異世界って聞いたら、普通、ファンタジーだって思うじゃん。 作:たけぽん
夏休み二日目、水曜日。初日から面倒ごとを抱えてしまった俺はそんなものは放置して宿題をやっていた。来週からは夏期講習だし、放置している面倒ごとも約束してしまった以上いつかは動かなくてはいけない。それならばその前に宿題を進めておこうという魂胆だ。
中雲高校の方針は生徒の実力主義なので、宿題はそんなに多くない。ただ、一つだけ面倒なのは『夏休みの記録』というレポート課題だ。夏休みに経験したことから今後の自分の生活や学業、将来への見通しを立て、3000文字でまとめろというものだ。要は夏休みの日記の高校生版だ。3000文字もかける気がしないんだが、まあこれは最終日にやることにしよう。
そんなわけで宿題を進めていると携帯が鳴った。ディスプレイには『高松瑠璃』の名前が表示されていた。いやな予感しかしないが、無視もできないので通話ボタンを押した。
「もしもし」
『夏だよもっちー!夏が来たよ!そういうわけで、プールに行こう♪』
思わず電話を切ってしまった。なんだあれ、テンション高すぎだろ。と思っていたら再度電話がかかってきた。
「もしもし」
『夏だよ!夏が来たんだよ♪』
思わず電話を切ってしまった。いや、今のは意図的だわ。そして再び電話が鳴った。
「もしもし」
『次切ったら恐ろしいことになるでしょう』
「すまん。本当にすまん。だからその凍りつくような声はやめてくれ」
『はいはいごめんねー♪』
「で?なんであんなにハイテンションだったんだよ?」
『派手にいかないともっちーは私の事忘れてるかと思ってさ!』
「二日前に終業式で会っただろうが。お前の中では俺ってそんなにおつむ弱いの?」
『そ、そんなこと無いよ』
「詰まってんじゃねえよ。本気かと思うだろうが」
このまま続けてると宿題が片付かない。さっさと要件を聞いてしまおう。
「で、何のようだ?」
『プール行こうよ!ひなと私としおりとひなの水着が待ってるよ♪』
なんかひなが一人多かった気がするが、問題はそこじゃない。なんて言った?プール?いやいや御冗談を。いくらプールの水が冷たかろうとプールを出れば地獄が待っている。夏の暑さをもろに感じる。そこに行こうって?
『あれ?反応が無いけどまた切ったのかな?じゃあ恐ろしいことに……』
「いや、切ってねーから、判断を誤るな」
何をするか分からんが瑠璃が恐ろしいことと言うからにはとんでもないことされそうだ。とりあえず、次に電話を切るとき話が終わってからにしよう。
「で?プールだって?」
『そうそう。やっぱり夏は海かプールに行かないと』
「で、プールか。悪いが遠くには行けんぞ。財布に500円しか入って無い」
『それは大丈夫!近くにあるプールに行くから』
なんだと……。近くにプールあったのか。『ごっめーん!今月財布がピンチなんだよね~』作戦は失敗か。
「でも、俺、水着なんてすぐに用意出来ないぞ」
『プールに行くのは土曜だからすぐに用意できなくても大丈夫だよ♪お金が無いなら貸してあげるし』
どんどん外堀が埋められていく。もう仕方ないな。近くのプールらしいしそれほど苦でもないだろう。
「分かった。行くよ。行かせてもらいます」
『よろしい。じゃあ土曜の10時にひなが迎えにいくからねー』
「あ、そうだ。結局誰が来るんだ?」
『えっとねー。私とひなともっちーとしおりんとあっきーだよー』
「……そうか」
『どかした?』
「いや、何でも無い。じゃあ土曜にな」
そして通話は終わった。
さて、それじゃあ土曜日に予定入ったしやることやっちゃいますかね。
翌日、俺は水着を買うためにスポーツ用品店に来ていた。実際水着なんて小学校のプール授業以来使ったこととも買ったことも無い。そもそも自分が泳げるかも不明だ。溺れることは無いだろうが、クロールだのバタフライだの出来る気もしない。まあ、最悪プールサイドで座ってればいいか。さて、水着選ぶか。
「男性用の水着でも結構あるんだな」
ブーメランタイプやトランクスタイプ。それにこのラッシュガードってのは初めて見たな。これは男女どちらでも使えるのか。日焼けとか気にする人にも良いかもな。
まあ、この水色のトランクスタイプでいいか。安いし。
暇だし、他の売り場も見てみるか。
そう思い野球コーナーに来てみた。別に野球が特段好きなわけではないが、何となく目についたからだ。
「ほー、グローブもいいお値段するんだなー」
そういいながらファーストミットとキャッチャーミットを持ったりはめたりしていると、
近くから聞き覚えのある声がした。
「ほう、つまりこれが試合で使われるボールなんじゃな?」
「ああ、硬球と言われるものだ」
ボール売り場の方へ近づいてみる。すると向こうが俺に気付いたようだ。
「おや、望月君ではないか。久しいの」
「……やあ、望月」
そこにいたのはD組の委員長、泉忠則と自称何でも屋の井川真愛だった。
井川は特に変わった様子は無いが、泉は気まずそうだ。まあ、実際俺も泉と二人にされれば何もしゃべらないと思う。そう考えると井川がいたのは不幸中の幸いか。
「望月君は何か買いに来たのかい?」
「ああ、水着をな。週末プールに連行されることになった」
「それは愉快じゃのう」
他人事だと思って……、実際他人事だな。
「井川たちは?泉の部活道具でも買いに来たのか?」
「いや、今日は井川の道具を買いに来た」
うん?井川の道具?野球コーナーに?井川野球すんの?意外や意外だな。ひょっとして名の知れた選手だったりするのだろうか。いや、でもそれなら試合で使うボールなんて聞かなくても知ってるだろうし……。
「難しいことは無いぞ、望月君。うちが何を自称しているか言ってみよ」
「何でも屋……、ああ。なるほど。」
つまるところ助っ人か。そういや一年生大会が夏休みにあるって野球部期待の新人が言ってたのを聞いた気がする。おそらくは何かの理由で欠員が出てしまったのだろう。だから野球部の泉が同じクラスの井川を頼った訳か。
「でも、女子って出れるのか?試合」
「出れない」
「らしいのじゃ」
即答かよ……。じゃあ駄目なんじゃないですかそれ。ルール違反ですよ。
「心配ご無用じゃぞ、望月君!」
「と、言いますと?」
「うちにかかれば男装なんて朝飯前、いや、起床前なのじゃ!」
なにそれ、ばれなけれ犯罪じゃないんだよ?的な考えなのか。だが、根拠のない自信でも無さそうだし、そもそも泉が頼んだということは井川の男装は大したものなんだろう。
「でも、髪はどうすんの?」
井川の髪はかなり長い。腰にかかるくらいには。流石にそんな長髪な野球少年は漫画でも見たことが無い。
「それなら問題無い。これから床屋でバッサリじゃよ」
あっさり言うけど、女子が自分の髪をバッサリ切ろうなんて大分凄いことだ。たとえば、ひなの髪型がポニテからショートになっていたら池内あたりは驚くだろう。つまり、井川が髪をバッサリ切ったら、周りは猛烈にびっくりするだろう。『井川さん、失恋でもしたのかな』なんて噂が流れ、3日くらい時の人になるまである。仕事のためにいともたやすく散髪とは、こいつは将来いい社畜になりそうだ。
「そうかい、まあ、しっかりやれよ」
そういって立ち去ろうとする。今日はこの後、ひなの通う塾に行って夏期講習の申し込みをしなければならない。そろそろ良い時間だしな。
「まて、望月」
まさか泉に呼び止められるとは思わなかった。
「なんだ?」
「期末テスト、何位だった?」
質問の意図が分からない。だが、泉にとっては重要な事のようだ。
「別に、何位でも良いだろ。お前には遠く及ばないって」
「沢渡と渋谷に教えてもらったお前なら、十分脅威になりえる」
「はあ……分かったよ。11位だ」
「なんだい望月君。うちより8位も高いではないか」
井川は19位か。それにしても泉は大分俺を警戒してるみたいだな。勉強会の事なんて誰に聞いたんだか。実行委員の件と二人三脚くらいしか情報が無いはずなのに、本能的に俺の『力』を察知している。だが、普通に生活するなら、俺が泉の障害になることは無いと思うが……。