ナザリック最後の侵入者   作:三次たま

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信頼の壁

至高の41人レビューbyマタタビ ホワイトブリム

 

 リアルで漫画家やってて多忙のクセにしょっちゅうユグドラシルに顔出すダメ作家。

 せっかく週刊誌での連載にこぎつけたのにスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの材料集めに参加したせいで原稿落としかけることがしばしば。それが原因から同社の月刊誌に移った。誠に残念である。

 

 

◆◇◆

 

ナザリック地下大墳墓9階層スイートルーム:アインズ自室

 

 ケット・シーであるマタタビが常時人間体に変身している理由は、ケット・シーの体の使い方が人間体より勝手が悪いかららしい。リアルで武術経験のある人の中に偶に居るらしい。という話をアインズはたっち・みーから聞いたことがあった。

 

 昆虫系の種族であるたっち・みーもキャラメイク当初は同様の心地悪さを感じていたらしいが、彼の場合は某国民的特撮番組である仮面〇イダーシリーズにいる昆虫モチーフのヒーローのオマージュのために我慢していたのだとか。

 

 パンドラズ・アクターを作成する際にソレを思い出したのはたまたまで、彼女のことを44の変身形態の一つに付け加えたのは詮無い気まぐれとくだらない感傷のために過ぎなかった。

 それがまさか今目の前の結果をもたらそうとは思わなかった。

 

 パンドラズ・アクターはアインズの前に姿をあらわすと、マタタビの姿に化けて『傾城傾国』を装備してアインズの前に平伏した。

 アインズは回転椅子にゆったり体重を掛けながらソレを眺めて不快感に首をもたげた。彼女のおとなしめな容貌に華美なチャイナ服はまったくと言っていいほど似合っていないし、従順に頭を下げている姿など本人とのギャップで吐き気すらこみ上げてくる。多分アルベドあたりなら似合うだろうなと思った。

 

 これを見るのは先日マタタビを救出して以来であったが、パンドラズ・アクターの独断という事実がその意味合いを大きく変えているのは言うまでもない。

 だからこそ今ここで彼女の姿をとっているのはパンドラズ・アクターからすれば自白のつもりなのだろう。そしてただ諦観した面持ちで黒髪を床に垂らしていた。

 

 もっとも今のアインズにはパンドラズ・アクターを咎める気など全く無かった。もちろん苛立ちはするのだが、もっと憎いヤツ(マタタビ)がいる上に、今からアインズがやろうとすることもほぼ同じことなので非難する筋合いは通らない。

 

 用件はマタタビと『傾城傾国』にまつわる今後の話である。それを〈伝言(メッセージ)〉で済ますわけにもいかなかった。だから作戦中の合間でわざわざナザリックのアインズの自室に戻って彼も呼び出したわけだが、覚悟のうえでもNPCの反逆を改めて目の当たりにすると驚愕を禁じ得なかった。ましてやそれが自分で生み出した存在ともなれば尚のことだ。

 

「……ところでまさかお前、昨日今日でマタタビを監視してる時も同じ格好をしていたのか」

 

「はい、御明察の通りにございます。安全面から考えて流石に『傾城傾国』の着用は自重しておりましたが。

 彼女の気配遮断能力と『傾城傾国』を即座に使えるよう〈瞬間換装〉を使うために」

 

「ヤツの嫌そうな顔が目に浮かぶな」

 

「こちらの悪意は彼女に読み取られていたので、それはもう相当に」

 

 四六時中自分と同じ顔をした者に監視されているのだ。さぞや鬱陶しかったことだろう。同情とザマァないの二つの気持ちが平衡した妙な気分になった。

 

「では改めて言い分を聞こう。ソレで彼女のことをどうするつもりだったのだ」

 

 創造主に尽くすために生まれてきたはずのNPCが主人に裏切りを働くという事態。そのワケを理解することは、目下の問題解決に加え今後のNPC達との向き合い方を考えるのに必要なことだ。

 エクレアのように元々裏切るような設定を為されていたならまだしも、パンドラズ・アクターがそうでないことをアインズは世界で誰よりも理解している。ならば他の者達にもあり得るだろう。

 もっともアインズ自身その理由は薄々理解しているのだが。

 

「端的に言えば、マタタビ嬢がアインズ様を傷つける恐れを排除したかった。これに尽きます

 今現在彼女に課した縛りは主に二つ。ナザリック地下大墳墓に属する全ての者への攻撃行為と、そしてアインズ様の許しなく無断で出奔することの禁止でした」

 

「……ああまったくやはり俺の落ち度なのだろうな。結局のところお前は、マタタビさんを信じる俺のことを信じられなかっただけ。

 そして結果的に言えば間違ってはいなかった」

 

「いえ私も結局のところ彼女を自由にさせ過ぎていました。敵対行為以外の行動は一切制限していなかったからこそ、先のツアーとやらの介入を許してしまったのですから

 作戦中に限り本人を監視していれば問題ないと踏んでましたが、時間差で影分身を動かされていることを把握していればこうはならなかったでしょう」

 

「だったらそれも俺の甘さのせいだろう」

 

 そもそもパンドラズ・アクターがその気になれば傾城傾国で彼女の行動や秘密を把握できることは言うまでもない。

 そして彼が最低限度の行動制限に押しとどめたワケもまた然り。

 先日のアインズが暴走状態だったマタタビを殺さなかった理由とイコールだからだ。

 

「それは違います。他ならぬ私が(・・)彼女に首輪を掛ける覚悟を決めたのですから半端は許されるはずもありませんでした」

 

 パンドラズアクターはマタタビと全く同じ眼差しででアインズを睨みつけ主人の意を否定した。

 元来従順であるはずの彼がこうなったのは、ここ数日ずっとマタタビに化けた影響なのだろうか。デミウルゴスや恐らくアルベドにも同様の自主性が芽生えているのだとしたら、頭脳で彼らにはるかに劣るアインズにはいずれ手に負えなくなるだろう。他のNPCにも同じことは言える。

 ある意味それがあるべき姿なのかもと思うと複雑なところだ。

 

「もういいわかった。誰のせいだという話は不毛だからな。

 何にしろ、これからは俺がマタタビさんの幸福を決定する。異論はあるか?」

 

「御方が本当にそれで良いとお考えになられるのなら」

 

「心配しなくても未練なんてとっくに吹っ切れたさ。彼女は最早視界に入れて目障りでしかない存在だ」

 

 マタタビはアインズのことをほとんど信じてくれなかった。親がアインズに殺される可能性すら視野に入れ、その上でアインズやナザリックのことを慮るなど度し難いにもほどがある。素直に敵対視して裏切ってくれた方がよっぽどマシに思えるくらいだ。

 強いて言うなら、マタタビという他人に過大な期待を寄せたアインズも悪いのだろう。それにアインズが彼女にとって信頼たりえない存在であるのは事実なのだから。

 

「あいつの家族崩壊なんてただの自業自得でしかないが、視界の端で辛気臭いツラをされては寝覚めが悪い。

 蘇生拒否の両親くらいならどうにかなるかもしれないし、リアルに残された妹とやらがどうにもならなければ最悪妹の記憶を3人から奪えば問題なかろう」

 

 両親すら彼女の幸福にとって使い物に成らないならそれも全て忘れさせ、適当な人間などをかいつまんで偽りの家族でも作らせる。あるいは たっち・みーの因子を受け継いでいるセバスなどが適任かもしれない。

 

「パンドラズ・アクター、はっきり言っておく。たとえ今からお前が『傾城傾国』を持ち逃げしたところで大した意味は無いからな。

 ナザリックに残された世界級アイテムや、役に立つならこの世界固有の異能すら利用して俺はあいつの人生を否定するのだから。

 強いて言うならお前の協力の有無で成功率が変わるくらいだが、どうする?」

 

 パンドラズ・アクターの協力なしでも成功はするかもしれないし、しないかもしれない。

 だがもし最悪の失敗を起こしてマタタビと敵対してしまえば待っているのはアインズとナザリック全ての破滅。それを確実に止められるのは『傾城傾国』による支配に他ならない。

 

 我ながら安い脅迫だと内心にて自嘲した。

 パンドラズ・アクターが今すぐにマタタビにこのことを伝えれば、アインズの企みは遥か彼方に遠のいてしまうだろう。

 そうなればナザリックの破滅も待ったなしか。全てはパンドラズ・アクターの心次第。こんな綱渡りをするなんて自分でも全く信じられなかった。

 

「我が裏切りがアインズ様に深い疑心を抱かせてしまいました。償えるなら命すら捧げたいくらいです。

 御身を御一人にせぬがためにマタタビ嬢に首輪を掛けたと言うのに、かえって我が行いが御心を傷つけ曇らせてしまった」

 

「悔やむなら全て行動で示せ。さぁその『傾城傾国』を俺に差し出すのだ」

 

「無論でございます」

 

 パンドラズア・アクターは元の軍服埴輪の姿に戻り『傾城傾国』を差し出した。咄嗟にすり替えられてないかを念のため鑑定魔法で確認する。

 もちろんそのままパンドラズ・アクターに使わせると言う選択肢は存在しない。適当に、自我が薄い傭兵NPCのサキュバスにでも使わせるつもりだ。

 マタタビにとってのアインズがそうであるように、アインズにとっても最早NPCの存在は純粋な味方とは呼べなくなったのだから。たとえ根底にアインズへの想いがあったとしても、彼らの行動が必ずしもアインズの意志とぶつからないとも限らない。せめてアインズの支配力が及ぶうちに為すべきを為したいところである。

 

 それにしても、と思う。その気もないのにただ居るだけで社会の輪を崩してしまうマタタビの在り様があまりにも悲しかった。

 アインズがこれから挑むのはある意味どんな敵よりも手ごわい相手なのだろう。それこそ世界級エネミーが可愛く思えるくらいの。

 

 

◆◇◆

 

ロ・レンテ城ヴァランシア宮殿最上階玉座の間

 

 

 長い長ーい夜でした。昨日はホントに色々ありましたよね。たっち・みーが私の父さんだって露見したり自殺した13英雄だって発覚したり。

 せっかくデミウルゴスさんが計画してたゲヘナを、私がツアーに変なちょっかいかけたせいで滅茶苦茶にしちゃったり。諸々デミウルゴスさんやアインズ様にバレて叱られたり、私は私で変に開き直ってしまったり。

 

 まぁともかく長い夜が明けまして間もなくゲヘナ計画も大詰めです。我々ヤルダバオト一行が占拠した王城をアインズ様やツアーや冒険者たちが間もなく奪還しに参ることでしょう。

 階下では雑魚悪魔の群れが蔓延ったり王族や貴族たちをプレアデスが監禁したりしてまして。

 私とデミウルゴスさんは最上階。4つ並んだ玉座の真ん中二つにふんぞり返ってツアーとアインズ様が来るのを待ち構えてます。ほんと茶番ですね。

 

 デミウルゴスさんは肘掛けと背もたれに絶妙なバランスで寄りかかり足を組むことによってRPG的ラスボス然と座してます。セクシーかつかっこいい。ウルベルトに見せたいところです。無理ですが。

 ま、私はというと直角で固すぎる背もたれが座りづらくて敵わないから膝を抱えて体育座り何ですけどね。お行儀最悪なうえにメイド服なので雰囲気打ち壊しです。

 デミルルゴスさんがやや不機嫌なのはそれが理由―― な訳ではなく私の昨日のやらかしのせいだと思います。一旦許してくれたとはいえ、そりゃ引きずりますよ当たり前。

 

「いえ、そういうことではありません。ただ昨日伺ったマタタビ嬢の生涯を思い起こし、改めて自分を見つめなおしていただけです」

 

「と、言いますと?」

 

「あなたの為すことがことごとく失敗した理由が、周囲に頼らず問題を一人で抱え込んだことにあるのは言うまでもないでしょう」

 

「ええ、デミウルゴスさんの言う通り先日のセバスさんと同じですね」

 

 先日彼をあざ笑った私が彼以上にやらかしたのは我ながら会心の道化ぶりだったと思う。

 

「根本は微妙に異なります。セバスの場合は彼自身の能力への自負と職務的責任感が空回りしただけだ。

 だから最終的には絶対者であるアインズ様へ報告するに至ったのです。

 しかしあなたにはそもそも身の丈を打ち明けられる存在すら居なかった。それは何故か」

 

「……そりゃあ」

 

 なんか結局説教じみた雰囲気になってないかな。仕方ないけど。

 

「あなたは生まれながらに周囲を見限っていたからでしょう。ここからは不敬を承知で申し上げます。

 コーアンという神職に忙殺され愛する家族すら顧みることが叶わなかった たっち・みー様。その御方に擦り寄る雌豚を蹴散らすために心を病んだ奥方様。

 御姿を隠されてしまった至高の方々や、その御柱の陰を未だ追うアインズ様。そして自らの足元すら碌に見えていなかった我々シモベなど当然信用には値しない」

 

「まーそうだね。結果的に裏目に出たけど」

 

 思えば逆効果にもほどがあるが、家出したのは危うげな夫婦仲に焦ってのことだった。

 朽ちた友情モドキに盲目な狂ったアインズ様やNPCに私の出生関係の話をするのは割と危ういと思ったし。

 逆に今は、アルベドさんアクターさんデミウルゴスさんについては情報開示しといたほうが下手なことしにくいんじゃないかと思った。

 

「周りが頼りないからって、決して自分なら出来るとかも思ってない。不器用なのはよくわかってるから。

 ただまぁ私は根っこのところで、頼りない誰かに期待して失敗させるくらいなら自分がやって失敗した方がいいと思ってるんだ。自分勝手な話でしょ?」

 

「なんて傲慢で度し難い、無能を通り越し有害な働き者にもほどがある。

 ですがそんなあなたを糾弾できるほど、我々が立派な存在ではないのもまた確かだ」

 

「いやいや十二分にご立派だとは思いますよ、アインズ様の手から余裕で溢れるくらいには」

 

 いくら頭脳明晰で強大な力を生まれ持ったとはいえど、人生経験ゼロ歳児なNPCに『立派』とやらを求めるのは酷なことではあると思うのだが。

 彼らの自己啓発に妥協の概念は存在しないので私が何を言っても意味は無さそうだ。

 

「我々シモベは、ただ何も知らずアインズ様から慈愛を賜る愚鈍から脱するべきだと私は思う」

 

 アインズ様的には何も知らないでいてくれたほうが良かったろうに。

 が、デミウルゴスさんの気持ちはわからないこともない。子の心親知らず、嘘偽りで優しく守られていた事実は自尊心に致命的に響くのだろう。それこそ私やNPCみたいな連中にとっては死にたくなるくらいに。

 だから私はその優しさを、生まれてこの方ずーっと拒絶し続けたのだ。傲慢と言われても、そうだねとしか言い返せない。

 

「そしてやはり、あなたも変わるべきだ。他者の愛情を怖れ拒絶するだけでは何も得られはしない。どころか周囲を無駄に傷つけるだけだ」

 

「じゃあどうすれば、いいのかな。嫌なことはイヤだし、怖いものはやっぱり恐いんです

 父さんも母さんもギルドの連中もアインズ様も……デミウルゴスさんも、優しい人はみんな脆くて怖い。自分のせいで擦り切れて折れてしまったらと思うと、おっかなくってたまらないです」

 

「ならばソレを面と向かって言えば良かったのですよ

 時間はあります。だから私は、御隠れになられた至高の御方々について、アインズ様の口から真実を聞き出す所存です」

 

「ド正論だね」

 

 話し合えばいい。

 提示された結論はあまりにも合理的で正論だったが、私がそのありふれた回答にたどり着くまでの回り道を考えると可笑しくてたまらなかった。

 どうにでもなったはずななのに、なんだかすっかり手遅れになってしまったなぁ。 

 

 結局両親は私が居なくても無事再婚できたんだし。ならもっと早くに私が両親を信じて、母の事情を父に相談していれば我が家に寄りつくメス豚共もどうにかなったし、両親が異世界に飛ばされる結末も回避できたんじゃなかろうか。

 

 ああそうだ、さっきのアインズ様だってマサヨシにまつわる全ての真実を知らされても自棄になったりはしなかった。

 ならもっと早くに彼を信じて私が全てを打ち明けていれば――

 

『ああよくわかった。絶対に、誰が何を言おうと、マタタビさんのご両親を復活させたりはしない』

 

 ぶるりと悪寒が背筋を撫でた。私は玉座の上で縮こまって、両足を抱える両腕が更に固く締め付けられた。

 

 なんだか彼とは、凄く手遅れな感じがする。

 理由はイマイチわからないけど。

 

 


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