あ、一つだけ。主人公は口数が少ない設定ですが、1人だとまあまあしゃべります。
それでは第3話ですね、頑張っていきます。
誓を立てたのは良いものの、刀夜には生きるためにしなければならないことが山積みである。彼は自分が死ぬ直前まで身につけていた所々汚れが目立つ白いTシャツと黒の長ズボンをそのまま着ており、それ以外は何も持ち合わせてはいなかった。
「まずは…、食糧と寝床…だな。それに、まだここがどういう世界か全くわからない。そもそも地球…なのか…?」
そう呟きつつ刀夜は辺りを見渡す。ただ、刀夜にとって転生先の場所はさほど重要ではなかった。ずっと狭い世界で他人に脅かされて生きてきた彼にとって、この広大な自然の中で佇む自分というのは正に自由を象徴しているようで、そのことだけで一時の満足感を得ていた。
「まあ、ここがどういった世界なのかはその内分かるか…、焦ってもしょうがない。周りは木だけ、判断材料が少なすぎる。」
そう言った刀夜にはどこか達観した様子が感じられた。彼は前世において人間の黒い部分しか見たことがなかった。毎日浴びされた理不尽な暴力、周りからの決して関わらまいとする感情、そのような環境の中で刀夜の心は冷えきっていき物事を常に冷静に、そして客観的に捉えられることができるようになっていった。そしてそういった性格が今のこの状況において彼が慌てることなく思考を巡らせることができる所以である。
「ここがMHの世界なら言う事なし、なんだがな…」
そんな冷めた心を持つ刀夜にとっての前世とはモノクロに映った味気ないものであったが、唯一MHの世界は彼の心躍るカラフルな世界であった。広大な自然のエリアでただ1人、狩りをするもよし、採取するもよし、探索するもよし、そんなMHは彼にとって自由そのものであった。実は刀夜がMHの世界にハマっていたのはそれだけではなく、他に一つ大きな理由があるのだが本人はそれに気づいていない。
「まあ、とりあえず移動するか」
その場にいても現状は好転しまいと考えた刀夜は1歩、また1歩と歩み始めた。そうして歩きつつ、刀夜は呟く。
「大自然の中に1人…。解放的で気分は良いが、このまま森の中で暮らしても食べて寝ての前世の生活、いや前世はMHがあっただけまだ楽しみもあったが、こっちにはまだなんの楽しみもない。折角の第2の人生だ、野生児として生きるのは勿体無い。やはり情報が欲しいな…。街か何か文明のある場所に行かなければ」
この世界にそもそも文明が無ければ野生児として生きていく覚悟もしていた刀夜だが、森で暮らす知識などあるはずも無く、できればその選択肢を選ばざるを得ないような状況には陥りたくなかった。1人で自由に生きていくと決めた刀夜であったが、最低限の情報は必要なため街があって欲しいと願いつつ歩き続ける。そうして歩くこと約1時間、特に周りの景色に変化もなく流石の刀夜にも焦りが生まれ始めていた。
「少し歩けば何かしら景色も変わるかと思ったんだが…。これは少しまずいかもしれないな…」
野生児として生きる選択肢が頭の中で刀夜の中で徐々に大きくなり始めていたその時であった。
「アッアッオーーーウ………」
「っ!!」
刀夜が歩む方向からかすかにそれは聞こえた。本当にかすかではあったが、情報を欲し歩み続けてきた刀夜がなんの変哲もない森の中での僅かな変化を漏らすはずもなかった。そして、刀夜に届いたその鳴き声に似た何かは彼にとって何度も何度も聞いたものでもあったのだ。刀夜は全速力でその声の方向へ走り始める。
「今のはまさか…!」
刀夜の脳裏にある一つの仮定が過ぎった。ただ、まだそれが真実であると断言はできない。先程まで冷静に現状を分析していた刀夜であったが、流石にその鳴き声の主を確かめられずにはいられなかった。
「あの鳴き声は絶対にあいつのものだ…。俺が聞き間違えるはずもない。とすると、この世界は…!この世界は…!」
刀夜は彼が生きてきた中で最も大きな希望を持ちつつ道無き道を走った。そうして走り続けると周りの木々が徐々に少なくなり始め、視界が開けてくる。そして木々が無くなり森から抜け出ようとしたその時、前方に刀夜が進む道はなかった。
「…っ!道がない!あれは崖か?!」
刀夜は走る速度を徐々に落とすと同時に、自分の仮定を確かめられないことに落胆する。
(なぜ道がない!ここさえ、ここさえ渡れば確かめられるはずなんだ!)
そうして崖の手前3メートル程のところまで歩んだ刀夜は膝をつき、落胆と悔しさの念に駆られる。
「なぜ…!なぜ…!!なぜ…!!!」
やり場のない気持ちを拳に込めて、地面に叩きつける。そんな時であった。
「アッアッオーーーーウ!!」
「!!」
その声は確かに聞こえた。それも微かではなく刀夜のすぐ近くから。まさかと思い、1歩進めば崖から落ちてしまうような所まで歩み寄った。そうして刀夜が崖の下を見下ろすと同時に刀夜が立てた仮定が真実であることが証明される。
「あれは…、ドスジャギィ!」
刀夜が立っているところから地面までおおよそ10メートルといった所であろうか、そこには刀夜が叫んだモンスター、鳥竜種の中型モンスターであるドスジャギィが大きな鳴き声でジャギィやジャギィノスを呼び寄せていた。そのモンスターたちと崖の下に広がる、ゴツゴツした岩肌の地面に奴らが食べた跡であろう白い骨が散乱した風景に既視感を覚え、刀夜は確信する。
(ここは孤島のエリア6…俺はMHの世界に転生したのか!?)
そう、刀夜は憧れであったMHの世界に転生していた。そのことは彼にとって歓喜以外の何者でもなく、これからの生活を想像して希望に胸をふくらませる。
「本当に…あのMHの世界に転生したのか…。ククク…、今までの人生においてこれほど嬉しいことは無い!俺は…、俺はこの世界で…!」
刀夜はこの時一つ勘違いをしていた。喜びの感情は、あの憧れの世界で自由に生きていけるということから湧き上がっているものと思っていたのだ。MHの世界に転生したと自覚した途端、何かしらのどす黒い感情が湧き上がってきたことに刀夜はまだ気づいていなかった、否、気づけなかった。その感情の本当の意味を彼は後々知るところとなるのだが、今はまだ知る由もない。
そんな中、刀夜はMHの世界だと自覚すると思考を巡らせる。
「まずここはゲームでは立ち入ることができない場所だ、何故そんなところに俺はいた…?いや、ゲームではない、今はここがリアルだ。ゲームで行くことの出来なかった場所にも行けて当然か…」
そう考えると同時に刀夜には笑みがこぼれた。
「ククク…ゲームのMHの世界から更に自由度が上がる、本当に転生できたことに感謝だな…」
そう喜びながら呟きつつも刀夜はあくまで冷静であった。
「しかし、ここはゲームではない。ゲームと同じように考えるのはやめておこう。知識は存分に使うが、油断で命を落とすなどあってはならない…。気を引き締めていこう…」
そう決意した矢先、刀夜は今すべきことを考える。
「ここがゲームのエリア外だと言ってモンスターがいない確証はない。警戒は最大限しておこう。それとこの服装をどうにかしないとな…。何より武器だ。防具はまだしも、攻撃手段が無ければこの世界では生きていけない…。あとは食べ物と寝床も必須…、どうしたものか…」
喜びも束の間、MHの世界で生きるためにすべきことを挙げていくが、その多さに刀夜は頭を抱える。
「とりあえず、このエリアにいるのは危険だな。ドスジャギィ…、素手であんなのとは戦えない」
刀夜の身体能力が果たしてどれほどのものかは分からないが、引きこもっていた身体が強いわけがないと判断し、ドスジャギィと遭遇しないようエリア5の方向に向かって崖沿いに歩き始めようとした、その時だった。
「…っ!」
刀夜は自分の背後、すなわち森の方向からどす黒い負のオーラを感じとった。前世において様々な負の感情に晒されていた刀夜はそういった方面の気配に敏感であり、なおかつこのような大きなオーラに気づかないわけがなかった。
(…?これはいったい………)
本来であればこの場から即刻立ち去るべきである。しかし、刀夜は何故かこの負のオーラに惹かれた。正確には、このオーラを発する<何か>に惹かれたのだ。数秒その場で佇んだ後、刀夜は1歩、また1歩とその<何か>がある方向へ歩み出す。まるで何かに取り憑かれたように、その場所へ歩を進める。そして刀夜の目にその<何か>が映り込んだ瞬間、刀夜は目を見開いた。
漆黒爪[終焉]、刀夜が前世のMH3プレイ時に愛用した最強最悪の太刀が凄まじい負のオーラを放ちながら1本の木に深々と突き刺さっていた。
はい、というわけで主人公、遂にMHの世界へ転生したことに気づきました。
愛用の太刀とも出会いこれからどうしていくのでしょうか。