異世界って聞いたら、普通、ファンタジーだって思うじゃん。 作:たけぽん
「先週言った通り、今日は月一の設備点検がある。午前で終わるが寄り道せずにさっさと帰れよ~。以上。」
翌日の帰りのホームルーム。体育祭までちょうど3週間を切った6月のある日。俺は落ち着かなかった。だが、決して迷ったり怖気づいているわけではない。はずだ。
「起立。礼」
日直のあいさつでホームルームは終わった。さてと…行くか。
「望月」
しおりに呼び止められた。
「その…まあ、しっかりね」
そう言うとしおりは足早に教室を出て行った。
しっかり、ねえ…。まあ、しっかりしようがしまいが、誰かがやらなくてはいけないことだ。たまたまそれが俺だっただけなんだ。
「行くか」
俺は鞄を持ち、屋上へ向かった。
設備点検のための午前授業なのでそんなに遅くまでは残れない。
時間との勝負だ。
そんなことを考えていると屋上のドアが開いた。
「泉…え?誰…?」
やってきた人物は俺を見てそう言った。俺が目的の相手ではないからだ。
「俺は一年B組、望月武哉。体育祭実行委員の一員で、沢渡ひなの友人だ。」
ひなの名前を聞いたとき、そいつの表情が歪んだのを俺は見逃さなかった。
「それで?あんたは何してるわけ?午前授業なんだからさっさと帰りなさいよ」
「それはお前もだろ。お前こそこんなところに何しに来たんだ?そんなに息を切らして。ひょっとして誰かと会う約束でもしてたのか?例えば泉とか」
「馬鹿馬鹿しい。私は帰るわ。」
彼女はドアに手をかける。
「いいのか?このまま帰ればお前は後悔することになるぞ?」
ドアノブにかけた手が止まる。
「どういうこと?」
「少し、俺の話を聞いていけ」
向こうは周りを見渡す。誰か隠れていないか確認しているのだろう。
「他には誰もいないぞ、ここには」
俺の言葉を信じたのか、それとも誰もいないことを確信したのか、彼女はこちらを見つめている。
「で、何?」
俺は大きく息を吸い込む。そして相手に聞き取れるようにゆっくり話し始めた。
「単刀直入に言う。お前が体育祭実行委員会に対して行っている妨害をやめろ」
「はあ?急に何の話?」
向こうは俺の言葉に対して意味が分からないという素振りだ。だが、さっさと帰らないのは俺の話を聞く気があるということだろう。
「最初におかしいと思ったのは、泉が副委員長に立候補したときだ。委員長決めのときは何も発言しなかったあいつが、副委員長のときは問いかけのすぐ後に手を挙げた。まるで最初から副委員長をやるつもりだったように」
「だからっ、何言って……」
「委員会活動は働きに応じて特別点が貰える。特に委員長は他より多く、副委員長はヒラの委員と同じ査定だ。学年でトップクラスの成績でクラス委員長、それでいてエリート意識の高い泉が、それでも尚、副委員長にこだわるのは不自然だ。しかも、その後すぐに肺炎になるってのもおかしな話だ」
「次に、アンケート。スローガンのアンケートは明らかに採用されないような案ばかりだったし、種目アンケートはやけに回答がバラけていた。集計が大変だったよ。そして何より、それらのほとんどが一年D組から提出されたアンケートだった。まるで、意図的に差し替えられたように」
だが、それでも彼女は表情を崩さない。
「そして最後に、井川だ。ひなを委員長に推薦したのはあいつだし、その後も真面目に意見を出しているようで、その実、会議の進行を遅らせていた。もっとも疑問だったのはそこまで発言力のある井川が他クラスの生徒には全く知られていないこと。そこから考えられるのは、井川が体育祭実行委員に入ってから、あのキャラを演じているということだ。よくもまあD組は非協力的なことで」
「そんなことがあったんだ。でも何のためにそんなことしたんだろうね」
あくまで知らないフリか…。
「今回の妨害の意味は、3つある。一つ目は沢渡ひなの信頼を下げること。学年トップクラスの人間が委員長をやれば期待も大きいだろう。だが同時に、失敗したときの失望も大きい。」
「二つ目は過剰な量の仕事で沢渡ひなのコンディションを崩すこと。現にひなは風邪を引いて、今も完治していない。」
「三つ目は沢渡ひなの心を不安定にすること。言っちゃ悪いがあいつはかなり純粋でかつ豆腐メンタルだ。みんなの足を引っ張るのはかなりの苦痛だろうよ。」
「それで?結局、目的が分からないんだけど?」
「一学期中盤の行事で学年1位の人物を妨害する目的はただ一つ。期末テストでひなを追い抜き、学年一位になるためだ。」
彼女の表情がまた歪んだ。
「テストの妨害、泉や井川の不自然な行動、D組のアンケートのすり替え……ここまでくればお前に辿り着くのは難しくない。そうだろう?」
俺は再び息を大きく吸い、静かに彼女の名前を呼ぶ。
「渋谷ミサ」
―――――――――――――――――
渋谷ミサはものすごく動揺しているようだ。余裕の表情は完全に崩れている。
「でも、あんたの言う目的なら2位以下の人なら誰が犯人でもおかしくないじゃない」
それでもなお平静を装っている。
「良く考えてみろ。例えば学年10位の奴が1位を目指すには標的は9位より上の人間全員だ。ひな一人を狙ってもお前や泉がいる。つまり、1位のみを標的にするのは2位の人間しかいない。」
「でも、それってあんたの想像じゃないの?」
おお、予想通りの言葉だな。なんて考えながら俺は鞄から先日購入したノートパソコンを取り出す。
「これを見ろ」
映し出された映像には泉と渋谷が映っていた。
『そういうわけで、あんたが副委員長になってすぐに長期欠席、あいつに頼んで委員会の進行を遅らせる。いいわね?』
『了解した、任せておけ』
『これで沢渡ひなもお終いね』
『だが、テストでは俺が勝っても文句は言うなよ?』
『分かってるわよ』
渋谷は顔を真っ青にしている。
「そんな…なんで?」
「監視カメラの映像だ。ドアの上にあるだろ?」
そう、この監視カメラは作動していないと木崎先生は言っていた。だが、壊れてはいない。ならば設備点検で動作確認しないはずがない。そして、設備点検は4月から毎月行われている。つまり、先月も。渋谷たちは午前授業で誰もいないと思いここで作戦を確認していたのだ。
だからこそ俺はしおりに頼んでカメラのシステムをハッキングし、映像を入手した。そして泉のケータイもハッキングし、渋谷を呼び出した。
「今もあのカメラは作動している。この会話もばっちり録画されているだろうな」
「そんな…嘘だ…」
「お前が妨害をやめ、体育祭が成功すればこのデータはパソコンから消してやるよ。だが、そうしなければ映像を学校中に拡散する」
我ながらとんでもないことやってるな…脅迫だろこれ。
「何でこんなことしたんだ?危ない橋を渡るより正攻法で1位を目指せばよかったじゃないか」
我ながらよくこんな思ってもいないことを言えたもんだな。
「――――――」
「――――――――」
静寂を破るように、渋谷は静かに言葉を紡ぎ始めた。
「全部…全部あの女が悪いのよ……入試全教科満点で余裕で合格して…私なんて、友達と遊んだりせずに頑張って勉強してるのに!なのにあいつの目には、私も泉も映ってない!」
学年1位のひなは凄い人なのだろう。だが、2位だって凄いことだ。それでも、圧倒的な差は努力では埋められないこともある。その葛藤が今回の妨害の動機なのだろう。
『下校時間です。生徒の皆さんは帰宅してください。繰り返します。下校時間です。生徒の皆さんは……』
ふう、なんとか時間内に終わったな…。
俺はパソコンを片づけ、立ち去ろうとした、
「何で…部外者のくせに邪魔すんのよ…」
渋谷は俯いたまま俺に怒りをぶつけてきた。
「ひなは友達だからな。友達を助けるのは当たり前のことだろ」
そう言って俺は屋上を後にした。
体育祭まで残り4日。泉も復帰し、体育祭実行委員は体育祭の準備を完全に終え、本番を待つのみになった。ひなの体調も回復し、全てが上手く回っている。俺はと言うと、普通に実行委員の仕事をして、普通に帰って、普通に寝る。とにかく普通の日々を送っていた。
「それじゃあホームルームは終わりだ、気をつけて帰れよ~」
今日の授業も終わり、帰ろうとしていると、
「望月、ちょっと来ーい」
藤堂先生に呼び止められた。
「何ですか、俺今日は見たいテレビがあるんですけど」
「んなもん後で動画サイトで見ろ。それより、実行委員はどうだったよ?」
この野郎、白々しいな…。
「誰かさんの差し金でとんでもなく面倒でしたよ」
「誰だよそいつは、俺が今度殴っておいてやろうか?」
もうほっといて帰ろう…。
下駄箱の前で、目的の人物の姿を確認した。
「呼び出して悪かったな」
「ほんとにね。いったい何の用?」
「結局お前の行動の理由だけ解らなかったんだよ、井川」
「なるほどね。渋谷の計画を看破したのは君だったってわけだ」
そう、俺には井川がキャラを作ってまで渋谷に加担した理由がどうしても分からなかった。だからこそ、彼女に確認しようと思ったのだ。
「望月君は、口は堅いかの?」
急に井川の口調が変わった。どういうことだろう。
「まあ、おしゃべりではないな」
慎重に言葉を返す。
……すると、彼女はまるで“別人 “のようにしゃべり始めた。
「うちはな、何でも屋なんじゃ。生徒の依頼を実行し、報酬を得るためなら喋り方も性格も変えてしまうんじゃ。」
まじかよ…高校生でそんなことする奴がいるなんて全く思ってなかった。
ってか語尾が「じゃ」って。
「今のお前が本当のお前ってことか?」
「さあな。いろんなキャラをやってきたから、どれが本当の自分かなんて覚えてないのじゃ。」
「気味の悪い奴だなあ」
「おぬしも似たようなものだと思うがな」
「何のことだかさっぱりだ」
こいつ、瑠璃に負けず劣らずの分析力だな…。
「まあ、縁があればまた会うこともあるじゃろう。それじゃあの」
そう言って井川は去っていった。
帰り道。久しぶりにひなとの下校だ。
「望月君、ありがとね」
ずっと黙っていたひなが急に話しかけてきた。
「何のことだ?」
「木崎先生が教えてくれたの。望月君が助けてくれたって」
あの冷徹教師め…。
だが、ひなの表情からして渋谷のことは聞いていないようだ。
そう思ったが、ひなの言葉から疑念は無くなっていた。俺の目的が達成されたということだろう。
「なんで助けてくれたの?」
「………」
俺は沈黙してしまった。
「や、やっぱりいいや!また今度聞くから!」
ひなは何か勘違いしたのか顔を赤くして黙ってしまった。
10,5. ――再び、望月武哉は考える――
なぜ俺は沈黙した?
なぜあのとき言えたことが今言えなかったんだ?
『友達だから』じゃなかったのか?
果たして、俺が失うリスクを負ってまで動いた本当の理由はなんだったのだろうか。
次回予告
しおり「体育祭準備編完結!イエーイ!」
武哉「しおりも後半、大活躍だったな」
しおり「赤坂って名字のキャラは基本天才プログラマーなのよ!どう?恐れ入ったか!」
武哉「次回、『練習』」
しおり「ちょっと!次回予告での私の扱い雑すぎない!?あんなに活躍したのに!」
武哉「お楽しみに」
しおり「聞けええええええ!」