アーロニーロでBLEACH   作:カナリヤ

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鬼去りて

 バケモノ。そう評した相手は、ただただ佇んていた。

 

(なん…だ、あいつは……)

 

 見た目は中級大虚(アジューカス)。一応は人型であるので破面にも見えなくもない。

 とりあえずは同族というのは判るが、なぜそこに居るのか、何か目的があるのかといったソレ以外が何も解らない。

 

「……」

 

 首を動かして付近を見回している様子は、戸惑っているように見えなくもない。だが、なぜだか4人にはソレが戸惑っているなどとは到底思えなかった。

 ゆっくりと辺りを見回し、ついには仮面が4人を捉えた。

 

「おまえ、言葉がわか…」

 

 侵入者との単語が頭を掠めたが、アイスリンガーはまず意思の疎通が可能かを試みようとした。だが、口を開いたら待っていたのは視界を占領する拳。

 殴られた。アイスリンガーがそう気付けたのは、地面に伏せてからだ。

 

「でめぇ!!!」

 

「ぶっ飛んでなぁ、オイ!!」

 

「キギャラララ!!」

 

 謎の存在による暴挙にデモウラ達は臨戦態勢に入った。だが、それは遅すぎた。

 わざわざ離れて歩くなどしていなかったデモウラ達は、既にバケモノの攻撃圏内に入ってしまっていた。バケモノがその腕を振るうだけで、デモウラ達はアイスリンガーと同じように地に伏せる。

 自力の差を数と連携で覆してきたとうのに、それをさせない速さと力。圧倒的なまでの理不尽な暴力によって、4人とも訳も解らずにやられる事となった。

 

 そして、状況に追い付けていないのがもう3人。4人に負けてしまったアパッチ、スンスン、ミラ・ローズの3人だ。

 斬られた自分達の腕が、互いに飲み込みあったかと思えばバケモノが出てきたのだ。あり得ないと否定したい出来事だが、目の前で起きた現実だ。

 そして、知性を持つが故に産まれた恐怖が3人を襲う。背筋に氷柱を突き立てられて、熱を帯びる傷口に凍える凶刃。相反する熱がそれぞれ主張して決して纏まらない。どうすべきか悩んで明け暮れてしまう程に頭の中はグチャグチャだ。

 

 それは、未知への恐怖。ナニカ判らず、理解できないモノへの恐怖。

 マトモであるなら、まず考えてしまう。科学者といったモノでなければ物理法則や理論といった堅苦しい真理の解明などしないが、理解しようとする。

 しかしながら、それができないという事態が多々ある。直面したのがまだ未成熟であったのなら、柔軟な発想で受け入れるなりできてしまう。逆に言えば、成熟してしまうと大概の人物は己が常識などが強固になり、柔軟に取り込むといった事が出来なくなってしまう。

 

 そしてソレは恐怖へと変じる。考えれる知性を持った代償に、その考えが及ばぬモノがどの様な物であろうと恐ろしいナニカのように感じてしまう。

 

 腕から生まれたバケモノが、アイスリンガー等にトドメを刺そうとしているところを3人はどこか遠くの風景を見ているかのように思えた。しかし、それは逃避であった。

 バケモノが出てくるまでは4人を倒したいと3人とも思っていたが、それがバケモノによって呆気無く行われた。自身の力によって行われたのなら、それでめでたしめでたしで終わりだ。

 だが、ソレは違う。確かに元は自分の腕。だけどもバケモノを自分の腕と思うのは無理であった。ならばあのバケモノは独立する1つの生き物と考えるのが自明の理。その自分の頭(・・・・・)で考えて行動する生き物だと…

 ならば次の獲物は自分でもなんら不思議ではないのだ。虚を喰うかは知らないが、いきなり目の前にいた4人を倒したのだ。特に理由も無く襲ってくると考える方が現実的であろう。

 だというのに、神経毒で声すら出せない現状ではやれることなど1つもない。

 

 ここが終わりなのかもしれないと思えば、思い出すの主たるハリベルと他の2人の暖かさだ。口に出して言うなど絶対にしないであろうが、守りたい関係であり、変えたくないモノだ。

 走馬灯と言うモノであろう。過去から現在に至る記憶の縮図が駆け巡る。そして、最後になぜか髑髏が浮かび上がった。死を暗示させる物に思えるが、どうにも違う。と言うか、つい最近見た憶えのある髑髏にしか見えない。

 

 時間にして3秒。ほぼピッタリなタイミングで、3人は見えている髑髏が頭の中を駆け巡っていた走馬灯の一部ではないのに気付いた。見えているのが葬討部隊の隊員とされる髑髏兵団ではないか。

 なぜキスができるまで近付かれているのか謎すぎるが、髑髏兵団がいるという事は3人の嫌いな人物も居るか直ぐに来るのであろう。

 

「死んではいないようだな」

 

 その予想は正しく、アーロニーロ・アルルエリが髑髏兵団を引き連れて『葬討部隊隊長』としてそこに立っていた。

 

――――――

 

―報告。

―突如出現した侵入者と遭遇、これより排除に移る。

―増援は不要。

 

 認識同期によって情報を伝えたアーロニーロは次の行動に移る。

 

「行ケ」

 

 一言の命令。それによってアーロニーロに付き従う髑髏兵団はバケモノに襲い掛かる。

 髑髏兵団は多少の自我と破面としての基本能力しか持たない雑兵だ。基礎能力は大本たるアーロニーロよりもちろん劣っており、優れているのはその数だけだ。

 アーロニーロより劣ると言っても、並の破面と同等の戦闘能力は持っている。一対一なら帰刃されると確実に負けるが、そんな運用をアーロニーロはするつもりはない。人海戦術しかできないが、それが出来れば“刃”や尸魂界の隊長以外なら大体行ける。

 

(やはり、アレはこの程度では無理か……)

 

 30体もの髑髏兵団は近接、中距離、遠距離でそれぞれ斬魄刀、虚閃、虚弾に別れて攻撃しているが、その数は瞬く間に数を減らしていた。素での攻撃力と防御力に差があり過ぎるのだ。こちらは一撃で行動不能になるのに対し、相手は集中砲火をくらっても歯牙にも掛けないといった様子だ。

 これでは、全滅も時間の問題であった。

 

「仕方ない」

 

 自ら赴くしかないだろうと、アーロニーロは予め用意していた―――全身が隠れても余裕のある―――マントを羽織る。

 

「跳ねろ、乱夢兎」

 

 アーロニーロがした帰刃はつい先日手に入れたミッチェル・ミラルールの物。ただし、『喰虚』を介する事で調整をし、元々変化が少ないのを足に鎧が装備されるだけにしたものだ。髪質の変化など元より生えていないアーロニーロにはいらぬ……

 これによって、マントで日光を遮ってしまえば能力を使えるようにしたのだ。

 

「ハァ…」

 

 急激な霊圧の上昇に、バケモノはアーロニーロの方を向く。そして、その瞬間にはアーロニーロの蹴りはバケモノの後頭部に突き刺さっていた。

 

 ミッチェル・ミラルールの響転は“刃”最速。そのミッチェルの全てを手に入れたアーロニーロは、その最速の座まで手にしている。何よりも、ミッチェルが最速であったのはその能力による所が大きい。

 ミッチェルの能力である『霊子圧縮(シャティオン)』は、足付近限定で霊子を圧縮するというもので、場所に関係無く擬似的な足場を作ったり爆発を起こさせたりとできるものだ。

 響転や死神の高速歩法たる瞬歩は、言ってしまえば足場を蹴って高速で跳んでいるだけだ。なので人物によって「疲れる」といった事も言う。

 重要なのは足場がなければできないという事で、好きに足場を用意できれば好きな時に使えるという事。『霊子圧縮』によってミッチェルは、爆発の衝撃を初速の底上げにしたり、足場を用意して方向転換や加速といった具合に使っていた。だから、ミッチェルは最速であったのだ。

 

「虚閃」

 

 反応の出来ていないバケモノに追い打ちとして虚閃を放つと、すぐにアーロニーロは響転で迫ってくる腕のすぐ横を通り抜けると分厚い胸板に蹴りを叩き込む。また捕まえようと腕が伸びるが、最速となったアーロニーロを掴まえるのには遅すぎる。繰り返すように、また腕の横を通り抜けて別の場所に蹴りを叩き込む。

 それを何度か繰り返した後に、アーロニーロは安全圏たる空中に避難した。

 

(ッチ、まったくもって効いてないようだな)

 

 まったくもって堪えたように見えないバケモノに、アーロニーロは心の中だけで舌打ちをする。

 

(斬ったところで動けるだろうし、下手な縛道も力尽くで打ち破られるだろうな…)

 

 高速戦闘で一方的に攻撃できたが、それが効いていないようでは意味が無い。

 

(クソッ。威力のある蹴りも出せるが危険すぎる)

 

 アーロニーロは『霊子圧縮』をまだ移動にしか使っていなかった。攻撃に使えば自分の腕を吹き飛ばせる程の威力は保障されているのだが、攻撃後の硬直と爆風でマントがはためくなどしてその役目を果たせなくなる危険も孕んでいる。

 能力に頼った戦法では、アーロニーロは神経質にならねばその状態を維持できないのだ。こういう時は、虚夜宮の天蓋の仕掛けを特に恨めしく思っている。

 

(あんまり俺自身の帰刃は安売りみたいに使いたくないが、抑え込むのにはそれしか無さそうだな)

 

 アーロニーロはバケモノの正体を知っているので、流石に消し飛ばすのは不味かろうと捕縛したいのだ。しかし、肩から両断しても動き出す生命力を持つ相手が痛めつけたところで動けなくなるなど無さそうである。縛道では力尽くで破られそうとあっては、単純に力で抑えつけるしかない。

 虚夜宮に被害を出さないで侵入者をどうにかするのも、葬討部隊部隊長としての仕事の内。早く決めてしまおうと、左手の手袋を取る。

 

「喰い尽く――」

 

 解号を口にし、己が斬魄刀の名を呼ぼうした時、視界の隅に動く者を捉えた。右手が大剣と一体化している者など、アーロニーロは1人しか知らない。

 こちらに向かって来ていたのはハリベル。安全とは言えないので宮に居るように言っておいたのだが、それでもいても立っていられずに来たのだろう。

 アーロニーロのただならぬ雰囲気を察して、心配からした行動は上手くいけばちょっとした美談にはなっただろう。だが、最悪の間であった。

 

「ええい!馬鹿野郎が!」

 

 アーロニーロが空中に逃げた事により、バケモノは届くようにするよりも新たな獲物を探そうとしていた。そこに、ハリベルを見つけたバケモノが獲物を定めるのは当然であった。

 

 今のハリベルでは絶対に勝てない。その確信があったアーロニーロはハリベルを守るために帰刃を中断して駆ける。バケモノを追い越すのは問題無い。最速となればそのくらいは出来なければ名折れとなる。

 問題はその後。ハリベルをどうやって護るか。響転でそのまま連れ去れば良いと思うだろうが、高速で動くのはそれだけで負荷が掛かる。破面であればそれは在って無いような物なのだが、ハリベルはまだ最上級大虚。その負荷に耐えられる保証はない。

 多少の傷なら問題無いだろうが、高速移動による負荷は言わば打撃。内臓といった方のダメージが大きい。海燕がそれなりに鬼道を修めていたので回道による治療もアーロニーロは出来るが、その出来る範囲は応急処置程度。本格的な回道の使い手専門の部隊があるのだから、副隊長でもそのくらい使えれば良かったのだろう。

 

 バケモノを追い抜き、ハリベルに手が届くとこまで近付いたら左腕を腰に回して抱き上げる。この時点でアーロニーロの速度は零。そして後ろには駆けるバケモノ。

 駆ける勢いを追加されたその拳は、急加速すれば避けれる速度ではあった。だが、アーロニーロはそうはせずに空いている右腕を盾にして受ける。ミシリと骨に罅が入ったような嫌な音を出し始めた腕を『剣装霊圧』で斬り捨てた。

 

「お前ッ!?」

 

「超速再生ガアルカラ問題無イヨ」

 

 迷い無く自傷行為をしたアーロニーロにハリベルは声を上げるが、そのアーロニーロは淡々と事実を言うだけだ。

 斬り捨てられた右腕は、響転に迫ろうかという速度で遠くに飛んで行った。超速再生を持っているから軽々しくできたのもあるが、何よりも次の行動を遅らせる衝撃ごと斬り捨てられたと思えば高が右腕の一本と言ったところになる。

 

「抑え込むまで、離れるなよ。喰い尽くせ、喰虚」

 

 超速再生で右腕を生やしてから、今度こそアーロニーロは帰刃した。そこからは一方的であった。

 バケモノの一撃一撃は確かに重かったが、アーロニーロの触手は柔軟性に優れ、打撃で壊そうとするのなら千切れる威力を中てなければならない。そこまでの威力を出せないバケモノでは迫り来る触手をどうする事も出来ず、ならばと放った虚閃も同じ虚閃に相殺された。

 全身に触手を撒きつけられ、更に持ち上げられて態勢を不安定にされれば十全の力も発揮できずにバケモノは抑え込まれた。

 

「回収」

 

 抱えていたハリベルを自分の上に降ろすと、生き残っていた髑髏兵団に3人の回収を命じる。程なくして3人ともアーロニーロの上に集められたが、誰もピクリとも動かない。

 

「さて、声は聞こえているだろ、とっととあいつを元の腕に戻せ」

 

 出来て当然だろとアーロニーロは3人に向かって言うが、バケモノはそのままバケモノとして存在している。

 

「ハァ、ドウセ出来無イトカ考エテイルンダロウネ」

 

 腕がバケモノに成って、更に元に戻るなど普通は思いつかない。知識の氾濫で中二病とか言われてしまっているファンタジーな思考回路を持っていれば別であろうが、少なくとも普通ではない。

 

「だとしたらお前等は馬鹿だ」

 

 だがしかし、それは普通の人間の話。人間などとっくの昔に辞めている破面なら、突拍子の無い能力の1つや2つ不思議ではない。寧ろ普通では考えられない能力を持っているのが大多数になる。

 

「アレハ君等ノ一部、言ッテシマエバ能力」

 

 そして、練度があるだろうが一度その能力を意識出来ればその後も使えるのも大多数。

 

「どうにも一個体(いちこたい)として存在しているようだが、根底は能力でできている」

 

「ナラ、君等ノ意志一ツデ戻セル」

 

 そう、能力の条件にでも引っ掛からなければ意志1つで動かせるのが能力というものであった。

 

「まぁ、できなければ隻腕で一生ハリベルのお荷物決定だろうがな」

 

 最後に発破を掛けて、アーロニーロの話しは終了であった。そして、そこにはもうバケモノはおらず、全員が五体満足で生きていた。

 

「負傷者は全員回収、そして撤収だ」

 

 手を叩きながら髑髏兵団に命令し、その命令がこなされてからアーロニーロ達は宮へと帰って行った。

 アーロニーロ達が去った後、1人の男が戦闘のあったその場所に立っていた。

 

「気晴らしに作った毒だったが、従属官風情には十分すぎる効果だったようだね」

 

 ピンクの髪に眼鏡型の仮面の名残り。その特徴だけで、彼が誰なのか多くの破面が答えられたであろう。

 

「まぁ、この僕が作ったのだから当然か」

 

 機械越しとはいえ最初から(・・・・)見ていたザエルアポロ・グランツは、肩を竦めて笑う。そして少し屈んで、わざわざこの場所に来た目的の物を拾い上げる。

 

「アーロニーロの腕、か」

 

 アーロニーロが衝撃から逃げる為だけに斬り落としたその腕を拾い上げると、砂を軽く叩き落とした。

 

(喰ってしまえば他人の帰刃まで可能とするその能力、僕の研究に少しは役に立ちそうじゃないか……)

 

 まったくの偶然とはいえ手に入ったサンプルに満足そうに嗤うと、ザエルアポロはゆっくりと自らの宮に足を向けるのだった。




アヨン誕生秘話
独自です。ですが、アヨンを出す条件が帰刃して片腕犠牲にするなので、似たような話は語られてないだけであると思います。
でないと、片腕犠牲にするハイリスクな技なんてまず見つけられないかと。

アヨンが戻れば腕も元通り
独自です。ですが、アヨンの強さを把握していたりしたので、何回かはアヨンを出している筈。そして破面の大部分は超速再生のほとんどを失っているので、こうしました。
ただ、もしかしたら3人娘は時間を掛ければ腕が生えてくるくらいには超速再生が残っている可能性もあります。

髑髏兵団
僅かな自我を持っているは独自です。ルドボーンが髑髏兵団に「取り乱すな」と言っているシーンがあるので、少なくとも感情といったものは備わっている模様。

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