始まりから玉座の間まで
『DMMORPGユグドラシル 最終日 ナザリック地下大墳墓9階層円卓の間』
ギルド:アインズ・ウール・ゴウンのギルド長モモンガの背中は、円卓の間にて一人取り残され哀愁を漂わせていた。
『ナザリック地下大墳墓がまだ残ってたなんて思ってもいませんでしたよ』
先程話していたヘロヘロとの会話を反芻する。
『またどこかでお会いしましょう』
そしてその度、心の奥底に突き刺さった棘が疼いていった。
「どこでいつ会うというのだろうね」
(わかってる みんなにもリアルがあるんだ。 夢を叶えた人だっている)
ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの加入条件は2つ。アバターが異形種であること。プレイヤーが社会人であること。社会人であれば、当然スケジュールが詰まってユグドラシルをプレイする時間は限られてくる。かつては41人という大所帯なギルドだったが、この結末ははじめからから予想がついてたはずなのだ。
しかし、頭のなかでいくら理屈を整えようとも、彼の中でどす黒い何かはグツグツと沸騰する。
「ふざけるな!みんなで作り上げたナザリック地下大墳墓だろ!なんで簡単に捨てることができる?!」
モモンガは憤らずにはいられなかった。そして衝動的に叩きつけた円卓に発生した0ダメージカウントがいかにも虚しい。
終焉のときは迫ってきている。嘆いていたって仕方がないし、せめて最後のときくらいましな終わりかたでいたい。モモンガはそう考えて気持ちを切り替えた。
ふとモモンガは、部屋の壁際に埋め込まれていたギルド武器のスタッフに目を向けた。
(スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン、これを作るために奥さんと喧嘩したひともいたっけ)
ギルド:アインズ・ウール・ゴウンは多数決を重んじるギルドである。そしてそれは、その方針を決めたモモンガ自身がそれを何より尊守してきたといっていい。だからここで、独断でギルド武器を手に掛けることに躊躇を覚えていた。もっとも、今ここで反対意見を述べることができる者はいない。
「最後くらい、俺が勝手にしてもみんな許してくれるよね」
それは、このギルドにおいてのモモンガの、はじめての我儘かもしれなかった。
白磁のような骸骨の手を伸ばし、仲間との思い出の結晶に手をかける。すると、黄金のスタッフから苦悶の表情を浮かべる黒い影が現れた。
「…………」
こんな時でもなければ手にかける機会すらなかったのに、演出設定が無駄にクオリティが凝っていたことに、モモンガは呆れつつも微笑ましく思った。
「行こうか、ギルドの証よ。いや――我がギルドの証よ」
モモンガは、最後の時を過ごすため、玉座の間へと歩を進めた。
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『同時刻 ナザリック地下大墳墓10階層 玉座の間』
かつて1500人の侵入者すら退けた難攻不落のナザリック。その前人未到の10階層玉座の間に、前代未聞の侵入者が居た。
「……やれやれだぜ ホント、やれやれだぜ……」
彼女の名は『マタタビ』。異形種のケット・シーであり、現在変身スキルによって紺色セーラー服を着たメガネで黒髪の女子高生の出で立ちをしている。「シノビ」「シーフ」「アサシン」「マスターアサシン」など多くの隠密系クラスを持つ密偵型ビルドであり、ソロでのPKを基本スタイルとしている。
もともと彼女は、ユグドラシルの異形種PK差別に襲われたところをクラン:ナインズ・オウン・ゴールに救われた者の一人であった。訳あってメンバーにはなっていないが、AOGのPKK活動に協力したり、1500名のギルド防衛戦時にもその一員に加わりつつ、影で裏切り情報を流したりなど数多くの貢献をギルドにもたらしてきた。
AOGの活動メンバーがモモンガただ一人になった後も交流を持ち続けてモモンガとフレンド登録している仲でもある。
そんな彼女がナザリックに侵入している理由は、最終日にモモンガへサプライズするためであった。
ギルド協力者の地位にあった彼女は、ナザリックのギミック情報を手にする機会があった。1500名のギルド防衛戦時に、裏でこっそりナザリックのギミックを調査しており、おおよそ8階層までのギミックは知り尽くしていたのだ。
入念に計画を立てた上で彼女はナザリックに侵入。NPCや性格最悪のトラップ達を慎重に躱していった。最奥につくまでに3日はかかっているのだが、リアル体には点滴を繋いで、安全地帯に着いては寝落ちするという離れ業でフルダイブを継続させていた。 採点式であれば満点間違い無し。完璧な侵入計画といえただろう。あくまで侵入計画としては。
(モモンガさんもギルド武器も見つからないじゃない!あーもどうしてこうなったの!?)
知略と精神と課金とを尽くし、幾度の試練を乗り越えた彼女だが、肉球に包まれた彼女のツメは砂糖菓子もかくやというほど甘かった。
現在彼女は、玉座の間にて絶賛迷子の子猫中であった。そこには親切に導いてくれる犬のおまわりさんはいない。かわりといってはなんだが傾国の美女風の堕天使的NPCが女神のごとく微笑み続けてくれている。
(なんだろう、隠密スキルでバレてないはずなのにひたすら微笑み続けてくるのがすごく不気味。ん? あのロッド、《真なる無(ギンヌンガガプ)》ね、まぁどうでもいいけど)
(ってそんなことよりどうすんのよ! 潜入に不要とか言って《メッセージ/伝言》のスクロール作ってなかったとかバッカじゃねぇの……私 これじゃナザリックのどこにモモンガさんがいるかわかんないじゃない!)
(下手に《ロケート・オブジェクト/物体発見》のスクロール使えば攻性防壁に引っかかってモモンガさんが来るまでに私ホトケになってるし!)
ちなみに彼女にはモモンガがナザリック外で最後を過ごすかも知れないという発想はなかった。そもそもサプライズ計画そのものに重大欠陥があったというのに。
玉座のそばのNPCは自分のマヌケぶりをまるで嘲笑ってるように見えて、マタタビは八つ当たりしたい気分になった。だが自制心には敵わず泣く泣くこらえることとなる。
「(……ハァ)」
隠密スキルのランクが下がるため溜息すらできない彼女は、仕方なく心中でそれらしき発音をつぶやいた。
『ガチャリ』
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玉座の間にたどり着いたモモンガは、側に仕えていた戦闘メイドプレアデスと執事のセバス、玉座の間にて佇んでいた守護者統括のアルベドをNPCコマンドによって待機させていた。
「《真なる無(ギンヌンガガプ)》じゃないか!?どうしてここに」
ギルド:AOGといえど、11個しか所持してなかったワールドアイテム。これを独断で持ち込んでNPCに持たせる暴挙に腹を立てたが、最後なのだから持たせたやつの意思を尊重しようと思いとどまる。結局没収はしなかった。
ワールドアイテムの玉座に腰掛けて一息つくと、傍にいるアルベドが視界に入った。どんな設定だったのか気になったモモンガはコンソールからアルベドの設定情報を開く。
(長っ!そういえばアルベドを作ったのは設定魔のタブラさんだったか)
長々とスクロールされる大量の設定文に気圧されるモモンガ。しかし文章容量の最後の一文を見ると……
『ちなみにビッチである。』
「……はぁ。ギャップ萌えだったけ、タブラさんは。それにしてもいくらなんでもこれは」
―酷すぎる。
モモンガはおもむろにギルド武器のスタッフをかざして、NPC設定の編集コンソールを取り出す。 件の一文を削除したあと、空白の一行が妙に気になり悪ふざけで『モモンガを愛している』と書き直した。
仲間のNPCにいたずらをしかけるなど普段の彼からすればあまりに常軌を逸する行動だった。それがどのような心境の変化だったかは、モモンガ本人でさえ知り得ない。
「くふっ! 恥ずかし、何やってんだろ俺」
今はただ、背徳感と羞恥心が胸のうちに燻っているばかりである。
「……別にいいと思います。最後なんですし、お好きになさっても」
「!?」
突如虚空に響いた女性の声。まさかいまのを見られたのか?そもそもだれだ?情報がないからギルメンじゃない?侵入者?モモンガは突然のことに驚愕し、骨ばかりで空っぽの脳みその中に大量のはてなマークが広がっていった。
玉座の前にある段差の下の方。アルベドがいるのと反対側の空間がぐにゃりとネジ曲がり、だんだんそれが人型に変化していく。
そしてそこに現れたのは、大和撫子風の長髪をたなびかせた制服姿の女子高生であった。日本人然とした整った顔立ちに細フレームのメガネをつけたそれはいかにも優等生というイメージを与える。
ただ一言いえるのは、その姿がこの玉座の間に盛大にミスマッチしていることであった。
「久しくお目にかかります非公認魔王さま。マタタビです」
もっとも、セリフ選びと玉座の下に丁寧に跪く動作はそれなりに様になっている。
「マタタビさん!? どうしてここに…ひょっとして今の見てました?」
対する魔王は玉座から飛び上がりあたふたと狼狽してしまう。その様は、隠していたエロ本が見つかってしまった思春期の少年そのものだ。
慌てる魔王に跪くJK。「中身が逆なんじゃないの?」と思うくらい、その光景はシュールであった。
マタタビの謎の臣下ロールは、おそらく気まぐれであると思われる。
「見ておりましたが……気にしないでください。人間大抵、生きていればそんなことの1つや2つありますから」
JKは魔王を懸命に諭す。魔王は、内心尾を引かずにはいられない小心者の魔王だったが、JKの好意を無下にしないため極力気にしないように努める。
「……はい、すみません。ところでどうしてマタタビさんがここに?まさかここまで侵入してきたんですか!?」
「ほんの余興ですよ。お気に召していただけましたか?」
「ええ!結局10階層に攻め込んできたプレイヤーは居なかったな~って思って少し寂しかったので、嬉しかったです。 ありがとうございます」
『m(*-ω-)m』モモンガは感謝の意を持つアイコンを出す。
「もったいないですよ~。
隠れるつもりはなかったのですが、NPCに待機コマンドが出されるまで部外者の私はすがたをあらわせなかったものでして。
それと、計画立案ひいてへ準備のために3ヶ月程連絡が取れなかったのでご心配をおかけしました。」
「そのためでしたか。たしか「やることがある」と、てっきりもう辞めてしまわれたのかと……」
ふと、モモンガの表情に陰りが表れるような錯覚をマタタビは感じ取った。本来、ゲームのアバターが表情を動かせることはないのだ。
マタタビは、モモンガの周囲と、部屋の両脇に掲げられている41種の御旗を見回し何かを察した。そして何を言うべきか、あまり自信のないオツムを回して考える。
「仕方ないとはいえ、魔王さまにはあんまりな話です。 最後に残ったのが私だったなんて、思ってもみなかったですから」
今の言葉は半分が嘘だ。彼女は端からモモンガが一人で最後を迎えるだろうと目星をつけていた。
「……いいえ、気持ちはとても嬉しいですが、リアルを優先させるのは当たり前ですよ。成功した人や夢を叶えた人もいますしね。間違ってるとしたら俺の方です。」
魔王の小さなつぶやきは、マタタビの耳にはしっかり届いていた。
(どの口が言ってるんだろう。この魔王は)
最終日まで居残ったマタタビをしても、モモンガのギルドへの執着は異常である。そんな彼の理性的な物言い、それが彼自身の救いようもない人格を如実に表していた。
(そういう所が良いんだけど モモンガさんは)
だからこそ彼はAOGのギルド長を務められたのかもしれない。AOGは誰も彼も癖が強く、決して少なくない諍いも確かにあったのだから。
マタタビとモモンガはあまり仲が良い方ではなかった。今日は最終日ということで会話することになったが、普段は金策の工面取引をするだけのドライな関係である。しかしマタタビは、モモンガの協調性というものを非常に尊敬していた。
「やはり相変わらずですね。」
「何がです? っと時間ももうないですね。会えて良かったです。マタタビさん、ありがとうございました。」
話し込んでいるうちに、気付くとサービス終了に10秒切っていた。
「ではごきげんよう。 今生の別れやもしれませんが、何卒達者で」
次は忠誠の儀までやって終わりです