異世界って聞いたら、普通、ファンタジーだって思うじゃん。 作:たけぽん
26.開始
夏休み。それは一学期を耐え抜いた戦士たちに与えられる休息であり、心のオアシスである。体育祭、期末テストを終えた中雲高校の生徒たちには約一カ月の夏休みが与えられる。生徒たちは海に行って泳いだり夏祭りで花火を見たり、アルバイトに勤しんだりする。
だが、それも予定を作る気がある者がとる選択肢であり、予定を作らず、何もしない夏休みを送る高校生も存在するわけで、俺もその一人だった。
「あー、暑い……」
何故夏は暑いのか。夏が来るたび考えることだが、理由は単純だ。夏だからだ。何を言ってるか分からねーと思うが、理屈とかそんなチャチなもんじゃねえ。もっと恐ろしい力の片燐を味わってるぜ……。
つまるところ、考えるだけで暑いので、考えることを辞めたぞオオ!ジョジョオオオ!ということである。自分でも何言ってるか分からん。
まあ、家の中でだらだら出来るだけマシか。
なんて思ってたらラインが2件来た。ひとつはしおり、もう一つはひなからだ。
とりあえず、しおりのほうから既読をつける。まあ、特に理由は無いんだが、画面の一番上に出ているからだな。理由あるじゃねーか。
「えーとなになに」
『2時、学校近くのマックにて待つ』
うん。何これ?果たし状?
『意味がわからん』
と返信したが、既読スルー。ひとまず放っておこう。
次はひなのほうに既読をつける。
『夏期講習、どうする?』
そう。テスト前にひなから塾の夏期講習に誘われていた。そして、テストの結果が出た時に、「もっとやれば上位を目指せる」とひなのお墨付きをもらった。
まあ、夏期講習は一週間程度だし、他に予定もない。せっかく誘われてみるし行ってみるか。
『行くって方向で』
『ほんと!?じゃあチラシについてた申込書に必要事項を書いて明日塾に持ってきて!』
『了解』と返信した後、鞄からチラシを取り出す。住所年齢などありきたりの内容だ。
さっさと記入しようと思ったが、しおりからのラインを放置していることに気付き、もう一度画面を見る。
が、既読スルーのままだった。ひょっとして緊急の用だったのだろうか。いや、それなら電話してくるはずだよな。ああ、めんどくせえ。めんどくせえが無視したらしおりに何されるか分かんないし、マックに行くか。
そんなこんなで俺はマックに入店した、暑く長い道のりだったぜ……。
店内を見渡すがしおりの姿は無い。あいつ、呼び出しておいて遅刻かよ……。
とりあえずコーラを買って、入口に近い席に座る。それにしても店内はクーラーが効いてて涼しいな。うちの備え付けより涼しい。なんて考えていると入口が開き、しおりが入店してきた。
「ごめん、待った?」
「そりゃあ時間指定で呼び出されたのに10分も遅刻されたからな、待ったから帰っていいか?」
そう言って席を立とうとするとしおりに腕を掴まれた。この感じからして何か大事な用だってことは理解できた。だからこそ帰りたい。
「とりあえず話だけでも聞きなさいよ!チキンクリスプ奢るから!」
それ、100円の奴じゃねーか。ビッグマックとかじゃないんですか。
そもそも奢ったんだから頼みを聞けとかそういう話だったら面倒だ。それなら話を聞くだけ聞いて適当にはぐらかして帰ろう。
「・・・・・・。とりあえず、話は聞こう」
・・・・・・五分経過。しおりは座ったまま何も話さない。コーラもなくなったし帰りたいんだけどなあ。
「おい、本当に帰るぞ」
「ま、まてい!」
「亜季斗の真似か?」
俺はこいつと漫才するために暑い中ここまできたのか?
・・・・・・と思ったがしおりの表情に小さな変化あった。
「亜季斗のことか?」
「う……なんでわかったのよ」
やっぱりか。亜季斗の名前を出した時に目を逸らし、気まずそうな顔をしていたから。何て言ったら話が脱線しそうだし、とりあえず向こうから話してもらおう。
「その……お願いがあって……」
嫌な予感がする。俺の平穏な夏休みを脅かすような何かが起きそうだ。が、ここまで来ると引き返せない。いや、まだ大丈夫。何かお願いされても無理だと答えればいいんだ。
「夏休み、あーちゃんと仲を深めたいというか……良い感じになりたいの!だから手伝いなさい!」
物凄く抽象的だな。仲を深めるとか良い感じとか、とりあえず恋愛相談ということだろう。亜季斗のことを委員長と呼んでいないしな。
「な、何か言いなさいよ!」
じゃあ言わせてもらおうか。
「断る」
「そう、その言葉を待って……はあ!?この流れで断るってあんたそれでも血の通った人間なの?バカ、ボケナス、望月!」
酷い。酷過ぎる。普通こういう場合もっと下手に出るものじゃないのか……。
そういえば木崎先生もかなり高圧的に頼んできたっけか。男尊女卑だと訴える女性は多いが、今この状況だと完全に女性が強いんだが。
「仲を深めるとか良い感じとか、具体的にどういうことか知らんが、俺から見ればすでにそんな感じじゃないか?」
「はあ、あんた本当に分かってないわね……。確かに今は今で楽しいけど、これじゃダメなの。だって……」
「亜季斗からみたお前がただの友達どまりだからか?」
「分かってるなら、さっさと言いなさいよ!いまのやり取り無駄だったじゃない!」
さーせん。とりあえずしおりは亜季斗のことが好きだが、亜季斗はそれに気付いてはいないししおりに対して恋愛感情はない。ただの仲のいい幼馴染でしかない。それでも今までいつも一緒に行動して、遊んで、楽しくやっていた。だが、しおりは現状には満足しておらず、恋仲になりたい。夏休みは絶好のチャンスという訳で、しおりの気持ちを知っており、亜季斗とも繋がりのある俺から助力を得たいという話だった。
「話はわかった。だが、断る」
「何でよ!」
「俺にはメリットもデメリットもないしそもそも他人が介入するような問題じゃないだろ」
「・・・・・・ひなのことは助けたくせに」
「あれは俺にも事情があったんだよ」
よし、これでOK。さあ帰ろう。
と思ったらしおりは笑みを浮かべながら鞄を開け、パソコンを取りだした。
「勉強でもするのか?じゃあ俺は帰るぞ」
「待ちなさい。これ、見て」
しおりはパソコンの画面を見せてきた。そこには今は懐かしい、屋上でのミサと泉のやり取りの動画が映っていた。
「これがどうかしたか?」
「私、誰かさんに頼まれてハッキングしたんだけどなあ。大変だったんだけどなあ。失敗してたら大問題になってたんだよなあ」
どうやら俺は脅されているようだ。ハッキングの対価をよこさないと俺がハッキングを要請したことを学校に告発するということだろう。まあ、そんなことしたらハッキングした当人も被害をこうむると思うんだが、随分と雑な脅迫だな。だが、それくらいこのお願いは本気ということだろう。ところで、俺は一つ思いだしたことがあった。
「借りなら返しただろ」
「は?何言ってんの?言っとくけどテストの事なら、あれはひなと渋谷さんのおかげであってあんたの力なんて微塵も借りてないわよ」
「いや、お前の鞄のキーホルダーだよ」
そのキーホルダーは『PSかあにばる』の男女ペア限定の入場特典であり、亜季斗に頼まれ、俺が手に入れたものだ。あの後亜季斗に渡して、しおりにわたったはずだが。
「は?ああ、これ?これは『PSかあにばる』ってイベントの入場特典で、ペアにつき一つだったんだけど、あーちゃんが極秘ルートとやらで入手してくれたの」
なん・・・・・・だと。亜季斗のやつ、カッコつけて詳細省きやがったな。ここで真実を話してもいいが、しおりは亜季斗が自分で入手してくれたものだと思い込んでいるわけだし、好きな人からもらったプレゼントでもある。それを壊すのはデリカシーにかけるだろう。
・・・・・・って、あれ?ということは俺には断るための大義名分がないってことか?
「さあ、どうすんのよ望月」
「・・・・・・はあ。わかったよ。これで貸し借りゼロだからな?」
「その言葉をまってたわ」
というわけで、俺の夏休みは少々面倒なものになってしまったのだった。