アーロニーロが声を掛けた頭がシュモクザメ似と評した破面だが、破面と言うよりはまるでヴァストローデのようであった。
人型ではあるのだが、その見た目が完全に虚であるからであろう。ヴァストローデは人間と同程度の大きさの虚であるので、欠けた仮面と―――人のことは言えないが―――濁った霊圧がなければ間違えていたであろう。
「なんだてめぇは?」
その声を掛けられた破面は見るからに不機嫌そうであった。
「聞こえなかったか? 藍染様の命令だから着いて来いと言った」
「ッチ…」
あからさまな舌打ちをして、声を掛けた破面は近くの仲間に行ってくると伝えて自分の作業を中断した。
建造現場で手合せをする訳にもいかないので、アーロニーロは着いてくるのを確認したら虚夜宮からほんの少し距離を取る。
「急ナ話デ悪イケド、コレカラ手合セヲシテモラウヨ」
「解っていると思うが、俺達は新入りでな。力試しをするようにと言われている」
「そうかよ」
言い方はぶっきらぼうであったが、破面はどこか嬉しそうであった。その嬉しさは、決して
破面化して力を手に入れたのに、全力を出せる機会が今日まで無かったからだ。自分の仲間と比べても頭一つは確実に飛び抜けている力を思う存分振るいたいのだ。
そして、新入りに力の差を見せつけて自分の下につけさせれればどれだけ気持ちの良い事だろうか。
そんな暴力的欲求が満たせそうだと、巡ってきた機会に舌なめずりをしていたのだ。
「ソレジャア、始メヨウカ」
開始の合図と共にアーロニーロは駆ける。
現在のアーロニーロの攻撃手段は2つ。格闘と虚閃。大虚時代から変わらぬ、この2つしかアーロニーロには無い。
いきなり虚閃をぶっ放して中るなど楽観思考のできないアーロニーロは、まずは距離を詰めなければ次へと進めないのだ。そしてそれは、破面も同じであった。
ただし、破面のその右手には青い光の剣が握られていた。『
その内容は、自身の霊圧を虚閃のように放つのではなく、手元で集束させて剣のようにするというモノだ。
出し入れ自由な武器としての利便性に、元が自身の霊圧とあって霊力が尽きない限りは無限に再生が可能。極め付きは、その威力は自身の霊圧の強さに比例する成長性であろう。
格闘と虚閃しか持ち得ぬアーロニーロにとっては、間合いを離させるやり辛い技であった。
だが、それだけで諦めるような惰弱な精神なアーロニーロではない。尤も、大虚の成り立ちからしてそんな精神を持っているような輩など存在しないであろうが。
拳と剣では間合いに差があるが、弓矢や銃と比べればその間合いの差など少ないものである。共に近接戦闘に分類される枠組みで、一歩で詰めれる程度の間合いの差。
「それだけか!」
嗤いながら、アーロニーロは突進する。『剣装霊圧』だけではやり辛くなるだけで、それだけで難敵になるのには押しが弱すぎる。短期決戦でいけばそれほど気になるモノではない。
アーロニーロの判断は、押し切ってそのまま破面を潰すと言うモノであった。
まず一撃、右手でなんの変哲もないストレート。
単純な攻撃だった御蔭で、破面はなんとか直撃を免れて肩に僅かに掠る程度に被害を抑えた。
(こいつ、速ぇッ!?)
体が柔らかかろうが、その身体能力が並外れていることには変わりない。ましてや、同じ破面もどきであろうと完成度の差が能力の差として出ていた。
「アア、弱イネ。君」
その差を、一瞬の交差でアーロニーロは感じ取った。雑魚と罵るほどに差があった訳ではないが、藍染惣右介と相対し、その差を感じた後では目の前の破面がなんとちっぽけな事か……
「弱い…だと? 後から破面化したからって調子乗ってんじゃねぇぞ、新入り!!」
アーロニーロが思わず零した一言を破面は拾い上げ、激高した。
元はアジューカス、されども破面化したことでその実力はヴァストローデに匹敵しうるくらいにはあるはずと破面は自負していた。
それなのに、一秒にも満たない交差で弱いと決めつけられたのだ。アーロニーロと会う前から傷が入っていたプライドに更に罅を入れられたのだ。その怒りは並のモノではない。
『剣装霊圧』を右手だけではなく、左手にも発現する。両手に剣、二刀流のつもりであろう。
その姿は、アーロニーロには滑稽に見えて仕方が無かった。
振り上げられる剣、下手糞。動き、遅い。霊圧、乱れまくり。
武器を扱うとは、少なからず修練が必要になる。剣のような棒状の物は比較的に扱いやすいが、誰でもすぐに使いこなせるものではない。
その例に使えるくらいに、目の前の破面は下手糞だった。
勢いをつける為に右手を振り上げたのだろうが、その動きが遅すぎて隙のでかい予備動作になっている。折角両手に剣があるのに、左手の方は完全に遊ばしておいて無駄。
これが下手糞と言わないのなら、手に入れた能力にはしゃいでる幼稚な愚図と言ったところか。
迫りくる剣には左手で手首を裏拳で打ち据え、間合いを詰めてようやく動き出した左手の剣は右手に霊圧を纏わせて打ち払わせる。
剣の形をしていようが元は霊圧。ならば、同じ霊圧で相殺も不可能ではない。より大きな霊圧で対応すれば、なまくらも同然。
攻撃をいなし、間合いも完全に詰めて終わりではない。双方共にまだ無傷であり、どちらも止まるつもりは無い。
攻撃の直後で両手共に今すぐには動かせない。ならば、残っている選択肢は虚閃のみ。
裏拳を繰り出した左手は丁度良い位置にある。向きは破面の頭の方であり、タイミング的にも避けづらい。この機を逃す手は無い。
「虚閃」
左手より放たれるは灰色の閃光。近距離の目標に当てるのだから、拡散性を抑えて、目標に当たってから爆ぜるのではなく貫くように調整をする。
この一手で殺す。そう決意をして実行しようと瞬間、死の影と言いたくなる怖気がアーロニーロの左腕を包み込む。
「ッ!」
虚閃が、砂漠を穿つ。
破面の頭に向けていた左を無理に捻じって下に向け、虚閃を撃った反動をそこから飛び退く勢いに足す。
「ホォ…今のを避けるか」
怖気の正体、それは身の丈ほどある斧を先程までアーロニーロの左腕があった場所に下ろしていた。
髑髏の顔に、黒い衣装。西洋においての死神のイメージと一致する虚をアーロニーロは知っている。
「バ、バラガン様……」
「“大帝”…バラガン・ルイゼンバーン」
藍染惣右介によって虚圏の神と王の座から引きずり降ろされたヴァストローデ、それがアーロニーロと破面の戦いに割って入って来たのだ。
「儂の名前を知っているのなら話は早い。この勝負、儂に預けよ」
「いいだろう」
不遜なその態度がしっくりとくるバラガンの言葉に、アーロニーロは頷くしかなかった。
バラガンが神と王の座を退いても、その配下が消滅した訳ではない。おびただしい数の大虚を纏め上げ、王との自称をなんら違和感の無いモノにしたカリスマは健在だ。
おそらく、今虚夜宮にいる虚のほとんどは、バラガンの配下であろう。敵に回して喰い放題になるのは構わないが、そうなると流石に藍染も動く。
そうなってしまえば、死ぬのは目に見えている。死という最悪を逃れるためには、絶対にそんな事はさけなければない。
だから、とても旨そうな餌が目の前にあっても我慢をしなければならない。
「1ツ、聞イテモイイカイ?」
「言いたい事があるなら、前置きなどせずに話せ。儂は忙しい身の上なのでな」
「なに、はいかいいえで済むような話だ。
お前の部下は、敵わないと思った相手に徒党を組むような腰抜けか?」
「儂の配下に、そんな腰抜けなどおらぬ。いたとしても、儂自ら叩き切ってくれるわ」
アーロニーロが言わんとしている事が判ったバラガンは、破面を睨みつける。
破面化して力を付けてから、部下の中でも威張り散らしたりなど目に余る行動を何度もしている。釘を刺しておかなければ、恥知らずな事をしてもおかしくは無いと思うのには十分であった。
「ソレナライイヨ、手間ヲ掛ケサセタネ」
流石に徒党を組まれて襲われたら面倒なので、それさえ避けれたのならもうここには用は無いとアーロニーロはその場を離れるのであった。
――――――
虚夜宮の1日はアーロニーロにとって退屈極まりないモノであった。
まだ未完成の虚夜宮の為に、ずっと建築工事を続けるだけの毎日でモチベーションを保てというのが土台無理な話なのだろう。
仮に、虚夜宮の工事が無ければ、アーロニーロは真っ先に虚夜宮の外に出る許可を得て、適当に虚の食べ歩きをしていただろう。
特に、ここ数日はその願望が強くなっていた。
その理由は自分がよく解っていた。飢えているのだ。
別に虚夜宮で食糧事情が切迫している訳ではなく、アーロニーロの一種の病気のようなものであった。
虚として体に穴が開き、その虚しさと空腹を埋める為に積極的に喰らってきたアーロニーロは、慢性的な飢えを抱えていた。
飢えを抱えるなど虚の中では然して珍しいモノでは無かったが、アーロニーロの飢えは大虚になる際に他と隔絶するほどのものであった。
だというのに、大量の餌を目の前におあずけを喰らっていなければならないのだ。出される食事の質はいいが、やはり虚を直接喰わなければその飢えは収まらない。
アーロニーロにとって、虚夜宮の食事はどうしようもなく軽いモノであった。
そんなアーロニーロの内心を見透かしたように、シュモクザメ似の破面が声を掛けてきた。
一緒に抜け出しても、土産にヴァストローデを連れ帰ってくれば藍染様も咎めないだろうと。
その話にアーロニーロはすぐに喰い付いた。このままでは見境無く喰ってしまいそうだったのと、こんな旨い話はないと思ったからだ。
――――――
大虚が群れるのは、おおよそ3パターンに別けられる。
群れのリーダーが実力によって複数の大虚を従える。共通意識でもって、自然と群れる。もしくはその両方。
弱肉強食である虚圏は、当然力が無ければ喰われるだけ。
それを避ける為に力を身に着けるのは当然だが、それよりも手っ取り早く安全を手にする為に群れるというのはよくある事だ。
強力なリーダーがいれば、それだけで自分が襲われる可能性は減る。群れていれば、数だけでも怯む奴は怯む。
打算に本能。時には心酔や盲信といった形で付き従う者がいるが、どれも根底は同じ。力の為に群れているのだ。
力こそ正義。単純で乱雑なソレが、理の1つとして存在するのが世界というものである。
そんな中で、誰かを殺して得た力で強くなろうとは思わず、協力して生きて行く4体の大虚がいた。
アーロニーロと破面の狙いはその内の1体であるヴァストローデ。他はアジューカスで、一応そちらも捕獲対象である。
ヴァストローデは虚圏でも数体しかいないとされる。現に、虚夜宮にもヴァストローデはバラガンともう1人しかいない。その希少さは、ちょっとの命令違反を帳消しにするのには十分すぎる。
「取り決め通りにいくぞ」
「ヴァストローデを逃がすなよ」
破面がヴァストローデを相手にし、アーロニーロはその他のアジューカスを捕獲すると先に決めていた。
破面にはそのヴァストローデと因縁があるらしいが、アーロニーロからすれば絶対に喰えないヴァストローデの相手よりも、喰っても問題無いアジューカスの方が魅力的であったのでどうでもいい話だ。
「そっちこそ逃すんじゃねえぞ」
互いに憎まれ口を叩いて、アーロニーロと破面は獲物がいる巣へと足を進める。
巣の入り口までにまだ十分距離がある時点で、獲物が巣から出てくる。
人間と同様に見える金髪、僅かに見える顔に褐色の肌、右腕は剣のようになっており、その他は人型。
その容姿から、一番前に立つのが目標であるヴァストローデであるのは一目瞭然。そして、その後ろに控える鹿、獅子、蛇がアーロニーロの獲物であるのも一目瞭然であった。
破面
アニメのハリベルの回想で出てきた破面もどき。アニメでのこの後の展開を知っていれば、なぜ本文で破面もしくは破面もどきとしか書かれないか判る奴。
『剣装霊圧《ボウルディ・エイキポ》』
独自です。破面が持っている能力に適当に名前をつけた。
剣だと本来の訳だとエスパーダになるので、まさか名前を被せる訳にもいかずにエキサイト翻訳で刃(ボウルディ)と装備(エイキポ)にした。
だが、再翻訳すると刃は刺繍しますになり、装備はチームになる。
Borde equipoを日本語訳にするとチームに刺繍しますという狙った意味とはまったく違う明後日の方向の意味になる。
バラガンに出会ってハリベルに出会う
アニメでは藍染はバラガン、ハリベルの順に配下に加えた描写がある。原作では加入順のほとんどが不明。