“刃”の結成によって、一応は虚夜宮内の各破面同士の関係などが変化はした。
尤も、“刃”に選ばれるからには元々実力があるのが当然であり、交流があった者は一目置いていたというのが多い。
元より部下を引き連れていたバラガンとザエルアポロは、その部下がそのまま従属官になって既に大所帯となっている。
その二人とアーロニーロ以外は、とりあえず気に入った奴や自分に従う奴といった連中を従属官にしている。
部下を自分が納得する規模にした“刃”は、ようやく自分の思った事をしだす。
部下を鍛えるとの名目で、己が力を振るって研磨する者。
自身の夢であり、目的である完璧なる生命への研究を再開する者。
欲望を優先し、淫靡な日々を繰り返す者。
何も考えずに、ただただ暴食を繰り返す者。
己がナニカを、多種多様な部下と比べて見出そうとする者。
飢えを癒し、その時までに必要な力を手に入れようとする者。
やる事も無く、とりあえず霊圧を貯める者。
それぞれが思い思いに日々を過ごすのは、虚夜宮にとって平和であった。同時に、自分の宮からまったく出てこないので、なにも知らない『数字持ち』からは引き篭もり集団のように見えただとか。
されども、自宮でできる事など限られている。ザエルアポロのように研究でもしていれば別であっただろうが、研究者は彼だけだ。
となれば関心が行くのが他の“刃”だ。『数字持ち』は“刃”にとって有象無象に過ぎず、藍染などは恐れ多いなどの理由から近付き難い。そんな理由でもって、“刃”が他の“刃”に興味を持ったのだった。
そうなれば誰がとっつきやすいかになるのだが、これは難問であった。“刃”は個性派揃いの上に強い。
数字の序列は殺戮能力の高い順であって、一対一の強さではないのだが、そうであっても相応には強い。
特に、バラガンとザエルアポロはその数字に見合う実力を持っている。これは“刃”しか知らない事であるが、ザエルアポロは帰刃すればその身の数字は2から0に切り替わる。
それはそれだけ平時と帰刃での力の差があるということであるが、無敵に近いバラガンの老いを操る力よりも殺戮に向いていると評価されている事である。
とにかく、数字と強さの関係は大体等しい程度になる。ならば安全そうなのは自分よりも下の数字の奴になる。ならば、10の数字を持つヤミーが一番安全そうかというとそうでもない。
“刃”が決められる以前でのいざこざで、よく耳にされた名前にはヤミーもあった。短絡的で喧嘩っ早いので、他の破面をボロボロにするのよくある事であった。
それに、霊圧でほとんどが決まると言っても、体格の良さは決して無視できるものではない。背が高くて筋肉質なその体に匹敵するのは、ヴァスティダくらいである。
そういった事情から、9の数字を持つアーロニーロに行くのが当然の成り行きであった。
――――――
虚夜宮の外壁から続く通路から直接入れる大広間改め『迎撃の間』にて、アーロニーロは客人の相手をしていた。 目上の者を歓迎する場所としては不適当かもしれないが、“刃”の数字の序列がそのまま上下関係に直結する訳ではないのと、そこを抜かすと個室しか残らない為に仕方なくそこを選んだのだ。
「こうやって顔を合わせるのは二度目になるな、アーロニーロ」
「必要も無かったからな」
椅子を従属官に持たせて持参するといった常識外れな事をして、アーロニーロ宮にやってきたのはバラガンであった。
「必要が無かっただと? 少なくとも、貴様は儂に一言くらいは言うことがあろうに…」
問い詰めるかのような物言いであるが、バラガンのその態度は小さい事の確認をするといったものである。
「アア、アノ破面モドキハ旨カッタヨ」
そういえばと、かつて喰った破面もどきはバラガンの部下であり、それとの諍いはバラガンが預かっていたのをアーロニーロは思い出した。その上で、旨かったと言った。
「やはり喰ったか。その事になにか弁明があるなら、聞いてやろう」
まるで部下に処罰を与える上司といったバラガンの態度にアーロニーロは腹が立ったが、それは表に出さずに顔と同じように隠す。
「力こそ理。あいつが弱かったから喰われただけだ。
弁明もなければ、不意打ちで勝てると驕った奴に言う事もない」
負けた方が悪い。勝った側が須らく正義であるのは虚圏でも変わりがない。例え上に立つ者がいても、それは過去から現在まで不変であった。
その事を一番よく知っているのはバラガンだ。彼を神たらしめていたのはその力であり、常に勝っていたからの地位になる。
「……まあよい。あの
大帝たるバラガンにとって部下は己の所有物。その所有物に手を出されて沈黙しているようでは、王足りえないとして一言だけ文句を言ったのだ。
例えバラガンの所有物だとしても、
そんな存在など、口実にでも利用しなければそのまま埋もれさせていた。
「ソレデ、ナンノ話をシニ来タンダイ?」
アーロニーロもその辺は判っている。過ちを犯した部下だった物に関してバラガンはまず動かない。大帝たるバラガンを侮辱でもしなければ、バラガン自身が動くことなどまずない。
傲岸不遜な生まれ持っての王は、顎で他人を使うのが普通であり多くの場合は部下に全てをやらせる。
そんな王が自ら動いたのだ。何かあると思って間違いなど無いだろう。
「貴様は、この虚夜宮で何をするつもりだ?」
あえて場所で現在の立ち位置を言ったのは、バラガンが藍染を自分の上と認めていないからであろう。しかし、もう一つ理由があった。
アーロニーロが自分やザエルアポロのように、何かしら利点があるからこの場所にいる。その利点がなくなれば、地位など軽く捨てて去ると感じられたからだ。
これは破面としては異常な事なのだ。藍染にカリスマが無いとは言わないが、どの破面も力の底が見えないまでの実力差があるから藍染に従っている。バラガンでも、其処は変わらない。
それでも、目的が何もなく唯々諾々と従う他の破面と違って、バラガンは藍染を倒す事を目的でこの場にいる。
そしてそれは藍染も言いこそしないが解っている。てっとり早くアジューカスの軍勢とヴァストローデ二体を確保すべく表面上だけで屈服させたのだ。己という目標で以て、駒が自ら研磨するようにと……
そもそも、藍染はバラガンの心を圧し折ったつもりは無い。バラガンの性格は正に征する側であり、服する側ではない。
藍染にとっては唯々諾々と従うだけの駒よりも、目的さえ与えてしまえば後は勝手に動いてくれる駒の方が都合が良かった。つまりは、命が狙われているのさえも藍染にとっては予定通りなのだ。
「……喰らう為だ」
言うべきか言わざるべきか?その一瞬の逡巡で、アーロニーロが出した答えは言うであった。
原作知識という未来予知に近い反則技を持つ身として言動に気を付けているが、この程度なら別に問題は無い範囲の筈であると思ったからだ。
今であれ未来であれ、虚圏でも指折りの実力たる虚と破面が集う虚夜宮はアーロニーロにとっては宝の山。ついこの間までは手を出せない絵に描いた餅であったが、“刃”に無事に成れた事で“刃”とその従属官以外は大量に喰わなければ問題は無い。
「……」
嘘ではない言葉であるが、全てではない。王として生きてきたバラガンの観察眼はそれなりのものだ。ただし、力に関しては自分への評価が高すぎる為に、そこだけ曇っているのが珠に傷である。
短期間の内に見違えるように霊圧が強くなって行くアーロニーロを見ているだけに、バラガンはアーロニーロを警戒している。
自分には届かない。例え届きそうになろうとも、自分が持つ老いの力は絶対だ。
そうは解っていても、その老いは
その限界を超えられれば、老いの力を突破する事も可能となっている。老いの速度に勝る攻撃をするか、老いでも弱らせきれない威力の攻撃を繰り出せれば突破されてしまうのだ。
現時点ではどちらもアーロニーロには不可能であろう。しかし、将来は不可能とは言い切れない。『喰虚』を知らないバラガンは、アーロニーロの脅威は異常な成長速度と捉えていた。
「…まあよい。儂の邪魔さえしなければな」
成長するのは目の前のアーロニーロだけではないと自分に言い聞かせて、バラガンは椅子から立ち上がる。
「帰るぞ」
「ハッ!」
虚時代からの部下に骨のような物で組まれた椅子を分解させて持たせると、バラガンはもうここには用は無いと自分の宮へと帰るのだった。
「バラガンのヤローは帰ったのか?」
「みたいですわね」
「ったく、なんであんな奴が来るってだけで隠れなきゃいけないんだか……」
「迷惑をかけるな、アーロニーロ」
『迎撃の間』より上の居住空間からひょっこり顔を出したのはハリベル達だ。かつて軋轢があった彼女達は、余計な問題を起こさないようにと『迎撃の間』を通らなければ行けない上の居住空間に引っ込んでいたのだ。
「迷惑ト言ウホドジャナイヨ」
どの道、バラガンの相手はしなければならなかったのはアーロニーロだ。予想でしかないが、霊圧を完全に隠せないのでおそらく存在くらいは察知されていたであろう。
それで何も言わなかったのは、既にハリベルなど眼中に無かったからであろう。
バラガンにとっての敵は藍染のみ。“大帝”に刃を向け、神の座より力尽くで引き摺り下ろした不届き者。ハリベルが刃向かっていたのがかわいく見える程に、藍染は大罪人なのだ。
「……ッチ、また来たか」
バラガンではない別の“刃”が近付いて来るのを感じると、アーロニーロは不機嫌そうなのを隠さずに舌打ちをした。
「やっほー!遊びに来たよー!」
本来なら侵入者が使う外壁からの出入り口が勢いよく開けられる。そこに立っているのは、“刃”の紅一点ミッチェル・ミラルールであった。
その姿を見たハリベル達は、「またこいつか…」という風に遠い目をしていた。その反応は、どれだけの頻度でミッチェルがアーロニーロ宮に来ているのかを物語っている。
「帰リナヨ、淫乱」
「やだな~、これから
甘えるような声を出して、人差し指でアーロニーロの胸に何か文字らしきものを書く。
一瞬、たった一瞬でミッチェルは、出入り口からアーロニーロの懐まで―――破面の高速歩法である
(やはり、速いな…)
色欲を冠するミッチェルは、バラガンとザエルアポロのように思想や性格が司る死となっている。色欲に相応しい爛れた生活を送っているので、アーロニーロは淫乱と言ったのだ。
そのミッチェルの戦闘での売りは、“刃”中最速の響転の使い手だ。流石に能力はそれだけでは無いだろうが、最速ということは誰も簡単に捕まえられないということになる。例えバラガンでも、逃げに徹されたら面倒であろう。
「嫌ぁ?」
身長差から見上げる体勢にならざるを得ないミッチェルは自然と上目遣いとなっている。更に潤んだ瞳は男としての欲望を刺激させるのには十分。
「お前とはお断りだ」
従属官で逆ハーレムを形成しているのを知っている身からすれば、そういう関係になるのは気が引けるどころの話ではない。食欲が並外れている分だけ他の欲が薄くなっている上に、まともな貞操観念を持つアーロニーロは尚更であった。
「従属官ダケデ満足スルンダネ」
それで満足できていないから、同じ“刃”で一番マシに思えるアーロニーロに声を掛けているのだが、アーロニーロからすれば知った事ではない。わざわざ他人の欲に付き合う必要などアーロニーロにはないのだから。
「物足りないんだよー。それに、皆なんか痩せてきてるし」
(近い内に死人が出そうだ……)
死因としては情けないモノとなりそうであるが、アーロニーロには死の気配を感じ取った。死因からして喰いたくはないが……。司る死に関する死者がでるのだから、色欲はミッチェルに相応しいという証拠になりそうな事件になりそうではある。
「そ・れ・に~、アーロニーロだってまったく興味が無い訳じゃないでしょう?
4人も女を侍らせてさー」
ハリベル達を見てミッチェルは言うが、ソレが合っていようが間違っていようがどっちでもいい。寝取るもいいし、知らなければ自分が色欲たる所以を魂魄の芯まで淫事な快楽に漬してやるのもいい。
僅かに朱を差した顔で舌なめずりし、ミッチェルは上目遣いで微笑む。アーロニーロのつっけんどんとした態度も好ましい。自ら飛び込んでくる獲物も楽ではあるが、ちょっとした苦労をして食べるのも悪くは無い。
「そんな理由で従属官にした訳ではない」
頭が丁度良い位置にあるので、撫でてからアーロニーロはミッチェルを突き放す。
(良い感じかな~?)
頭を撫でるという馴れ馴れしい行為を好意的に受け止めるなら、少なくとも完全な拒絶ではない。徐々ではあるが、アーロニーロが気を許している兆候と取れる。
気を良くしたミッチェルは、アーロニーロの服のフリフリ部分を掴んで前屈みに力尽くで以って仮面にキスをする。
「ふふ、今日はこのくらいにしとくね」
成果としては十分だろうと、ミッチェルは来た時と同じ出入り口を使ってアーロニーロ宮から姿を消したのだった。
「…この服と仮面は虚閃で消し飛ばすか」
「いや、どんだけ嫌ってんだよ」
アーロニーロが一番マシ
バラガンは御爺ちゃん、ザエルアポロは研究者でなんかヤバそう、ヴァスティダは体が大きすぎる、ロハロハはよく解んなすぎ、ヤミーもヴァスティダと同じで体が大きすぎ更に粗暴。
アーロニーロも謎が結構ありますが、この面子ではまだマシとの理由からミッチェルは選びました。
ちなみにミッチェルの身長は160くらい。アーロニーロは公式と同じで205。