ナザリック最後の侵入者   作:三次たま

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 たぶん今回の話がこのSS史上一番のオバロアンチ表現だと思います


脅威の者共

 異世界に転してから間もない頃、カルネ村という取るに足らない村落からアインズ様と共に凱旋して状況が落ち着いた時のこと。

 恐るべき異能を誇るマタタビに取り入るためのご機嫌取りに、アルベドが何気ない会話を演じていた時のことだった。

 

〈凪/カーム〉

 

 彼女は唐突に、戯れの様に、アルベドの黒い情念を鷲掴みに捉えては問質した。

 

『やっぱり憎いの? 自分らを置き去りにしたギルドの連中のこと』

 

 端的に言って見くびっていたのだろう。その能力こそ恐ろしいが、本質は愚かで感情本意に動く頭の悪い少女というのがマタタビに対する最初の評価だった。

 だが想えば不用心が過ぎた。かつて至高の存在に並び立ち盛大に内輪を荒らして追放を受けたという来歴は只事ではない。

 

 心裏を見抜く感性こそが彼女の最大の脅威なのだと、アルベドはこの時理解した。

 彼女はわかっていたのだ。アルベドが憎悪を秘め、そのために自身を利用し使い潰そうとしたことを。

 失敗した。

 そのツケに、果たして自分は殺されるのか、全てを暴露され死より恐ろしい主人の失望を被るのか。

 

 ならばせめて、自己中心な野望で動いたなどと勘違いされることは、決してあってほしくない。

 

『違うわ。私たちシモベのことなんて、焼くなり見捨てるなり好きにすればいいのよ。

 ただ私は至高の40柱皆がアインズ様を御一人にしたことを許せないの』

 

 アルベドは足搔くように身の丈をぶつけた。

 マタタビはそれを聞いて僅かに口をつぐみ、優しく微笑んで言った。

 

『へぇ、そっちでしたか。御見それと、大変失礼をいたしました。ごめんなさい』

 

 糾弾者の立場である彼女が酷く素直に、無垢な少女のようにぺこりと頭を下げたので、アルベドは底知れなさを感じた。

 

『勘違いしないでください。別に私はアインズ様にもデミウルゴスにも、誰にだって告げ口するつもりもありません』

 

『どういうつもりかしら。私の叛意を黙認して、お前に何のメリットがあるというの?』

 

 メリット

 そう自分で口にしたが、アルベドには彼女が打算で動いてるとは思えなかった。

 すでに短いやり取りでマタタビの人となりは把握しているが、彼女からは気味悪いほどに100%の善意しか感じないからだ。

 

 これで彼女が実は凄まじい演技者だったとかならば、もはやアルベドの知性をもってしてもあらゆる目的が無為に帰するだろう。考えても仕方がないくらいである。

 

『一部分では、アルベドさんの意向に私も賛成なんです

 あなたの想いは多少筋違いであるにせよ、決して的外れでもない』

 

『嬉しいわ。賛同してくれる者が居るなんて思いもしなかったから。筋違いという言いようがとても興味深いけれど』

 

『なんて言えば良いのかなー。このことは絶対に誰にも言わないで欲しいんですけどね』

 

 彼女は僅かにぐぐもって頭を掻いた。

 なんだか気軽にとんでもないことを言い放ちそうな悪寒を感じ、アルベドは急速に心の準備に身を構える。

 すると言い放たれた事実は案の定衝撃的なモノだった。

 

『居なくなったギルドの連中が恨まれる謂れは無いってことです。

 だって元々ギルド:アインズ・ウール・ゴウンは、過酷なリアル世界で生きる者達が暇つぶしに作った遊興の集いなんですから

 それを10年以上つきっきりで付き合う奴なんて、よほどの物好きと断言しましょう』

 

『リアル世界……暇つぶし、遊興の集い』

 

 自身の足元が崩れ去るような錯覚を感じながらアルベドは、それでも冷静を努めてマタタビの言葉を反芻した。

 りある世界とは至高の存在が御隠れになられた遥かなる大地。アインズ・ウール・ゴウンが全盛のころ、旧モモンガ様含め多くの至高の存在が彼の地の苦難を語り合う様子をシモベたちは見聞きしている。

 つまりその避難地的な場所がアインズ・ウール・ゴウンであり、至高の存在がユグドラシルで為した多くの偉大な冒険は僅かな暇の享楽であると。彼女はそう言っているのだ。

 

 あまりに荒唐無稽で信じがたい話だ。彼女が如何に善良であろうと、多くのシモベはそれだけ聞かされて素直に納得するわけが無かった。

 ただ一人アルベドを除いては。

 

『くふふふふ、あはははは! そう、そういうこと! なるほどそれでは、あのタブラ・スマラグディナの言う通りだ!

 アインズ・ウール・ゴウンなんてくだらない! マタタビあなた、よくこんなことを私に話してくれたわね!?』

 

『納得していただけて何よりです。私はどうも勘違い展開ってやつが、ひどく虚しくて嫌いですから』

 

 なるほど確かに虚しいことだ。アインズ・ウール・ゴウンを誇大なモノと勘違いして崇拝するシモベの様など、彼女からすればさぞや滑稽で詰まらないように見えただろう。

 残念なことに、聡明で偉大なる愛すべき我が主人にしても同様のことが言えてしまう。

 

『だから、ギルドからいなくなった奴らを恨まないであげてくださいね?

 彼らはここより大事で愛すべき者のために旅だっただけなんですから。アインズ様だって理性ではそれを理解してるから気持ちに蓋をしているんです』

 

『ええ、わかったわ。絶対に、恨みで手を掛けたりなんかはしないわ。あなたの言う通り逆恨みもいいところだもの』

 

『……うん、ありがとう』

 

 彼女の顔が露骨に曇るのを見てアルベドは内心舌を打った。

 逆恨みであろうがアルベドの殺意が揺るぐことは無く、それを勘付かぬマタタビではないだろう。

 

 如何な理由があろうが捨てた手前でアインズ様の御前に戻り、何のわだかまりも無く元鞘に戻る様などアルベドには耐えられない。

 もっともアルベド個人の感情などどうでもいい。純粋な損得で考えても他の至高の存在の帰還はリターンとリスクがあまりに釣り合っていないのである。

 

 なぜなら1度あることは2度ありうるからだ。マタタビの話が本当なら尚のこと、一度合流することが出来ても再び捨て行かれる可能性は極めて現実的であると考えられる。

 そうなればアインズ様と同僚達があまりにも哀れであろう。

 

 皮肉なことに、シモベにとっての最高の主人は造物主を差し置いて、慈悲深いアインズ様以外にあり得ない。

 皮肉なことに、アインズ様の望むナザリックの安寧はアインズ様の一柱独裁以外にあり得ない。

 だから他の至高の存在の殺害はアルベドにとって決定事項なのであるが、それに対しマタタビは若干否定的だ。

 今ここでそのことを論じても仕方なし、今後少しずつ心裏誘導を図っていく他にない。

 

 後にこの考えが目の前の存在によって二転三転させられる羽目になるとは、この時は思いもしなかったが。

 

『けどそうすると気になるけど、一部分の賛同というはどういう意味かしら?』

 

『ギルドメンバーのうち大半は善人で無害です。けれどごく一部にはえげつないくらいの人格破錠者が混じってる

 クラン解散後に加入した るし☆ふぁー のことは良く知らないけども。少なくとも獣王メコン川、□□にフラットフットや××。あとは……』

 

『タブラ・スマラグディナ』

 

『そう、タブラ。あのあたりは本当に危険。ユグドラシルじゃ無害だったけれど、こんな世界に放り込まれたらいつか必ず私たちに悪意の矛先が向かう』

 

 仮に彼女の言う通りに悪意の矛先が向けられるなら、それはとても恐ろしいことだ。

 アルベドの叛意が見逃されているのが良い例であるが、ナザリックもアインズ様も身内に悪意にはとことん鈍い。この組織的な欠陥とナザリック地下大墳墓の構造上の欠陥が加わればまさに悪夢だ。

 至高の存在という絶対的な立場と域内の自由移動を可能にするリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンのたった二つが揃うだけで、ナザリックへの脅威度は目の前のマタタビが軽く霞むレベルなのだから。

 

『それにしてもタブラ様はともかく、その四柱が恐ろしいとは知らなかったわ』

 

 マタタビは少し困りながら答えた。

 

『具体的な確証はないですし、他の至高の連中も殆ど勘付いちゃいないと思いますけどね。

 悪く言えば女の勘。小さい頃から人を見る目には自信があるんです、今みたいに』

 

『くふふ、見抜かれた私が馬鹿にできたものでは無いかしら?

 いざというときは頼りにさせてもらうわね。そんなこと、無いに越したことは無いけれど』

 

『全くです。けどまぁ私のことは精々こき使ってくださいよ。

 私はアインズ様に嫌われてるから、どれだけ雑に扱おうがアルベドさんの心は痛まず都合の良いこと請け合いですよ?』

 

『そんなことしないわよ? 曲がりなりにもあなたこそ、10年以上アインズ・ウール・ゴウンに付き合った唯一の物好きなのだから』

 

 最悪の場合相打ちで処理する胸算用を測りつつ、一応本音も混じった虚言を吐いた。

 

『……メンバーじゃないんだから勘弁してよ』

 

 満更でもない様子だった。

 内心の感情を含め、これが彼女の最も欲する言葉であるから嗤えることだ。

 この時のアルベドにとっては極めて理想的な存在と思えていた。

 

『あなたって相当のお人好しね。まるでセバスみたいよ』

 

『この処女淫魔が……あなたの首皮が恋しいうちは、滅多なことを言うもんじゃないですよ』

 

 ただし時々、変な地雷が埋まってること以外は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルベドは凍結の牢屋の中で背もたれもない氷製のイスに腰かけ、当時のことを振り返っていた。記憶の中の浮かれていた過去の自分とマタタビへの殺意を想い、握りこぶしに血を滲ませていた。

 今思えば驚くほどにアルベドのマタタビへの策略はことごとくが的外れだった。

 

 他の至高の存在もマタタビが危惧する通りに、アインズ様にとっては必要であった。

 アルベドがわざわざ取らせるまでもなくアインズ様とマタタビの心理的距離は離れていたし、そのくせアルベドが付け入る隙がないほどに互いをこれ以上ないほど深く面倒臭く愛し合っていた。

 マタタビが未だに多くの謎を抱え込んでいることを察知しておきながら、悠長にその追及を遅らせて最悪の形で事実を露呈させてしまった。

 マタタビの危険性を鑑みて秘密裏に取り付けた精神支配に、おおよそ考えうる限り最低な形でアインズ様が利用を企まれた。

 

 そして今の何よりの失敗が、マタタビとの過剰接触によるアルベド自身の精神汚染。

 今のデミウルゴスやパンドラズ・アクター、特にアインズ様にすら顕著に表れた過度の疑心暗鬼と理性的思考力の減衰だ。

 

 よもやコキュートスの前で怒りのままに主人とマタタビへの嫉妬と憎悪を叫んでしまったことなど、今でも自分自身信じることができない。

 末恐ろしい。これこそが旧クラン:ナインズ・オウン・ゴールにて1500名の大侵攻すら凌ぐ史上最大の崩壊危機を引き起こした業だというのか。

 

「はぁ」

 

 思考に沸いた頭を凍えた壁面にもたれかけ物理的な冷却を図る。やがて熱は引いたが側頭部の頭痛だけが残った。

 

「あら、姉さん? どうしたの」

 

 そんなとき、唐突にアルベドの姉であるニグレドから〈伝言(メッセージ)〉によるテレパシーが届いた。

 

『どうしたのは私のセリフ! 氷結牢獄の感知結界にあなたとコキュートス様が引っかかったから何があったかと思えば、どうしてあなたが投獄なんてされているのよ!? 大丈夫なの?』

 

 第5階層の氷結牢獄にいるアルベドの姉、領域守護者ニグレド。情報収集特化型の魔法詠唱者でレベルは90オーバーという守護者に次ぐ実力者である。

 どうやら近くに来たアルベドの様子を察知して、心配して連絡してくれたようだった。

 肉親のぬくもりに僅かに頭痛が和ぐのを感じた。

 

 

「ふふ大丈夫、大丈夫よ姉さん。ただ何があったかは言えないから、お願いだから詮索しないで」

 

『あなたが失敗なんてするとは思えないもの。どうせまた、あのマタタビって女のことでしょ?

 ……前の謀反騒動のこともあったし心配だから時々感知魔法で追ってるんだけど、あの女ほんとに用心深過ぎて滅多に居場所を捉えられないの

 難しいでしょうけど、本当にあの女にだけは気を付けるのよ? こんな異世界じゃあ何が起きるか分かったもんじゃないのだし』

 

 それはいつかのアルベドが主人にした忠言によく似ていた。

 

(ああそうか、そういうことか)

 

 アルベドはこの時ようやく理解した。今の時点で事態は最悪の方向へ向かっていることに。

 

「……はははわかったわ、わかったから。ありがとう姉さん。じゃあね」

 

 返しを待たずに〈伝言(メッセージ)〉を切断した。

 マタタビのことを、気を付けるだけ気を付けた挙句がこの様なのだから、我ながら酷く嗤えた。二重の意味で。

 

「馬鹿ね、私は本当に」

 

(今ここから〈伝言(メッセージ)〉で連絡するのは、かなりマズいわね。不用意に刺激しかねない)

 

 本当に失敗した。マタタビがナザリックに訪れてからというもの、アルベドの為すことは悉くが空回りで失敗続きだ。

 けどこの失敗に限って言えばマタタビの落ち度は完璧に無い。むしろ彼女がいなければ今も気付かなかったし、あのことを知ってもらえればよかったかも。いや、変に彼女自身が暴走して刺激させるのが一番マズいか。

 ともかくこれは完全なるナザリック側の、唯一気付けたはずのアルベドによる失態だ。

 

 一刻も早くこんな下らぬ内輪もめなど終わらせて、対策を練らねばならないだろう。

 アルベドはこの時、全てを捨てる覚悟を固めた。

 

「早く、早く来てちょうだいコキュートス」

 

 

 

 

 




 
ラナー「マタタビマジこわー関わんとこー」
 
マタタビ「精神汚染とか大げさ。私が迂闊な情報与えたせいで、精神的に幼いあなたたちがとち狂ってしまっただけですよ」

デミウルゴス「どの口が言うかおんどりゃ」

アルベド「アイマタが尊過ぎて死にたい。クソが」

アインズ「アルベド何考えてるかわかんなくて怖い」

パンドラズ・アクター(統括殿が誰かによく似たツンデレをこじらせてる)


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