ナザリック最後の侵入者   作:三次たま

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原作者丸山くがね様はアインズ様のことを「ゲームに縋るほかなかった哀れな人」みたいに言ってますが、
自分は、ゲームにすら縋れず何の楽しみもなく奴隷として使い潰される人生の方が100倍くらい哀れだと思いました。

というわけで、オーバーロードという素晴らしい作品に出合えた自分はとても幸せな人間です。
更に自分で二次創作を始めてみて、読者の皆様方から色んな感想や評価を頂けて、まったく贅沢の限りです。

よって丸山くがね様と、本SSの読者の皆様方に改めて心より感謝申し上げます。


今回は半分くらい、そんな感じの話です。ナーベラルは出てきません


侵入者の告白

今回ナーベラル・ガンマは登場しません

 

【マタタビの至高の41人大百科】

 

No.12:弐式炎雷

 

 紙装甲で高機動、高火力性能を誇るスーパー忍者。明らかに彼の体捌きは我流であるにもかかわらず、無駄がなく洗練されていて美しい。

 探索役と火力役を兼ねたビルド編成には無限の可能性が存在する。

 是非ともユグドラシルを続けてほしかったが、何故かアーベラージとか言うクソゲーの方が本業だったらしい。

 マタタビも勧められて少しだけアーベラージをやってみたがランクが上がるのがチョロくてすぐに飽きて辞めた。そしたら何故か一層に ぷにっと萌え に嫌われた。

 

 

◆◇◆

 

 ナザリック地下大墳墓8階層、荒野エリアでマタタビと待ち合わせていたアインズは、先んじて到着していたマタタビに声をかけた。

 

「懐かしいでしょう?」

 

「ええまったく。ホントに身が竦んじゃいそうです」

 

 マタタビはわざとらしく両の二の腕をさすりながら、高くて狭苦しい天を仰いだ。

 

「ここがアインズ様最強のパワースポット8階層。なんというか、すごくアインズ様らしい」

 

「誉め言葉として受け取りますよ」

 

「誉めてますから」

 

 その天蓋は、6階層に見える宇宙の深淵よりもなお暗い、どす黒い曇り夜空。まるでリアル世界における外周区から眺めた排煙の大空そのもの。

 草木も生えぬ荒涼の大地も同様に、リアル世界の郊外風景としてありふれていて馴染み深いものだ。

 空気はごく僅かに毒素を含んでいて、レベル5未満の漸弱な存在は対策アイテムをつけなければ生きていけないようになっている。

 

 これぞ鈴木悟が知り得るなかで最も忌むべき恐ろしい風景。

 ブループラネットが作り出した6階層の自然の楽園とは対極を為し、5階層の猛吹雪や7階層の灼熱をもたらすそれぞれの地獄すら凌駕する、真実の恐怖の体現。

 

 結局のところモモンガが一番怖いのは、現実世界そのものだから。

 故に、最終防衛ラインたる8階層のデザインとしてモモンガはこの地獄を造り上げたのだ。

 

 しかしそんな地獄の只中でありながら、マタタビは極めて機嫌がよろしい模様である。不機嫌よりはよっぽどいいし、8階層が彼女に褒められてアインズも悪い気はしない。

 興味津々に、マジックアイテムと思しき双眼鏡であちらこちらを見回して、砂漠の中心付近を徘徊する巨大な影に驚嘆した。

 

「おー! あの阿修羅みたいな奴とかドラゴンとか真っ白い蝙蝠とか、元ナザリックのレイドボスモンスターですね!? 初めて見ました」

 

「よくレイドボスだなんてわかりますね」

 

「昔潰したギルドにも配置されてたので」

 

「…………」

 

 それを聞いたアインズは冷や汗を流した。被害者ギルドは全くご愁傷さまである。

 少なくとも、こいつが敵では無くて本当に良かったと心から思った。

 

「情報屋のクソ野郎ふんじばって吐かせたら、膨大な額を課金させれば出現させられるとか、なんとか

 詳しい条件は知りませんけど、どんなもんなんでしょうか」

 

 相変わらず手荒いヤツだなと内心冷ややかな視線でマタタビを横目に見つつ、アインズは淡々と内実を語った。

 

「まずギルド拠点全体の課金総額を100万円以上にすることで、課金モンスターの配置オプションとして出現

 それからレイドボス一体につき、諸々の指定素材と20万円の課金で配置できるようになってます」

 

「レイドボスだけで100万円じゃないですか。

 前々からおかしいとは思ってましたけど、金銭感覚どうなってんの?」

 

 案の定マタタビはドン引いたわけだが、鈴木悟の実情を知らない彼女にとやかく言われる筋合いはこれっぽっちも無かった。

 

「リアルでは営業職でしてね

 

 基本勤務の8時間プラス事務所管理のため毎日4~5時間の残業があって

 

 月当たりで基本の160時間と残業分100~80時間前後。計約250時間の勤務になります

 

 うちの会社は拘束時間はあるけど残業代はきちんと出るので時間給‽‽‽‽円として月給は約�������円

 

 余りに余った残業代となけなしの時間をどう使おうが、俺の勝手です」

 

 怒り任せに早口でまくし立てるとマタタビはあっさり降参した。

 

「ごめんなさい私が悪かったです。過労死ライン前後してて、むしろよくぞ今まで御無事に生きてこれましたね」

 

「マタタビさんはどんな具合だったんですか。課金とか給金とか」

 

 話題をずらすのと給料マウントをとる意味を含めてアインズはマタタビに伺った。

 思えば彼女自身のリアルの生活ぶりを直接伺うのは初めてのことであった。

 

「あー、私は小さな運送業者の事務所と倉庫番です。

 大した仕事じゃないし飯付き住み込みで働かせてもらってるんで手取りは12万ですが、通勤時間皆無だから時間的猶予は割とあったほう

 課金額は……最低限のキャラ育成環境整えるために使ったぐらいだから累計して3万円ぐらいですかね」

 

 給金では圧倒的に勝ってるはずなのに、アインズはえも言えぬ敗北感に苛まれた。住み込みも自由時間も飯付きという待遇も、一人暮らしとしてはピンポイントで欲しいオプションであったから。

 

 それと3万円なんていうのは、いくらなんでも彼女ほどのプレイヤーの課金量としては不自然な総額だ。

 しばし首を傾げたが、その理由はすぐに教えてくれた。

 

 そしてアインズはあきれ果てた。

 

「課金アイテムってプレイヤー殺せば偶にドロップできるし、ギルド拠点漁ればいっぱいあるし

 どうしても欲しいのがあればギルド武器を質にとれば大抵のモノは手に入るから、自分からしようとは思わなかったんですよね」

 

 そうだった。

 彼女はモモンガがボーナス全部つぎ込んでどうにか手に入れた流れ星の指環(シューティングスター)を、他プレイヤーから略奪し、あまつさえ要らないからと横流しするような畜生である。

 

「止めましょう、こういうの互いに話しても頭が痛くなるだけだ」

 

 真逆のプレイスタイル――というかマタタビが極端すぎるだけの気もすするが――を語り合っても仕方がないように思われた。

 

「いえいえ、私としては実に興味深くていいものですよ?」

 

 しかしマタタビは遠くに見据えたナザリックのレイドボスたちを指さして、心底楽し気に笑って言った。

 

「100万円なんて課金つぎ込んでまでレイドボス復活させたってことは

 それだけ楽しかったんでしょ? ナザリック地下墳墓(・・・・)の初見攻略」

 

「……楽しかったですよ。俺の人生の中で、一番楽しかった記憶です」

 

 アインズも視線をマタタビからレイドボスに逸らしながらそう答えた。

 

 常にひとりでに生きてきた彼女を前にすると、過去の栄華に拘泥し続けた己の弱さが目の当たりにされるようで酷くバツが悪い。けれどアインズを名乗る自分がマタタビに誤魔化しをする方がずっと不誠実なことである。

 

 だからアインズはゆっくりと、褪せた輝きのメモリーを引きずり出していった。

 

 弐式炎雷が発見した未開拓ダンジョン。それが報告会で発表後、侃々諤々の論争の末、何故か初見突入攻略をすることになったのだ。

 攻略は、5チームに分けての各階層同時並行で行われたのだが、それぞれの階層のボスを倒すごとにどんどん敵が強く成っていくという最悪の仕掛けだった。

 

 どう考えても、初見で攻略するようなダンジョンでない事はすぐにわかってしまったのだ。

 

「クランの皆でバカやって、無謀な初見突入のせいで大苦戦して、でも誰も撤退しようとは言い出しませんでした。楽しかったので」

 

「あはは、酷い話。貴方達らしいけど」

 

「それでもどうにか力を合わせてクリアできて

 そんな馬鹿の結果のご褒美みたいに、初見攻略ボーナスとして世界級アイテム【諸王の玉座】が手に入ったんです。その時はみんなで大喜びしましたよ」

 

「そうでしたか」

 

 拠点ゲットにかくなるドラマがあったからこそ、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンはナザリック地下大墳墓の大開発に全力を尽くすようになった。

 エリア拡大、配置モンスター追加、キャラデザイン、フィールドテクスチャ、設定文書などなど。

 メンバー全員から惜しみなくリアルマネーもつぎ込まれ、ギルド全体の課金総額が100万円を超えた時に、ギルド武器のマスターソースから元レイドボスが課金配置モンスターのセレクト画面に出現したというわけだ。

 

 実はどの程度の課金額なのかを、モモンガは他の仲間に知らせていない。

 

「みんなには総額10万円って嘘つきました」

 

「そりゃ流石に、100万円じゃ連中も止めるでしょうよ。あいつらただの常識人だし」

 

 マタタビの言う通りだ。当時の自分がおかしい自覚はあったし、それを仲間が止めようとするだろうこともモモンガはわかっていた。

 わかっていたが、だから全てを仲間たちに語らず自分で勝手にレイドボスを設置したのだ。

 

「考えてみれば、既にそのあたりから俺は他のメンバーとの間に溝が出来ていたのかもしれません」

 

 埋めがたい熱量の差である。

 最終日に来てくれたヘロヘロですら、モモンガによってナザリックが維持されているなんて思ってもみなかったらしいのだから。

 

 人生全てを注いでいたモモンガに対し、仕事や家族の事情でやむなく引退していく仲間たち。

 かつてモモンガは表層的な祝辞で見送りながら、その実内心に宿していたのは呪詛に他ならなかった。それは今のアルベドの在り方が何よりの証明だ。

 

 鈴木悟はユグドラシル終了後の人生設計なんてこれっぽちも予定していない。

 本当であれば、目の前の彼女と別れた自分は、そう遠くないうちに社会の歯車として使い潰されてたことだろう。

 

 ナザリック地下大墳墓の絶対支配者が何だ。

 その実情は、ゲームに縋るほかない惨めな中年のオッサンでしかない。

 

 そんなことを、アインズは考えてしまう。

 

「なんか馬鹿なこと考えてる?」

 

「いえ別に……ただ」

 

 マタタビの見透かすような眼がアインズに粘り気を伴って張り付いて行く。

 その不快感を振り払うように、逆にアインズは問質した。これまでついぞ聞こうともしなかった、ある理由を。

 

「どうしてマタタビさんは最終日までユグドラシルを続けていたんですか?」

 

 理由自体に興味はあったが、今まで一度もしたことのなかった問いである。

 一人きりのギルドで鬱屈としていたモモンガにとって、それはなんとなく聞きづらい事だったから

 

「は? ……釈迦に説法を乞われた気分なんですが」

 

 するとマタタビは、まるで馬鹿でも見るかのようにアインズを嘲って、言葉をつづけた。

 

「DQNギルドのギルド長が何言ってんの? 普通に、楽しかったからに決まってますけど

 対人戦ゲームとして、あれほど心躍るものはないでしょうに」

 

「……なるほど」

 

 アインズはマタタビの言い分を即座に頭では理解できた。が、やっぱり心の底では分かり合えないことを納得した。

 彼女のユグドラシルに求めている快楽は、アインズの求めるそれとはある意味で逆方向だったからだ。

 

「多種多彩な能力システム、自由度の高い武器選択。それを我が身一つで駆使して争い合う奥深ぁいPVPの駆け引き。

 ユグドラシル全体のPK推奨の雰囲気とか最高じゃないですか。ギルド拠点荒らして財物奪いつくしてもいいし、通り魔PKでパーティ無茶苦茶にするの超楽しいし。

 

 なんかこう、相手が大事にしてたものを奪いつくしてぐちゃぐちゃにして、それが自分の糧になる充実感が本当にいい!

 これに比べたら、剣道やアーベラージとか糞よマジで。ただの健全競技なんてつまらない」

 

 

 アインズが仲間と共に未知を巡って冒険することを愛するならば、逆にマタタビは一人であらゆるものを敵に回し奪いつくすことに享楽を得ているのだ。

 

 タイプとしては、以前アインズが冒険者として対峙したエ・ランテルの墓地を襲った女戦士が一番近い。

 とにかく根っこの性格が悪いのだ、こいつ。

 

 元からそう言う性格だったというのもあるだろうが、多分この性質のルーツは九人の自殺点(ナインズ・オウン・ゴール)のプレイスタイルにもあるに違いない。

 娘息子の居ないアインズでも流石にわかる。

 

 このクランは読んで字のごとく、自殺上等の無謀なPKやら何やらを繰り返してユグドラシルで暴れまくった経緯がある。

 9歳児、ましてや無駄にセンスの塊であった彼女はそれをスポンジの如く吸収して今に至っただろう。

 アインズにとって未だ恩人たる たっち・みー だが、彼はとことん親としてだけは失敗しているらしかった。

 

「もしかしてマタタビさんが最終日のナザリックに侵入してきた理由って……」

 

「サプライズはついで。集大成ってところです。ユグドラシル非公式ラスボスたるあなたを倒すか、ギルド武器ぶっ壊すため

 結局はタイムオーバーで私の負けでしたがね。アハハ」

 

「……なんてヤツだ」

 

 敵に回すと恐ろしい、どころか既に敵に回していたのをやり過ごした後だったとは流石に思わなかった。

 剥き出しの背筋がぶるると震える。

 

 彼女は白い犬歯をきらめかせ、悪戯気に笑った。

 

「もし最終日まで全盛期の防衛力を維持し続けていなかったら、勝っていたのは私でした。

 だからどうか、自分のことを誇ってください」

 

「励ましてるんですか、それ」

 

 あまりにもマタタビの言葉が意外だったものだから、ささくれ立っていたアインズの喉骨は尖ったものを吐き出してしまう。

 気難しい彼女は当然の様に眉間を寄せて、けれどその言葉はアインズには優しかった。

 

「どっちかっていうとムカついてるんです。

 これでも私はユグドラシルで積み上げてきた全ての出会いと、技術と富と悪名とに誇りを持ってる。

 

 だのに、その全部継ぎ足しても届かなかったアインズ様が今更、それを虚しかったと思われるとこっちが馬鹿にされてるのとおんなじですから」

 

 マタタビはどこまでも本気だった。あるいは本気でなかったなら、ナザリック地下大墳墓最終層到達など成しえるはずもないのだから、それはアインズが一番理解できてしまう。

 心の底からアインズの在り方を称賛し、惜しみ妬んでいる。

 

 仕事が楽しいかは知らない。にしたって、優しい両親が健在なはずで、性格は度し難いがどこまでも無駄に才覚溢れる彼女が、だ。

 

「俺とあなたを一緒にするな」

 

 その全てを注ぎ込んでやることが、たかがゲームのダンジョン攻略なのか。

 ユグドラシルしかなかった己とは違うはずなのだ。

 

「一緒でしょ。現実に嫌気が刺して、ゲームもちょっと嫌いになりかけたころ、どこかの聖騎士に拾われた。何が違うの?」

 

「何がって……」

 

 何もかも、色んな部分が違うだろう。

 だがその原点だけはどうしようもなく同じだった。

 

「私はそこでユグドラシルの楽しみ方を教わって、あなたは一生モノの大事な思い出を手に入れた。

 

 ゲームは凄いんだよ。私みたいな親不孝社会不適合者のクソガキでも、剣と技とで誰かと繋がることが出来る。

 人生に何の価値も見いだせない瀕死のサラリーマンでも、生きることに悦びを見出すことが出来る。

 

 ユグドラシルに出会えたことは、私達にとって凄く幸せなことなんだ。神にもアインズ様にも誰にでも、それを否定することは許されない」

 

 聞く者によっては、現実逃避とか、本当の幸せを知らないのだとか言うかもしれない。

 だが少なくとも彼女自身は本気なのだ。

 そしてそれはアインズにとってどうしようもないくらい胸に染みる、福音だった。

 

 鈴木悟の生涯の楽しみは、文字通りユグドラシルが全てだった。

 その仮想世界には肺を穢す腐った空気も、仕事における理不尽な呵責や無茶ぶりもありはしない。

 ただただ自由に気ままに、仲間たちと馬鹿をやって冒険をして遊び楽しむことが許された。

 それはこの世にはこれ以上無いのだと思いたいくらいの、幸せであり救済だった。

 

 時を経てギルドメンバーが殆どいなくなったことは、とてもとても寂しかったし悲しかった。けれど他のゲームに手を出してみようとは考えすらしなかった。

 誰も帰ってくるはずの無い空っぽの地下墳墓。されど仲間たちと造り上げた美しい思い出の結晶は、クソったれな現実に傷ついた自分を最終日まで唯一慰めてくれたのだ。

 

 家族でもなく、エロ本でもなく、アーベラージでもなく、仕事でもなく、アニメでもなく、漫画でもなく、メイド服でもなく、特撮ヒーローでもなく、ホラー映画でもなく、自然美でもなく、芸術でもない。

 他ならぬユグドラシルが鈴木悟の生涯を照らしてくれたのは、彼女の言う通り紛れもない事実だった。

 

「ねぇ、そうでしょ?」

 

「ええ」

 

 マタタビは、あくまで一個人の自分本位でしかなかった内的行為を、内側から肯定する。

 更に苛烈なる侵入者として、ナザリック地下大墳墓の健在に、外側からすら意味を与えた。

 

 鈴木悟にとって、モモンガにとって、アインズにとって、それがどれだけ甘美なことか。そしてどれだけ惜しい事か。

 

「……なんで今更になって、そんなこと言ってくれるんですか。出来れば、この世界に来る前に聞きたかったです」 

 

 もし、もしもだ。

 この世界の転移現象が起こらなかったとして、あの最終日が鈴木悟の全ての終わりだったとして、それでもマタタビの言葉があったなら、きっと自分は少なからず救われていただろうに。

 腐った世界で次の4時起きを、それでも前を向いて生きて行こうと思えただろうに。

 

「あなたは本当にひどい人だ」

 

「返す言葉もございません。負けて、負けたと白状するのが恥ずかしかったから黙ってました。

 それに色々めんどくさいし……」

 

 そうしてマタタビは意味深気に、足元と天蓋を交互に見つめた。どこを見据えているのかは言うまでもない。

 

「けど、誰かさんらを見ていたら言わず仕舞いが馬鹿らしくなったよ」

 

「そうですか。その方々には礼を言っておきたいですね」

 

 誰のことを言っているのかはわからない。心当たりが多すぎたから。

 確実にわかるのは、この世界に来る前よりは、そして言うまでもなくユグドラシルを始める前よりは、マタタビの性格が多少穏やかに変わったことだ。

 これまでのユグドラシルから連なる彼女の全ての出会いは、彼女を前に進めていた。

 

 とてもすばらしいことなのだろう、とても、とても。

 だけど、いやだからこそアインズは強く思う。

 

 

 

 

 

 

 マタタビは家族と共にいるべきだろうと、強く思う。

 そのためならば、アインズは彼女に尽くし、世界にわがままを唱え続ける。

 

 

「ところで、このあいだユリから貰い受けた流れ星の指環(シューティングスター)を初めて使ってしらべたんですが」

 

「うん?」

 

まず少なくとも(・・・・・・・)ご両親の復活は、出来そうでしたよ。」

 

「……そっか! ありがとう」

 

 この異世界に於いて、超位魔法〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉の効果は大きく強化されていた。

 試しに使ってみた感触としては万能の力ではあるとは言えた。

 

 もともとはランダム提示される複数の選択肢のなかから特定効果を選択し発動するというある程度限定された効果だったのだが、その選択行為すら省略され文字通り願うままの効果を発動できるように改変されていた。

 ユグドラシルで実装したならバランスブレイク、どころではなくありえない。

 けれど世界法則すら打ち壊す全能の力の【永劫の蛇の指環(ウロボロス)】などとは程遠いように思われる。

 

 なので諸々の実験もかねてアインズが流れ星の指環(シューティングスター)で最初に願った内容は、『蘇生拒否した者の蘇生方法の解』とした。情報の取得という、未知と探求を尊ぶユグドラシルのクソ運営であれば、まず聞き届けない類の願いである。

 

 これが叶うならヨシ、今後の探究活動へのコストを大幅に削減できる。

 叶わないならそれはそれで、別の使い道を考える。アインズらの宿願にとってこれの存在は決して無駄にはならないはずだ。

 はたしてどうなるか。

 

 結果は『世界級の権能』という端的な答えだけがもたらされた。もう少し丁寧な説明をくれても良かった気がするが、おおむね期待通りの予想通りである。

 復活だけなら【熱素石(カロリックストーン)】などで出来そうだ。ルべドに使ってるのを解体しなくては(・・・・・・・・・・・・・・・・・)いけないが、必要経費だろう。

 

「そう、世界級の権能ね……」

 

「結局ご両親と妹さんの件はどうするつもりか決めましたか?」

 

「……どうするべきかは決めたよ。けど、その前にどうしてアインズ様が御節介を焼いてくれるのか、それを教えて欲しいですね。じゃなきゃ私は――」

 

「俺のことが関係ありますか?」

 

「ありますよ滅茶苦茶。教えてください」

 

 そう言われると、正直詰まるところがあった。

 なにせやる理由が多すぎて、やらない理由が無さ過ぎて何をどう話せばいいのかわからなかったから。

 たっち・みー への恩返しとか、マタタビへの借り返しとか、セバスやNPCの為とか。

 

 鈴木悟と違って両親を切り捨てなかった佐々木桜が、結局両親を亡くした結果を許せなかったからとか。

 強がって意気地を張るマタタビがムカついたからとか。

 マタタビの正論でコケにされた自分自身を、それでもマシな存在なのだと思いたいからとか

 他にもあまりあるほど訳があった。しかるに全てを集約するとたった一言に限られる。

 

「俺の為です」

 

「理由になってないんだけど……いいや同情とかじゃなきゃ」

 

 煮え切らない様子だったが「めんどくさいし」と煩雑を一蹴したマタタビは重い決断を告白した。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

以下回想

 

 

 結局のところアインズは、マタタビの幸福実現に於いてどこまでも傲慢だった。

 アインズを前には、死者の権利も、罪過による安寧も、世界間の障壁も、あらゆるものが無意味である。

 立ちふさがるもの全てを踏み越えて、それでも尚越えられないならどこまでも割り切って迂回する。

 全ては自分のため。ただの我儘。

 

 先日ユリ・アルファより借り受けた やまいこ の忘れ形見の最後の一つ星(・・・・・・)を天に掲げ、アインズは高らかに宣言した。

 

「さぁ、指輪よ。私は願う(I WISH)

 佐々木ツバキ、非ユグドラシルプレイヤーたる彼女をこの世界に招く方法を示せ!!」

 

 超位魔法が発動し、世界が頭脳と接続される多幸感に意識が侵され始める。

 だが強固な自我は求めるべき解をひたむきに待ち受け、やがて流れるモノを貪った。

 

『器が不在 絶対不可能』

 

「そうか! 絶対不可能か! 勝手に連れてきた手前で実に勝手な理屈だな!」

 

 気に食わぬ解を受け取り、怒気と共に接続を打ち切ったアインズは、地団太のように足裏を生みつけた。

 

「器が不在ということは、キャラアバターが存在しないからということだな

 わかるぞ、絶対不可能というのなら、それは完全に用意できないモノなのだろう」

 

 世界とつながったアインズは、その言葉のニュアンスを正しく理解できてしまっていた。しかし、「絶対」と但し書きしてくれることには感謝するべきだろう。器を用意できる可能性を想定して、無駄な時間や労力を費やすかもしれなかったのだから。

 そうなるならば、アインズが為すことは決まり切っていた。

 

「やはり両親だけ復活させて、3人から妹の記憶だけを奪い去らねばならないようだ。なぁ、アルベドよ」

 

 ここにはいないアルベドに、言い訳の様に声を掛けた。

 

 もしマタタビが、未だ会ったことのない妹を気にせず両親だけを求めるならそれでも良いいのだ。 しかし、きっと完全な形の家族を求めるに違いない。

 だがソレだけは間違いなく叶わない。叶わないとわかるなら、やはりマタタビは絶対に両親との再会を望まない。

 

 ともすれば結局、アインズとマタタビは仲たがいする運命にあるようだ。

 アインズは絶対に親子の再会をつくらねばならないから。

 

 マタタビが下らぬ遠慮で家族の手を取らないというのなら、無理矢理に手錠をかけて繋ぎ止める。

 埋めようもない空白を前に悲嘆に暮れようものなら、その空白の記憶すら奪いつくし無意味な嘆きを否定する

 

「とりもとうとしてくれたアルベドには申し訳ないな……」

 

 できることならマタタビとは円満に話を進めたかった。それも今のアインズの本心だ。

 しかし出来ないのなら、どうしようもない。

 

 アルベドも、きっとわかってくれると思う。そのためにマタタビの【傾城傾国】の精神支配は、未だ解除されていないのだから。

 

「せめて、彼女の口から本意を聞こう」

 

 それがせめてもの、アルベドへの誠意だと思いたかった。

 

 

回想終わり

◇◆◇

 

 

 けれどマタタビが選んだ答えは、アインズの恣意と配慮を悉くすり抜けた。

 精神支配を掛けられてるにもかかわらず、彼女の精神はどこまでも自由だった。

 

「しょげた父さんと母さん冥土から引っ張り上げて謝って、それから一緒に元の世界に戻って妹にも謝ります

 やるとするなら、それ以外に無いです。もし嫌なら――」

 

 

 それはアインズにとって、あまりに惨く酷い願望であった。それを頼むのが他ならぬアインズであることがより悍ましい。

 アルベドが聞いたならばどう言うだろう、多分怒鳴りつけて叩きのめすのかもしれない。

 

 もちろんマタタビは無茶を承知してたので、彼女からすればバツが悪くダメ元の様に言っただけだろうが。

 

「わかりました、是非ともあなたの力になります」

 

 気付けば即答していたアインズに、マタタビは心底驚いたように目を見開いていた。

 

「本当にいいの? わたし今、とんでもないお願いを申し上げましたけど」

 

「二度も言いたくありません。力になります」

 

 棚ボタの様に与えられた、けれど間違いなく掴み取ったものである絶対的な富と力。

 普通なら心を縛られるはずである。ましてや元の世界は地獄なのに。

 

 けれど家族のために躊躇なく切り捨てる決断に、アインズは心の底から敬意と羨望と嫉妬を憶えた。

 

「変わったね、アインズ様」

 

「あなたに言われたくはない」

 

自分のことに無頓着な彼女の様子が心の底からおかしくて、アインズは思わず笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 




オリ主1話の侵入目的について。

これは後々の展開のブレで修正できるよう複数案考えて、地の文もあやふやにしてました。

序盤は暫定的に『気軽なサプライズ』ってことにしてましたが、他にも、『ワンチャンでたっち・みーに会うため』とか『モモンガへの激重感情』とか『たっち・みーを家族から引き離したギルド武器が嫌いだったから』などの案もあり、それを主目的に修正できるように最低限の描写はしてました。

結局アインズ様(というか鈴木悟やモモンガ)の自己肯定に使えそうな根拠が必要になったので、『純粋にユグドラシルを楽しむために』という案を選びました。
んでその最低限な描写が、1話の

『(モモンガさんもギルド武器も見つからないじゃない!あーもどうしてこうなったの!?)』

とか、PKや拠点破壊を楽しんでいた節のある言動などということになります

結果オリ主がカルマ値の高いクレマンティーヌに……

気に食わなかったら感想なり低評価なりくださいまし。
(もちろん逆でも嬉しいけど)




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