アーロニーロでBLEACH   作:カナリヤ

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選命の時

 思わぬ速度による攻撃に、日番谷はこめかみを切られてしまった。

 

「ック!」

 

 傷口を凍らせて止血するが、まだアーロニーロの攻撃は終わっていない。

 

「虚弾」

 

 逃がさぬようにと、牽制の虚弾が撒かれて退路が制限される。

 

「氷輪丸!」

 

 氷の竜で虚弾を受け止めて退路を確保すると同時に、アーロニーロに食らいつかせて時間稼ぎもする。

 

「遅い」

 

 だが、波濤が逆に竜を飲み込み、アーロニーロは波濤に乗って加速する。陰捩花のみで戦っていた時とは、段違いの猛攻に日番谷の傷が増えていく。

 

「ックソ……!」

 

 最早これまでか。そう日番谷が思い始めたその時、アーロニーロの背後で水飛沫が飛散する。その中を疾駆するのは、虚と思しき仮面を付けた2人組。見た目からして破面側の増援であった。

 だがしかし、その2人がその手の斬魄刀で斬りかかったのはアーロニーロの方であった。

 アーロニーロが余裕を持って2人を避ければ、2人は日番谷を守るように前に立つ。

 

「誰だか知らねえが、助かった…」

 

 息を整えながら、助けてくれた2人を見る。被っていた仮面は消えて無くなり、その下にあった顔には見覚えは無い。前を開けたジャージにセーラー服という恰好だけを見れば、授業中に抜け出して来た学生にも見える。

 

(まさかな、黒崎じゃないだろうに…)

 

 学生でこの戦いに割り込めるであろう味方が脳裏を過ぎったが、アレは例外中の例外だろうと、この2人もそうだろうとの考えは排除する。

 

「アア、確カ110年位前ノ失敗作ダッケ?君等」

 

 仮面の軍勢(ヴァイザード)。元は藍染によって虚化を施された当時の隊長や副隊長に鬼道衆副鬼道長達。当然当人等の承諾を得て行った実験ではなく、利用されただけの存在であった。人生を狂わされたのだから、藍染に復讐しようとするのは当然の成り行きとも言える。

 

「…(なん)や!言いたい事あるんなら手短にせえよ!

 ウチらが何者かはあのハゲがちょろっとこぼしおったけど、言えへんからな!!」

 

(ハゲ……)

 

 ジャージを着たほうの小柄の女性である猿柿(さるがき)ひよ里が、何かを言いたげな日番谷に、乱暴な物言いだが問いかける。

 

「…いや、そんな事はどうでもいい。それより、1つ頼めるか」

 

「なんやお前!それが人に物を頼む態度か!?」

 

 隊長らしい物言いが癇に障ったのか、ひよ里の反骨精神丸出しの発言が出る。そこには同じくらいの身長で隊長に成れた日番谷への嫉妬と、自分達を虚として処断しようとした尸魂界への恨みが混ざっているが、初対面の日番谷に察しろと言うのは無理な話である。

 

「お…お願いします」

 

「…はん、可笑しなこと言ったらシバいたるで」

 

 思わぬ素直な返答にひよ里は目を丸くしたが、話を聞いてやるくらいはいいかと気を許した。

 

「外から見たから判っていると思うが、この付近だけ不自然に曇っている。それを今から晴らす。

 それまでの間、俺を護って欲しい」

 

「そしたら、どないなるんや」

 

「アイツの卍解は解除される…筈だ」

 

「なんやその自信の無さは!!人が協力してやろうって気になったのに……」

 

「先行くで」

 

 聞くに堪えない口喧嘩に発展しそうな会話に嘆息すると、セーラー服を着ている方の仮面の軍勢である矢胴丸リサは、単身でアーロニーロに挑み掛かるのだった。

 

「虚化はしないのか?」

 

「随分とコッチの事知ってるみたいやね」

 

「ナニ、少シダケダヨ」

 

 右の剣装霊圧でリサの斬魄刀を受け止めての短い会話。それが途切れると同時に、左の剣装霊圧が横に振られる。ソレを後ろに下がってリサは回避するが、今度はアーロニーロの足元の波濤が追い打ちをかける。

 三手。リサが一手打つ度にアーロニーロが余裕を持って繰り出せる数だ。一手は相殺されたとしても、残る二手でもってリサは追い詰められる事になる。

 

「リサ!ウチを置いていくとかどないつもりや!」

 

 しかし、リサは1人ではない。仮面を付けたひよ里が攻勢になったアーロニーロの出鼻を挫く。

 

「直ぐ来てくれると判っとったから」

 

 笑い、ひよ里を狙った攻撃を逸らし、続けざまにアーロニーロの使わなかった方の攻撃に移る。それが失敗に終われば、一旦2人で退き、ひよ里は仮面を外し、代わりにリサが仮面を付ける。

 

(成程。長期戦を見越して交互に虚化して消耗を抑えると同時に、互いの隙を埋めているのか……)

 

 2人で攻め立ててるので一見すれば攻勢に見えるが、その実は徹底して相手の攻撃に事前に対処だけしていく守勢。その2人の後ろにいる日番谷は、氷の竜に包まれて防御を固めている。

 だが、足りない。アーロニーロを抑え込むにはなにもかも足りない。

 

「大渦」

 

 陰捩花がアーロニーロの背後でうねり、その姿を巨大な渦へと変えていく。

 

「潰せ『鉄漿蜻蛉(はぐろとんぼ)』!!!」

 

「ぶっ手切(たぎ)『馘大蛇(くびきりおろち)』!!!」

 

 大技にこのままでは受けきれないと、2人とも仮面を付けて始解をする。鉄漿蜻蛉は腕位の太さはある棒の先に幅広の剣先を付けたような矛となり、馘大蛇は斬月を思い出させる大きさの刃数の少ないノコギリとなった。

 後ろにいる日番谷には一滴も通さんと、各々の得物を振りかぶる。

 

「縛道の六十一、六杖光牢(リクジョウコウロウ)

 

 その2人の動きを縛道が阻害する。もう大渦を止められる者はいない。後は全てを飲み込むだけ…

 

 

 

 

「間に、合った……!」

 

 飲み込まれるその寸前、日光が守るように降り注ぎ、陰捩花を当たった端から消し去っていく。

 

(時間切れか……)

 

「違和感は最初からあった」

 

 天相従臨による天候の支配権を取り戻した日番谷は、淡々と独白する。

 

「藍染が直接率いる破面の中に、9なんて低い序列の奴が交じっていたか。

 死神の卍解、能力の模倣、高い身体能力。これだけじゃ特に欠点らしい欠点は見当たらねえが、これまでの戦いは日中、しかも晴天しかなかった。その中で唯一、今回だけは卍解を使った」

 

 既に日番谷の中で答えは出ており、後は示すだけ。

 

「出し惜しみしてたとも考えられるが、卍解を使う前にてめえは俺の天相従臨を模倣して雲を維持した。そうしなければ使えなかったと考えれば、今迄使わなかったのも納得できる。同時に、日光に弱いのか光に弱いのかは判らねえが、そんな弱点を克服さえできれば、序列は今の数字の半分以下に食い込めるのも納得できる。

 道理で俺を逃がしたくない訳だ。全力を出すには、天候を操れる俺は邪魔すぎる」

 

 納得できる事は多かった。偶然に思えた相手も、どんな攻撃にも余裕を持って対処できるようにしていたのも。

 

「だが、慎重に戦い過ぎて機を逃したな」

 

 その身を日光から守る露出ゼロの服。そんな大事な物が、破けたり斬られたりしないようにとの立ち回り。それが裏目に出続け、勝ちを逃がし続けた。

 

「もう勝ったつもりか」

 

「違うか?」

 

 互いに卍解は使えないが、こちらは3人で攻め立てれる。数の優位に、少し前までああも卍解を動かしまわっていたのだから消耗も少なくはあるまい。どちらが有利かなど誰から見ても明らかであった。

 そんなところに、藍染が瞬歩により姿を現した。その姿を見て、全員が体を強張らせる。抜かれた斬魄刀は、何の感情も感じさせずに横に振られる。

 

「ッ!?」

 

 3人にとって衝撃だったのは、藍染が斬ったのは味方であるはずのアーロニーロの胸元を深く切り裂いたからだ。

 

「藍染…様ァ…」

 

 力無くアーロニーロが倒れていく。縋る様に、助けを求める様に手を伸ばすが、藍染は冷たく見つめるのみ。

 

「用済みだ」

 

 眼差しと変わらぬ冷たさで言い放ち、トドメとして今度は縦にアーロニーロを斬ったのだった。

 

「どうやら君達の力では、私の下で戦うには足りない。

 ギン、要、行くぞ」

 

 最後に残った十刃であるアーロニーロを処分して、藍染は淡々と宣言するのだった。

 

――――――

 

「やるとは思っていたが、容赦無く斬り捨てやがって……」

 

 ブツブツと藍染への恨み言を呟きながら、死んだふりを成功させたアーロニーロは隠れて行動していた。藍染自身に計画があったように、アーロニーロにもまた計画があった。

 その為とは言え、念入りに斬られる前提で肌の付近の光をある程度屈折させるという使い所がまずない能力でもって攻撃箇所をズラし、即死を致命傷になんとか抑え込んだのだ。正直なところ、超速再生があっても死ぬかと思えた瞬間であった。

 藍染に斬られる前の遅延戦闘はお遊びのような物。本命中の本命は十刃が全滅してからの行動だ。

 

(しかし、バラガン・ルイゼンバーンは死体すら残らなかったか…)

 

 老いの能力によって攻守完璧と言えるバラガンの死体はぜひ欲しかったが、自らの能力を逆手に取られて塵となっていた。尤も、老いの能力のせいで干渉しようにも出来なかったので、死体が残ったら幸運と割り切っていたが。

 

「死ねば皆同じ、か…」

 

 コヨーテ・スターク。1の数字と『孤独』を藍染に授けられた、自己進化よって破面化した強者。そんな彼は京楽に斬られ、死ぬところを『反膜の糸』により無理矢理な延命を施されている。

 

「リリ…ネッ…ト…?」

 

 近付いてくる人影に、最も会いたい人物を重ねたのであろう。従属官であり、魂を別けた家族。メノスに劣りかねない程に弱く、虚の頃の理想。誰一人とて傍にいる事は叶わず、孤独から逃れる為に斬魄刀代わりの産物。

 自分自身の魂そのものを分かち・引き裂き、同胞のように連れ従え、それそのものを武器とする。2人の能力であるソレを多様すれば、魂が小さい方が消えるのは自明の理。そうなると覚悟して戦い、死を前にして孤独に震えていた。

 特に親しい間柄ではない。なのに、アーロニーロはグランドフィッシャーの能力を引き出し、疑似餌でリリネットを作り出した。

 

「スターク、ここにいるよ」

 

 そう優しく騙り、もう眼はあまり見えないだろうと手を握る。握り返そうとする手は弱々しく、限界の近さを物語る。

 

「いる……へんじ…ら…しろ……」

 

 死にそうなのになんとか笑うその顔は、アーロニーロの古い記憶を刺激する。古く嫌な記憶を……

 

「今日はもう疲れたから寝ちゃおうか」

 

 自力では閉ざせなさそうな瞼を下させ、リリネットはスタークに寄り添う。孤独ではない安心からか、眠る様にスタークは息を引き取った。

 死体となったスタークを喰らい、疑似餌をしまう僅かな時間にリリネットの唇が動いたが、アーロニーロの目に入ることはなかった。

 

――――――

 

 現世に侵攻した最後の十刃、ティア・ハリベルは瓦礫に身を横たえてぼんやりと空を見ていた。そこでは藍染達が自らの手で戦い始め、十刃は誰一人とて立っていない。最後まで戦っていたアーロニーロが斬られた時点で、自分は藍染の甘言で踊らされていたと解ってしまった。

 終わりであった。犠牲なき世界が藍染に従って進む先にあるのではないか、などという自分にとって都合の良い幻想と共に、ハリベルは終わろうとしていた。

 

「お前か……」

 

 故に、アーロニーロが左手の口を露出して立っているのを自然と受け入れられた。これまで何人もの十刃を喰らってきたのだ、自分の番になれば現れるのは当然であった。

 

(やはり、お前は無事だったのだな)

 

 幾つもある能力に帰刃。使い所さえ間違わなければ生き残るには不足はないだろうと思っていたが、こうして現れてくれれば不安に揺れていた心が安らぐ。

 

「アーロニーロ、最期に頼みがある」

 

 返事はしないが、動きを止めたので聞いてはくれるのだろう。

 

「3人を助けてやってくれ。渡せるのは私自身しかないが……」

 

 アーロニーロからすれば交換条件にならない内容であった。それでも、『犠牲』になるのが自分だけになる可能性があるのなら、懇願せずにはいられなかった。

 今日この日、こんな死地に足を踏み入れさせたのは自分なのだから。例えどんな低い可能性でも、賭けるしか可能性は開けないのだから。

 

「駄目、か……?」

 

「……まあ、いいだろう」

 

 儚く笑うその顔は散り際の花のようで、手遅れになりそうだと錯覚してしまいそうになる。この美しくも悲しい今際を残すには、花を栞にする如く手折るのみ。

 

―――本当二、ソレデ良イノ?

 

(躊躇う理由などあるまいに……)

 

 ハリベルを喰らえば強くなれる。判り切った結果、得られる力は鍛えて手にするなら時間が掛かって仕方が無い。そう喰らう理由付けをして、剣装霊圧を振り上げる。

 

「ッふざけんじゃねぇぞ!アーロニーロ!!!」

 

 誰の怒声かと発生源を探せば、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの3人が塞ぎ切らない傷を押さえながらも、立っていた。

 

「まったく、アパッチの言う通りだ」

 

「色々とふざけた方と思ってましたが、よもやここまでとは……」

 

 一様に怒りを宿しているが、3人はハリベルよりも弱々しい。アヨンを生み出すために切り離した左腕は無いままで、残っている右腕は狛村にやられた傷を押さえてて使えない。しかも、押さえる範囲、もしくは力が足りないのか傷口から新たな血が流れ続けている。下手な行動は即命に関わる重傷であった。

 それでも、ハリベルを助けられるのなら、なんだってしてやるとの気概が感じられる。そのせいか、アーロニーロには関係の無い過去(モノ)が重なって見えてしまう。

 

「……」

 

 いらない感情(モノ)は捨てたはずであった。なのに、どうしようもなく重く、息さえままらない。

 

「踊り狂え……『絡新妖婦(テイルレニア)』」

 

「なにを…!」

 

 蜘蛛脚が4本生える帰刃に、ハリベルは問いただそうとしたが視界が塞がれる。気付けば、極細の無数と言える糸によって手足を伸ばせる程度の広さを確保して包まれていた。そしてそれは、他の3人も同様。

 

「双天帰盾」

 

 再現するは事象の拒絶。アーロニーロが知る限りの、治療の最高峰。その身に釣り合わない能力の行使に、身体が軋み、至る所に裂傷が生じるが超速再生でもって治していく。

 アーロニーロはハリベル達の治療が進むだけ、自分の血が流れるだけ、不思議と軽くなった気がしていた…


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