異世界って聞いたら、普通、ファンタジーだって思うじゃん。 作:たけぽん
そんなこんなで一週間はあっという間に過ぎ、夏期講習は無事に終わった。いや、無事かどうかは微妙だが、一応授業内容は理解できたし、最終日のテストもやれるだけやった。
遠野に関してはあの一回以外は特に俺に話しかけてくることは無かった。まあ、違う学校だしもう会うこともないだろう。
そして、ついに土曜日がやってきた。天気は晴れ。相変わらず気温は高く、夏真っ盛りだ。よく、北海道は冬が寒い分、夏は涼しいという印象を持たれがちだが、実際は本州とたいして変わらない。結局夏は暑いし冬は寒い。当たり前の事だ。
現在時刻は4時、そろそろ出発の時間だ。その前に俺は携帯を見る。夏衣も含めた俺たちのグループラインでは一昨日、瑠璃が夏祭りの招集をかけており、亜季斗としおりを除く面々は既に行く方向で返信していた。後は二人の返信待ちなのだが、一向に来ない。
なので、俺は亜季斗に個人メッセージを飛ばした。
『夏祭り、どうするんだ?』
すぐに返事は来ないだろうと思っていたが、ものの数秒で既読がつき、返信が来た。
『考え中だ』
『いや、もう明日だぞ。さっさと返信しないと瑠璃も困るだろ』
『いや、まあそうだが』
どうも煮え切らない。こないだの一件をまだ引きずっているようだ。しおりが返信しないのも同じ理由だろう。
『返信遅いと逆に目立つぞ』
既読だけがつく。俺は最後にもう一つメッセージを送る。
『来るという返事以外だったらお前がプールでひなに邪な視線を向けていたことを暴露するからな』
『ちょっ、おま!それは脅しか?や、やめろよ?絶対やめろよ?』
どこぞの芸人の鉄板ギャグのような返信を無視して携帯をポケットに入れる。
取りあえずこれで舞台と役者は整った訳だ。後は本人たちの気持ちに任せよう。
そろそろ約束の時間だ。今日も学校へ行くときと変わらない、一階のロビーでの待ち合わせだ。違うのは行き先と、俺の中のよくわからないもやもやだけだ。
部屋を出て、ロックがかかったのを確認してからエレベーターへ乗り込む。1階のボタンを押し、ドアを閉める。エレベーターは降下していく。
ひなが先に待っていたらなんと言おうか。「ごっめーん♪待った~?」とか?
「いや、誰だよ」
思わず声に出して自分にツッコミを入れてしまう。
エレベーターは一階へ到着し、扉が開く。ロビーには誰もいない。少し早かっただろうか。スマホを取り出し適当に暇をつぶそうと試みる。が、特別気になる情報もなく、スマホの役目は終了した。いつもならスマホを見るだけで2時間はつぶせるんだがな。
不意に、右肩を叩かれた。そちらへ振り向くと相手の指先が頬に当たる。
「らしくないことするなって……」
そう言いかけた俺だったが、それ以上言葉が出なかった。
そこには白をベースに赤い花が描かれた浴衣を身にまとうひなの姿があった。その姿は一言では言い表せない程の衝撃を俺に与えた。多分、他の男子はまだ見たことないであろうひなの浴衣姿。おそらく池内に話したら嫉妬で殺されかねないだろう。今まで勉強会などでひなの私服は見ていたが、やはり浴衣というのは日本の伝統だけあって素晴らしい。
「ごめん。ちょっと浮かれちゃって……待った?」
「いや、今来たところだ」
定番のフレーズでいつも通り答える。
「そっか、よかった。着付けに手間取っちゃってね」
ひなは少し顔が赤い。まあ好意を寄せる異性に初めて浴衣姿を見せるのだからそういうものなのだろう。
「……」
そしてこの沈黙。俺に感想を求めているのだろう。だが俺もそれは読んでいた。夏祭りに浴衣で来るなど定番中の定番。ゆえにその時の適切な言葉も事前に調べておいた。圧倒的じゃないか我が思考は!
「えっと……」
む。あれ?何言おうとしたんだ?さっきまでものすごい数の脳内シミュレーションを行っていたはずなのにそのすべてが思い出せない。
「も、望月君……?」
ひなはさらに顔を赤くする。手に持っていたきんちゃくのひもをひたすらねじっている。
水着の時同様、俺がガン見しているからだろう。早く何か言わなくては。
「まあ、似合ってると思うぞ」
結局いつものように返すことしかできなかった。
だが、ひなはとてもうれしそうな表情だ。
「そっか。ありがと……えへへ」
ひなは小さくガッツポーズをする。
そういう可愛い仕草はやめてもらいたい。なんだか落ち着かなくなる。
「じゃあいこっか」
俺たちは、ロビーを後にし、地下鉄駅へ向かった。その道中、俺たちの間にまともな会話は生まれなかった。『楽しみだね』と言われれば『そうだな』と返し、『なにか食べたいものある?』と聞かれれば『そっちに合わせる』と返す。どうにもこうにも俺の会話スキルが低すぎて本当の意味で話にならない。
思えば、ひなと二人きりで遊びに行くのは初めてかもしれない。いつもはひなの近くには瑠璃が、俺の近くには亜季斗たちがいて、二人きりになるのは登下校の時くらいなものだ。それがいきなり夏祭りとは。
地下鉄のなかで俺は、そんな思いを巡らせていた。
***
夏祭りは川沿いの公園で行われる。前の世界でも、この時期は人でごった返していた。
とはいっても俺が実際に行って見た訳ではなく、ニュースやネット記事で見ただけにすぎない。あの時はこんなところに自分が来るとは思ってもいなかった。
「でもこれは予想以上だったな」
周りを歩く人の数をみて思わずそうつぶやく。
既に日も暮れかけている。祭りはすでに始まっているが花火の開始は7時。まだ少し時間がある。
「何から見て回るんだ?」
「うーんそうだね、取り合えず常温で大丈夫な焼きそばとか買って、その後にリンゴ飴とか綿飴とかー」
「食べ物ばっかりだな」
「ふぇ!?いや、そんなことないよあとはほら!射的とか!」
慌てた様子でひなは取り繕う。今のはちょっと意地が悪かったな。ついからかってみたくなってしまった自分を反省する。
「ま、とりあえず見て回るか」
「うん!」
そう言って俺たちはあたりを見て回る。
俺はお祭りと言うものをマンガやテレビで知ってはいたが、実際に来るのは生まれて初めてだ。だから、子どもたちが走り回る音や声、出店から漂うたこやきや焼きそばの香り、そして目の前に広がる風景全てが新鮮で、柄にもなく浮かれているのかもしれない。
「望月君、楽しそうだね」
それはひなにも伝わっているらしく、そんな事を言ってきた。
「そうだな、楽しいと思う」
未知の領域へ踏み込むというのは案外楽しいもんだ。
「望月君、最近少し変わったよね」
ひなからの思わぬ一言に俺は少し戸惑った。『変わった』たとはどういうことだろうか。自分で言うのもあれだが、俺は常に無表情で無愛想、感情の起伏もほとんどない。それは昔からずっと変わらない。それが『変わった』?
「どういう意味だ?」
「なんていうかね、最初に会った時の望月君はなんだか異常に大人びてて、怖い感じがしたの。でも、最近の望月君は少し子どもっぽくも見えるの」
「俺の知能が下がったって事ですか……」
「ち、ちがくて!なんていうか、望月君もあたしと同じ一人の人間なんだなって。えっと、上手く言えないけどそんな感じ!」
そんな感じと言われても、結局良く分からない。怖い感じなんて印象を持たれていたとは全く気付かなかった。出会ったときは単純に警戒されているだけだとしか思っていなかった。なにせ俺自身が大きく『変わった』という実感が無い。他人と違って自分の表情や仕草は分析することができないからな。
いや、でも少し『変わった』ことはあるかもしれないな。
「きゃっ!」
ひなが急に声を上げる。どうやら通り過ぎた人にぶつかったようだ。周りを見るとだいぶ混雑してきた。
「ひな、このまま歩けそうか?」
「うん……歩くことはできるけど」
歩けてもはぐれる可能性があるな。
仕方ない、前にミサにさせたように服の裾を掴んでもらおう。
「ひな、俺の服の―――」
そう言いかけた時、俺は右手にぬくもりを感じた。暖かくて、すべすべしている。それはひなの左手だった。
「これで大丈夫……だね?」
まさか女子と手をつなぐなんてことを直に体験することになるとは。
「えっと……」
こういう時、百戦錬磨のラブコメ廃人ならどのようにふるまうのだろうか。冷静にふるまうのだろうか、それとも強く握り返すのだろうか。
「ひなの手、あったかいな」
まずい、おもわずそんなことを言ってしまったがこれはドン引きされるんじゃないだろうか。そう思いひなの方を見ると
「あぅ……手、繋いじゃった……」
心ここにあらずという感じだ。そんなに照れるならそんなことしなければいいのに。
その後も俺たちは歩き続ける。道中で俺は焼きそば、ひなはリンゴ飴を買った。リンゴ飴は最後って言っていたような気がするが……。
***
「ほー、このタピオカはうまそうだな」
ひなが近くのかき氷屋で順番を待っている間、俺はタピオカ屋を眺めていた
タピオカの種類を何にしようかと考えていると、ふと背後から鋭い視線を感じた。それは以前も感じたものだった。やれやれ、夏休みなのに血の気の多いことで。
「よう、望月」
その相手は相変わらず笑ってはいるが感情を感じさせない、なんとも不思議な表情をしている。
「いやな偶然だな、月島」
「おいおい、一応先輩なんだぜ?少しは敬意とかないのかよ」
「そうしてほしいならそれなりの行いをしてほしいもんだな」
月島海政はなおも笑みを浮かべている。
俺はこいつがどうにも苦手だ。藤堂先生や木崎先生なんて目じゃないくらいに。それはこいつには俺の「力」がほとんど通用しないからだろうか。とはいっても俺は自分の「力」に絶対の自信があるわけでは無い。それが万能じゃないことは誰よりも俺が知っているから。実行委員の件にしても二人三脚にしてもたまたま俺の「力」で解決できる範囲内だっただけだ。
ならば、俺が月島を苦手とする理由は他にあるのかもしれない。だが、それが何かはわからないし知りたいとも思わない。
そして、何かはわからないが、こいつにも何らかの「力」があると感じている。それはミサや泉といったプライドが高く、他人の力を借りることを嫌う人物を本人たちに悟られず手駒にしているところから伺える。
とはいえ体育祭以来月島と関わることは一度もなかった。あの時の宣戦布告ともいえる発言に対して警戒はしていたのだが特に何かをしかけてくる様子もなく夏休みに突入したので、俺は月島の興味が他に移ったのだと思っていた。
「何か用か?」
「用がないと後輩に話しかけることもできないのか俺は」
「お前が純粋に俺との会話を楽しみに来たとは思えないけどな」
慎重に言葉を返す。
「フッ。あいかわらず無愛想なやつだな」
「さっさと用を言ってもらおか。そろそろ連れが戻ってくるんだ」
「なんだ?彼女かよ?」
「それじゃあ、俺はこれで」
月島に背を向け立ち去る意思を見せる。こうすればさっさと答えるだろう。
「序章は終わりだ。2学期から本編をプレイしようじゃねーか」
「前にも言ったが、俺はお前のいうゲームには乗らないぞ」
それ以上月島は何も言ってこなかったので、俺はさっさとその場を立ち去った。
***
――視点C――
かき氷を買ってお店の列から出る。味はブルーハワイ、あたしの一番好きな味だ。近くで待っているはずの望月君を探すために辺りを見渡す。どんなに人ごみの中でも自分にとって特別な人物を見つけるのは簡単だった。タピオカ屋の方に望月君はいた。誰かと喋っているようだけど、誰だろう?見たことある気もするけど、別のクラスの人かな、それとも上級生?伊野ヶ浜君もそうだけど、最近望月君の人脈が広がっているのを感じる。あたしが望月君が変わったと感じるのはそのためだろうか。
なんて考えている話を終えたのか望月君がこっちへ歩いてきた。
「かき氷買えたか?」
「え、うん。買えたよ、ほら」
そう言って望月君にかき氷を見せる。
「さっき話してたのは、友達?」
何となく聞いてみたけど、その瞬間あたしはぞっとした。
望月君の目が、表情そのものがつめたい感じがする。いつもの無表情とは似て非なる、初めて会った時のように、いやそれ以上に怖い表情。今の質問は望月君にとってなにか地雷のようなものだったのだろうか。
あたしが言葉に詰まっていると、望月君がゆっくりと口を開いた。
「焼きそば屋の場所を聞かれたから教えただけだ」
「そっか」
その言葉の真偽はわからないけど、望月君がそう言うならあたしはそれでいい。
「花火、そろそろだな」
そう言った望月君は、いつもの無愛想で無表情な、あたしの良く知る望月君だった。
それを見てあたしはほっとした。かき氷を食べてのどに癒しを与える。
「そうだね、どこか良く見える場所さがそっか」
「一応スポットを調べておいた。そこに行ってみないか?」
望月君が花火を見るスポットを調べているなんて全くの予想外だった。ひょっとして望月君もあたしと夏祭りに行くのを心待ちにしていてくれたのだろうか。それならとてもうれしいな。
あたしは望月君の提案に乗り、スポットへ案内してもらうことにした。
***
しばらく歩くと出店は見えなくなり、河原へ出た。夜の川はきらきら光っていて、スマホの待ち受けにしたいくらいだ。周辺にはブルーシートを敷いてその上に座るカップルが何組もいた。
ひょっとして、傍目に見ればあたしたちもカップルに見えたりするのだろうか。望月君の方をチラッと見てみる。心なしか、彼の頬が赤いように見えた。
多分、気のせいだろうけど。
「この辺で見る?」
「いや、ここだと花火が始まるときには人でごった返す。もう少し遠くへ行こう」
そう言って望月君はあたしの手を引く。そういえば、人ごみで迷子になるからという理由で手をつないでいたのにいつの間にか自然になっている。望月君も特に嫌な顔もしない。あたしも、もうこの左手を洗いたくないくらいだ。
もうしばらく歩いていると、あたしたちは人気のない草むらまで来ていた。真っ暗だし木もあるしこんなところじゃ花火見えないんじゃ……。
すると望月君が急に話しかけてきた。
「星、綺麗だな」
「え?」
空を見上げてみる。確かに木々が周りの明りを遮断している分、星がとてもよく見える。
「あれ、夏の大三角形だな」
「ホントだ……」
なるほど、木々が邪魔だとばかり思っていたけど上を見るとそれらはたいして高くなく、花火もよく見えそうだ。望月君、こんな穴場を良く見つけられたなあ。
「なあ、やっぱり女子はこういう場所で告白されたらキュンとくるか?」
「ふぇ!?」
何?どどどどどういうこと?告白?キュンと?
いきなりの大胆な発言に頭が追いつかない、というかまわらない。いや、確かに夏祭りで告白とかドラマとか漫画じゃ良くある話だけど、まさかそんなことが現実で?しかも望月君が?
あたしがしどろもどろになっていると望月君はさらに言葉を続ける。
「いや、仮の話だ。俺が今そうしようとしているわけじゃない」
「……え?」
仮?な、なんだそっか……。ほっとした半面すこしがっかりしている自分がいた。
でも、なんでそんなことを聞くんだろう。
「も、もしかして誰かに告白する予定……だったり?」
恐る恐る聞いてみる。だが、聞いてみてはっとする。これで『そうだ』と答えられたら一体どうしたらいいんだろうか。さっきよりも心臓が高鳴る。
「いや、そんな予定は全くない」
「じゃあ、なんで……?」
なんであたしはこんなに危険な橋を渡ろうとしているんだろうか。違うと言われたのだからそこで納得すればいいのに。
でも、そんな意思に反してあたしは尋ねている。
望月君が何か言おうとしたとき、大きな音が鳴った。
空を見上げると大きな花が咲いていた。それはとてもきれいで、とてもまぶしく見えた。望月君の方を見ると、彼の瞳は花火のせいか輝いて見えた。
4月からずっと望月君を見てきた。でも、彼のことはあまりわからない。知っていることといえば、アニメや漫画が好きで、唐揚げが好物で、国語が得意で数学は苦手。授業中はいつも寝てて、めんどくさがりだけど頼まれたことは結局やり遂げる。それくらいだろうか。たったそれだけだけど、でも、
そんな望月君が、やっぱり好きだ。