アーロニーロでBLEACH   作:カナリヤ

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虚ろの灯火

 虚化。死神が虚へと魂魄を近付け、爆発的に戦闘能力を高める方法。破面とは逆のアプローチであるソレは、一護が―――切っ掛けこそ望んだものではなかったが―――身に付けた新たなる力だ。

 無論、爆発的に戦闘能力を高めるのに代償が無い訳ではない。一度は内なる虚を屈服こそさせたが、そのまま永遠に大人しくしている筈も無く、修行中に一護自身がヤバイと感じる事さえあった。これまでと比べればその可能性は圧倒的に低いが、虚に飲まれてしまう事すらありえる。

 尤も、放置していれば虚に飲まれるのは確実であったので、虚化の習得は必須であった。そんな習得によって寧ろ激減したリスクよりも、使用後のリスクの方がよっぽど危険であった。支払う代償は単純に、体力などの消耗である。

 現状において、虚化維持時間が十数秒しか無い一護にとって、短期決戦にするか、使わなければ負ける戦いにのみ使うべき代物である。

 だがしかし、その虚化を『十刃落ち』として、行く手を遮ったドルドーニを相手に使った。倒すだけなら、卍解だけで済む相手であったのにだ。その理由は、ドルドーニからすれば『甘さ』だ。

 別れるのが嫌だと勝手に一護に着いて来たネルを狙うといった、卑怯な手段もドルドーニは使った。全力の一護と戦うその為だけに。

 そうまでして全力を出させようとする覚悟への返答は、一護は答えてくれた。負けると頭のどこかで判っていたドルドーニは、とても清々しい気分ですらあった。

 

「チョコラテの様に甘い。だが、そこが素晴らしく良いぼうや(ニーニョ)とは思わんかね?アーロニーロ」

 

 傷を癒して貰ったのに襲い掛かる振りをして、一護を先に向かせたドルドーニは到着した葬討部隊に目を向けた。そこに隊長たるアーロニーロはいなかったが、認識同期で事態の把握に務めてるのは想像に難しくはなかった。

 

ぼうや(ニーニョ)は吾輩を助けたつもりなのだろう。

 だが、それは無理なのだ。『十刃落ち』になるという任された座を守れなかったという失態を犯し、更には侵入者の排除にも失敗した。

 藍染様が、二度目の失敗はお許しにはならんだろう…)

 

 ドルドーニは理解していた。一護に負けた時点で、自らの命には無いものだと。

 だから、恥は無いものとして戦えた。だから、全身全霊を戦いに注ぎ込めた。だから、一護を送り出せた。だから、葬討部隊相手に全力で戦える。

 

「さて、ここで少しばかり足止めをさせてもらうぞ、友人(アミーゴ)よ」

 

 まかり間違って折られたりしないようにと、襲い掛かる振りの時には温存しておいた斬魄刀を抜く。ソレに合わせて、葬討部隊も斬魄刀を抜く。

 20人の葬討部隊隊員は、まず半数の10人が前に出る。その更に半分の5名が直接斬りかかりにいけば、残りの5人は距離をあけての虚弾を撃つ体勢になる。

 しかし、ドルドーニの目は攻撃してきた10人を見ていなかった。交代要員かと前に出なかった10人が、ドルドーニが死守せんとする通路に殺到していたからだ。

 

「させんよ!旋れ、『暴風男爵』!」

 

 通路があるから出し抜こうとさるのだからと、双鳥脚の1つで通路を塞ぎ、続いて回りの壁に嘴を突き立てて崩落させる。これで、自分が倒れるまでマトモに進めないだろうと笑う。斬魄刀によって斬られながらでも……

 

(嘗て吾輩は、『甘さ』などどあやふやな死の形を司って十刃の座にいた。

 そんな(オンブレ)がだ、敵の『甘さ』で命を救われる。なんとも滑稽で、皮肉な話じゃないかね)

 

 脇腹に斬魄刀を突き刺して、抜くのに手間取っていた隊員の頭蓋を蹴り砕く。まずは1人と笑みを深くし、双鳥脚を隊員に向ける。

 

(しかし、同時に考えてしまうのだよ。藍染様は、()()()()()()()()()()()()()()と、『甘さ』のある判断をすると予期していたのではないかと)

 

 一度に複数の相手に攻撃できる双鳥脚は、こういった場合においてとても有効であった。それでも、葬討部隊とその後ろに控えるアーロニーロは馬鹿ではない。いくら複数攻撃できると言っても、所詮は1人の認識で動かしてるのだから、必ずどこかに穴が開く。そこに攻撃や自身を捻じ込んで、当てたり回避と時間が過ぎていけば行くほどに頻度が高くなっていく。

 まるで機械のようだと思いつつ、常に全力で攻撃をする。葬討部隊は決して弱い訳ではない。後の事を考えず、命すらも削っての猛攻で何とか倒しているのだ。

 そうするだけの恩と義理があると、ドルドーニは感じていた。それでも、藍染にも破面にして貰った恩と義理がある。その板挟みで、一護に利する己が許容するギリギリの行動が、葬討部隊の足止めであった。

 

「ハァッ!!!」

 

 強烈な蹴りに耐えられなかったのか、20人目の葬討部隊隊員の体が曲がらぬ筈の横方向にくの字になる。

 

「フフフ…さすが吾輩だ。20人、全員…倒してしまったぞ」

 

 今にも倒れそうにフラフラと揺れながらも笑う。なんとか勝ちこそしたが、元より一護との戦いで満身創痍であったドルドーニは更にボロボロであった。衣服は布切れになり、体中から流れている血で付着しているようなもの。双鳥脚の根本たる竜巻すら出せなくなって、肉弾戦を余儀なくされていた。

 目は霞み、帰刃状態で立っていられるのは気力だけは充実しているからだ。

 

(だが、ここまでだろう……)

 

 新たな足音がする方を見れば、そこに立っているのは追加の葬討部隊隊員20人。その者達の凶刃を、ドルドーニは受け入れるしかなかった。

 

――――――

 

 アーロニーロ(アイツ)は危険な奴。チルッチは、アーロニーロを見た時からそう感じていた。個別の集まりで振舞われるお菓子の数々によって、着ている服がキツクなるといった女としての危機感ではない。

 感じていたのは、命の危機。上位の十刃ならそんな危機感は懐かないであろうが、虚夜宮のほとんどの破面がソレを感じていた。

 共食いは虚の宿命と言えばそうなのだが、あそこまで色濃く残している者は他にはいない。故に恐ろしい。

 いったいどれだけの心が削り取られて、穴になっていると言うのだろうか。失った瞬間などとうの昔に忘却の彼方であるチルッチには、どれだけのモノかなど判らない。

 ただただ恐ろしいのは、基準にできる物がなくとも、大きく深いと漠然と解ってしまうのだ。気付けば、足元が穴の一部になっていても可笑しくは無い。

 だから、葬討部隊隊員が必殺の一撃を我が身を盾にしたのを見て、感じたのは恐怖であった。

 

 アーロニーロが、アーロニーロの手駒が『十刃落ち』を助けるなど有り得ない。

 組織上での仲間でも誰1人とて死なせはしない。などと、戦争をやる上で到底不可能な事を言い出し、実行しようとするような奴ではない。逆に、裏で居なくとも問題無い連中を闇から闇へ葬る方がよっぽどらしい。

 そう考え、いつの間にか到着していた葬討部隊隊員20人の次の行動には納得できた。

 侵入者などに目もくれず、チルッチに斬魄刀を突き立ててその命を摘み取ったのだ。

 

「ッ!?…仲間を庇ったんじゃないのか……?」

 

 矛盾する2つの行動に、チルッチと相対していた雨竜はうろたえる。

 

「いかん!逃げるぞ、一護!」

 

 ネルを追いかけるつもりが道を間違えて雨竜と合流してしまったペッシュは、一護と勘違いしている雨竜に逃げるように促す。

 

「そこまで脅威に感じる相手じゃ……」

 

 矢として放った無断で拝借した『魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)』を回収する必要があり、どこにあるか確認しようとした矢先に、信じられないものを目にする事になった。

 ゼーレシュナイダーに貫かれた者は、致命傷であったのか倒れてそのまま動かない。そのすぐ傍に落ちていたゼーレシュナイダーを、無傷な者がさも当然のように懐に仕舞い込んだのだ。雨竜の気のせいでなければ、満足げである。

 

「…って、返せー!」

 

「盗人猛々しいぞ一護!あんな、なんかの紛い物みたいな棒切れなどくれてやれ!」

 

 刃が溢れ出る霊子によって形成される斬魄刀『究極(ウルティマ)』を持っているペッシュからすれば、ゼーレシュナイダーはパチモン臭い一品であった。決して、ゼーレシュナイダーとの名前から格好良く、なんか強そうな感じがして紛い物みたいなどと嫉妬から言ったのではない。

 

「それよりも、早く逃げるぞ一護!」

 

「さっきから一護一護って、僕は雨竜だ!」

 

 盗んだのは否定しようがなく、ツッコミ待ちかと思うような間違いにようやくツッコム。どこか弛緩した空気であったが、そんなものは一時的なものでしかなかった。

 

「って、キター!!?」

 

 抜刀して迫ってくる2人に気付き、ペッシュはすかさず雨竜の後ろに回って盾にする。完全に小物である。

 そんな無様な行動に怒りとやる気がゴリゴリと削られるが、雨竜は溜め息をついて弓を葬討部隊に向ける。悠長に1人1人仕留めていては対処しきれなくると、弦を引いたままにして連射する。

 一本では大した殺傷力はないが、流石の破面と言えどもハリネズミみたいに矢が刺されば息絶えるというものだ。

 

「…退いてく?」

 

 迫ってきた2人以外は、チルッチとゼーレシュナイダーを回収して退いていく。その行動に腑が落ちなかったが、追撃する訳にも行かずに雨竜は先に進むのだった。

 

――――――

 

「あばばばばばばー!!!葬討部隊でヤンスー!!!怖いでヤンス!!!」

 

「アイツらがえくせきあすってのは判ったから、いい加減降ろしやがれ!」

 

 朽木ルキアと虚圏で一護達と合流した阿散井恋次。死地だと思って突入した虚夜宮で、道を間違えたドンドチャッカに担がれていた。担がれてといっても、体の割りに大きな手で胴体部分を掴まれるという、恐怖を感じそうな持ち方である。

 そして、抜刀した葬討部隊に追われて焦っているのか、ガクンガクンと揺らされている。恋次の魔物(ゲロ)が解放されるのは時間の問題であろう。

 

「あばッ!」

 

 必死に逃げるのが長続きする筈も無く、魔物が解放される寸でのところでドンドチャッカは止まった。ただし、転ぶという形で……

 頭で床を砕いた恋次であったが、案外平気そうであった。

 

「吼えろ、蛇尾丸!」

 

 そこまで脅威に感じる連中ではなかったが、恋次は躊躇無く始解をする。蛇腹剣になった斬魄刀は、その切っ先にいた者を押し飛ばしながら伸びる。

 

「ほおら、もういっちょう!」

 

 伸びたまま左右に振るえば、一撃目に当たらなかった連中をも弾き飛ばす。

 

「どうだ!」

 

 一気に倒せたと、満足げに恋次は胸を張る。

 

「…ッチ、流石に一撃でやられるような雑魚じゃねえか」

 

 吹き飛ばせはしたが、斬魄刀での防御が間に合ったのか、服が汚れただけの葬討部隊が再び姿を現す。

 

(挟撃されたら、たまったもんじゃねえな。しゃあねえ、ここで全滅させてくか…)

 

 敵の本拠地の真っ只中にいる今、時間も体力も無駄にする余裕は無い。そうであっても、避けようの無い敵がいるならば倒すより他には無い。

 まだまだ始まったばかりの進撃に、撤退の2文字など無かった。




チャドの霊圧が消えた…

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