デミウルゴスが目の前で攻撃を受けたことにより、一度は我を忘れかけ血圧は急上昇。しかしマタタビの横槍によって肝を冷やされ急降下。
アインズは目まぐるしい状況変化に今にも目が回りそうだった。
早く状況を理解したいとことだが、今は冒険者モモンという役割を全うしなくてはならない。
当初の作戦から凄まじくズレ込んでしまったものの、結局デミウルゴスは予定通りに王城にゲヘナの炎を放ったようだ。マタタビから事情を聞いて、作戦続行が可能であると判断できたのだろうか。
アインズとナーベラルはと言うと、『蒼の薔薇』と共にそのまま冒険者組合へ足を運ぶこととなった。
デミウルゴスに奇襲を仕掛けマタタビとも交戦した可能性が極めて高い、謎の鎧も同行している。当然気が気でならならず殴り飛ばしてしまいたかったが、理性で持って全力で堪えた。
どうやら蒼の薔薇とも所縁のある人物らしく、先ほど吸血鬼と発覚したイビルアイ曰く正体はなんと十三英雄『白銀』そのひとで愛称はツアー。ちなみにイビルアイの正体はどうでもよかったので公言しないようにだけ軽く約束しただけだ。
ツアーさえ横に無ければ、隙を見計らい〈
どのみちツアーからも後で事情を聞かなくてはならないだろうし、向こうもアインズ側に聞きたいことはあるようだ。
冒険者組合では王城の異変を察知して既に緊急対策本部を開いていたが、アインズ達が持ち帰った新情報に場は騒然となる。
敵は難度150以上のメイド悪魔ベータ・ゼータに推定難度200オーバーのアルデバランとヤルダバオト。
ラキュース嬢が目を輝かせながら、こちら側にも対抗しうる実力者としてモモンとツアーの名を告げた。
ツアーの正体が十三英雄であることは、元チームメイトに同じく十三英雄死霊使いのリグリットがいたという『蒼の薔薇』の存在によって固く保障された。
ところが遅れて到着したレエヴン公親衛隊が予定にない情報をもたらした。
更に第三勢力としてモモンを追いかけているという謎の吸血鬼が乱入。戦士長ガゼフとメイド悪魔アルファを殺害後『悪魔がいるなんて聞いてない』と言い残し、そのまま王都上空から遥か彼方へ飛んで行って行方は不明であるという。
ガゼフは以前カルネ村にてアインズ、マタタビとの面識があった。そうなると、ツアーからアルデバランの正体がマタタビであると公言された場合マズいことになる。ヤルダバオトとアインズの関係が表沙汰にならないように、シャルティアによって始末されたのであろう。
当然組合では吸血鬼が再来することを警戒されたが、バックストーリー持ちのモモンから『臆病者の彼女が再び王都に来ることはまず無い』と太鼓判を押して保証した。
そのほか諸々王城の状況確認や作戦会議が行われ、ツアーと二人きりで話せるようになるのにはずいぶん時間がかかってしまった。
アインズとツアーはあてがわれた談話室に向かい合わせで腰を降ろした。
「さて単刀直入に聞かせてもらうよ。モモン、キミは ぷれいやー だね?」
『プレイヤー』のイントネーションが妙だ。アインズもツアーに同じ確信を抱いていたが、ここで初めて違う可能性を見出した。
「そうだがお前は違うのか?」
「ただ長生きなだけの原住民だよ。どうせ敵方の彼女にはバレてしまってるから先に言っておくけど、この鎧の中身は空っぽで僕が山奥から遠隔操作しているだけだ」
以前マタタビの前で転がっていた姿を思い出しながらアインズは納得した。
操り人形にしては先の攻防における強さが不自然だ。ユグドラシルにおける遠隔操作に長けた〈マリオネッター〉などのクラスでも、目の前ほどの強力な人形を作りだすことは不可能である。となればやはり、この世界独自の能力による存在。それもプレイヤーに匹敵しかねない実力者であると窺えた。
「そう身構えられても困るんだけどね。僕からすれば、キミも十分得体が知れない」
「まったくだ。互いの素性はこの際置いておき、先んじて示し合わせておきたいのは……アルデバラン。いや、マタタビのことだ」
「彼女が姿をあらわした時、キミは過剰なまでに動揺していた。やはりキミも彼女を知っていたようだね」
「……ああ」
あの時はデミウルゴスに強襲したツアーに反応したのだが、マタタビの土壇場なフォローが功を奏してなんとかツアーに気付かれずに済んだようだ。
しかしツアー側からアインズに対してどれだけ事情をは話してくれるかは、アインズとマタタビの関係性にもよるところだろう。
「ユグドラシルでは大して親しいわけではなかったが、彼女とは偶然この世界に転移してきた仲だ
今ではとんだじゃじゃ馬で散々苦労させられている。今回もいつの間にああなってしまっていたのやら。さっぱり皆目見当がつかない」
「……なるほど十分だ、よくわかったよ。とりあえず推測できる事件の原因を話そう」
アインズのマタタビに対する苛立ちを込めた言葉。それがツアーにも共振し一種のシンパシーが二人の間で繋がった。
とはいえ中心にマタタビの存在があるというだけで、今回の事件においてツアーとアインズが互いに見えている真相は対極に位置することだろう。
だからこそ、なんとしてでもツアーからの話は聞かなくてはならない。
「ああ、よろしく頼む」
「あとこの際だから伴って、マタタビが何者であるのかも話させてもらうよ
彼女は大層嫌がるだろうが、事が済んだ後を考えたらキミも知っておいたほうがいい」
◆
真相はアインズのちっぽけな正常性バイアスを置き去りにしながら、口の軽い鎧によって語られた。
信じられるわけがない。信じたくもない。
この際目の前の鎧の正体が数百年を生きる竜王だろうが世界最強だろうがどうでもいい。
マタタビの両親がこの世界に訪れ心中死したという、馬鹿みたいに出来過ぎた悲劇に比べればなんてことはなかった。
そしてきっとアインズにとっての悲劇はこの先にある。
マタタビの両親は彼女がユグドラシルプレイヤーであることを知っていて、接触を図るために最終日にキャラメイクしてログインした。
となればまず間違いなく両親のどちらかが元ユグドラシルプレイヤー.。そして基本的にマタタビが交流を持っていたプレイヤーはギルド:アインズ・ウール・ゴウンに所属する者だけだった。
すなわち導き出されるのはナザリックにとって最悪の事実。
かつての仲間がこの世界に飛ばされて不遇の死を遂げたということだ。
「そういうことか」
通りでツアーとの接触をマタタビがとぼけたわけである。
純粋に自身の過去に踏み入れられたくないという想いもあるだろうし、知っても悲しいだけの事実をアインズ達に知られたくなかったのだろう。
ツアーははっと気づいて心配そうに語りかける。
「もしやキミもマサヨシやトウコのことを知っていたのかい?」
「さぁ、誰のことだかさっぱりだ」
だが今のアインズは悲しむことすらできなかった。
心の中の確固たる何かが音を立てて崩れ去る。始めから何もなかったかのような更地の荒野に、剥き出しの魂が晒される心象が浮かび上がった。
そう、始めから何もなかったし、ナニカがあったとしてもアインズが立ち入っていい場所ではない。
「ふぅん? 意外だね、知ってそうな感じがしたがけど」
「おそらく会ったことはあるだろうが、誰のことかはさっぱりわからん」
なにせマタタビの
考えてみれば当たり前だが、元はただのゲーム仲間でしかなかったアインズとマタタビは互いのパーソナリティをほとんど知らない。
いやマタタビに限った話ではない。ギルドメンバーたちですらリアルにおける素性なんて話に聞く程度でしか認識していないのだ。まさか40人のうち誰かがマタタビと親子の関係だったなんて思いもしなかった。
一体誰のことだか。しかし誰だと知れて、それでアインズが悲しむことが出来るのだろうか。
マサヨシとトウコは、アインズ・ウール・ゴウン以上に大切な娘とのつながりを手繰ってこの世界に迷い込んだのだ。
仮にアインズただ一人が転移してから二人のことをナザリックに歓迎したとして、二人は嬉しくもなんともあるまい。
彼らにとってアインズは所詮仮想の繋がりにすぎない。その事実を改めて受け入れようとしてしまえば、輝かしかったはずの思い出すら色褪せてしまう。
結果、虚構の繋がりに拘泥した一人の哀れな男の姿が改めて浮き彫りになるだけだった。もはや眼孔は乾ききって涙すら流れない。
だが――
「そんなこと、最初から分かっていたがな」
「?」
「……気にするな。ただの独り言だ。それと、話してくれてありがとう」
わかっていた。最初からと言うのは強がりだが、彼女の不器用な生き方を認めた時点でとっくにそんなのわかっていた。
そこからどのような一歩を踏み出すべきかを、未だ考えあぐねいていただけで。
◆◇◆
津波の如き新事実が度々押し寄せてきては、荒々しくデミウルゴスの脳内へと着岸する。
重ねて雪崩れ込む膨大な情報量が理性の堤防をとうとう乗り越え、剥き出しの魂を侵し始めた。
それは頭蓋の内で暴風雨が吹き荒れるような惨状に等しく、極限の知性と思考能力すら濁流にのみ込まれた。
心象の外側。その様を傍から見れば蒼白な顔で今にも失神寸前と言う醜態である。
マタタビは長い黒髪を揺らしながら、心配そうにデミウルゴスの顔を覗き込んだ。
そして黒目を右端に寄せて申し訳なさそうに口を開く。
「私が言うのもアレだけど、その……大丈夫ですか?」
しかし先ほどの話の衝撃で呆然としていたデミウルゴスは、喋ったフレーズの半分しか聞き取れなかった。
何か話し返さなくてはとここでようやく気を起こし、手前半分を切り捨てて返事を強行した。
「ありがとうマタタビ。大丈夫……とは言い難いが話すくらいならもう平気だ」
自分の声が平時より頼りないのに気付いてデミウルゴスは喉元を締めて虚勢を張った。
マタタビは心を読むのでその虚勢すらたちまち看破されただろう。それでも立場ある身としては、自分をだましてでも気を保たねばならない。
「ほんとうにごめん。色々一気に話しすぎちゃったからね」
「……マタタビ君こそ大丈夫なのですか?」
「もちろん最悪な気分です。でもさっきはそれどころじゃなかったからね。今はあなたとアインズ様にケガさせなくてよかったからほっとしてる」
「それどころの話で無いのは明白ではありませんか」
デミウルゴス、どころかアインズ様のことですら小事になってしまうほどの大事件を前に一体何を言ってるのか。
至高の存在の中でも最強格を誇り、そしてマタタビの父でもあった たっち・みー がこの世界に訪れ命を落としたという事実。
デミウルゴスは理性で何とか気を鎮めているが、それはシモベの者であれば誰もが悲し嘆き叫ばれるような事態。ことがナザリック全体に知れれば狂乱すら巻き起こりかねない。
なのになぜ、渦中にいる目の前の少女はこうも平然を保っているのか。わからない、わからないわからない。
だがわかる。
わかるのは自分の中に、マタタビに対する幼い憎悪が沸き上がることだけだった。
全ては神々の意向のすれ違いによって起こった悲劇の神話。デミウルゴスが口やら足を突っ込むべき出来事ではないのは自明。だというのに己を律せないありようはまるで、自身の無力さから目線を逸らす八つ当たりですらあった。まったくもって恥ずかしい。
マタタビはデミウルゴスのそんな欺瞞すら容易く見ぬくことだろう。一体何と罵倒されるかとデミウルゴスは身構える。しかしマタタビは力なく苦笑いした。
「お怒りのほうはごもっとも。過失割合が如何にせよ、私の行いが二人を地獄に追いやったのは揺ぎ無い事実。まったく死にたくなっちゃいますよ、ごめんね」
そして目頭を押さえながら上を向く。
ああそうか、とデミウルゴスは遅く気付いた。当たれる者がいるデミウルゴスはまだ幸せだ。彼女は自分で両親の十字架を背負わなくてはいけなくなる。誰よりも、今追い込まれているのは彼女自身。
「でもだからこそだよ。ツアーを呼んだのも私みたいなもんだからね。マサヨシのことを知ったなら尚の事、これ以上私のせいで周りの人たちが傷つくのはもう嫌だった」
ゆえにこそ彼女は俯く暇すら惜しみあの場に駆けつけたのだろう。
悲嘆にくれて内心で当たり散らすしかできない自身のことを鑑みれば恥じ入るばかりだ。この強さこそ我が身に取り入れねばなるまい。
「大変失礼いたしました。その清き御心に疑念を見出したこと、どうか御許しください」
「てかデミウルゴスさんは私を許さなくてもいいんだけどね。これじゃマッチポンプみたいじゃん」
マタタビはいやそうに顔を顰めて手を振った。相変わらず不器用な生き方しか出来ない人である。どれほど実害をもたらそうとも、アインズ様やナザリックへの厚情さだけは本物なのだ。口先では中立を気取ってるものの、少なくとも自らナザリックに反旗をひるがえすことはあり得まい。
だが一つだけ聞いておかなくてはならないことがある。
「自ら問質した身で不躾ではありますが、なにとぞお答えください。何故、私に たっち様のことを話してくださったのですか?
不服ではありますがあなたなら、我々が傷つくと知れれば真実を握りつぶすことも辞さないだろうと、そう思っておりましたが」
まさか自棄でも起こして全てを語ってしまったならば、デミウルゴスは今すぐマタタビの口をふさがせるよう努めなくてはならない。
だがそれにしては今の彼女はらしくないくらい理性的だ。その心理と行動の因果が、冷静さを欠いている今のデミウルゴスには紐解けない。
「私だって無暗に言いふらしたくは無いよ。これは知らないほうが幸せな話です。でも時間の問題
私とアインズ様のカップリングに随分ご執心だったご様子から見るに、デミウルゴスさんは
きっかけが何かはわかりませんが、と遅れて続けた。
マタタビはデミウルゴスの底を見切り、そして哀れみを向けた眼差しで見つめ上げた。
端から何もかも見通されていたようだった。
最早腹立たしさも沸いてこないほどの敗北感が、デミウルゴスの知性によって自認された。
なんとなくだが、アルベドの様子が変わった理由が分かった気がした。
「……仰るとおりでございます」
始まりから薄々察してはいたのだ。アインズ様以外の至高の存在はもう帰ってこないのではないかと。
それが、精神支配の一件でアインズ様の共連れとして宝物庫に向かい、『霊廟』の存在を知ったことで崩壊した。アインズ様は他の御方々の生存を保証はしてくださりはしたものの、口調の澱みを隠されなかったのだ。
加えて更に核心的な存在を、入口手前で待機しているときに見てしまった。御方々を象ったアヴァラータ達。それらが各々の雛型の最強装備を装備して、奥に続くカーペットの両脇に立ち並んでいた姿を。
だからマタタビの見抜いた通り、デミウルゴスは手遅れ。
故にこそ世継ぎの降臨を強く望んでマタタビに期待を向けたわけである。
今明かされた真実は、デミウルゴスの内に元々燻ぶっていた疑惑の答え合わせの
「それかもし忘れたかったら、アインズ様に私の方から頼みますよ? きっと快諾してくださいます」
「いえ、ありがたくも遠慮させていただきます。仮にアインズ様のほうから〈
「いいんです?」
「私は悪魔。
今ここでその場の記憶を凌いだとしても、それは所詮一時的なものにすぎないだろう。
いずれまた気付かされる時が来てしまう。ともすればアインズ様の膨大な魔力をゴミに捨てるに等しかろう。
神は禁断の果実に手を触れることを望むまい。されど果実の毒を主と分かち合えぬ弱き心は、ただ神の慈悲に守られるだけ。
そんな赦しに甘んじる愚民には、果たして存在する価値があると言うのか。
神が一番辛いのに。
磔にされた神の御子によって赦されることを感謝するなど不信心極まりない。代わって自身が磔にされるか、せめて同じ辛苦を知るべきだ。
なればこそデミウルゴスは禁断の果実に手をつける。
「それに――」
「それに?」
「――来るかもわからない希望を悠久に抱え続ける
居なくなった方々はさて置いて、今は目の前の存在のために私は戦いましょう。マタタビ様、あなたと同じ決心です」
果たしてそれが、己の創造主が望んだ在り方なのかは実際のところわからない。
ひょっとしたら何も望まれなかったのではないか。もはや見えなくなった方々が何を考えておられたかはわからない。
だから今の見えてるものに強く縋りる他にない。そして支え守り抜いて見せよう。
「凄いよ。デミウルゴスさんは強いです。私よりもよっぽど」
マタタビはパチパチと手を叩いて心の底からと言う風に、笑って祝福してみせた。逆信仰告白みたいなものであるが。
「では私の方も見習って、いい加減重い腰を上げてじっくり話し合うとしましょう。ね、アインズ様」
するとマタタビは手のひらに礫を乗せて、向かい合うデミウルゴスの後方を睨んで指ではじき飛ばした。
カツンと固い音がするとともに、突然強大な気配が後方から現れ出でた。
「これはっ!? アインズ様、聞いておられたのですか!?」
デミウルゴスは仰天と共に盛大に身をのけぞった。
振り返るとそこにいたのは死を司る我らが神、アインズ・ウール・ゴウンその人であった。
「……えーとその、すまない。部屋に入ったは良いものの、話の途中で〈
話し合いに持ち込むのに30万字以上かけるとかグダらせ過ぎました。もっと早くしとけばよかったかも。
デミウルゴスのモノローグとか難易度高すぎるので例のごとくIQデバフさせました。ごめんなさい
ガゼフとシャルティアのエピソードは王国編のモノローグが終わった後に回想する予定です。本筋に関係なくはありませんが、本編の惨状を納めるのを優先したいので。