原作では〈ニンジャ〉〈ハンゾウ〉〈カシンコジ〉しか確認されていません。
作者は〈シノビ〉の方が気に入っているのでこちらを採用しています
【マタタビの至高の41人大百科】
No.3:ウルベルト・アレイン・オードル
ウルベルトはギルド内でも数少ないマタタビの友人だ。とはいえ彼と仲良くなるのは、実はそれほど難しくない。悪という概念にこだわる彼はそれにまつわる多くの持論を有しており、ようはその話を文句を垂れずに最後まで聞き通せるかという点に限る。
たっち・みーと仲が悪いのは似た者同士だからだろう。ウルベルトはマタタビのことを親友と呼ぶが、本当に深いつながりがあったのはたっち・みーであるはずだ。二人の仲を切り裂く原因となったマタタビは、その点でウルベルトに強い負い目を持つ。
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ナザリック地下大墳墓 9階層
〔マタタビ〕
ナザリック地下大墳墓 9階層(マタタビ)
ナザリックにおいてトイレの存在意義は薄い。NPCは飲食不要な者がほとんどだし、逆に飲食する者がいたとしても何故か排泄不要だからだ。
ユグドラシルの時にそういったゲーム的システムが存在しなかったからこその反映だろう。普通ギルド拠点にトイレなんて設置することはありえないし、逆に必要だった場合はあまり想像したくない。
ところがナザリックにはトイレがある。かつてのアインズ・ウール・ゴウンのメンバーは凝り性な連中ばかりだったしあまり驚きはしない。しかしいざ現実化してその施設を運営しなければならないとすると「どうしてこんなもん作ったんだ」という恨み言の一つでも言いたくなる。連中からすれば逆恨みもいいところだろうが。
大理石や黒曜石などで荘厳に造られた帝国ホテルみたいに豪奢なトイレは、時折洗面台を使う使用人がいる程度でしかなく、正直ぶっちゃけるとひたすら無駄の一言に尽きるわけであった。
そんな誰も使わないトイレ掃除程空しいものはない。
(……私はいったい何をやってるんだ?)
あるかもよく分からない汚れと雑巾片手に格闘する、それが元ユグドラシルプレイヤー:マタタビのここのところの日常風景であった。
こういった異世界転生モノのファンタジーを他にも知らないことは無いが、思っていたのとなんか違う。もっとマジカルパワー的なものでドッタンバッタン大騒ぎする類のモノではないのだろうか? 今のところは良いのだが、せっかくの異世界なのだから一生地下労働でメイドを続ける気もさらさらなかった。
「ふうー終わった」
洗面台の掃除が一段落ついて一息ついたのも束の間、横にいたイワトビペンギンの眼がギョッと光る。彼はレベル1のバードマンでしかないが、醸し出される威圧感には、レベル100である私をも戦慄させる何かをはらんでいた。
「どうでしょうか?」
おそるおそる、掃除結果の合否を尋ねる。
私の上司、エクレア・エクレール・エイクレアーは鷹のような目付きでトイレ内を一通り見渡し、無慈悲な宣告を告げる。
「全然ダメですな、やり直し」
「えー、ダメですか?これでもう3回目ですよ!」
駄々コネみたいな私の抵抗に対し、エクレアさんは呆れたように言い捨てた。
「むしろ3回のやり直しをしても不完全なままというのはどういうことですか。少しは学習するということを覚えるべきです。」
エクレアさんは餡ころもっちもちに作られたNPCで、掃除に強い拘りがあるというような設定を与えられたらしい。
それが反映されてか、現実化された彼はとてつもない掃除魔と化していた。
「じゃあ一体何がいけないんです? 学習って言ったって何がダメなのかわからなければ同じことの繰り返しですよ」
私の反論を聞いたエクレアは信じられないようなモノでも見るかのように驚き、やがてヤレヤレ顔(推測)をして答えた。
「あなたは目に見えない部分の清掃が杜撰なのですよ。 見なさい、あなたが入念に掃除したつもりの鏡ですが……ホラ」
洗面台の鏡と壁の接合部分に手(※羽)をかけるエクレアさん。直線状をすっと撫でると手(※羽)の先が黒ずんでいるようだった。
それを見た私はショックを受ける。わかりっこないだろうこんなの
「いいですか、普段滅多に使われないといえど、空気中のほこりは常に流動し、壁やモノなどに吸着されるのです。こういった見えない部分の汚れを疎かにすると、手も付けられないようなひどい汚れになるのですよ。」
次にエクレアさんが指摘したのは水道部分です。
「一般的に水道水の中には炭酸カルシウムなどのミネラル分が微妙に含まれており、水滴をそのままにしておくと溶けていた成分が固形化し汚れとしてこべりついてしまう。水垢と言われるものの正体がこれです。あなたの使った中性洗剤ではこの汚れは落ちないのですよ」
リアルでは洗剤の種類なんか気にしたこともなかった。精々混ぜるな危険に注意するくらいだ。
「ではどうしたらいいんです?」
「1から洗面台掃除の手本を披露します。よく見ておきなさい。」
エクレアさんの眼が再び鋭くなりました。幾種類かの洗剤を横に並べて掃除を始めます。
「まずは化粧直しやうがいの時にこべりついた脂分を洗いましょう。弱酸性洗剤でさっとふき取ります。そして排水溝などのスキマ部分は特に汚れが残りやすいから特に入念にやります。」
ペンギンの手(※羽)で布巾を持ち、洗剤をつけて満遍なくふき取る。私がさっきやったような力任せではなく、顔を洗うような優しいソフトタッチです。一旦拭き終わると蛇口から水を流して洗剤を押し流しました。続いて別の洗剤を取り出します。
「水垢の成分はアルカリ性、であるならば酸性洗剤で落とすのがセオリーでしょう。
しかし蛇口部分は腐食に弱いステンレス製です。ふき取る際に細心の注意が必要となります。」
先ほどは撫でるように優しい拭き方でしたが、反面蛇口拭きでは手早く正確な手つきでした。時折拭いた部分を水入りの霧吹きで吹きかけます。
「酸性洗剤の濃い成分が乾燥してしまうと、ステンレス素材はたちまち腐食してしまいます。ですから成分が凝固しないよう定期的に水をかけ、そして手早くふき取る必要があるのです。」
この作業はエクレアさんをしても一筋縄ではいかないらしく、横顔に一筋の冷や汗が垂れているようでした。その後姿には鬼気迫るものがあり、掃除というより一種の職人芸です。
「酸性洗剤は癖が強く扱いには注意が必要ですが、汚れの付いた表面部分だけを的確にそぎ落とすことができれば……この通り」
仕上げに蛇口で水を流して洗剤を取り除き、布巾で水切りをして終了です。
「凄い!」
元々それほど汚れてもいなかった筈の洗面台ですが、先ほどとはまるで違う洗面台の姿に、私はただひたすら感嘆しました。
僅かにあった虹色の油汚れは跡形もなく、どれだけ目を凝らしても水垢は見当たりません。そしてステンレスの蛇口は本来の輝きを取り戻したようにピカピカと輝いていました。
掃除というもの奥深さを思い知り新たな見地に眼を見開かされて、驚きのあまり私は痴呆のごとくその一言を連呼し続けました。
◆
従業員食堂
ナザリックには食堂まで存在します。
食堂は仕事終わりのメイドたちで溢れています。基本的に同じ創造主で集まってグループを作っているけど、他の創造主の者とおしゃべりしたい者たちが集まるグループもあるか、中には一人で食事する人もいる。
彼女たちの現在の話の種は、私が先日紹介したことから始まった漫画についてです。私が紹介した一般メイドの製作者の一人であるらしいホワイトブリムの漫画は、メイドの皆様の間で大人気。
図書館には何故か漫画教本がいくつか蔵書されていましたから、中には自分たちで漫画を作ってみようという試みを行っている者も現れました。ホワイトブリムに作られたメイドは何故か絵がうまいのです。
彼女たちの書いた漫画は、私の話したエピソードを元にした至高の41人の英雄譚(神話?)や、何気ないナザリックでの生活を描いたものなどです。
見た中で一番びっくりしたのはセ○ス✖デ○ウルゴ○の薄い本ですね。本人等が見たらSAN値直送間違いなしでしょう。
エクレアさんは、いつもは男性使用人の方を呼んで食事の手伝いをさせるのですが、今日は使用人の担当箇所が違い、加えて彼が上機嫌なこともあって珍しく私と二人で食事をしようということになります。
彼は餅ころもっちもちに作られたNPCであり「アインズ・ウール・ゴウンの簒奪を企てている」というふざけた設定を与えられているため、忠誠心は認められるものの他のNPCには距離を置かれています。
ウザいやつですが嫌いではありません。掃除上手は普通に尊敬するし、事情が違えど私と似たような境遇にあるエクレアさんに対して私は妙な親近感を感じていました。
「エクレアさん今日は何食べます?」
「ふむ、ではB定食にいたしましょう」
「じゃあ私も同じものにしよっと。二人分取ってくるので待っていてくださいね」
「うむ」
普段この従業員食堂を使うのは一般メイドの皆様方に、ペストーニャ先生、プレアデス、そして私とエクレアさん。特に一般メイドの人たちは、ホムンクルスの種族ペナルティによって大食いになっているので、調理場の作業量は膨大です。
メイドの仕事の一つに調理場の皿洗いがあり、個人的にあれが一番つらい仕事だと思っています。ちなみに他の人にとっての激務は、四六時中骸骨顔を眺めるだけのアインズ様当番で、一番辛いのは当番前日の休暇らしい。大いに理解しがたい。
私がB定食の配膳トレーを2つ分持ってエクレアさんの待つ自分の席に戻ろうとしたら、戦闘メイドプレアデスのシズ・デルタさんが座っていました。
プラチナブロンドをストレートにした髪型に、アイパッチを当てて片側だけのエメラルドの瞳。可愛い容姿をしているけど、作り物めいた能面のような視線は非常に凍えていた。
(エクレアさんを抱えてるけど、仲良しなのかなぁ)
エクレアさんは口元を抑え込まれてフガフガ言っていました。口封じの手慣れ感からして相当親しい間柄なのでしょう。
なんだか話しかけづらい人物だったので距離を取っていたのですがここは勇気を持って声をかけます。
「……あのー デルタさん そこ私の席なんですが~」
「知ってる」
シズさんは私の方を向きぼそっと呟くように答えました。いや知ってるって言われてもー困りましたねぇ。仕方ありません、エクレアさんはほっといて隣の席に行きましょう。
「エクレアさんのエサ、置いておきますね では」
「……待って」
ガシッと腕を掴まれました。
「ななな何でしょう!?」
突然のことに私は思わず顔をひきつらせました。
能面無表情の自動人形は、何故か陽炎の如きオーラを漂わせていました
「……あなたとエクレアとは、どんな関係なのか教えて欲しい」
こいつもか、こいつもアルベドさんと同じパターンか!
「存じておられるとは思いますが、私は最近エクレアさんの下に配属されたただの部下ですよ? なにもないですって」
エクレアさんの口元を握る力がだんだん強くなっていきます。ペンギンがキュウキュウと声を絞らせて何事か訴えようとしていますがスルーします
「……ならば一緒に食事を取ろうとしていたのはなぜか。 普段エクレアは食事の時、男性使用人に手伝ってもらっていた。 だが今日はいない」
「本日彼らは別の場所での清掃担当をしているんです。今日だけが特別ですって」
(……まずいですよ)
一般メイド人気ナンバーワンのシズ・デルタさんと胡散臭い新米メイドがイワトビペンギンを取り合って修羅場を催す様を、噂好きのメイドたちが放って置く訳ありません。ジリジリと好奇の視線が詰め寄ってきました
「シズちゃん頑張れ!」
「でもエクレアでしょ? あの子が貰ってくれるんならむしろ…」
「…除け者同士、かえってお似合いの二人ではあるかもね」
「揃って寿退職してくれればいっそ」
「けどシズちゃんが~!」
うるせぇ!姦しいわ! そっちは聞こえないようにボソボソ言ってるんでしょうけどコチトラ盗賊なんですよ! バッチリ耳に入ってくんだかんな!
これだから女という生き物は好きになれません。うるさいだけならエクレアさんのほうが数倍マシだ。
エクレアさんからは「へるぷみー」というアイコンタクトが伝わってきました。メイド共の評判よりは、彼との関係が悪化することのほうが嫌でした。やれやれ、世話のかかる上司ですこと。
〈口寄せ身代わりの術〉
シズ・デルタさんが抱えていたペンギンは仔猫ちゃんに姿を変えました。エクレアさんはと言うと私の手元の中にいます。シズさんは、何が起こったかわからないという具合に困惑していました。
軽く解説しておくと、この〈口寄せ身代わりの術〉は、〈口寄せの術〉という召喚魔法の忍術版スキルと、〈身代わりの術〉というスキルを併用して行うまぁまぁな高等テク。本来は集団戦で味方を守るのに使ったりします。
今回〈口寄せの術〉で召喚したモンスターの強さは第一位階相当。見た目が可愛い猫である以外は取り立てて見るところもありません。
ただ子猫を抱えるシズ・デルタさんはなかなか絵になったようで、野次馬をやっていたメイド達からは黄色い歓声が起こります。戸惑うシズさんを尻目に、我々はそそくさと食堂をあとにしました。
「やれやれ助かりました。 シズ・デルタにも困ったものだ」
「いいですよ別に それより、ご飯どこで食べましょうか」
先程のB定食は、食堂に置いたまんまです。ぶっちゃけ私のスキルでこっそり取りに行くことも出来ない訳じゃないのですが、力を見せつけたくないので使わないに越したことはありません。
「それなら、副料理長がマスターをやっているバーにでも行きましょう まぁあそこなら彼女も来ないでしょうし」
バーまであるんだナザリック。せっかくだし行ってみましょう
「さぁ私を運べ」
「はいはい」
◆
9階層 バー
アダルティな雰囲気を醸し出すバー。マスターの副料理長ことピッキーさんは、毒々しい見た目に反してカマーベストが妙に様になっています。カウンターには一人先客がおりました。
席にかける後ろ姿が、とある旧友のものと重なって見えました。しかしどうやら別人のようです。
「おや エクレア君と、そしてそちらは珍しい客じゃないのかい?」
「シズ・デルタに絡まれてしまいましてね。食事のひとときを静かに過ごしたかったので、情けない話ですが彼女とともに逃げてきたのです」
「デミウルゴス様、お久しぶりでございます」
第七階層守護者デミウルゴスさんです。彼は役職では上の立場にいるので、出会った際はこのようにきちんと挨拶をするようにとペストーニャさんから教わっていました。ナザリックのシモベの上下関係は形式的なものでしかありませんが、無視することも許されません。
「君もだいぶ淑女としての立ち振舞が様になってきたようだね、マタタビ君。
しかし今はオフタイムだ。折角の機会なのですから、君と腹を割って話してみたいのだがよろしいかな?」
これはこれは珍しいお誘いです。橙色のスーツとバーの独特な雰囲気が彼のダンディズムを相乗させ、悪魔であることを度外視すればあらゆる女性がうんと頷く魅力を持っていました。
「謹んで…… いや普通に了解しました」
「ああ その話し方でかまわないとも ところで君は酒を飲んだことはないだろう。良ければおすすめを紹介させてもらってもいいかい」
ご明察の通り、私は未成年なので飲酒はしたことありません。そういうのって見ただけでわかるもんなんですね。デミウルゴスさんは気遣いができるイイ男です。
「それじゃあお願いできますか?」
今の私は、見た目がJKでも真の姿が化け猫なので年齢的問題は皆無です。せっかく異世界にやってきたのですから、新たな発見の扉を開いてみてもいいんじゃないかな、ということで快く提案に承諾します
「マスター、彼女にドメーヌ・ドゥ・モントリューを」
お酒の名前はよくわかりませんが「ピッキー 私も彼女と同じものを」とエクレアさんも言っていますし、デミウルゴスさんのオーダーならなんとなく信用できる気がしました。
ピッキーさんは「ふむ、あれですな」と言って、そそくさと戸棚の名から一本のワインボトルを取り出しました。同じく戸棚から取り出されたグラス(よく手入れされているのが素人でもわかります)を2つ、カウンターに差し出します。
「どうぞ」
ピカピカなグラスが、ボトルから注がれる液体により一気にワインレッドに染まっていきます。ほのかに甘い香りがしました。
「いただきます」
普段食事でそんな挨拶をすることはないのですが、初めての体験ということで多少萎縮していたのでしょう。思わず呟いてしまいます。そんな私のウブな様子を、バーの皆さんは微笑ましく見守ってくれました。
グラスが唇に触れ、口の中にワインが流れ込んでいきます。三温糖のようなほんのりとした甘さと、蜂蜜のような風味がうっすら感じられました。でも甘すぎず、丁度よい具合です。私からはちょっと背伸びした感じの、大人の味がしました。
「お気に召していただけたかな?」
「とても美味しいです!」
「それは良かったよ。ところですこし話があるのだがいいかね?」
「どうしました?」
「先日の玉座の間での君の発言なのだが―」
「っ!?それが……一体?」
液体であるはずのワインが喉に詰まるような感覚をおぼえました。
あの話は、うっかりスタンダップしちゃったのを誤魔化すためのその場しのぎです。メイド生活の経験を活かし、それなりに痛いところを付いてやったはいいものの、後で思い出せば矛盾だらけのデタラメもいいところ。どうしてあの場が凌ぎきれたのか、今でも不思議なくらいです。
それを今ここで、ナザリック随一の知恵者に蒸し返されるなんて最悪もいいところ。
こうしてお酒を紹介してもらった身分としては、茶化して逃げ出すこともできないのです。なんと用意周到なことでしょう
「実に正論だ。感動させてもらったよ 君ほどアインズ様のことを重んじているものはナザリックにおいても居ないだろう」
え…?ナニイッテンノコイツ
※ここからデミウルゴスさんの、ちょっと長い一人演説が始まります。彼を責めないであげてください。後で聞いた話ですが、彼はどうやら若干酔っ払っていたようなのです。
「私は常々考えてきたよ。最後までお残りになってくださった慈悲深きアインズ様に対して、我々しもべはどのように忠義を尽くせば良いのかをね。
たとえば君も一般メイドに話していただろう。我が創造主、ウルベルト・アレイン・オードル様と、セバスの創造主であるたっち・みー様は幾度も衝突を起こしておられた。
不敬を承知でこのような話をさせていただきますが……もし御二方が対立なさったのであれば、間違いなくセバスはたっち様へ、私はウルベルト様の方へ付くこととなるでしょう。
これは言うまでもなくナザリックのしもべの間では共通認識です。シモベにとっての優先順位は己が主にこそ絶対だ。そういう意味では、君の言っていたことはどうしようもなく正しい。
ならば、アインズ様と他の御方が対立なさればナザリックはどうなるのでしょう? 我々に与えられた使命は、ナザリックを守ること。しかし、最後までこの地に残ってくださった慈悲深き君にもしものことがあれば、……最悪ナザリックは内部分裂によって崩壊します
そして……不敬極まる考えであることは、重々承知の上で言わせてもらいますと、他の至高の御方がナザリックに帰還なされないほうが、ナザリックの安寧という意味では都合が良い。断っておきますが、あくまで"安寧"です
しかし、アインズ様は他の御方がこの地へ帰還してくることを強く望まれておいでです。付け加えるなら、すべてのシモベも同じ望みを抱いています。
だからこそ、この不安要素を誰かが声高に主張せねばならなかった。それは絶対支配者であるアインズ様が行うには少々分が悪い。もっと客観的な立場からの意見である必要があり、今回はそれが君だった。
おそらく事前にアインズ様と口裏を合わせられていたのでしょうね。君がナザリックに忠誠心を持つ存在ではないことは知っているが、反面アインズ様の為に汚れ役を請け負われる程の信頼関係がみてとれる。
君の正体を知っていた私には、不可解に思っていたことが一つありました。
御方と肩を並べたこともある程の人物が、何故メイドの役職へとまわされることとなったのでしょう。はじめはアルベドの姦計を疑いましたが、結局アインズ様はそれを良しとなさりました。少々気になり調べてみたところ、ペストーニャから興味深い話を伺ったのです
メイドというのは昔から、家事や掃除、礼儀作法を学ぶことができる職業であるため花嫁修業という意味合いを持っており、貴族などの上位階級の者も娘を王族の使用人として働かせることがあるのだとか
つまり君 ―貴女は」
―アインズ様の許嫁であらせられるのではないかね。
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・
・
話が長ぇから最後の部分しか聞いていませんでした。
「……あのぅ 冗談は嫌いなほうなんですが」
「うん、否定してくるであろうこと、予め予想できていたとも。君の現状の立場は、ナザリックの統治において非常に重要だ。知る人間は少ないほうが良いだろうね。
というわけで、エクレアに副料理長。ペストーニャは知っているが、あなた方にもこの話は内密にしてもらいたい。よろしいかね?」
副料理長は了解の意を示すように頷きます。エクレアさんも同様です。私の意志はどこかに置いてきぼりを食らったようでした。
「承りました。しかし『花嫁修業』となれば彼女の指導にも腕がなるというものですな。ペストーニャとも相談して、彼女には本格的なカリキュラムを導入していかなければなりません。」
練習時間が増えるのはすごく嫌です。
「いや……ですから私は……」
「アルベドのことを気にしているのかい?
心配することはないさ、彼女のアインズ様を慕う気持ちも並外れたものではあるが、シャルティア同様に時折タカが外れてしまうことがあってね。アインズ様の正妻としては、問題が無いでもないんだ。」
何故こいつはアルべドさんより私を推すのでしょう。その部分になんとなく恣意的なものを感じ取りました。
私は説得を諦めました。思い出すのはナザリックへの1500名の大侵攻直後のことです。
アインズ・ウール・ゴウン側へ加担していた私は、戦後そのままの足でウルベルトさんからナザリック7階層へ招かれたのです。そして紹介されたのは、まだマネキンだった頃のデミウルゴスさん。
ウルベルトさんの『悪』の美学がふんだんに詰め込まれた自らのNPCの話を30分ずーっと聞かされました。その時の彼の饒舌と馬耳東風ぶりは凄まじく、今のデミウルゴスさんの比でありませんでした。相当うざかったと記憶しているけど、そんな思い出すら今ではなんとなく眩しい気がした
「デミウルゴスさんって、如何にもウルベルトの子供って感じがしますよ」
うっかり敬称を付け忘れてしまいました。しかし、私が自然に零した一言は、彼の琴線に触れたようで、尚の事上機嫌になりました。
「その言葉、最上級の賛辞であると取らせていただきます」
褒めてねーよ って言うのは、果たして無粋でしょうか? 案外そっちのほうが嬉しかったりして、なんて私は考えました
◆
マタタビ私室
「ということがあったんですよ」
「思いのほか随分と楽しそうね。 ところであなた、本当に許嫁であったりしないでしょうね。もしそうなったら……」
「いやいやアルベドさんにまで勘違いされたらホント敵いませんからやめてくださいよ。大体私をメイドにしたのはアルベドさんでしょ?」
「そそそそうよね まさかあなたがアインズ様となんて……くふふふふ」
アルベドさんは、ガチガチ食器を震わせながらゆっくりお茶をすすって言いました。相変わらずこちらへの疑惑は晴れないようです。
「ところであなたの人間形態の外装データは、ひょっとして至高の御方から賜ったものでなくて?」
「はい、この外装はホワイトブリム様から頂いたものですよ。確かシーゼットっていう娘のボツ案だとかなんとか」
「なるほど、シーゼットね」
どうやら知っている方のようです。ま、知っても気まずいだけだから興味も沸かないけどね。
「でも安心したわ 案外エクレアとも上手くやれているようね 彼がうまくやれる相手はあなたくらいかもしれないわ」
「そーなんですかね……」
アインズ・ウール・ゴウンの簒奪を公言している彼はNPCから疎まれています。つまりそんなやつと仲良くできるのは、アインズ・ウール・ゴウンに忠誠しない私くらい、と暗に言われているようです。
ふと思いました
「ねぇアルベドさん 私ってナザリックにいてもいいのかな」
「どうしたの?急にそんなこと言って」
「私にはAOGに対する帰属心も忠誠心も全くありません。
AOGの雇われ傭兵にすぎない私が、こうしてナザリックの忠臣達に混ざりこんでいるのは間違ってるんじゃないかなって」
もとはと言えば、シャルティアさんが「従属の間違いじゃありんせん?」と凄んできたのにビビってメイドに就職した次第でした。 今思えば食客としてナザリックに転がり込むだけでよかったのに、どうしてややこしい話になってしまったのでしょう。
「確かにあなたに忠誠心はないけれど、あなたなりにアインズ様のことを思いやっているのではなくて?
先日のこともそうだし、アインズ様に頼み込んで今から食客となっても良いのに遠慮しているでしょう?おそらくあなたの頼みならアインズ様は快く快諾してくださるのでしょうけど、そうなればあなたの立場が変動することに疑念を抱くシモベが現れる。
それを気にしているのよね、違うかしら?」
「まぁ、はい。 別にそうなったからって、アインズ様への忠誠が揺らぐことなんてないってわかってるんですけど、甘えてばかりじゃいられんって思って」
アルベドさんは続けた
「あなたの言うとおりナザリックに忠誠を誓わないシモベがいるという事実は、私を含め多くのシモベが眉をひそめるでしょう
でもアインズ様を愛する一人の女として言わせてもらうならば、あなたの心遣いはとても素晴らしいものだと思う
あなたの友人として言わせてもらうならば、あなたにはここにいて欲しい……なんてね、うふふ」
「……ありがとう」
ナザリックで必要とされていない自分を思うと辛くなる。
カルネ村のことがあって外の世界を知ってから、ナザリックから逃げ出して異世界生活するのも悪くないかもって思うことがあった。
モモンガさんは追跡しようとするだろうけど、私のスキルならきっと逃げ切れる。彼は本来私なんかに執着するべきではないのだ。
でも、アルベドさんが許してくれるなら、私はまだここにいていいかもしれない。だから私はナザリックに居続ける。
それがたとえ嘘だとしても、彼女になら騙されても嬉しい
ウルベルトとの関係上、オリ主はデミウルゴスと好相性です。
オリ主とアインズ様は結ばれません
*ねつ造設定
・清掃に関する科学知識を知るエクレア
・バーに現実の酒が置いてあること
・マタタビの忍術スキル
・ナザリックのトイレについて
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