狛村の卍解、黒縄天譴明王は巨大な鎧武者を操る物だ。動きこそ俊敏ではないが、その攻撃は、一撃だけで帰刃済みの破面をも撃破する程だ。
それでも、駒村に油断は無い。瞬く間に副隊長を一撃で倒したアヨンの実力は、隊長に迫る物なのは疑いようが無い。
狛村を敵と認めたのか、アヨンは一直線に跳躍する。
(正面から来るか!)
見た目からして
拳と霊圧のぶつかり合いは、突風となって辺りに撒き散らされ、押し負けたアヨンも飛ばされたように退く。
黒縄天譴明王のその見た目は伊達ではない。卍解に相応しいその巨体は、攻撃すれば山をも砕き、守りに徹すれば鉄壁以上の頑強さを見せ付ける。鬼道系に類する能力こそ持たぬが、逆に言えば持たなくとも卍解として成立する力を有しているのだ。
単純な攻撃力で言えば、卍解の中でも上から数えた方が早いその一撃を、拳であったとしても耐えたアヨンの方が異常であった。
しかし、アヨン自身がその程度の異常では、目の前の黒縄天譴明王には届かないと悟ったのであろう。解りやすい程に、アヨンの右腕が肥大化する。
だが、それは悪手であった。黒縄天譴明王に力で真っ向勝負を許されるのは、同等以上の力と頑強さを有する者だけだ。同じ卍解と言えども、天鎖斬月のような速さに傾倒していたり、千本桜景厳のように数と切れ味を頼りにしていれば、まず選ばない。
そして、力を力で押し潰そうとすればどうなるかど、考えるまでも無い。
「…まだ動くか」
ギロチンの如く振り下ろされた刀によって、アヨンの体は縦に両断されていた。それでも、アヨンはまだ生きていた。己を斬った相手を殺さんと、止まることなど知らんと言わんばかりに。
「……」
戦士であれば、まだ掛ける言葉もあったであろう。しかし、殺す事しか知らないと、吼えるようなその行動は獣。しかも、化け物と言われるような獣でしかない。
これ以上は見るに耐えないと、狛村はアヨンを文字通りに潰したのだった。そして、もう必要は無いだろうと卍解を解除する。
「おっらあア!!!」
その隙を逃さんと、アパッチ、スンスン、ミラ・ローズの3人が隻腕に関わらずに狛村に背後より襲い掛かる。
「天譴!」
油断などしていなかった狛村は、解号すら口にせず始解で3人を切り払って、勝ちを手にするのだった。
――――――
「嶄鬼」
回避不可能なタイミングでの攻撃。ハリベルには無傷で切り抜ける手段を有していなかった。
技を返され、上空からの急襲と踏んだり蹴ったりであるが、愚痴など零していればそのまま死にかねない。反撃しようと、斬魄刀を享楽に向ける。
「つまんねえ真似すんなよ」
享楽の横合いより声がしたかと思えば、スタークが享楽に斬りかかる。そこまできて、ハリベルは迫っていたもう一つの危機に気付いて体を反転させる。ギリギリで、浮竹の始解している斬魄刀を跳ね除ける。
もし、スタークが享楽を止めていなければ、享楽に反応していたハリベルは浮竹に背中を斬られていた。そしてそのまま、その命を散らしていたであろう。
「すまねぇハリベル、こっちの隊長を逃しちまって」
「気にしてはいない」
互いに距離をとっての小休止に、スタークは素直に自らの失態をハリベルに詫びた。先程ハリベルを助けたのはスタークであったが、そもそもスタークが享楽を逃さなければ起きなかった事だ。
「それにしても、そちらの隊長は随分と性格が悪いな」
よもや自らの相手を放置して、別の相手に斬りかかるなどハリベルは考えもしなかった事だ。
「あんたの隊長もだぜ。なにせ、迷わず背中を取りに来てたからな」
妥協無しに殺しに掛かるのは戦争としては正しくあるが、平然と行った2人に僅かばかりにハリベルは眉を顰める。
「
斬魄刀の中でも珍しい二刀一対の
スタークは余裕を持って不精独楽を避け、ハリベルは元々の相手であった浮竹を追う。
(わざわざあの技の射線上に移動した…?)
逃げるつもりなど無かったであろうが、浮竹が立ち止まった場所は不精独楽の射線上であった。ハリベルが周りを気にしなければ、不精独楽を背中から受けていたであろう。
無論、ハリベルがそんな無様を曝す筈もない。そして、浮竹とてそうなるとは思っていないとの確信がハリベルにはあった。短い時間であろうと、剣戟を交わしてそのくらいは見切っている筈である。
そうなれば、何かがあると疑うのは当然で、肩を穿った波蒼砲の事が脳裏にチラついた。だから、ハリベルは警戒して距離を詰めずに様子見に入る。
(私の予想が正しければ……)
波蒼砲を撃ち出す用意しながら、あの時に何が起きたかを二通り考えていた。まず考えられるのは、元第3十刃であったネリエルの重奏虚閃のような吸収してから再度打ち出すといった技。もう1つは、反射だ。そういった物は条件がある筈であり、あえて返せる事が判っている波蒼砲の準備をしているのもソレを見極める為だ。
その事を判っているようであったが、浮竹は不精独楽が近付いても避ける素振りを見せない。いよいよ不精独楽が腕を伸ばせば触れるとの距離で、享楽と同じ二刀一対の斬魄刀の左を触れさせる。
「ッ!」
その刀身に不精独楽が跡形もなく飲み込まれたかと思えば、斬魄刀を繋いでる縄と下げられている札が僅かに光を帯びて、逆の刀身から不精独楽が吐き出される。
これこそ浮竹の斬魄刀、
重奏虚閃のように威力の上乗せこそできないが、直接攻撃でなければ大体返せるとあって、使い勝手のいい能力だ。
「縛道の六十二、百歩欄干!」
不精独楽を目隠しに放たれた百歩欄干を避け、ハリベルは様子見は終わりだと距離を詰める。
斬魄刀の能力で放った攻撃を返しているのは確認出来たのだ。ならば後は斬るだけだ。
対する浮竹は持病で体調にムラこそあるものの、隊長を210年以上務めている古参の猛者である。斬拳走鬼のどれも高い水準であり、更に斬魄刀の能力で射撃はほぼ無効とあって一筋縄でいく訳の無い相手であった。
時折一対一から二対二になる状況で一進一退を繰り返し、そろそろ次の一手を考えなければならない時に、ソレは起きた。
花を咲かせる巨大な氷塊、鎧の巨人、爆煙の出現である。
「そうか、3人ともよく頑張った」
親しいか、探知能力が秀でてなければ死んだと勘違いしてしまう状態。もうこの戦いで剣を握るのは不可能であろう。
「討て、『
渦巻く霊圧は水に変じて、巻貝のような形となってハリベルを覆い隠す。羽化するように水を割って出てきたその姿は、虚としての能力を肉体に回帰させたにしては変化は少なかった。
口を完全に覆い隠していた仮面の名残は消え去り、斬魄刀は鮫の頭部に似た大剣になっている。後は服装が水着の如く、と言える露出度になった事ぐらいか。
「私も全力で行かせて貰うぞ」
氷の中から感じる霊圧に合わせ、ハリベルは全力を出すのだった。
――――――
(雲が晴れない?)
卍解を解除すると同時に、天相従臨も解除済みとなっている。空を覆う雲は天相従臨によって作られた物であり、気象条件がその存在を存続させるモノでない以上はすぐに消える筈であった。
だというのに、雲は尚も空を覆って日光を遮り続けている。
(まさか)
アーロニーロがまだ存命で、何かしらの小細工を弄しているのではないか?そう思い、慌てて自らが生み出した氷塊へと近づく。
だが、既に手遅れであった。
「解析完了」
微かに聞こえたそんな声をかき消すように、氷塊が内側より破壊される。
「舐めるなよ死神」
嗤って悠々と歩きながら、アーロニーロは最早不要となったマントを脱ぎ捨てる。
アーロニーロが攻めたて、決めきらなかった理由はただ一つ。氷輪丸の天相従臨を解析するためだ。
アーロニーロは崩玉により3度の破面化をされているが、日光によって能力が使えなくなるとの弱点は改善されていない。だから、天候を操作できる天相従臨がアーロニーロは欲しかった。
その為に反膜の糸で解析し、天相従臨を我が物とした。
場をつなぎ易い解放を解除し、より強力な札を切る。
「卍解、陰捩花」
捩花を出していなかったがために、アーロニーロの左手より波濤が溢れてドーム状に広がる。
「破面が…卍解だと…!?」
「卍解は死神の斬魄刀における2段階目の解放。つまり死神の斬魄刀さえ有しているなら、破面だろうが使えるのに不思議はないだろう」
言いたい事は判るが、その内容は屁理屈染みた物。破面は虚が死神の力を手に入れたとしても、斬魄刀が支給品である以上は調達の必要がある上に、卍解まで至るのは時間が掛かる。
「……藍染の仕業か?」
破面を作ったのは藍染。ならば死神の斬魄刀を与えたのも藍染と考えるのは当然の帰結であった。
隊長であったのだから、死亡した隊員の斬魄刀が紛失してそのままなんて事は何度も出来たであろう。必要とあらば、保管されている斬魄刀を盗み出す事すら出来る能力もあったのだ。
「正解、コノ斬魄刀ハ藍染様ヨリ授ケラレタ物。マァ、卍解二至ッタノハ実力ダケドネ」
そう嗤い、波濤の一部を動かす。
「ッチ、氷輪丸!」
始解である氷輪丸より氷の竜を出し、襲いくる波濤に正面からぶつけて凍てつかせる。だが、先頭が凍りついたのなど関係ないと、後続の波濤が氷を圧砕して日番谷を狙う。
「始解で卍解に敵う筈が無いだろ」
氷雪系と流水系の能力は氷雪系の方がやや有利となる。されども、始解と卍解では地力に差が出て当然で、いかに氷雪系最強たる氷輪丸でも覆すのは難しい。
砕けた氷を飲み込み、波濤は殺傷力を増して日番谷を狙う。
「クソッ!」
ドーム状に広がった陰捩花の内側にいる限りは、始解では勝ち目はない。そう判っているが故に、日番谷の顔は険しくなる。
(全力でやったのにこれか…)
前回の戦いでルピを仕留め損ねた経験から、アーロニーロは確実に仕留められるであろう攻撃をしたのだった。それなのに通用しなかったのだから、詰めが甘いなどというレベルではない。
日番谷がアーロニーロ対策を考えていた様に、アーロニーロもまた日番谷対策を考えた結果であろうと、解りやすい隔たりがあった。
(形態からして千本桜の卍解に似た代物か。幸いにも相手が水なら、凍らして勢いを削ぐ事はできる)
凍らせると氷と波濤が混ざり合って殺傷力を上げてしまうが、最も堅実な対処方法はそれしかない。繰り返していれば凍らせた分だけ波濤の温度は下がり、より多くの部分を凍らせられるようにも出来るだろう。
(流石にそこまで抜けてはないか…)
氷雪系最強を操る故か、温度変化を捉えやすい日番谷は短時間では不可能かと陰捩花を見てため息をつく。
陰捩花は一息で氷を砕ける力があり、絶えず流動する波濤という性質によって、巡回させて全体の水温を一定にするのは容易であった。
「案外頑張ルネ」
近付く端から凍らせて盾にしながら、陰捩花とアーロニーロの中間になるように距離を保って遅延戦闘に務めていた。日番谷としては、勝てないまでもアーロニーロをこの場に留めておく腹積もりなのだろう。
「まあ、これで終いだろうがな」
アーロニーロがゆっくりと右手を上げれば、その先で巨大な渦が作られる。
「大渦」
陰捩花の半分を使用した名前通りの波濤が日番谷に襲い掛かる。様子見をしていた先程までの比ではない攻撃に、日番谷はたまらずアーロニーロから距離を取る。それはつまり、反対側の陰捩花に近付くということ。
すかさず日番谷の背後に展開していた陰捩花が牙を剥かんとする。
「そう来ると思ってたぜ」
どちらか一方に近付けば、そちらから攻撃が来ることなど織り込み済み。波濤の総量に変化が無いと察知し、ドーム全体を均一にする為に大技を出せば薄くなると当たりを付けてもいた。
背後からの攻撃で、瞬間的にだが更に薄まった陰捩花へと氷の竜を差し向ければ、凍らし砕いて脱出口が作られる。
「ッ!その程度!」
日番谷を逃がさんと脱出口を塞ぎ、更にはドームの均一化を辞めて、日番谷の周りのみ厚くする。そうこうしているうちに、大渦は避けられてしまう。
「随分な焦りようだな。そんなに俺を、捕まえておきたいのか?」
「ダッタラ?」
陰捩花でのみ倒せないか試していたアーロニーロであったが、このままでは時間が掛かり過ぎると『剣装霊圧』を出す。
「本来の戦い方で手早く済ますとしよう…」
まだまだ陰捩花の練度が低いと嘆きながら、陰捩花を本来の姿に戻す。なにも無かったドームの中に天蓋を支えるように柱がそびえ立ち、螺旋を描いて花が咲き乱れる。
それまで空中で霊子を足場にしていたアーロニーロは、初めてドームにその足を下ろした。
「なっ!?」
その瞬間、足を動かしてもいないのに、アーロニーロは走るような速度で移動する。そこから更に踏み込んで響転へと繋げる。『乱夢兎』を使用した時ほどではないが、十分な速さがあった。
血飛沫が舞う……