ナザリック最後の侵入者   作:三次たま

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考察と協力

 先日アダマンタイト級に昇格したばかりで話題の冒険者チーム『漆黒』。

 アンデッド騒動から都市を救い強大な吸血鬼の片割れを滅ぼしたことで瞬く間に世間へ勇名を馳せた彼らの存在は、同じくアダマンタイト級冒険者チームである『蒼の薔薇』の面々にも当然届いていた。もっとも王都をホームグラウンドとする『蒼の薔薇』とエ・ランテルに拠点を置いている『漆黒』では顔を合わす機会なんて殆ど無いはずだったが、あくる日のこと『漆黒』から『蒼の薔薇』への面会の嘆願書が冒険者組合ヅテに送られてきた。

 

 用件は会ってから話すらしいが、わざわざエ・ランテルから王都まで出向いてくれるというのだから、丁度予定が空いていた『蒼の薔薇』としても断る理由は特になかった。

 

 場所は『蒼の薔薇』が拠点としている宿屋にある、会議室のような広い部屋。

 自分らの拠点で客を待たせるわけにもいかないので、リーダーであるラキュース、ガガーランとそしてイビルアイは、待ち合わせ時間の少し前から待機していた。

 

 そこへ甲高く素早いノックのが三回続けて叩かれたかと思うと、間髪入れずにドアが開かれティアとティナが遅れて到着する。

 ラキュースは鷹揚と二人を出迎えた。

 

「お疲れ様ティア、ティナ。それで、頼んでいた『漆黒』についての情報収集はどうだったの?」

 

「時間が足りない」

「あまり詳しくはできなかった」

 

「ま、しょうがねぇよ。元々八本指の調査も並行していたところで、それでなくても今回の話が急だったわけだしな」

 

 成果に対して不満げな双子をガガーランが宥めすかす。

 面会の話が持ち込まれたのが昨日の夕方で今日の待ち合わせが午後過ぎなので、ガガーランの言う通り調査へ割ける時間が足りないのは仕方ないことだろう。

 話によると『漆黒』は今朝早くにエ・ランテルを発って王都に向かったとのことで、妙に急いでいる様子であるらしいことは確かにラキュースも引っかかっていた。

 

「いつもだったら同じ冒険者相手に素性調査なんてやらなくてもよかったんだけどね。

 ただ私たちの存在が八本指にマークされてる可能性を考えると万が一ってこともあるから」

 

「だな。さすがに冒険者、しかもアダマンタイト級程の者と八本指に縁があるとは想像したくないが、真逆の例にあたる我々がその危険性を考慮しないのは実に愚かだ」

 

 イビルアイも皮肉を交えながらラキュースに同意した。

 真逆の例とはまさにイビルアイの言う通りで、八本指と敵対関係にある『蒼の薔薇』の立場も十分に例外中の例外。組合にばれればタダでは済まないのは言うまでもない。

 この現状は、王国の平和を願うラキュースのわがままをチームに押し付けてしまっているようなものなので、今更ながら申し訳なさが心の中に募っていく。

 

「みんな、ごめん。王国出身なのは私だけなのに」

「それこそ今更だぜラキュース。そもそもあんたが俺たちを巻き込まず一人で突っ走っていく方が、よっぽど不安で見てられねぇぜ」

「一理ある」

「むしろ真理では」

 

「ちょっとー! 私だって一人でそんな無謀なことはしな……しないわよ!

 私一人の力じゃどうしようもなかったし、皆が居てくれたから立ち上がる決心ができたんだから」

 

 それが弱がりなのか強がりなのか、ラキュースは自分で言っていて判別がつかなかった。顔を赤くするラキュースに対し、仲間たちはからかうように笑いかけた。

 やがて、見た目に反しなんだかんだ最年長なイビルアイが乾いた手を叩き話を本筋へ戻そうとする。

 

「今日のところはそういうことにしてやるさ。時間もないし横道へそれるのは止めにして本題を進めよう。ティア、ティナ」

 

 促され、二人は『漆黒』についての調査情報を説明した。

 

「『漆黒』のメンバーはリーダーで剣士のモモンと魔力系魔法詠唱者のナーベの僅か二人」

「二人の実力に匹敵するチームメンバーが揃わなかったらしい」

 

「調べて特に気にかかったのは二点。一つは二人の出身地が詳細不明であること」

「そして二つ目。故郷を滅ぼした強大な吸血鬼を追いかけ王国に流れ着いたということ」

 

 視線は『国堕とし』ことイビルアイへと集中した。

 

「……誤解を誘発する言い方は止めろ。

 知ってるぞ、その吸血鬼は二人組だしそもそも私の名が現役だった頃に人間種であるモモンが生まれていたわけがないだろう。

 戦士では延命の秘術は使えないだろうしな」

 

「半分は冗談。もう半分はイビルアイがその吸血鬼について知ってるんじゃないか疑惑」

「モモンとその吸血鬼の勝負を決めたのは彼が持っていた第八位階を封じた魔封じの結晶なんだとか」

「威力は平原が半径一里に亘って砂漠に変質するほど壮絶だったらしい」

 

「何、第八位階だと?」

「そこまでくると神話レベルのお話ね……」

 

 一般的に魔法詠唱者は第三位階まで習得すれば大成した者とされ、英雄の領域に踏み入ったラキュースとイビルアイですら第五位階までが限界だ。

 つまりそれほど大層な魔力の込められた魔封じの結晶を持ち出さなければ滅ぼせなかった程に、その吸血鬼が強かったということになる。

 

 不死である吸血鬼として悠久に時代を渡ってきたイビルアイならば何か知っているだろうか。 

 

「いや、私に匹敵する程の吸血鬼の魔神には心当たりがないな。

 ただ私の知識も完全ではないし戦いの現場を確認したわけではないので滅多なことは言えないのだが……

 いくら第八位階魔法を行使しても、半径一里の平原を砂漠に変えることは不可能じゃないか? そこまでくると神人か、もしくは神々の領域の話になってしまう」

 

「おいおい、神々って六大神とか八欲王のことだろ? 話が大きすぎてついてけねぇぜ」 

 

「……ああすまない。証拠もない憶測だけの話だったな。

 ただまぁ素性の怪しい冒険者なんて腐るほどいるだろう。かく言う我々がそうだ」

 

 暗殺集団首領、完全不明、そして国墜とし。

 このメンツを考えれば確かに、素性がどうこうと問いただすのは馬鹿らしかった。

  

 大事なのは今である。

 その点エ・ランテルでの『漆黒』の評判は、アダマンタイト級としても決して悪くはない。

 むしろ最高の部類に入るだろう。力を持ちながらも奢らず、誰彼とも平等に接する人格者だ。

 

 それならば、とラキュースは淡い願望を思い浮かべ、意識の外から口が動いた。

 

「あわよくば王国の闇との戦いに協力してくれないかなー」

 

「無いな」

「鬼バカなボス」

「鬼ボスはバカ」

「いくらなんでもそりゃねーだろ」

 

 

 

 用心として軽く調査はしたものの八本指との直接関係が見えてこない以上、最終的に、冒険者が犯罪組織と積極的に関わることは無いんじゃないという結論に全員で落ち着いた。

 のだが、展開はラキュースたちの予想の斜め上方向へと転がった。

 

 あの後『漆黒』の二人が部屋へ訪れ、同性愛者のティナがナーベのあまりの美貌に硬直しかけたのだが放置。

 各チーム軽く自己紹介を済ませてから戦士モモンがとんでもない切り出しをかました。

 

「本日『蒼の薔薇』の方々に伺いたかったのは、秘密結社ズーラーノーンについての情報です」

 

 ズーラーノーンと言えば、邪悪な魔法詠唱者たちによって組織された国際的犯罪組織だ。

 各地で非合法な宗教活動やテロ行為を働き悪行を重ねている連中であるが、当然冒険者がちょっかいを出していい相手ではない。

 

「失礼ですが、我々にその件についてで尋ねてくるのは的外れですよ。犯罪組織への介入は冒険者の規約に反していますし」

 

 我ながらどの口で言ってるのだろうという心の声を無視して答える。

 が、横にいたティナとティアが唸ってラキュースとモモンを交互に睨んだ。

 

「鬼ボス鈍い。彼はティアたちの実家稼業を知っている」

「ズーラーノーンはイジャニーヤのお得意先だった」

 

「そういうことです。身内に情報通がいましてね」

 

 説明されてようやくラキュースも合点がいった。

 ティアとティナは暗殺集団イジャニーヤの関係者だ。その縁を調べ上げて利用しようとするとは、偉丈夫な風体でありながら周到さも持ち合わせているようだ。

 

 理由については出来れば内密にしていただきたいのですが―― と前置きをして彼は自らの事情を明かす。

 

「先日私は自身が長年追いかけていたとある吸血鬼の片割れをようやく始末しました。

 ここまではいいのですが、偶然にも彼女の目撃情報が送り込まれたのが、エ・ランテルで発生したズーラーノーン首謀のアンデッド騒動の解決直後だったのです

 当時は二者の関連性は皆無だと考えていたのですが、時が経つに連れ妙な予感めいた考えが浮かびましてね。

 どんな些細な情報でも報酬や協力は惜しみません。ティナさん、ティアさん。お二人からズーラーノーンついてで知っていること教えていただけないでしょうか」

 

 切羽詰まっていることが伝わる破格の申し出だ。

 ズーラーノーンを相手取ることに躊躇しない彼の意識を鑑みるに、この話をダシに対八本指への協力を要請しても受託してくれそうではあった。

 

 しかし話が双子の実家であるイジャニーヤに関わってくるのであれば、これは彼女たちの問題だ。他人がどうこう言えるものではなし、ましてや組織から二人を引き抜いたラキュースでは尚のことだった。

 

「イジャニーヤとは縁を切った」

「その手前、重要な顧客情報を暴露するのは仁義に反する」

「だから話せない」

 

 二人は顔を見合わせるまでもなく一心を二体で共有し毅然と答えた。

 横のナーベがわずかに眉間を揺らしたがそれ以上の反感は示さずあっさりと引き下がった。

 

「なら仕方ありません。顧客情報の重要性は我々もよく理解しているつもりですから」

 

「ほぉん、わざわざ王都まで訪ねてくれたっていうのにやけに物分かりがいいんだな」

 

 ガガーランは半分関心半分怪訝といった様子だ。

 

「ダメなら他を当たるまで。これでも尽くせる手は尽くすつもりです。

 ひょっとしたら八本指にでも打ち当たってみれば手がかりが掴めるかもしれませんし、あるいは――」

 

「ちょっと待ってください!」

 

 

 最終的にラキュースからの誘いで、モモンとナーベは『蒼の薔薇』と一緒に対八本指への共同戦線を張ることとなった。

 

◆◇◆

 

 『蒼の薔薇』との面会を済ませてから取った宿屋の部屋にてアインズは内心胸をなでおろした。

 うまくいって本当に良かったと。

 

 アインズの本当の目的は、対八本指の勢力の中に参加することだったのだ。ズーラーノーンについてはあくまで話の出汁にしただけに過ぎず、そっちの方はマタタビに任せてしまっているからどうでもいい。

 

 

 アインズがナーベラルとともに王都へ訪れたことを含め、これら全ての目的は言うまでもなくデミウルゴスが企画したゲヘナ計画である。

 

 この作戦におけるアインズことモモンの役割は、魔皇ヤルダバオトが大量の悪魔を引き連れ王都を襲撃した際にそれを食い止め追い払う、マッチポンプの火消し役だ。

 その前段階として、冒険者チーム『蒼の薔薇』が執り行う犯罪シンジケート八本指への襲撃に参加する必要があった。

 

 理由は、この作戦において、100レベルであるヤルダバオトとモモンの強さを立証する現地の存在が欠かせないからだ。セバスの調査によると王都において唯一それが可能なのが『蒼の薔薇』に所属する魔法詠唱者イビルアイのみだという。

 なので八本指への強襲作戦に遭遇する形でヤルダバオトを登場させ、彼女をモモンとヤルダバオトの戦いに立ち会わせる手筈と相成った。

 

 

 元々(マタタビというより)パンドラズ・アクターのことが不安だったからゲヘナに首を突っ込んだアインズにとっては、自分のためにデミウルゴスが立ててくれた修正案に文句を言う筋合いはない。

 とはいえさも簡単そうに、「不自然なく八本指襲撃に参加していただきさえすれば、襲撃配置の調整はこちらでやっておきますので」などと雑にアドリブを求められると、非才の身であるアインズとしてはすごく困る。

 

 冒険者組合にすら内密にして水面下で行っている『蒼の薔薇』の工作活動に不自然なく介入するなんて容易ではない。

 不自然性を排除するには絶対に『蒼の薔薇』側から誘う形にしなければならなかったから、思考誘導などという慣れない分野に当時のアインズはひどく悩まされたものだった。

 なんとかズーラーノーンや吸血鬼設定を出汁にして引き込んでもらえたが、どこで襤褸が出るかわからないのが怖い。

 

 きっとデミウルゴスからしてみればなんてことない根回しであり、完璧な主人に対してそれを手伝うのは若年に排泄の世話をするレベルの不敬な御節介なのだろう。ただ、計画に横やりを入れたことからのエチケットと解釈すれば納得せざるをえない気もした。

 

 

 マタタビからは「愛想つかされた」なぞ言われているが、最近アルベドからの視線が冷たくなっている節がある。

 先日の苦言や今回のパンドラズ・アクター派遣を含め反対意見をもらえる点は嬉しかったが、最初の羨望からの落差に対して思った以上にアインズは堪えていた。

 

 有能ぶる無能ほど愚かな奴は居ないだろう。

 わかっている。わかっているが、それでも未だ残る期待の重圧に耐えかねて水のように軟弱なアインズの理性は下へ下へと落ちていくのだった。

 

 

 




 原作ではレエブン公がこっそり依頼して王都に連れてこられたアインズ様。本人はホウレンソウ言ってるけど、依頼された時点ではデミウルゴスに報告してなかった模様。でもなんだかんだ豪運チートで解決しちゃうアインズ様が大好きです。

 何もしなくても自然に介入できたと知るわけがない当SSのアインズ様は何とか自力で襲撃に参加。なおイビルアイからモモンにプレイヤー疑惑がほんのりかかりました。
 
 
 真相は知ってるくせに「愛想つかされた」なんて半端な助言未満を投げつけ更に行き違いを深める無能マタタビ。本人的にはどうすりゃいいのかわからなくて半ば匙を投げてる。なお諦め切ってはいない模様。王国編ではまだこいつの株が下がり続ける

 誤字脱字批判なんでもお待ちしております

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