ナザリック最後の侵入者   作:三次たま

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甘々外交 下 +α

 

 スレイン法国の首都と呼ばれる場所の外周壁前で馬車はいったんストップさせた。

 

 ここから臨むのは敵地である。

 アウラとシャルティアとマタタビは各々戦闘準備を整えてから、気を引き締めて下車をした。

 

 アウラは移動中周囲に展開させていた魔獣軍団を一纏めにしてから、特に変わりがないかを確認。

 

 シャルティアは紅蓮色の全身鎧(フルプレート)とスポイトランスを携え、〈異界門(ゲート)〉を発動して偽ナザリックに配置していたアンデッド軍団を呼び寄せる。死の騎士(デス・ナイト)107体、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)24体、ナザリック・オールドガーダー70体、魂喰らい(ソウルイーター)31体。

 

 マタタビはインベントリから傭兵NPCの召喚アイテムとコストを山のように取り出して、膨大な金貨を惜しみなくつぎ込んでレベル80を超える傭兵NPCハンゾウを10体も召喚。

 それからケット・シーの種族スキルで気配感知能力を最大限に引き上げてから、シャルティアから借りたゴスロリ服から防御力に優れるメイド服に着替えた。

 しかしシャルティアにつくってもらったツインテールヘアはそのままだ。もしかして気に入ったのだろうか。

 

 万が一の後詰として少し離れた場所に、コキュートスとマーレの率いる部隊も潜伏させている。

 

 このように万全の態勢を整えたのは、スレイン法国がプレイヤーの遺物や世界級アイテムまで保持していたことから当然の処置だ。

 シャルティアとて、格下と思しき漆黒聖典相手にすら不覚を取ってしまうことがあったのだから。もちろん世界級アイテムは3人とも所持しているので万が一も無いだろうが、油断は決してできないだろう。

 

「マタタビの内通情報が正しければこんなに用意する必要はないだろうけどね」

 

「……そうですけど、アインズ様に言わせれば、取りこし苦労はするに越したことがありませんから」

 

「準備し過ぎて肩透かしくらいが丁度良いでありんす」

 

 やたら気を重くするマタタビにシャルティアが同調する。アウラも、そうだなと思った。

 

 とはいえ案の定このすぐ後に、自分たちの心配はほとんど杞憂だったと明らかになったのだが。

 

 都市の入り口でアウラたちの軍勢を出迎えたのは、貧弱極まりない衛兵と魔法詠唱者達の部隊、六色聖典の神官長を名乗る6名の国家首脳たち。そしてその横にはバツが悪そうな顔をしたマタタビの影分身。

 

 どうやら彼女が事前に上手く根回ししていたようで、戦力差による威圧外交の面もあってナザリック側が予定していた交渉はあっさりと達成できた。

 

 ナザリック側が要求した主張は主に三つだ。

 一つはシャルティアと漆黒聖典との衝突による損害賠償請求

 二つ目は法国民のナザリックへの恒久的な死体提供

 三つ目は……向こう側の主張でもあるが……最低限の不可侵平和条約

 

 まずはシャルティアと漆黒聖典の接触事故の損害について。

 法国側の主張としては、限定的な未来視を可能にする魔法によってザイトルクワエの復活が確実とされていたので対策するつもりだったようだ。

 しかし結局一件は、ザイトルクワエをアウラたちが既に処理した事情も相まって、ナザリックのテリトリーであるカルネ村とトブの大森林に接近したスレイン法国側の落ち度となった。そして世界級アイテム【傾城傾国】を筆頭としたドロップアイテムの所有権は完全にナザリックのものとして纏まった。

 

 ナザリックとしては法国へさらなる損害賠償をとりたいところだったが、マタタビの調査結果でこの国には回収した漆黒聖典の所持アイテム以上の価値があるアイテムは殆ど無いようなのだ。

 そしてユグドラシル色が強い魔法文化ということもあって、アインズ様が欲しがりそうなこの世界独自の魔法アイテムもほぼ無い。

 どこぞの王国貴族が農民に敷く悪政でもあるまいし、乾いた雑巾を無理に絞っても総合的な利益はマイナスになる。ナザリックの利益をしかと見極めて要求するのが最善だ。

 

 というわけでナザリックが法国に求めたのはこの世界の情報だった。歴史、地理、勢力図、独自進化した魔法。聖遺物扱いされていた六大神健在時代のプレイヤーが残したと思しき資料。

 それら一切が納められた、いわば国家の財産とも呼べるスレイン法国の国立図書館の書物全てを一方的に差し押さえ、ナザリック10階層の大図書館(アッシュールバニパル)へと運び込まれた。

 凝り固まった宗教家や歴史家たちは悲鳴を上げたが、人的被害をもたらさないだけむしろ感謝してほしいものだ。

 このナザリックの大軍を前にして自分たちの首皮がつながっていることがどれほどの奇跡なのか、理解できない者は居まい。マタタビが気を利かせていなければ今頃、アインズ様の逆鱗に触れたこの国は地獄絵図だったのだから。

 

 次に死体取引の協定である。アンデッドの素体や食料やスクロールの素材などとして、人間の死体はナザリックでは非常に使い道が多い。

 というわけでナザリックは老衰とか病死とかで自然死した死体の提供を法国へ要求したわけだ。もちろん倫理観などのため法国は渋るが、断れば今すぐ法国民が死体にされるだけなので当然そっちよりマシということで話は決まった。

 しかし法国側は死体管理システムや国民との折衝などの問題があるので本格的な供給は数年待ってほしいと主張。

 流石にこれ以上の譲歩はナザリックの威信にかかわるので、シャルティアが本気の殺気で威圧を掛けて、それにより2年という明確な期限が設定された。

 

 最後に不可侵条約。これをアウラたちが主張した時の相手方の拍子抜けした表情は、間抜け過ぎてあまりに印象的だった。

 二つ返事で締結されるかと思いきや、しかし法国の神官長たちは一つだけ懸念があるという。それがマタタビの事前報告にあった最重要警戒対象の番外席次『絶死絶命』の存在だった。

 国家としてナザリックに恭順することは出来るが、番外席次の好戦的な性格がそれを許さないのだという。

 よりにもよって100レベルプレイヤー相当の最高戦力が恭順を拒絶するとなれば、流石にアウラたちとしても矛を構える覚悟を固める。しかしそれもまた杞憂であった。

 

 なんと影分身のマタタビが番外席次のことをナザリック陣営へスカウトし、彼女はそれを受け入れたというのだ。

 番外席次は常々己より強い異性と交わり強い子を孕みたいと公言しており、それならばとマタタビがセバスかデミウルゴスの紹介を約束して話が纏まってしまったらしい。

 当人たちへは事後承諾になることを除けば大よそ最善の結果と言えるのではなかろうか。

 

 あとは適当に中位アンデッドの貸し出し契約と、最早捕虜としても無価値な陽光聖典隊員を死体含めて送還する手続き。マタタビが殺した第一席次の死体送還の手続きをして大体の交渉は終了した。

 

 ナザリックの初外交としては信じられないぐらい生温くてどこを切り取っても甘ったるい結果に終わったわけであるが、首謀者であるはずのマタタビの表情は終始ずっと曇りも様だった。

 

 

「もうちょっと、嬉しくしたらいいんじゃないの。あんたの願い通りでしょ?」

 

 アウラは帰りの馬車の中で、押収した書物の一冊に顔をうずめるマタタビへ嫌味をぶつける。

 

「お前たちの不利益を喜べと?」

 

「そうだよ、じゃなきゃあたしたちは不愉快だ」

 

「…………」

 

「あのさ、別にあたしはアインズ様たちが望むままにいられればそれでいいんだ。他の連中のことはどうでもいいんだよ。ナザリックのシモベ全員がそう思ってる。でもあんたがそんな顔してたらみんな不安になるじゃん。もっとこう、なんか喜びなさいって。その方が可愛いし、アインズ様だって喜ぶと思うんだけど?」

 

「そうですね。アルベドさんにも、アクターさんにも似たようなこと言われたし。わかってはいるんだけどさ」

 

 マタタビの眉間に刻まれた深いシワは消えなかった。

 

「でもさ、大はしゃぎして喜んだりしたら流石にあなたたちも腹が立たない?」

 

「可愛げ無いでありんすねぇ」

 

「ごめんごめん。正直に言えば、この結果に収まって素直にホッとしました。その、我儘に付き合ってもらってありがとうございました」

 

 マタタビは素直な苦笑いを浮かべて、厳かに二人へと頭を垂れた。

 

 

◇◆◇

 

 

 これは夢、夢なのだ。もはや世界線に分かたれてありえなくなった未来の夢。

 夢に見るほど焦がれた、とある運命の残骸なのだ。

 

 

 〈黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)

 

 晴れ渡るカッツエ平野の地平を黒い息吹が駆け抜けて、瞬間7万人の命が失われた。

 そして生存者たちが絶望の余韻を味わう間もなく、さらなる災禍は解き放たれる。

 7万もの屍の上にどす黒い球体が昇り上がり、すぐに弾けて5体の触手の怪物たちへと生まれ変わったのだ。

 

『メェェェェェエエエエエエエ!!』

『メェェェェェエエエエエエエ!!』『メェェェェェエエエエエエエ!!』

『メェェェェェエエエエエエエ!!』『メェェェェェエエエエエエエ!!』

 

 

 生命の冒涜を極めた魔法を唱えてしまった渦中の男アインズ・ウール・ゴウンはしかし、失われた命のことなぞ一切目もくれず起こった結果を前に楽しげに笑う。

 

「素晴らしい。最高記録だ。おそらく5体も召喚できたのは古今東西見回しても私しかいないぞ。これは本当に凄い。やはりあれだけ死んでくれたのに感謝しなくてはならないな」

 

 男にとって有象無象の命はものの数値でしかなく、この世界の在り方はどこまで行っても遊戯の延長線上にあった。

 アインズ・ウール・ゴウンの利益となることならば如何なる行為も正当であると知る男は、だから冷酷に残酷に楽し気に命という命を弄ぶ。

 

「ああ、やってみようか。追撃の一手を開始せよ、可愛らしい仔山羊たち」

 

 好奇心。そう、この上ない好奇心によってだ。そのために男は仔山羊たちに手を翳し、軍勢への進軍を命じたのだ。

 そこからは正に地獄絵図だった。

 

 ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃと、ぐちゃぐちゃぐちゃと、ぐちゃぐちゃと。

 床の上に積もった埃を攫っていくように、平野に広がった人波の大軍勢を5つの黒い竜巻が音の速さで掻き分ける。

 1秒ごとに百人単位の人間がつむじ風のように天空へと巻き上がり、血と肉の飛沫が深紅の猛吹雪となって吹き荒れた。

 

 屠られる猿もどき達の悲鳴と断末魔が大重奏となって虐殺場という名のコンサートホールを満たしていく。

 

「ぎゃぁああああああぁぁ!」おぼぉおお!」「やめぇええええ!」

「たすけてててええええ!」」「いやだあああああ!」

「うわぁあああああ!」「死にたくねぇよぉぉおおお!」

 

 富んだものも貧しいものも、未来に希望を持っていたものも、絶望と共に泥水を啜って生きるものも、

 愛する者がいるものも、帰りを待つ者がいない者も、死に場所を求めるものも、生き場所を求めるものも、

 全てが踏まれて潰されて斬られて抉られて躙られて、そして地べたに等しく均された。まさに文字通りの蹂躙と言う他にない。

 

 そうして総計14万を殺した殺戮者、アインズ・ウール・ゴウン。

 見るものにその姿はどう映るか。きっと魔王とか、邪神とか、悪魔とかそういった悍ましく邪悪で冷酷なイメージばかりを抱くことであろう。

 

 よもや想像できるわけが無いのだ。

 この男の正体が当たり前のように踏み躙られていた凡庸な弱者であることなど。

 温和で気弱な、穏やかな男であったなどと。

 

 だからタブラ・スマラグディナはそんな男の生きざまの猛烈なギャップに萌えていた。

 それはもう、夢見に焦がれるくらいには。

 

 

 

 

 

「……使わなきゃよかったですね、未来視なんて」

 

 黒曜石の塊を削って作られた玉座の上で、陰惨な気分と共にタブラ・スマラグディナは目を覚ました。

 夢の中で見た光景が、まるで現実に起こった出来事のように脳裏に焼き付いて離れなかった。現実に起こりえたかもしれないが、もうあり得なくなったことなのに。

 

 奴隷のエルダーリッチであるパーミリオンは今は居ない。いつものように外のカッツェ平野周辺を、タブラの指示通りにフライングダッチマン号に乗ってさまよっていることだろう。健気なことだ。

 

 独り時間が長いと独り言が癖になる。タブラはいつものように誰に向けたわけでもない言葉を、城跡地下室に響かせた。

 

「でも、仕方がないですよね。あの時はちょっと退屈だったんだから。脳食いは飽きてたから魔法研究でもって思って、透明化でスレイン法国に忍び込んで。

 そしたら未来視なんて面白そうな魔法があるもんだから、彼の十二わせたらあんなもんが見えてしまって」

 

 アインズ・ウール・ゴウンを名乗るオーバーロードによる、カッツエ平野の大虐殺。

 

 その光景に、タブラは心から惹かれてしまったのだ。

 蹂躙。大虐殺。人外にのみ許された圧倒的暴力による美の芸術。

 

 タブラとてその気になれば同じようなことは出来るが、プレイヤーや竜王に目を付けられる恐れがあってあえてやらなかった。

 

 タブラの心をつかんだのは、生産者表示効果という奴だった。あの気弱で温和で穏やかだった仲間想いのユグドラシルプレイヤーのモモンガが、かの圧倒的で絶望的な地獄絵図を生み出した張本人であるというリアル。なんというおぞましいギャップであろう。

 

 実のところタブラ自身人間のころから異常者である自覚が強くあった、この世界にブレインイーターとして生まれ変わった際も倫理感含め特に意識が変わるようなことなど一切なかったのだ。しかし彼はタブラより遥かに狂っている。とてもとても狂っている。

 

 小さな悩みが大海原に流されるような心地でもって、タブラ・スマラグディナはアインズ・ウール・ゴウンの在り方に救われた。

 だからクレマンティーヌの記憶越しに彼を見た時は感動で体が震えたものだ。

 

 いつかこの未来を目にするために、様々な努力を積み重ねてきたものだった。しかし最早すべてが無為に期して、終わってしまったのだ。

 孤独に狂う絶対支配者は最早この世にいないのだろう。見目が同じでも今の彼はタブラの知る者と全くの別人なのだから。

 

「ああ憎い。憎いなぁマタタビ君」

 

 だからタブラ・スマラグディナにとってマタタビの存在は厄災以外の何物でもなかった。

 

 そしてきっと彼女にとっても、今のタブラ・スマラグディナの存在は許せないはずなのだ。

 

 転移してたったの一週間で白金の竜王にたどり着いた彼女である。デタラメな推察力を持つマタタビは間もなくタブラの全てを解き明かして、怒りと共にこの身に刃を突き立てるだろう。

 

 もちろんただで殺されるわけにはいかない。相応の罠と準備でもって生き残る術を尽くすだけだ。

 

 間も無く、そう間も無くにすべてが終わる。誰が生き残るのせよ。




◆以下、最終章予告◆

 
 

『自称世界守護者』ツァインドルクス=ヴァイシオン
 VS
『家出娘』佐々木桜

「お願いします! 力を貸してください!」
「頷くわけにはいかないかな」

『ナザリック最強の個』ルべド
 VS 
『絶対支配者』アインズ・ウール・ゴウン&『守護者統括』アルベド

「対象補足、ギルドマスター:モモンガ。脅威度演算、許容範囲。これより殲滅を開始する」
「いくら可愛い妹でも敵ならば容赦しないわよ?」
「全然性能が可愛くねぇ!」


『ギャップ萌えの男』タブラ・スマラグディナ
 VS 
『千変万化の顔無し』パンドラズ・アクター(&マタタビ)

「ふざけんな! 話をややこしくすんじゃねぇですよ!」
「ややこしいのは君の頭だよ?」
「……其処だけは深く同意いたしますタブラ様」


『屋台崩し』マタタビ
 VS
??????????

「私、信じてますから!」
「やめろぉおおおおおおおお!!!」

『?????????』??? 
VS
偽??????????



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