異世界って聞いたら、普通、ファンタジーだって思うじゃん。   作:たけぽん

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33. 約束

繁華街を後にし、札幌駅から発車したJRに揺られながら俺は隣の座席に座るしおりを見る。心ここにあらずといった感じだろうか。目は虚ろで、さっきから一言もしゃべらない。その隣に座る夏衣は心配そうにしおりを見ている。

目覚めた時に亜季斗がそばにいなかったことがショックだったのだろう。まあでも、亜季斗自身が「自分がいない方がいい」と思いこんで先に行ってしまったのだから仕方ない。

 

『次は、白石。次は白石。』

 

「あ、俺ここだから」

 

夏衣が席を立つ。それによって我に返ったのか、しおりが顔を上げる。しおりは何か言いたげだったが、何も言わなかった。夏衣はそんなしおりの頭にポンと手を置き、くしゃくしゃっと撫でた。

 

「またね、しおり」

 

夏衣は俺にも手を振ると降りて行った。

そして、JRは再び動き出す。中雲駅まではもう少し時間がある。俺は、しおりから携帯に視線を移す。さっきひなから来たラインに都合がよくなったら連絡すると約束したので、それに返信するためだ。

 

『都合良くなったぞ。さっきの用件はなんだ?』

 

すぐに既読がつく。ひょっとしてずっと待たせていたのかもしれない。

そして返信が来た。

 

『直接話したいから、一階のロビーで待ってるね』

 

その文章には絵文字も感嘆詞も一切使われていない。直接話したいという文面からして、かなり重要な用事ということだろうか。俺は承諾を示す文章を送り、携帯をポケットにしまう。

 

「ねえ、望月」

 

不意にしおりが話しかけてくる。そちらを見ると、さっきとは違う、真剣な瞳で俺を見ていた。

 

「なんだ」

「私のあーちゃんへの気持ちは、本当に恋だったのかな?」

 

『だった』のか、という問いかけは亜季斗への気持ちが限りなく薄れていることを示しているのだろう。

 

「何故俺に聞く」

「あんたなら、わかると思って」

「あんまり過大評価するな。俺は、万能じゃない」

 

残念ながら俺には恋愛感情を知ることはできても理解することはできない。それは、俺が今まで誰かに恋する事が無かったからだ。そもそもの話、愛情という感情が俺には欠落しているのかもしれい。だからこそ俺はひなからの好意を認識はしているが、その気持ちへの答えを出せないでいる。そんな俺にしおりの16年越しの想いを本当か嘘か判断することなんてできない。

 

「なによ、役立たず」

 

そう罵るしおりの声には、いつもの元気は微塵も感じられない。

だが、それでいい。答えを出すのは、しおりであり、そして亜季斗でもある。俺に出来るのは、その舞台を整えてやることだけだ。

 

『次は、中雲。次は、中雲』

 

JRがとまり、俺たちはホームへと降りる。改札をくぐり、駅から出る。時間帯も遅いので、人が多い。

しおりは尚も無言だ。夜道を並んで歩いていても、しおりの存在を認知するのは難しいくらいだ。

今日までに起った出来事は、高校一年生には少々重いか。

 

「じゃあ、私こっちだから」

「ああ、またな」

 

道の角でしおりと別れ、俺は歩き続ける。

亜季斗を想っていたしおり。それに気付かない亜季斗。

俺の事を想っているひな。それに気付いていても何もしない俺。

自覚があるか無いか。それだけの違いだが、結果的に相手の気持ちをないがしろにしているのは変わらない。だから、俺は亜季斗を否定することはできない。でも、俺はしおりから依頼を受けた。忘れているだけだろうが、しおりはそれを取り下げてはいない。それなら、俺の責任はまだ継続されいる。

 

 

それなら、最後までやるだけだ。

 

 

***

 

 

自動ドアを通りぬけ、機械に部屋番号を入力する。このマンションのセキュリティはとても優れており、部屋のドアもオートロック。設定すれば指紋認証をつけることもできる。

 

ロビーの真ん中で、ひなは待っていた。俺に気付くと小さく手を振る。

 

「悪いな、待ったか?」

「ううん。大丈夫。用があるのはあたしだから」

「そうか。それで、用ってのは?」

「うん。結構大事な話かな」

 

そう告げるひなの頬は赤くなっている。これは、ひょっとしたらまずいかもしれない。

仮に告白なら、今の俺に返せる言葉は無い。

心臓が高鳴るなんてのは随分久しぶりなものだ。それも悪い意味でとは。

大きく息を吸い、ひなはゆっくり話し出す。

 

「その……望月君は嫌かもしれないけど。あたしと……その……」

 

ひなはゆっくりと言葉をつなぐ。

 

「あたしと、夏祭りに行かない?」

「……え?」

 

ナツマツリ?

一瞬ひなの言葉に理解が追いつかなかった。が、すぐに頭を動かし、状況を整理する。

告白じゃなくて、誘いか。夏祭りってのは、次の土曜から4日間行われるやつか。さっき駅にポスターが貼ってあったから、その祭りで間違いないだろう。

 

「どう……かな?」

 

ひなは上目遣いにこちらを見てくる。その仕草は断りにくいからやめてほしい。

まあ、でも断りたい訳でもない。

 

「いいけど……二人で行くのか?」

「えっと……お祭りの二日目にみんなで行こうって瑠璃ちゃんが言ってて」

 

みんなってことはしおりと亜季斗、そして夏衣も誘うつもりだろう。しおりと亜季斗が素直に応じるかは微妙だが、二人とも今日のことをあまり人に知られたくは無いだろう。それなら誘い方によっては来るだろう。

 

「なんだけど……その……」

 

ひなはまたも歯切れが悪くなる。これ以上何を言うつもりなのかわからないが、しきりに前髪をいじっている。

俺も雰囲気に飲まれてしまったのか、何を言っていいかわからず黙っていることしかできない。ひなの様に前髪をいじって待っているとひなはようやく話し出した。

 

「その前の日……初日にあたしと二人でお祭りに行かない?」

「……え?」

 

また間抜けな返事をしてしまった。

二人で夏祭りか。まあ、現状断る理由は何一つない。それに、しおりたちの事もあるし、一度下見できるのは都合がいい。

冷静に考えた後、俺は返事した。

 

「わかった。じゃあ時間はどうする?」

「え?いいの……?」

「ああ、別に用事もないしいいぞ」

 

ひなは顔をほころばせる。そしてそれからしばらくの間、俺たちは当日の待ち合わせや行きたい出店について話していた。

 

 

***

 

その翌日から、一週間の夏期講習が始まった。レベルが高くて理解できなさそうだと先入観を抱いていたが、講師たちの教え方は抜群に上手かった。ひなが学年一位を保っているのもこの授業を受ければ納得がいく。一週間程度の夏期講習でも、俺の学力はうなぎのぼりなのだから普通に通えば成績は常に上位でもおかしくないな。

 

 

 

が、しかし週末に近づけば近づくほど俺の集中力はそがれていった。夏祭りの約束のせいだろうか、それとも単に授業が難しくなっているからなのか。どちらにせよこのままだと受講料が無駄になりかねない。まったく、最近の俺はどこかおかしいな。

 

 

「……ふう。疲れた」

 

授業の合間の休憩時間。自販で飲み物を買った俺はロビーの椅子にこしかける。

夏期講習はあと2日。もう半分も終わったと思うべきか、まだ半分あると思うべきか。個人的にはそんなことは気にならない。というか考えられない。なんだろう、この悶々とした気分は。

 

「ずいぶん辛気臭い顔ね。授業内容が理解できなかったの?」

 

そう話しかけてきたのは、……えーと、誰だっけ。たしか遠……遠……。

 

「遠山?」

「あなた、最低限の記憶能力もないの?私は遠野ゆり。二度と間違えないで。いい?望……望崎君?」

「どんだけ大きなブーメラン投げてんだ。プロなの?」

 

遠野は俺のツッコミに対して特に反応せず、そのままロビーを立ち去った。無愛想な奴め

それにしても、辛気臭い顔なんて言われるとは。いつもは無愛想とか無表情とか言われるんだが、珍しいこともあるもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





渋谷ミサ (しぶたに みさ)

1年D組  部活動 無所属  誕生日  10月9日

学力 A+ 知性A 判断力 B 身体能力 C 協調性 C-

学年2位にして孤独の少女。そこそこ立派な家系に生まれ、幼いころから勉学に励んでいたが、その結果友達と呼べる存在が誰ひとりいなかった。プライドが高く、自他問わずミスには厳しい。エレベーターでの一件により、武哉には多少心を開いている。

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