持っていくなんて螺旋丸を1日で会得するくらいには難しい。
「それじゃどこから回ろうか?」
「そうだね、まずは一通りみてからその後食べ物を買って花火に備えるって感じでどう?」
瑠璃と夏衣がどんどん話を進めていく。こいつら異常に仲いいよな。特に接点はなかったはずだが。
それはともかく、俺たち一行は出店のほうへと歩を進めた。とはいっても大体は昨日と同じ店、同じ品揃えで特にかわったものはない。
「ねえねえ、私飲み物ほしいんだけど、なんかよさそうなのあった?」
「それならそこの角曲がったところにタピオカ屋が……」
しまった。瑠璃の問いについ流れで答えてしまったが、これは……。
「え、そっちまだ行ってないよね?もっちーなんで知ってるの?」
横目でひなのほうを見ると、ものすごくあわてているようだった。俺と二人できたことは瑠璃にも言ってないらしく、そして言いたくもないようだ。
「祭りが楽しみすぎてネットで調べた」
なので俺は適当にごまかすことにした。
「なにそれ、望月にも楽しみとかあったんだ」
「ほっとけ」
あまり改善はしていないが、しおりは少し元気を取り戻したようだ。
だが今日しおりは一言も亜季斗と会話していない。たそれどころかずっと夏衣の隣を歩き距離をとっている。
「あ、お化け屋敷だー。ねえ入っていこうよ」
瑠璃が指差すほうには『恐怖!絶叫間違いなし!』とでかでかと書かれた看板を掲げたお化け屋敷だった。やはり祭りの定番なのかそこそこの人数が並んでいる。
「ええ、なんかすごく怖そうだよ?」
「もー、ひなはこわがりだなー。じゃあ行きたい人で回ってくるからいやな人は無理しなくていいよー」
「俺は行こうかな。城之内君もどうだい?」
「ん?そうだな、我も結構興味あるし行くことにしよう」
夏衣と亜季斗もいく姿勢を見せる。俺はどうしようか。祭りのお化け屋敷というのは大いに興味深いが多分この流れだと……。
「私は待ってるよ」
まあしおりは行かないだろうな。ひなも行かないようだし流石に女子だけ人ごみにおいていくわけにもいかないか。
「俺もパスで」
「なんだ武哉。怖いのか?」
「いや、プールだのなんだので金使いすぎて金欠なんだ。今日は晩飯だけにしとく」
「じゃあ仕方ないね、三人で行ってこよう!」
そういって瑠璃たちはお化け屋敷に入っていった。一回15分程度かかると看板に書いてあるので俺たちは近くのベンチで待つことにした。
「瑠璃ちゃんって結構怖いの好きなんだよね、小学校のころは一緒に連れて行かれて本当に身がもたなかったよ」
そうなのか、でも今回は無理強いしてこなかったな。まあ小学生のころの話らしいし成長したということか。
「そりゃ大変だったな」
「ほんとにね」
やっぱり会話が少しぎこちなくなってしまう。
「……ねえ二人ともなんかあったでしょ」
唐突にしおりが尋ねてくる。
「べ、別になにもかくしてなんかいないよ?」
「なんか隠してるんだ」
もはや誘導尋問ですらない。純粋って言ってもこれは病的だな。
「で、なに隠してるの望月?」
「別になにも」
「あんたこの流れでよく堂々と嘘つけるわね」
どうやらしおりは俺たちの話に本当に興味があるわけではなく、話していないと心が落ち着かないといった感じがうかがえる。
「し、しおりちゃんこそ、なんか今日変じゃない?」
「え!?いや、別にそんなことないって!」
「ちがうならそんなにあわてないと思うけど」
純粋な視点で物事を見ているひなには今日のしおりの様子に違和感が感じられているのだろう。そうでなくても今日のしおりは違和感しか感じられないが。
「……ひなはさ、自分が好きな人のこと本当に好きだって確信をもって言える?」
「ふぇ!?き、急に何?」
「お願い。教えて」
しおりさん。いま俺あなたの隣に座ってるんですけど、この状況でその質問はやめてくれませんかね。
ひなは俺のほうを一度みてから答える。
「そ、その……。あたしが好きな人はあんまり自分のこと話してくれないし、あたしのことどう思ってるかわからないし、そのせいでときどきすごく不安になるけど、不安になったりするってことはそれだけその人が自分のなかで大きな存在だってことで、その、たとえばきれいな景色を見たときに、その人だったらどんな気持ちになってどんな顔をするのかなって思ったりするくらいに。だから、あたしは本当に、絶対に」
ひなは一呼吸おくと綺麗な笑顔で言う。
「大好きだよ」
ひなのその言葉は今現在俺を指していった言葉ではない。でも俺に向けた言葉であることは明白だ。心のどこかでそれに答えられない自分を糾弾する自分がいる。
「でもね」
ひなが言葉を続ける。
「多分その人にはまだこの気持ちは伝わらないんだと思うの。だから、今は一緒にいれればそれでいいの」
俺がもっとまともな人間ならこんなことは言わせなくてよかったはずなのに。こんな思いをさせなくてよかったのに。なにやってんだ俺は。
「そっか。強いねひなは」
自分の亜季斗への思いと重ねて考えているのだろうか、それでもしおりの表情は晴れない。
「しおりちゃん、ひょっとして城之内君と……」
「おまたせー!いやーなかなか怖かったよー」
ひなの言葉が終わる前にお化け屋敷から瑠璃たちが戻ってきた。
「うん。結構怖かったね」
「し、死ぬかと思った……」
亜季斗は大きく息を切らしている。きっと叫んで踊れる実況シャウトだったのだろう。手札交換しそう。
「そろそろ時間もいいし、花火の場所取りしとこうぜ。混むとだるい」
「珍しく積極的かと思ったら最後の一言で台無しだね♪」
「まあ、実際混んでくると大変だし武哉の言うことも最もだね」
「うむ、ではさっさと場所取りしてしまおう!」
そういうわけで俺たちは川原へと向かうことにした。結構人も増えてきて予想通り面倒な状況だ。もう帰ってもいいかな。いや、駄目だろ。
――視点B――
せっかく早めに向かったのにも関わらず、川原は人でごった返していた。いたるところにブルーシートが敷かれ、いたるところにカップルがいる。いや、そう見えるのは気のせで普通に友達同士や親子もたくさんいるか。頭が恋愛脳になる一歩手前だった。なにこのブラックジョーク、まったく笑えないんだけど。
「ねえこの辺でいいんじゃない?」
そう言ってみんなのほうを振り返ったはずだったのに、そこにはみんなはいなかった。ただただ知らない人が歩いているだけ。
「これは……迷子ね」
少しボーっとしすぎていたかな。高校生にもなって迷子とかまったく笑えないんだけど。まあでも世はまさに大IT時代。ラインすればすぐに連絡が取れる。現代人でよかったー。スマホを取り出し、ラインを起動する。グループラインでいいだろうか。いや、でも電話したほうが確実に出てくれるだろうか。
そんなことを考えていたらいきなり画面がブラックアウトした。
「え、嘘!?」
ボタンを何回押しても起動しない。どうやら電源が切れてしまったようだ。
「そういえば、昨日充電してなかったっけ……」
昨日は夏衣君と電話しててそのまま寝落ちしたんだった。
夏衣君は私が元気ないことを気にしてくれていたようであの日から頻繁に連絡してくれていた。今日お祭りに来ることにしたのも彼が「このままでいいの?」といってくれたからにほかならない。
確かに、あーちゃんとこのままでいるのはつらいし周りにも迷惑がかかる。実際望月なんかはだいぶ気をまわして今日歩くときも私たちが二人きりにならないようにしてくれていた。望月のくせに生意気ね。望月といえばあいつ、ひなにあれだけ言わせておいて何も言わないんだからあきれるわね。でも、あいつがひなをないがしろにしている訳じゃないってことは見ていればなんとなくわかる。それはあーちゃんと私の関係に少し似ていたから。
でも、今の私の中で支えになっているのは間違いなく夏衣君だ。
『たとえばきれいな景色を見たときに、その人だったらどんな気持ちになってどんな顔をするのか。』それに当てはまるのも今はあーちゃんじゃない。
「ってそんなこと考えてないで早くみんなと合流しないと!」
けど、この川原はかなりの広さがある。そしてこの人込み。この中からみんなを探すのは相当大変だ。
「あ、そういえば」
ふと思い出しかばんを探ると目的のものが出てきた。
「よかった。もって来てた……」
それは私が予備として使っているガラケーだった。最近はまったく使っていなかったので無くしたと思っていたが、かばんの奥底に眠っていたのはラッキーだった。開いて見ると充電もまだ残っている。
「あ、でもこのケータイって……」
このケータイは古いタイプなのでラインができない。普段まったく使わないのでひなや望月の番号も入っていない。入っているのは家族と中学のころの友達と、そしてあーちゃんだけだ。
「……まあ、歩いてればそのうち会えるよね」
そう思い周りを見ながら歩き続ける。
しばらく歩いていると人気のない草むらに出てしまった。明らかに逆方向に来てしまったようだ。どうしようか迷っていると、暗闇から急に手を引かれた。
「きゃっ!な、なに!?」
とっさに相手に反撃する。私の拳が相手の腹にクリーンヒットした。え、こういうときこの後どうするべきなんだろうか。
「か、彼女は柚子ではない……?」
「いや、知ってるよ。俺だよしおり」
暗闇から出てきたのは私のよく知る人物だった。どうやらヒットしたと思っていたのは腹ではなく右手でガードされていたらしい。
「夏衣君」
「急にいなくなるから探したよ。まさかこんなところまで来てるなんてね」
「ご、ごめん。でも良かった。合流できて。みんなは?」
「手分けしてしおりを探してる」
「そ、それは本当にごめん。じゃあ早く戻らないと」
でも、夏衣君は私の手を離さない。
「ちょっと待って。見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの?」
「うん。後2分くらいかな」
私たちはしばらく沈黙する。私はどうにも落ち着かず、心の中で時間を数えることにした。
59、60、61、62……。
「そろそろだね。上みてごらん」
「上?」
私が空を見上げると同時に一筋の光が空へと登っていく。それは一定の高さで大きくはじけ、綺麗な花を咲かせた。
「すごい、綺麗……」
「でしょ、ここ穴場なんだ」
花火に見とれていると夏衣君が私のほうをじっと見ていることに気づいた。
「な、なに?」
「俺、しおりのことが好きだ」
「ええ!?」
唐突な告白に私はかなりオーバーともいえるリアクションをとる。
「最初に会ったときも、武哉を助けるために巨漢に立ち向かったりしてすごく勇気があるんだなって思った。それにアニメや漫画の話をしてるときの笑顔が、いつの間にか目が離せなくなって。他にもたくさん、たった数週間で、どんどんしおりのことが好きになっていった」
「夏衣君、わ、私は……私も……」
私も好き。と言おうとしたとき、脳裏をよぎるのはなぜかここにはいない彼の姿だった。
おもむろに彼が私を押し倒す。
「え、ちょっと、夏衣君?」
「嫌かい?」
「そ、それは……」
正直。嫌ではない。それだけ本気で私のことを好きだと思っていてくれているのだろう。……けどなんだろう。何か……。
「俺はしおりとなら……良いよ。優しくする」
「……で、でも……でも……」
何か違う。
「しおりいいいいいいい!」
大きな叫び声がする。それは、うるさくて、暑苦しくて、それでも私の大好きな声。
「なっ!なぜここが!?」
「問答無用!くらえええええ!」
あーちゃんが夏衣君に殴りかかる。が、夏衣君は軽い身のこなしでそれをかわす。急にあーちゃんが現れたことで夏衣君も動揺しているかと思ったけど、すぐに冷静な顔に戻っている。私はこんなに恥ずかしいのに。
「なかなかいいパンチだね。ひょっとして経験者?」
「応!いっておくがピアノも書道もやってないぞ!」
あーちゃんはそれ以上は会話せずに再び攻撃態勢に入る。昔から武道をやっていただけあって速く重いこぶしを振りかざす。だが、夏衣君はそれをすべてかわし続ける。
「何故ここへ来たんだい?」
「それは……お前が変な気を起さんとも限らんからな。現にしおりのことを押し倒していたではないかっ」
「しおりもいやそうでは無かったけど?」
「な……。……なら何でしおりは涙を浮かべているのだ」
「それは」
「しおりの気持ちを考えずにズケズケと!」
「……ずいぶんと本気だね。普通、たかがクラスメイトのためにそこまでするかい?」
「お前は知らないだろうが我には役職がいくつかあってな」
「というと?」
「ひとつ。それは1年B組の委員長!ふたつ。それは生粋のガチオタク!」
「ずいぶんどうでもいい役職だね」
「そしてみっつ!それは……しおりの幼馴染だ!幼馴染属性最高!守る理由などそれだけで十分だ!」
その言葉と同時にあーちゃんのこぶしが夏衣君の腹にヒットする。
「かはっ……」
夏衣君はその場に倒れこむ。
「いててて。まさか恋敵がいたなんて気づかなかったよ」
何か呟いていたようだが、うまく聞き取ることができなかった。夏衣君は何とか体を起こし、私の方を寂しげな表情で少し見つめた後、この場から走り去っていった。
「さて、大丈夫かしおり?」
「え、う、うん。それよりどうしてここが?」
「ここの近くにこれが落ちていてな」
あーちゃんはポケットからふたつのものを取り出す。それは私のガラケーと、『psかあにばる』のキーホルダーだった。
「なにそれ、これだけあっても私のかなんてわからないじゃん」
「ぬっ!?い、いや、我にはわかったのだよ!けしてあてずっぽうではないぞ!」
慌てふためくあーちゃんをみていると自然に笑いがこぼれていた。