アーロニーロでBLEACH   作:カナリヤ

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鬼来たりて

 砂中から奇襲には驚いたが、ミラ・ローズとスンスンは無事であった。

 2人を叩き挟んだ手はその大きさから力強く感じるが、霊圧までもそうではない。なので、一撃で戦闘不能にまでは追い詰められはしなかった。

 それでも、意表を突かれた事でダメージを与えられたのには変わりない。

 

「ダラァッ!!」

 

「まったく、服が汚れてしまいましたわ」

 

 いつまでも自分達を挟んでいた手から力尽くで脱出し、体制を整える。その間に手の主は砂から全身を出す。

 

「やはり、こちらも最初期組のようですわね」

 

 這い出した手の主は、地面に着きそうなくらいに長い腕に、巨体といういかにも虚っぽい外見であった。仮面は鼻の下から額まで隠す仮面らしい仮面で、どことなくピエロを彷彿とさせる形であった。

 その巨体に、足止めとして狂音を撒き散らした小さい破面が服のシワを掴んで登る。

 

「小さい方は任せたよ」

 

「では、ウドの大木は任せましたわよ」

 

 目の前の敵は2人、こちらも2人とあってそれぞれに相応しい相手を任せると、ミラ・ローズとスンスンは自身の斬魄刀を抜く。

 ミラ・ローズの斬魄刀は、斬魄『刀』というのが名ばかり―――と言っても、斬魄刀という名称自体が死神に合わせた結果である。破面としては普通―――の剣であった。何の変哲も無く、特殊な仕掛けもない普通の剣。逆に言えば、大体の場面である程度は使えるという普通の利点を持ったのがミラ・ローズの斬魄刀。

 スンスンの斬魄刀は、釵と呼ばれる武器と同じような形であった。形状的には十手と似ているが、少なくともスンスンの釵は突き殺す為の武器である。普段は袖の中に隠し持っているので、さながら暗器のように扱われている。

 相性があってないようなミラ・ローズと、鍔が前に伸びているせいで鍔で挟める大きさしか刺せないスンスン。どちらがどっちを相手にするかなど、話し合うまでもない。

 

 響転でもって一息で距離を詰める。斬魄刀を水平に構えていたミラ・ローズは脛に斬り付け、スンスンは小さい破面を追って斬魄刀の外側に向かって反って尖っている鍔をピッケル―――積雪期の登山に使うつるはしのような形の道具―――のように使って上る。

 どちらも響転でもって勢いをつけており、巨体の破面はどちらにも反応できていないようであった。

 

(浅い…)

 

 鋼皮を切り裂いたミラ・ローズの一撃であったが、その傷は浅かった。

 いくら見た目が鈍重そうに見えても、それはそう見えるだけ(・・・・・・・)だけなどよくある話であり、反撃を警戒して踏み込みが浅かったのだ。

 手に挟まれても大したダメージにはならなかったが、殴るよりも蹴る方が強いのが普通だ。いくら手での攻撃で大したダメージにならなかったと言えども、一説では腕の4~5倍の筋力はあるという脚による蹴りをくらえばただでは済まない。

 

(どうにもやり辛いねぇ…)

 

 あるラインを越えれば身体の大きさは的の大小程度になるが、ミラ・ローズはそこまで至っていない。直接は触れていないのに切り裂くといった巨体相手に五分で戦える要素がないだけに、一撃がどうしても小さい傷になってしまう。

 頭のような弱点ならその小さい傷で致命傷になるが、攻撃して下さいと言わんばかりに降ろすなど期待するだけ無駄であろう。

 

「ごんのやろう!!」

 

 脛を切ったミラ・ローズと、チクチクとダメージらしいダメージを与えないスンスンとでどちらを先に攻撃するか破面は迷う。

 一秒にも満たない硬直をしてから、野生的思考でもってミラ・ローズを危険として平手打ちを繰り出す。

 

「ッハ、当たんないよ!そんなノロい攻撃なんて…ッ!」

 

 繰り出された平手打ちは遅く、ミラ・ローズなら警戒していたこともあって避けるのにはなんら問題はなかった。しかし、平手打ちはなんら問題なくとも、ソレに付属している能力がミラ・ローズを襲った。

 掌に周囲の霊子を巻き込める。そんな能力を破面は持っていたのだ。

 平手打ちに巻き込まれた霊子は僅かばかりに圧縮される。その度合は掌の状態に左右され、掌の動きが止まった時、すなわち平手打ちが何かに中った際に圧縮された霊子が解放されて爆発が起きるのだ。

 

 中りさえしなければ特に気にするような能力ではない。威力が上乗せされ、打ち込まれる瞬間まで霊子によって掌が保護されるが、場所が掌と限定されているのだから気を付けるだけでいい。

 今の足場が、砂場でなかったのなら……

 

(クソッ、砂が…)

 

 僅かばかりの圧縮からの爆発でも、砂を飛ばすのには十分すぎる。一気に撒き散らされた砂から目を守るためにミラ・ローズは剣を持たない左腕を眼前に持ってくる。

 

「マヌケがァ!!!」

 

 動きを止めたミラ・ローズに追撃を仕掛けようと、再び破面は腕を振り上げる。

 しかし、振り下ろすより先に鳩尾に突然の衝撃に思わず破面は「ハゥッ!?」と声を上げてそこを手で押さえる。

 

「まったく、見ていられませんわ」

 

「余計な事をすんじゃないよ」

 

 破面の手の少し上を見れば、そこにはスンスンがぶら下がっていた。

 攻撃を止めさせたのはスンスンであった。無防備な鳩尾に虚弾を撃ち込んで、行動を中断させたのだ。

 

「小さい方はケリつけたのかい?」

 

「それを中断しなければならないほどに、あなたが追い込まれていたのではなくて?」

 

 これだから脳筋は…。そう言っていないのに、呆れたような顔はそう言っているように見えた。少なくとも、ミラ・ローズはそう感じた。

 

「誰が追い込まれていたって!!」

 

「追い込まれていたでしょうに。迂闊に攻撃をくらえば、どんな能力が発動するか判らのないですわよ?

 くらっても大丈夫とか考えてるのでしたら、目に余る短慮ですわ」

 

 スンスンが煽り、ミラ・ローズが怒る。アパッチが抜けているだけでいつも通りのやりとりをした事から、2人からは余裕が見て取れる。

 それが気にくわないのが1人だけいた。

 

「ざげてんじゃねぇぞッ!!おまえ゛ら!!」

 

 もうスンスンが無視できないのか、漸く破面はスンスンに手を伸ばす。

 

「御免あそばせ」

 

 しかし、そんな簡単に捕まるスンスンではない。器用に自分の斬魄刀を使って手から逃げながら、自分の獲物を探す。

 

「ホーロス!!お前も戦え!!!」

 

「きゅるぽぽぽ…」

 

 いつの間にか肩に乗っていた小さい破面改めホーロスは、申し訳無さそうに鳴くと渋々といった様子でスンスンに向かって行く。

 

「虚弾」

 

 向かってくるなら対処は簡単だと、スンスンは近付かれるより先に手を向けて虚弾を撃つ。

 近付かれれば狂音による足止めが必ず来る。それを阻止するべく、虚弾を撃ったのだ。

 

「ぎゃぱ~」

 

「あら?」

 

 牽制程度に撃ったつもりなのに、頭に大命中した上に良いところに入ったのか情けない鳴き声を上げながら落ちていった。

 良い意味で意外な展開に、流石のスンスンも驚きで目を見開いた。そして、その顔はそのまま硬直した。

 

「なん…ですって……」

 

「背中ががら空きだ。女破面」

 

 スンスンが振り返ったその先には、アパッチと戦っている筈のアイスリンガーがいた。そして、スンスンの背中には無数の『爪弾』が爪を立てていた。

 斬魄刀が破面から外れて、そのままスンスンが落ちる。

 

「スンスン!」

 

 背中に『爪弾』をモロにくらったスンスンを見て、ミラ・ローズがその名を呼ぶ。

 

「ぷーくるるぷ」

 

(こいつ、何時の間にこんな距離に……!)

 

 気の抜けるような鳴き声。そんな声を発するのは、先程スンスンに虚弾を撃たれて落ちたホーロスしかいない。そして、そいつのやる事は1つしか知らない。

 

「*;xjc=%t@b:お」qp2cp3!!!!!!!!!!」

 

 再び狂音。来ると判っていても、耳を塞ぐこともできないミラ・ローズはまたその音に鼓膜が劈かれる。

 

(霊圧の鎧が効かない!?)

 

 音とは振動。振動とは運動。

 相手の攻撃を和らげられる霊圧の鎧であっても、同種の力でもって相殺しているにすぎない。霊圧の鎧で和らげられるのは霊圧のみ。すなわち、物理―――霊体で物理云々ではややどうかとも思うが―――運動は霊圧の鎧では和らげられないのだ。

 

「死ねぇ!!!」

 

 無情にも平手打ちが動けないミラ・ローズに叩きつけられる。

 

「オラ!!!」

 

 その体を打ち砕かんと

 

「オラ!!!」

 

 何度も

 

「オラ!!!」

 

 何度も

 

「オラ!!!」

 

 執拗に

 

「オラ!!!」

 

 打ち続けられる。

 殺さんと、その魂魄の一片までも捻り潰して塵芥と変じさせようと、明確な悪意の元で攻撃は続けられる。

 

「スンスン!ミラ・ローズ!っち、突き上げろ、『碧鹿闘女(シエルバ)』!!」

 

 シャークス1人に抑え込まれていたアパッチが、2人がやられているのを見てついに解放する。

 虚の力が回帰し、その頭に鹿の角が戻る。更に爪が鋭いモノになり、服は毛皮へと変じる。

 

「絞め殺せ、『白蛇姫(アナコンダ)』」

 

「食い散らせ、『金獅子将(レオーナ)』!!」

 

 呼応するかのように、スンスンとミラ・ローズも解放する。

 スンスンは下半身が蛇となって、ラミアを彷彿させる。ミラ・ローズは頭髪が雄のライオンの鬣のように見えるまで増え、服がビキニアーマーのようになった。更に、手に持つ剣は大剣に変わった。

 どちらも先程までの傷は解放によって癒え、万全の状態に戻った。

 

「ついに解放したか。デモウラにホーロス、あの獅子女の動きを止めろ」

 

 アイスリンガーより指示を受けたデモウラとホーロスが、解放して更に力の差ができたのに恐れずにミラ・ローズへと向かっていく。

 

「まぁ、3人の殿方から狙われるなんてモテモテですわね」

 

「ったく、あんな連中に言い寄られても嬉しくないよ」

 

 解放した事で落ち着いたミラ・ローズはため息を付くと、変わった斬魄刀を両手で握る。

 

「来た奴から、上半身と下半身が泣き別れだよ。それでもいいなら…来な」

 

 斬魄刀を肩に掛けるような構えをし、ミラ・ローズは宣告した。先に来た方は、確実に死ぬと……

 間合いに入ればすぐさま両断できる構えに、デモウラがたじろぐ。なのに、ホーロスの方は気にせずに直進する。

 2人の行動を分けたのは、知能の差だ。ホーロスは最初期組の中でも特に虚に近い破面だ。言葉を話せない時点で判り切ったことかもしれないが、その知能は愚鈍なギリアンより多少上という程度の物。

 力の差というのが理解できず、欲望に忠実で浅ましい。そんな存在がホーロスだ。

 恐怖を懐きにくいという点もあるが、この状況では死に急いでいるだけである。

 

(アイツが攻撃範囲に入ったと思う前に、響転で近付いて斬る!)

 

 狂音を発せられる前に斬る。響転込みでの間合いに入ろうとした瞬間に踏み込む。

 

「さて、こちらもう・ご…」

 

「ッ!?」

 

 とっととケリをつけようと、スンスンも動こうとしたら突如倒れてしまった。明らかな異常事態。

 スンスンをどうするか。その思考の逡巡によって、ミラ・ローズの動きが数拍遅れた。それによって一手遅れた。

 

「*;xjc=%t@b:お」qp2cp3!!!!!!!!!!」

 

 ホーロスによる3度目の狂音。ホーロスの首から生えている板がガタガタと傍目から判るほどに揺れ、それが音の発生源であったと見ただけでも判る。そして、ミラ・ローズの脳が揺らされた。

 『点狂音(ポントソイド)』音を集束させ、通常よりも遠距離に居る狙った相手のみに聞かせる技。物理的な破壊力は相変わらず皆無であるが、仲間を巻き込まずにいられる点は大きい。

 

「まったく、手間を掛けさせてくれる」

 

 動きが止まったの見て、アイスリンガーは『爪弾』を撃つ。僅かにだがミラ・ローズの鋼皮を傷付けたのを見て、アイスリンガーが笑う。

 

「不思議そうにしているな。何、相応の準備として仕込みをさせてもらっただけだ。

 こいつを使ってな」

 

 アイスリンガーが自慢げに出したのは小瓶。中には無色透明な液体が入っている。

 

「破面にも効く神経毒だそうだ」

 

「そういう…事かい…」

 

 神経毒。そう聞いて、ミラ・ローズは合点がいった。スンスンが真っ先に倒れた事から、『爪弾』に仕込まれていたのだとすぐに思い当たる。

 

「使っているのは、私だけではないがな」

 

「シャハハハ、俺のこの牙にも塗ってあるぜ」

 

 漸く毒が回り切って動けなくなったアパッチを引き摺りながら、シャークスは左腕のチェーンソーを見せつけてアイスリンガー達と合流した。

 

「これで全員か。フフ、本当に恐ろしいなこの毒は」

 

 毒が回った事でついに立っていられなくなったミラ・ローズが膝を付くのを見て、アイスリンガーは嗤った。

 

「さて、毒が回り切れば喋る事もできん。何かいう事はあるか?」

 

「くた…ばれ…腰抜け……どもが」

 

 どこから毒を調達したか知らないが、そんなモノに頼った4人をミラ・ローズは罵った。そういう能力なら納得したであろう。

 しかし、そんな能力を持っているのなら、持っている奴が直接撃ち込みそうなものである。

 

「フンッ、口の減らん女だ」

 

 勝って気分の良いアイスリンガーそんな言葉も寛容に受け流す。

 

「シャークス、腕を切り落とせ」

 

「あれ?首じゃないのか?」

 

 最初の取り決めとは違う指示に、シャークスは首を傾げる。虫の被り物を付けているようにしか見えないので、正直に言って気色悪いだけである。

 

「名ばかりでもアーロニーロ様の従属官、生死はアーロニーロ様が決めるべきだ。

 尤も、無様に負けて隻腕となった従属官は処分されそうだがな」

 

 その未来を思い描き、アイスリンガーは更に嗤う。

 

「利き腕では流石に可哀想だ。全員左腕にしておけ」

 

「人がワリィな。そんじゃ、ホイ」

 

 喉も麻痺して悲鳴も上げられないのに良い事に、シャークスは軽く3人の左腕を切り落とす。

 

「さて、アーロニーロ様の宮に行くぞ」

 

 左腕(ゴミ)を纏めて捨て置くと、アイスリンガー達は意気揚々とアーロニーロ宮に足を向けた。

 

 突如、悪寒が4人の背筋を撫でた。

 ゆっくり、ゆっくりと4人は恐る恐るその正体を見ようと振り返った。

 

「……」

 

 左腕(ゴミ)を捨て置いた場所に、ソイツは立っていた。

 鹿のような角に足。筋肉質な体と長髪は怪物を思わせ、蛇が尻尾となっているのは継ぎはぎな全体と相まって合成獣(キメラ)を連想させる。

 

 バケモノが、そこに立っていた。


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