アーロニーロでBLEACH   作:カナリヤ

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加えられる輪

 グリムジョー率いる群れをお供に、アーロニーロは何日も掛けて虚夜宮へと帰った。何日も掛かった理由は純粋に距離があったのと、行きと違って響転で帰れなかったからだ。

 虚夜宮を初めて見た面々はその大きさに圧倒されたようだが、1人だけ他と違う反応をしていた。

 

「どうした?イールフォルト」

 

「だ、大丈夫だ。なんでもない、何でもないんだ」

 

 アーロニーロに(ほっそ)い何かと思われているシャウロン・クーファンが様子のおかしい牡牛の虚であるイールフォルト・グランツに声を掛けるが、自分に言い聞かせるような言葉で無理矢理に会話を中断した。その目は、落ち着きなく辺りを見回して何かを警戒しているようである。

 

 グリムジョーの群れであるが実質的な取りまとめをやっているシャウロンはその様子が気掛かりであったが、本人が語らぬのなら無理に聞き出すのは酷であろうと詮索は止めた。

 

 アーロニーロに連れられて虚夜宮に入れば、人影こそ見えないが霊圧が自己主張し、そこかしこに破面がいるのが肌で感じとれる。

 アーロニーロから一度受けた圧に比べれば軽いが、虚の身ではやはりキツイのだろう。グリムジョー以外はどこか怯えているように身を振るわせている。

 

「さて、お前等はこれから藍染様と謁見する。粗相の無いようにな」

 

 粗相の無いようにと言っておきながら、これといった注意事項を話さないアーロニーロに一瞥をくれてグリムジョー達は案内された部屋に入った。

 部屋の中には男が1人悠然と椅子に腰かけているだけ。だというのに、グリムジョー達は気圧された。

 

 アーロニーロのように霊圧を叩きつけられたのなら、まだ理解の範疇であった。攻撃するという明確な意志で放たれた霊圧に屈するのなら、実力差があると思い知らされるだけだ。

 だが、藍染の霊圧はそんなモノではなかった。敵意が感じられないただ垂れ流しの霊圧であるというのに、上から抑え付ける重圧となってグリムジョー達に触れる。

 

「ようこそ、虚夜宮に」

 

 上座より掛けられるは上位者の言葉。歓迎するとの言葉を紡がれようとも、そこに心は一切感じられない。藍染が求めているのは仲間などではなく、強い駒なのだから当然と言えば当然の態度。しかし、なんの着色もされていない無色であるからこそ、藍染が多様に見えてしまう。

 ある者には不遜な大罪人、ある者には虚圏における太陽()、ある者には不実なる神。

 

 グリムジョーには、藍染は壁に見えた。藍染の風格は王者のモノ。上に立つ王は1人で良く、グリムジョーの思い描く王は強くなければならない。そして、その強さにおいては藍染が座るには十分と認めざるを得ない。

 故に壁なのだ。王としての自分を諦めない限り、己が前に立ち塞がるのが目に見えている壁。

 

「さて、単刀直入に言おう。

 君等に力を授けよう。その代わりに、私の下でその力を振るってくれるかい?」

 

 従うか否か。この場に立っている時点で答えは決まっているであろうが、あえて藍染は問う。命令を聞く気が無い連中も多いが、虚偽であろうと従うと言わせる事に意味があるのだ。

 虚というのは過酷な生存競争で生き残っている為に、粗暴な性格の者が大半を占める。粗暴でなくとも、罠に嵌めようとかチマチマと削ると言った陰湿かつ粘着質といった嫌な性格を持つか、合わせて持っている者すらいる。

 そういった虚を煮詰めたと言える大虚は、その強さからプライドまでも高い者が多い。他人の性格にとやかく言うほど藍染の器量は小さくないが、そうであっても命令を聞く者とそうで無い者の判別は必要となってくる。

 

 だから言わせるのだ。自らの口で従うと。

 

 言わずとも破面化はしてやるが、そうなると命令ではなく状況でその者を動かす事になる。

 

 言ったのなら、大概は問題は無い。

 いくらプライドが高くとも、一度折ってしまえば以降も折れる可能性の方が高い。

 取り入ろうとしているのなら、行動でも示さなければならないので問題は無い。

 心より言うのなら、論ずるまでも無い。

 

「その前に1つだけ聞かせろ。アーロニーロとか言うアイツより強くなれんだろうな?」

 

 第9十刃と名乗り、自分達をここまで導いた敵をグリムジョーは脳裏に描く。仮面で顔の表情は窺えなかったが、此方を格下だと見下しているのは解った。

 それが許せないのだ。力の差が種族の差だったというのなら、自分に舐めた態度で見下した事を後悔させるのだ。

 

「残念だが、それは確約できない。聞いているだろうが、アーロニーロは末席だが十刃に名を連ねる破面。

 大多数の破面が、彼に劣っているのが現状になる。君が破面化するだけでアーロニーロを超えられる資質を持つかは、私には測りかねる。

 それでも、これだけは確約しよう。私の与える力は、虚の限界を突破すると……」

 

「ッチ」

 

 自分を赤子の手を捻る感覚で倒したのが末席。その事実にグリムジョーは舌打ちをした。

 目の前の藍染もそうだが、ここには自分が生きてきた環境が生温く感じる程に強者が揃い踏みしている。

 こんなにも、自分を奮い立たせる―――群れを作ってから薄れていた、死と隣り合わせの空気が張り詰める―――場所に来るのが遅れたのが非常に腹立たしかった。

 

(上等じゃねぇか、どいつもこいつも喰ってやる)

 

 獣の王は、新天地でその牙を剥き出しにして堂々と研ぐのであった。

 

――――――

 

「………」

 

 心機一転と言わんばかりに、破面としてより強くなると決めたグリムジョーは青筋を立てて怒っていた。

 破面化した事で、グリムジョー達はディ・ロイ・リンカー以外は完全な人型になった。グリムジョーは水浅葱色のリーゼント風の―――あくまで風で、どちらかと言うとオールバックを途中で諦めて立たせたような―――髪をもつ、顔は整っているが不良(ヤンキー)と言われれば納得できる男となっていた。

 壁に背を預けて立っている様は、獲物が通るのを待っている不良そのものである。

 

「食うか? おそらくここでしか食えんぞ」

 

 表情を見れば怒っているのが分かり切っているグリムジョーに、アーロニーロは自身も食べているクッキーを勧める。

 そんなアーロニーロをグリムジョーは睨み付けるが、意に介さんと今度は無言でクッキーが盛られた皿を突き出す。

 

「ざけてんじゃねえぞ!!!」

 

 馬鹿にされているとしか思えない行動に、怒号と共に皿をハタキ落とそう腕を振り下ろす。だが、そうすると読んでいたアーロニーロは皿を横に移動させてクッキーを守る。

 ならばとグリムジョーは今度はアーロニーロに狙いを定めて、久しぶりに拳を握りしめて殴り掛かる。

 

「無駄ダヨ。随分ト久シ振リダロウ、二本足デ立ツノハ」

 

 僅かにできたグリムジョーと壁の間に滑り込み、アーロニーロは軽くグリムジョーの背中を押す。それだけで、バランスを崩すとグリムジョーは倒れてしまった。

 

「クソがァ!!」

 

 倒れたままを良しとせずに直ぐに起き上り、歯を剥き出しにして掴みかかろうとグリムジョーはするがまたも後ろに回り込まれて背中を押される。

 

「やはりまだ獣だな。折角の斬魄刀が泣いているぞ」

 

 派手に転ばしたアーロニーロの手にはグリムジョーの斬魄刀が抜き身で握られていた。なんてことは無い、後ろに回り込む為に横を通った際についでに抜いたのだ。なぜそんな事をしたかと言えば、更に挑発する為である。

 アーロニーロが挑発し、グリムジョーがそれに喰って掛かるやりとりは先程の初めてではなく、かれこれ数時間は続いている。

 

「……」

 

 そのやりとりをシャウロンは痛ましい表情で見ていた。グリムジョーがなるべく早く強くなるのに必要な特訓なのは解るのだが、やはり嬲られているようにしか見えない今は心が痛むのだ。

 他の面々も、グリムジョーを何とも言えない表情で見ている。ディ・ロイだけは、「今のグリムジョーなら傷の借りを返せそうな気がする」と思っていたが、行動に移したら傷が広がるか新たな傷ができるかの変わり映えのしない2択になっていた。

 

 そして、シャウロン達以外にも2人のやりとりを見ているグループが2つあった。ハリベルとその仲間の3人によるハリベル一派と、アイスリンガーを筆頭とした服に9の数字を刺繍した『第9刃従属官(ヌベーノ・フラシオン)』だ。

 そのハリベル一派の3人は、懐かしそうに見ていた。3人ともグリムジョーの動きの拙さには、よく憶えがある。なにせ3人ともグリムジョーと同じで獣型の虚であったので、人型になった際には似たような状態になっていた。

 体の慣らしとしての運動は、人型から離れていた虚なら誰しも通る道だ。ヴァストローデでもなければ、体のバランスが極端に変わってしまう例も少なくなく、新人イビリとして転ばしたりする風習が出来つつあるくらいに当たり前のことだ。

 それでも、3人は主に恵まれたのでそういった事は全く無かったが。

 

 そういった意味では、シャウロン達は―――ただしディ・ロイは除いて―――優秀であった。元々人型と言えなくもない体躯であったり、2本足で歩くのが普通であったので慣らしはほとんど必要無かった。ディ・ロイだけは下半身はアジューカスの頃のままで、別の意味で慣らしが必要無かった。

 ただ、グリムジョーは豹と同じ体躯であったので慣らしが難航している。

 

「さて、そろそろコイツを付けてやろうか」

 

 そう言ってアーロニーロが袖から取り出したのは9と言う数字。詳しく言うなら、アイロンで服に付けるシールのような物である。刺繍を施した服が完成するまでの繋ぎに使われているものだ。

 ちなみに、アイロンなど虚夜宮に無いので威力を抑えた破道の三十一赤火砲で付けられる。

 

「嘗めんじゃねェ!!」

 

 その数字を付けられるということは、アーロニーロの従属官になったという証。最初期組が実力の上回るこれからの世代に絡まれないようにと、従属官であると判り易くする為に作ったものである。なのだが、どうせだからとイールフォルト・グランツを確保する為に纏めて抱え込んだグリムジョー達にも付けているのだ。

 

 従属の証(そんなもの)を付けるなど、グリムジョーの言い方なら「気に喰わない」である。

 藍染の下に付くことは不服であろうと納得はした。しかし、よりにもよってアーロニーロの従属官などになるなどグリムジョーは許容できない。グリムジョーの選択は拒絶しかない。例え、拒否権など無かろうともその答えに変わりは無い。

 

「モウ遅イケドネ」

 

 火の着いたタバコを押し付けられるような痛みを背中に感じれば、それは手遅れを告げる痛みでしかない。

 どうなったかを確認もせずに、羽織っていた死覇装を叩きつける。

 

「せいぜい好きにするんだな」

 

 仮面越しでも嗤っていると判るアーロニーロは、グリムジョー弄りを切り上げて自室へと上がっていた。

 

「ッチ、あのクソ野郎が」

 

 漸く解放されたグリムジョーは恨みがましくアーロニーロの出て行った扉を睨みつけるが、それで怒りが収まる訳が無い。手当たり次第に目に付く物を破壊すれば少しは怒りが収まるだろうと、手始めに壁をぶち抜ぬくべく触れる。

 力を込め、いざ破壊しようとした途端に、膝からグリムジョーは崩れた。

 

「な……」

 

 なぜそうなったのか、それを考える余裕もなく意識を失うのであった。

 

――――――

 

 倒れたグリムジョーは部屋に運ばれ、真新しいベッドに寝かされていた。

 

「診察結果、疲労と空腹による気絶」

 

 嗤いながらアーロニーロは『反膜の糸』での診断結果を言い、雑用代わりに使っている葬討部隊隊員に食い物を持ってくるように命令を出す。

 破面化の副作用かと慌てたシャウロン達は、命に別状は無い結果に安堵の息を漏らす。なお、原因はどう考えても目の前のアーロニーロなのだが、そこまでは考えが回っていないようである。

 

「マア、破面化デ少ナカラズ消耗スルカラ、限界マデ動ケバソウナル二決マッテルヨ」

 

 消耗しているだけなら回復させるのは容易なので、アーロニーロは練習がてら回復用の鬼道である回道を行使する。元の適正が低いので全快させるのには時間が掛かるが、起きられる程度に回復させるのならすぐに可能であった。

 

「これでそのうち起きる筈だ。起きたら、飯を食わせて休ませろ」

 

 丁度使いにだした隊員が戻って来たので、もうやる事はないと出て行った。

 

(そろそろ、頃合いか……)

 

 1人なったアーロニーロは、グリムジョー達と最初に別れた時にした思考を再開した。

 

(思えば随分と先延ばしにしてきたからな)

 

 斬魄刀の屈服。『捩花』を手に入れてから考えていた事なのに、ズルズルと先延ばしにして事だ。具象化自体はもうできるようになっていたのに、何かと理由を付けて先延ばしにしてきたような気がしてならない。

 

―――怖インダヨ

 

(怖い? 俺が恐怖するのは格上と飢える事だけだ)

 

 頭に響くもう1つの声に、アーロニーロは普通に返す。その声は、間違い無く自分の声なのだから。

 

―――ソックリダカラネ。模写サレタヨウニネ

 

(斬魄刀と虚がそっくり? そんなのは特別な物だけだ)

 

 もう1つの声の答えをあり得ないとバッサリと切り捨てて、アーロニーロは思考を中断する。そして、胸の(わだかま)りを晴らす意味も含めて、『捩花』を屈服させると決めたのだった。


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