ナザリック最後の侵入者   作:三次たま

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目一杯嫌われちゃえの精神で好き勝手させていただきます


オーブ・オブ・モモンガ

 

 

 

 

 どうしてこんなことになったのだろう。

 

 どうしてタブラはアインズ達に牙をむき始めたのだろう。

 どうしてルベドを壊さなくちゃいけないんだろう。

 どうしてマタタビは歩みを共にしてくれないのだろう。

 

 

 いやそもそも、どうしてアインズは今かつての仲間たちと離れ離れになってしまったのだろう。

 どうして自分は一人きりになってしまったのだろう。 

 

 結果NPC、子供たちに親の居ない寂しい思いをさせてしまっているのだろう。

 

 

 全て成るべくして起きたことだと、そう考えて現状をあきらめるには悔しすぎる現実だ。

 

 わかっている。

 もっともっと賢いやり方なんていくらでもあったのだ。

 尽くせる最善はあったはずなのだ。

 

 

 自分はあまりにも意固地すぎた。

 

 もっと懸命に仲間たちを引き留めていればよかったのだろう。

 例えばユグドラシル以外の別ゲーに誘われたとき、バランスよく付き合いを続けていればよかったのだろう。

 オフ会とかももっと積極的に行えばよかったのだろう。

 

 あるいはそんな努力が無駄だとしても、最終日のあの時来てくれたタブラさんやヘロヘロさんたちを我儘に引き留めていれば結果はまるで違ったはずだ。

 

 挙句の果てにアインズは、今や我が子のようなNPC達やマタタビさんと解り合うことすら諦めてしまった。

 

 無駄に尊大な支配者の仮面を被り、マタタビの忠言を無視して一人で勝手に胃を痛め、そんなこれまで全てのコミュニケーション不足のツケがタブラの造反とマタタビの横行という形で牙をむいてきた。

 

 ならばもう、行くところまで行きついてすべて清算するしかないだろう。

 

 

 

 身勝手なマタタビは たっち さん夫妻と共にさっさと元の世界に返してしまおう。

 

 創造主を失ったNPC達のために今後もずっと完全無欠の支配者としてナザリックに一人君臨し続けよう。

 

 そのためにはルベドとニグレド共々、造反してきたタブラ・スマラグディナを我が子たちの目につく前に抹殺してやる他にない。

 

 

 

 意固地であろうが愚かであろうが、コレ以外の生き方なんて果たしてあるものだろうか。

 

 進歩なんてなくてもいい。

 今を守れるのなら何を犠牲にしたってかまわない。

 

 アインズは一人で構わない。

 

◆  

 

 

 

 

「アインズ様を御一人にはさせません」

 

「……ありがとうアルベド」

 

 ガンドレッドに覆われた細腕がアインズの手首を握りしめ、硬く冷たい温もりがその意識を現実へと引き戻した。

 

 じっとアインズの瞳を見据えるアルベドの眼差しは全てを見通すマタタビのソレを連想させるようであったが、あのひねくれ者に感じるような不快感は覚えなかった。

 

「ふっ」

 

 アインズはアルベドから視線を外し周囲の情景を見やる。

 

 今いるのは星光一つないどす黒い暗天と、欠片ほどの生気も無い死地の広がる第八階層荒野エリアの只中だ。

 

 そしてアインズとアルベドを取り囲むように5体の巨大な異形が膝をついて臣下としての礼をとっているのがわかる。

 

 1体は青白いなめらかな体表に身み不吉な赤い眼を輝かせる強大な蝙蝠。

 1体は紅蓮の鱗に薄く雷光を纏わせたいかにも獰猛そうな巨竜。

 1体は金剛像の如き力強い剛腕を6本も掲げた阿修羅を思わせる大戦士。

 1体は陽光の如き眩いオーラを放ち3対の白翼を大きく広げた熾天使。

 1体は黒い瘴気を纏い無数の人骨が折り重なって象られた死の巨人。

 

 この5体こそが旧ナザリック地下墳墓にて君臨し、かつてのクラン:ナインズ・オウン・ゴールを迎え撃ったレイドボスたち。

 かつて膨大な課金額でもって復活させた彼らこそが今のアインズの持ちうる最強の切り札であり、ルベドに対する唯一といってよい対抗策だった。

 

 

「いやはやしかし、この身が竦むほど素晴らしい威容でございます! 言葉も尽くせないほどです!」

 

「わかるか、俺もそう思う」

 

 どこか気を紛らわすようなニュアンスを含むアルベドの感嘆に、しかしアインズは素直に同調する。

 

 この世界に転移しナザリックが現実化してから、このレイドボスたちを間近で目にするのは初めてのことだったから。

 確かにその迫力はユグドラシルの時とは段違いだ。

 

 ルベドなどとはまた異なる、100レベルである自分より遥かに上位の存在なんて今後も目にするかは怪しかった。

 万が一自分たちに牙をむいたらと思うと背筋が凍る。

 

「ああ、しかし本当に懐かしいな」

 

 そして何より脳裏をかすめるのは、輝かしい人生の絶頂期のこと。

 マタタビにも語ったナザリック攻略という最高の思い出だった。

 

 それは甘美な哀愁の渦を巻いてアインズの意識を過去へと引きずり戻そうとするのである。

 

「アインズ様」

 

「……わかってる」

 

 

 

 またしてもアルベドに咎められややバツを悪くしながらも、アインズはインベントリに手を入れて世界級アイテム【強欲と無欲】を取り出した。

 

 それは左右非対称にして一対のガンドレッド。

 片や禍々しく赤黒い「強欲」と青白く清浄なる「無欲」をアインズは両腕にはめる。

 

 この【強欲と無欲】は経験値消費を必要とする能力を行使する際、ポイントカードのように経験値を事前にチャージして利用することができる代物だ。

 

 今から扱う【オーブ・オブ・モモンガ】は最大5レベル分の経験値を必要とする。

 

 そのためルベドと戦う直前に、竜王国の国境周辺に群生していた野生のビーストマンを超位魔法で殲滅し【強欲と無欲】に蓄えていたのだ。

 

「マタタビや白金の竜王あたりが顔をしかめるだろうが、今は知ったことではない」

 

「当然です」

 

 わざわざ面倒な連中に気を遣って、明らかに生産性皆無で今後の絶滅淘汰が確約された劣等種を選んでやったのだ。

 もっと言うなら白金の竜王がスレイン法国の神人を縛り付けていなければ間違いなく滅ぼされていただろうから、公平性を考えたところで評議国連中も大概だ。

 文句は勘弁願いたい。

 

「さていい加減はじめようか」

 

 アインズは視線を更に上に向け、自身が開いた〈異界門(ゲート)〉の出口を睨みつける。

 

 そして己の腹部に手を当て【オーブ・オブ・モモンガ】を握りしめた。

 

 

「許してくれアルベド。今からお前の妹を壊し、後に姉を殺し、その親を抹殺する。今のナザリックを守るために」

 

「この世の誰にも御身を咎める資格はありません。それでもアインズ様がご自身の罪を責められるなら、私にもどうかその業を背負わせてください。どうか御一人にならないでください!」

 

「ありがとうアルベド……本当に。俺が勝手に設定を描き替えたから、俺に都合に合わせてくれるんだな」

 

「それは逆です。我々シモベにとってはアインズ様の存在がこの上なく都合的なのです。我々を何より愛してくださるあなただからこそ私は、一人の存在としてのアインズ様を愛しているのです」

 

 凛とした声で放たれる、優しすぎる慰めと真っすぐすぎる愛情の言葉。

 まるで天使が放つ神聖魔法を直浴びしたような心地が、アインズの肋骨の内を砂糖菓子のようにして甘く甘く焼き焦がした。

 

 同じように「俺も愛している」と返せばよかったのだろうが、こそばゆい気持ちが邪魔をする。

 

「ならそうかこれは、綴じ鍋に蒸し豚というやつだな」

 

「割れ鍋に綴じ蓋ですね」

 

 たしかすごく相性がいいという意味の慣用句のハズ。

 恥じらいを誤魔化すように無駄に頭を回して絞り出した慣用句を、しかしアルベドは容易く跳ね返した。

 

「ジョークだぞ?」

 

「嘘ですね」

 

「そういうとこホントマタタビに似てきてるぞお前」

 

「ポジティブにとらえさせていただきます、アインズ様の御心に近づいているという意味として」

 

「……まったく」

 

 嬉々とした様子のアルベドに、ひねくれ者の誰かさんの影が重なった。

 かのナザリック最後の侵入者はNPCの教育に悪すぎる。

 

 ここに来てとうとうアインズの虚勢に襤褸が出たらしい。

 

 ひょっとしたら、これを発端に今後将来尻に敷かれる日々が始まったりするのだろうか。

 たっち・みー も同様のタイプでかなり苦労したらしいし。

 

 しかし将来のことを考えると、なんだか悪い気はしなかった。

 

 一人だと気が重い。しかし二人なら、

 

 

 

「ありがとうアルベド、かなり気がほぐれた」

 

「それは何よりでございます」

 

「あと愛しているよ」

 

「え?」

 

 

 虚を突かれた様子のアルベドを差し置いて、アインズは【オーブ・オブ・モモンガ】を起動させた。

 

 

「【今こそ我に従え!! ナザリック地下墳墓が旧支配者達よ!!】」

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約束の時、

 

 

 

『モモンガお兄ちゃん! 約束の時間が経過したよ!』

 

 

 

 ぶくぶく茶釜謹製タイマーボイスが響くと共に、暗い荒野の上空から遅延トラップがかけられた〈異界門(ゲート)〉が大きく開いて破壊神ルベドが再臨する。

 

『対象捕捉、ギルドマスター:モモンガもといアインズ様』

 

 無機質な鋭い殺意は即座にターゲットたるアインズの姿を捉え、ノーモーションから強烈な突撃をしかけてきた。

 

 それは超常を絶する、一撃喰らえばアインズの体力などひとたまりもないユグドラシル最高値の攻撃力だ。

 

 当然ルベドとて時空の狭間で無為に時間を費やしていたわけではないのだ。

 最強格の前衛性能を有しながら、それに飽き足らず彼女は魔法戦士の特性を兼ね備えている。

 

 然らば時空の狭間での待機時間は絶好の魔法強化のチャンスであり、今のルベドは たっち・みー すら容易く凌ぐ史上最強の個へと相成った。

 

 もはや最強モードのルベドを止める術はこの世界には存在しないと言えるだろう。

 

 

 

 

 ただ一つの例外を除いては、

 

 

 

 

 

「【今だ!!】」

 

 

 真なる史上最強の絶対支配者、その絶対なる号令が響き渡る。

 

 そして5体にも及ぶ最強の眷獣たちが、支配者の命に従い最強の個たるルベドへと立ち塞がった。

 

 

『!?』

 

 予想外の事態を前に、加速器を逆噴射させての緊急停止するルベド。

 

 強大な5つの暗影を前に、元来感情が希薄なはずのルベドをして生涯初めての戦慄を感じざる得なかった。

 

 ……あるいはそれは、ルベドの生涯の最後であるかもしれない。

 

『特級の障害を確認、作戦の遂行は非常に困難、一時撤退が最善と判断っ!!』

 

 

 むりむり かてない ぜったいしんじゃう にげなきゃ にげなきゃ にげなきゃ にげなきゃ

 

 

 たった今まで 『最強の個』 であったはずの破壊神ルベドの胸中を支配するのは、見た目通りな少女としての絶対的弱者の悲鳴であった。

 

 ルベドの脊椎を支配する軍事用最強AIクリフォートは、デバイスが認識した莫大な能力数値を前にフリーズ寸前だ。

 

 しかし曲がりなりにも半生物であるルベドの微かな本能が、状況に対し最適解を選び取る。

 もっともそれは、生きとし生けるものなら誰しもが選びうる絶対判断と言えるだろうが。

 

 

『てったい!! ってったい!! てったてって!!てったあたあたた!!いやああああああああああ!!!!』

 

 

 文字通り胸の内、ルベドの核に宿る【熱素石】が少女の絶叫に呼応して鮮烈に輝きだした。

 

 転移は当然エリアごと封じられてるから不可能だ。今必要なのは絶対逃げ切るための速さ、推進力に他ならない。

 

 ルベドが誇る特殊金属の多重装甲による耐久力など、今はまるで信用できない。

 防御と攻撃に回していた【熱素石】の原動力を、全てスピードに割り当てる。

 

『はやくはやくはやくはやく!!』

 

 結果アンバランス極まりない超神速は、獣化したマタタビのトップスピードにすら迫るほどにまで進化した。

 

 とにかく速く、とにかく逃げる。

 

 

『逃げ逃げにげにげにげるのぉおおお!!!』

 

 ジェットブースター出力最大、臨界点と限界点をはるかに超えて、ルベドは明後日の方向へと逃げ出した。

 アテはない。とにかくここから遠く離れて離れるのだ。

 

 空気抵抗が無い故に、雷速より早くルベドは駆けた。

 そのうち転移有効地点まで移動してそしたらそのあともとにかく逃げる。

 今はそれだけしか考えられない。

 

 

 それだけしか考えられない。故にルベドは見落とした。

 逃げ先の方向には既に巨大な影が迫っていたのだ。

 

「GYAGYAGYAGYAGYA!!!」

 

『暗夜の翼』ニュクテリスは青白い翼を広げ、その赤い眼差しで少女ルベドを捉えて両足へと掴みこんだ。

 

 起きた事象は極めて単純、ルベドの逃げ先にさらなる速さで先回りされていたというただそれだけだ。

 単純ゆえにどれだけ馬鹿げたことなのかは、もはや語るに及ばず。

 

『なんでええええぇぇ??!!!』

 

 両足による捕獲はより強固となり、その圧力を万力のように締め上げていく。

 ルベドの魂は軋みをあげて、絶叫をさらに高く激しく響かせた。

 

『やだやだぁ!! !』

 

 ニュクテリスは両足に捕らえたルべドを踏みつぶすように、巨躯の全重と万力を込めて大地に上へと叩きつける。その落下地点では、既に『黙阿修・神羅』が六本の剛腕を掲げながら仁王立ちしていた。

「Gyyyaaaa!! 」

ルベドを見据える神羅の黒曜石の瞳は、強烈な憤怒によって爛々と光り輝く。

そして振り落とされるは、絶対なる破壊の限りだ。

 

六本の腕の内四本にはそれぞれ、炎の剣、冷気を宿す斧、雷の槍、酸のまとわりつく棍棒を持ち、

うち三つが神羅の頭上で重なりあって一つの巨大な一撃を創り出す。

それは超高重力で圧縮されしプラズマの巨剣である。

 

《金星の豪雨》

 

極光が降り注ぎ、大気を焼く。

ルベドの身体を灼熱と冷気が同時に襲いかかり、酸は容赦なく装甲を溶かしにかかり、万力のような剛力で挟みこまれる圧力は内臓を押し潰す。

 

「副剰割創劇力!!! 功加劣助努励労効劾!!」

 

神羅の憤怒の叫びと共に、ルベドの身体が地面へと叩きつけられた。

 

グシャリと鈍い音が響き渡り、地面には巨大なクレーターが穿たれた。そしてクレーターの中央には辛うじて形を残したルベドの身体が、金属片と機械部品の入り交じる姿を晒して転がっていた。

 

『ううぅうう!!』

 

ルベドは最早瀕死だ。しかしまだ死んでいない。

生きてもいるのだ。

そんな半死半生な少女の元へと、しかし容赦なく攻撃は続く。

 

『うああああ!!』

 

 

「ᚹᛄᛚᚠᚷᚹᛄᛄᛱ」

 

ルベドの身体を、青白い輝きが包みこんでいく。それは絶対なる破壊の女神に仇なした不心得者を浄化せんとする、神罰の光だ。

『死祇天』アズライールによる悪魂消滅の光が降り注いだ。

 

『いやぁああああ!!』

 

ルベドの絶叫が木霊する。

しかし、どれだけ叫ぼうとも、どれだけ喚こうとも、未だ彼女は死ぬことはできない。

個として最強を誇る彼女がゆえにその耐久力は誰よりも高い。だからこそ地下墳墓が旧支配者たちによる絶望の責め苦を余すことなくうけ切らねばならぬとすれば、それは史上の不幸と言えるのかもしれない。

 

 

 そして4番手の追撃は、雷鳴を響かせ迫り来る『血竜の雷』ジャバウォックだ。

 鮮血よりもなお紅い両眼が、ルベドの魂を焼き尽くさんと睨み付ける。

 

「Gyyyaaaa!!」

 

 

 ジャバウォックは大口を開き喉奥から雷轟の塊を迫り上げて、頭上に強大な光の球を発生させた。

 膨大なダメージを受けて身動きの取れないルべドをよそに、光球はさらに膨張していった。

 

『もう、だめ……』

 

 絶対的な死。ルべドは間もなく訪れるであろう自身の運命を確信し、とうとう観念することにした。

 もはや逃げる気力すら湧いてこない。最初から戦闘AIクリフォートは圧倒的戦力差を前に一切仕事を放棄していたが、やはりそれが最善手だったらしい。

 ルベドの身体は、完全に生きる意志を喪失していた。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 ルベドを一撃で殺してやれなかったことを、アインズは心底から申し訳なく思った。

 

 たたでさえ愛し子の一人であるルベドを創造者である自分たちの都合で争いに巻き込んでしまったというのに、あまつさえ最上の恐怖を与えて殺さなくてはならないというのだから。

 

 

 世界級アイテム【オーブ・オブ・モモンガ】によって強化されたうえで使役された元レイドボスの能力は世界級エネミーに匹敵する。

 すなわち一体一体が100レベルプレイヤーパーティを薄紙のように蹴散らす最強戦力ばかりなのだ。

 

 使役するアインズすらもこうして異世界に現実化したあれらを目の当たりにして、悍ましいほどの戦慄を覚えるのだから。

 敵として対峙するルベドの心境など想像を絶するものだろう。*1

 

 そして3度もの次元を超えた攻撃を浴びせられたとなれば、それはこの世界に於いて最大級の極刑と言えるだろう。

 

 機械的に喋るキャラ設定を崩し、みっともなく泣き叫ぶルベドの姿はアインズの精神値をどうしようもなく削り取る。あるいはいっそ悲鳴そのものがアインズを追い詰める演技だったなら、その叡智に向けて痛いほどの拍手と喝采を送ってやりたかった。

 

 しかし、今だルベドが健在なのは事実。

 その悲鳴をアインズは聞き届けてやらねばならないのだ。

 それこそが、ナザリックにただ一人君臨せし絶対支配者としての責任であり義務。

 

 異端を切り捨て、その他全てを守り切るという覚悟がアインズにはあった。

 

 だからたとえルベドがどれほど泣き叫ぼうと、アインズは決して攻撃の手を緩めようとは思わなかった。

 

「Aaaa……」

 

 ジャバウォックの唸り声と共に膨れ上がった強大な雷のエネルギーが、間もなく充填を完了しようとしていた。

 

 ルベドの運命は、もはや決まった。

 そしてアインズは最後の指示を下そうとした瞬間────────

 

「……ルベドっ……!!」

「!!」

 

 それはまるで子供のような、ぐずり泣くような小さな呟き。

 ルベドの姉、アルベドの声。

 

 彼女の嘆きがアインズの耳に届いた瞬間、世界が止まったかのような静寂がその場を支配した。あるいはアインズにとってその一瞬は、永劫の時よりも遥かに長く感じられた。

 

 見れば、涙すら見せず僅かに俯くだけのアルベドの横顔がそこにある。

 しかしこの瞬間において彼女はアインズの知る何者でも無い。守護者統括でもなく、アインズの理解者でもなく、味方でも敵でもない。

 ただ妹を想うだけの姉の姿だ。

 

 そんなアルベドの姿に思いがけず見惚れながら、もし自分に兄妹がいたらこんな風になるのだろうかと益体のない考えが脳裏をよぎる。

 

 

 

『ええきっと、私はそうだと思いますよ?』

 

 

 

 

 

 くだらない妄想に、くだらない幻聴が相槌を打った。

 

 腹立たしいニヤケ面を思い浮かべて、万感を込めてアインズは彼女へと告げる。

 

 

「……俺の負けだよマタタビさん」

「え、アインズ様?」

 

 唐突すぎるアインズの敗北宣言に、アルベドの困惑の声があがる。

 しかしアインズはそれに構わず、成すべき指令をレイドボスたちへ下す。

 

「【止めろ】」

 

「Aa?」

 

 アインズの言葉を受けたと同時に、しかし間に合わなかったジャバウォックの最強攻撃がルベドへ向けて解き放たれる。

 極大の雷が小さな太陽のように莫大なエネルギーを伴って、全てを破壊し押し潰し差し迫る。

 

 【止め】られるものがあるとすれば、当然それは同格の存在による最強防御。

 

『え?』

 

 ルベドと雷光の間に立ち塞がったのは最後の眷獣『虚骸神』ゼネル・ギアス。

 無数の人骨が折り重なって黒い瘴気を纏った死の巨人が、その身で雷光を受け止めたのだ。

 

 直後ナザリック全体を大きく揺るがす大激震が響き渡る。

 もはや音すらもかき消えるほどの力と力のぶつかり合い、雷鳴と暗影が混じり合いながらゼネル・ギアスと雷光が拮抗する。

 

『……嘘』

 

 やがて雷光が止み、ゼネル・ギアスが雷光の全てを受け止めきった。

 まるで無傷であるかのように立つその姿に、ルベドが思わずと言った様子で呟く。

 

『嘘だぁ』

 

 そして呆然とした呟きと共に、ルベドの身体はガクガクとかくつきながらも立ち上がる。

 そして【止め】られて棒立ちとなったレイドボスたちに見向きもせず、ある一点へ目掛けて飛び込んだ。

 脳髄に下されたタブラによる至上命令、AIキトリニタスによる判断、そしてルベド自身の強い本能の三つがただ一つの指向性へと一致する。

 

『殺す』

 

 その先にいたのは、当然アインズ。

 ルベドが今まで味わったこともない憎悪と殺意を滾らせながら肉薄する。

 今の彼女に他の個体など眼中にも無い。最優先で始末すべきはナザリックの主人たるアインズなのだった。

 

『抹殺』

「いったい何があったのですかアインズ様!?」

 

 僅か一瞬で差し迫るルベドを、アルベドが大楯で受け止める。

 

 そしてアインズの意図を読めないアルベドの当然のに疑問に対し、アインズは情けなく答えるほかにない。

 

 この上なくダサい、どうしようもなく完敗で、最低にかっこ悪い男を曝け出して。

 ニヤケ面で傍観しているであろう捻くれ者にも聞こえるぐらいの大声で。

 

「なぁマタタビさん!! 俺がルベドを殺せないってわかってただろ!? あんたが何企んでるか知らないが、俺の負けだから助けてくれ!!」

 

 

「うんいいよ」

 

『!』

「マタタビあなた!?」

 

 直後、影から現れたマタタビの回し蹴りが、アルベドと競り合っていたルベドへと炸裂する。

 

 そしてノックバック効果によってはるか後方へと吹き飛ばされたルベドを他所に、満面の笑みのマタタビはアインズへと振り返った。

 

「私を殺せなかったアインズ様が、あの子を壊せるはずなかったのですよ。そしてどうか誇ってください、あなた達は世界と運命に勝ったんですから」

 

マタタビのいう言葉の意味はアインズもアルベドにも理解できない。

 

しかしそれでもアインズは、なんとなしに肩の力を抜くのだった。

 

「……言ってる意味が解りません」

 

 

*1
現地人視点のアインズ様も大概。かなり公平性を欠いた視点。




シャルティア戦で最後の最後に躊躇するアインズ様が好きです。

そんでもって今際のモノローグで創造主ぺロロンチーノ様を差し置いて
「至高のの御身こそナザリック最強の御方」って感激してるシャルティアが大好きです

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