ナザリック最後の侵入者   作:三次たま

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宣誓

◆◆

 

 

 

 

 

 たとえどれほどの理由があろうとも、ナザリック最後の支配者としてアインズは、ルベドとニグレドとタブラ・スマラグディナを排除しなくてはならなかったのだ。

 それが残された子供たちを守るための最善にして唯一の方法だったから。

 

 しかし結果としてアインズはルベドを壊せなかった、殺せなかった。

 

 手筈を整え抜かりの無い再効率を導き出し、そして殆どの作戦は成功したというのに、消えかけの小さな命の灯を掻き消すという間際になって、アインズは振り下ろす手を止めてしまった。

 

 別に、アルベドが零した小さな悲鳴のせいというわけではない。そんなものは理由にも言い訳にもなりはしない。

 アインズはただ彼女の声で気付かされただけなのだ。

 

 己の中にある幼く弱い我儘を。

 

『もう嫌だ』

 

 手前で堅く覚悟を固めたつもりであったというのに、なんて無意味で無様な醜態であることか。

 

 

「無意味ではありません。無様でもありません」

 

 透き通った眼と声でマタタビはアインズに語り掛ける。

 

「あなたがその手を止めたのは、あなたが誰より強いからです。

 ルベドとナザリックを天秤にかければ、どちらが重いかなんてわかりきってる話です。

 それでもどちらも死ぬほど愛してるから、あなたトドメの一手を踏みとどまった。

 凄いことだと、アルベドさんもそう思うでしょう?」

 

「……馬鹿言わないで! ここまでやって、ここまで来たのに、そんな半端な愚か者! 幻滅もいいところだわ」

 

「おや?」

 

「そんなの……そんなの……なおのこと! 愛さずにはいられないじゃない!」

 

「だそーですよ愚か者……じゃなくてアインズ様」

 

 おどけるマタタビに対しアインズはもはや腹も立たない。急にこの世のなにもかもが馬鹿らしくなっていくような気さえした。

 

「これだから……まったく。人生というのはままならないな」

 

 アインズはぼそりと呟き、そして曇天の夜空を見上げた。

 

「で、どうするつもりなんですかマタタビさん。一応勝算があって来たんでしょう?」

 

「企業秘密です。まぁとりあえず、アルベドさんもアインズ様も一旦休んでくださいよ。その間に粗方の元凶を潰します」

 

 なんだかよくわからないが、マタタビの中ではもう戦いは終わってるらしい。

 

 アインズとしてはルベドを処理した後もナザリックに戻って、それから諸問題の解決という大仕事がまだ残っているのだが。

 

 だが確かに精神的な疲労感は限界で、これ以上何かするのも億劫だ。

 どうせマタタビも碌でも無いことを考えてることは確かだが、まぁこの女が自信を込めて本腰でやることなのだから大抵の事態は収束してしまうだろう。

 

 あるいはいっそ裏切られても、もはや仕方のないこととすら思った。

 

「さぁアクターさん出番ですよ」

 

 マタタビが虚空を見上げて声を挙げると、彼女の影の中から瓜二つの美貌を持ったドッペルゲンガーが現れる。

 

 アインズは一瞬でそれがパンドラズ・アクターであると得心し、彼が握る巨大な巻物の姿を見て納得の声を洩らした。

 

「【山河社稷図】か。気が利いてるな」

 

 アインズへ一瞥もせず、直後パンドラズ・アクターは【山河社稷図】の封を解いてその強大な効果を発動させた。

 

 一瞬淡い光の波が辺り一帯を大きく包み、アインズもアルベドもレイドボスたちもマタタビもその中へと飲み込まれる。

 

『世界の守りが発動されました。世界級アイテム保持者は隔離空間へ侵入するか選んでください』

 

 途中場違いな電子音声が脳内へと響き、その中に含まれた一文にアインズは心の中で了承を選んだ。

 

 

【山河社稷図】は使用者と周囲一帯の人物を100種類に及ぶ隔離空間のどれかひとつに閉じ込めるという能力だ。

 その効果に対抗するには同じく世界級アイテムを保持している必要があり、その場合今のように侵入を任意で選ぶことができる。

 

 

 今回の場合、使用者であるパンドラズ・アクター自身と世界級アイテムを持たないレイドボスたち、そして任意で侵入することを選んだアインズとアルベドが引き込まれる。

 

 【熱素石】を持つルベドは明らかに不利な【山河社稷図】の効果を受け入れる判断ができないため、マタタビもアルベドから借り受けた【真なる無】によってそれぞれ抵抗することを選んだようだ。

 

 これによりアインズ抹殺を命じられたルベドから、アインズは一時的に隠れることができたという寸法である。

 

 

 やがて光の波が開けると、アインズたちは小高い丘の上に立っていた。

 

 周囲に見えているのは緑の草原と遠くまで広がる青空であり、先ほどまでいた八階層の風景は一切消え去っている。

 

 続いてアインズの隣に現れたのはパンドラズ・アクターとアルベド、少し離れたところには5体のレイドボスたちが行き場も無いように鎮座している。

 そして最後に姿を見せたのはマタタビの……

 

「影分身ですよー」

 

 そして真っ黒な装丁の施された棺と、諸悪の根源であるかつての仲間の姿だった。

 

「久しぶりだねモモンガさん、二度と会いたくはなかったけれど」

 

「タブラさん……」

 

 開口一番、あまりに明け透けな拒絶の言葉を向けられて、しかしアインズは怒ることも悲しむこともできなかった。

 何も知らないアインズには、心の置き場をどこにすればいいのかわからないから。

 そしてこのようにすれ違ってしまうだけの年月が過ぎ去ってしまっていると、アインズは理解していたからだ。

 

 そう、アインズは割り切っていたのだが……

 

「てめぇタブラ・スマラグディナ!! 空前絶後のクソ野郎が! よくもアインズ様を裏切りやがって! ぶっ殺してやるわ!!」

「おやめ下さい統括殿、このゴミクソ下種野郎を地獄の底に叩き込み至上の苦痛と絶望を与えたいというお気持ちは十二分にわかりますがコイツは私の得物です」

 

「アクターさんあんた止めるほうでしょうが!?」

 

 怒り猛るアルベドとパンドラズ・アクター、それを宥めようとするマタタビという訳の分からない光景を前にアインズの困惑は深まるばかりである。

 

「……だから会いたくなかったんだ。君もすべてを知ればああなるよ」

 

「いや何があったんですか?」

 

 やれやれと首を振るタブラにアインズは深く問い詰める。

 バツが悪そうに眼を背けたタブラの代わりに、影分身のマタタビが口を開いた。

 

「とりあえず全部話すけど、コイツは殺さないでくださいね?」

 

 

 そして間もなくマタタビの口からタブラがマタタビの両親である佐々木夫妻を殺害していた事実を聞かされたアインズは、めでたく3人目の狂戦士へと仲間入りを果たしたのだった。

 

 

「『The goal of all ---(あらゆる生ある者の目指す---)』」

 

「イズデスやめい!! 殺すなって言ってんでしょーがー!!?」

 

「……だから会いたくなかったんだよ」

 

 

 全てはどう考えてもタブラの自業自得以外の何者でも無かったし、ナザリックとアインズにとってはとばっちり以外の何者でも無かった。

 

 そして一番理不尽なのは、最大の被害者の一人であるマタタビが止めるがゆえに、誰もタブラを殺す筋を立てられなかったことだった。

 

 

 

◆◇◆

 

 

「いい気味ですよタコヘッド、精々死ぬほどアインズ様に脅かされろ」

 

 今頃【山河社稷図】内部で死に目に会っているであろうタコヘッドを想い、本体であるマタタビはやや胸のすいた気分だった。

 

 もちろん本当に死んでもらっては寝覚めが悪いのも確かだが。 

 

「私にとっちゃタブラなんて、親の仇でも何でもないんですよ。確かにマサヨシと母さんに直接手を加えたのはあいつだし、理由だって利己的極まりない酷いもんです。けどそんなことは私には何の意味もないことなのです。ねぇルベドさんや」

 

『………』

 

 なんのことやらとでも言いたげな気だるい無表情のルベドさん。

 それでもせっかく聞き手がいるのだから語りたいというのが人情だ。

 

 アクターさんには一蹴されたし、アルベドさんやアインズ様に話しても絶対納得してくれないであろう理由。

 せめて黙って聞いてくれるならマタタビにはこの上なく嬉しいところだ。

 

The goal of all life is death(あらゆる生ある者の目指すところは死である)ってね。たとえタブラが直接手を下さなくたって、どうせマサヨシも母さんもいずれはこの世界で命を落とすことになっていたでしょうから」

 

 理由なんてなんでもいい。死因なんてなんでもいい。

 老衰かもしれなかった。戦死かもしれなかった。飢え死にかもしれなかった。

 もしタブラの毒牙にかけられなければ、仲間や新たにつくった現地家族に囲まれて穏やかに死ぬという道もあったかもしれない。

 

 だがそんなことはマタタビにはまるで関係ない。意味がないのだ。

 

「たとえそれがどんな死に方であるにせよ、娘である私とツバキに会えない限り、どうしようもなく不遇の死であることには変わりませんからね」

 

『………』

 

 ルベドは何も答えなかった。馬鹿だと思われてるかもしれなかったが、口に出さないだけ上等だった。

 

「もし私に親の仇なんてものがいるとしたらそれは、ユグドラシル最終日まで一切連絡を返さなかった親不孝な家出娘に他なりません」

 

 マサヨシと母さんはこの世界に訪れた時点である意味詰んでいた。

 どれだけ世界を救おうが、どれだけの人を幸せにしようが、世界を隔てた娘に会うことができないのだから。

 

 その原因を作ったのはもちろんツアーの父親である龍帝さんとやらでもなくて、いつでも会えたはずなのに嫌がって親から逃げ続けていた桜という娘の存在だ。

 せめて最終日のあの時に連絡コールを受け取っていれば、二人がこの世界に迷い込むこともなかっただろうから。

 

「ええもちろん私も聖人じゃありませんから。本当はタブラのことがそれなりに憎い。けどね、もし彼を復讐の刃で切り裂こうものならば、先に私自身が首を吊らなきゃいけなくなるの。だって、そういうものでしょう?」

 

『……話の文脈が理解できません』

 

 いい加減黙りかねたのか、ルベドさんがようやく口を開いてくれた。

 

 でも全てを一から話すのは面倒だった。

 

「とにかく私はタブラを殺せないから、誰もあなたの創造主を傷つけられないってこと。安心してね」

 

『そうですか』

 

「あら?」

 

 創造主の安否の話であるというのに、思いのほか薄い反応にマタタビは首をかしげた。

 

 しかし今すぐマタタビには別の大仕事が控えているので深く考えている場合ではなかった。

 騙したアインズ様を【山河社稷図】に閉じ込められる制限時間はそう長くないから。

 

 まあどのみちすぐにこいつらは、タブラのことなんてどうでもよくなる(・・・・・・・・)はずだけど。

 

「じゃあね、一旦さよならルベドさん。アインズ様はまた同じ場所にリポップすると思うから、殺害指令が出てるならずっとそこで待っててね」

 

『あなたは標的に入っていない』

 

「だろうね」

 

 どちらにせよマタタビ自身は雲隠れできるので関係のない話ではあったが。しかし簡単にこの場を見逃してくれるなら是非もない。

 

 そのままマタタビは上層である7階層へと足を向け、最終的には地表出口を目指すのだった。

 

 

 

◆◇◆

 

「屁理屈だな」

「屁理屈ね」

「屁理屈ですね」

 

 マタタビが申し立てたタブラへの弁護を、アインズとアルベドとパンドラズ・アクターは当然のように口を揃えて一蹴する。

 

「ほら来た、やっぱそういうと思ってましたよあなたたちは」

 

「本当に大丈夫? 僕ちゃんと生きて帰れる?」

 

 かつてなく狼狽えて弱るタブラを睨みながら、アインズは先ほどマタタビが語った内容を頭の中で反芻する。

 

 自らの愚かな言動が親を犬死させる結果に導いたとして、しかしそれを罪として咎められるのは本人の中の話だけ。

 

 客観的に見て佐々木夫妻の悲劇を巻き起こしたのは龍帝の愚かな暴挙と、目の前のタブラ・スマラグディナの凶行に他ならない。

 

「それにマタタビさんがよかろうとセバス・チャンが許さないでしょう。ナザリック地下大墳墓が絶対支配者として、この人の裏切りを看過することはできない」

「ですよねー」

「……タブラお前意外と余裕ですね?」

 

 アインズの言葉にタブラはゴロンと仰向けに寝っ転がり、煮て焼いて殺せと言わんばかりの姿勢でカラカラと笑う。

 そして一同は冷ややかな視線を彼の上に注いでいる中、マタタビはスッと別の方向を指さした。

 

 タブラの少し横に置かれている謎の黒い棺である。

 

「このクソ野郎の処遇は棚上げしてもらいまして、今私が一番許せないのはアレなのですよ」

 

 そういって指し示す先には黒い棺が変わらず鎮座している。

 アインズ達にはそれが一体なんなのか理解できず、マタタビに視線で問いかける。

 

「ニグレドさんです。邪魔なんでMP全部引っこ抜いて寝かしつけてますけどね」

「姉さん……」

 

 アルベドが微妙な顔をして棺を見やり、アインズは首をひねる。

 

「……タブラさんを殺す以上、どのみち彼女もルベドも生かしておくわけにはいきませんが。しかしマタタビさんとニグレドに何の因縁があるんですか?」

 

 アインズはマタタビの方に向き直り、苦笑を浮かべながら答える。

 アインズ達の因縁に巻き込まれたニグレドはアインズからすればただただ不遇な被害者だ。ナザリック全体としては裏切者である彼女だが、創造主のサイドについて造反に加わったというなら責める気にはなれない。

 創造主を優先するというNPCなら当たり前な行動をただ順守していただけなのだから。それは誰よりもマタタビ自身が理解しているのではないか。

 しかし分身体のマタタビの目に宿るのは、今まで見たことも無いような憎悪と確かな怒りだった。タブラをかばいたてるくせにニグレドばかりを睨んでいる。

 マタタビがこうも露骨に誰かに敵意を向けるなどアインズが知るかぎり初めてのことだった。

 

「……優しいですねぇアインズ様は。あなたのそういうところ、私はとっても大好きですよ? だから私はあなたを裏切るこの世の全てが許せない。たとえそれが今のナザリック地下大墳墓そのものであろうともね」

 

「マタタビさん? あなたは何を……」

 

 アインズの問いかける声を無視して、マタタビは片手を振ってパンドラズ・アクターを傍に呼んだ。

 そして大げさに両手を広げ天を仰ぎ、固く決意した言葉を高らかに告げる。

 

 

 

 

 

 

「やあやあ我こそはナザリック最後の侵入者なり。崇高なる絶対支配者様にここに宣言しましょう。

 今日、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンは我が手によって終焉を迎えます。そして必ずや全ての栄光をアインズ様へと捧げましょう」

 

 

 

 

 

 その顔は激情に塗れ、牙をむき出しにして威嚇する野生動物そのものだった。

 

 

 寝そべるタブラ・スマラグディナは気だるげに、アインズへと同情の声をかける。

 

 

 

 

「この娘に関わったのが運のツキだ。僕が言うのもなんだけど、君は果てしなく不憫だよ」




マタタビのことは嫌いになっていいのでNPCやアインズ様は好きなままでいてください

次回、燃え盛れコメント欄、吹き荒れろ低評価の嵐


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