ナザリック最後の侵入者   作:三次たま

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ひょっとして自分はエたってしまうんじゃないかと危惧しました


非公式ラスボス戦

【至高の41人レビュー byマタタビ】

No.5:アインズ・ウール・ゴウン

 

 コイツ絶対頭おかしいよ!!

 

◆◇◆

 

 

 マタタビの事件に対する方針が決定してから作戦の実行が起こるまでに、約丸一日の時間を要した。

 彼女をしばらく放置しなくてはならなかった理由は主に2つ

 

 前者は冒険者モモンとしての体裁。

 事件のことがアインズに報告されたのは、とある護衛任務でカルネ村に宿泊している最中であった。

 そして情報収集やその他諸々の調整をしているうちに夜が明けてしまっていたので、任務継続の為、彼女への対処をする時間がなかったのである。

 

 デミウルゴスに言わせると、どこぞの支配者は冒険者へと漏れたシャルティアの目撃情報を利用した名声獲得計画を企てているらしいが、アインズがその意味を知るのは少しあとになってからだった。

 

 もっともモモンとしてのアンダーカバーの価値など彼女に比べれば無に等しい。本命の理由は2つ目にある。

 

 後者は、マタタビがナザリックのトラップギミックを熟知していることによる危険性であった。

 現状は精神支配の待機モードによって静止しているが、戦闘モードに切り替わればナザリックそのものを攻撃してくる可能性も出てくる。

 

 確率としてはあまり高くないが、万が一そうされればナザリックそのものが危機に瀕するだろう。

 

 だからこそ、ナザリックのトラップギミック配置を入れ替える必要があった。それにかかる時間が丸一日というわけである。

 

 結局冒険者稼業は継続されることになり、内心気が気でないアインズだったが、共同墓地のアンデッド発生事件解決やとある女戦士との戦闘など、得るものがないでもなかった。

 

 ゴタゴタしながらも一気に名声を稼いで、それによって冒険者組合を上手いこと丸め込みながらかくして今に至る。

 

 

エ・ランテル近郊(アインズ)

 

 一面の景色が一気に緑色へと染まる。周囲を見渡し、転移阻害は起きてない事を確認して、アインズはひとまず安堵する。

 

 人の手のかかっていない自然林の間を抜け、やがて開けた崖のところへ出ると、既に二人の少女が膝をついて出迎えていた。

 

 監視役を任されていたシャルティアとアウラである。二名はあどけない快活な声をもって、支配者への敬礼をする。

 

「「お待ちしておりました、アインズ様!」!」

 

「二人共、監視役ご苦労だったな。何も問題はなかったな?」

 

「はい。近隣の魔獣たちはあたしの〈吐息〉で退けておいたので、あの鎧のやつを最後に彼女へ接近した存在はおりませんでした。苦戦するような相手もいなかったです」

 

「そうかそうか、お前たちも無事で何よりだ」

 

 そう言いつつも、アインズは二人の姿をざっと眺めて、汚れや外傷などがなく無事であったのを確認し改めて胸をなでおろした。もちろん杞憂であるとは承知しているが、先日の戦闘を思うとそうせずにはいられない。

 

 しかし、アインズが二人を監視役に任せたのは、一度敗走したという経験があったからこそでもあった。

 

 初期レベルから研鑽してきたプレイヤーと比べると、元から強者として生み出された100レベルNPCでは、戦闘における慢心がどうしてもついて回る。今回の二人の件については、そういった経験不足が露骨に現れ出た結果とも言えるだろう。

 

 だからこそ、慢心から目を覚ました二人は今のアインズにとって非常に信頼できる存在となりえた。更に言えば、マタタビとの戦闘経験のある二人なら不測の事態での対応も期待できる。

 

 何よりレンジャーであるアウラの能力は、神官戦士のシャルティアの苦手な箇所を丁度補えるようになっており、コンビとしてはこの上なく優れていたのである。

 

 ただ最初はアインズも、トラウマの残る相手の監視任務を頼んで良いのか迷っていた。

 ところが、話を聞いたシャルティアとアウラは「失態を挽回させてほしい」と強く求めてきたので、アインズはその熱意を買ったのである。

 

(失態って言っても……シャルティアのアレはともかく……初戦闘がマタタビさんだったのは、単に相手が悪すぎただけなんだけどなぁ。

 むしろ幸運とは言え生き残れたのは凄いと思うんだが、二人の成長に繋がったなら良いことのなのか……)

 

 それでも気負い過ぎるのは良くないだろうと、アインズは考える。

 なぜなら二人は「敗北」したわけではないからだ。

 

 実質的に敗北したのはまさにそのとおりかもしれない。失点とすべきところも数多くあったに違いなかった。

 

 だが実際には、互いにフォローし合い、引き際を見極めた上での逃亡に「成功」している。いくらかの幸運があったにせよ、この事実は決して軽んじてはならないだろう。

 

 悲しい認識のズレを正さんと、アインズは優しく語りかけた。

 

「良いか、二人共。お前たちが逃げたことは決して恥ずべきことではない。むしろ引き際を見逃さなかったことは賞賛すべきことだ

 初戦で能力情報を把握したら撤退し、後から対策を練るのは基本中の基本。これはぶくぶく茶釜さんやペロロンチーノさんもよくやる常套手段なのだぞ」

 

「かの御二方もでありんすか?」

 

 アインズも、自身の失敗を引きずる心理は嫌というほど理解している。ましてや忠誠心を持つNPCなのだから、説得にも狡い言い回しを使わざる得なかった。

 

「ついでに言えば私も、な。

 お前たちがアインズ・ウール・ゴウンを誇り思ってくれていることは嬉しいが、だからと言って敗走を恥とすれば彼らの顔に泥を塗ることとなる。

 大切なのは次だ。もし……あって欲しくはないが……次に彼女と対峙した時に、しっかり対応出来るようにすればよいのだから

 その辺の対策も、ちゃんと二人で考えていたりするか?」

 

 答えたのはアウラだった

 

「はい! その時はまず、シャルティアがエインヘリアルを出して足止めし、シャルティアと一緒に空中へ逃げてから〈吐息〉や狙撃を狙うつもりです。そのまま距離を取ってから転移で偽ナザリックに撤退します」

 

「うむ。たぶんそれなら逃げ切れるだろう」

 

 プレイヤーへの対応を考慮する姿勢は、これからのことを考えても非常に好ましい。かつて教師である「やまいこ」が、 子供たちは教えたことを素直にスポンジみたいに吸収してくれるので教えがいがあると言っていたのを思い出し、まさにそのとおりだとなぁとシミジミ思った。

 

「しかし、アインズ様。あやつ……マタタビの討伐についてでありんすが、どうして御方がお一人で向かわれなければならないんでありんしょう?

 多少の損害を被むる覚悟をした上でも、守護者を交代させながら戦ったほうが、より確実に目的を達せられると思うんでありんすが……」

 

「ああ、そのことなんだが実は――」

 

 

◆◇◆

 

ナザリック地下大墳墓9階層 待合室

 

 

「―――彼女相手に過剰な戦力を出してしまうと、かえって逃げられてしまう

 先日もマタタビは、二人を殺害する絶好のチャンスを前にして、直後敵の気配を察知した素振りを見せて撤退してしまったでしょう?」

 

「なるほど、つまりこちら側が盤石な布陣を用意しようものなら、卓上ごとひっくり返されてしまうわけですか。

 彼女の移動速度に追いつけるシモベはいないし、逃した先でどんな問題が起こるかもわからないと。……実に厄介です」

 

 例えば詳細は不明だが、謎の全身鎧との戦闘があがる。

 あの場では結局事なきを得たのだろうが、鎧を動員していた存在の事も考えると単純な話では済まされないかもしれない。

 

「そのとおりよデミウルゴス。そして逃げられないための前提条件として、彼女側にも勝ち目のあるカードを切る必要がある」

 

「ええ、理屈は理解しましたとも。で? それがどうしてアインズ様をお一人で行かせた理由に繋がるんだい?

 人間の都市に向かわれる御方をあれ程止めたがっていた君が、よりにもよってそれを許容するなど信じ難い」

 

「心外ね、本当はあなただってよくわかっているんではなくて? 今の彼女の相手は、アインズ様以外につとまりようがないってことぐらい」

 

 デミウルゴスのこめかみに、一筋の血管が浮かび上がってはピクリと脈動する。普段の冷静さとはかけ離れた様相だが、それが一線を超えることは決してない。

 その理由を、アルベドは嫌味たらしく言語化してきた。

 

「お節介でしょうけど、素直にシャルティアとアウラを信頼した方がいいわよ? あなたが自身の配下を動員しても、かえって御方を危険にさらすだけだもの」

 

 足手まとい

 

 至高の御方の戦いは、シモベごときが立ち入れる領域より遥か遠いところにある。かつては頭では理解しているつもりだったが、今回の件でその認識すら甘かったのだと痛感させられた。

 

 御方々に準ずる存在であるマタタビが、単騎でああも容易くシャルティアとアウラを退けるなんて思いもしない。

 

 そうでなければ、アルベドの言うとおりに配下の魔将を動かしていたに違いなかっただろう。誰かに止められていなければ、だが。

 デミウルゴスは自身の無力さがたまらなく悔しかった。

 

「……先日自室に謹慎させられた君に理性を説かれるだなんて、私もヤキが回ったようだ。

 そもそも何に悩んでいたかは知らないが、一体どういう心境の変化だい? 個人的には大変興味深いのだが」

 

 デミウルゴスは、この真実を知ってなお凛としていられるアルベドが不思議に思えてならなかった。

 

 同じシモベであるはずなのに、彼女と自身が全く異質な存在な気すらする。この違いは一体どこから来るのか。

 

 するとアルベドは、どこか遠い眼差しで《クリスタル・モニター/水晶の画面》に映るアインズの姿を目に止める。

 自嘲気味なため息を零し、吐き捨てるように言った。

 

「御方の大事とするものが、私達と同じなわけではない。そんな簡単なことに気付けなかっただけよ」

 

 義理は果たしたとでも言わんばかりに、それだけ言ってアルベドは閉口した。

 デミウルゴスの求めた解ではなかったが、一つの真理であることには違いなかろう。

 

 1日謹慎という罰が、アルベドの中にどういう葛藤をもたらしたのかはわからない。ただ、彼女の瞳が何かしらの堅い覚悟をたたえているのはわかる。

 

 ならば自身もいじけているだけではいられまい。考えるべきはこれからのことだ。

 

 全てはナザリックのために。

 

 

 

 二人と別れ、いよいよマタタビの感知領域に侵入する。これを誤魔化せるのは本人くらいだろう。脊椎がぞわ付くような感覚を覚えた。

 

 もっともただ感知されただけでは敵対はされない。〈読心感知〉は種族的特性上アインズには通用しないし、監視者からの連絡はあるので現実的問題は微塵もなかった。それでも不意を撃たれる恐怖は否応なしに付いてまわる。

 

2~3キロほど歩いてしばらく、ようやっと目的地の平原へとたどり着く。時間帯こそ違うが、今見ている風景は情報魔法で覗いた時とそのままだ。

 

 足元に白銀鎧の残骸を横たわらせる少女は、孤独な瞳で虚空を眺めながら静止していた。携える神器級の刀は拒絶的な輝きを灯していて、視界に入れると存在しないはずの網膜がチクチクした。

 

 ギルド武器クラスの耐久メイド服を着用しているのは、先手を許してしまう支配待機の状況を見据えた不意打ち対策なのだろう。

 

 思えばあのメイド服についてでも一悶着あったのを思い出した。たしか、たっちさんがホワイトブリムさんを誑かしたのがきっかけだった気がする。彼女にまつわる思い出は、不思議と不快なものばかりだった。

 

『マタタビ様は、私にとって他の御方々と同等に大切な存在なのであります』

 

 じゃあなぜパンドラズ・アクターは、ああも堂々と言い切れたのか。

 今なら思い出せる。皮肉にも彼女を仲間だと認めたのは、クランが彼女の処遇で紛糾していた際に自ら「退会」を選んだ時からだ。

 

 ゲームの時は、アバターの表情は動かないからどんな表情をしていたかわからなかった。でもなんとなく、あの時の彼女の心は笑っていたような気がした。

 

「それはそれで気に食わないかもな」

 

 同族嫌悪かもしれない

 様々な逡巡を手のひらに握り込むように、骨の指で拳を象る。

 

 無数の強化魔法を発動させ、最後に超位魔法の魔法陣を展開させた。やがて何も襲いかかってこないのを確認して課金アイテムを取り出す。

 

 改めて視線のピントを彼女に向けて、僅かなつぶやきと共に魔法発動の宣言を行う。

 

「我慢して下さいよ? 超位魔法〈天地改変〉」

 

 

 

 

◆◇◆

 

 唖々、在りし日の月曜日の如し糞ったれた目覚め。こんな現実には、堂々二度寝と洒落込むのが礼儀かもしれない

 

 それは、私史上最悪の覚醒だった。

 どのくらい最悪かって言うと、寝起きの顔に液体窒素をぶち撒けられるくらいの最悪だ。

 

 瞬間的に凝固された空気中の水分は、体表全体に隙間なく殺到して霜の万年苔を象り、体温という体温を根こそぎ奪ってしまう。

 

 メイド服で被服している部分はまだしも、手とか、特に粘膜がヤバイ。

 凍りついた眼球から望む視界が想像できるだろうか? 寒い日の水道管みたいに網膜血管も凍結されるわけだから、瞼が開いても世界は真っ暗です。失明なのかと錯覚した。

 

 やがて、その手の症状特有の眠気がやってきて、二度寝の誘惑にかられる。心臓、止まっちゃうんだろーなぁなんて、どこか他人事みたいな思考が脳裏をよぎった。場違いな余裕は、かつてない熟睡の予感の歓喜故である。

 

 そりゃ永眠だろうからかつてないのも当たり前。理解していても、睡魔の皮を被った死神の誘いには抗い難かった。暴力的なまでの冷感が、徐々に外的触感を忘却させていった。

 

 

 

「って死んでたまるかっ! 」

 

 刹那、ノリツッコミじみた生存本能が、現世の出口付近を彷徨う私の魂を取り押さえる。

 そして、二度寝の寝起きは先に輪をかけて最悪だった。

 

「ちぃ〈シバリング〉」

 反射的に氷属性対策として保有している体温ステータス調整のスキルを発動させる。HPを削るデメリットが有るため連発は出来ないが、背に腹は代えられない。ゲームの時からの常套手段だったのだが、ここで手痛い誤算に見舞われる。

 

「ギイィィィイイ痛い痛い痛い痛いいイイィィィ!!?」

 

 低体温から再起し、無理やり加速された血流は、強酸を点滴されたかのような灼熱感で全身を焼き焦がした。ギシギシとした音が何かと思えば、氷を砕く関節の駆動音だったりする。

 

 諸々の痛みを堪え、毎秒100回程度瞬きを繰り返して凍結した眼球を解凍する。

 光を取り戻した視界がまずはじめに捉えたのは、超位魔法でスケートリンク場と化したフィールドに佇む「敵」の姿だった。

 

 40m先、格調高い漆黒のローブを羽織り眼孔から力のこもった紅い灯火を瞬かせる死の支配者を確認。

 

 おそらくこの〈天地改変〉も彼の仕業に違いない。すなわち残念ながら私の敵だ。

 

 しかし、視線を合わせて対峙してみると妙な親近感が湧いてきて、これから始まる殺し合いへの現実感が薄れていく気がした。

 

 スケルトン系統には〈読心感知〉が不能だからかかもしれない。この世界に来てから極小の敵意すら感じなかった相手なんて、これまでエンリかデミウルゴスくらいだったから。

 自然と口調が砕けていった。

 

「ハァ……再会早々超位魔法とはとんだご挨拶ですねぇ魔王さま。死んじゃうかと思いましたよぅ」

 

「〈天地改変〉は攻撃用の魔法じゃないんですが、至近距離なら氷属性が弱点であるケット・シーには効果があるみたいですね

 ゲームのときと比べても効果範囲は拡大されているようだし」

 

「うわー、友達殺しかけてその反応はどうなの? サイコパスですか?」

 

「そりゃあ俺アンデッドですし。マタタビさんのこと嫌いだから、むしろスカッとしましたよ。まぁこれくらいで死なれては困りますけど」

 

 閉じていた口元に僅かな隙間が生じている。ニヤけてるのだろうか。 

 

「うわー外道だー、外道がおる」

 

 軽く流しつつも、彼の意外な言動に内心驚かずにはいられなかった。

 嫌われてるのは知ってる。ただ、「嫌い」なんて正面切って告げてきたのが彼らしくないなぁと思ったのだ。

 

 何があったのだろう。

 好奇心をそそられる、私の口元も緩んでいた。

 

 

 

 そんな油断が、彼に先制のチャンスを与えてしまったらしい。

 私は一瞬ここが闘争の場なのだと忘れていた。

 

「しまっ!?」

 

「〈魔法効果範囲拡大化・海皇神の憂鬱〉」

 

 モモンガさんの前方より高さ20mの大波が出現し、つるやかな氷上で加速されながらこちらへと迫ってくる。

 

 フィールド利用で速さを兼ねた手堅い質量攻撃。対しこちらは寒さによる種族ペナルティがある。メイド服でダメージは軽減されるが、能力値ペナルティを無効にすることは出来ない。

 

 瞬時、両手を氷の地に付けて魔力を籠める。

 

「〈土遁・地動核〉!」

 

 私を中心とした直系20mの正円に沿って大地が切り取られ、波より高い40mのビルみたいに隆起する。

 

 波は土ビルと衝突して弾け、辺りが水浸しになるかと思えば間もなく凍りついた。

 

 早く距離を詰めようと体勢を整えるが、彼相手にそう簡単に行く筈もない。案の定追撃も止まない。

 

「〈魔法位階上昇三重最強化・魔法の矢〉」

 

 無数の光弾が周囲に浮かび上がり、私目掛けて一斉射出される。

 

 躱そうかと思ったが、直前で追尾効果があった筈だと思い出して頭を掻いた。目の前の男は全魔法体系の知識を網羅しているが、私にはとても真似出来ない所業である。

 

「ちぃ!〈混凝土の術〉」

 

 それなりの魔力を込めた土壁で防御するが、案の定防ぎきれずに何本か貫通してダメージが入ってしまう

 

 いくらメイド服に防御力があっても痛いものは痛い。私もアンデッドに成ればよかったかしらん?

 

 とはいえ受けてばかりではいられない。アイテムボックスに手を突っ込み、手早く所定のものを取り出した。

 

 すぐさまその壺型のアイテムを彼の方向へ投げつけ、同時に忍術を発動させる

 

「〈爆炎陣の術〉」

 

 口から火を吹き出す業火によって周囲は火の海に包まれるが、火属性と言えど私の魔法攻撃力では彼には大してダメージにならないだろう。

 

 しかし投擲された壺が焼け崩れて中身の液体が漏れ出すとともに、火は橙から海のような群青へと変色する。

 

 ここでようやく彼の表情にも苦悶と動揺が見て取れた。

 

「火力増強アイテム……〈蝦蟇油〉」

 

「よくもまぁ系統外のアイテムをご存知で」

 

 骸骨が火の海に水葬されていく隙を見て、〈瞬間換装〉により学生服やその他現状に適した装備品へと着替える。

 

 ここにしてようやく、私は戦いの土俵に立つにいたった。だがまだ不利だ。

 

 良くも悪くも、彼と私の能力相性は最悪である。

 彼からすれば近接戦主体の私は相手にしづらいし、刺突・斬撃に耐性のある彼はその手の武器を好む私にとって非常に嫌な相手なのだ。

 

 私には膨大なアイテムストックがあるが、仲間の財を私有した彼なら五分。加えて700の魔法を自在に使いこなしてくるので、状況対応能力はあちらに分がある。

 

 〈地味子の眼鏡〉によると事前に魔法強化もされてるらしく、全体的に見て私が不利。さてこのディスアドはどうしてやろうか

 

「ここからが本番だな。〈魔法効果範囲拡大化・腐浄の霧〉」

 

 負のエネルギーを孕んだ赤黒い瘴気が周囲一体に漂い始める。

 あれを受けるのは不味い。HPに加えて肉体能力にも影響が出るだろう。

 

「〈砂塵大竜巻〉」

 

 砂埃の風で目眩ましと同時に、瘴気の塊の一部を吹き飛ばして僅かに穴を作る。

 視界不良のなかで感知により彼の位置を補足し、居合の型でもって刀を構え一目散に駆け出した。

 

 接近し、殴打ダメージを与えられる峰打ちでもって上段から大腿骨へ叩きつける。が、期待していた骨折の手応えはなく、それよりも硬質的な感触だった

 

「その程度の攻撃は読めている。〈魔法最強化・負の衝撃/ネガティブバースト〉!」

 

「がはっ!」

 

 負属性魔法の衝撃波が全身を直撃し、HPがガリガリ削れ、身の毛のよだつ気持ち悪い感触と倦怠感がもたらされる。

 

 巻き上げた砂塵が吹き飛ばされて互いの姿があらわになると、先の剣撃を受け止めた物体の正体が判明する。

 

 驚愕を禁じ得なかったが、あからさまな反応をこらえて絞り出すように小さくつぶやいた。……こっちのほうが悔しそうな気がした。

 

「……スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン」

 

「ガワだけ借りた試作品ですがね。使用した金属は同じなので耐久値は馬鹿になりませんよ。俺の物理防御もマタタビさんに比べればよほど上です」

 

「へぇそうですか、ならこういうのはどうですか? 〈瞬間換装〉」

 

 杖と競り合っていた日本刀を消失させ、代わりの武器を手に装備させる。その獲物への意外性から彼の眼孔の赤い灯火が大きく見開かれた。

 

「メリケンサック!?」

 

「やまいこの真似ですが、下手くそですから許して」

 

 身を縮ませてスタッフの下側へ素早く潜り込み、ローブから露出した肋骨部分を思い切り殴りつける。

 

 いくら本職でないとはいえスケルトン系には弱点である殴打攻撃である。拳から破砕感が伝わってきて肋骨の一本が砕けて地面に落下した。

 

 続けて連撃を放つため一呼吸入れたが、その瞬間を狙って相手は事前にかけていた防御魔法を開放させてくる。

 

「〈光輝緑の体/ボディ・オブ・イファルジェントベリル〉」

 

 みるみるうちに欠けた肋骨が再生していき、今しがたの一切のダメージが吸収されてしまったらしかった。やはりこういう事前準備の差は非常に大きい。

 

 続いて至近距離でスタッフの先をこちらに向けて最強クラスの攻撃魔法を仕掛けてきた

 

「〈魔法最強化・現断/リアリティスラッシュ〉!」

 

 今の私にはオーバーキル気味ですらある、第10位階最大級の火力を誇る斬撃攻撃。

 〈瞬間換装〉を使うひまもなく、反射的にメリケンサックで受け流そうとする。このメリケンも神器級だが、いくつかあるサブウェポンの一つに過ぎないため、本職と比べれば能力は格段に弱い。

 

 拳の先で凄まじい熱量の火花が散って、衝撃を殺しきれず手首に切り傷が走っていく。

 

「くらうかぁぁああああああ!」

 

 なんとか気合で斬撃を跳ね上げた。我ながら脳筋臭いやり方だ。

 ギリギリで生き残れた安堵感とともに、ある一つの確信が私の中で的中した。今の私には素晴らしい事実だが、期待ハズレな感もある。

 

 即座にバックステップで距離を取って向かい合う。

 

「魔王さまぁ、どうして今の〈現断/リアリティスラッシュ〉を三重詠唱しなかったんです? そうすれば私は、受け止めきれずに死んでましたよ?」

 

「あらら。ユグドラシルも過疎ってて、PVPする機会もあんまりなかったし勘が鈍ってるみたいですね」

 

「嘘つけよ」

 

 今は殺し合いなのに、まるでゲームのPVPをギルドメンバーと話すような穏やかな口ぶり。

 

 現在自分は確かに不利だ。先制の超位魔法により私の苦手な氷上のフィールドが組まれていたし、事前の強化魔法による能力差もある。

 

 これだけの差があれば、私と彼のレベルでの戦いでは勝負がつくのに十分な条件だ。現にさっき、実質一回死んでいた。

 

 じゃあなんで、最初から私は逃げなかったのか。そしてどうして今生き残っているのか。

 考えられる答えは一つ。

 

「アインズ様。かつて仲間だった私を殺すの、躊躇してるんですね?」

 

 それはそれで当たり前だろう、と内心では思ってる。

 ましてやユグドラシルでの日々をあれほど愛した彼なのだから。

 

「躊躇はしてませんよ」

 

「よくそんなこと口走れますね。いつもの〈精神異常無効化〉ですか?

 じゃあ手始めに「それ」を潰しちゃいましょう」

 

 自慢の足で一足飛びに接近し、アイテムボックスに手を突っ込む。取り出したのはパーティ用のクラッカーだ。

 

「なっ!? そのアイテムは!」

 

「〈完全なる狂騒〉――存じ上げてるとは思いますが、一部異形種の精神耐性を無効化するアイテムです。

 ピンポイントメタって当たるとすごく気持ちいいと思いません?」

 

 ちょうど彼を見上げる体勢にもっていき、紐を引っぱて中身をパカンとぶちまけた。彼の感情線とともに




アインズ様「時間停止対策は基本
マタタビ「精神攻撃対策は基本(なお洗脳中)

戦闘シーンは次回までで終わりにします
まぁ散々心理描写やっといて今更小娘に手玉に取られるアインズ様じゃありません


アルベドの葛藤ついては、この章でやりきる予定ではありません
あるいは大幅修正する際に、デミウルゴスとの会話シーンがまるまる変更される可能性もあります


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