ナザリック最後の侵入者   作:三次たま

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ようやく本筋を進めます。6巻の内容開始です
できるだけパパっと進めたかったので、ラナーがレエヴンやザナックを口説く下りをほぼ原作通りにしてなおかつカットします
ここから原作としっかり分岐させるから許してください


メイド・メイド・ドッペルズ

◆◇◆

 

 ラナー王女が方々に尽くした人脈により八本指への戦線は整えられた。

 まずはラナー王女の友人である冒険者ラキュースと、彼女率いるアダマンタイト冒険者チーム『蒼の薔薇』の5名。

 宮廷内で蝙蝠伯爵ともっぱらの噂のレエヴン公率いるは、元オリハルコン級冒険者チームの直轄親衛隊5名。

 王国内では言わずと知れた近隣国家最強の戦士長ガゼフに、先月から名を広めたばかりのアダマンタイト冒険者『漆黒』の2名。

 

 襲撃前の作戦会議は王都のとある貸家にて行われた。

 仕切り役のラキュースがテーブルに広げられた王都の地図に3か所のマークを入れる。面々はそれを取り囲み、ラキュースが説明を始める。

 

 襲撃箇所は八本指麻薬部門の所有する三つの施設。

 施設を強行制圧し、犯罪の証拠となる機密書類や麻薬の実物と関係者を取り押さえるのが今回の目的だ。

 

「ラナー王女が解読した暗号文書によると、それぞれ麻薬倉庫、宴会用の屋敷、金品と書類の管理所となっています。

 ですので先も言いました通り3チームで同時に襲撃することになりますので、戦力を考慮したうえでチーム分けの相談を始めましょう」

 

 かくして各々の陣営から意見が投げ入れられチーム編成が決められた。

 ガゼフとレエヴン公親衛隊のチームで宴会場の屋敷を攻略。漆黒のモモンとナーベに蒼薔薇のティアと王女護衛の兵士クライムで麻薬倉庫を攻略。ティアを除いた蒼薔薇のチームで金品及び書類の管理所を攻略するという手筈となった。

 敵側でアダマンタイト級の実力を持つとされる六腕が一ヵ所にフルメンバーで集中でもしてない限りほぼ確実に成功するチーム編成だ。

 仮にその事態になった場合は突入せずに、他のチームの襲撃の終了後に合流するまで待機することに決まった。

 

 しかし結果だけ先に言うと、今回の作戦で六腕と渡り合う事態にはならなかった。そのことをあらかじめ知っていたのは、この場では漆黒の二人 ――もといアインズとナーベラルだけである。

 今夜悪辣なマッチポンプの火ぶたが切られようとしていたが、転じて本物の大火災になることを知る者はまだ誰もいなかった。

 

 

 何を期待されてるのかわからない相手は苦手だ。どう振る舞っていいのかわからないから。

 そういう意味ではアインズにとって我が子と言えるNPCは相手にしやすい。尊大な主人として求められるなら応えられなくはなかった。有能な主人を求められるなら、難しいが、努力を怠るつもりはない。上っ面のいい冒険者を求められるなら、実力に関係なく丁寧に対応すれば勝手にそう思ってくれた。

 

 しかしそういう生き方が実は窮屈なのだと気づけたのは最近の事だったりする。というかああも間近に見ていると思い知らずにはいられない。

 マタタビのどれだけ周囲と摩擦を生もうともありのままで通し続ける極端な生き方が、アインズには《昔から/・・・》眩しいくらい目障りだった。マタタビを嫌いと言うのは、そういう意味だ。

 

 自分とは真逆な性格で何を考えてるのかわからない。

 きっと、だから自分たちは臆病にも〈《メッセージ/伝言》〉でしか話したがらないのだろうと、アインズは他人事のように思った。

 

(少し浮つき過ぎだな)

 

 作戦中だと言うのにとりとめもない思考に囚われていることに気付いて、アインズは自嘲した。

 

 ともかく作戦だ。それも八本指襲撃のことではなく、ゲヘナについて。

 今はもう極端なアドリブを要する場面はなく脚本通りに動けばよい。そう思えばこそ油断しがちになるが、プレイヤーの影がいつ迫るのかもわからないし、知ってる影に一泡食わされることも覚悟しなければならない。

 

 今は夜の人通りのない道を襲撃地に向けて歩いてる。共に行くのはいつものナーベラルとそれに王女の衛兵のクライムと言う少年と蒼の薔薇のティアが一緒だ。

 隠密行動ということになってるので、クライム少年の鎧は塗料系のマジックアイテムで黒く塗りつぶされており、目立つ体躯と《全身鎧/フルプレート》のアインズは認識阻害系のマジックアイテムで隠形していて、ナーベラルはいつものローブと頭にフードを付けて顔を隠している。ちなみに蒼の薔薇のティアはなんと30レベル以下の能力値だというのにシノビ系の盗賊職を獲得しているという。

 

 そんなわけでやってるわけだがなんと驚くべき事態が巻き起こった。

 クライム少年とあのナーベラルが道中にて早速意気投合をしてしまっていたのだ。

 

「一寸の虫にも五分の魂と言うべきかしら。蟻の分際で見上げた忠義心ね。モモンさ……さん程では無いにしろ、あなたの主人の器を伺わせるわ」

「やはり流石、大英雄の相方を務めている程の方です。その御覚悟からして桁が違う」

「ふん、蟻から子犬程度には格上げしてもいいかもしれないわね。精々忠義に励むといいわ」

 

 やめてほしい。せめてそういうの他人の前でやらないで欲しい。

 どうして目と目を合わせた瞬間から同類と運命の出会いみたいになって、互いの主人を自慢し合うのか。

 ナーベラルもナーベラルだけど、どうしてクライム少年はこれほどの美人を前にして純粋に尊敬の眼差しだけを向けられるのか。アンデッドになったアインズですら思うところはなくもないのに。

 

 NPCは人間関係を身内で完結させがちなところがあり、ナーベラルは特にその傾向が強いと思っていた。そんな彼女と容易に打ち解けられる人物がいることを知り、アインズは世界の広さを思い知らされた。

 

「さてそろそろだ。二人とも小話はそのあたりにするといい」

「……大変失礼しました」

「あの建物が倉庫」

「アレですか?」

 

 ティアが指さした平凡で小さな平屋をクライムは訝し気に見つめる。倉庫にしてはあまりにも小さくセキュリティーもザルに思えてならない。そんな表情だ。

 しかしはっとなってクライムは我に返ったようだ。

 

「確か外見はカモフラージュで地下に本物の倉庫があるんですよね」

「そうだな。カモフラージュであるならば外観は目立たなければ目立たないほど良いものだ。ティアさん、念のため聞き直すが下取りは終わっているのだったな」

「事前確認は済ませてる。手筈通りティアがもう一度中を確認してくる。3人は目立たないところで小屋の出入りを見張ってて」

「了解した」

 

 アインズ達3人は近くの茂みに身を隠し、ティアを一人先に行かせて見守った。

 

◆◇◆

 

 敵側の防備を確認するためティアは前に出る。わざわざ蒼の薔薇からティアだけこちらに加わったのは、漆黒には探索能力を持つものが居ないから。

 蒼薔薇のほうにはまだティアの双子のティナがいるし、レエヴン公の親衛隊にも『見えざる』のロックマイヤーがいる。

 

 小屋の前に立って扉に手をつきティアは盗賊の特殊スキルを発動させる。建物内部にいる生命反応の数を調べられる感知能力だ。

 数えられるのは……一つだけ。ありえない。

 襲撃が事前にバレていたのか。だとするのなら今感じ取った一人は――

 

「ッ!」

 

 刹那、氷が背中を這いずるような感覚が、ティアのフル回転した思考を断ち切って危険信号を叩きつけた。

 特殊スキルではなく、数ある修羅場を潜り抜け蓄積されてきた戦闘経験からくる直観だ。

 

 ティアは愕然として目を見開きながら、扉を蹴飛ばして後方へと跳躍する。

 何事かとモモン達と隠れていたクライム少年が身構えるが、間もなく轟音が鳴り響いて扉が吹き飛び道端へと叩きつけられた。

 焦げ臭い硝煙が盛大に巻き上がって見えなくなった入り口付近を、クナイを構えたティアは臨戦態勢で睨みつける。

 

 煙の中から小さな破裂音が響く。ティアの鼓膜が反応するより速く、後方にいたモモンがティアの前に飛び出して大剣を横殴りに一閃した。

 次の瞬間、雷鳴にも似た金属音が辺り一帯へと飛び散って炸裂し、尋常ならざる膂力の一振りが硝煙を吹き飛ばした。

 

「……助かった、漆黒」

「かまわない」

 

 今の衝撃波、盗賊職のティアをして見切ることができなかった。

 モモンが弾いてくれなければ、地べたに四散した破壊痕を見るに良くて深手で最悪即死。

 紙一重の生存に冷や汗をかくと同時に、戦士モモンの凄まじい動体視力と巨体に見合わぬ早業に内心驚嘆せざるを得ない。

 その力量はどれだけ少なく見積もっても戦士長や魔法強化済みのラキュースすら優に超えてる。道中に相方が自慢げにしていたが、これほどとは。

 

 やがて吹き飛ばされた煙の中から現れたのは、メイド服姿の小柄な少女。薄桃色の髪を背中まで伸ばし迷彩色の襟巻で首元を隠している。特に目を引くのは、顔を覆った奇怪で怪しげな紋様の仮面。

 肩に構えた、身なりに不相応に大きな鉄の筒の先からは微かに硝煙が立ち昇っている。先ほどの衝撃波はアレから放たれたのだろうか。

 どれをとってもちぐはぐな格好だが、間違いなく強い。蒼の薔薇で最強のメンバーであるイビルアイと同格クラスであると目の前の対象の脅威を確信した。

 

「……私は魔皇ヤルダバオト様の側近。メイドの悪魔、デルタ。よろしく」

 

 ヤルダバオトもデルタも聞いたことのない悪魔の名前だ。

 イビルアイなら知ってるかもしれないが、横のモモンも知ってはいなさそうだ。

 

「悪魔か。後ろのそれらはお前がやったんだな?」

 

「……そうです」

 

 少女の後方、建物の入り口にて、手足と血飛沫を盛大にまき散らした死屍累々の光景が広がっていた。遅れて血なまぐさく濃厚な死臭が遅れて鼻腔をなぶりつける。

 死体の特徴を見るにほとんどが男性。それも、後ろ暗い業務に従事する者独特の雰囲気が、死体ながら微かに感じ取れる。これらが生前に八本指の関係者であったなら、目の前の存在は八本指の意図した回し者ではないということ。

 

 

 

「……八本指、ヤルダバオトに対価を払わなかった。……これは徴収。他のところもみんな、こうしました」

 

 つまり八本指が悪魔との取引を失敗して自爆したとか、そんなところだろうか。

 勝手に悪魔が仕留めてくれたなら、襲撃作戦としては願ったりなところでもある。

 しかしこれほどまでに強力とは。そして目の前のメイドの悪魔より格上の主人が居る可能性は非常に高い。

 

「どうする漆黒」

 

 ティアは目配せしながら指示を仰ぐ。

 モモンは一瞥して何も答えず、悪魔デルタへと向きなおした。

 

「つまりそれは八本指への報復が終わったなら、お前たちはおとなしく帰ってくれるということでいいのか?」

 

 極力対話で戦闘行為を回避する方向で行くらしい。蒼の薔薇の他のメンバーや戦士長なら問答無用で切りかかるだろうが、実直的なティアとティナの考えには近かった。後方に控えてるであろう更に強力な悪魔の報復を考慮すれば、未知の相手には戦闘はなるべく避けた方が賢明ともいえるだろう。

 もちろんそれは、まともに話が通じる前提の仮定に過ぎないのだが。

 

「報復じゃなくて、徴収です。ヤルダバオトの召喚対価は、この都市全てのニンゲンの命です」

 

「そうか、ならここで見逃さない手は無いな」

 

 同時にモモンがデルタの方へ切りかかり一足で間合いを詰めよった。しかしデルタは棒立ちしたままで、そのまま両断されるかと思われた。

 しかし太刀筋がデルタを捉えるより速く、排気管から濁色の粘液が飛び出してデルタと大剣の間に滑り込んだ。水音を立てて粘液の盾がモモンの一撃を受け止めた。

 ティアは再び瞠目する。スライムだ。

 

 剣士であるモモンにとってはおおよそ最悪の相手だ。どれだけ超越した技量を持っていようとも、根本的にスライムには物理攻撃が攻撃手段になりえない。それどころか――

 スライムはモモンの剣に流動してまとわりつきながら、触腕を延ばして襲い掛かかった。

 

「させない! 〈火炎手裏剣〉」

「〈 魔法最強化・電撃(マキシマイズマジック・ライトニング)〉」

 

 ティアは横から手裏剣状の火炎弾を投擲し、後方からナーベ嬢が電撃魔法を打ち放ってそれぞれスライムを迎撃。

 攻撃を受けたスライムからは蒸発音と煙が飛ぶが、まだモモンの剣をつかんで離そうとしない。

 

「あなた様は、この程度で手放すにはあまりにも惜しい御方ですわ」

「ヒト型に変身!?」

 

 艶のある美声が響くと同時にスライムは女体を象り金髪の美女へと姿を変える。男を魅了する豊満な肉体美も擬態と知れれば悍ましさの方が強い。デルタと同様メイド服と仮面をつけていた。

 胸部を貫く大剣を愛撫しながらモモンを見上げて言った。

 

「初めまして。デルタと同じくヤルダバオト様の側近、イプシロンと申します。極めて短い間ですが、よろしくお願いいたします」

 

「ふんっ!」

 

 モモンは盛大に大剣を素振りして、纏わりついたイプシロンを建物の壁面へと吹き飛ばし、そのまま自身もティアの前まで後退する。

 イプシロンは衝撃によってたちまち体形を液状に崩すが、すぐに流動して立ち昇ると何ともないように元のヒト型に戻ってしまった。

 

 やはり物理攻撃ではダメージを与えられないようだ。

 ティアの知る限りヒト型に擬態できるスライムの知識は無いが、おそらく極めて高位の個体なのだろう。デルタの盾に回った際の瞬発力は並みのそれではない。そして施設の排気管から飛び出した来たが、さきほどティアが確認できた生命反応はデルタ一人分だけだ。

 

「漆黒、こいつはさっきのティアの感知に引っかからなかった。なんらかの気配遮断能力も使えると考えたほうがいい」

 

「のようだな。機動力もなかなかもの。体質を生かした隙間からの奇襲も見事だ」

 

 何を感心しているのだろう。ひょっとして天然なんだろうか。

 だがそれはそれとして着眼点は間違ってない。モンスターのくせに先のような知能的な奇襲などをするものはティアも見たことが無かった。

 

 否、敵として見たことはなかったが仲間のイビルアイがその例に該当する。ティアの知る彼女は吸血鬼にして魔法詠唱者だったが。

 気配遮断能力もそうだし、今の奇襲時の動作もティアには妙になじみを感じた。

 

「このスライム、盗賊職を修めている?」

 

 ほぅ、と横のモモンはまた感心したように声を出す。

 

「ティア嬢、目のつけどころがいいな。さすがに王国屈指のアダマンタイト級冒険者なだけはある。

 言う通りアレは盗賊職を身に着けた高位のスライムだ。奇襲性が高いうえに物理攻撃が困難な厄介な相手だぞ」

 

「知ってたのか」

 

「……まあな」

 

「あなた様ほどの天才剣士から御褒めにあずかれるなど、わが身に余るほどの光栄にございます」

 

「……むむ……むむむ……がんばる」

 

 イプシロンはやたらに恭しく返答する。無論皮肉の類だろう。デルタのほうは侮られたとでも思ったのかより戦意を高めたようだった。

 ティアも再び腰を低くしクナイを構えようとしたが、モモンが手を伸ばしてそれを制する。

 

「そろそろティア嬢は下がった方がいい。ナーベと交代してクライムを守ってやれ」

 

「わかった」

 

 二つ返事でティアは後退し草陰に身を隠す。入れ替わるようにナーベが飛び出してモモンの後ろに立った。

 モモンには暗に邪魔と言われたが、べつにそれで気を落とすことは無い。ティアはこの班において探索能力を求められて加わったにすぎず、先日会ったばかりの漆黒の二人に加わり連携して戦うことは困難だからだ。仮に蒼薔薇の中にモモン一人が再加入しても同じことになっただろう。

 

「良いのですか? 我々と戦えばあなた様もお怪我をなさってしまうでしょう。

 この戦いは我々としてもあまり望むところではありませんので、互いに見なかったことにしては?」

 

「わかっているだろう? お前たちの攻撃で俺が傷つくなどありえん。それは侮辱と受け取っていいのだな」

 

 これでもかと敵を前に自信をたぎらせるモモンと委縮するメイドたち。

 普通に聞き取ればそんな流れだが、一瞬だけメイドがモモンを心配しているようにティアには思えた。スグに気のせいだと首を横に振る。

 

「……しかたありません。ではこちらから行かせていただきます」

 

 イプシロンは両腕を前に差し向け液状化させ、前方に液体状の腕を伸ばしてモモンの方へと掴みかかろうとする。合わせて後方のデルタも鉄の筒から衝撃波を繰り出した。

 モモンはそのまま真正面に切りかかり、そして後ろのナーベも魔法を発動させる。

 

「〈魔法最強化・嵐流波(マキシマイズマジック・ストームウェーブ)〉!」

 

 ナーベの手先から凄まじい突風が巻き起こり、イプシロンを伸ばしかけた腕ごと吹き飛ばす。だけでなく、前方のデルタへ向かって切りかかるモモンの推進力となる。

 放たれた衝撃波を切り裂きそのまま風の力を相乗して切り掛かるモモン。咄嗟にデルタはナイフを抜き出し受け止めるが、威力を殺しきれずに背面の壁へと勢いよく叩きつけられた。

 

 茂みの中でクライムが感嘆の声を挙げる。

「すごい! 露払いしつつ物理攻撃に攻撃魔法の威力を上乗せするなんて!」

 

「やってることは単純。ただあのスライムを吹き飛ばすほどの威力は並みの魔法詠唱者は出せない。背面とはいえ風を受けきるモモンの体力も尋常じゃない」

 

 かなり力任せな戦い方だが、だからこそ強い。ただでさえ威力が上がっているところに、接触タイミングがズレて不意を打たれる形になる。

 並みの手合いであれば堪らない一撃である。

 

「だがデルタは防いだ」

 

 ぎりぎりと火花を散らして金属の擦れる音がする。

 そこにあるのは、全身鎧を身に纏った大男の大剣を、小柄なメイド服の少女がナイフで受け止めるという目を疑う光景だ。

 あの小さな体でモモンほどの男の一撃を受け止められる膂力。やはり見た目通りではなく、種族はわからないが人外に類するだけのことはある。

 

「よくぞ受け止めた」

 

「……わーい」

 

 だから感心している場合ではないだろう。

 

「……でも……まだまだ……!」

 

 デルタは両手でナイフを押し上げ大剣を払い、鋭い動作でモモンへと勢いよく切りかかる。

 ティアがなんとか目で追える攻防だ。ナイフを怒涛の如く振り回し、モモンの鎧の関節部位を的確に刺し抜かんとするデルタ。一方それらを大剣や小手でいなし続けるモモン。若干デルタの方が押している。

 ナーベが魔法援護をしようとするが。 

 

「〈(ライ)――」

 

「美姫っ! 後ろだ!」

 

「させませんわよ?」

 

「ぐっ!」 

 

 ナーベの背後から、気配を消していたイプシロンが背後からナイフで襲い掛かる。

 魔法を発動できるスパンが無い中、何とか両手で受け止めるナーベ。血が滴るナイフを忌々しく睨みつけるが、次の瞬間イプシロンの背面から粘液が広がって二人を一気に飲み込んだ。

 

「〈魔法最強化(マキシマイズマジック)()嵐雷衝(ボルテックストームバースト)〉!」

 

 雄たけびと共に、風と雷の二重属性魔法が放たれナーベを包み込んだイプシロンを吹き飛ばす。

 何とか脱出し、息を切らしながらも立ち尽くすナーベを、ティアは信じられないもののように見つめた。

 

 今のナーベの魔法の威力は、イビルアイが放つ第5位階魔法に匹敵するのではないか。

 だが驚きと同時に納得も沸く。なるほど、モモンとナーベの二人に立ち入れるものなどいるはずがなく、たった二人のチーム編成に合点がいった。

 

 体がいくらか飛び散ったイプシロンは、直ちにそれらを再結集させて元のヒト型に戻る。

 しかし先ほどは無傷であったが、今は体表からは立ち昇る黒煙や割れて口元が露になった仮面の様子からダメージを負った痕跡が見て取れた。

 だがイプシロンは不敵にナーベに微笑みかける。そしてナーベもまた、これまでの不愛想な表情から初めて獰猛な笑みをあらわにした。

 

「やってくださいましたわね、ふふふ」

「そちらこそ」

 

 ティアにもどこか馴染み深い姉妹喧嘩じみた雰囲気すら感じた。いやまさか、それはないだろうけど。

 

 一方でモモンとデルタの攻防では、疲労が溜まってきたようなのかデルタは徐々に動きが鈍りつつあった。生まれた一瞬のスキを見逃さず大剣を振り下ろしてモモンは切りかかるが、またしてもナイフで受け止められてガードされた。

 

「このままではらちが明かない。不服だが、真の力を出さざるを得ないようだ。時間を稼げ」

 

「承知しました。では〈輝衝(フラッシュスタン)〉」

 

「ッ!?」

 

 ナーベは天へと手の平を伸ばして魔法を行使。次の瞬間朝日の何十倍も凄まじい白い光、強烈な振動、耳をつんざくよう高音が周囲一帯に広がって、背後に隠れていたティアとクライムの網膜を麻痺させ体の自由が利かなくなる。

 近距離にいたデルタとイプシロンはさらに麻痺がひどいことは容易に想像がつき、身動きすらも取ることはできまい。

 そんな輝きと災音と振動の奔流のなか、モモンは一体何をするのか。真の力とは何なのか。

 

「〈完全なる戦士(パーフェークトウォリアー)〉」

 

 背筋が冷え固まるような悪寒をティアは覚える。

 

 魔法の効果が切れてようやく視界が再起して、改めてモモンの姿を見つめる。姿かたちや立ち振る舞いも先とは全く同じなのに、まるで別人のような圧倒的存在感がそこにはあった。

 一方で対峙するデルタとイプシロンは委縮するようにオーラが弱まる。表情に先ほどまでの余裕は微塵もなかった。

 

 モモンはブーツに包まれた足をガチャリと一歩、前に出す。すると空気が震えるように鳴いた。

 この場の全員が張り詰めた空気を飲み込む中で、その中心にいた男はポツリと呟く。

 

「ゆくぞ」

 

 男の言葉に鼓膜が震えるより早く、その光景は瞳孔へと差し込まれた。

 デルタの上半身を切り飛ばしたモモンの姿。そこに至るまでの過程の時間が切り取られたのかと錯覚するほど、だがまごうことなく一瞬で。

 時間が動き出す。両断されたデルタの体は、石クズのように変化して地面に砕け風化した。

 

「ナーベ」

 

「〈属性付与:雷(エンチャントオブエレメンタル:サンダー)〉」

 

 合図に応じてナーベはモモンの武器に魔力を込める。ティアは知らないが、一時的に魔力武器の性能を与える魔法だろうか。

 その隙に逃げようとするイプシロンだったが、魔法が完成した瞬間にモモンはイプシロンのスライムの体へと徹底的に連撃をくらわせ切り刻んだ。本来物理攻撃は効かないが、剣から流れ出る電流が執拗にイプシロンを攻め立ててとうとう限界に達する。ふとした瞬間ピシリと音を立てて石化して、デルタと同様地面にたたきつけられ風化した。

 

 まさに圧勝。

 先ほどまでの拮抗は一体何だったのかと思わざるえない。手を抜いていたのとも違う気がする。

 

「漆黒、なんだその力は」

 

 ティアは草陰から飛び出して素直に心の内の疑問をぶつけた。遅れてクライムも起き上がり、同様の驚愕を顔に浮かべて無言に訴える。

 モモンは毅然と答えた。

 

「奥の手だ。一度解き放てば数日間はこの状態を維持できる」

 

「すぐに使わなかったのは代償があったから?」

 

「そうだ……この力は《魂を削る/経験値を消費する》捨て身の力。おいそれとは使えないが、この悪魔たちの首魁とやらの実力が今のメイドたちを凌駕するだろうと予想して先んじて使ったのだ」

 

「魂を削る……モモンは竜王の血を引く者?」

 

 魂を削り行使する魔法と言えば古流たちの始原の魔法。扱えさえすればその力は強大だ。

 イビルアイの受け売りであるが、真なる竜王の血を引く者はその力の一端を扱うことが出来ると言う。

 

「……さぁな。素性までさらす義理は無いぞ。イジャニーヤの元頭目殿と言えども」

 

 しかし当然と言えば当然、モモンはすべてを語り切らない。手の内を安易にさらすものでは無いだろう。

 興味は沸くが、今優先するべきことは他にある。 

 

「それより今は他の襲撃班が心配だ。私とティアは蒼の薔薇の方へ。ナーベとクライム君はガゼフ達の元へ向かってくれ」

 

 モモンの指示に全員が相槌を打って、二手に分かれて散開した。

 

 しかしこの男は何者なのだろうかという、ティアの疑念が止むことは無かった。

 

◆◇◆

 

 ちなみにモモンの正体は後日、とある事件によって晒され全勢力(・・・)を驚愕の渦に巻き込むこととなるのだが、それはまた別の話である。

 




一応念のため言及しますが、モモンに切られて石ころになったデルタとイプシロンは某プレアデスのあの方々ではありません。


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