メアリーさんがどうとか言われたし、自分でも気に食わなくて納得できなかったからです
相変わらず投稿ペースが遅くて嫌になる……一応毎日書いてるんだけど
マタタビの反逆を知らされた俺は、宿泊場所の留守をナーベラルに任せ、急いで転移でナザリックへと帰還。出迎えたプレアデスから転移の指輪を預かり、アルベドとともに執務室へ移動して詳しい報告を受けていた。
「――その後、シャルティアがとどめを刺される間際でアウラが参戦しましたが、敗北寸前にまで追い込まれました。
しかし、詰めのところで何者かの気配を察知したマタタビが撤退し、辛くも敗走。
以上が今に至る経緯となります」
「そうか……シャルティアとアウラの状態はどうだ」
「重症のシャルティアは現在ペストーニャを主導に集中治療が行われておりますが、命に別状はありません。
アウラの方は特に手傷はありませんでしたが魔獣軍団は壊滅的被害を被っており、シャルティアのこともあり軽度の心神喪失状態にあります。
二名共に戦線復帰はあまり薦められません」
「いや、二人共、彼女を相手によく無事で帰ってきてくれた。
もしこの状況で情報も得られないままであれば、最悪の事態も想定せねばならなかっただろうからな。」
だが、シャルティアを精神支配から庇うなんておかしな話だ
アンデッドであるシャルティアには精神支配は無効のはずである。それを知らずに身代わりとなるような彼女ではないだろう。一体何の意味があるというのか
「マタタビ本人による供述であるため、ブラフの可能性も考えられますが」
「いやまて、一つ心当たりがある。アルベド、精神支配の術者はどんな姿をしていた?」
「アインズ様の御耳を汚す冒涜的な格好なのですが……」
曰く、純白のチャイナドレスを纏った老婆ならしい。
想像してみるとかなりアレすぎる格好だ。死獣天朱雀さんでも顔を顰めることだろう。
……ともかく謎は解けた。どうして今まで警戒してこなかったのか不思議なくらい、大きな見落としだった。
「まさかチャイナ服とは〈傾城傾国〉、ワールドアイテムのことか!?
マタタビさんがシャルティアの身代わりになるなんて、それしか……いや」
それでもおかしい。そもそもどうして彼女は、ロクに面識のないシャルティアの身代わりになんかになったのだろうか。
NPCを庇うプレイヤーなど、ユグドラシルでは笑いものにされたに違いなかったろう。
しかしアインズは知ってしまった。たっち・みーの面影を残すセバスを、姉弟のようにじゃれ合うシャルティアとアウラを。
眼窩の赤い灯火を閉じて思い浮かべたのは、バードマンの影を被ったシャルティアを突き飛ばす、黒髪の少女の姿。
多分、何も考えてなかったのではないだろうか。
普段は計算高いのに頭に血が上ると体が勝手に動く、彼女はそういう人だ。
端から見ればただの馬鹿者だろう。それでも今のアインズには、ひたすら気高く映った。
果たして自分に出来るだろうか?討たれる「子供たち」を前に、駆け出したい衝動を抑えることが。
結局答えは出なかった。今の自分はこの地を守る主人、しかし我が身可愛さがまったく無いとは断言できない。
途端、NPCの事で彼女に嫉妬する自分が酷く矮小で、馬鹿らしい存在に思えてならなかった。
「糞! 糞! 糞がぁ!」
思いのままにまかせ床を何度も蹴りつけた。100レベルの身体能力は強烈な地響きを部屋全体へと轟く。
だが九階層の床はびくともしない。
最終日と違ってダメージカウント表記は現れなかったが、それでもやはり虚しかった。
激情と鎮静化を数度反復し、思考はやっと冷静さを取り戻した。
気付くと、側にいたアルベドの瞳は潤み、含意のある悲しげな面持ちで黙ってこちらを見ていた。
「……すまないな。少しばかり我を忘れていたようだ。今の失態は忘れてくれ」
「アインズ様が謝られることはありません! 全ての非は、常日頃マタタビを監視していながらこのような事態を招いた私にあります!」
なんだかやたら食い気味で、(色事関連でもないのに)アルベドにしてはらしくもなく強引な論調だ。
しかし、自分が悪いのだと一切疑っていない。
「気負いすぎだ、アルベド。彼女の上司はエクレアだし、そもそも事件はナザリックの外側で起こったこと。
断じてお前のせいではない」
言った言葉が、自分に跳ね返ってくるような気がした。
「違うのです! 私は――」
「違わない」
守護者統括という立場から、余分に責任感を覚えているのだろう。
まるでそれが今の自分自身に重なって見えて、妙なシンパシーが感じられた。
だからこそ、そんな悲しそうな表情をして欲しくはなかった。
「アルベド、おまえには感謝しているのだ。あの子をずっと見守ってくれていたのだろう?」
「ですから!」
「メッセージではアルベドの話ばかりしていたぞ。あれでかなり気難しい奴だから、彼女が懐くなんてウルベルトさん以来だ。
おまえに話をするために、俺の過去の冒険譚を聞いてきたりもしてきた。「武勇伝」と聞かれたから、答えるのも気恥ずかしかったがな」
こちらが何か言うたびに嗚咽を漏らし、やがてアルベドは涙を流してしまう。
女性経験に疎い自分ではどうすれば良いのか解らずたちまち困惑した。
先程読んだマタタビの少女漫画を思い出して、おもむろに骨の手をそっとアルベドの頭へと伸ばした。
漆喰のような豊かな黒髪へと指が優しく包み込まれていく。その柔らかさに驚きつつも、表には出さず優しく撫でつけた。
「よすのだ、どうしてアルベドが泣く必要がある。
本来彼女とは私が相手をしなければならなかったのに……そう出来なかったのは私の弱さ所以だ。
あぁ……まったくこれではかつての仲間達に顔向けできない。
それでもアルベド‥‥彼女を一人にしないでくれて、本当にありがとう」
「あああああぁぁぁぁぁああああ!!」
アルベドは、顔を手で覆って泣き崩れてしまった。
(……そんなにマタタビさんのことを思っていたなんて……)
自身がマタタビに歩み寄れない怠惰さを見せつけられるようで、忸怩と胸が傷んだ。
NPCとして与えられた忠誠心ではない、純粋な思いやり。自分には到底手に入れられないものだ。
こんな状況でもなお、嫉妬心が湧くのを止めることは出来なかった。
●
結局アルベドは自室で休ませることにした。
当然本人は固辞しようと抵抗したが、やつれた彼女の言質を取るのは悲しいくらい簡単だった。
今はアルベドの穴埋めとして、外部で働かせていたデミウルゴスの帰還を待っているところだ。
無駄に豪奢な回転椅子にもたれ込み、大理石の天井に吊るされたシャンデリアをぼんやり見上げた。そして本日何度めかもわからぬため息もどきを呟いた。
「……あぁ」
緊急時なのだから転移魔法で早く済ませたほうが良いのだが、あえて執務室まで呼びつける遠回りをさせている。
自分の気持ちに整理をつけるために。
だが、宙に舞う蝿を取り損ねるように、その試みは上手くいっていなかった。
「……糞が」
もう手遅れだからである。
白いチャイナ服の術者という供述から、彼女を洗脳したアイテムは世界級:〈傾城傾国〉と見て間違いない。
ところが術者は〈読心感知〉で敵対認証されて、中途半端な洗脳状態のまま世界級を奪われたのだという。
彼女が敵の手中に堕ちるというナザリックにとって最悪の事態は免れたものの、ある意味どうしようもない状況だった。
世界級の洗脳効果は、アインズ・ウール・ゴウンの所有するとある世界級アイテムを消費すれば解除することは可能である。
仲間を救うためなら世界一つ分とて惜しくない。
ところが今の彼女にはそれが出来ないのである。
何故なら、彼女を救う為に二十の世界級を発動させても、既に〈傾城傾国〉を手にしたマタタビには効果が無いからだ。
つまり自体を解決する手段はたった一つしかなく、まさにそれこそ最悪の事態のようにも思える。それは、彼女を――
そこから先は考えるなとでも言うように、扉の向こう側から軽快なノックオンが鳴り響く。しかし続いて述べた口上はやけに重々しかった。
「アインズ様、厳命に従い馳せ参じました」
デミウルゴスだ。
「……構わん、入れ」
「失礼します」
一瞬、入室してくるデミウルゴスの気配が、ウルベルトさんに重なって写った。
今しがたの思考を責められるような錯覚を覚える。
「〈メッセージ/伝言〉で要件は聞いた筈だな? 今から第5階層のニグレドの元へ行って捜索をさせる」
「御心のままに」
表情は固く、彼らしくもない短い台詞だった。
「では行くぞ。ついてきてくれ」
◆
第5階層 氷結牢獄
氷河を意識して作られた第5階層の大地は鉛色の曇天から降り注ぐ粉雪によって白く塗りつぶされている。
巨大な氷塊が山脈のように連なっており、透明な結晶は青白く発光していて見る者の心を凍てつかせる。同じ光でも太陽光とは正反対な印象だ。
そして氷の世界の只中にポツンと置かれた洋館は、牢獄という名前に反して童話『雪の女王』を彷彿とさせるメルヘンチックな雰囲気を醸し出していた。
洋館の中は外部よりも尚寒いが、冷気耐性のある俺とデミウルゴスには何の問題もない。淡々と目的地へ歩いて行く。
ただ精神的な意味で、二者間の空気は凍りついていた。
どちらかと言えばお喋りな部類のデミウルゴスだが、先程からずっと寡黙を貫いている。見るからに不機嫌であり、話しかけるのは非常に憚られた。
そして多分、彼から見たら今の俺も相当不機嫌なのだろう。
互いを腫れ物のように扱う空気は不快で堪らなかった。
(……彼女が抜けたあとのウルベルトさんも、こんな雰囲気だったなぁ)
だがここで押し黙っていては彼女を羨む資格もないだろう。俺は意を決してデミウルゴスに話しかけた。
「なぁデミウルゴス、お前は彼女をどう思っているのだ」
質問するまでもなく、彼の心情についての検討はなんとなくついていた。
無闇に痛いところを突いたことに罪悪感が湧いた。しかし、他に何を話せば良いのかわからなかった。
眉をひそめ、喉元に言葉を詰まらせ苦悶しながらも、デミウルゴスはゆっくりと返答した。
「マタタビが、一時期は御方と肩を並べられた人物であることは本人より伺っています。
それを踏まえた上で私が正直な心情を述べれば、御方々に対する不敬に違いないでしょう。もし不快になられましたら――」
「この状況、そんな下らないことで自害なんてしてくれるなよ」
思わず高圧的な言葉が出てしまい、自分が嫌な上司像と重なってうんざりした。
「……すまない。自らが下らない失態を犯したことで、不機嫌になっていたようだ。許して欲しい」
「何をおっしゃいますか、頭を上げください! 軽率な発言をした私こそ責められるべきです」
そう言われてもやはり気になったが、ここで張り合えばイタチごっこになるであろうことは明らかだった。
「よくわかった。では話してくれるか」
――はい と言ってデミウルゴスは続ける。
「初め見た時は臆病で内向的な性質に思われたのですが、実際に話してみると、協調性に欠け周囲に対し摩擦を生み出しやすい人物でした。
しかして何故か、私自身彼女に対し親近感が湧いてきて放っておけなく思ったのです。まるで旧知の間柄だったかのような気すらしました」
「そ、そうか……」
ある程度の好意があるのは見越していたが、その斜め上くらいの返答がやってきたため狼狽した。
今にして思えば「彼女をどう思っている」という質問は部下に対するセクハラ染みていたのではとすら思った。
精神沈静化をしているうちに、デミウルゴスから一本釘を差される。
「しかしアインズ様、もし私めの心情を慮って彼女への対処を緩めることを考慮されておいででしたら、それだけは何卒おやめください」
「……わかっているさ。彼女は危険だ」
デミウルゴスなら彼女の処遇について自分と違う結論を出してくれるかもしれない。そんな淡い期待は、やはり儚く消えていった。
彼とデミウルゴスは別人なのだから、当然といえば当然の話だ。
ややこしい状況と拗れた自分の感情が、二重螺旋をおりなして頭の中で無限ループを描いていていた。
思考は混沌の渦で濁っており、どれだけ頭を抱えて見せても光明は見いだせないでいた。
ただしばらく渦の中心を眺めていると、光明の代わりにある人物の影がちらつくようになる。
それが誰なのかは最早言うまでもなく、やがて彼女を取り巻く濁りの正体に気が付いた。
――もとい、思い出した。
それはなんてことない、だたの負い目であった。
今更ながら白状する。
彼女がクラン:ナインズ・オウン・ゴールを辞めた時、俺は内心ホッとしていたのだ。
ふと、クラン時代の思い出のとある1ページを偲んだ。
◆(回想)
当時まだ初心者でビルド選択について悩んでいたマタタビに「たっち・みー」がこう持ちかけたのが始まりだ。
『マタタビさんには前衛としての才能があると思うんですよ。
よろしければ戦士職の職業編成について相談に乗りましょうか?』
ワールドチャンピオン直々の職業相談というのは、ユグドラシルプレイヤーなら誰もが羨む魅力的な提案である。
だが当時、年上に囲まれてマセていた彼女は、早くも反抗期を迎えていた。
『お断りします。どうせ戦士じゃあなたに勝てないのに、相談だなんて嫌味ですか?』
幼女にしてはあまりに嫌味すぎる嫌味を受けて、イケメンスマイルはビシッというひび割れた幻聴を響かせた。
見ていた周囲は気の毒そうな視線を注ぐ中、一人手を叩いて笑い転げまわる山羊悪魔がいた。
『たっちさん振られちゃいましたねぇwww』
凍りついた笑顔が灼熱によりたちまち氷解し、ギロッという鋭い視線が声の主へと向けられる。
『……ウルベルトさん』
『アハハハハ! いやはやごもっともな反論ですねぇマタタビさん。よければ私が魔法職の職業編成手伝って差し上げましょうか?
彼に一杯食わせるってんならぜひ協力しますよ』
仇敵の消沈を見て得意げになったウルベルトが語りかける。だが、無自覚に仇敵を認めている言動は相変わらずであった。
『魔法職は興味ないので結構です』
『え……アッハイ』
氷柱みたいな一言がお調子者を貫いた。
先と同じく同情的な眼差しが向けられるが、やはり彼だけはむしろ愉快そうであった。
『あはははは! 結局ウルベルトさんも断られてるじゃないですか』
『私があなたと同類だなんて聞き捨てなりませんね。嫌味なたっちさん』
『なるほどもっともな話です。ならここは一つ、剣と魔法をぶつけて雌雄を決しましょうか?』
魔法職最強と戦士職最強が燃え盛る闘気をぶつけ合い、見守る周囲の間にも緊張が広がっていく。
蚊帳の外に放り出された元凶は嫌そうに眉を顰めた。
『うわぁ……ないわ』
ボソリとつぶやかれた一言は、ワールドの名を冠した最強職ホルダー二人を一辺に打ちのめした。
雌雄は決し、爆心地に残されたのは二名の敗者だけである。
『……もちっと自分で考えてきます』
屍を背にどこへともなく歩み出す彼女を引き止められる者は誰も居なかった。
幼女から罵られたくて「〈スナイパー〉系どうっすか?」と宣うバードマンもいたのだが、ピンクのスライムに取り押さえられその発言が耳に届くことはなかった。
◆(回想終わり)
天邪鬼で口が悪くてぶっきらぼう。協調性に欠け周囲と不協和音を奏でる彼女の存在は、正直言って苦手だった。
でもそんな彼女も、仲間の一人として認められていた。だから俺も仕方なく、認めていたに過ぎなかった。
自分の嫌いな人を好きな人もいる
自分の好きな人を嫌いな人もいる
彼女への嫌悪を認めたくなかったのは、そんな当たり前の理屈に納得できない自分を直視したくなかったからだ。
そして嫌悪しながらも今更になって、たった一人残った仲間としての彼女の存在に都合よく依存する自己矛盾を避けたかったから。
俺は、最後までナザリックに居た者として、自分と彼女を同一視してしまっていたのだろう。
多分それに気付いていたから、彼女は冒険者になる誘いを断ったのではないか。
『やはり相変わらずですね』
どちらにしても彼女は俺の、たった一人の理解者だったのだ。
唯一の理解者を失った喪失感は、骨ばかりの俺の胸中が、これでも存外満たされていたのだと嫌という程知らしめた。
どうしてこんな時になって気付かされるのだろう。
あるいは、今回の事件が起きるまで気づけなかった自分自身は、なんとも救い難いことだろうか。
考え事をしていたことで再び途切れてしまった会話を、今度はデミウルゴスが拾い上げた。
「御身をして『危険な存在』と言わしめる彼女とは、実際どれほどのものなのでしょう。
どんな力量を持ち合わせていようと、所詮個人であるならば数の利にまさるナザリックの敵ではないように思うのですが?」
「ああ、確かにそれは正しい。たとえ〈ワールドチャンピオン〉と言えど、同レベル帯を複数相手にして勝利することは難しいだろう」
「では一体?……」
「彼女の得意戦術は撹乱だ。ギルド荒らしとして活動していた彼女には敵対勢力が多くいたが、討伐隊相手に彼女は単独で渡り合ってきた。
100レベルが複数体相手といえど、半端な連携では容易く返り討ちにされるのがオチだ……アウラとシャルティアのようにな……」
それを聞いて一瞬くぐもるように眉をひそめるデミウルゴスを、アインズは見逃さなかった。仲間に対する心配と、無力な自身への叱責のように見えてならない。
「……なるほど不見識でした。さしずめ彼女は対集団戦のエキスパートという訳ですね?」
「そうだな。だからこれからの対処を考えるにあたり、まずは状況確認が必要だ。
……さて、そろそろニグレドの部屋だな。用意はいいか?」
「はい、問題ありません」
タブラさんの仕掛けた茶番劇を一通り終えて、落ち着いたニグレドにマタタビを探知するよう頼んだ。
「しかしアインズ様。私はその、マタタビという者と会ったことは無いのですが、何を手がかりに探知すれば良いのでしょう?」
「そういえばそうだったな。では彼女の保有しているスクロールを依代に〈ロケート・オブジェクト/物体発見〉を発動してくれ。
彼女の持っているスクロールの殆どには、私の魔法が込められている筈だ」
「そうなのですか? では、承知しました。そのようにさせていただきます」
《カウンター・ディテクト/探知対策》
《クリスタル・モニター/水晶の画面》
《クレアボヤンス/千里眼》
《ディテクト・ロケート/発見探知》
《フェイクカバー/偽りの情報》
《ロケート・オブジェクト/物体発見》
「これは!?」
ニグレドが続々と情報系魔法を発動させた。
モニターが写りだしたのは、平原に立ち尽くすマタタビと、その足元に転がる銀色の全身鎧の残骸だった。
◆◇◆
ナザリック地下大墳墓9階層スイートルーム(旧予備部屋)アルベド私室 (アルベド)
ギルド旗の耐久力はそれなりに高い。並の者が引き裂こうとするなら手から出血するだろう。
ところが重厚で格調高い紋章の御旗、その布地は、バリバリと断末魔を上げながら見事2つにちぎられていた。
二枚になった布は部屋の入口扉へと投げつけられ、バシンという音が響く。
どうして扉なのかと言われれば、その方向しか投げられない為だった。
「あぁ、あいんず様あいんず様あいんずさまぁ、どうかどうかどうかぁ……ぁ」
アルベドは奇声を挙げながら部屋を逡巡する。
そこには一面のアインズで埋め尽くされていた。
ぬいぐるみ、等身大ポスター、フィギュア、枕カバー、写真
その全てが、彼女の敬愛するアインズ・ウール・ゴウンの肖像だ。
アルベド自作のアインズコレクションで埋め尽くされたこのハーレム部屋では、扉以外にモノを投げ飛ばす方向は存在しないのである。
そんな彼女にとって理想郷のような場所であるのに、気分は一向に晴れなかった。
むしろ、コレクションから目を背けたがる自身の存在に女は気付いている。
原因はわかりきっている。マタタビの件を報告した時だ。
実のところマタタビの離反そのものは、アルベドの計画にも都合が良かった。
守護者最強のシャルティアと、軍としての強さを持つアウラ。
二人を返り討ちに出来る実力を確認できたことは非常に大きい。もしも利用できるのであれば、場合によってはルベドより有用な駒になる。
そして何より、この事件からアインズとの関係性の溝が深まれば、彼女は更に利用しやすくなるだろうと思われた。
だがそこが大きな間違いだったのだ。
アンデッドであるアインズの表情は、白磁のような骸骨であるため読み取りづらいく、故に仕えるシモベはその内心を想像していく他に、理解への足がかりを持たないのだ。
だがアルベドだけは唯一、その骨身の裏側にある内心を読み取ることができていた。
報告した際、アインズは強い動揺を示し、それがアルベドの想定を遥かに超えるものだったのである。
どうしてそんな誤算が起こったのか、思い返してみれば非常に馬鹿馬鹿しい凡ミスだった。
精神的接近を図るために隣部屋のマタタビの元には頻繁に訪れていたのだが、そこでは彼女からよく至高の方々のエピソードを聞かされていた。
その話を聞く限り、どうにもモモンガがマタタビを疎んでいるようなニュアンスが含まれていた。これを何度も聞かされていたアルベドは結果バイアスに踊らされ、アインズ自身のマタタビへの認識というものを完璧に見誤ってしまっていたわけだ。
アインズのマタタビへの想いはアルベドの想定以上に強く、実際は至高の存在へのそれと同等以上の域にあった。
これの意味するところは、非常に大きなものなのである。
だってそれはつまり、アインズにとって二人を引き裂く裏工作は、至高の存在に置いて行かれれる寂しさと同義の仕打ちだったということではないのか。
アルベドにとってこれほど耐え難い事実はない。
憎むべき至高の存在同様、他ならぬ自分自身がアインズを傷つけてしまったというのだから。
『彼女を一人にしないでくれて、本当にありがとう』
確かにマタタビはアルベドという理解者を得た。
だがその結果、アインズの孤独はより深まってしまったのだ。他ならぬアルベドの策略により。
主人から向けられる感謝はシモベにとって最上の幸福であるはずなのに、今のアルベドにはいかなる罰よりも苦痛であった。
いっそ罰されたほうが楽とすら思えるくらいに。
「ああああ!! 違うのですアインズ様、私は私は私は私がぁ……」
けれどその先を白状することも、やはりできなかった。
我が身可愛さなど微塵も持ち合わせていない。ただ、失望し落胆するアインズの姿を見るのも同様に恐ろしかったのだ。
アルベドがアインズに開けてしまった空白は、自分自身では埋め込むことすら出来ない。
今それが出来るのは世界で唯一人、彼女だけだ。
アルベドがオチ要員として定着しつつある。一辺倒な描写は良くないからこれから反省
感想、気に食わぬところ、誤字脱字があればコメントお願いします
※偽次回予告
マタタビ「シャルティアにアウラ、そしてアルベドさんすら退けた今!
アインズ様の御心は最早私のモノ! 正妻戦争に勝つのはこの私だ!」
ナーベラル「身の程を弁えなさい、オリキャラ風情が
ニューロニスト「得体の知れない小娘なんかに正妻の座は渡さないわよん?
マーレ「おねえちゃんの仇は僕が取ります!
マタタビ「あなたが仇取ってどうすんの……
全女性守護者を退けて正妻の座は間もなくかと思われたマタタビ。
しかし至高の花嫁への道のりはまだまだ遠い。
果たしてナザリックの将来は如何に?