ナザリック最後の侵入者   作:三次たま

33 / 80
 

・今SSのガゼフ

 原作ではデスナイトと戦ったりニグンに殺されかけたりとか色々あったわけだけど
 このSSでは、カルネ村を救済直後のアインズ一行と居合わせるも、オリ主の影分身(レベル25)と手合わせしてそのまま帰還しただけ。陽光聖典も秘密裏に抹殺されてしまったので遭遇しない。オリ主への好感度はそこそこあるが、アインズとの相互認識はすごく薄い。
 アインズ「レベル30とかザッコ」⇔ガゼフ「怪しい魔法詠唱者。村救ってたし多分いい人」

 原作における様々なフラグが(主にオリ主によって)粉砕済みですありがとうございました



戦士長宅訪問

「砂で作られた城にどれだけ丹精込めようとも、やはり足蹴のもとに容易く蹴散らされる宿命にある。それと同じだ。

 大いなる力を持って生まれた超越者からすれば、これまで俺たちがやっていたのはガキのチャンバラと大差なかった。何もかも無駄だったんだよ」

 

「一体何があったというのだアングラウス。お前ほどの男が何故そこまで落ちぶれた!」

 

「……ハハッ、怒ったな? そうだそれでこそ俺を倒したガゼフ・ストロノーフだ

 王国最強が己が剣を愚弄されたなら、決して平静であってはならない」

 

「違う! 俺が何より怒っているのは今のお前がかつての自身を裏切ったことだ!

 だからこそ再三問う。何があった」

 

「……ダメだ。その自信と輝きに満ちた眼が俺に悟らせる。今のお前が聞いたところで大した意味はないだろう。

 じゃあな、お前は……夢から覚めてくれるなよ」 

 

「待てっ! 待つんだアングラウス!」

 

 

◆◇◆

 

 完徹ぶっ通しで行われたゲヘナ計画の下準備が終わった頃にはお天道様もすっかり高く昇り切っていた。

 収入会計も終わらせたことだし、作戦計画の詳細手順書を執筆していたアクターさんの横で私はソファーにて惰眠を貪っていたが、彼の仕事がお開きとなったのを聞き取って伸びをしながらゆっくり起き上がる。

 リアルの頃からもっぱらショートスリーパーだったので3~4時間ほど眠れれば十二分にリラックスできた。

 

 手串で髪を軽く直し眼鏡をかけてから、自分と瓜二つの顔をしたドッペル・ゲンガーに声をかける。

 

「アクターさん。ゲヘナの下調べも終わったことですし暇ですよね。

 前から王都で会いに行きたかった人がいたんですけど、付いて来てもらえませんか」

 

 仕事終わりの彼をすぐさま連れまわすのは気が引けたが、アインズ様から私のお目付け役を任せられた彼を気遣うのは最悪の侮辱になる。一人で行くのが一番良かったが、そういうわけにもいかなかった。

 

「その方の名前は?」

 

「ガゼフ・ストロノーフさんです。かなり前にカルネ村で面識があったんですけど、王都に来たんだから一応会っておきたくて」

 

「王国戦士長ですね。秘密裏に王城へ侵入するなどの行為は看過できませんが、本人の邸宅への訪問でしたら問題ありません」

 

「べ、べつに不法侵入とかするつもり無いよ? 勘違いしないでよね!」

 

 めちゃくちゃつもりあった。勘違いなんてなかった。

 

 

 というわけでいざガゼフ邸へ。

 隠形状態のアクターさんを背後に引き連れ、私自身もおととい大失敗をやらかした反省で今日は認識阻害を使って衆目からスルーされている。

 

 屋根伝いにひょいひょい飛んで行けばあっという間に着くわけだけど、それだとなんか味気ないから歩いてる。地図は、慣れない色目を使って酒場のおっちゃん数名から聴取したメモ頼り。心もとない気もしたが、間違いもまた旅の醍醐味だと内心言い訳する。

 

 互いに隠形状態なので周囲の目を気にする必要もなく、私たちは下らない話を始めた。

 

 本当に、くだらない話だ。

 

「そういえばあなたもアルベドさんから聞いてるの? 至高のオン方々の実態って」

 

「存じております」

 

 話題にされただけでも動揺すると思っていたが、存外淡々とラリーが返された。

 気まぐれに投石を試んだ水面はその実氷塊だった。

 

 そしてようやく自身のデリカシーの無さに気付いたが、そんなもの糞ほどの価値もないと開き直る。今更過ぎるのだ。

 

「えーっと……感想とかないの?」

 

「事実であるとすればという但し書きが付きますが、まったくもって虚しい真相に違いないでしょう。

 アインズ様が愛されるギルド:アインズ・ウール・ゴウンの集いは既に崩壊していたなどと。

 至高の方々の心はとうの昔よりナザリック地下大墳墓から離れていて、あるいは万が一ご帰還なられたとしても敵対する可能性すらある。

 かの実態をひた隠しにされておられたアインズ様の御心を思えばこそ我が無力さが恨めしく、それを公開するマタタビ様の神経の在処が疑わしくもその軽率さに感謝を覚える己を感じます」

 

「軽率か。あなたの私への毒を絶やさない一貫性はいっそ清々しいね。嫌いじゃないですよ」

 

「冗談ではなく、軽々しく口にする事実ではないと言っているのです。

 もしアルベド様が自棄を起こしこの真実を他の者へと漏らせば、最悪ナザリック全体に狂乱が舞い起こるに違いありません」

 

 情報は時としていかなる武具にも勝るが如くだ。

 確かに他NPCがこのことを知れば、ユグドラシル防衛力序列第一位のナザリックが容易く内部崩壊する未来はバカな私でも予想がつく。

 とはいえ私も考え無しにアレコレ言いふらしたわけではない。

 

「アルベドさんも薄々勘付いてたっぽいよ。なら遅かれ早かれ。曖昧で半端な認識のままよりは振り切っていた方がまだマシです」

 

 私はアルベドさんから最終日にタブラからどんな扱いを受けたのか直接聞いていたのだが、NPCの転移前の認識と言うのは曖昧模糊とした側面が強い。特に直後で設定改変が行われた彼女なら尚のことだろう。

 根拠に乏しい憎悪の感情は危うい。だから真実を告げたに過ぎなかった。

 

「それに、これでも私は信頼しているんだよ。アクターさんもアルベドさんも、たとえ本当のことを知ったところでアインズ様に不利益になるような真似はしないだろうって」

 

「其処を突かれると痛いですね。やはりマタタビ様は一筋縄ではいかない方だ。

 元はただ一つの忠誠心。それがあなたの言葉によって、御方の意に沿うものでろうとする意志と、御方の不幸を排したい願いに背反させられる。

 魂を弄ぶ技術においてあなた様の右に並ぶものはなく、あらゆる知性は心裏を射抜くその感性を前に為す術がないでしょう」

 

 訳:揚げ足取りだけは超一流だね☆

 

「……やかましいです」

 

「では改めて確認しますが、万が一アインズ様に不利益をもたらす至高の存在が現れた場合、マタタビ様は抹殺の協力、あるいは少なくとも容認をなされるということでよろしいですね?」

 

「あーうんそうだね。二人と同じく消極的賛成ってことで。万が一ギルドメンバー同士が対立したなら、さすがに私もアインズ様の方につく。

 思い浮かべるだけで怖気走るけど」

 

 

 

 

 王国戦士長がどのくらいエライのかはよく知らんけど、かつての私じゃあるまいし少なくとも平日の真昼間から暇になったりするものか。だから王城に直接乗り込みたかったわけだけど、アクターさんに釘を刺されてしまったからには仕方がない。

 まぁ別にそこまでガゼフさんに思い入れがあるわけでもないので会えなかったならそれはそれで。家人に適当に言付けしつつ、創造主のブロマイドと交換でピッキーさんから買い上げたワイン瓶を置き土産しとけばよかろうという腹積もりだった。

 

 メモ通りに進んでいくと、住宅街の合間にそびえるそこそこ大きな二階建てのお屋敷へと辿り着く。デスナイトくらいの背丈の塀に囲まれており、鉄格子の門扉の奥には花らや樹木やらが小奇麗に手入れされた中庭。その更に奥には玄関口。多分ガゼフ邸。門扉の表札らしき文字を盗賊スキルで読解したところガゼフ・ストロノーフで間違いないようだった。

 おっさん共曰く屋根に刀剣ぶっ立ててるという話だったが、その辺は酔っ払いだからということで目を瞑り場所が合ってることにただ感謝。

 

 どうせ本人はおるまいと思いつつダメ元で索敵スキルを起動させて屋敷の気配を探ったところ、いつぞや感じ取った30レベル弱の気配が嗅ぎ取られた。

 

 アクターさんを背後に忍ばせたまま私だけ隠形を解除するも、格子に手をかけとある事実に途方に暮れる。

 

「インターフォンが無いや。この時代のヒトってどうしてたんだろ?」

「この形状の扉の場合、格子に付属してる金属製のリングを叩くのです」

「えっと……こういうこと?」

 

 アクターさんの助言に従い門扉のわっかをコンコン叩いてみる。えらく原始的なチャイムだがこんなので家人が気付くものかと訝しんでいたところ、間もなく遠まきに「はぁい、お待ちくださいませ」としわがれた女声が響いた。

 

 ささやかな関心を抱きながら待ち受けていると奥の玄関から柔和そうな白髪の老女が現れた。

 老女は駆けつけて敷地へいざなうように門扉を開く。

 

「あんらまぁエライ別嬪さんだことぉ。わずわざ尋ねに来てもらって悪いけんど、今ぁガゼフさん寝ず番の護衛勤め帰りなんでさぁ。出来れば後日出直してくんねぇか?」

 

「夜勤上がりか~それなら無理して起こしてもらわなくてもいいですよ。

 ガゼフさんとは以前少しだけご縁がありましてね。所要で王都に立ち寄った折のついでに寄ろうと思っていただけですのでお気になさらず。

 カルネ村の……マタタビ……いや、マタタビ・ウール・ゴウンと言えば多分わかってくださると思うのですが……」

 

 所詮、カルネ村でたまたま遭遇し軽く手合わせしただけの仲だ。

 

 でもそれだと印象薄いかなーと、いつぞやの偽親子設定を引きずってみたものの、それが背後でスタンド化してるアクターさんには特大級の地雷であると気付いた時にはもう遅い。とりあえず後で事情を聞かせてやるとして、背後から耳打ちするドイツ語の呪詛はシカトを決め込む他にない。

 私は肩掛けしていた長いきんちゃく袋から一升瓶を抜き取り差し出した。

 

「えーっとこれウチで醸造していた葡萄酒です。味は保証しますんで良ければどうぞ」

「はーいよ。ありがとねぇ」

 

「……おぉ、こんな時間に誰が訪ねてきたかと思えば、ゴウン殿のところのお嬢さんじゃないか」

 

 背後からの野太い声で老女がたまげたように振り返り、普段着っぽい装いのガゼフさんへ苦言を示す。

 

「あらやだ。だーめだよぉガゼフさん。まだ寝てなきゃ」

「どうもお久しぶりですガゼフさん。覚えててくださったんですね」

 

 夜勤明けと言うのは確かなようで、動作は緩やかで瞼も若干釣り下がっている。頭髪が不規則に跳ね上がっているところを見ると、チャイムの音で目覚めて寝床から起き上がってしまったのか。

 

「まあったくガゼフさんったら、お酒の話になると勘付いて飛び起きちまうんだから意地汚いったらありゃあしないよぉ。

 嬢ちゃんもありがとねぇ。でもこのワインもまたこっそり飲まれねぇように隠しとかねとなぁ」

 

「……ハハハ」

 

 土産が取り上げられ苦笑いするガゼフさん。家人と主人の微笑ましい力関係がそこにはあった。

 

「奥さん、寝るのはもう大丈夫さ。どうせあと1,2時間くらいだったしな。

 それよりせっかく珍しい客人が来たんだ。私は顔を洗ってくるから、奥さんは茶でも出してくれないか?」

 

 

 

 主人に女気がないと見るや、側仕えが余計なお節介を働くのはどこでもあることらしい。

 老女曰く、ガゼフ邸へ若い女性が尋ねることは殆ど無いそうで、まして自分で言うのもアレだが今の私は美少女だ。確かこの世界の女性の婚期が16からで、この外装の私がドンピシャである。

 

 ガゼフさんが寝間着から着替えてる間に、私は居間へと連れてかれて「ガゼフさんとはどんな風に出会ったのか」とか「けっこいい男じゃろ?」とか「馬鹿に生真面目なくせ女には弱いんじゃ」とかあれこれ聞かれ聞かされウザいことウザいこと。文字通り老婆心もいいところである。可哀そうだから機会があればエンリさんあたりでも紹介してやろうかしら?

 

 それで何が一番嫌だったって、着替え終わって部屋に入ろうとしたガゼフさんが扉越しに老女のマシンガンスピーキングを耳に入れ、しばし入りづらそうに悶々としていたあの時間である。この時ばかりは自身の感知能力が恨めしくてたまらなかった。

 老女の押しつけがましさとガゼフさんの情けなさに耐えかねて虚言を吐いた。

 

「ワタクシ、幼き頃より唯一人心に決めた殿方がオリマスノ」

 

 待ってましたと言わんばかりに、その言葉を契機にガゼフが入室。

 老女は『虚言である』ということだけを見抜き、照れ隠しと勝手に解釈して「ごゆっくり」と言い残し退場した。

 

「その……うちの者がとんだご無礼を働いてしまった。申し訳ない」

「いいですよこんくらい。おかげで気兼ねなく茶菓子を食べつくせます」

「ハハ、そうだな。大した名売れじゃないがこれでも王都の名物品だ。私は甘いものが好きじゃないから遠慮せず食べてくれ。」

 

 私は卓上の中心に置かれた木皿を自分のところに引き寄せ、クッキー的な見た目のお菓子をつまんで口元に運んだ。サクサクとしたミルク風味の甘さを味わい、紅茶の香ばしさで乾いた後味を押し流す。

 

「………」

 

 普通に美味しい。普通においしいのだけれど、普段ナザリックで出されている甘味類を思い出すとどうにも色あせてしまって仕方ない。

 

「失礼、お気に召さなかったかな?」

「いや、あなたは悪くない」

 

 何が悲しくて外食の度にあの味をリメンバーされにゃならんのか。 さながら地の底より伸びる魔手に胃袋を鷲掴みされたかのような……ヨモツヘグイかな?

 苛立った腹にまたクッキーを放り込んで気を紛らわせる。

 

「しばらく久しいがマタタビ嬢のご両親のアルベド殿とアインズ殿は今どうしておられる。

 君程の使い手を育て上げた御二方となれば相当な腕利きなのであろう。帝国などの国家組織にでも与していたりしたなら少々厄介なのだが」

 

 『ご両親』と言うパワーワードによって背後の大賢者アクターさんが内心大発狂とIQ大暴落真っ逆さま。

 ったくうるさいなぁアルベドさんに言えっての。

 

 それはそれとしてガゼフさんも思い切ったことを聴くものだ。

 

「だいじょうぶですよ。私も大概そうだけど、二人ともどこかの下につくような柄じゃないし。

 んで私は今ちょっと王都にお使いをしてまして。ズーラーノーンって組織をご存知です?」

 

「随分物騒な名が出てきたな。ああ知っているとも、私もかつて渡り合ったことがあるぞ」

 

「おや奇遇。こっちは私じゃなくてアインズ様なんですけど、詳しいことは明かせませんがその12高弟関連でイザコザありまして。

 各地を回って手掛かりを探しているのです。情報料は惜しみませんので、どうか知ってること教えてくれませんか?」

 

「いや、どうせろくでもない連中だし報酬なんか気にしないでくれ。かつてカッツエ平野にアンデッド狩りで遠征へ向かった時、ズーラーノーンの12高弟の一人名乗る魔法詠唱者と遭遇したことがあった。

 その時は〈飛行/フライ〉を使われ逃してしまったのだが、どうにも私はあの周辺に連中の拠点があるのではないかと踏んでいる」

 

「カッツェ平野って結構危ない場所って聞きましたけど、そんなところに?」

 

「ああ消え方が不自然でな。そのあとかなり大規模に平野を捜索したのだが、逃げた痕跡すらなかった。

 連中のことだ、アンデッドの気配が濃いところに居を構えていても全く不思議ではない」

 

「……へぇ」

 

 レンジャーとかではない戦士のガゼフさんの言い分はちょっとアテにならないようにも思うが、念のためメモ帳にカッツェ平野と書き記す。

 

「あとこれは貴族の間での噂らしいが、隣国の帝国貴族とも癒着しているという話だ」

 

 ふむふむ帝国貴族っと。

 

「ですかですか、貴重な情報どうもありがとうございます」

 

「この程度何でもないさ……ふぅ。おっと失礼」

 

 話し終えたガゼフさんは、やっぱり夜勤明けだからか眠たそうにあくびをかみ殺した。

 

「夜勤、結構生活リズム狂いますよね。わかります」

 

「正直苦手だな。とはいえ国王の安全を考えれば毎晩だってしたいくらいだ。いつ暗殺者に命を狙われるかも限らないのだから。

 しかし自慢じゃないのだが、王国の戦士には私以外に碌な手練れがいない。これが帝国の四騎士のようであったらある程度時間分け出来るのだがな」

 

「たーいへーんですねー。でも冒険者とか含めれば王国も結構粒ぞろいな気もしますがね。むしろ人材層だけで見れば周辺諸国でも屈指です。

 『蒼薔薇』も『朱の雫』も、各リーダーが騎士位を会得可能な貴族出身ってところからして国家体質が見え透いてますよ」

 

「ほぅ、痛いところを突いてくる」

 

「法国の知り合いの受け売りです。特に宮仕えなんて人材殺しもいいところだって」

 

「随分辛辣なのだな、その知り合いというのは。まぁまったくその通りなのだが」

 

 辛辣どころかあなたを殺そうとしたのだけれどね、ソイツ。

 

「というわけで私は宮仕え勧誘パスしますから」

 

「ハハハ、誘う前に断られてしまってはしようが無いな。……きっとアイツも立ち直ってくれたところで、共に王の為に尽くすというのは難しかったろう」

 

 アイツ誰それ? 突然振られて傷心の乙女みたいなツラになるガゼフさん。

 

「ああ突然すまない。君の雰囲気が少しだけ知り合いに似ていてな。アングラウスという男なんだ」

 

 異性に似てるって言われるのはちょい複雑。クライムさんの気持ちが今更ちょっとわかった気がする。

 

「アングラウス?」

 

 すると背後のアクターさんが背中をつつき耳打ちをする。

 

『先日シャルティア嬢が逃した剣士の名前です』

 

 ああそう思い出した。当時私の大失敗が炸裂して有耶無耶になりかけたけどそんな話もあったなぁ。

 生還したシャルティアさんが報告していたその人間の名前は、一応シャルティアの情報を持っているからということで現在ナザリック中で指名手配されている。

 

「……ちょっとガゼフさんその人詳しく」

 

「興味を持ってくれるのはいいが、大した話じゃないぞ?」

 

「ヤツは3年前俺が王国戦士長の地位を賜るきっかけとなった大会の決勝で渡り合った、俺の生涯で出会った最高の剣士だ。いや、だった。

 風の噂で各地を放浪しつつ武者修行していると聞いていたが、先日死人のような目で路地裏にへたり込んでいた奴と再会した。私は放っておけず自宅に連れて介抱し、事情を聴こうとしたのだが。

 しかし一向に口を開かずそのまま姿を消してしまったのだ。どうだ、つまらん話だろう」

 

「つまり再開したライバルが急に落ちぶれていてガッカリな話ってことか。ねぇ、本当に彼からは何も聞かなかったの?」

 

「努力が無駄だと言っていた。事情は分からんが、まるで何か強大な者と衝突し挫折したようだったな。

 しかしマタタビ嬢。その様子、何か心当たりがあるのか?」

 

 ああくそ顔に出ていたか。関係をほのめかすだけでも面倒なことになるというのに。自分の演技力の無さが腹立たしい。

 

 すると突然背後のアクターさんが私の頭を掴んで首を後ろ向きに向かせると、私の声で言った。

 

「……いえ、ただアングラウス殿のファンだったもので。まさかあの方がそのようなことになっておられるとは」

 

「そうか、道理で剣気が……

 良い語らいができた、今日はこのくらいにするか。今度訪れてくれたら、アングラウスの話でもしてやろう。ご両親にもよろしく」

 

 私は頭を押さえる手を振り払い、答える。

 

「はい。あの、今日は本当にありがとうございました

 やはり色々お世話になりましたし、ガゼフさんに受け取ってもらいたいものがあるのです」

 

 背中に手をまわしてこっそりアイテムボックスを開き、シンプルデザインな一振りのブロードソードを取り出した。

 どこから出したのかと怪訝そうにするのも一瞬、鞘を被った剣を一目見てガゼフさんは硬直する。

 

「なんという! こんな魔力、王国の国宝すら凌駕しかねない代物じゃないか!

 いけないぞマタタビ嬢、これほどの物は受け取れない。とても自分の身の丈に合ったものとは思えない」

 

「すぐ断るあたりいい性格してますね。でも、身の丈に合ってないと言えばこの間のガゼフさんの装備も大概じゃないですか。

 ランクは伝説級ですが、低レベルの戦士職でも装備できるように造られています。私にはあんまり必要ないものですしどうぞ受け取ってください」

 

「いや、しかし」

 

「ちょっと今むしゃくしゃしてるんです。

 私の気が向いたら返してもらいますから、それまで持っておいてください」

 

 あまりに抵抗が強いのでレベル40程に調整した殺意をぶつける。一瞬面喰ったガゼフさんに畳みかけるように剣を押し付けた。

 

「……わかった、そういうことなら」

 

 ああ糞。なにがそういうことならだ。威圧して言わせるような真似して何様だ糞野郎。

 こんな下らない施しなんて偽善にもならない、醜悪な自己満足未満の何かだ。

 

「ほんと、ごめんなさいね。じゃあ失礼します。本当に今日は重ね重ね、ありがとうございました」

 

 

 

 

 今にも魂が零れ落ちてしまいそうなポカンと開かれた口元。頬や眉間の筋肉が全く弛緩している一方で、眼球運動だけが残った意識を感じさせる。しかし微かに視線を送り出そうとする瞳孔に反し、やる気のない瞼が黒目を遮る怠慢さ。きっと焦点もあっていない。

 死人の顔というのは言い過ぎだが、その虚ろな瞳孔の奥に望む絶望の海は覗こうとすれば引きずり込まれそうで質が悪い。死人の顔を見ていた方がまだマシだ。

 

 

 彼を探すのにはそう時間はかからなかった。

 ガゼフさんと拮抗しそうな30レベル弱の気配を王都中で探し回り、ガングロ禿のモンク爺の次に見つかった。

 

 ガゼフさんの介抱も虚しく、私が見つけた時には結局いつぞやのごとく路地裏に力なくへたり込んでおりました。

 

 あまり長い問答にしたくないな、と思った。

 ただ何と言ってやろうかわからなくて、結局気の向くままに煩わしい舌を回し口を滑らせることにする。

 

「シャルティアさんから逃げおおせ、遠路はるばる王都までの旅本当にご苦労様でした。

 初めましてブレイン・アングラウスさん。私の名前はマタタビで、ご察しの通りシャルティアさんの関係者です」

 

 いけしゃあしゃあと上から目線で何様か。

 しかし戯言に腹を立てる程の気力もない彼は、投げやりなドッジボールを返球する。

 

「俺は、死ぬのか?」

 

「ほぼその通り。恐縮ながらこちらの事情で生かして返すことはできません。

 ただあなたの口の堅さとガゼフ・ストロノーフに免じて、出来る限りお望みに沿う形にするようこちらも努めさせていただきます。

 あなたに与えられた選択肢は3つ。

 ここでこのままゆっくり野垂れ死ぬか、私に優しく介錯されるか、それともシャルティアさんの眷属となって悠久の従属を誓うか。

 個人的には2番目あたりがお勧めですよ。これでも私腕に自信はあるので、安楽な即死を約束できます」

 

「……なんでもいい、勝手にしろ、もう疲れた」

 

「そうですかそうですか。となると個人的には一番お勧めできない選択肢になっちゃうんですがね~いいですね? はいわかりました。

 ではではシャルティアさんいらっしゃい」

 

 手を挙げパチンと指を鳴らすと、私の右隣りの空間が歪みやがて黒い孔となる。

 

 孔から優雅な足取りでもって現れるのは、文字通りこの世のものではない美貌の少女。満月のように透き通った銀髪と血のように赤い瞳、基調となる紫に赤いフリルの付属するゴシックドレスを身を包み、同色のフリルをあしらったパラソルを肩にかけて気まぐれに回す。

 そしてこの世のありとあらゆる者を見下したような凍えた笑みと、そこからはみ出すように輝く白い八重歯が彼女を何者か雄弁に言い表していた。

 

「茶番は終わったでありんすね? マタタビ」

 

「茶番とは言ってくれますね。リザードマンを押さえた今じゃ武技使いとしての需要はこの人にもないし、精々問題になったのはあなたとの面識くらいでしょ? 

 だったら私がやりたいようにやるのは道理だよ」

 

「いえいえ、コレのことは私も本当に感謝してるでありんすよ? なんだかんだと尻拭いさせてばかりでお前には本当に頭が上がらないでありんすから。

 ただお前の言う「やりたいように」がコレにとっての「やりたいように」だったならこうなることは自明の理。ちょっと黒歴史ではありんすが……過去、コレには無駄にいたぶり過ぎたでありんすしね」

 

「……あっそ。じゃあとっととやっちゃってよ」

 

「そうでありんすね。ではニンゲンよ、感謝なさい。

 おまえはこれからシャルティア・ブラッドフォールンの眷属となり、ナザリックのために仕えることが許されるようになる。

 精々足りないなりに、血を尽くし肉を尽くし魂を尽くして至高の方の大望の一端となれるよう努めなさい」

 

 口上の意味など理解できやしないに違いない。ただ彼は、眼前に繰り出された絶望に両眼を見開き呆然とする他にないのだろう。冷たい抱擁に為されるがまま、露になった首筋へと鋭い牙が突き立てられる。

 

 それを見て、心の波紋が揺れ動くことはない。

 

 ただ加害者意識が私の中のどこかに残るヒトの残滓を刺激する。

 耐えられない、程でもない。

 

 男の肌から血の気が失せていき、伴って生命の気配も薄れていく。ゼロへ、そしてマイナスへと傾いた瞬間新たな存在となって甦った。

 

 




 オリ主とブレインが似てるというのは、どちらの剣技にも特定人物への劣等感が入り混じっているからという解釈。意図していないが二人ともメインウェポンは同じ刀。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。