ナザリック最後の侵入者   作:三次たま

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 今回の話は見なくていいです閲覧注意
 どうしても先が詰まったので、気晴らしにオリ主とモモンガがくっつくとかいう誰得な地雷IFを書きました。後悔してます。そのうち消します。
 これ書いたので本編では絶対二人をくっつけません。そういうことで許してください。





IFルート 悟と桜

 今日はユグドラシル最終日。色々あったが本当に楽しいゲームだった。

 採算度外視でこだわり重視の偏ったゲーム構成は商業的には考え物だが、少なくともマタタビにとっては神ゲーだ。

 永らく楽しませてもらったのだから、最後の最後は有終の美を飾りたい。

 

 自棄になった多くのプレイヤーたちは街中などでどんちゃんとお祭り騒ぎをしているようだ。かの悪名高きギルド:アインズ・ウール・ゴウンへ挑む格好のチャンスなことを多くの者が見逃しているのは、個人的には突っ込みどころ。

 

 サ終の三日前から敵モブが一切動かなくなってるんだから、グレンデラ沼地に群れる厄介な毒耐性型ツヴェークも当然動かなくなるわけで。

 リソース消費ゼロでナザリックに挑めるのだから、もうこれは挑んでくださいと言ってるようなもんである。

 

 

「というか誰か挑めよまったくさぁ、上層で騒いでくれりゃもっと楽に侵入できたってのに」

 

 薄汚れて腐ったどすぐらい夜空を仰ぎ見ながら、マタタビは思わず独り言の怨嗟を吐いた。

 

 ここは第八階層の荒野エリア。マタタビが一昨日から慎重に侵入し続けかれこれ70時間が立ったころ。サービス終了まであと4時間。

 

 侵入ルートは6年前の1500人侵攻時にマタタビがこっそりとマッピングしたデータを利用しているので、手順さえ間違えなければ死ぬことはない。

 だがそれにしたって、無理やり有休消化して時間を空けたり、リアル体に点滴打ったり、ナザリック内のセーフゾーンで寝落ちしたりしながら苦難の絶えない道筋だった。

 特にバレない様に、という一点が大変。 トラップも感知結解も解除すらせず全部スルーしなければいけなかったから、その為に侵入ルートは遠回りに次ぐ遠回り。

 2層からまた1層に戻ったりとかそんなことの繰り返し。

 

 上に討伐隊とかが攻めてって騒いでくれりゃあ、モモンガさんが対応してる隙に最短ルートで最終層まで行けたのに。

 無いものねだりはできないが、それにしたってあんまりだ。

 

「そう思うでしょう? 魔王様」

 

 待ち構えているであろうユグドラシル非公式ラスボス様だって、きっと肩透かし食らってるに違いない。私もそうだし。

 

 画してやむ負えない苦難を重ね、どうにかこうにか事前情報でたどり着ける最終地点の八階層にたどり着いたわけである。

 

 

「まずいなあ、下への降り口が見当たらない。……間に合うのかなぁこれ」

 

 マサヨシ……じゃねぇ。たっち・みー のリーク情報によるとナザリックは全10層まで拡張されてるわけで。

 残り時間はたったの4時間しかないのだ。

 残り8,9,10のエリアからギルド武器を発見して破壊するのは……無理かもなぁ。運よくモモンガさんでも発見できれば、PVPで倒してユグドラシル:クリア☆でもいいのだが。それも出来ないかもしれない。

 

 あてもなく荒野をさまようこと小一時間ほど。すでにこの侵入計画は袋小路に差し迫りつつあった。

 

 そんな時ふと光明、と言っていいのかわからないが……まぁ手がかりのようなものが現れる。

 ここから1キロほど先の地点に、ある100レベルプレイヤーの気配を感知した。残念ながらモモンガさんではないし、その人物は個人的に苦手なのだが。

 遭遇したら遭遇したらで、事態が好転するのか悪化するのかもわからない。

 それでも侵入計画がとん挫するならどうせと思い、マタタビはそいつに近づいた。

 

 紫タコヘッドのブレインイーターで、誰得過ぎるやたら露出度の高いボンテージを身に纏った錬金術師の魔法詠唱者。

 

「ごきげんようタブラ・スマラグディナ。こんな荒野で一人きり、あやしくコソコソ何をしてるんです?」

 

「……あぁ君か。それにしてもどこから突っ込めばいいのやら」

 

 コソコソも私。怪しいも私。一人きりも私。何してるんだも全部私に返ってくるセリフだ。

 

「ただいま私はナザリック地下大墳墓潜入攻略RTA真っ最中なんですよ。なんですが……ちょっともう袋小路になってしまってさ」

 

「ずいぶん簡単に言ってくれるね。ここまで本当に一人で来たっていうのかい? ツヴェークが居ないにしたってあまりに常軌を逸している

 ぷにっと萌え君が知ったらいつぞやのようにひっくり返りそうだ」

 

 それなら是非とも彼には今すぐここにきてひっくり返ってもらいたいところだ。せっかくモモンガさんがこうして待ち侘びているのだから。

 悲しいことに、そんなことはあり得ないけど。

 

 なんてササクレ立った思いが浮かぶが、こんな奴に吐露したところでどうしようもない。だから私は飲み込んだ。

 

「いえいえこれでも1500人の大侵攻の時からの数年がかりの仕込みでしたから。

 かの魔王様の性格上、トラップギミックの配置は全盛期から一切変えてないのはわかってました。

 それに初見でグレンデラ沼地のツヴェーク強行を突破した弐式炎雷には叶いませんよ」

 

「…………」

 

 私の切り返しにタブラは数舜戸惑って口に手を当てる。

 そして私の腹の底を覗き込むかのようにじっと見て、関心といった風に笑いかけた。

 

「君も、昔と比べてずいぶん変わったね。モモンガさんと やまいこ さんを除く呼び捨ては相変わらずだが、それにしたって随分物腰が柔らかくなった」

 

「ええおかげさまで。呼び捨ては……直そうと思った時にはあんたら軒並み辞めてましたから」

 

 昔の私がナインズ・オウン・ゴールのメンバーを呼び捨てにしていたのは、単純に私なりの親愛によってだった。

 だがゲーム仲間としての距離感として不適切だと指摘されたのが、やまいこさんが引退する直前だったというわけである。

 

 むしろそれまでの私の態度をある程度でも受け入れていた彼らの方がどうかしてるって気がするけどね。

 

「……相変わらずと言えば相変わらずか。君と個人的に接してみたいと思うメンバーはそれなりにいたのだよ?

 ただギルドやクランという集団の中では、君は厄介な性質を発揮するようだからね。こういうのを何と呼ぶんだったか」

 

「ははは。知ってる知ってる、サークルクラッシャーって奴でしょう?」

 

 自虐がてら笑って返す。心と耳の痛む事実なのだから否定しようも無かった。

 しかしタブラは手を横に振って否定する。

 

「違う違う……そうだ思い出した、ギリシア神話における人類最初の女性『パンドラ』だよ」

 

「うん? パンドラって、パンドラの箱のことですか?」

 

「その箱の所持者のことだよ。旧世界にて奢った人類に罰を与えるために最高神ゼウスが命じて作らせた存在だ。

 神々はパンドラに、狡猾な心や魔性の魅力や多くの技能と、そして最後にあらゆる災厄を詰め込んだ箱を与えたんだ。そこからは知っているだろう?」

 

「女が箱を開けて世界は大混乱。んで何故か希望だけ箱の中に残っちゃったって奴ですよね

 自分で言うのもあれだけど、厄介者って点では私とお仲間さんなのかな」

 

「別に悪い意味ばかりではないさ。パンドラという言葉はその作成経緯から『神々から全てを与えられた者』という意味合いを持っているんだ。

 ともすれば たっち さんの剣術からは始まり、やまいこ さんや弐式炎雷さん、ぷにっと萌え さんなど数多くのギルドメンバーの技能を吸収した君の在り様は、まさにこの言葉に相応しいとは思わないかい?」

 

 いかにも神話好きのタブラらしい語り口だった。

 過大評価もいいところだが。

 

「ほめ過ぎです。実態は只の器用貧乏ですよ」

 

「過ぎた謙遜は嫌味だよ。容易く真似された者達からすれば不名誉なことだ。

 そういえばパンドラの名が付いた、ちょうど君みたいなNPCが居たような気がする。会えるといいね」

 

 残り4時間でそんな道草食ってるつもりはない。心底どうでもよかった。

 

「あいにく暇ではないもので。そういうタブラは何してるの?」

 

「そろそろログアウトするから最後に造ったゴーレムを見に行こうと思ってね。君も知ってるんじゃないかい? ルべドって名前なんだが」

 

 彼の言葉に脳内検索を掛けそれらしい記憶を引っ張り上げる。

 サルベージされたのは、建御雷が残した記録映像で たっち・みー と一騎打ちしていた熱素石(カロリックストーン)内臓の特製ゴーレムのことだった。確か勝負はたっち・みーの降参負けで決まったはずだ。マタタビにとってはあまり良い思い出ではない。

 

「あの超AIのチートゴーレムですか。よく作りましたよねあんなもん。熱素石(カロリックストーン)で無限エネルギー供給だし、希少金属を多重利用した超装甲もエグイほど固いし。

 何よりどこの軍からパクって来たんだってくらいの超性能AI。まさか たっち・みー の動きを1分足らずで完璧に見切っちゃうなんてさ」

 

「苦労した甲斐はあった。たっち さんから降参の二文字を頂けたときはそりゃ嬉しかったさ。

 彼もまだ余力はあったようだけど、そこがまた彼の底知れない部分だね」

 

 タブラは楽しそうに肩を笑わせた。

 頭のおかしい彼なり(・・・・・・・・・)に、このユグドラシルを楽しんでたのだと思うとわずかに心が和んだ。

 

「しかしもうログアウトしちゃうんですか? 魔王様……モモンガさーんに最後まで付き合ってあげればいいのに。彼もその方が喜ぶ」

 

「それも悪くはなかったんだがね。けど先ほど大図書館(アッシュールバニパル)でベルリバーさんが残した興味深い暗号文を発見してね。

 一刻も早くリアルで解析を掛けたいんだ」

 

「………そう、かよ。そりゃあ随分と薄情なこったな」

 

 マタタビの中に僅かばかりに膨らんだ期待感が霧散した。

 所詮この人もこの程度か。目先の好奇心の為にモモンガさんを一人にするのか。

 いや、彼すらまだしもマシな方。今日この日にログインして尋ねに来ただけでも大多数よりは全然いいくらいだ。

 

 なんて、たかがゲーム仲間の縁に期待するのは筋違いなのはわかってる。たかがゲームだユグドラシルは。

 誰よりも、そんなことはモモンガさんが一番よくわかっているだろう。

 マタタビだってわかっているんだから。

 

「せっかく彼が待ち侘びているんだ。最後までいてやれよタコ助」

 

 それでも思わず手が伸びて、タブラの腕を強く強くつかんでしまった。

 気を付けて正していた丁寧語が乱れて昔みたいに逆戻り。

 

 駄目だな私は、昔から。何にも変わっちゃいないのだ。

 

 真っ黒になったマタタビの思考に、タブラは何故かかかと笑いかけた。

 

「マタタビ君のそういうハッキリしたところ、個人的には嫌いじゃないけどね。

 少なくともモモンガさんのようなさもしい小賢しさよりは、ずっと好感が持てる」

 

 タブラからすれば褒めてるであろうその言葉は、マタタビの根本を的確に足蹴にしていた。

 

「聞き捨てならないなぁ、その言葉」

 

 マタタビはモモンガにはなれなくて、モモンガのように大人のフリすら出来ないかった。

 だから実家と疎遠になり、ここのギルドメンバーにすらなることができなかった。

 それはいい。それは当然のことで仕方がないことだ。

 

 けれど、誰よりも他人に合わせ続けていた、過剰適応とまで言えるモモンガさんを疎むような言い方は、マタタビには決して許せない。

 

 タブラはマタタビの怒りに油を注ぐように、つらつらと煩わしい言葉を薪にくべる。

 

「まぎれもなく本音さ。僕はこの、今のナザリック地下大墳墓の空気が気色悪くて仕方がない。

 ここは時が止まったかのように、最盛期から何も変わらず維持され続けている。

 これを目の当たりにすればそりゃあわかるさ、彼がどれほどギルドメンバーの存在を求めているか。

 

 でも彼は決して口にはしなかった。僕がさっき別れを告げた時だって、何のわだかまりもなく立ち去れてしまったんだ。

 異常だよ、僕は彼が怖いね」

 

そこが(・・・)、彼の最も愛おしいところでしょうに。もちろん弱さでもあるけど」

 

 私は無造作にアイテムボックスから、お気に入りの神器アイテム:妖刀紅桜を抜きだして、そして彼に突き付けた。 

 

「そろそろ不用意な口は閉じてください。さもなきゃ私はプッツンして、あなたの手足を切り落として魔王様の御前に捧げてしまいそうですよ」

 

 魔法職のタブラならここまで接近してしまえば、暗殺者であるマタタビにとっては赤子の手をひねる用に調理できる。

 手足をそいで耐性削って時間停止して、そのまま彼の前にお届けしよう。タコの刺身の冷凍だ。

 

「……呆れたよ。わかるかい、こんなのばっかだから君はギルドメンバーから嫌われたんだ。

 大体、今から僕が彼の前に行って、偽りの慰めをして何になる?

 

 そこまで彼を想っているなら、君こそが彼の傍に居ればいい。そうだろう、たっちさんの娘さん(・・・・・・・・・)

 

「はぁ!? あんた何で―― 「〈上位転移(グレーターテレポーテーション)〉」 ――ってしまったぁ!!」

 

 タブラの爆弾発言に気を取られ、うっかり転移で逃がしてしまった。

 悔しさにうずくまるマタタビに〈伝言(メッセージ)〉が届く。憎たらしいタコ野郎の声だ。

 

 

『ありがとう、最後に君に会えてよかった。そうそう、九階層の方角とギルド武器の場所だけど――』

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 広々とした円卓の間でポツンと2席。死の支配者(オーバーロード) 古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)が語り合う。

 傍から見れば、世界征服を画策する邪悪な魔王たちにでも見えるだろうか。

 けれどその内実は、2者のまがまがしさや円卓の間という風景からは及びもつかないくらい、生々しい実生活のことである。

 具体的に言えば仕事の愚痴だ。

 

 方や営業職と方や末端プログラマー。彼らの業種は異なっていたが、それでも社会人としての心意気は深く通じ合うものがあった。

 

「――それで最悪だったんです。営業のアホが雑な見積もりしたせいで採算が取れないのが分かってしまって。

 なのに責任は全部プログラマーですよ? 売上ノルマがこなせないからって、もう残業に次ぐ残業。

 おかげで2か月連勤で……その時はまだ若かったからどうにかなりましたが、今はもう……」

 

「あちゃ~、そういう逃げ腰ついてる営業はもうどうしようもないですよね。

 でもそういう奴に限って立ち回りはうまくて、おとがめなしだったりするんですよね」

 

「まったくです。自分の顔を立てるために、クライアントの無茶な要求にホイホイ飲んで全部現場に丸投げなんです、そいつは。

 あいつのせいでどれだけの後輩が辞めていったか……。でもそんなのは氷山の一角。あいつは遠回しにエンジニアの賃上げを主張するからまだ許せるんです。

 そも諸悪の根源は、業界全体にはびこる多重下請け構造です。おかしいでしょ! 元は2000万円で受けたはず仕事が、有象無象の業者が仲介したせいで、最終6次の下請けでは実質300万円で動かなくちゃいけないんですよ!?

 そりゃ予算も賃金も人員だって回せませんって」

 

「そうですね。俺もなるべく直請けの仕事を選ぶようにしてるんですけど。

 頭数の営業成績で競争すると、そういう仕事ばっかとってくる連中のほうが評価されてしまうんです。

 間違ってますよねそんなの。損な仕事なんてとって来ない方が会社の利益につながるのに」

 

「できれば僕はずーっとメイドのAI造って暮らしたいです。モモンガさん俺雇ってくださいよ。年収200万でもいいからバリバリ働くよ?」

 

 できるならモモンガだって、こうしていつまでも彼の愚痴の受け皿で痛かった。それこそ真の意味で世界が終わるまで。

 

「給料はユグドラシル金貨でいいですか?」

 

 半分くらい本気の冗談であるとは、さすがにヘロヘロも思うまい。

 

「ははは、それだと僕は傭兵NPCになっちゃいますね……ってすいません。

 愚痴ばっかりこぼしちゃって。あんまり言えないんですよね、向こうじゃ」

 

「気にしないでくださいヘロヘロさん。そんなに疲れているのに無理を言って来てもらったんですから」

 

 実のところ仕事の愚痴は、ユグドラシルに限らず大概のDMMORPGでは忌避されている。

 

 だがここギルド:アインズ・ウール・ゴウンだけにおいては、公然と認められていた。

 恐らく理由は、このギルドの加入条件に社会人であることが定められているからだろう。

だから社会人としてのストレスを吐露できる相手というのは非常に貴重なのだ。しかもその相手が仲間であればなおさらだ。ギルドメンバーとはお互いを認め合い、時には冗談を言い合えるような関係でありたかった。

 だからこそ、モモンガこと鈴木悟はこのギルドを愛おしんだ。

 

(でも、それも今日で終わる)

 

 

 けれど出来ないことは出来ないのだ。

 

 理由は数多くあると言える。ユグドラシルそのものの都合というのもあるが、他にも様々なリアル的な事情によってモモンガの宿願は叶わない。

 けれどもあえて一つに絞るのならば、明確にこれだと言えるものをモモンガは知っている。とっくの前から分かっていた。

 

 

「ほんとありがとうございます。こっちもログインして久しぶりに会えてうれしかったです……

 でも正直ナザリック地下大墳墓がまだ残っているなんて思っても居ませんでしたよ」

 

「…………」

 

 仲間達との、ユグドラシルにかける熱量の差だ。

 ゲームとリアルを天秤にかければ誰だってリアルをとる。ヘロヘロ達は当然のようにリアルをとって、けれどモモンガにはそれが出来なかった。

 モモンガにとってユグドラシルこそ何よりも尊い現実だったから。

 

 そんな溝を改めて見せつけられて、モモンガの心は暗礁に乗り上げる。

 浮上する名状しがたい感情を、心を閉ざしてせき止めていたモモンガ。

 

 そんな人の気も知らぬヘロヘロは、けれど何気なくモモンガに感謝を告げた。

 

「モモンガさんがギルド長として最後まで維持してくれていたんですね。感謝です」

 

「みんなで作り上げたものですからね!」

 

 とっさに耳障りのいい言葉に飛びついて、モモンガはにこやかに返答した。

 表面的な気分は穏やかになったが、実態は理不尽な憤怒とそれに伴う自己嫌悪が累積される結果となった。

 

「感謝です。っとすいませんモモンガさん。そろそろ眠くて」

 

「お疲れでしょうしね。すぐアウトして、ゆっくり休んでください」

 

 うとうとと、左右に揺れるヘロヘロの姿を見てモモンガの心は3つに割れていた。

 一つは純粋な心配と感謝。もう一つは、頼むから出てってくれという拒絶。そして勿論もう一つは――

 

「どうも、次に会う時はユグドラシルⅡとかだといいですね。またどこかでお会いしましょう」

 

 ――引き止めたい。そんな恥知らずな感情だ。

 

 それら3つは三枚天秤に水平ぴったりに釣り合って、モモンガの行動を抑制する。

 ヘロヘロは空にコンソールを操作して、間もなくログアウトボタンを押すだろう。モモンガはただそれを見守った。

 

 そして運命の別れの瞬間――

 

 

「ちょおおおっと待った!!」

 

 

「「え!?」」

 

 甲高い掛け声と、そしてドカンとひときわ大きい爆発音が鳴り響く。

 円卓の入り口扉が爆風によって吹き飛ばされて、粉みじんになった木片が円卓の間全体に飛び散った。

 

 そして爆風を切り裂いて卓上に飛び乗ったのは、麗しい黒髪を棚引かせた端正な顔立ちの学生服姿の少女だった。

 

「まさかマタタビさんですか!?」

「げ……マタタビじゃん。苦手なんだよねこの子」

 

 モモンガもヘロヘロもその人物には見覚えがあった。

 彼女はギルド:アインズ・ウール・ゴウンが前身である旧クラン:ナインズ・オウン・ゴールの元メンバーマタタビだ。

 その性悪さからクラン内で大炎上をもたらして、慎ましく脱退したという、るし☆ふぁー 以上の問題児である。

 

 クラン脱退後の彼女はソロプレイを継続し、数多のギルド拠点を荒らしつくす最悪の害悪プレイでユグドラシルを賑わせたものだった。

 そんな彼女がどうしてこのナザリックにいるというのか。

 

 少女は唖然とするスケルトンとスライムに構わず刀をカツンと大理石に突き立てて、高らかに犯行声明を挙げた。

 

「やぁやぁ我こそはナザリック最後の侵入者なり! そこにおわします非公式ラスボス魔王様と逃げ腰薄情なスライム野郎!!

 尋常に我が挑戦を受けたまえり!!」

 

「……相変わらず口が悪くて嫌だなぁ君は。いやでも、このナザリック地下大墳墓に単独侵入って無理があるんじゃ……誰に手引きされてきたの?」

 

 マタタビの乱暴な物言いに気を損ねたヘロヘロは、眠気を嚙み潰すようにして戦闘態勢を整える。

 そのやりとりは、彼女がいた当時のクラン:ナインズ・オウン・ゴールではお馴染みのものだった。特にメンバーの中でヘロヘロは、ギスギスした空気を生み出すマタタビのことを毛嫌いしていたのだ。

 

ヘロヘロの問いに、マタタビはとんがったような口調で答えた。

 

「強いて言うならタブラですけど、それだって偶々八階層で出くわした後で九階層への入り口を教えてもらっただけなので、実質殆ど自力です」

「信じられない……このナザリック大墳墓を単独で攻略するなんて」

 

 モモンガも同感だった。ヘロヘロは驚愕の声を上げてから、負けじとマタタビを睨み返す。

 

「そこは素直に称賛するよ。それで、誰が逃げ腰薄情スライムだって?」

 

「……わからないの? この今の、ナザリック地下大墳墓を見て何も思わないのだとしたら、とんだ鈍感野郎がいたもんです。

 なのにお優しいですねぇ魔王様は。アハハハハハ!!」

 

 それからマタタビのアバターは、視線をヘロヘロからモモンガにギロッと合わせ、凄惨な笑い声をあげる。

 まるでモモンガの心を読み取ったかのようで、ひどく気味が悪かった。

 

「君は……」

 

「いい加減にしてください!! PVPだかギルド戦だか知りませんが、俺と勝負するんでしょう?」

 

 嫌な空気の会話を断ち切り、モモンガは魔法詠唱の準備を始める。

 それを開戦の狼煙と受け取ったマタタビは即座に跳躍し、円卓の間の壁面に埋め込まれていたギルド武器:スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンに手を掛ける。

 人物認証で掛けていたセキュリティロックを何らかの盗賊系スキルで解除したらしい。

 

「隙ありですよ!!」

 

「畜生とられた! 〈魔法最強化効果範囲拡大(マキシマイズワイデンマジック)万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)〉」

 

 モモンガの魔法により、マタタビめがけて幾千万もの雷光を束ねたエネルギーの凝縮体が室内全体へ雨のように殺到する。

 デスナイト並みの耐久力しかない彼女なら、一撃でも当たれば即ゲームセットだ。

 

「ふんふんふーん♪」

 

 しかしそんなこと彼女自身がよくわかっているわけで。

 鮮やかな身のこなしで雷の雨を、その隙間と隙間へ滑り込み全て回避してしまう。

 明らかにユグドラシル運営が想定してない戦術であり、相変わらず人間業とは思えない。

 

「それじゃばーいばーい」

 

「待て!!」

 

 それからマタタビは意気揚々と円卓の出口から、一目散に逃げてしまった。

 非常にまずい状況だ。すぐに彼女を追いかけなければ、折角のユグドラシル最終日にギルドを破壊されてしまう。

 

「ヘロヘロさん! 先にログアウトしていてください、俺は彼女を捕まえなきゃいけないのでどうお構いなく!」

 

 モモンガは即座に〈飛行(フライ)〉の魔法を掛けてマタタビを追いかけようと浮かび上がる。

 慣れ切った飛行操作だ。転移はナザリック内では使えない。いくらユグドラシル屈指の韋駄天である彼女と言えど、アウェイのナザリックで追いかけっこをするならばモモンガにだって勝ちの目はある。

 

 さぁ行こうと意気込んだのだが、ヘロヘロがスッとモモンガの手を引き留めた。

 

「待ってくださいモモンガさん。僕が彼女を追いかけます。」

 

「お気持ちは嬉しいですが駄目ですよヘロヘロさん。しっかり休まないと」

 

「いいんです。彼女へのムカつきで目が覚めました。……それに僕、さっきモモンガさんに酷いこと言っちゃいましたよね」

 

「え?」

 

「ナザリック地下大墳墓が残ってるとは思わなかった、なんて」

 

 一瞬モモンガは、血の気が引くような感覚を覚えた。

 自分のツマラナイ逆上を、ヘロヘロに感づかれてしまったのだろうか。

 嫌われてしまう、そんな悪寒が駆け巡る。

 

「いえ、酷いことだなんて。そんなことはこれっぽちも……俺が勝手にやったことですし」

 

「ありがとうございます、でも……」

 

 ヘロヘロは砕け散った扉の方を示して言った。

 

「多分さっきの会話、あの子も盗み聞いてたんでしょうね。

 そりゃあわざわざ此処まで挑戦しに来たあの子なら、聞いたら怒るに決まってます」

 

「ヘロヘロさん……」

 

 この人はどこまで優しい人なんだろう。こんな自分を気遣ってくれている。それなのに、逆恨みしかけて自分が憎かった。

 モモンガの眼窩の奥からは、自然と熱いものがこみ上げてくるような気がした。アバターは涙を流さないが、おそらくリアル体では目から雫が滲んている。

 

「お詫びというかなんというか、最後はせめて仲間として戦わせてください」

 

「わかりました。では彼女のことはお願いします。俺はNPCを使って包囲網を作ってみます」

 

「はい。それじゃ僕は彼女に思い出させてやりますよ。武器破壊の恐ろしさを」

 

「程々にしてあげてくださいね」

そう言って二人は互いに笑いあう。

「じゃ、行ってきます」

「はい。お任せしました」

そしてヘロヘロはマタタビを追って飛び出していった。

 

一人になったモモンガは、一呼吸置いてから動き出す。

まずは守護者達を集めよう。彼らの最後にした最大の晴れ舞台だ。

 

 

 

()

 

 

 

 

「ちきしょー! 私の負けでーす!」

 

 モモンガが玉座の間にたどり着いた時には、マタタビはすでに大の字になって大理石の床に寝そべっていた。

 周囲には溶けてバラバラになった、マタタビ自慢の数々の神器級アイテムが無残に散乱している。

 

 その原因たるヘロヘロは、どうにか取り返したスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンに寄りかかって、眠たげながらもどうにか立ち姿勢を維持していた。

 二人の戦いは相打ちといったところだろうか。けれど勝負はナザリック地下大墳墓の勝利だった。

 

 寝そべるマタタビを取り囲むのは、ナザリックの階層ごとにレイドボスとして設置した100レベルNPCの守護者たち。

 そしてその他粒ぞろいの精鋭たちだ。

 

 第一から第三階層守護者シャルティア・ブラッドフォールン。

 第五階層守護者コキュートス。

 第六階層守護者のアウラ・ベラ・フィオーラとマーレ・ベロ・フィオーラ。

 第七階層守護者デミウルゴス。

 そしてデミウルゴスに抱きかかえられた第八階層守護者ヴィクティム

 第九階層執事(バトラー)セバス

 セバスの傍に控える戦闘メイドプレアデシスのユリ・アルファ、ルプスレギナ・ベータ、ナーベラル・ガンマ、ソリュシャン・イプシロン、シズ・デルタ、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ

 楼花聖域領域守護者オーレオール・オメガ

 宝物殿領域守護者パンドラズ・アクター

 ナザリック最強の起動兵器ルべド

 守護者統括アルベド

 

 マタタビが不用意な動きを見せれば即座に命を奪えるように、彼らは各々自慢の神器アイテムの武装を差し向けていた。

 こうして見ると非常に壮観な眺めである。これまで侵入者たち相手に活躍できたためしはなかったが、今日はこの上ない大活躍と言えるだろう。

 

「……やっほーモモンガさん、勝ったよー」

 

 ヘロヘロは遅れてきたモモンガにへらへらと手を振って見せる。

 本当にお疲れのようだった。モモンガも軽く手を振り返し、それから頭を下げた。

 

「ご苦労様です、ヘロヘロさん。見事な戦いぶりでした」

 

「まぁ、この子たちが玉座の間に追い詰めてくれたからですよ。さすが、皆が作った自慢の子供たちです」

 

 その言葉には様々な意味が込められているのがわかる。

 ここにいる全員を作り出したギルドメンバーへの敬意だとか、今まで守ってきたナザリックに対する誇りとか。

 ヘロヘロがそれを実感してくれていたことが、モモンガには何よりもうれしかった。

 

「あーのー。もう私抵抗できないんでー、そろそろ立たせてくれませんかー?

 死にかけなのはそうですが、生きた心地がいたしません」

 マタタビが弱々しい声で懇願する。

 モモンガはゆっくりと歩み寄って、NPC達に待機指示を出して下がらせる。

 

「……マタタビさんもホントによく粘りましたね。映像見てましたけど、途中でギルド武器をヘロヘロさんの酸攻撃に巻き込んで破壊させようとしたところなんか、見てて肝が冷えましたよ」

「てへへ」

「うん、本当に危なかった。危うくオウンゴールしちゃうところだったよ。相変わらずマタタビ君は性格が悪い」

 

 マタタビはダメージまみれの体をいたわるようにして起き上がった。

 

「……それをヘロヘロが言いますか? 私の自慢の神器級アイテム達をことごとくスクラップにしやがって。

 私のギルド荒らしを悪趣味とかいう奴が居りますが、ヘロヘロだって同じ穴の狢ですからね?」

「まぁそうなんだけどねぇ」

二人の口調は柔らかだが眼差しはかなり鋭い。まるでガラスを引っ掻く音のようなピリリとした雰囲気が漂う。

しかし、そんな空気は長く続かない。

「はい、そこまで!」

パンと両手を叩き、モモンガが強引に割り込んだからだ。

 

「最後くらい和やかにしてくださいよ」

「うん、ごめんごめん」

「誠に失礼いたしましたー」

 

 モモンガがコンソールを開き時間を確認すると、サービス終了まであと30分ほどだった。

 時間はあるがどうしたものか。

 するとヘロヘロはゆらゆらと手を挙げて嘆願した。

 

「……ごめんモモンガさん、僕もう眠気が本当に限界で。さっきは強がったけど‥‥本当にアウトさせて……」

「いいんですよ! 此処まで付き合っていただいただけでも感無量です! どうぞごゆっくりお休みください!」

「あんたよくそんな体たらくで私に勝てたね。バイバイ、死ぬんじゃないですよ」

 

 さすがのマタタビも和やかに手を振ってヘロヘロを見送った。

 ヘロヘロは覚束ない動きでコンソールを開き、ログアウトボタンを取り出してグッと手を前に伸ばした。

 

 けれどその瞬間に彼の精神は限界に落ちたらしい。

 届かなかった指先はだらりと下に落ちて、ヘロヘロの体は前のめりに床に倒れる。

 

 床にぶつかる寸前を、マタタビが優しく抱き留めた。

 

「……よっと。うわぁ煽って無理させ過ぎたか。ねぇこのヒトどうしましょう」

 

「あー少し待っててください。ソリュシャン、来い」

 

 モモンガは操作コマンドでヘロヘロが作成したNPCのソリュシャンを呼び寄せた。

 そしてマタタビにヘロヘロの体をソリュシャンにパスするように促す

 

「え、でもこれって。あぁなるほど」

 

 マタタビは一瞬不可解な声を挙げたが、すぐに納得してヘロヘロの体をソリュシャンへと明け渡す。

 ヘロヘロの小さな体は、NPCソリュシャンの豊満な体に抱き留められた。

 

「あららパイタッチ。最後にR18に抵触させて垢バンとは粋な事をいたしますね。ってアレ……バンされないじゃん」

「やっぱりダメみたいですね。寝落ち状態だとR18抵触の判定が甘くなるって、ペロロンチーノさんが言ってたんです」

「へぇ、クソどうでもいい豆知識ですね。でもまぁ、これはこれでいいんでない?」

「俺もそう思います。大した恩返しは出来ませんでしたが、せめてこれくらいは」

「……いい夢見るんですよ、ヘロヘロ」

 

 らしくなく優しげに、マタタビはヘロヘロに囁いた。

 それからモモンガはソリュシャンに、ヘロヘロの自室の寝室へ行くようにコマンドを送った。ふざけ半分ではあったが、モモンガとマタタビとの会話で目を覚ましては申し訳ないという理由もあった。

 

 モモンガは先ほどから聞きたくて仕方なかった、ある疑問をぶつける。

 

「あの、マタタビさん」

「何です?」

「見てたんですよね? どうしてさっき円卓の間で、ヘロヘロさんのログアウトを遮るようにして俺たちの前に現れたんですか?」

「…………」

 

 ずっと引っかかってたことだった。

 マタタビが本気でナザリックを攻略したいのなら、ヘロヘロさんがログアウトした瞬間を狙うべきだ。そうすれば彼女の勝利の目は今よりずっと大きかった。

 そしてヘロヘロのログアウトを詰るような言動に、モモンガは名状しがたい思いを抱く。

 それが何なのかモモンガが言語化するより先に、マタタビは投げやりながら口を開いた。

 

「……気に、食わなかったんですよ。私とあなたが同じ結末を辿るなんてのは」

 

 マタタビは再び、背中から床に倒れて天井を仰いだ。

 それから彼女の口から紡がれたものは、モモンガにとっては意外過ぎるほど意外な言葉だった。

 

「あなたは私が知るなかで、誰よりも愛情深い御方です。物腰柔らかで誰よりも優しく、だけど決して無欲じゃない。

なのにあなたは時として、仲間の為に自分の心を殺せてしまう。ギルドをコツコツ維持してたくせに、ヘロヘロさんとタブラをホイホイ返そうとしたのがいい例だ。

 

 対する私がどうかと言えばだ。口も性格も最悪なこと、誰より自分でわかってる。なのにそんな自分を変えられないし、取り繕うことも出来やしない。だから私はあなたたちに迷惑をかけて、以来ずーっとソロで遊んでた。

 

 そんな正反対なお2人さんが、同じ場所で2人ぼっち? そんなの理不尽極まりない。だから私はヘロヘロのことを引き留めた。失敗したけどタブラもね。

 まぁつまり、私がしたかったのはそういうことです。最後にひと時、楽しめたなら何よりですが、如何でしたか魔王様? 少なからずや、私はすごく楽しかった」

 

「……えーいや、その、えー。」

 

 正直言って、すぐに受け止め切れる言葉ではなかった。

 なんというか、重すぎる。マタタビが何を考えているのか常々知らないモモンガであったが、まさかこのような本性が隠れているとは欠片ほども思いもしなかった。

 正反対がどうのとか、愛情深いだの心を殺すだの物腰柔らかいだのなんだのと、勝手な決めつけばかり。

 さすがに言葉が詰まるというものだ。

 

 あえて返答するならば、この一言が相応しいだろうか

 

「よくわかりませんが……楽しかったです。ありがとうございました」

 そうモモンガは答えるしかなかった。

 マタタビはモモンガの言葉を受けて、満足げに微笑む、様な気がした。

 

「お気に召したなら何よりです!」

 

 しかしそれは一瞬のこと。すぐに寂しげなものへと変わっていく、様な気がした。

 まるで楽しい時間の終わりを悟った子供のように。

 

「そういえば魔王様は、ユグドラシル終わった後何のゲームやるか決めてるの?」

「いいえ、特にこれと言っては」

 

 ユグドラシルはモモンガのすべてだ。それ以外に手を伸ばそうなどとは考えたこともなかったし、誘いが無いでもなかったがそれも全部断ってきた。

 ユグドラシルⅡとかでもない限り、モモンガの食指は動かない。

 

「えー勿体ない。あのさ、別会社だしユグドラシルⅡってわけじゃないんだけど、

 ユグドラシルの開発初期スタッフが作った別のDMMORPGが来月リリースされるんですよ。カオスウラノスって奴。雰囲気結構似てるのでお勧めしますよ」

 

「……マタタビさんもやるんですか?」

 

「ええ。さすがに今のプレイスタイルが通用するかはわかりませんけどね。遊べるだけ遊んでみようかと」

 

 

 

「あのさ、もし、私なんかと一緒で良けりゃあ……魔王様も一緒に遊ばない?」

 

 自分の中に、かちりとスイッチが入った気がした。

 今までの自分の人生全てが変わるような。それは例えば、初めてたっち・みーに救われた時の様な。

 

「俺は――」

 

 意を決し、モモンガが返事をしようとした直後、マタタビからメッセージコールの音が鳴り響いた。

 これは魔法によるものではない、ユグドラシルのシステム外の機能によって行われるコールだ。リアルでの仕事場とのアクセスなどによく使われる機能である。

 

「うげぇ……またかよ、こんな時に。切っちゃお」

 

 ところがマタタビは即座にコンソールを開いて、慣れた手つきでキャンセルボタンを押そうとする。

 しかしモモンガがマタタビの手を止めて諭した。

 

「ダメですよ、緊急かもしれないじゃないですか」

 

「違いますよ。これはその、仕事とかじゃなくて……」

 

「……もしかしてストーカーとか?」

 

「全然違う! そんなじゃない!」

 

「じゃあ出ればいいじゃないですか」

 

「うぅ……わかりましたよ……」

 

 何故か渋々ながらコールボタンを押したマタタビは手を口元に抑えて電話に出た。

 

「……あ、やっぱり父さ……もといマサヨシですか。性懲りもないですねぇ。え? 今ユグドラシルにいんの?

 はいはい、気持ちの方はよくわかりましたから。家には絶対帰りませんけど心の底より愛してますよ。これでいいでしょ?

 仕送りだって送ってるし……おい、要らねぇってなんだよ。せっかく娘らしく孝行してるのに……そりゃマサヨシからすりゃ雀の涙みたいな給料だけどさ。

 母さんに? ああうんわかった。

 

 おひさーママ。うん、連絡ぶっちしてごめん。父さんがうざかったからつい……うん、一応元気だよ。仕事はぼちぼち、プライべーとはすこぶる充実って感じ。

 彼氏? ナイナイ、そういうの一生縁無いから私は。ママこそ平気? 父さん浮気してないね? うん、良かった。

 じゃ、私が言う資格はないけど、電話終わったらすぐログアウトしてツバキ寝かしてあげてよね。多分寂しがってるから、会ったことないけど姉の勘。

 ……もう、帰らないったら。こっちの仕事もあるしさ。うん、バイバイ」

 

 唖然とするモモンガのことを気にも留めず、マタタビはどこか満たされたような声で電話を切った。

 

「あーはいお待たせしました。んで、カオスウラノスやる? やらない?」

 

 なんてことないという風に切り替えてマタタビはさっきの誘いの文句を続ける。しかしあまりに色々看過できない。

 モモンガはこの日一番の大声で盛大に突っ込んだ。

 

「滅茶苦茶大事な電話じゃないですか!」

 

 心底呆れてため息をしてから、モモンガはマタタビに手を伸ばした。

 

「では、その……ご一緒させてもらいますね」

 

「ええ!」

 

 

◆◇◆

 

 

 

 さてこれからモモンガとマタタビ、あるいは鈴木悟と夏梅桜がどうなるのか。

 未来は無限の可能性のもとに樹形図のように伸びていく。

 共にカオスウラノスを楽しむのか。彼女の父佐々木正義に鈴木悟が睨まれることになるのか。

 あるいは異世界で大冒険を繰り広げることになるのかどうか。ナザリックで外堀を埋められて危うく婚約の危機に瀕するのか。それは誰にも分らない。

 

 それでもたった二つだけ確定してるのは、これからの二人の運命は永遠に共にあるということ。

 そして深夜正午を回った瞬間、ソリュシャン・イプシロンの手によってヘロヘロの童貞が秒殺されるということだけである。

 

 

 

 

 


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