おまえがめいんひろいんじゃ
◆◇◆
「アルベドか。入れ」
「失礼します」
ナザリック地下大墳墓9階層、ギルドメンバーの住まうロイヤルスイートが一室。白亜の城を連想させる清廉で絢爛な造りのアインズ様の御部屋。
魅惑的に輝く王冠型の巨大なシャンデリアの下にて、アルベドの最愛の主人は膨大な資料と向かい合っていた。
平時の執務作業を目にしているアルベドをして、今のアインズ様のご様子はあまりにも異様だった。まるで刀匠が鉄を打ち、研ぎ澄ましているかのような熱気である。
入室したアルベドは、己の主人のかつて見たことない種類の気迫を前に思わず気圧された。
「散らかっていて済まないな」
「いえそんなことは」
「そうか」
重厚なロココ調の掘り込みがなされた執務机に広がっている無数の羊皮紙。記されているのは戦闘行為にまつわる数多くの要項だ。
様々な
他にもユグドラシルと異世界間における物理法則の微妙な差異などなど。例えば素早さステータスの現実における実際速度への変換式や、腕力と物理攻撃力の相関図や召喚獣の滞在時間とか。
アインズ様はそれらにチラリチラリと目配せしつつ、カーペット大の一際大きな羊皮紙へと忙しなく書き込みを続けていた。
描いているのはアインズ様と
対戦するキャストの名前が一番上にあって、次にフィールドのシチュエーションと様々な付帯状況や勝利と敗北の条件。
それから記されるのが……コンマ秒単位からなる事細かな戦闘の流れだ。
発動されるスキルや魔法。それに伴う相手の戦闘分析と反応。来たるべき反撃への自分の対応。熾烈で苛烈な応酬の繰り返しである。
途中途中で、両者の思考や精神状態の変遷までもが注釈として挟まれている。
信じられない程の濃度で描写されるシュミレートは、覗き見るアルベドの脳裏にすら鮮明な映像を描きつつあった。
その極限のリアリティの根拠にあるのは、おそらく膨大な戦闘経験と知識の蓄積なのだろう。才能などという陳腐な表現を推し当てるのは余りにも不敬で不適当だ。
あの天才マタタビすらも出し抜く戦術眼は、徹底的で地道な積み重ねによるものなのだと、アルベドは強く思い知った。
(あぁ……なるほど。さすがはアインズ様。けれどもやはり……)
ナザリック
アルベドはアインズ様のペン先が示す結末を目で追って、そしてやはりと思いつつも落胆して意気を落とした。
計算結果は、戦闘開始から12分後にアインズ様の敗北である。
主人は嘆息するように顎をわずかに上下させ、今書ききった羊皮紙を同様らしき束の山に雑に乗せた。
「駄目だな。さすがはお前の妹だ、私一人ではとても手に負えるものではない」
当たり前だ。何せ前提条件からして根本的に勝ち目のない勝負なのだから。
それは書き切った別のシュミレート用紙の束の厚さがすでに示していた。たった今の分も含めると、没になった羊皮紙の枚数は数十枚にも及んでいる。
12分も生き残り肉薄を続ける結果すら、あまりに常軌を逸してると言っていい。
それだけルべドという存在の強さが異常なのだ。マタタビの父であり至高の41人が最強たる たっち・みー様すら彼女の力には一歩及ばないのだから。
「後生ですから、どうか御一人でルべドに立ち向かわないで下さい。どうか……」
アルベドは必死に嘆願しつつも、様々な付帯事情に頭を痛め、語尾はか細くなってぽっきり折れた。
アインズ様のお考えに比べれば、自分の言葉はあまりにも虚しく薄っぺらい。そのこともまたアルベドはよく理解していた。
「すまないなアルベド」
多種多様なる異業種たちを内包せしナザリック地下大墳墓。
その全てを統べる筈のアインズ様が、どうしてルべドに単身で挑まなくてはならないというのか。
守護者クラスの実力者をパーティ単位で動員すれば、多少の犠牲は出すにせよ確実にルべドを仕留めることはできるだろう。
だがマタタビの時と同じだ。
アインズ様がそうしないことには、もちろんそれだけの合理的な理由がある。
それは事の発端が、アインズ様と同格の至高の存在たるタブラ・スマラグディナによるものだからである。
現状のナザリックにおいてアインズ様が絶対者足りえているのは、この地に残ってくださった唯一の存在だったからである。
けれどタブラの存在が明らかとなりアインズ様と矛を構えるとなれば、確実にナザリック内の勢力は混乱する。
単純に、ニグレドを除く全シモベがタブラとアインズ様を天秤にかけた場合、大多数のシモベが慈悲深いアインズ様を優先することだろう。
だがそもそも支配者の二者択一を迫られた時点で、シモベの精神状態は最悪レベルに叩き落されるのだ。
そんな状況で味方になったところで、かえってアインズ様の足を引っ張る結果を巻き起こす。敵に回るシモベのことも考慮すれば、勝率はかえって低くなるだろう。
よしんばそれでタブラを滅ぼせたとしよう。それでも今度はシモベの中に「アインズ様が己の創造主を手に掛ける可能性」を見出させてしまうことになり、後々に無視できない禍根を残す。
最悪の場合、己の創造主の安全性を危険視してアインズ様に敵意を抱くシモベが現れるだろう。なにせ他ならぬアルベド自身がそうだったのだから。
疑心暗鬼と恐怖が渦巻き内部から崩れ去る地下墳墓を思い浮かべ、アルベドは身を震わせた。守護者統括としてこれほど恐ろしいことはなかった。
タブラを他のNPC達にはけっして近づけてはならない。これこそアインズ様側の最悪の敗北条件だ。
そんなことはわかり切るぐらいにわかり切っていて、だからアインズ様はシモベたちに助けを求めることができないのだ。
かつてアルベドが水面下で暗殺計画を企てていたのと同じように。
「緊急時のNPCの避難計画はどのようになっている?」
「抜かりはありません。以前作成した、玉座の間への緊急の全体招集マニュアルの手順を流用させて頂きました」
「そんなものがあったか?」
「はい。カルネ村からの凱旋後、御身がアインズ・ウール・ゴウン様として改名なされた時の全体招集の段取りが少々不手際でありましたので。
それで改善案として作ったものがあります。アインズ様からすれば些事ですので報告はしておりませんでしたが」
「そうかそうか、それは恵まれた主人がいたものだ。どのような内容だ?」
「まず私が緊急事態の発生を確認した後、〈
それから各階層守護者が階層ごとに人員を一定個所に集めた後、シャルティアが順繰りに〈
スキルや魔法などによる特殊なエリア移動も利用いたしますので、推算される所要時間は5分もかからない予定になっております」
「さすがはアルベドだな。あとは玉座の間の扉を閉め るし☆ふぁー さんが作ったレメトゲンのゴーレム67体を全起動すれば、内外の封鎖は完了しNPCたちの避難は完成というわけだ。実に完璧な計画だな、私のルべド対策とは大違いだ」
色んな意味で返答に困る称賛だった。
アルベドは無謀な条件が記された羊皮紙の山にもう一度目を落とす。
アインズ様がNPCをタブラから遠ざける理由は合理的ではあったが、2点だけ穴があった。
「でしたらば、どうして私かパンドラズ・アクターを補佐につけないのですか?
他のシモベならともかく、パンドラズ・アクターか御身によって再創造されたこの私が
「理由はいくつかある。
まずパンドラズ・アクターについて。確かにあいつは ぶくぶく茶釜さんや たっちみー さんに変身して
それにあいつには、タブラさんを相手にすると言っていたマタタビさんの補佐についてほしいからな。彼女はとても危うい」
アルベドはかの生意気な猫娘が舌を出す表情を思い浮かべて、心の中でうなずいた。
単純な戦闘能力においてマタタビは非常に頼りになるし、非戦闘職の錬金術師タブラ・スマラグディナ相手なら戦闘においてなら負ける理由がまず見つからない。
ただそれは彼女が100パーセントの能力を発揮できればの話であり、常々ブレーキ役が必要だ。
そういう意味でアインズ様直々に創造されたパンドラズ・アクターは人格的にも能力的にも適任だ。少々彼は
「パンドラズ・アクターについては深く納得いたしました。ではこの私が除外される理由について、どうかご説明をお願いします」
大嫌いな創造主に与えられた能力であるにせよ、アルベドは自分の力が有用であることを理解している。
アルベドは小手先の特殊スキルを持たない純戦士職の中でも、機動力と攻撃力が平均水準より欠ける代わりに防御能力に特化した存在だ。
指揮官職も兼ねて取っている粘液盾ぶくぶく茶釜や、ハイアベレージを誇る最強の聖騎士たっち・みー にだって、防御力であれば負けはしない。ルべドの手の内も姉として把握してるので、問題なく彼女に立ち向かえる。
対ルべドにおいて、アインズ様の補佐として自分以上に相応しい存在は今のナザリックには居ないはずなのだ。
なのにどうして自分が蚊帳の外に置かれるというのだろうか。
しかるべき合理的理由があるのなら、是非ともアルベドはそれを聞きたかった。それ以外には聞きたくもない。
けれども我らが愛すべき理想の支配者であらせられたアインズ様は、この時だけはアルベドの期待を裏切った。
「俺の個人の感情的な問題だ。アルベド、お前をタブラさんたちとの戦いに巻き込みたくはなかった」
「ふざけないでください!」
脊椎反射で怒号を放ったアルベドは、伴って嫌な既視感を感じとり、訳も分からず背筋がこわばる。
だからアルベドは、そんな悪寒を振り払うように最高速で頭脳を回す。
そして目前の理不尽に論理を見出しを問質した。そうであってくれと願いを込めて。
「もしや……我が忠義と愛を疑われておられるのですか? 私の創造主権はアインズ様にあり、タブラ・スマラグディナへの帰属意識は欠片ほどもございません。御身が一声かけてくだされば、タブラも姉も妹でも迷いなく戦いに挑めましょう!」
確かにアルベドはタブラ・スマラグディナに生み出された存在。それは事実だ。
そして創造主権がアインズ様へと変更されたというのはあくまでも推測に過ぎない。アインズ様からすれば寝首を搔かれる可能性だって考えられるのかもしれない。
アルベドの心理状況を論理的に示す根拠はないのだから。
己の忠義と愛を絶対の主に疑われることは、口惜しく悔しく屈辱だ。
けれど今は
それならそれでアルベドは、アインズ様へアピールすればいいだけだから。己がアインズ様の犬であると。
縋るように媚びるようにみっともなくでも、幾千万の言葉と行動で示せばいい。
「御身の疑いを晴らすためなら、我が身も心もお捧げします。今ここで心臓を切り開いてお見せしても構いません。死を命ぜられれば、今すぐ喉笛を掻っ切って自害して見せマ――」
「違う。俺はアルベドのことを欠片ほどだって疑ってない」
ある意味それは、アルベドが考えうる限り最悪の、一番に望まない返答だった。
「……では何故ですか!!」
「お前がタブラさんのことをどう思っているのかは、私にはわからない。
だがニグレドとルべドははお前の姉妹だろう? 姉妹想い、いや二人に限ったことではないか。誰よりも仲間想いなお前を、仲間との戦いなんかに巻き込むのが忍びない、そう思ったからだ」
『ふざけんな!』
ああこれはそうだ、思い出した。いつぞやアインズ様がマタタビ救出に体を張った時、マタタビもこのようにしてアインズ様を非難したはずだ。
(確かにこれは……とても嫌だわ)
魂の根底を足蹴にされたような屈辱と、そして全身を押し潰さんばかりの自己嫌悪が押し寄せてくる。
あの時はマタタビがアインズ様を侮辱したため、即座に殺してやりたいと本気で思ったものだが、今となってみればその理由がよくわかる。あるいはこのような考えでもってして、彼女は両親とアインズ様を拒絶したのだろうか。
そう考えると今のアルベドの心境は、当時のマタタビのトレースの様に思えて、心底気味が悪かった。
「そうしてアインズ様は、いつも御無理をなさっていたのですか?」
「無理……か」
アインズ様は小さなため息とともに呟いて、じっとアルベドを見据えた。
そのあまりに平然な振る舞いからは、何を考えてるのかアルベドには及びもつかない。ただほんのり眼窩の炎とゆれているのだけがわかる。アルベドにはまるで動揺しているかのように思えて仕方がなかった。
「この世界に訪れてからというもの、ずっとそうだったのですよね? 我々の忠義を前に、本性ではなく偽りの支配者の器として接してくださったり。我々で勝手に囃し立てた世界征服の成就を黙認なさってくださったり。いったいナザリックの絶対支配者の重圧がどれほどもののだったか、このアルベドにも計り知れません。ああきっと、我々には及びもつかない様々な慈しみが他にも山ほどあるのでしょう。違いますか?」
正直違っていてほしかった。
普段のシモベの何気ない言動がアインズ様の心を縛り付け、そして鑢掛けするように削って摩耗させてただなんて。
もしもそうであったなら、それは最早シモベの存在意義の根幹が揺らいでしまう。自分で自分を許せなくなる。
それこそ「考えすぎだ」とか「深読みし過ぎだ」とか否定してくだされば――あるいはそれも気遣いなのかもしれないけれど――一時は心の平穏を保てるというもの。
少なくとも、目下の戦いへ意気を高めることは出来る。アインズ様の犬として忠実に努めることができる。だから――
「マタタビに何を吹き込まれた?」
――そんな究極な肯定の言葉を言わないで欲しかった。
そうしてある種の幻想と共に、アルベドのアイデンティティは崩壊する。
さっきから動機が止まらない。口の中は乾いて、頭は重く、吐き気がこみ上げ眩暈もする
なんてことだろう。我々シモベが妄信する完全無欠の絶対支配者なんてものはどこにもない。
実際はただ悲しいほどに優し過ぎる奴隷のような君主だった。そんな何より愛すべき存在を追い詰めていたのが他ならぬ我々シモベたちだというのだから、こんなに酷い話はない。
これではもう笑うしかないだろう。
「くふ、あは、あはははははは。ご安心を。何も、マタタビは何も語りませんでした。彼女はアインズ様のよき理解者として、ただ忠実に黙しておりました」
本当にマタタビは食えない奴である。
彼女は端から全部知っててその上で、極めて限られた真実だけをアルベドに告げたのだ。
アルベドに、それだけが真実だと勘違いさせるため。つまりアインズ様の秘密とアルベドの精神を守るために。
憎い女だ。
「全ては私が自分で気付いたことです」
そうして乾いた笑みで言い切った後、アルベドの頭の奥でカキンッと何か取り返しのつかない音が響いた気がした。頭痛などこんな現実に比べれば些末事。鼻奥からの血なまぐささは嗚咽と共に飲み込んだ。
「…………そうか」
アインズ様はテーブルの上に視線を落とし、ほんの僅かに背を丸める。取り繕う気を無くされたようだった。
そして〈
「失望したか、俺のことを。こんな奴がナザリック地下大墳墓の主人なのかと」
「アインズ様のことを失望? 言っている意味が分かりません。惚れ直すの間違いです。アインズ様がこんなにも慈悲深いことを知っていては、あの気性難なマタタビでさえアインズ様に懐くわけです」
なぜアインズが気を落とすのかアルベドにはわからなかった。
そしてマタタビのことを言及すると、ハトが豆鉄砲でも食らったように呆然となされた。この点にだけはアルベドは呆れた。
「懐くって……アルベドお前、まだ何か勘違いしてないか? 」
先日世界征服宣言の否認と共に、マタタビとの婚約を否定なされたのは記憶に新しい。
聞いた時には確かにたまげたが、しかしアルベドにとって重要な事実は何も変わっていないのだ。
「性愛的な恋慕か純粋な友情なのかは議論になるので棚上げして、少なくともマタタビがアインズ様へ並々ならぬ好感を抱いているのは事実です」
「毛虫以下の扱いだと思っていた。先日嫌ってはいないと本人の口から言われて驚いたが……嘘だろう?」
「……どうやら彼女のへそ曲がりせいで伝わってはいなかったようですね」
あるいはたった今発覚したアインズ様本人の自己評価の低さが災いしているようだ。
アインズ様はマタタビのことを理解者として信頼している。だからこそアインズ様自身の卑下をマタタビに投影なされているのだろう。……ひょっとしたらその卑下は、無暗にシモベがアインズ様を持て囃し過ぎた反動なのかもしれない。ともすれば猶の事痛ましい話だ。
だが各々の「へそ曲がり」と「卑下」を解消しさえすれば、二人の思いは素直に通じ合うはずなのだ。その関係の名が友情にせよ恋愛にせよ、対等で良好なものにはなる。
そうなれば、
「待てアルベド、さっきから話の流れが滅茶苦茶だ。タブラさんのことを話していたはずなのに何故マタタビさんのことを――」
「いいえこれこそ最も重要なことです!」
さっきから頭の中がカキンカキンと煩わしい。眩暈も酷く、尊きアインズ様の御顔がかすんでしまう。あるいは自分事気が直視するのも不敬であるということか。それなら納得だ。
何やら自分の【存在規定】がアルベドの言動を縛り付けようとしてくる気がする。
だがそんなものは関係ない。気まぐれだか何だか知らないが、アインズ様は己に『愛せよ』と命ぜられたのだから、全てを尽くし主人の幸福を遂行するのみである。
だから言うのだ、己の全ての身の丈を。たとえそれが己を否定することになろうとも。『愛する』為に愛されることを捨てるのだ。嫌われてでも、捨てられてでも、愛すべき愛しい方に未来への道を示すのである。
「私はマタタビがナザリックに現れてからずっと考えておりました。
至高の御方々を失った今のナザリックで、アインズ様が幸せになられるには一体何が必要かを。
結論は出ました。あなた様に真に必要なのは、あなた様と対等な目線で通じ合う、マタタビのような存在です。だからあなた様は至高の41人に執着していた、ただそれだけのことなのでしょう。
あるいはなればこそ、実際のところ至高の存在でもマタタビでも、誰でも良いのかもしれませんね。御身と対等に分かり合える存在ならば。忠義に曇った我々シモベには不可能なことですが。
例えば
それでもきっとあなた様なら、心の底から分かり合えるパートナーを見出せたことでしょう。それこそマタタビのように。だってアインズ様は、知れば知るほど愛さずにはいられない、お優し過ぎるお方ですから。
足枷のように纏わりつく我々の様な卑しいシモベ共はあなたに必要ありません。むしろ……邪魔、です。
我々が囃し立てるだけで御身の心は理想の支配者として縛られて、望みもしない世界征服をやらされる。
タブラ・スマラグディナが敵となり御身が危機にさらされても、数多のしがらみによってシモベは結局お役に立てない。ならばそんなシモベには何の価値もありません。
であるにもかかわらず、我が君、我が君、どうして我々をお見捨てになられない?
いいですか、本当に大事なことは2つだけ。
アインズ様の安全、そして幸福。
そしてそのために本当に守られなくてはならないのは、ナザリック地下大墳墓ではありません。
アインズ様とマタタビ、お二人の未来です」
言ってしまった、言い切ってしまった。
ずっと一緒に居たいのに。
「アルベド」
殺したくない。
謀反者になったけどルべドとニグレドはアルベドの姉妹だ。二人と戦うなんて絶対に嫌だ。
「アルベド」
亡くしたくない。
ナザリック地下大墳墓はアルベドの心の故郷だ。仲間は大事だ、階層守護者もプレアデスも一般メイドも他のみんなも、誰一人として欠けるのは絶対嫌だ。
「アルベド」
愛されたい。
世界で誰よりも、アインズ様の愛を求めてるのはアルベドだ。アインズ様に、誰より一番愛されたい。ギルドメンバーにもマタタビにもシャルティアにだって取られたくない。
いやだいやだいやだいやだ
たすけて、たすけてモモンガ様
理性と感情がハリケーンのように混ぜこぜになって、アルベドの思考は真っ白になった。
最早頭痛は痛みを通り越して、頭蓋の中から脳みそが空洞になってしまったような気がする。
耳も遠い。誰かが何かを呼んでるような気がしたが、意識に留めることもままならない。
このままホワイトアウトして、自分は消えてしまうのだろうか。そんな気がした。
「………」
ふと、意識が浮上する。
最初に感じ取ったのは触覚だ。頭頂部の上に置かれた固く冷たく、けれど温もりを憶える感触だ。
もっとそれを感じたい。意識ではなく本能がそれを求め、死んでた神経が徐々に蘇生されていく。
次に視界が暗転し、一面のホワイトキャンバスが優しく包み込むような漆黒色に覆われた。
意識が戻ると、その漆黒に抱きしめられてるのだと納得する。
そして最後に聴覚が、聞き捨てならない文言をアルベドの鼓膜に震わせた。
「〈