ナザリック最後の侵入者   作:三次たま

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マタタビの株? そんなもの初めから、無かったではないか


ナザリック最後の侵入者

マタタビがアインズに抱く感情の内実とは一体何であったのか。

 

それは同じゲームという趣味を共有する者としての友情であったかもしれない。

あるいは真逆の性格を持つがゆえの反抗心。

調和した人間関係を構築する者への嫉妬心。

意外と人前では無理に見栄を張ってしまう愚かしさへの呆れ。

我心を切り崩してまで隣人を気遣う精神への尊敬。

凡庸なりに計算高く先を見据える憶病な戦術観への畏怖。

身内のためなら容赦なく他者を踏み潰す徹底した倫理観への敬意。

反して救いようのないマタタビにすら手を差し伸べてしまう人の良さへの軽蔑と、胸の奥底で眠るひねくれた恩義。

あるいは一人の人間として、言葉に出来ないような愛情や愛着なども抱いているいるのかもしれない。

 

 

けれど今マタタビの心を支配していたのは、上記したすべてを内包し飲み込むたった2文字の感情の名であった。

 

愛より重く恋より熱い、果てやナザリックや世界中すら飲み込まんとするソレの名を、人はきっと「信仰」と呼ぶだろう。

 

 

「現代っ子たる私にはあまり縁のない感情だと思ってたんだけどねぇ」

 

 ナザリック地下大墳墓が地表部。

 かつては暗澹たる毒沼であったそこは、今では晴天の草原に変わり果て爽やかな風をマタタビの首筋に届けてくれる。

 マタタビは軽く伸びをしながら入り口である霊廟前を睨み、そして己の惨憺たる感情の底を俯瞰する。

 

「どうやら私も随分と、NPCの皆様方に毒されちまったみたいです」

 

 かつてモモンガという名を持っていた友人がいた。

 そんな彼が今では絶対支配者という立場を背負い、アインズ・ウール・ゴウンという名に変えて、らしからぬ支配者の器を身に着けるに至ったのだ。

 立場が人を作るとはよく言ったもの。

 

 そんな彼に羨望と絶対服従を誓うNPCの皆様方に囲まれて、曲がりなりにも彼らと肩を並べていたマタタビの変化は必然だったのかもしれない。

 

「なんて、それこそ私らしくもないですねぇ」

 

 自分の感情の責任を環境に求めるのはマタタビの主義ではない。

 

 アインズ様がモモンガという人物から地続きの存在であるのと同じように、マタタビはどこまで行ってもマタタビだ。

 今の自分になることをかつての自分が選んだのなら、アインズ様もモモンガも桜もマタタビも同じ存在でしかない。

 

 だから今のマタタビの決断はどこまで行ってもマタタビのモノ。マタタビが選んだ結論はマタタビのモノでしかない。

 

「さて」

 

 大きく深呼吸してからマタタビは右手首にとある腕時計を身に着ける。

 100均プラスチック製のような安物感漂うそのアイテムはしかし、マタタビが持ちうるどんなアイテムよりも価値ある逸品である。

 

「起動」

 

 羅針盤を指で軽く押し込むと、腕時計からオレンジヴェールのホログラム映像が投影された。ホログラムは空中に固定されたように動かない。マタタビが右手を軽く振ろうとも、映像に何ら変化しない。

 

 このホログラムは今までマタタビが集めた情報をもとに作った、ナザリック地下大墳墓の立体ダンジョンマップである。

 全10階の多高層には多数の赤い光点──トラップやモンスターといった障害が、まるで血管のように張り巡らされていた。

 

 その数々のギミックの恐ろしさはマタタビ自身が誰よりも深く理解しているところだ。

 ユグドラシル最終日のマタタビがこれらすべてを突破できたのは膨大な消費アイテムを浪費しまくったお陰でもあるため、今のマタタビに同じことは出来るとも思えない。

 

 そして目的地である玉座の間の手前に設置された、最終防衛ラインであるレメゲトンの悪魔像が67体全起動されているというのが最大の問題点である。

 るし☆ふぁー の力作たる彼らの総力はカンストプレイヤーパーティ4つ分に匹敵する。いや、彼らの能力を考えれば5つ分は固いだろう。

 

 つまりマタタビ一人でこれらすべてを突破する方法は存在しない。

 

 ならば方法は簡単だ。迂回ルートを作ればいい。

 

 

「【真なる無(ギンヌンガガプ)】」

 

 インベントリから取り出したのは黒く小さな短杖、アルベドさんからお借りしていた世界級アイテム【真なる無(ギンヌンガガプ)】だ。

 

 物質破壊という珍しい属性攻撃の付与された破壊不能の変形武器。

 生物に対する攻撃力は乏しいことから戦闘においてはあまり役に立たないアイテムとされているが、このアイテムの真価は別のところにある。

 

「変形モード、刀」

 

 グリップを握り、呼び声と共に【真なる無(ギンヌンガガプ)】は、マタタビの使い慣れた日本刀へと姿を変える。

 まるでマタタビの心を読んだかのような理想的な握り心地のちょうど良い武器だ。 

 

 マタタビは【真なる無(ギンヌンガガプ)】にMPを籠めながら、頭の上から振りかぶり大地に向かって全力で振り下ろす。

 

「せいや!!」

 

 黒い斬撃、刃から破壊の波動が迸り大地に深く浸透する。

 剣先から伸びる黒い魔力が岩盤を泡のように溶かし崩して、地下奥底までの直下型な大穴を形成した。

 

「ショートカット万歳ってね」

 

 ユグドラシルの時のような沼地では地面が崩れてこうはいかなかっただろう。

 しかし不慮の事故でこんな辺鄙な平原に転移したのが運のツキ。

 

 この最強の物質破壊属性を持つ【真なる無(ギンヌンガガプ)】の力があればどんな強固な岩盤であろうと障害にはなりえない。そして地下ダンジョンという構造上、内部がどれだけ堅牢であろうが外側から掘り進めば最終層までの到達は可能なのだ。

 

「さて行きますか」

 

 マタタビは開いた大穴に頭から身投げして、腕時計の立体マップを睨みながら【真なる無(ギンヌンガガプ)】を握りしめる。

 

 目的地である十階層が玉座の間を目指し、黒い斬撃を岩盤へ向かって振るうのだった。

 

「あの人のお仕事っぷりに期待させていただきましょう」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 六階層においてマタタビとの壮絶な修練を経て以来、シャルティア・ブラッドフォールンは時折不思議な感覚に囚われることが多くなった。

 

「なんだかすさまじく、嫌な予感がするでありんすねぇ」

 

 直観とは高度な情報処理の結果であると、シャルティアの恩人であり恩師でもあるマタタビは語っていた。

 

 戦闘時、目の前の敵に向けて限りなく神経を研ぎ澄ませている間、もし何の根拠もなく嫌な違和感を感じたのなら、それは8割方で危険の兆候であるという。

 エビデンスの無いオカルト染みた与太話ではあるのだが、しかしそういった『感覚』を何より重視しているマタタビに自分が勝てなかった事もシャルティアはよく理解していた。

 

 とはいえシャルティア達は今、戦闘時とは余りにもかけ離れた呑気極まりない状況にある。

 思わず設定された廓言葉を崩しながら、シャルティアはため息交じりに独り言ちた。

 

「どういう状況なのよこれ」

 

 

 

 

 

 シャルティアが立つのはナザリック大地下墳墓、深奥たる第十階層が玉座の間。

 現在ナザリックが全てのシモベがこの玉座の間にて集結していた。

 

 

 アインズ様が開催したこの臨時集会の目的は、とある緊急報告だったそうなのだが……

 

 しかし途中で問題が発生し、玉座の間に置かれているレメトゲン67体のゴーレムが るし☆ふぁー様のいたずらにより誤作動を起こしてシモベ達に敵対反応を示してしまったという。ゆえに問題解決のためアインズ様とアルベド、そしてパンドラズ・アクターとニグレドの4名が出動することとあいなった。

 

 その間、レメトゲン達によって出口を阻まれてしまったシャルティア含む他のシモベは極めて不本意ながらこの地で立ち往生をする羽目になってしまったというわけだ。*1

 

 

 しかしアインズ様が自ら働きに出ていかれている一方で、役に立つために生み出された他のシモベ達が何もできないという状況は精神衛生上あまりよろしくない。

 

 一同が先の見えない待機時間に不安を募らせていたなかで、しかし意外な人物が大きな声を挙げるのだった。

 

 第九階層執事助手がエクレア・エクレール・エイクレアー、イワトビペンギンの見た目を持つバードマン。このナザリックにて、あるいは世界有数とすらいえる弱さの持ち主だった。

 

 しかしそんな彼の一言が、この玉座の間に大きな波紋を広げることとなる。

 

 

 

 

 

「やあやあ!! 等しくナザリックに遣える同胞が諸君よ!!  偉大なるナザリック地下大墳墓の総戦力がこの玉座間に集っているというのなら、やるべきことは決まっているだろう? 今こそ始めよう! 血沸き肉躍る戦いの時、総力戦をね!

 

 

 今こそ宣言しよう! 『玉座の間:大掃除大会』の開催を!!」

 

 

 普段はナザリック簒奪を公言して嫌われているエクレアの言が、この時だけはシモベ達の心を支配した。

 

 

 一般的に九階層、十階層の施設整備や清掃などは一般メイドを筆頭とした使用人たちによって行われるのが通例である。

 しかしながらその広さたるやメイドや他の使用人は手に余るというもので、全てのエリアを完全に綺麗にしようと思えば現在の使用人の人数では到底足りない。

 その為利用頻度が低いブロックや、広大過ぎて管理が困難な部屋などは清掃が後回しにされてしまう。

 

 特に後者の、その最たるものが十階層の玉座の間なのである。

 何せこの部屋はあまりにも荘厳で、そして壮大すぎた(・・・・・)。入口ですら5メートル以上もの巨大な扉となっており、室内照明は100メートル近い高さの天井から吊り下げられた巨大な複数のシャンデリアたちによって賄われている。

 壁面は複数の巨大な石柱によって支えられ、さらに至高の御方々一名ずつに対応した御旗がそれぞれ左右対称に計41も吊り下げられており、それらが天井まで突き立っている様子は余りにも壮観であった。

 床一面には豪奢な赤を基調としたカーペットが敷かれて玉座まで真っ直ぐ一枚に伸びている。

 

 もしこんな壮大すぎる空間を完璧に清掃しようとするならば、精々100人足らずな使用人の労力を総出してもまるで足りない。

 しかしながらこの玉座の間が使用されない理由など無く、またこれほど神聖なる場所を放置しておくなどシモベとしてあり得ない。

 

 そんなわけでこの玉座の間の清掃は、これまで不本意ながらも簡易化されてきたという経緯があったらしい。

 

 

 だからしかるべき人員と時間が揃ったこの瞬間にこそ、総力戦の名の下に大掃除を行ってしまおうというのがエクレアの提案の趣旨であった。

 

「素晴らしいよ執事助手君!!」

 

 持て余した待機時間の中で『仕事』を発掘したエクレアの提案は瞬く間にシモベ中で可決され、かくして急遽『玉座の間:大掃除大会』が開催した。

 

 ナザリックが世界に誇る高水準の清掃技能を誇る一般メイドなどの使用人が、それぞれの役割を持つ部隊の指揮を執って行われていく流れとなった。

 

 まずは持ち合わせの道具から箒やバケツを作成したり、魔法で掃除用の水を生成したりする準備係が活躍した。

 その間に4本の剛腕を操るコキュートスによって何十メートルもあるレッドカーペットが世界樹の幹のように太く巻き取られむき出しの床が露になった。

 

 そして箒部隊がその下に潜り込んでいた埃という埃をかき集め、部屋の片隅に作られた集積所へと運び込まれていく。やがて雑巾部隊が一糸の乱れも隙間もなく均等なスピードで一切に床下を磨くのだ。

 

 飛行能力のあるシモベはもっぱら高い天井や壁付近の溝などを担当する。

 また一部の悪魔は細かな埃が舞い上がらないよう天井を中心に飛び回り、魔法で自身に静電気を付与し身を挺して汚れから空気を守っていたりもする。

 

 ただ玉座の間から右上の壁面だけ誰も手を付けていない箇所がある。というのもそこはエクレア曰く、玉座の間に勤めているアルベドの私物が隠された隠しスペースが設けられているのだとか。どうしてエクレアがそんなことを知っているのか不可解ではあったが、なるほど九階層に住居が与えられる前はあんな場所に生活用品を置いていたわけか。

 守護者統括という立場にしてはしょっぱい待遇かもしれない。

 

 

 繊細な作業を要するシャンデリアのメンテナンスは、高い体力と清掃に関する専門知識を兼ね備えた戦闘メイドプレアデス達の出番だ。

 何せあまりにも高所すぎるため、各々がアイテムやスキル、魔法などでの飛行能力で浮遊したままの作業。

 噴射スプレーでクリスタルや金属部分に洗剤を散布し、魔法で煮炊きして作った蒸留水を利用して洗い流す。あまりにも豪奢で巨大であるために一つを終わらせるだけでも相当な時間を要するが、しかし一度始めてしまえば彼女らの手際が鈍ることはなかった。

 

 全てのシモベの総力が、この玉座の間の清掃に費やされていくという異次元の絶景。

 すさまじい光景で凄まじい仕事ぶりだ。

 

 同じナザリックに遣えるシモベとして感激し誇りに思う一方で、けれどシャルティアの中に募る嫌な違和感は依然膨らんでいくのだった。

 

「なんか変でありんすねぇ」

 

 シャルティアは首をかしげながら、あまりにも綺麗になり過ぎていく玉座の間を眺め続ける。

 

 本当は自分も彼らの集いに加わるべきなのであろう。〈異界門(ゲート)〉や飛行能力を駆使して役に立つ手法はいくらでも考えられるのだから。

 しかしどうしても、今この時ばかりは目の前にある『仕事』に対しさっぱり心が向かわなかった。

 

 だからシャルティアは、何かに対し言い訳をするようにスポイトランスを床に立てて仁王立ちするのだった。

 

「どーしたのよシャルティア、あんたが突っ立ってサボってるなんて珍しいじゃん」

 

 そんなシャルティアに声をかけてきたのは、同じ階層守護者であり同僚のアウラだった。どうやら彼女は既に巨大レッドカーペットのブラッシングをいち早く終え暇になってしまったらしい。

 

「掃除が嫌というワケではないでありんす。でも……なんか胸の中がモワモワして落ち着かなくて……」

 

「またパッドずれたの? そのイレモノ邪魔なだけだしいい加減辞めたら?」

 

「そそ、そういうことじゃなくて!!! 気持ちの問題!! 気持ちの問題でありんす!!」

 

「ハハハ冗談冗談、あんたがそんなことでサボるわけないからね」

 

アウラは笑いながらシャルティアの内心を慮ってくれていた。

そんな友人に少しだけ心が軽くなるのを感じながら、しかしやはり嫌な感じは拭えない。

 

「あたしも暇になっちゃったし話しよっか。ここ座っていい?」

「構わないでありんす」

 

 アウラは両手を後ろに回しながら、今しがた自分で掃除したばかりのカーペットの上に無遠慮に腰を下ろした。

 

 

「そういえば知ってる? あいつ、マタタビがナザリックに来てから戦闘メイドや一般メイド達の気が相当立ってるんだってさ」

 

「なんとなく、見当がつくでありんすよ」

 

 周囲で全力で清掃に取り組むメイド達を見まわしながら、シャルティアは答えた。

 

「マタタビはとても優秀でありんすからねぇ」

 

 彼女はこの世界に転移してからわずかな間だけ九階層でメイド見習いとして属していたのだが、その少ない時間の中で既にメイドとしての仕事をほとんどを理解してしまったのだという。

 

 エクレア曰く清掃だけは半人前であるそうだが、その他の言葉遣い礼儀作法や歩き方などの基礎的な立ち振る舞いから、客人対応、人物ごとの好みに合わせた茶の淹れ方、服飾センス、消耗品や備品の管理、予算帳簿のつけ方、果てや業務全体の管理状況に至るまで、今のマタタビは体得している。

 しかもシノビでもある彼女であれば、影分身で簡単に頭数を増やせてしまうから恐ろしい。

 

「その気になれば、たった一人でメイド全員分の仕事を回すこともできるでありんしょう」

 

「絵面はちょっと最悪だけどね」

 

 九階層を席捲するマタタビメイドの群れという地獄絵図を思い浮かべ、シャルティアとアウラは顔を見合わせ苦笑いする。

 ただでさえ一人でも手を焼く性格難が山ほど溢れてしまったなら、それはナザリックを揺るがしかねない大惨事だから。

 

「……違いありんせん」

 

「仕事はできるけど性格は悪いって、そりゃ他のメイドにとっては嫌な話だよね。

 ああやって気合入れて頑張るようになるんなら悪い話じゃないかもだけど。階層守護者のあたしたちだって同じようなもんだし」

 

 

 ただでさえ仕事ができて、しかもマタタビはべらぼうに強い。

 

 戦闘メイドなど言うに及ばず、階層守護者であっても彼女を止めるのは難しい。実際今のナザリックで完全にマタタビを凌ぐのはアインズ様くらいのものである。

 シモベとしての存在意義を揺るがされる苦い感情。

 例の騒動でマタタビにまとめて打ち負かされたシャルティアとアウラには、メイド達の想いが身に染みるほど理解できた。

 だからこそ日々の鍛錬を欠かさずに、階層の守護にも一層取り組んでいるわけである。

 

 頭脳面ではアルベドとデミウルゴスが知恵を絞ってもアインズ様には敵わないように、実働面においてマタタビの優秀性は別格だ。立場上アインズ様と近しい位置にあり、とある御方の息女であるという事実もさもありなん。

 

 もしもマタタビにまともな社会性や協調性があれば、アインズ様が作戦を立てマタタビが実行に移せばほとんど全ての作戦を遂行できるようにすらシャルティアは思う。

 

「そう考えてみればアルベドの気持ちもわかるでありんすね」

 

「性格はアレだけど能力だけは優秀で、身分としてもあたしたちシモベとはワケが違うからね。精神支配解く時も、ああまでアインズ様が体張っていたところなんて見たら……ねぇ。虚しい気持ちにでもなったじゃないかな」

 

 それに、ここで口には出せないが、どうやらアルベドの心には厄介でデリケートな問題が巣食っているそうなのだ。

 

 

 

『シャルティアさんたちも、アルベドさんのことは周知したほうがいいと思います』

 

 

 先日マタタビが教えてくれたことだ。

 

 詳しくはわからないが、アインズ様がアルベドに「愛せよ」と命じる際に、なぜか間違って他の至高の御方々への憎悪の感情が芽生えたというのである。

 本人がアインズ様に自己申告する形で丸く収まったそうなのだが、そんな悍ましい心をたった一人で抱え込むなんて、きっとつらいに決まってる。

 だってそれは心の中でナザリック全てを敵に回しているようなものだから。

 どおりで、最近のアルベドは暗かったわけだ。

 

「アルベドがへこんでる姿なんて似合いんせん! マタタビにその気がないのはわかりきってるんだから! わたしとどっちが正妃の座に相応しいか、きっちりと決着をつけるでありんす!」

 

「まぁほどほどにしてね? 結局止めるのあたしなんだからさ」

 

 

 

 

 このときすっかりシャルティアは、嫌な予感を忘れていた。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 必然的行動。

 特に役目を与えられず「玉座の間」放置されたNPC。そんな彼らに「掃除」という仕事を指し示せば、角砂糖に群がる働きアリのごとく没頭してしまうのは無理からぬこと。

 

 今のマタタビにとって不都合な『警戒感』という状態は、不安感を打ち消す為に、無意味な清掃という逃避行動へと移り変わることだろう。

 

 どんな駒でも使いようだ。

 嫌われものなレベル1バードマンでも、その立場と能力と発言力は状況によって大きな力に代わり得る。

 マタタビは、アインズ様による全NPC達への玉座の間の集会命令直前に、エクレア・エクレール・エクレイアに接触していた。そしてこのように諭したのだ。

 

『アインズ様によって、まもなく全てのシモベが玉座の間に一時的に軟禁されることになります。そしたら全員ヒマをこくから、エクレアさんが声掛けしてみんなで大掃除を始めてください。さすれば必ずやこの私が、エクレアさんのナザリック簒奪を成功させて見せましょう』

 

 掃除好き、そしてナザリックの簒奪を企てているという二つの性格設定を持つエクレアさん。

 そんな彼は馬鹿だからか、または何か考えがあってか「徹底的な掃除こそがナザリック支配への近道」という思想を有している。

 

『おうとも! 是非まかせてくれたまえ!!』

 

 だから快くマタタビの頼みを聞いてくれたというわけだ。

 

 

 かくしてシモベ中が大掃除を働いているであろう間に、既にマタタビは十階層玉座の間の外殻にまで到達していた。

 

 とはいえいくら対物破壊最強の【真なる無(ギンヌンガガプ)】であろうとも、ナザリックの分厚い外殻と、そして【諸王の玉座】で強化された防壁を突破することは不可能だ。

 

 だからここで二つ目の仕込み。

 

 あらかじめマタタビはレベル1の一般メイド数名に精神支配をかけて、ある行動をとってもらうように頼んでいた。

 それは【諸王の玉座】にアインズ様マークが印刷されたシールを張り付けてもらうこと。

 

 このアイテムは見た目こそ骸骨マークのアインズ様グッズに過ぎないが、効果内容はツアーの鎧を封じ込めた魔封じの高級呪符と同じものだ。

 これにより、【諸王の玉座】による強化防壁を大きく弱めることに成功した。

 

 試しに【真なる無(ギンヌンガガプ)】で弱めの破壊波動をぶつけてみれば

 

「うん、ちゃんと傷ついてくれてるね。攻勢防壁による反撃も来ないし」

 

 もしマトモに【諸王の玉座】が仕事をしていれば、世界級アイテムの影響は弾かれるし、反撃によってマタタビは酷い目にあわされていたところである。

 そうはならないということは、この目論見は完璧に成功したようだ。

 

 

 最後に必要なのは、ナザリックそのものが持つ分厚い外部隔壁への突破方法である。

 

 「さて破壊ポイントは……」

 

 腕時計から照射されるナザリックの立体マップから、マーキングしていたある地点まで掘り進め接近する。

 

 そこはちょうど玉座の斜め上に位置している、アルベドさんの私物がある場所。凝り性なタブラ・スマラグディナが彼女のために用意したデッドスペースである。

 そのデッドスペースは一部外殻の内側を削るようにして作られていて、つまり構造上もっとも薄い弱点となる場所だった。本来のゲームでは内部からしか攻略できないこともあり無問題だった箇所でもあるが、無防備な平原に転移したのが致命的だった。

 

 

 さらにダメ押し。薄くても厚さ1メートルはあるこの外殻だが、一撃で破壊しなければ絶対に中のNPC達に察知されてしまうだろう。

 だからマタタビはインベントリから取り出した、白金色に輝く右椀のガントレットを装備した。

 

 それは先ほどツアーと戦った時に破壊した、ツアーの駆動鎧の一部である。

 

「早速出番よツアーさん」

 

『敗者に文句の筋合い無し。いざ従おう、君の最悪な悪だくみに』

 

 応答するツアーの声。

 そしてガントレットが光り輝き、【真なる無(ギンヌンガガプ)】の黒い刀身に更なる破壊力を付与していく。

 

 始原の魔法(ワイルドマジック)による超強化と、世界級アイテムの合わせ技。

 これらな計算上一撃でナザリックの外殻を突破できる。

 

 

 

 さぁ行こう。

 ここからだ、ここから私の全てをぶつけて、この世界全てを否定しよう。

 

 アインズ様の真なる敵を、私は決してを許さない。絶対絶対絶対に、

 

 なぁ、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンよ。あの日の続きを始めましょう。

 

「【終端の叫び(ラグナロク)】」

 

 一直線に振り下ろす、全霊と全重を乗せた最大の斬撃。

 闇と光が混ざり合った混沌の波動が重厚な隔壁を切り裂いて、最後の戦いが狼煙を上げた。

 

 

 

 

00:00.5

 

 マタタビ、アルベドの物置スペースの位置から玉座の間内部へと侵入す。

 轟音とマタタビのシルエットに反応し、まず先に100レベル階層守護者及びセバス・チャン、オーレオール・オメガが臨戦態勢の構えに入る。

 しかし作戦通り清掃作業によって反応が大きく鈍っていると思われる。当該第一目標への到達は容易。

 

「ヴィクティムを!」

 

 いち早く狙いを察知したシャルティアが叫ぶ。唯一彼女はフル装備で不足の状況に備えていたようだが、問題は許容範囲内だ。

 

00:01.0

 

 機先を制し、不意を狙い打つマタタビはこの世界の何よりも素早い。

 既にマタタビの第一歩は、ペストーニャにおぶられたヴィクティムの元へと到達していたのである。

 

 犬顔メイド長の意識が追い付くより速く、既に神器級サバイバルナイフは彼女の両腕を切り落としていた。

 そして階層守護者随一の厄介者ヴィクティム、タネさえわかればこの場で最も無力化が容易い。

 

00:01.4

 

「〈封印術:時錠呪縛〉」 

 

 死亡と同時に足止めスキルが発動する彼への対処は、時間停止が最善だ。

 クラスペナルティで一切の対策アイテムを装備できず、なおかつ自殺のためにあえて低レベルに製作された彼はこういった封殺系にとことん弱い。

 

 対象を時間停止させる忍術で縛りつけ、スクロールの〈上位転移(グレーターテレポーテーション)〉でナザリック地表部辺りに送り飛ばす。

 これにて第一目標はクリアである。

 

00:02.1

 

「死になさい!!」

 

 直後、誰よりも早く、背後からスポイトランスで襲い掛かる完全装備のシャルティア・ブラッドフォールン。

 先日の演習で手の内を晒しつくしたこともあり、現状もっとも面倒な相手の一人だ。

 正面勝負で彼女に勝つことはもはや困難。

 

 だがそもそも勝負をしかけなければ、彼女はマタタビの障害にはなりえない。

 必要な手札はマタタビの中に揃っているから。

 

 

 

「〈口寄せの術〉『人類最強』」

 

 

 

「おまえはっ!!」

 

「……二度とお会いしたくはありませんでしたよ」

 

 墨の和字の魔法陣から現れ出たその者が、スポイトランスの猛突弾き返す。

 召喚使役忍術である口寄せの術によって呼び出されたのは、シャルティアにとって最大の仇敵。

 

 漆黒聖典第一席次、『人類最強』そのひとである。

 

 先日結んだスレイン法国とナザリックの不可侵条約? そんなもの、立役者であるマタタビにかかれば簡単にひっくりかえせる。

 マタタビの影分身と陽光晴天なスカッシュレモンがうまいこと根回しをした結果、鶴の一声でこいつを呼びつけるくらい訳もない。

 なにせ国丸ごとを救ってやったようなものなのだから、このくらい働いてくれないと困りものだ。

 

「チッ!」

 

 能力的には激しく劣る『人類最強』も、苦い思い出の残るシャルティアにとっては慎重に動かざる得ない相手。

 最早彼女にマタタビを追いかける余裕は無い。

 

00:02.6

 

 第二目標地点へと駆けるマタタビ。

 次なる障害は頼りない大自然の死者、マーレ・ベロフィオーレ。

 守護者序列第2位たる彼の魔法が、敵対者たるマタタビを滅ぼさんと放たれる。

 彼の虚ろな瞳には、マタタビに対する一切の容赦も慈悲もありはしない。

 

「〈魔法最強化(マキシマイズマジック)死の芽生え(デッドジャーミネーション)〉」

 

 召喚された植物の種がガトリング砲の勢いで弾幕を張ってマタタビ目掛けて襲い掛かる。

 豆粒のようなそれが一粒でも体を打ち抜けば、血を啜り体内から成長して被弾者を串刺しにしてしまう恐ろしい魔法だ。

 

 もっともマタタビ相手では当たらないので、豆鉄砲の域は出ない。周囲の仲間を巻き込まないように得意の範囲魔法は使い渋ってるのも見て取れる。

 その小さな判断ミスとわずかな慢心が命取りだ。

 

 さっさと任せて、手早く次へと行かせてもらおう。

 

「〈口寄せの術〉『絶死絶命』」

 

 呼び寄せるはスレイン法国が最高戦力、八欲王と六大神のハイブリットによって生まれた悲劇の女。

 漆黒聖典番外席次が『絶死絶命』、本名はアンティリーネ・ヘラン・フーシェさん。

 ご本人どうやら強いオス様にわからされて子づくりしたい願望持ちなようで、ともすれば今日は絶好の晴れ舞台と言えるだろう。

 

「すごく失礼なこと考えてない!?」

「だれですか!?」

 

 純白の聖騎士鎧をまとい巨大な戦鎌を携えた戦乙女たるアンティリーネ。

 マタタビの言うとおりに事前に強化魔法をかけてある彼女の完全スペックは、階層守護者にも匹敵しうる。

 

 マタタビに魔法の照準を向けたマーレの横面を、不意打ちざまに刈り取るアンティリーネ。しかし近接戦も可能とするマーレは容易く杖で防ぎ、今度は手段を選ばず範囲攻撃でまとめて蹴散らそうと企てる。

 

「〈魔法効果範囲拡大(ワイデンマジック)大地(アース)――」

死せる勇者の魂(エインヘリアル)

「えっ」

 

 最大レベルまで極めたワルキューレにのみ許される切札スキル死せる勇者の魂(エインヘリアル)

 実際のところマーレが知るモノの劣化でしかないそれは、しかし確実に彼の意識を目の前の敵へと縛り付ける。

 

 ゆえに何物も、マタタビを止めることなどできやしない。

 

 

00:03.0

 

「マカブル・スマイト・フロストバーン!」

「悪魔の諸相:煉獄の衣!」

 

 出遅れ組。マタタビの正体を知るがゆえに動作の遅れた、コキュートスとデミウルゴス。

 各々のスキルによる氷と炎の両属性が、ようやくマタタビへと向けられた。

 

 甘い甘い、そんなんだから、たかがマタタビに後れを取るのだ。

 

「〈口寄せの術〉『白金竜の聖鎧(リク・アガネイア)』」

 

「久しぶりだねヤルダバオト」

 

「……こんなところで再開するとはね」

 

 

 眉間にシワ寄せるデミウルゴス。

 

 なにせ現れ出でるは因縁深い駆動鎧。どうやらマタタビが壊した者とはまた別の、スペアが用意されていたようで。

 ゆえに本日のキャストへと招いた次第だ。

 

 浮遊する四本の巨大な神器、それぞれ分けて二本ずつが氷と炎、それぞれの一撃を防いでみせる。

 

 その間にマタタビは抜け出して、彼一人では二人相手は心もとないので友情出演もう一本。

 

「〈口寄せの術〉『スカッシュレモン&ハンゾウ』」

 

 呼び出したのは、傭兵NPCハンゾウに布で括られ背負われたアへ顔のオッサン。たしか陽光晴天の隊長だっけ名前忘れた。

 レベル25というあまりに場違いな雑魚であるが、彼が持つタレントが今ここで大きな戦力を作り出す。なおタレント以外いらない。

 

「見よ! マタタビ様より賜りし、真なる最高位天使の尊き姿を! 恒星天の熾天使(セラフ・エイススフィア)

 

 スクロールによって召喚できる種類では最も強い熾天使。それがレベル76モンスター恒星天の熾天使(セラフ・エイススフィア)

 

 赤みがかった純白の翼が計六枚、そして頭の上に浮かぶ天使の輪。

 両手に握るのは燃え盛る断罪の炎剣だ。

 

 そしてキモは召喚者であるニグンのタレント、召喚天使を1.25倍率まで強化するというバフ能力だ。

 これにより恒星天の熾天使(セラフ・エイススフィア)のレベルは95相当まで上昇、階層守護者とも渡り合える。

 

炎罪楽園(エデン・フレイム)

 

獄炎の壁(ヘルファイアー・ウォール)

 

 熾天使の放つ神聖属性を帯びた白い炎が、最上位悪魔たるデミウルゴスの業火と激突する。

 そして飛び散った一片の白い火の粉がデミウルゴスの頬をかすめ、その激痛に苦悶させた。

 

「デミウルゴスッ!」

 

「蟲人くん、君の相手は私だよ」

 

 コキュートスにもよそ見は決して許されない。

 ツアーの駆動鎧が操る四本の武器たちを、コキュートスもまた四本の腕と武器によって防がなければならないからだ。

 

 

 そんな彼らも、もはやマタタビの敵ではない。

 

 

 第二目標地点まであとわずか。

 だからこそ、マタタビだって油断も隙も与えない。

 

「ふぅ」

 

 一呼吸して、見せかけの油断を釣り針に垂らし、引っかかるのをいざ待たん。

 

 そして案の定、影から伸びるは《影縫いの矢》。

 

00:04.2

 

「〈口寄せの術〉『ドラゴンゾンビ』」

 

 

 デミウルゴスとコキュートスを切り抜けたこの瞬間、マタタビはタブラの操っていたドラゴンゾンビを召喚させる。

 事前に真っ二つに切り裂かれていたドラゴンゾンビを、アインズ様に変身したアクターさんの能力で直してもらっていたのだ。

 

 そして現れたドラゴンゾンビは、見せかけの隙につられたアウラさん渾身の一射撃を悠々と防いでみせる。だてに生前竜王名乗っていただけのことはある、文句なしの耐久値だ。

 

「チッ!!」

 

 アウラさんも油断したところを狙って見せるのはいい。

 しかしマタタビはアウラの狙撃能力を身に染みて知っている。

 一度見せた手の内が2度も通用すると考えるのは、まだまだ甘い。

 

「GYAAAAAAARRRRRRR!!!」

 

「こんのやろ!! 何よコイツ!!」

 

 知性と搦め手こそ失っているが、体力だけは掛け値なしの竜王だ。

 だからこそここで活きる。

 

 厄介なアウラさんの対処は力押しに限るから。

 

 

 

 

 かくして守護者を悉く、思い通りに突破する。

 

 個人個人としては強力だけれど、みんながもっと連携して襲い掛かってくれたなら危うかったかもしれない。

 

 そう考えると、アインズ様に見つかる前に、トブの大森林にいたザイトルクワエを滅ぼしといてくれて本当に良かった。ありがとうアウラさん。

 

 

 

 さもなくば、あいつが守護者の練習台となって、ちゃんとみんな連携とって攻め立ててきただろうから。

 

 

00:04.9

 

 

 

 約5秒にして第二目標地点、オーレオール・オメガも目前だ。

 

 最後の壁は彼女を取り囲む戦闘メイドプレアデスが6姉妹と、鋼鉄の執事セバス・チャン。

 

 先んじて前方へと切り出すは、セバス・チャンの重厚な拳。対するマタタビ、サバイバルナイフを前に翳して、この時はじめて防御態勢をとる。

 

「ぎぃ!!」

 

 見た目体重よりもはるかに重く、老人のそれとはまるで思えない極大の一撃。

 スピード重視で防御力ゴミのマタタビは、武器で受けるただそれだけで意識が飛ぶような衝撃に襲われる。

 

 だけど決して手放さない。

 こんなところで負けるわけにはいかないし、こんなやつに負けたくはない。

 手段だって選ばない。プライドなんてとうに棄てた。

 

 

 

 衝撃でナイフを手放したマタタビを、セバス・チャンは欠かさず攻める。

 

 まともに喰らえば即死であろうその一撃に、しかしマタタビは両手を開いて受け入れる。

 

 そして笑顔で、真心こめて

 

 

 

 

「お父さん大好き!」

 

「なっ!?」

 

 

 瞬間、セバスチャンの脳内に溢れ出した、存在しない父性。

 

 創造主たる たっち・みー の因子を有するセバスの心が、真っ二つに切り裂かれる。

 殺意、そしてそれを止めようとする二つの心がセバス・チャンの動きを止める。

 

 さらに付け加え、善意と好意に舗装された口撃が、セバス・チャンを完全に無力化してしまうのだった。

 

「セバス様!!」

 

 人間、ツアレニーニャ・ベイロンの、想い人たるセバスを心配する必死の声援。

 しかし彼女の声が生んだのは、まるで虚しい逆効果。

 

 たっち・みー由来の父性と、ナザリックに遣えるシモベとしての存在意義。

 平衡していた二つの要素の天秤に、「マタタビというツアレの恩人」というファクターが注ぎ込まれ、著しくバランスが崩壊。

 

 セバス・チャンの戦意が崩れ、マタタビを前にして致命的な脱力が生まれてしまうのであった。

 

「このエロジジイがぁあ!!!」

 

「ぐはあああっっ!!!」

 

 最速を誇るマタタビの、その源である強大な脚力でもってして、セバスの顎を見事に蹴り上げ脳震盪に至らしめる。

 さらにパンプスシューズに付与された吹き飛ばし効果が発動し、セバスチャンは遥か天井までも叩きつけられた。

 

 

 

00:06.7

 

 

 取り囲み、一切に襲い掛かるは最後の砦プレアデス。残念ながらどうあがいたってマタタビの敵になんてなりようもない雑魚連中だ。

 

 しかし考えれば本来の彼女らの役割は、この玉座の間を守る最後の時間稼ぎなのだから、自然の成り行きというか宿命のような話である。

 

 とはいえ雑魚狩りなんて趣味ではない。

 つまらないから。自分のような力のあるだけの屑が、格下を虐めても虚しいだけだ。

 あるいはアインズ様のような崇高な精神を持てたなら、少しはゲーム感覚で楽しめるのだろうか?

 

 ともかくマタタビはこの世界に来てから一度だって、戦いにもならない蹂躙なんてまるでしたことが無かった。

 

 今だってそうだ。

 

「〈口寄せの術〉『蒼の薔薇』&『アズズ』」

 

 友情出演最終番は、王国で知り合った『蒼の薔薇』と元メンバーらしいリグリットさん。

 それに特別に呼んでもらった、ラキュースの叔父であるという、アーマースーツ着込んだアズズというひげ男。

 

「美少女山盛り……埋もれて死にそう」

「美少年どこ? ここ?」

「ひっさしぶりだなぁ! メイド悪魔ども!」

「……ナーべさんが悪魔にさらわれたのは本当だったのね」

「おいおいおい、ツアーの野郎とかわいい姪っ子の頼みで来たっての、こんなやべー連中だとか聞いてねーよふざけんな!」

「ふん小童が、勇ましい鎧を被って中身が臆病とは笑わせるのぉ?」

「気を抜くなリグリット! こいつら全員私と同格以上の強さだぞ!」

 

 

 今まで集めた口寄せ連中、時間無いから呼び出すのにはホントの本当に苦労した。

 影分身で人手を分けて、みなさんよく来てくれたよありがたい。

 

 どうかほどほどの戦いで、あの子たちと遊んであげてくださいな。

 

 まもなく決着付けますから。

 

 

00:07.5

 

 第二目標地点オーレオール・オメガ到達。

 

 オーレオール・オメガ、NPC唯一の人間種であり守護者と同格であるレベル100。

 赤と白の典型的な巫女服姿の清楚な少女。

 

 桜花聖域の領域守護者にしてプレイアデスリーダー、そして7姉妹の末妹。

 そしてマタタビの最終目標である、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを守る最後の相手だ。

 

 姉想いの性格で、姉には全員姉様とつけてよぶほどだとか。

 なので姉たちの相手には死の危険が皆無な冒険者を割り振ってみたものの、さすがに気を緩める様子はなし。

 能力編成は指揮官系統の魔法詠唱者。

 

 傍に控えるのはレベル85モンスターの狐少女ウカノミタマと、同じく85レベルモンスター見た目ジブリ映画で見たような小さな白龍のオオトシ。

 かわいい見た目だが両者そこそこに強いやつらで、さらにオーレオールの支援魔法がかけられていて実際能力は90以上が妥当と思われる。

 

 しかしギルド武器を守る面子としてはあまりに無防備極まりない。

 

 もっともマタタビがここまでナザリックの防御を剝がすまで、長い時間と優しさと数々の不運と幸運に支えられてきたので仕方のない話であると言える。

 一つのギルドに侵入してから攻略するまで半年以上かかったところなんて、かつて今までなかったこだ。

 

 

 そう思えばますますナザリックは本当にすごい。

 アインズ様は本当にすごい。

 

 結局こうまでしてもマタタビは、決してアインズ・ウール・ゴウンには勝つことができないのだから。

 最初から理解していた負け戦だ。

 

 だからしっかりマタタビは、持てる手札の全てを尽くして、戦いつくして負けなければいけないのである。

 

 至高のギルド武器を相手取るなら、こちらもギルド武器を出すのが礼儀だろう。

 

「瞬間換装『The end of the world』」

 

 

 今のマタタビが持てる最強の武器、それはついさっきツアーとの戦いで奪い取った八欲王のギルド武器である水晶剣。

 ユグドラシルテイストの見た目重視な無駄な装飾、しかし実際の切れ味は天下一品。

 まるで運命であるかのようにその武器は、盗賊職のマタタビにぴったり合った業物だった。

 

 

 全ての御業と、富と出会いと、知恵と恵みに感謝を込めて、アインズ様に祈ります。

 アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ。

 

 

00:07.6

 

 気づけば一瞬で切り裂いていたウカノミタマとオオトシの2体。

 

 一応急所は外しているが、もうきっと動けまい。

 オーレオールを守る者はこの瞬間において誰もおらず、それは全ての終焉と始まりを意味している。

 

 一歩踏み出し、刃を振るう。

 本当に申し訳ないが一旦は邪魔なので、彼女の両腕両足、それに喉元をマタタビは切り裂いた。

  

 そして首を絞めながら反対の手で彼女の懐に手を当てて、マタタビお得意のスキルを発動。

 

「『最上位窃盗』」

 

 彼女のインベントリにアクセスし、待ちに望んだ希望のソレを力いっぱい引き出した。

 手に取ったそれを見て、スキルで解析し贋物でないことを確認した。

 

 

 これに手全ての工程終了。最終目標クリアである。

 

00:08.0

 

 スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン、確保完了。

*1
無論これはアインズがNPC達を軟禁する言い訳であり るし☆ふぁー は無関与


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