前回で煽っておいて正義さんの事情説明まで行きませんでした。ごめんなさい
事情説明・上:アルデバランと蒼薔薇
◇◆◇
王国において3本の指に入るアダマンタイト級冒険者チーム:蒼の薔薇。
魔皇ヤルダバオト襲来の一大事件を乗り越え英雄の称号を欲しいままにしていた彼女たちの
「おう、戻ったぞ!」
とある個人指名の依頼を終えたガガーランが、出て行った時より10倍ほど精気みなぎる表情で帰ってきた。
出迎えたチームメンバーは各々複雑な表情でそれを出迎える。
中でも一番に顔つきを曇らせていたのはチームリーダーであるラキュースだった。
「おかえりガガーラン。衛兵の訓練は順調?」
「ぜんぜんダメだな! 連中、武器の持ち方以前に基礎体力がなってねぇよ。そこらの大工のおっさんのが動けるくらいだぜ。
今日も装備一式持たせて走り込みやった後、限界まで素振りさせて帰ってきた。モンスターの相手どころか実戦練習出来るのも当分先だなありゃ」
「……そう、大変ね」
王都衛兵団の訓練、それがここ数日ガガーラン指名で依頼されたクエスト内容である。
依頼者はさる貴族の一人。ヤルダバオト襲来どころか普段でさえ殆どと言って良いほど活躍しない彼らにお灸を据えてくれとのことである。
王国兵士の質の悪さは近隣諸国の中でも頭一つ抜きんでて深刻だった。なにせ彼らの戦闘力一般人に毛が生えたレベルである。中には酔っ払いの暴漢にすら尻込みするのも居るくらいだ。
それはモンスター駆除の冒険者への過度な依存や、毎年起こる帝国との戦争の被害、災害対策の不足、治安悪化など数多くの弊害を引き起こしている。
これまで権力者たちはその能天気さを遺憾なく発揮して事の対処を無視してきたが、いざヤルダバオトの王城襲撃によって自らが痛い目を見るや掌を反すようにこぞって力を求め始めた。
「男日照りが潤って何より。何人かヤッた?」
「おうティア、5~6人誘って男にしてやろうかと思ったが全員フラれたわ」
「少年兵とか流行ればいい。赤ん坊から仕込めば何でも言うこと聞いて合理的」
「ティナ下心しかないわよねそれ。流石に少年兵は倫理的にアウトじゃないかしら?」
最近はガガーランが受けたこの手の依頼が王国中の冒険者組合で盛んとなっており、そのまま引き抜きで兵団長の地位を与えられたりする連中が多い。
もちろんラキュースやイビルアイのような魔法詠唱者も、ティアとティナのような盗賊も引く手数多である。
それこそが現在の王国中の冒険者組合と、そして蒼の薔薇が抱えている問題そのものでもあった。
チーム最年長のイビルアイは、いい加減うなだれたチームリーダーを見かねたのかてここでようやく口を開いた。
「ラキュースはいい加減決心付いたのか? ラナーからの騎士団長の件、断るのか受けるのかどっちなんだ」
「ああああああああああ!! わかんないわよぉおおおおお!!」
痛いところをつかれたラキュースは、堰を切ったように情けない雄たけびを上げた。
『蒼の薔薇』を勧誘する者達の中でも一番の最大手は、なんと現国家最高権力者の二人。
第二王子のザナックと、ラキュースたちとも深い縁のあるラナー王女なのである。
ザナックからは
『今の状況ならガゼフ・ストロノーフの二の舞にはならん。国の威信をかけて相応しい地位と待遇を約束する』
と言われ、
ラナーからは上目遣いに
『傾いたこの国を救うのに貴女たちの力が必要なのです』
と言われた。ついでに蒼の薔薇が八本指の拠点破壊を繰り替えしていたことを冒険者組合にバラシて外堀を埋めてきたことも付け加えておく。
『一体何のことでしょうか?』
元はと言えば依頼者はラナー自身だった筈なのだが生憎と物証が無い。どこからどう見ても蒼の薔薇の独断専行でしかなかった。
。
「知らなかったわ……ラナーって結構腹黒なのね」
悪魔よりも悪魔らしい友人の知略を前に、救国の女傑は成す術もなく打ちのめされたのだった。
最早そこにあるのは将来を迷う19の大人モドキの姿でしかなかった。
ほかの4人一同は呆れながらも、悶える彼女を生暖かい目で見守った。
今ラキュースの中では貴族令嬢をかなぐり捨てて未知へ旅立つほどの冒険心と、冒険者組合のタブーを冒してまで国賊八本指を打たんとした愛国心が激しいせめぎ合いを起こしている。
そんな彼女の激情に比べれば、先日戦った悪魔の方がまだしも生易しいかもしれない。
こんな最年少でもラキュースこそがリーダーだ。彼女の突き進む道こそが蒼薔薇の面々の行く道でもある。
ガガーランは王国兵団の悲惨さと亡き戦士長の地位に興味がない事もない。
ティアとティナはそもそも実家を捨てて彼女について来たワケで、他に行く当ても興味もない。
悠久の生を約束されたイビルアイは無駄に時間を腐らせるくらいなら、少しでも気の合う仲間と一緒に居たい。
どちらでも良いのだ、それが彼女の望む道ならば。
冒険者を続けたいのであれば帝国にでも都市国家連合にでも行けばいい。
急かされる程時間が切迫してるわけでもないのだから。
のんびりとその決断を待ってやろうと構えていたわけだが、結局同日にラキュースは己の進む道を決めることになる。
その肩透かしの原因となったのはヤルダバオトのメイド悪魔筆頭アルデバラン、あるいはマタタビもしくはサクラ。
彼女は偶然ラキュースと同じ齢なだけの、人生に迷える大人モドキでしかなかっただろう。
◆
漆黒のモモン達がアルデバランを連れて来訪してくることは確かに以前から約束していたが、それでも目の前で実物を見せられるとやっぱり呆気に取られてしまう。
漆黒と蒼の薔薇が机を囲んだ後、モモンが合図をふって最初からそこに居たかのように喪服ドレスのアルデバランが姿をあらわした。隠形術でモモンの背後に隠れていたようだが、現れるまではこの場で誰もそれに気付くことは出来なかった。
同性愛者のティナの鼻腔が2倍に広がり熱い空気を出入りさせた。当時は顔が仮面で隠れていたが、よくよく見れば息をのむほどの美少女である。
南方系の人種だろう。背丈はイビルアイより少し上でティアとティナよりだいぶ低い。
背中まで垂れた癖一つない夜空のような艶の黒髪。肌色はきめ細やかで白に近く、恐ろしく均整な顔つきは気品と清楚感に溢れていた。
落ち着いた表情と慎ましい立ち姿は、上級使用人や貴族令嬢特有の品格を感じさせ、出身と教育の上質さをこれでもかと物語っていた。顔付は大分違うが美姫ナーベとは姉妹かもというほど印象が近い。
きっと彼女はまず間違いなく強いのだろう。それこそヤルダバオト程の悪魔が精神支配をかけてまで腹心に置いた存在なのだから。
だが敵として相対していなければ垣間見える印象は180度別物だった。
以前ラキュースたちが目の当たりにしたときは、殺意という名の一振りの刃が少女の形を成しただけの恐ろしい獣。
だが今の彼女は箱入り娘か気弱なネコ科の小動物のようであり、強者としての風格は微塵も感じられないのである。
「魔皇ヤルダバオト直轄メイド悪魔筆頭アルデバランを改めまして、
彼女――サクラは超越者としてではなく一人の少女として、粛々とその黒髪の頭を下へと垂れた。
「まずは先日の多大なるご迷惑と無礼をお詫び申し上げます。かつて精神支配によって強いられた戦いが不本意であったのは確かですが、あなた方にそんなことは無関係ですよね。申し訳ございません」
「頭を上げてください。事情が分からないうちは、私達としてもあなたを責めることはできませんよ」
あまりのサクラの委縮振りに、ラキュースは自分が悪いことをしたように思わせられた。
その辺年嵩があってしっかりしているイビルアイは、感情に流されず淡々と話を進めてくれる。
「お前にも相応の事情はあるのだろう。ならお前自身の信用確認を含め、先にお前の事情とヤルダバオトについて聞かせてもらおうか。
彼女の両親とイビルアイは旧知の仲だったそうで、サクラの話をよく聞かされていたらしい。なので蒼の薔薇の中でサクラのことを一番気にかけていたのはイビルアイだったりする。そんな彼女のぶっきらぼうさは微笑ましくもあった。
「そうですね、わかりました」
かくしてサクラは事情を語り始めた。
彼女がモモンと共にプレイヤーとしてこの世界に降り立ったのはまだ数か月前のことらしい。
ある日モモンと別行動していたサクラは、知り合いを助けるためにスレイン法国の特殊部隊と交戦して全滅させたが、代償として強力な精神支配を掛けられてしまったそうな。そしてその支配権が何かの間違いで邪悪な悪魔*1の手に渡ってしまったとのこと。
「私のドジと勝手のせいで色んな人に迷惑と悲しい思いをさせてしまいました」
精神支配により望まない相手とも戦わされた時のことは、今でも夢に見るほどの忘れられないトラウマだそうだ。*2
また悪魔*3に弱みを握られて完全に逆らえなくなり*4、今回の事件の片棒を担いでしまったという。
「私を助けてくれたモモン達*5には本当に、感謝してもしきれません」
横のモモンの鎧を嬉しそうに小突きながら、サクラは笑って締めくくった。
話を聞いてたモモンは鎧の下の顔で、渋面を絶やさなかったようだけど。
「……あなた本当に捻くれてますね」
「ええそうですね。でも最近は自分のそういうところが、あなた達のお陰で好きになってきましたよ」
「私は嫌いです」
「存じてますよ」
二人の様子にガガーランは頭を掻いてティアとナーベは目を細め、ティナとイビルアイは無反応を決め込んでいる。
冒険心に駆られたラキュースだったが、サクラから冷ややかな視線が向けられたので腫れ物は避けるが如く話を進めた。
「サクラさんの事情については良くわかりました。王国としては難しいでしょうが、我々蒼の薔薇としては貴女の立場を尊重しますよ」
「ウチにも似たようなチビが居るからな、嬢ちゃんも気にすんなよ」
「チビとは何だチビとは。……まぁツアーから聞いたかもしれんが、私も『国墜とし』などという大層な忌み名を持っている吸血鬼だ
器に見合わぬ罪過のせいで世間を大手を振って歩けない身だよ。お前もあまり気にし過ぎないことだ」
「ありがとうございます」
「そうイビルアイと同じ。可愛いは正義なので許される」
「違う、そうじゃない。その手の免罪が適応されるのは美少年に限る」
「話の腰を折るな変態双子」
「あはは、えーっとでは、ヤルダバオトについて知ってることをお話しますね」
「なんかすいませんウチの馬鹿どもが。おねがいします」
身内を恥じ入るラキュースをだったが、蒼薔薇の喧騒を笑ったサクラは心の底から愉快げだった。
「私も記憶が朧気で全部は覚えていないんですけどね。話せることは話しますよ」
それからサクラは再び語り始めた。
「ヤルダバオトの出身はユグドラシルのグレンベラ沼地。私やモモンと同じようにこの世界に転移してきたヤツで間違いありません。
冒険者でいう難度としては……ツアーやモモンや私と同じで多分300前後かな。基本戦術は前にツアーに使ったような身体変化。普段こそオールバックにスーツの紳士服ですが、戦う姿は本当に絵本で見るような悍ましい悪魔の姿そのものと言って良いと思います。
純粋な戦闘力では同格の中でも2枚ほど落ちる程度で、力押しされるのが苦手。私やツアーやモモンなら負けることは無いでしょう。
ただすっごく頭がいい方だから一筋縄じゃ行きませんよ。この間もツアーの【世界絶対障壁】貫通してトンヅラしたように、逃げの算段は当たり前な方です。人質作戦とかもスゴイ好きそうだと思います」
朧気という割には妙に詳しいようだった。
ここまでサクラはすらすらとヤルダバオトの有益な情報を語り続けた。
ラキュースたちは更に傾聴しようと意識を向けた訳であるが、次第に話の雲行きが怪しい方向に向かっていく。
「『悪』という言葉はまるで彼の為のモノかと思うくらいには、本当に絵にかいた悪魔みたいな奴ですよ。
狡猾で慎重で疑り深くて騙すのが得意で、他人が嫌がることはなんでも大好き。具体的に言うと人を家畜にして家族を共食いさせたりとか××とか●●とか。あとは❓ ❔❔させたり。日曜大工が趣味なのですが、作るのが人骨で組み上げた玉座とか悪趣味なもんばっかり。生命の尊厳とか何のそので、生まれてきたのが気の毒のようなニンゲン素材のキマイラつくったり、■■■■したり□□させたり―――」
「すいませんサクラさん……ちょっと気分悪くなってきました」
「あらすいません……まぁざっと言うと彼にとって人間はみんな玩具で、玩具ゆえにそれを彼は心の底から愛しているというド畜生な野郎というわけです」
「大変参考になりました。もう話は――」
「でも一方で興味深いのが身内意識の強さですね。彼は自身の家族に対してだけは、どんな聖人君主よりも慈悲深くそして義理堅い紳士な奴なのです。長男気質と言ってもいいかもしれません。
前述した邪悪性を共有できる仲間とはそれはそれは楽しそうに邪悪談義を交わしますね。でも一方で私みたいな偽善者や残虐性に忌避感をを覚える仲間には、自分の嗜好を抑えながら気遣って接することも出来るのです。彼が一番仲良しな仲間も、どちらかと言えば義理堅い武人気質の方なんですよね。辛口系のお酒が好きで、よくその方と晩酌を洒落込んでいるそうですよ。
悪魔としてはくそ野郎ですが、身内と外の線引きの潔さは慎ましくて非常に好ましい人格に思えます。家族や仲間として接するなら彼ほどの――」
「――その辺りにした方がいいですよマタタビさん。折角組み上げた蒼の薔薇のお嬢様方からの信頼がガタ落ちです」
「え? あ……」
まずは誰しもが、モモンの差し止めの遅さを恨んだ。
モモンの制止でようやく我に返ったサクラは、向けられた懐疑の眼差しに青筋を立てた。
「なぁ嬢ちゃん、あんたまだ悪魔に魅了の魔法を掛けられたりとかしてないよな?」
「同感だ。なぜ自分を捕えていた悪魔について嬉々として深々語ることが出来るというんだ……」
「可愛ければ、許される……かも?」
「ない、それはない」
「実に面白い、ヤルダバオトに惚れでもしましたか? ともすれば彼奴の困り顔が見ものですが」
モモンだけが一人クツクツと愉快に笑っていたが、何が面白いのか誰一人として理解できなかった。
だがこの時、ラキュースの頭脳には強烈な電撃が迸っていた。
何と言えば良いのか。これは奇天烈な惚気話に対する女特有の乙女回路とはまるで違う。彼女の叔父が繰り広げた英雄譚を初めて耳にした時に感じた、自分の世界がひっくり返るような感覚に近いモノだ。
「あり得ませんよそんなこと。私はそういう的外れな色恋の勘繰りが大嫌いなんです。覚えとけください」
「それは失礼、今後は気を付けます。それはそれとしてマタタビさんのヤルダバオト評は実に興味深い」
「……モモンも大概捻くれてますよね」
「恐らくですがあなたに似ました。なのでどうぞ好いてください」
「嫌です」
サクラは最初の高貴な雰囲気をすっかり崩し、心底嫌そうにモモンと言い合っていた。
漆黒の英雄と称えられるモモンの裏の姿はそれはそれで興味深かったが、今ラキュースが気にかかっていたのはそちらではない。ましてや悪魔の色恋話なんかでもない。
「モモンさんの言う通りです。私も、サクラさんとその話に凄い興味が惹かれました。
あなたが普段からどういった視点で世界を捉えているのか大変気になります」
「えぇ?」
サクラが悪魔に魅了されてるなどとは、ラキュースは欠片ほども思ってない。根拠は勘だ。
彼女はとても嘘をつけるような人物には思えないし、先ほどまでの言葉も洗脳されて上の空にぶちまけた言葉なんかじゃない紛れもない本物だった。
サクラは紛れもない善人だ。けれどヤルダバオトを悍ましき邪悪であると知っていながら、それはそれとしてその精神性を冷静に観察して一個人として敬い評価もする。
それは物語の人物を俯瞰するような視点とは違う。彼女は現実の実感を伴いながら、それでも自分の感情を度外視して高い精度で相手に感情移入できるのだ。
「はっきり言って貴女はおかしいですよ。悪魔にまで入れ込めてしまうなんて……普段から何を考えて生きているんですか?」
好奇心がそそられる、どうしてそんなことが出来るのか。一体彼女には世界がどのように映っているのか。
何より一番気になるのは、自分が同じ視点に立てたなら一体何が見えて何を想うのか。
「……いや、いきなりそんなこと言われましてもね」
サクラが困り顔になってラキュースも困ったが、モモンが横から口を挟み込んだ。
「彼女は例えば自分の命を狙われたとして、怒りや恐怖より何故そんなことをしたのかを真っ先に考えてしまうようなタチなのです。
神懸ったような感受性と鋭い洞察力であっという間にその者の心情を丸裸にし、場合によっては肩入れすらしてしまう筋金入りのお人好し。
まるで狂気の沙汰だ。常人が真似するのは勧められませんね」
モモンの説明を聞いて真っ先に納得を示したのは、ラキュースでもサクラ本人でもなくイビルアイだった
「なるほど共感性の怪物か。彼女の父から似たような話は聞いて居たがここまでとはな。
むしろそんな精神でまともに自我を保っていられるのが不思議なくらいだ」
そんな感心を余所に、自己への評価へ共感しかねるサクラはひたすら訝しんでるわけだが。
「……だそうですよラキュースさん。私そんなにおかしいですか?」
「とても面白い方だわ貴女!」
かくしてラキュースは納得のいく答えを得て満足し、サクラはおかしいのはお前だと言わんばかりにただただ不気味がっていた。
それをみてイビルアイは呆れかえる。
「ラキュースもういいその辺にしておけ。ヤルダバオもコイツの人となりも大分わかった。
滅多にないツアーからの用立てなんだ、昔話ぐらい吝かでもないさ」
「あ、はいお願いします」
更正イベント挟んだのでいい加減オリ主のメンタルを成長させておかないとまずかったのでこの話を挟みました。
話はグダグダだけど必要な話であるとは信じたいこの頃