ナザリック最後の侵入者   作:三次たま

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状況証拠

【マタタビの至高の41人大百科】

 

No.13:ベルリバー

 

 魔法戦士タイプの器用貧乏で一級戦には一歩譲るが、総合的なプレイヤースキルは非常に高く特にサポート力には秀でている。モモンガに匹敵するほど慎重派で、リスクとリターンを天秤にかけたらリスクを重視するタイプ。でも浪漫に押されるとすごく弱い。

 公安警察所属であるたっち・みーの推測では、言動からして彼の本職は産業スパイとのことだ。

 タブラ・スマラグディナが「最強のゴーレムを作りたい」と声を挙げたところ、開発中だった最新兵器のAIデータを盗み取ってこっそり譲渡したことがあった。賢い馬鹿。

 多分彼は碌な死に方しないと思う。もし死んでたら、心よりご冥福を申し上げる。

 

◆◇◆

 

「アルベドも、マタタビさんもどうかしている」

 

 八階層の曇り夜空を仰ぎ見ながら、アインズは己の頭蓋を両手に抱えて情けなく唸りこくる。

 マタタビは、ある意味アインズの期待通りに、容赦なく言葉の刃で突き刺した。

 

「あなたがタブラ・スマラグディナの何を知ってるというのですか?」

 

「……仲間として一緒にいて楽しかった。それだけですよ」

 

 アインズの正常性バイアスは、ありありと展開される状況証拠たちを意識の外側に絡めとり、追い出そうと躍起だった。

 

 理解ができなかった、したくなかった。

 追いつかなかった、たどり着くのが怖かった。

 

 それでも現実は変えようも無くて、敢えて認識を歪められるほどアインズの精神は頑固でも軟弱でもなかった。

 あるいは少し前のアインズだったなら頑固に軟弱に、その現実を受け入れることはできなかったかもしれない。そんな気もした。

 

 

 事の次第はゲヘナ作戦終了日にさかのぼる。

 

『ニグレドに叛意の意志あり。ある人物が水面下で関与を行ってる可能性が極めて高い』

 

 これは玉座の間にてアルベドがマタタビに託し、そしてアインズの手に渡ったメモ帳の最初の一文だ

 

 

 先日アルベドがアインズに提唱した最悪の事態、それはニグレドの謀反のことだった。

 

 とっかかりは、アルベドの姉であるニグレドの不自然な言動だったという。

 

 アルベドがコキュートスによって5階層に幽閉された際、心配したニグレドが〈伝言(メッセージ)〉で連絡をとったのだが、それだけ切り抜けば妹想いな素敵な姉だという話でしか無い。

 

 だが、そもそもニグレドは領域守護者である。文字通り領域の守護を司り閉じこもった存在が、どうしてアルベドが幽閉されたという事実を察知したのだろうか。

 

 ニグレドはアルベドに連絡した際、『氷結牢獄の感知結界に引っかかった』と言っていた。

 それはおかしいのだ。確かにニグレドは氷結牢獄の領域守護者としてその場の守護を司っているが、丸一日中氷結牢獄を情報魔法で警戒するのはMP量などを考えてもコスパが悪すぎる。当然そのような指示はアインズもアルベドも誰一人指示したわけではなく、彼女による独断だ。

 

 ましてやアルベドの幽閉はゲヘナ作戦中に(・・・・・・・)行われたのだ。当時ニグレドには、ゲヘナ作戦中の王都リ・エスティーゼの監視も任されていた。

 なのにそれと同時展開で氷結牢獄の感知結界も維持したままというのは、あまりに常軌を逸した状態だ。

 

 まるで誰かに襲われる可能性を危惧しているかのような、執拗なまでの警戒感。そんなものを感じてしまう。

 

 

『あなたが失敗なんてするとは思えないもの。どうせまた、あのマタタビって女のことでしょ?

 ……前の謀反騒動のこともあったし心配だから時々感知魔法で追ってるんだけど、あの女ほんとに用心深過ぎて滅多に居場所を捉えられないの

 難しいでしょうけど、本当にあの女にだけは気を付けるのよ? こんな異世界じゃあ何が起きるか分かったもんじゃないのだし』

 

 そしてニグレドはマタタビへの異様なまでの敵愾心を見せる言葉をはいていた。これもまた不可解だ。

 もちろんマタタビへの監視など、アルベドもアインズも指示していない。

 

「てっきりアインズ様が頼んでるのかと思ってましたけど。違ったんですね」

 

 当のマタタビはこの通りだ。変なところで意識レベルが鈍いから、ほとんど気にも留めていなかったらしい。

 そして厳密に言えば、マタタビがニグレドから探りを入れられ始めたのは、精神支配騒動の直後ではないらしいのだ。

 

 それは時期的に言えば丁度ぴったり、アインズがカッツエ平野の深部でパーミリオンという元NPCのエルダーリッチと遭遇した日と同じだった。

 

 その日ニグレドにはカッツエ平野の監視を頼んでいた。アルベドとマタタビの推測が正しければ氷結牢獄の感知結界もその日から始まったことになる。

 

 

 以上から考えられる最も可能性の高い事象。

 それはニグレドの創造主であるタブラ・スマラグディナが、元々カッツェ平野の深部に潜伏していたのではないかといことだ。

 

 一早く感知したニグレドが、先んじて彼に〈伝言(メッセージ)〉で接触。

 その際タブラは己の存在を一切秘匿する旨と、マタタビを要警戒するように指示したのではないか。

 

 

 この推測が正しくタブラがもし潜伏していたとするなら、その様子は決してナザリックとマタタビに対して好意的とはいいがたい。

 ならば、カッツェ平野へ直接接触を行う前に行うべきことがまずあった。

 

 第八階層に封印してあるナザリック最強の起動兵器ルべドの確認である。

 

 こうして今日、アインズがマタタビとともに八階層に訪れたのはお喋りをするためではなく、このためであった。

 

 

 アインズがいつでも八階層のあれらを準備できる体制を整え、そしてマタタビが隠形によって気付かれるギリギリまで接近した結果、ルべドはすでに起動されており戦闘態勢を整えていたことが明らかになった。

 

 ルべドの指揮系統AIの最上位に位置する存在、それはもちろん制作者であるタブラに他ならない。先んじて直接別の指揮系統から起動しない限り、彼が〈伝言(メッセージ)〉で一言掛けるだけでルべドは簡単に遠隔操作ができる仕組みになっている。

 

 最早、アインズ側が権限によって操作できる状態ではなくなっているのだ。

 ここまで状況証拠がそろってしまえば、いくらアインズと言えどもタブラ・スマラグディナの叛意を否定しきることは困難だった。

 

 

「これがアルベドの言っていた……最悪の事態か」

 

「玉座の間で、文字通り玉砕覚悟で私たち二人の仲を取り持とうとしたのは、このことを伝えるためでしたか。

 流石はアルベドさん、敵わないなぁ」

 

「二人にとって……いや、マタタビさんにとってタブラさんは一体何なんだ? どうしてどうしてこんな現実を受け入れることができる」

 

 

「タブラ……あいつは、なんというかすごく頭が可哀そうな人ですね。えっと、馬鹿って意味じゃないですよ?

 社会的欲求の代わりに悪辣な意志を持って生まれてきてしまった……みたいな

 

 ニグレドさんの様子からして、多分ナザリックやアインズ様じゃなくて私のことが邪魔なんじゃないでしょうか。

 曲がりなりにもナザリックに庇護下にいる私を殺そうとするなら、彼にとってはそうするだけの理由があるんでしょうよ。

 無抵抗でいる気はさらさらありませんけれど、会って話ぐらいはしたいもんですね」

 

 

 ひどくふわっとした言い方で、アインズには心底理解しがたい割り切りだった。

 マタタビの見えてる世界はアインズとはきっと全く異なっていて、当然その思想や哲学もアインズ自身とは相いれない。

 

 アインズにとってタブラ・スマラグディナは、どこまで行っても愛おしいかつてのゲーム仲間でしかなかったから。

 敵対するかもしれないという可能性を容易に納得するマタタビへの理解は欠片ほどもままならなかった。

 

「……なら、アルベドはどうしてなんだ? 俺が横槍を入れたとはいえ、曲がりなりにも創造主だろうに。どうしてたったあれだけのニグレドの言動から、この結論を導き出せたというんだ?」

 

 設定として与えられたナザリック最高の叡智がなせた御業だと、そう強引に納得するべきか。

 

 いや、違うだろう。例えばニグレドの言動を知ったのがデミウルゴスやパンドラズ・アクターであったとして、彼らがその不可解さを気に留めたとして、それを即座にタブラ・スマラグディナの存在へと結論付けるとは思えなかった。

 それこそ『傾城傾国』のような精神支配系の権能だったり、偽情報をつかまされていたりなどの別の可能性だって十分考えられることなのだから。

 

 

「俺がタブラさんたちを、ギルドメンバーを憎んでいたからか? だから俺が設定改変をしたアルベドは、そのとっかかりをギルドメンバーの敵意だと納得したのだろうか」

 

 

 ともすれば、それはひどく胸糞と始末に悪い話だと思う。

 本来タブラが受け取るはずだった愛と好意をアインズが掠め取って、創造主へ矛を構えさせる真似をしてしまったのだから。

 

 そしてその結果として、繋がるはずのなかったアインズの首皮は繋がった。

 ニグレドとルべドの敵対と、タブラの存在をこのタイミングで察知できてしまったのだ。

 

 

「馬鹿な自虐はやめることですよ。アインズ様が自覚もしなかった程度の矮小な逆恨み(・・・・・・)で、守護者統括であるアルベドさんがギルドメンバーを手に掛けようとしたとでも?」

 

 まるで自分が馬鹿にされたことのように、マタタビはアインズに憤慨した。

 彼女がこうまで言うのなら、また何か別の要因がるのだろうか。

 僅かばかりも考えが及ばず、アインズは安易にマタタビに伺ってしまった。

 

「じゃあ何故アルベドは――」

 

「――私に聞くなですよ」

 

 マタタビはアインズをきつく窘めてから「そりゃ理由は知ってますけどね」と続けてすっかり閉口してしまった。

 アインズは面食らいながらも軽率な質問に反省した。

 

「すいません、馬鹿なことを聞きました。本人に聞くべきですよねこういうことは」

 

 先日以来、未だアインズはアルベドと腹を割って話す機会を設けていなかった。

 彼女の存在に、気後れを憶える己がいるためだ。

 

 『この世界はひたすら未知にあふれています。一歩踏み誤れば全てを失うこととなりましょう』

 

 カッツェ平野できつく言われた忠言を思い出し、苦虫を嚙み締めた気分になる。

 

 転移直後のマタタビへの扱いや、世界級アイテムの存在を失念していたことへの失態、そしてマタタビとの喧嘩を仲裁されたことや、タブラ・スマラグディナのこと。

 この世界に訪れてから起きてきた様々な事柄のケアされてきたことを思い出すと、なかなか頭が上がらなかった。

 

「ねぇ、まさかですけど……アインズ様まさか、アルベドさんの事を怖いとか思ってないよね?」

 

「…………」

 

「えぇ? そうなんですか?」

 

 図星で沈黙したアインズを見て、信じられないというようにマタタビは口を開けて唖然とした。

 

 

 

 

 「情けない」とか「馬鹿じゃないの」とか、どうせまた罵倒が飛んでくるだろう。アインズはそう思って心の中で身構えた。

 あるいは、ほぼイエスマンばかりのナザリックの中で、真摯に己へ注意を促す彼女の存在を待ち望んでいた節すらあったかもしれない。

 

 

 だが期待の反応は帰って来ず、見るとマタタビは困ったような複雑な表情で腕を組んでいた。

 少なくともアインズを咎めるようなニュアンスは、その様子からは全く感じられなかった。

 

 

「……そうですね、ではここで一つ私にも懺悔をさせてください。」

 

「いや、今ここでですか!?」

 

 

 何の脈絡もなく唐突に、重苦しい会話の流れをぶった切ってから、マタタビは急に土下座をした。

 

 ユグドラシル最高峰の速力でもって、全力で荒野の上に頭突きをかまし、全霊を持って地に伏せたのである。

 

 唖然としたアインズに構わず、マタタビは自分勝手に声を張り上げ、盛大に大げさに懺悔を言い放った。

 

 

「アインズ様、本当にごめんなさい。私、本当はシャルティアさんを襲った連中がスレイン法国の回し者だって知ってたんです。

 知ってて黙って、さらに捕虜だったニグンに監視をつけて本国に送還して、バレない様に隠蔽しようとしてました」

 

「えぇ!?」

 

 それはいかにもマタタビらしい聞くに堪えない凄まじい内容であった。アインズの中のマタタビへの期待値は地下深くよりはるか底を貫き、マントルにまで沈んで怒りと共に燃焼した。何度も何度も失望の下限突破を繰り返したはずであったのに、マタタビの性格難はとどまるところを知らなかったらしい。

 

 

 

 ほんの一瞬話してくれただけ成長したなとか思ったが、改めて内容を吟味するとやっぱりそれどころではない。

 本当に何をやっているのだこの人は。何がしたいのだこの人は。

 

 あれのせいでシャルティアもアウラも死にかけて、アインズは骨を折り何よりマタタビ自身が深く傷ついたはずである。

 そんな敵に懇切丁寧に情報を送り届けて、ナザリックから隠し通そうと企てるなどどうかしている。それこそ未だに精神支配されてるとしか思えない挙動である。

 

 

「だってアインズ様、事の発端がスレイン法国だって知ったら、全霊を持って完膚なきまでに叩き潰すでしょ? 国民一人残らず徹底的に苛め尽くして大虐殺でしょ?」

 

「当たり前ですが?」

 

 すぐさまアインズはスレイン法国への報復に思慮を巡らせた。その気になれば国の一つぐらい、アインズ固有の超位魔法〈黙示録の蝗害(ディザスター・オブ・アバドンズローカスト)〉を一発放てば簡単に滅ぼすことができるだろう。

 

 だがそれではつまらない。

 スレイン法国に大いなる悪意があったか、それとも不運な玉突き事故だったのかはこの際全く関係ない。

 

 我が子のような宝物であるシャルティアとアウラを傷つける原因をつくり、アインズにマタタビと戦わせ、マタタビ自身に多大なるトラウマを残したのだから。

 その報いは過剰なる報復によってでしか濯ぐことは許されないのだ。

 

 確かそう、スレイン法国は人類至上主義を掲げており、近隣諸国への食人系亜人国家からの侵略を一手でになって、『人類の守護』に努めているのだったか。

 ならばあえてスレイン法国の軍事力だけを無傷のままで無力化し、民を守るはずであった国家首脳や軍人に、民がビーストマンに踊り食いされてるところを見せつけるなどいいかもしれない。

 あるいは無駄に作成しまくったデスナイトの能力を効果的に使うのもいいだろう。レベル35のデスナイトが直接殺害した相手は一定数までならレベル17程度の従者の動死体(スクワイヤ・ゾンビ)となり、さらに従者の動死体(スクワイヤ・ゾンビ)が殺害した相手はゾンビになる。

 人類至上国家の国民がゾンビに変えられ国民同士で殺し合わされるなど、精神支配の意趣返しとしては丁度良いかもしれない。

 

 ああだが、ゾンビばかりにするのは少しもったいないか。せっかくの機会だから、ナザリックにおける食人種や嗜虐志向の強いのシモベたちが当分不自由しない程度の個体数を捕虜や保存死体にするべきだろう。

 またデミウルゴスが人間種の皮膚がスクロールの素材として最適であることを発見したので、素材としてもちゃんと残しておかなくては。

 

 デミウルゴスとしては人間牧場を設立して恒久的な供給を実現させたかったようだが、マタタビが嫌がるだろうということで密かに断念することになったのだ。現在は戦場などで力尽きた兵士などの死体を回収しスクロール素材として供給しているが、1国家の国民全員を好き放題にできるとなればもはや牧場要らずだろう。

 800万枚のスクロールなど使い切れるかもわからない。いやしかし、浪費家のマタタビなら湯水のごとく使うだろう。

 

 

 いや否、否。

 

 否、彼女が使うなどありえないか。血肉にまみれた財宝になんて、彼女は何の価値も見出さない。

 そこまで思慮を巡らしたところでようやくアインズは、マタタビの考えの一端を掴むに至った。

 

 アルベドとデミウルゴスが冷や汗をかく姿を思い出して、アインズは彼らにひどく申し訳なくなった。

 

「でももし私がやめてって言ったら、絶対に諦めてくれちゃうでしょ?」

 

「当たり前です」

 

 マタタビの心が曇るなら、もはやその復讐行為には何の価値も見出せない。

 スレイン法国も腹立たしいが、その腹いせで彼女の腹が煮えるのならば本末転倒もいいところだから。

 

「アルベドたちが教えてくれるまで俺はわかりませんでしたよ。あなたがどういう倫理観をしてるのか」

 

 〈伝言(メッセージ)〉での連絡が大半であったが、それでもこの世界に訪れてからアインズはマタタビとそれなりにやり取りを積み重ねてきたはずだった。

 それでもアインズは気付かなかったのだ。アインズ自身が鈍いというのもあるだろうが、しかし根本的な原因はマタタビが――

 

「隠してましたからね。私のことなんて気にしないで、伸び伸びとこの世界を謳歌してもらいたかったので。

 慣れない演技でしたがそこはこう……いいお手本(・・・・・)達がいましたし」

 

 

 あっけらかんとマタタビは、乾いた笑みで言い切った。

 

 ようやく彼女の考えを理解したアインズは頭を抱え、そしてやはり苦笑いして返すほかになかった。

 

「ハハハ、つまりあなたは俺がスレイン法国に報復するのも、そしてあなたへの忖度でそれを断念するのもどちらも許せなかったということですか?」

 

「ええ、そういうこと。だから結果的に、あなたたちナザリックの皆様方に一番迷惑がかかる方法で隠蔽することにしたんです。

 情報握らせて敵地に返すなんて、アインズ様が一番嫌いなことでしょう? でも、あの時の私にはそうする以外の選択ができませんでした」

 

 嫌がるとわかっててやる辺りに、彼女の身勝手さと性格の悪さが存分に現れ出ているようだった。

 

 そのニグンという男はどれだけの情報を持ち帰ったのだろうか。考えるだけで怖気が走る。

 少なくとも、アインズ・ウール・ゴウンを名乗るアンデッドの魔法詠唱者が存在することと、マタタビを名乗る黒髪の女性がいることを彼は知っているわけだ。

 それが敵対プレイヤーなどに知れ渡れば、まず間違いなく強い警戒心をあおることになる。

 

 しかもそのことをナザリック側が一切関知していないというのだから、恐ろしいったらありゃしない。

 

 

 だが、そんなのは今更だ。アインズが叱り飛ばしたところでどうにかなる人物ではない。

 あるいはもう既にどうにかなったからこそ、こうして自白して謝罪しているのだろうから。

 

「それでマタタビさんは、俺にどうしてもらいたいんですか? 俺が報復するのも嫌、諦めるのも嫌。矛盾しています」

 

 彼女はアインズにどちらも選ばせたくなかったのだ。故に訳の分からない隠蔽工作を企てた。

 だがどういう心境の変化か、今ここにすべて明かしてしまった。

 

 信頼された、ということだろうか。それとも別の何かがあるのか。

 

 アインズにとってマタタビの思考回路は、世界で一番難解である。

 

 マタタビは大げさに臣下の如き礼をとって、冗談めかしてアインズの前にひざまずいた。

 

「……すべてアインズ様の御心のままに、です。

 私が望むのはただ一つだけ」

 

 マタタビはピンと指を一つ立て、要注意とでも言うように強調する

 

「殺すにしろ見逃すにしろ……折衷案にしろですが。たとえアインズ様がどんな選択肢を選ぼうが、私は嫌な気分になることでしょう

 だからどうか諦めて、私に嫌われてください」

 

 

 そんな理不尽な選択肢があるか、とアインズは思った。

 これがペロロンチーノのよくやるノベルゲームのイベントだったら、彼は盛大に「クソイベントだ!」と罵声を飛ばしたことだろう。

 

 しかしそれ以上にアインズは、呆気にとられてしまったのだ。

 なぜならアインズはずっとずっと、この世界に来る前から――

 

「マタタビさんからは、嫌われてると思ってましたよ」

 

 アインズがマタタビを嫌いなように。アインズがアインズを嫌いなように、あるいはそれ以上にだ。

 そうでないとおかしいぐらい、マタタビはアインズの人となりを知っている筈だ。

 

「ああそうなの」

 

 そんなアインズの驚愕を、マタタビはどうでもよさそうに一蹴した。

 

 それからようやくアインズは、この懺悔がマタタビなりの遠回しな助言なのだと気が付かされた。

 

 

 


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