アーロニーロでBLEACH   作:カナリヤ

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『病』

 第3十刃『情け』の死の形を司るネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクの失踪。その驚愕のニュースは瞬く間に虚夜宮を駆け巡り、十刃の召集が行われた。

 誰も彼も面倒そうにその召集を受ける中に、僅かに機嫌が良さそうにしているのが1人。ノイトラだ。

 

 ネリエルの失踪は、ノイトラとザエルアポロの2人によって行われた凶行であった。不測の事態もあったが、ネリエルにそう簡単に治らない傷を負わせて虚夜宮から放り出すノイトラの目的と、新しい装置の実験をするザエルアポロの目的のどちらも達成されている。

 目的が達成できていつも気を張っているように見えるノイトラでも、この時ばかりはほんの少しだけ機嫌が良かった。新たな第3十刃が紹介されるまでは……

 

「新たな第3十刃は、ティア・ハリベル。司る死の形は『犠牲』」

 

 含み笑いにすら見える微笑でもって告げられた名に、ノイトラは激情を掻き立てられる。今更自らの卑劣な行いを恥じ入るなどありはしない。ノイトラの頭を占めたのは怒り。

 ネリエルが失踪したと正式に通告されるだけの集会であったなら、怒りを滾らせるなどまず無かった。失踪と言うのだから、突然の出来事であった筈。他の十刃にとっても、藍染達死神にとってもだ。

 なのに、こんなにも早い。失踪したとの話が広まりきる同時期に、新たな第3十刃が紹介される。長く十刃の座に空位を作らない為と考えられなくも無い。

 

 だがしかし、自身とネリエルの関係の悪化を加速させた任務を出したのは誰だ?

 

 ハリベルは長らく破面化を先送りにされてきたヴァストローデ。

 

 予定調和だと言わんばかりに、物事がスムーズに進んでいた。何より、仮にノイトラが決行をずらしていても、直ぐにでも今と同じ状況に出来ていた。他ならぬ、藍染の手で……

 出来過ぎている状況に、神の見えざる手ならぬ藍染の見えざる手を幻視すら出来てしまう。真偽はともかく、ノイトラにとって自分で考えた行動が、実は藍染の筋書き通りに動かされたモノであったと思えるのだ。

 憤慨せずにはいられない。それさえ手のひらの上で踊る行為であろうとも、ノイトラはその感情を抑えようとはしない。

 その激情を糧に、更なる高みを目指さんと奮い立つ。彼は獣なのだから……

 

――――――

 

 ネリエルとその従属官が失踪した。アーロニーロにとってはどうでもいいことである。探し出そうとすれば探せるが、命令も無しにそんなことをするほどに仲間思いでもないのだ。せいぜい、面倒が無くなったくらいの認識である。

 そんな事よりも、ハリベルが第3十刃がなった事の方が余程影響があった。

 

 まず、ハリベルは勿論の事、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンと宮にいた女性陣が当初の予定通りに第3十刃宮に引越しをした。心なしか宮がむさ苦しくなったような気がしたが、アーロニーロはその事は放置した。無意味に従属官の数を変えるつもりはないからだ。

 

 男性比率が黒一色になりこそしても、それでなにかが変わる事もない。どちらかと言えば変わったのはハリベル達の方で、食事のランクが目に見えて下がっている。

 食事関連においてはアーロニーロが手を入れていたから、当然と言えば当然の話である。

 技の再現を出来る能力で味の再現をするという、他の破面からすれば能力の無駄使いをしてまで作った料理がアーロニーロの料理である。霊力が回復すればそれでいいという、料理という皮を被った点滴みたいな代物と比べるまでもない。

 料理人の派遣を頼みにきた4人をグリムジョー等が嗤うという一幕さえあったのだから、その差がよくわかるというものだ。尤も、その嗤ったグリムジョー等も、独立した暁には食事の価値をその舌で実感するであろう……

 

 どうでもいいことが流れるその時間は、平穏と言える時間であった。だがしかし、小休止としか言えない長さしかなく、確実に闘争へと時間は流れていた。

 

――――――

 

 十刃同士による座を賭けた戦い。ソレが今回の戦いであった。

 現役十刃同士の戦いは、この一戦が初であった。十刃の序列は殺戮能力順というのは周知の事実で、上に行けば行くほどに権力が上がる。などといった判りやすい特典などない。

 権力で言えば頂上にいるのが藍染で、その下に東仙にギン。十刃は一纏めでその下で、更に下には十刃以外の破面となっている。一応更に下というか底には雑用と虚がいるが、そんなどん底から抜け出せた者は未だいない。なので、居ても居なくても権力の構図に影響は無い。

 

 数字の数が少ないほうが十刃以外にはそれだけ強く見られるが、それ以外には無いので言ってしまえば自己満足の域である。その為、今まで十刃同士での座を賭けた戦いは無かった。なお、ミッチェルとアーロニーロの戦いは、ミッチェルが暫定十刃落ちとして戦った。という事にされている。

 

 第5十刃『病』の死の形を司るシジェニエ・ピエロム。その第5の座を奪わんとするは、第7十刃『絶望』の死の形を司るノイトラ・ジルガ。

 シジェニエが握る得物は杭。もしくは、先端を尖らせただけの原始的な槍とでも言おうか。大よそ戦いに不向きなそんな得物を握って、いつもと変わらない佇まいでシジェニエはいた。

 

 荒々しい空気を纏うノイトラに、山の如き不動の空気を纏うシジェニエ。相反する空気が、2人の対立をより際出せる。

 開始の合図と共にシジェニエが跳ぶ。繰り出すのは突き。足による跳躍の加速に、腕による突きの加速でもってシジェニエの最速と化す。

 

「ふむ、防がれたか」

 

 動きの遅いノイトラなら命中しても不思議ではない攻撃であったが、ギリギリで斬魄刀の腹で受け止めていた。

 

(こいつ、心臓を一直線で狙ってきやがった……!)

 

 シジェニエの突きは、正確無比に心臓を狙っていた。歴代全十刃最高硬度を誇る鋼皮そう簡単に貫かれるとは思ってこそいない。しかし、心臓は脳とほぼ同価値と言える重要な器官。鋼皮越しに伝わる衝撃で、まかり間違って止まってしまう可能性もゼロではない。

 様子見などせずに、この一撃で討ち取ると殺意に満ち溢れた攻撃であった。なのに、シジェニエは防がれてもどこ吹く風とまったく気にした様子は見受けられない。

 

「些か攻撃が素直すぎたようだな」

 

 左手で髭を弄くり、目を瞑って考えを纏める。一見隙だらけで、すぐにも攻撃で転じられるように周りからは見えていた。だが、右手は斬魄刀を握り締めたままで、ノイトラの斬魄刀を押さえ込んでいた。

 ノイトラが動けばその振動は斬魄刀を通して伝わり、すぐに次の行動を起こせるようにしていたのだ。

 

「では…次はこうだ」

 

 質がこれ以上高めようの無いのならばと、今度は数を出す。響転でノイトラを中心とした円を描くように動きながら、急所を狙った突きを連続で繰り出す。

 高速戦闘はノイトラが不得手とするモノで、一方的に攻撃するのには打って付けの戦法である。だがしかし、この戦法はノイトラへの必殺には決しては成りえない。

 

 ノイトラはその大振りな得物と、ソレを軽々と扱う膂力が武器として判りやすい。それでも、実際に戦った者からすればノイトラの最大の武器は鋼皮。

 いくら攻撃を当てられても、ソレが蚊に刺された程度はなんら意味が無い。ノイトラを倒すにあたって、最初に求められるのは攻撃力であって、一方的に攻撃できる速さではない。

 

 その証拠に、ノイトラに一方的に攻撃を当てられてこそいるが、精々が服を破くだけという大して意味が無い成果しか出されていない。

 

「ふむ、これも無駄か……」

 

 この状態ではもう打つ手は無いと、ようやくシジェニエは攻撃の手を休めた。ソレを見て、ノイトラは嗤う。打開策など、手段など始めから決まりきっているのだから。

 

「蝕め―――」

 

 杭状の斬魄刀を自らに突き立てられるように掴み直す。

 

「祈れ―――!!!」

 

 呼応するようにノイトラは同時に斬魄刀を振り上げる。

 

 

「―――『黒病鬼(メグフェルダー)』」

 

 心臓へと斬魄刀を突き立てる事によって、シジェニエの帰刃は成される。

 突き立てられた場所からは、血のように紅い霊圧が噴出する。その色は瞬く間に酸化する血液のように黒へと変色し、シジェニエを覆い隠す。

 

「―――『聖哭蟷蜋』!!!」

 

 振り上げられた斬魄刀を中心に霊圧が収縮し、濃い霧のようになってノイトラを覆い隠す。その霧を晴らす為に帰刃を終えたノイトラが得物を振るう。

 

 ノイトラは蟷螂のような姿。

 対するシジェニエは、擦り切れた黒のマントを羽織るしか目に見える変化は無かった。それだけで、シジェニエは能力型の破面だと予測ができる。

 

「解放してからで済まないが、私の能力は無差別に影響を及ぼす」

 

 シジェニエの言葉を聞いて真っ先に反応したのは『数字持ち』達だった。最前列に並んでいる十刃の自然と発している霊圧によって、霊圧同士のぶつかり合いの余波は大分緩和されている。透明な壁があるから安心して観戦できるのであって、何も無しには観戦すら難しい連中である。

 十刃の能力なら、同じ十刃にも効くのは当然。ならば、その後ろにいる自分にも届いてもなんら不思議は無い。命の惜しい『数字持ち』は蜘蛛の子を散らすように、シジェニエの能力の効果範囲から逃れようと走っていく。

 後に残るは、死神に十刃とその従属官だけである。その残った者達も、それぞれくるであろう無差別攻撃への防御を展開していた。

 

「これで心置きなく使えるというものだ」

 

「そうかよぉ!!!」

 

 油断無く構えていた姿勢が微妙に崩れる隙を見つけ、4つの鎌が煌く。首、両手、足の四箇所を同時に刈らんと迫る。

 刈られるか、鎌の囲いに入るか。そのどちらも選びたくなければ避けるしかなく、シジェニエは当然後ろに下がる。

 

「どうした!開放してマントを羽織っただけかよ!」

 

 一向に攻めに転じないシジェニエを挑発しつつも、ノイトラは苛烈に攻めていく。元よりノイトラにできるのはそれだけで、勝つのにはそれだけあれば十分であった。

 

「蛮勇が過ぎる。そういう者が、馬鹿な真似をして真っ先に蝕まれる。

 『病』とは、そういうものだ……」

 

 急いで攻める必要は無いと、シジェニエは笑う。『病』に潜伏期間は付き物で、持久戦においての有利に揺るぎは無いのだから。

 だがしかし、シジェニエは敢えて攻めに転じる事にした。能力が持久戦向きと言っても、シジェニエの性格も持久戦向きという訳ではなかった。

 

病棘(フェスピーナ)

 

 黒マントがソレ自体が意思を持つかのように、棘の様に鋭くなってノイトラへと襲い掛かる。

 

「しゃらくせぇ!」

 

 帰刃してようやくした攻撃を容易く切り払う。数こそ多い棘であったが、ノイトラの怪力と鎌に太刀打ちできる力は無かった。

 この攻撃ちょっとした牽制で、本命がある筈だとノイトラは目を走らせる。その御蔭で、ノイトラは攻撃が終わっていないのにすぐに気がついた。

 切り離されたマントの棘であったが、素知らぬ顔でマントと繋がって再びノイトラに迫る。今度は一直線ではなく、しっかりと狙っているのかさえ疑問に思える出鱈目な軌道であった。それでも対応に変わりはない。

 再び向かって来るというのなら、再び切り伏せればいいと鎌が風切り音を鳴らす。その対応を嘲笑い、病棘の一本がノイトラの手に辿り着く。

 

「あ…?」

 

 刺さるかに見えた棘であったが、そもそも固体として存在していなかったのか指先に黒いナニカが付着した。そして、そこから焼けるような痛みと共に黒が広がっていく。

 黒いナニカがシジェニエの能力なのは明白で、このままでは全身に広がるのを防ぐべく手首から切り落とす。

 

 置いてけぼりをくらった鎌を掴んだ手は、黒が全体を包んだと思えばボロボロと崩れて落ちて原型を無くして行く。

 鋼皮の防御の上でも蝕む力。それが、シジェニエの持つ『病』の能力の一端であった。

 

「私の能力は、霊圧を糧に爆発的に増殖し、生き物の霊子構成を灰に酷似したモノに変える病原菌を生み出す事」

 

 触れれば崩れる脆い灰のようなモノに作り変える恐怖の病原菌。病原菌と言っていいのかすら正しいか疑わしいモノを生み出す能力。

 それが、『病』の死の形を司るシジェニエ・ピエロムの能力であった。

 

「ッハ、残念だったな。超速再生のある俺の腕をいくら駄目にしても、無駄だぜ」

 

 超速再生の前には、あまり意味の無い能力だとはき捨てる。

 

「そうであろうな。では、腕以外も切り落とせるか?」

 

 そう言うやいなや、シジェニエはノイトラの背後に響転で回りこむ。ソレに目もくれずにノイトラは生え変わった手で、落とした鎌を掴む。黒いのが手に付着していないのを確認し、また離さない様にとしっかりと得物を握る。これで、また先程と同じ状態になった。

 

「避けられると思うな」

 

 マントが最早マントの形状を放棄し、全てが棘となってノイトラへと殺到する。

 

「チィ…!!!」

 

 一々斬っていては追いつかないと早々に判断を下し、虚閃で吹き飛ばす。

 

「む、これも駄目ならばコレしかあるまい。病獣(フェルティア)

 

 淡々と、詰め将棋をするようにシジェニエは次の技を出す。棘となっていた黒マントは、今度は幾つかの塊となり、オオカミ、ネズミ、コウモリへと形状を変えていく。

 

「多方向からの一斉攻撃。コレならば、自慢の得物や虚閃でも対処が間に合うまい」

 

 ノイトラの体を蝕まんと、病獣は一斉に踊りかかる。腕以外に触れればその時点で詰みになる。だというのに、ノイトラは嗤っていた。

 

「馬鹿が!」

 

 自らの足元に虚閃を打ち込むことで、煙幕代わりに砂煙を発生させる。視界不良のまま、ノイトラはシジェニエへに突貫する。霊圧探知がそこまで上手くないノイトラであるが、至近距離ならばどの方向にいるのかぐらいは判る。

 病獣全てを無視し、狙うはシジェニエのみ。斬ろうが吹き飛ばそうが時間稼ぎしか出来ない相手など、まともに対応するだけジリ貧にしかならない。だったら本体だけ狙うのが手っ取り早い。

 

 砂煙を抜けた先、探査神経が示すとおりにシジェニエは立っていた。傍に数匹の病獣を控えさせて。

 オオカミが牙を剥き、ネズミがちょこまかと小回りを利かせ、コウモリは羽ばたいて空中から襲い掛かってくる。どれも触れれば、そこを切り落とさなければならない病原菌の塊。

 その厄介極まりない護衛には、鎌を2本投げて足を止めさせる。

 

「虚閃」

 

 鎌を投げ放った直後の硬直を狙う虚閃が放たれる。左手を前に突き出し、ボールを握っているかのようにしたシジェニエの手から放たれる虚閃は紺色であった。

 至近距離の虚閃を避ける速さのないノイトラは、ソレならばと手元にある鎌を重ねるように脇に構える。そして微妙にズラして斜めに切り上げ、虚閃の中に己が進める道を抉じ開ける。

 

 既にシジェニエとの距離は手が届くところまで詰められた。ようやく攻撃範囲に収められて、無手の右手が戦慄(わなな)く。狙いは即死させるべく、ちょっとした穴でも致命傷になる心臓。真っ直ぐと伸びた手刀が、胸の中央からやや左にズレた位置を貫く。

 

「掛かったな」

 

 その言葉は、胸を貫くべく伸ばした右手に、焼けるような痛みが奔るのとほぼ同時であった。右手の痛みがナニカなど、既に味わっているから知っている。シジェニエの、病原菌に蝕まれる痛みだ。

 そして、手には鋼皮を貫いた感触も、肉を掻き分ける感触もない。あったのは、液体に勢いよく手を突っ込んだ感触であった。

 

「私の心臓の部分に、モノがあるはずが無かろう。ソコは、開放の際に斬魄刀で貫いたのだぞ」

 

 虚なら誰もが持つ穴。破面化した際に胸以外の場所に移動する者が多く、シジェニエの穴は本来なら心臓があるべき場所に開いていた。ノイトラの手刀は、そこに入り込んだのだ。そしてソコは、ノイトラにとって運の悪いことに、シジェニエの能力たる病原菌の発生場所であった。

 

「これで終いだ」

 

 今度は、シジェニエが手刀でノイトラを貫かんと伸びる。狙うは取り返しのつかない部位である眼球。病原菌を注入して内側から蝕めるように指先で針のようにする。そして、ノイトラの眼帯の上から突き刺した。

 

「ははははははは!!!終わりはてめえだ!」

 

 だが、笑ったのはノイトラの方であった。なぜなら、シジェニエが心臓の位置に穴があるように、ノイトラには()()()()()()()()()()()()()()()()、左目の位置に虚の穴があった。

 万全を期すための攻撃が裏目に出た結果であった。もし、病原菌を付着させるだけだったら、もう少し結果は違ったはずだ。

 手が互いの体を貫ける近さとあって、綺麗に鎌を首にそわせるの物理的に無理だったが、シジェニエの首は鎌で挟まれた。

 

「まっ―――」

 

 静止の言葉より先に鎌が動く。その形状による役割を果たし、シジェニエの首を刈る。

 

「ノイトラ・ジルガ、君を新たなる第5十刃として認める」

 

 判り易い敗者の死と、藍染の言葉によって勝者が確定した。




ノイトラ「見ろよこの形。命を刈り奪る、形をしているだろう?」

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