シーン18『海三昧チーム②』
暑い陽射しの真下、白い砂浜と青い海のコントラストのその中で、炭火がもうもうと煙を噴き上げる網で肉を焼く。湧き出た脂が滴り一瞬の炎が上がり、高温で焼かれた肉が香ばしい匂いを漂わせて食欲をそそる。だがこれは戦いだ。肉を焼き、野菜を焼き、海鮮を焼き、焼きすぎず、生焼けにもせず、頃合いを見て一気に奪い去る。目を離せば空腹に脳を支配された凡俗共がありったけ食い散らかしてしまう。
「とあっ!!」
「ああああっ!!それアタシが焼いてた肉!!返せこの野郎!!」
「うめー!茅ヶ崎の焼いた肉は一入に美味えな!」
「テキトーなこと言うなよ。アンタの肉も一枚もらうから」
「じゃがいももほくほくだ。バターの塩気とコクがたまらないぞこれ」
「ふはは!焼いた海鮮を盛り盛りにしてバーベキュー海鮮丼だ!これぞ勝者の食事!」
伊勢エビにホタテにサーモン、生イクラをかけて焦がし醤油を一回し。肉で脂っこくなった口でもしっかり味わえる海の幸と、その出汁と焦がし醤油のマリアージュが白米を極上の脇役に仕立て上げている。美味い!!たまらなく美味い!!圧倒的!!
ビーチでのバーベキューは全員が大満足のうちに終わった。後片付けをハワードに全て任していたが、俺様たちがあまりに美味そうに食べるから、にこにこしながらやっていた。うむ、“才能”のない凡俗にしてはよくやった方だろう。俺様たちはハワード特製アイスをデザートに、ビーチでゆったりと食後の休憩をしていた。
「あ〜、美味しかった〜!てゆーか最高に気持ちいい!海でいっぱい遊んでめちゃ美味いバーベキュー食べて、天気も良いし最高!」
「まだ午後にも何かあるんだろ?」
「午後は少し沖に出てシュノーケリングだ。この辺りは遠浅で珊瑚礁が広がっているらしい。もちろん俺様はここら一帯に生息している熱帯魚は全て頭に入れているがな!」
「なんでそんなことしてんだよ」
「熱帯魚は毒を持っている種類もいるだろう。どんな魚がいてどんな部位に毒があるか、全部ネットで調べてきた」
「先に見ちゃったのかよ・・・」
「毒があるかどうかくらいはアタシも知ってるけど・・・シュノーケリングって基本魚には触らないし、自分から刺してくるような種類も少ないからあんま意味ないような」
「今言うな」
昨日覚えたことを全て忘れようと努めた。いつもだったら一晩くらいであっさり忘れてしまうのに、忘れようとすればするほど忘れがたくなってくる。おのれ
「おい城之内、くれぐれもサンゴ傷付けたり折ったりするなよ。マジで」
「なんで名指しだ!オレだってそれくらいの常識あるわ!でもま、サンゴのアクセとかは欲しいんだよな。イカすじゃんか」
「サンゴの土産だったら本島の方にあったぞ。戻ったら買いに行くか」
「よーしBoys&Girls!!片付けも済んだしスキューバの準備もできたぞ!行くか!」
「「行くーーー!!」」
ハワードの号令で俺様たちは全員ビーチチェアから跳び起き、用意された船に乗り込んだ。酸素ボンベを背負うため、ウェットスーツを着る必要があるそうだ。なにやら窮屈で着にくいし、背中のチャックに手が届かない。仕方なく
「いたたた!!おい
「後ろ髪が邪魔くさいなもう」
「髪が長えヤツはちゃんと縛るんだぜ。ヘアゴム使うか?」
「なんでアンタがヘアゴム携帯してんの・・・キモい」
「悪態吐かれるいわれが無さ過ぎる」
「ボンベは意外と重いからひっくり返らないように気を付けなよyou!」
ざばざばと碧い海を掻き分けて進む船の上で、俺様たちはスキューバダイビングの準備を進める。ウェットスーツに身を包み、重いボンベを背負い、脚ヒレを付けて船の上で待機する。岸から離れた浅瀬で、船はゆっくりと白波の中に留まった。潮の香りがする風が船の上を通り過ぎ、穏やかな波の下に色とりどりの魚とサンゴがきらめいている。
「ポイントに着いたぜ!ひとりずつ、背中からダイブしていってくれ!落ち着いてやれば大丈夫だからな!」
「アタシやったことあるから、お手本見せようか?」
「頼む。背中からとか怖すぎる」
「ふはっ!手本とは言ったものだな
「止めとけって。お前サーフィンでボロ負けだったの忘れたのかよ」
「それはそれ!これはこれ!」
「どっからそんな自信が湧いてくるんだよ!?」
「いい?一番大事なのは、水中でちゃんと姿勢を保つこと。海の中は支えがないし波もある、ウェットスーツで関節が動きにくくなってたり、酸素ボンベの重さで普段とは全然感覚が違うから、初心者はまずそこでつまづく」
言いながら、
「人の体はなにもしなくても基本的に浮くの。焦って力むと沈んでいって波に揉まれてひっくり返ったりするから、適度に力を抜くのがコツだよ」
流れるように入水し、海面から顔を出してぷかぷかと浮いている。背中にこんなにも重いボンベを背負っているとは思えん。しかしコツさえ分かれば俺様にできないことなどない。早速、
「
「まだ顔は水に浸けなくていいだろ」
「うおおっ!結構これ体勢保つのむずいな!」
「さすが海のスペシャリストと神童ってところか・・・」
「って言いながら雷堂もできてんじゃねえか!お前そんなセンスあったのか!」
「俺は着水訓練でスーツのまま泳いだりしてるから。でも浮きもなくてってのは初めてだ」
「
海面に浮かぶ泡が薄い影を海底に落とす。透きとおる陽光が海中に線を描き、波に合わせて視界の全てがきらきらと揺れていた。眼下に広がる珊瑚礁は色彩豊かで、まるでパレットをひっくり返したようだ。その青緑に海中とカラフルな珊瑚礁の間を縫うように、青や赤や黄色、折り紙のように鮮やかな色の魚たちが泳いでいる。遠くの深い海には銀色の塊が悠々と渦を巻き、暗い穴ぐらからは鋭い牙の生えた魚が辺りの様子を伺っている。砂地に隠れた魚が、一瞬のうちに小魚に食らいついた。今まさに、俺様の目の前でこの海は生きていた。
「
「
「
「
「
遅れていた凡俗たちが次々と俺様の後に続いて潜ってきた。目の前の圧倒的な大自然に気圧されてしまったようだ。無理もあるまい。この俺様ですら感動したのだからな。俺様は人類の最高傑作故に、人間の行いに感動することは少ないが、人間の手にはあまる大自然の光景には素直に感動するのだ。意外とか言うな。
「ほら、これがエサだ。これを持ってると魚が寄ってくるぜ」
「ほれほれ。寄ってこい寄ってこい」
ハワードが持って来たエサが水でホロホロと崩れていく。口の小さな熱帯魚たちは、海中に漂うそのエサをちょんちょんと啄んだり吸い込んだりして、徐々に俺様たちの手元に集まってくる。がっと手を素早く動かせば掴めてしまいそうな距離だ。というかさっきから体にガンガン当たっている。
「かわいい〜♡いいなあ。持って帰りたいなあ」
「一度に色んな法律に抵触するからなあ。縁日の金魚じゃないんだから」
「須磨倉に頼めばワンチャン・・・!?」
「さすがにアイツだってその辺のモラルはあるだろ。できなくはなさそうだけど」
「
凡俗どもとは違い不平不満を漏らさず、エサには素直に食いつき、見た目にも鮮やかで癒やしをもたらす。なんとも愛いヤツらではないか。一匹や二匹とケチ臭いことを言わず、珊瑚礁ごと持ち帰りたい気分だ。日本に帰ったらアクアリウムにでも挑戦してみるか。それにしても、この辺の魚たちも見飽きてきたな。もう少し離れた場所も見てみようか。
「エサが足りなくなってきたな。一旦船に取りに戻るから、ここを離れるんじゃないぞ。沖合にはサメも出るからな」
「はーい」
「サメって・・・大丈夫なのか?」
「今年に入ってからはまだ死亡事故までいってないから大丈夫だ」
「安心できそうで全然安心できない情報じゃねーか!」
ハワードが何やら言っていたが、ボンベを付けているせいで何を言っているかいまいち分からん。まあ構わんだろう。何かあればすぐに戻ってくればいいのだ。体勢を維持するコツも教わったし、水泳などコツを教わるまでもなく簡単なものだ。凡俗どもの目を盗んで、岩だらけの岬を挟んでビーチと反対側へと泳いでいく。珊瑚礁がなだらかな斜面へと変わり、海の色が変わる程度の深さがある場所まで来た。珊瑚礁から離れると一気に小さな魚は姿を消し、大きな渦をなしている青魚の群れがいくつか見えるばかりだ。
「ふむ。この辺りはあまり魚がいないな」
しかしその分だけ、ゆったりと遊泳を楽しむことができる。酸素量もまだまだ問題ない。ウェットスーツのみではあまり深い場所までは潜れないが、20mくらいなら問題ないだろう。もう少し深い海底にはどんな生物がいるのか探ってみるのも面白いだろう。珍しい魚でも捕まえてきて凡俗どもに見せつけてやるか。
なだらかに下る斜面に沿って海を潜っていく。少しずつ辺りから生物の気配が消え、サンゴが岩に変わり、砂地に変わる。太陽の光が届かない深い青の中へ、果敢に潜っていく。凡俗どもには真似できまい。何もない海中を泳いでいるのは、相変わらず群れをなす青魚ばかりだ。だが海底近くの砂地には、名前も分からない小魚がちょろちょろと泳いでいる。この辺りの魚は浅い海に比べて地味だな。何やらパカパカ動く貝もいる。
「ふうむ。昼間のバーベキューで食べられそうなものもいるな。焼いてバター醤油をつけたら美味そうだ」
一瞬、砂が舞った。砂地に隠れていた中型魚が、小魚を仕留めたらしい。派手なヒレを持つカサゴのような魚は、そんな命のやり取りなどどこ吹く風とばかりに我が物顔で海底を泳ぐ。しかし今、この砂地で最も強い生物はこの俺様だ。こうしてただ泳いでいるだけだが、どの魚も俺様の威厳を前にして逃げていく。ふはは、人類最高傑作であるこの俺様は、人間でない生物に対してさえ威厳を発してしまうか。罪なものよの。
それにしても、先ほどから脚ヒレの先に何かが引っかかるような気がしてならない。何か固いものを弾いているような。魚の群れでも近くにいるのか──。
「・・・?」
ふっ、と後ろが気になり振り返る。その瞬間、
「終わった」
口が大きく開く。反射的に脚を引っ込めるがそれだけでは避けられない。上昇か?下降か?すぐに動けるのは上昇だ!無我夢中で砂地を離れ水を蹴る。さっきまで俺様がいた場所を、巨大サメの牙が貫いた。
「ぬああああああああああああっ!!?」
一心不乱に足をばたつかせる。サメは迷うことなく、真っ直ぐに浮上してきて俺様を狙う。なぜだ!迷え!いくら装備は万全といえど、海中で人が魚に泳ぎで勝てる道理などない。直線勝負では数秒後に間違いなく海の藻屑となっているだろうから、ジグザグに泳いで逃げる。猛スピードで向かってくるサメは案の定、俺様が方向転換するたびに顎で空を噛む。しかし一定の距離は常に保ち、決して見失わない。くそう、やはりワニとは違うか。
「(海中では上下も左右もあってないようなものだ!とにかく凡俗どもの元に戻らねば!)」
ジグザグに逃げるのはワニに追いかけられたときの対処法だ!こういうときはどうしたらいい!?ええい、サメに関する知識はないのか!やる気を出せ俺様の脳!サメの知識サメの知識!
ゴキブリやシーラカンスと同じく太古の時代からその姿をほとんど変えずに生き残っている!どうでもいい!サメの肝臓は大量の油を抱えており浮き袋を必要としない!何の意味がある!チョウザメはサメではない!チョウザメならよかったのに!役に立たん知識ばかり無駄に蓄えおってからに!!
サメの鼻先はロレンチーニ器官と言って微弱な電気を感じ取る!これだ!サメの弱点は鼻先だ!ここを押さえられるとサメは混乱しひっくり返るとかなんとか・・・!よし、サメの鼻先を押さえつけ──!!
「できるか!!!」
鼻を押さえるなんてことできるか!サメの目と鼻の先ではないか(なかなか上手い)!失敗した瞬間にデッドエンドではないか!よしんば押さえられたとしてその後どうにもならん!いや待て。なにも直接手で押さえつけなくとも、電池や永久磁石の放つ微弱な電流でさえサメには効果があるらしい。電池ひとつで命が助かるのなら安いもの・・・!!
「持ってるか!!!」
どこのどいつがスキューバダイビングに電池や永久磁石を携帯するのだ!実用性のない机上の空論ばかり覚えてどうしようもない!死ぬぞ!?本当に死ぬぞ!?ハワイ旅行で調子に乗って沖合に出たらサメに襲われたなんて、こんな間抜けな死に方があるか!俺様が死ぬときは多くの凡俗たちの前で!盛大に!勇壮に!偉大に死んでいくのだ!今はそんなことはどうでもいい!
「死んでたまるかあああああああああああっ!!!」
この時の俺様の迫力たるや、後の人生でも類を見ないだろう。まるで一国の命運を背負っているかの如き気概だったと思う。なぜそう思ったのかは俺様にもよく分からないが。ともかく俺様は襲い来るサメを躱し続け、這々の体で浅瀬近くまで戻って来た。海面に浮上すると、少し離れた場所に凡俗たちが乗ったボートが見えた。
「ぬあっ!!」
「おい星砂だ。何やってんだよお前よー!ひとりで勝手にどっか行きやがって!」
「単独行動するなっつったでしょうが!死にたいの!?」
「ん?お、おい!あれ!星砂の後ろ!」
どうやら
「でええええ!?マジかよ!?おい網だ網!」
「んなもんでなんとかなるか!だからひとりでどっか行くなって言ったのに・・・ハワード!サメ避け用の浮き輪ある?」
「もちろんだぜ
「これに掴まれー!」
我ながらよくやったと思う。深い海の底で真後ろについたサメから命殻が逃げおおせ、へとへとになっていた。そのまま凡俗どもにされるがまま、船に揚げられた。陸に上がると浮力が消えて、ボンベや全身の重さで潰れそうになる。それだけ疲労もたまっているということだ。
「ぜえ・・・はあ・・・!ぜえ・・・はあ・・・!」
「おい大丈夫か星砂!?どっか囓られたりしてないか!?」
「囓られる程度で済む相手じゃねえだろ!いやマジで大丈夫かよ!?よく魚相手に海中で逃げ切れたな!」
「ふ、ふふ・・・!人類史上最高傑作である俺様にかかれば・・・!サメから逃げ泳ぐことなど、造作も・・・!」
「バーカ。強がんなって。小さいサメっつったって、この辺で普通に死亡事故も起きてんだから。これに懲りたらもう単独行動なんてしないことだね」
重いボンベを降ろし、ウェットスーツを開いて思いっきり酸素を吸う。激しく脈打つ心臓によって酸素を豊富に含んだ血液が全身へと送られ、失われた体力を回復せんと末端の細胞まで酸素を届ける。働け細胞。
「ふ、はは・・・!ふははは!これに懲りたら、か!やはり凡俗は分かっていないな!この世には絶対の理というものがある・・・!それを知っていれば、慌てることも、そんな馬鹿げたことを口にすることもないのだ・・・!」
「お、おい?もう起き上がって大丈夫なのかよ?」
「今落ちたら次こそ助からねえぞ。大人しくしとけって」
「やはり貴様らは分かっていないようだ」
「絶対の理ってなんなの?」
旋回して岸へ戻るボートの先端に脚をかけ、俺様は凡俗に振り返る。
「イケメンは死なない」
シーン19『山登りチーム②』
山頂で大注目を浴びた私たちはいたたまれなくなり、休憩もそこそこに火口を離れて、キラウエア国立公園の博物館を訪れた。ここにはハワイ固有の生物や植物、火山帯における自然のあれこれを展示してあるらしい。実に興味深い場所だが、どうやら私以外にとっては退屈な場所らしい。フフフ・・・これだから文系と体育会系は。
「動物園ならまだしも、剥製や動かねえ植物や岩みてて面白えのか?」
「面白いぞ。動きはしないが、植物の生態にはその土地特有の環境や昆虫類の生態系が如実に反映されている。なぜそのような植生を持つに至ったのか、それを考えるだけで大自然が育んできた歴史とロマンを感じることができる。火山岩もただの岩ではなく・・・」
「いつになく饒舌だな。これだから理系は」
「バイオレンスガール。キミは見て回らなくていいのかい?」
「皆桐がくたくただからな。私もあまりこういったものを見て楽しむタイプではない。今は皆桐に付き添ってやる」
「ぐがー」
博物館のロビーに用意された大きいソファで、ワグナーと極は座って休んでいる。その極の膝の上には、火口を信じられない速さで全力疾走していた皆桐の頭が転がっていた。誤解の無いように言っておくが、きちんと首も繋がっている。あまりに急激な運動をしたせいで疲労が溜まっていたのだろう。今はぐっすり眠っていた。
「ちぇっ。ちゃっかり膝枕なんかしてもらいやがって」
「須磨倉・・・お前、皆桐が羨ましいのか?極の膝だぞ?私なら緊張して一睡も出来ない」
「別に極だからってわけじゃねえよ。女子に膝枕してもらうなんて、なかなかない経験だろうから、いいなと思っただけだ。俺はおふくろにもしてもらったことねえしな」
「だが、極だぞ?正地や研前ではなく、極だぞ?怖くないのか?」
「荒川は私のことをなんだと思っているのだ」
「俺は何も言わないぞ」
そうか。男子はそういうものか。誰であっても膝枕・・・いや、体が密着するような体勢であれば喜ぶものか。ふむ、そうか。
「なんだよ。膝枕したいヤツでもいるのか?」
「まさか。私にそんな相手がいると思うのか?フフフ・・・いないさ・・・」
「自分で言って自分で落ち込むなよ面倒臭いな」
「やはり私の味方は理系学にしかないのだ。数字と実験室だけが友達さ・・・フフフ」
「そんな悲しいパンマンはいやだ」
「だからそんな私にとってこの博物館は大変に楽しいところなのだ。もっとゆっくり見させてくれ」
「見るのはいいけど、怪しげなこともほどほどにしとけよ」
本当なら現地の素材も採集して帰りたいと思ったのだが、やはりそれはワグナーに止められてしまった。須磨倉に頼もうかとも思ったが、それも取り合ってくれないだろう。危ない橋は渡らないに限る。
火山の展示コーナーでは、ハワイ諸島の模型と海底火山の模型が並んでいて、電飾や音響を利用して噴火の様子を再現している。マグマ溜まりからぐつぐつと沸き立つ溶岩が一気に吹き上がり、火山岩や火山礫を辺りに撒き散らしながら溶岩が裾野を飲み込んでいく。ハワイの火山は楯状火山ばかりだから、ここまで激しいものはないのだがな。現に、先ほど皆桐があわや呑まれかけた噴火も、比較的穏やかなものだった。この規模の噴火だったら皆桐はもちろん、私たちも助かってはいなかっただろう。
「運が良いのやら悪いのやら」
「何がだよ」
「皆桐が火口に落ちたことだ。ハワイでまだよかった」
「何言ってんだお前」
「もしここが雲仙だったら、私たちは今頃溶岩に飲み込まれてハワイ島の一部になっていただろう」
「こえーこと言うなよ!お前な、そういうところだぞ!何考えてっか分からねえ上に突拍子もないこと言うから怖いんだよ!」
「怖いとは心外な。私は科学と黒魔術の深遠なる世界を探求し、論理的に思考しているだけだ。日本の科学教育が遅れているばかりに、私のような人間は理解されずに迫害される一方だというのか・・・」
「だから何言ってんだって。何考えるかは自由だけど、周りのヤツがどう思うか考えて喋れってことだよ。そしたら多分今よりマシになるし、友達もできると思うぜ」
「ウッ・・・ト、トモダチ・・・?」
「なんでそのフレーズが刺さったんだよ」
「今までそんなことを恥ずかしげもなく言ってくれる人間が周りにいなかったから・・・急にリアルに言われると心臓に悪い・・・!」
「お前も大概こじらせてんな。自分のせいなのか周りのせいなのか分からねえけど」
なぜハワイ旅行に来て、私にとって最大の楽しみであろう場所で嫌な記憶を掘り起こされなくてはならないのだ。自然な形ですっかり忘れていたのに。忘れていたことすら忘れていたのに。意識してしまうと忘れたくても忘れられなくなる。この辛い記憶を抽出して燃やし尽くしてしまえればいいのに。
「私が科学と黒魔術を好むのは元々だ。中学生時分の子供にとって、こんな根暗な女がそんなものに夢中になっている姿は気味悪く映ったのだろう。子供とは、そういうものだ」
「・・・いや、なんか悪いな。やなこと思い出させちまって。そんなつもりはなかったんだが」
「人が楽しんでいるところに余計な口を挟んできたのはお前だ。責任をとって慰めろ」
「いや、まあ、いいけどよ・・・」
「子供は人間の動物たる本能を社会的に発揮する。異質なものは排除するのみだ。ただ、ヤツらの価値観にそぐわない。それだけで私は排除され、攻撃された。私は何もしなかった。正しさなどない、理不尽に私は排斥されたのだ」
「うん、まあ、そうだな。分かる。しんどいよな。ガキってのはそういうもんだ。野良犬だとでも思えばいいんだ」
「野良犬なら駆除しても構わないよな?」
「そういうこと言うからじゃねーの!?駆除すんなよ!」
「ヤツらが本能に従って理不尽な攻撃をしてくるのなら、私も同様のことをして何が悪い?多勢に無勢、ならば武装しかあるまい。私が何度、パソコンで不穏な言葉を検索して家族会議になったことか」
「悲しいエピソードが止まらねえなオイ!ハワイに来てまでお前のセツバナ(※切ない話)聞きたくねえよ!」
「お前が踏み抜いた地雷だろう!最後までちゃんと処理しろ!私だって辛いんだ!」
「だったら話さなくていいよ!」
なぜ私はハワイの博物館で、今まで大して話したこともない同級生に自分の悲しい話をして、剰えそれを露骨に嫌がられなくてはならないのだ!こんなはずではなかったのに!もっと楽しい場所だと思ってたのになんだここは!なんだこの展開は!
「おのれ須磨倉・・・!このままでは済まさんぞ・・・!お前の顔は覚えたからな!」
「今か!?」
「日本に帰ったら無事でいられると思うなよ。私の黒魔術でお前を呪ってやる!私のこの辛さをお前にも背負わせてやる!」
「なんだよ呪いって!なんで俺がお前の辛さを半分持たなきゃならねえんだよ!」
「何を言っている。辛さは二人で背負ったところで半分にはならないぞ。倍になるだけだ」
「だから嫌なんだよ!呪いとかこえーだろ!やめろよ!」
「タンスの角に足の小指を逐一ぶつける呪いとか、傘を差して歩いてるのに肩や足下がずぶ濡れになる呪いとか、USBが絶対に一発では上手く刺さらない呪いとか」
「地味だなオイ。しかも今更呪うまでもないこともあるし」
「強すぎる呪いは術者本人にも返ってくるからな。地味で細々した呪いなら返ってきても私は耐えられる。フフフ・・・伊達に6・3・3で12年辛い学生生活を過ごしてきてはいない・・・!」
「学習机みたいに言うな。誇ることでもねえし」
「そうと決まれば善は急げだ。ワグナー!土産物を見に行こう!日本にはない特殊な呪具が、ハワイなら大量に手に入るだろう。フフフ・・・俄然楽しくなってきた」
「え、もういいの?」
「私と皆桐はもう少しここにいる。何かあったら連絡してくれ」
日本とは異なる宗教体系や生態系が存在するハワイでは、単なる植物や火山岩を利用した土産ものや文化を反映した土産物も、珍しいアイテムとなる。既にある呪術にこういった外来品を取り入れることで、新たな技術を開発してしまうかも知れない。フフフ・・・楽しい!楽しいぞ!
「ヘンなオーラが出てる気がする・・・大丈夫かリケジョガール?」
「もちろんだ。深淵が私を呼んでいる」
「大丈夫か?」
「こいつはだいたいこんな感じなんだ。いいから連れて行ってくれ。俺はもうこれ以上荒川の相手はできない」
なんだか面倒な子供のような扱いを受けているような気がするが、構わん。フフフ、帰りは荷物が多くなってしまうかな。そうなったら須磨倉に運ぶのを頼めばいいか。ふむ、そう考えたら呪うのはよしておこう。
「がーっ!ふがーっ!ふんがーっ!んごっ?」
「む。起きたか、皆桐」
ふっと目が覚めると、ピンク色の眼鏡越しに極さんと目が合った。自分はいま寝てたっすか?そのまま眼を開けて目が合う。しかも頭には何か適度な固さと柔らかさを感じる・・・。
「ぬわあああああああっ!!き、極さん!?すみません!!」
「どうした。なぜ謝る」
「い、いや・・・膝枕してもらって・・・っていうか自分、ハワイ旅行に来てたと思うっすけどどうして寝てなんか・・・?」
「記憶がなくなってる・・・!?お前、キラウェアの火口に落ちて全力ダッシュで戻って来たんだよ。疲れて寝てたんだ」
「あっ、須磨倉さん。おはようございます。火口・・・なんかそんなこともあったような気がするっす。夢だと思ったんすけど夢じゃなかったんすかね?」
「悪い夢みたいな出来事だったのは間違いないな。別に膝枕は気にすることではない。私がやろうと思ってやったことだ。ソファにそのまま寝かせておくのはあまりに忍びなかったのでな」
「意外だな。お前はそういうの嫌いそうだったんだが。城之内だったら放置してただろ」
「ヤツは下心があるからだ。問題ないと判断したからこそした、それだけだ」
「あれ?荒川さんとワグナーさんはどこ行っちゃったっすか?」
「荒川が土産を見たいって言って、ワグナーに付き添ってもらってるんだ。なんか怖えこと言いながら興奮してたな」
「いつものことだ。荒川の言うことを真に理解しようとすると正気が削られる」
「なんだかよく分からないっすけど・・・自分のせいで皆さんに多大なご迷惑をおかけしてしまったようっす・・・!!せっかくのハワイ旅行の思い出にドロを塗りたくるようなことをして・・・!!大変!!申し訳なかったっす!!うおおおおおおんっ!!」
「いや、お前のせいでもあるようなないような・・・」
つい先ほどまで、火口に落ちて生きるか死ぬかのやり取りをしていたとは思えないほど、皆桐は一眠りして回復したようだ。いつもの調子でよく分からない理由に大粒の涙を流している。一応博物館なのだから静かにしろ。これもまたいつも通り皆桐はすぐに落ち着いて、ソファを使って脚のストレッチをしていた。
「それにしても、噴火から逃げ切るほどの速度が出たなんて、自分でもびっくりっす。今なら世界記録狙えるっすかね!?」
「どうだろうな。火口ダッシュなんて競技がありゃ、今んとこ間違いなく世界一だ」
「それに火口を何周もするスタミナも、皆桐の中には眠っていたということだな。瞬発力がある反面、スタミナが続かないのが課題だと前に言っていただろう」
「そう言えばそうっすね!死ぬ気になってやれば意外とできるもんすね!自分、出来る子だったんすね!」
「あそこまで追い込まれなきゃできないんだったらできないで良いだろ」
実際の競技の場面において、火山の噴火に比肩する危機が後ろから迫っていれば、今日のような走りも出来るだろうが、そんなことは実際にはあり得ないわけだ。しかし、一度できることが証明されたことは、本人にとって大きな励みになるだろう。やはりこのハワイ旅行、ただの旅行では終わりそうにない。
「てか極よ。お前は楽しめてんのか?荒川はさっきの通りだし、皆桐はこの調子だろ。俺もなんだかんだで
「・・・正直に言えば、私はまだ行きたいところが1つある」
「どこっすか?自分が連れてってあげるっすよ!」
「
「タトゥーショップ」
「「あーね」」
なんだその、そう言えばそうだったわこいつ、と言いたげなリアクションは。タトゥーショップの見学があるのなら文化学習チームもいいと思ったが、どうやらそういう行程でもなさそうだから、こっちにしただけだ。もちろん、タトゥーショップの見学など、仮にも教育機関の希望ヶ峰学園がプログラムに組み込めるわけがないが。
「日本ではまだまだタトゥーに対する偏見が根強い。それは私も理解しているし、理不尽だとは思わない。何より私自身、陽の下で大手を振って歩けるような出自ではないしな」
「それはそれっすけどね。極さんは見た目と違って優しい人っすから」
「見た目と違っては余計だろ」
「だからこそ、海外のタトゥー文化に直に触れたいのだ。昨日街を歩いたときも、今日山を登っているときも、やはりタトゥーは1つのファッションとして浸透していることを感じた。日本をそうしたいわけではないが・・・彫師として私が成長するためには、必要なことだと思うのだ」
「お前、そんなに“才能”に真摯なヤツだったか?」
「“才能”として認められたのだ。向き合うしかないだろう。それに、私には他に誇るべきものも特技もないしな」
「いつもの城之内さんをとっちめる技は見事っすけどね!」
「だったら、この後まだ時間に余裕あるっぽいし、ワグナーに頼めばそれくらいやってくれるんじゃねーか?」
「いや、いいんだ」
須磨倉と皆桐の気遣いはありがたい。確かにまだ時間に余裕があるから、荒川さえ了承すれば、ワグナーは予定を変更してタトゥーショップに連れて行ってくれるだろう。だが、そうでなくていいのだ。
「なんでっすか?」
「考えてもみろ。普通の女子高生が、修学旅行でタトゥーショップを見学に行きたいなどと言うか?ハワイに来てまで」
「う〜ん・・・言うか?言わねえか」
「言わないっすね!」
「私はな、普通の女子高生らしい生活を送りたいのだ。彫師という“才能”である以上、卒業後の私の進路は決まっている。決して堅気の世界では生きられない。普通の人生は歩めない。だからこそ、希望ヶ峰学園にいる間は、普通の女子高生らしい、普通の高校生活を送りたいのだ」
「希望ヶ峰学園が普通の高校生活かどうかって言われると微妙だけどな・・・。まあでも気持ちは分からんでもない。学問系の“才能”でもなけりゃ、学園の卒業生で進学するヤツなんてそうそういねえだろうしな」
「そうっすね!自分も卒業後はバリバリ走るつもりっすよ!でも・・・それって普通の人生じゃないんすかね?」
「ん?」
「自分はスプリンターとして学園に入学できたっすけど、それより前から陸上やってたっすし、学園がゴールでもないっす。それにアスリートにとって卒業高って大して意味無いっすからね。要は結果が残せるかどうかっすから!」
「そりゃお前はそうかも知れねえけど」
「彫師という仕事はな、得てして偏見を持たれるものだ。真っ当にやっているところもあるが、私はそうではない」
「そんなもんすかねえ。でもせっかくハワイまで来たんすから、行きたいところ行って、やりたいことやらないと損っすよ!自分のやりたいことやるのって、普通のことじゃないっすか?」
「そりゃそうだな。うん、皆桐にしてはずいぶん良いこと言うじゃんか」
上手くはないが、皆桐なりに私を励まそうとする気持ちは伝わってきた。私がこれまでどんな人生を送ってきたか、これからどんな人生を送るか、それは堅気の・・・須磨倉は少しこちら側かも知れんが、二人には想像がつかないことだ。血腥い、暴力と見栄と人間関係が渦巻く世界だ。今はそのことは忘れていたいが・・・。
「ふふっ、そうかも知れないな」
「えっ?乗るのかお前?」
「せっかく皆桐がそう言ってくれているのだ。行ってみようか」
「いいっすね!そしたら早速ワグナーさんと荒川さん呼んでくるっす!」
「いや待て。二人は置いて行こう」
「え、なんでだよ」
「こっそり抜け出す方が普通の女子高生っぽいだろう」
「そうかなあ・・・」
「そうっすかね?」
「行きたいところに行って、やりたことをやるのだろう。ならばここから先は私が主導する。二人には置き手紙を置いていけばいいだろう」
「LINEとかにしないところが普通じゃないな」
須磨倉と皆桐はきょとんとしているが、私はもう気分が乗ってきたぞ。こうなったら午後は私のやりたいことを好き放題やらせてもらおう。まずはワグナーの引率を抜け出して、勝手にタトゥーショップに行くところからだ。須磨倉がメモ帳を持っていたから、そこに抜け出す旨を書いてソファに捨て置いた。
「よし、行くぞ!」
「「不安しかない」」
シーン20『文化学習チーム②』
お昼の腹拵えを終えました!南国の彩り豊かな果実や野菜と海産物と肉の数々!是ぞ至極の御馳走とばかりに次々と運ばれてきては口に運ぶ程に、甘美なる味わいにいよの舌は絡まって玉結びになってしまいそうでした!其の最中、舞台上に於いては、如意棒を華麗に捌く孫悟空の如く、両端で炎が煌々と燃え盛る棒を激しく操る踊りを鑑賞しておりました!
「いやあ、お腹はいっぱいだしすごいパフォーマンスも見られたしい、最高だねえ」
「素晴らしい演舞で御座いました!是はいよも斯様な席に着いている許りで居られませんね!一つお集まりの皆様に小咄を一献!」
「相模様、英語はお話になるのですか?」
「ちいとも!」
「ではお楽しみいただけないかと」
「目から鱗ですね!」
「噺家なら一番最初にぶつかる壁だと思うけど・・・」
「随分ゆっくりしているが、午後の予定は大丈夫なのか?紺田」
「ハイッ、実は不肖紺田添、少々困っております」
「なんでだい?」
食後のお茶を飲みながら、鉄さんがてんちゃんさんに午後の予定を確認なさいました。然う言えば、てんちゃんさんは午後にも予定があると仰っていましたが、先ほどから何やらお電話を繰り返している様子。明らかに何かあったのでしょう。
「実は午後も文化センター内で体験イベントを行う予定だったのですが、予想以上の来客で時間と場所の確保が難しいと。なんとかできないかと今掛け合っているところです」
「そうなのね。午後の予定はなんだったかしら?」
「ハワイ諸島に伝わる古来からのボードゲームを体験し、その後はホテル近くの繁華街に戻ってマッサージ体験とお土産ショッピングの予定でございました」
「だったら、午後はマッサージとショッピングにすればいいんじゃないかしら?マッサージ体験はじっくり時間かけたいもの」
「いよー!正地さん名案ですね!いよん・・・否、異論ありません!」
「俺もだ」
「いいんじゃあないかなあ」
「皆様・・・申し訳ありません。ではそのように調整致しますので、今しばらくお待ちを。すぐに移動のバスを手配いたします」
「てんちゃんって私たちと同じ高校生なのに、しっかりしてるわよね」
布哇古来の盤上遊戯なるものも気にはなりますが、他の皆様が賛同なさるのならいよは敢えて異論を投じる理由がありません!按摩体験や土産物を見物するのも楽しみなもの。道中の
「それではこれより、予定を変更して繁華街に戻りまして、そちらでマッサージ体験とお土産ショッピングを致します。この度は予定が変更になりまして、皆様にはご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「迷惑だなんて思ってないわ。紺田さんが悪いんじゃないもの」
「そうだよお。おれはボードゲーム苦手だからむしろ大歓迎さあ」
「俺もだ」
「いよーっ!そうですよ!此の修学旅行はてんちゃんさんも参加者の一人!なればいよたちに頭を垂れるなどと他人行儀なことは無しにして、共に楽しみましょう!よいではないかー!よいではないかー!」
「皆様、ありがとうございます。まずはマッサージ体験に参りますので、そちらのご説明をさせていただきます」
「はい質問!鉄くんのマッサージを私がやってもいいですか!」
「それじゃあいつもと変わらないじゃあないかあ」
「体験中は正地様もマッサージを受ける側なので、ご遠慮ください」
「あっ、そうだったわ」
正地さんは本当に按摩が好きなのですね。敢えて凝っていそうな鉄さんを希望するとは、ご自分の“才能”に真剣なのですね。
「ハワイ伝統のマッサージ方法は様々ありまして、部族や島によって細かな部分が変わったり、手法が全く異なったりします。ですがその多くに共通するのは、現地で取れる植物オイルを使ったオイルマッサージや、特殊な器具を使った大胆なものです」
「ふむふむ」
「今回は男子と女子でコースを分けさせていただきました。男子は全身の凝りを解すスペシャルマッサージです。小顔になりますよ」
「小顔!?」
「女子は足つぼマッサージとオイルマッサージ、そしてホットヨガを含んだリラックスコースです」
「足つぼ!?」
「いよ?よが、とは?聞いたことはありますが」
「どのようなものになるかは着いてからのお楽しみです。このマッサージで、皆様が日頃“才能”を鍛えるために酷使していらっしゃるであろうお体をゆっくり癒していただけることでしょう」
「到着です!こちらでマッサージを受けましょう!ハイッ!」
「良い景色だわ」
「マッサージだけじゃなくてえ、この景色を見ながらゆっくりするだけでもかなり癒されそうだねえ」
「まずはマッサージ用のウェアに着替えますので、男子のお二人は奥の更衣室までお進みください。女子は手前に」
「ウェア!?男子はほとんどパンツ一丁じゃないあんなの!死んじゃうわ!」
「なぜ正地が声を荒げるんだ・・・」
「鉄氏のせいじゃあないかなあ」
「いよっ?専用の召し物が有るのですか?」
「ハイッ!ではお着替えタイムです!」
てんちゃんに案内されるが儘に更衣室に入ると、既に三人分の着替えが用意されて御座いました。乳房を締める胸当てと肌袴・・・。
「いよーっ!?なんですかこれは!?此らを着て按摩を受けるのですか!?」
「そうよ?動きやすいし、解す場所も分かりやすいでしょ?オイルを塗ったりするし、こっちの方が良いのよ」
「ですが下着ですよ!?こんな恰好で殿方の前にて肌を晒すのですか!?いよは阿婆擦れではありません!」
「これを着たからと言ってアバズレだと思う方はいらっしゃいませんよ。下着のように見えますが、専用のユニフォームですので、気になさらないでください」
「ですが・・・いよよ・・・」
「いいから早く着替えるの!てんちゃん!脱がすわよ!」
「ハイッ!では相模さん!御免!」
「あ〜〜〜れ〜〜〜!」
「よいではないかー!よいではないかー!」
「い〜〜〜よ〜〜〜!」
正地さんの合図と同時にてんちゃんさんが背後に回る。気付いたときには帯を外され、ぐるぐると回されて着物がはだけていく。なんとか体勢を立て直そうにも目が回って真面に物も見えません。唯々正地さんとてんちゃんさんに服を脱がされ体を弄られあれよあれよと言う間に着替えさせられて・・・!
「さっきのタトゥーがセクシーね」
「いよ・・・ですから此は情欲を煽る為では無く見得を切った時に此の様に・・・!」
「だから見得なんて切る場面無いでしょ」
漸く目が回るのも収まって、気が付くといよは既に按摩用下着に着替えさせられていました。ううっ・・・まさか斯様な恰好で人前に出る事になろうとは・・・!正地さんもてんちゃんさんも何の気なしに同じ恰好に着替えておりますし、此が珍妙な事では無い事は理解できましたが・・・!
「相模様、目に見えてしゅんとしてしまいましたね」
「慣れてないのね。でも大丈夫よ。マッサージを受けてたらそんなことどうでもよくなるから。きっと気持ちいいわ」
「いよ・・・然うでしょうか・・・」
「こちらはハワイでも有名なお店ですので、旅行で来られる方は皆様施術を受けていかれますし、この場限りです。あまり合わないと感じたら施術を止めてご休憩いただくこともできますので、大丈夫ですよ」
「誘い文句が危ない薬と全く同じなのですが」
「もう!いいから行くわよ!いつまでも更衣室に籠もってたら鉄くんの体・・・もといマッサージ技術を見学する時間が減るでしょ!」
「正地様はまだ誤魔化すおつもりなのでしょうか」
「いよよよよよ!!こ、心の準備が・・・!!」
やけに張り切っている正地さんに手を引かれ、いよ達は更衣室を出て施術場にやって来ました。矢張り男子は着替えが早く、既に洋褌一丁になった鉄さんと納見さんが、大きくて柔らかそうな椅子に腰掛けて待っていました。正地さんはいよの手を引いていた事も忘れて、真っ赤になって鉄さんの前で卒倒しました。
「あ、二人ともおまああああああああああああああああッ!!!」
「ど、どうした正地!!?大丈夫か!!?」
「鉄氏はそろそろ慣れたらどうだい?」
「キレてる・・・!キレてるよ鉄くん・・・!肩にちっちゃい重機乗ってるよぅ・・・!」
「いよぉ、確かに鉄さんの鍛えられた体は逞しく男性的ではありますが・・・然う叫ばれる程ですか?」
「いえ、普通にボディビルダー級ですよ。ハイッ。それでは男子のお二人はあちらの部屋へ。相模様、正地様を運ぶのを手伝ってくださいませ」
「合点承知の助です!」
蕃茄の様に顔を真っ赤にした正地さんを、いよとてんちゃんさんで両脇から抱えて運ぶ。病床の様な施術台の上に乗せ、いよ達もそれぞれに寝そべりました。間もなく施術師の方々が入ってきて、てんちゃんさんに何やら英語で話しかけていました。
「それではみなサン、Massageはじめていきマス」
「いよっ!?日本語!?」
「ハワイは日本人の観光客も多いので、日本語を話される方も多いのです。こちらのマッサージ師さんたちは、日本語をお話になりますよ。相模様も問題なく話せるかと」
「心遣い痛み入ります!」
「おじょーサン。どうしてまっかっかですカ?」
「お気になさらず。正地さん、お望みの布哇式按摩術体験ですよ」
「・・・はっ!そうぼうき──、あ、あれ?ここは・・・!」
「意識が戻って開口一番に絶対出て来ない単語が聞こえた気がします」
「マッサージのお時間ですよ、正地様。それではお願いします」
「いよおっ!?冷たい!!」
正地さんも正気に戻って、てんちゃんの合図で施術が始まりました。其の途端、背中に何やら冷たくてどろりとした粘っこい液体が垂らされました!其れをいよの全身に広げる様に、施術師の方が強過ぎず弱過ぎず、滑る様な押し込む様な力加減で揉み込まれて行きます。
「これはノニオイルっていいマス。ノニはハワイで昔から食べられてるゥ、Superfoodで、健康、病気しない、Moisture、色んな効果あります」
「和名を八重山青木と申します。日本でも沖縄ではノニジュースを飲む文化があり、このオイルを塗ることで日焼け止めや健康増進、病気予防、保湿効果など様々な作用が得られます」
「根っこを染料の原料にしていることでも有名ですね」
「有名じゃないわよそんなこと・・・。あっ、でも・・・んっ、なんだか、気持ちイイ・・・かもっ」
「淫靡な声を出しなさんな」
「だっァ、てぇん・・・!気持ちいぃ・・・!だもっぉん・・・!」
「わざとでは?」
「いよっ・・・!い、いよよ・・・!いよ〜〜〜!!」
「相模様もわざとでは?」
油で滑らかに動く施術師の方の手で、全身にオイルが塗りたくられていく。背中だけでなく、首元から足先まで、体の表も裏も、ありとあらゆる場所を弄られる。なんだかだんだんくすぐったくなってきました。正地さんもてんちゃんさんも気持ちよさそうに施術台の上で蕩けていますが、他人に体を触られている感覚がいよは今ひとつ慣れず、なんだかくすぐったいやら落ち着かないやら気持ち良いやら恥ずかしいやらで、よく分からない感覚になってしまいました。
「気持ち良いわね〜」
「あなたもMassageやりますカ?」
「はい。日本では按摩師って言うのよ。これでもお得意さんたくさん持ってるんだから」
「すごいですネ〜」
「てんちゃんも凝ってますネ」
「一昨日からツアーの引率で体が張りますので」
「こっちの和ガールは首と肩が凝ってますネ。目が悪いのに無理してないですカ?」
「いよっ・・・実は・・・」
「相模さんって目悪かったの?眼鏡とかかけないの?」
「いよぉ・・・眼鏡はあまり気が進みません。ですがいよは其の分、目を斯うしてカッ!と見開く事で見えない物を見ようとしているのです!」
「だから首と肩が疲れるのでは?」
「この辺とか気持ち良いデショ?」
「いよぉ〜〜〜〜♡極楽極楽〜〜〜〜♡」
施術師の上手な按摩術で、みるみるうちに全身の凝りが解されていきます。だんだん気持ちも良くなってきて、なんだかこのまま豆腐のように蕩けていってしまいそうな・・・。
「では足つぼいきマス」
「いよっ?い゛よ゛ぉ゛!!?」
「きゃああっ!!いたたたたっ!!?」
「ひえーっ!!」
極楽も斯くやと許りの心地良さに惚けていると、突然足を持ち上げられ、其の刹那に激しい痛みに襲われました!!まるでごつごつの砂利道を素足で歩く様な、足の裏の痛点という痛点を重たい金鎚で思い切り打たれた様な、然う言った痛みでした!
「凝ってますネ〜」
「いよよよよよよおおおぉぉ!!!あ、足が潰れるゥぅうううう!!」
「き、きくぅ〜〜〜!!なにこれ・・・!!」
「SilverとRhodiumでできたMassage goodsですヨ。足つぼを細かく刺激できて、とってもスッキリしますヨ〜」
「つぼって言うか・・・!!擦ってるわよねこれ・・・!!」
「効率的に足の裏全体を刺激することができる、こちらのお店の名物マッサージ器具でございます。ハイッ!」
「平然と解説できるてんちゃんがすごいわ・・・」
「ぬあああああああっ!!」
先程迄の心地良さとは打って変わって、凝りが解れる様な気持ち良さは感じつつも、其れと同時に波の様に襲い来る痛みに身悶えが止まりません!施術であると分かっていても、どうにも体は防御反応を執ってしまいます!何時の間にやら金具擦りは足の裏から踝を上って脛にも達する勢い!其処は皮が薄い部位ですから危険です!!いよよよよよよよぉ!!
「みなサーン。男子たちの施術もできましたヨー」
「いよっ!?男子!?いよぉ・・・見ないでおくんなまし・・・!悶えるいよ達を・・・!」
「二人は何をしてたのかしら?」
「では納見様、鉄様。どうぞー!」
「うっ!?」
下は洋褌一丁の儘、お二人は両腕を少し体から浮かせた体勢で、目線は何処か虚空を眺めておりました。其れもその筈、お二人は全身を真っ白の包帯に包まれ、噂に聞きし埃及の怪異、木乃伊が如し容貌になっておられました!何とも奇怪なる其のお姿!此が布哇式按摩術の極意という事でしょうか!?
「な、なにこれ・・・!?何やってるの二人とも・・・!?」
「
「
「何言ってるか分からないわ」
「此が小顔の施術ですか?」
「小顔効果もありますし、新陳代謝が促されて全身の余分な水分や老廃物が流れ出して行きます。施術が終わったらお手洗いへどうぞ」
「
見えない所で此の様な施術を行っていたとは。布哇式按摩術は奥が深いですね。何時の間にかいよ達の施術は再び油塗りに戻り、全身を熱い布巾で拭いて仕上げとなって参りました。最後によが、なる印度式体操術をするそうで。
「男子のお二人は、私たちのヨガが終わるまでその状態でお待ちいただきます」
「
「鉄さんは口元を少々緩めて貰った方が良いのでは?呼吸は出来ていますか其れ?」
「でもこうして包帯でグルグル巻きになった筋肉っていうのも、乙なものね・・・!これを見ながらヨガをするなんて、なんか新しい扉開いちゃいそう・・・!」
「
「
全身を拭き終わったら、よが専用の毛氈が敷かれてあるので、其の上にそれぞれが座ります。按摩師の方が前でやる姿勢を真似して、いよ達もゆっくりと腕や脚の筋を伸ばしていきます。まず日常生活ではあり得ないような姿勢のせいか、あっという間に両手両脚が攣りそうになります。
「いぃぃぃいいいいぃいぃいぃいぃ・・・よぉ・・・!!つ、攣る・・・!!」
「それでは次はァ・・・タカのポーズ」
「のああああああっ!!」
「相模様は体が固いのですね。日々運動をされてはいかがでしょう」
「日頃から運動をしていないのは正地さんもゝでしょうにぃ・・・!正地さんは何故其の様に苦も無く出来るのですか・・・!!」
「体が柔らかいのが自慢なのよ。でも・・・!筋が伸びて気持ちいいわね・・・!」
「ハイッ」
「い゛よ゛お゛ぉ゛ぉ゛・・・!!」
正地さんもてんちゃんさんも、いよには到底出来ない事を平然とやってのけます。あまり激しく無い緩やかな伸び運動と聞いていましたが、此の様な奇天烈な格好を長く続けて居るのは、見た目以上に辛いものでした。早くもいよは先生の姿勢を其の儘真似る事も叶わず、只管に痛みに呻きを漏らし乍ら、頑張っている振りだけを見せるという、何とも侘しい物となってしまいました。
「
「
「|ぼばばんぼばぼばっへばわわぺんもうままっぺんもあ《女の子が頑張って体を捻ってるってのはあ》・・・
「
「こら!其処な男子!いかがわしい目でいよ達を見るな!!分かって居るぞ!!」
「
「私は別に・・・。男の子ってそういうものでしょ?それに私は気にし(てないことはないけど人のこと言え)ないわよ」
「ハイッ!私も見られ慣れていますので!」
「いよぉっ!?風紀が乱れる!!」
指一本真面に動かす事も能わぬ間抜けな格好ではありますが、其の包帯の下から覗く助平心に塗れた視線は見逃さないぞ!!いよは兎も角正地さんとてんちゃんの尊厳を守る為にも、いよは声をあげました!然し真逆の正地さんもてんちゃんさんも意外な事に、然程見られる事を気にして居ない様子!!
「ハイッ!ではこれで、ヨガも終わりです。お疲れ様でした!」
「ふぅ〜♡気持ち良かった。日本に帰っても毎日やりたいわ」
「ぜひ続けてくだサイね。それでは男子の二人も包帯取りましょう」
「
「ホントはもっと長い時間やるんだけど、今回はこのくらいで勘弁してあげましょう。喋りにくそうだし」
「じゃあ外していきますネ〜」
「ぱうっ・・・ふぅ、やっと普通に喋れ──いたたたたたたたあっ!!?か、髪剥がれてるからあ!!」
「んっ。少しすっきりしたような・・・蒸し風呂にでも入ったような気分だ」
「ふぁああああああああっ!!!く、鉄くんの体すっごいスッキリしてるよぅ・・・!!輝いてるよぅ・・・!!えぅえぅ」
「またですね」
「いよっ!さて、スッキリした体でお次は何処へ向かいますか!?」
「ハイッ。この後はお土産ショッピングです!アクセサリーやハワイ伝統工芸品などを見ていきましょう!」
「やったあ」
漸く此処からは体を使った催し物ではなく、純粋に買い物を楽しめるようです!いよと納見さんは思わず万歳をして喜んでしまいました!それでは早速乗合車に戻りましょう!直に戻りましょう!
「ハワイの伝統工芸品と言えば、ひとつ有名なのはティキですね」
「ティキ?」
「こちらのバスにも一体置いてありますね。ティキはハワイを初めとするポリネシア地域に伝わる神なのですが、その神性や権能、つまり何の神様か、ということですが、それも様々です。神に近いものですが、地上最初の人類と伝わっている地域もございます」
「要するになんだかよく分からないってことだねえ」
「ですが多くは守り神のような、良き神として信仰されています。このように手乗りサイズのものから1mを超える置物サイズまで、整った顔立ちのものから禍々しい顔まで、非常に多様性に満ちたお土産があるのも特徴ですね」
マッサージ屋から土産物を買うために、俺たちは一度バスで繁華街の反対側に移動した。なんでも紺田おすすめのショッピング街があるらしい。バスの中で、ハワイの土着信仰についての講義を受ける。そういった要素を持ったアクセサリーはその地域の人たちだけでなく、土産物としても好まれるから、造り手側としてはなかなかに興味深い話だった。そんなとき、すっかり姉の支配下に収まってしまった自分に気付いてしまい、なんともやるせない気持ちになる。
「あとはこのようなアクセサリーが人気ですね」
「なんだいそりゃあ?」
「いよっ!釣り針の飾りですね!」
「ハイッ。こうした釣り針型のアクセサリーは、幸せを釣り上げる、ということで縁起物として好まれています。海と共に生きるハワイの人々ならではの考え方ですね」
「かわいいわね。それに色んなバリエーションがありそう」
「これら以外にも定番のお土産から意外なヒット商品まで、多数取り揃えているショッピング街です!人手が多いので、皆様くれぐれもはぐれないようにお願いしますね!」
「それは気を付けるが、最悪、歩いてホテルまで戻れるだろう?」
「いえ。この辺りは観光客が多い反面、治安があまり良いとは言えないエリアでもあるのです。よっぽどなことがない限り命の危険はありませんが、観光客と見られるとお金を狙われるかも知れません」
「然様な修羅の街に!?いよぉ・・・恐ろしや」
「団体行動をしていれば心配ありませんので、ご安心ください」
なにやらとんでもないところに連れて行かれるようだ。あまり目立たないようにしたいところだが、如何せん俺のこのたっぱでは嫌でも目立つ。せめてはぐれないように気を付けよう。不安で心臓が激しく鳴り始めてきたころに、バスは目的地に着いた。
「こちらはお土産屋さんもありますし、カフェレストランや釣具屋、写真屋などたくさんのお店が並んでいます。裏路地にもお店はありますが、あまり良い店ではないので、覗き込んでトラブルを招かないように」
「矢張り修羅の街ですか!?何の如くですか!?」
「大丈夫よ相模さん」
「ではこちらのアクセサリーショップに参りましょう」
紺田が入ったのは、ショッピング街の入口から少し入った所にあるアクセサリーショップだった。ハワイアンな店作りとアロハ音楽、店員はアロハシャツを着た少し強面の男と、陽気そうな女、柄が悪いわけではないが、少し距離を置きたくなる雰囲気だった。店には所狭しとアクセサリーや、さっき紺田が言っていたティキの置物が並ぶ。
「面白そうな店だねえ」
「イラシャイ!ハワイみやげたのしいヨー!」
「いよーっ!綺麗な飾りが沢山ですね!目移りしてしまいます!」
「あ。これさっき言ってた釣り針型のアクセサリーね。これくらい小さいと可愛いわね」
「ですが少々高いですよ。いよの小遣いの半分です」
「
「ダイヤモンド?」
正地と相模が小さな釣り針型の飾りがついたネックレスに興味を示すや否や、女の店員が近付いていって何か英語で捲し立てる。俺にはほとんど聞き取れないが、どうやらあれにはダイヤモンドが使われているということらしい。納見はティキをしげしげと眺めて、紺田と何か話している。俺は正地と相模が気になって、近付いてみた。
「
「えっと・・・エクスキューズミー?ちょっとそれ見せてくれ」
受け答えもできず気圧されている正地と相模の前に立って、女の店員からアクセサリーを取り上げる。薄透明のピンク色をした宝石が、3つ埋め込まれている。アクセサリー自体の大きさは大したことはないが、その宝石は0.1カラットほどはありそうだ。もしこれが、本当にダイヤモンドなら。
「いや、これはダイヤモンドじゃない。ガラス玉か何かだろう」
「え?そうなの?」
「鉄さん、お分かりになるのですか!?」
「まあ、見慣れてはいるからな。ピンクダイヤモンドはなかなか見ることはないが、それでもこれは粗雑だ。俺でなくても、少し詳しい人間なら簡単に──」
「オニーサン?チョット」
話している途中だったが、男の店員の方に肩、の少し下にある肩甲骨あたりを叩かれた。振り返ると、顔は朗らかだが、明らかに目が笑っていない。その瞬間、まずいことをしたと理解し、同時に戦慄した。いや、このままでは正地と相模が大損をさせられるところだったのだが、こうなると今度は俺の身が危ない。
「いや、待ってくれ・・・そんなつもりでは」
「イコウネイコウネ」
「く、鉄くん!?」
「いよーっ!てんちゃんさん!鉄さんが!」
「あ、いや・・・いい。ここは俺がなんとかするから、大事にしないでくれ。余計にマズいことになる」
もしここで騒ぎになれば、おそらくこの男の仲間が集まってくるだろう。やむを得ず実力行使になったとしても、俺ひとりでは何人も相手にできない。そうなれば今度は俺だけじゃなく、他の4人も巻き込まれてしまう。だからここは、俺ひとりが相手をするのが最善だった。とは言っても、めちゃくちゃ怖い。
レジの奥にあるカーテンをくぐって、店の奥に連れて行かれた。案の定そこには、柄の悪そうな連中がたむろしていた。テレビには地元の歌番組か何かが映っていて、その灯りに照らされて、さっきピンクダイヤモンドと言い張っていたものと同じガラス玉が、ダンボールの中でキラキラ輝いていた。
「
「
「
「
「
やっぱり英語で話してるから何を言ってるか分からない。だが、非常にまずいことになっていることは確からしい。奥の部屋にいた連中は俺のことには興味がない、というよりも、俺に構っている余裕がないという様子だった。もしかして、このグループのボスでも来るのだろうか。そうなるといよいよ表にいる4人もマズいことになる。なんとかして逃げるように合図を送れないか・・・。
「
「し、しっだん・・・?あ、座れってことか」
「Huh,
「いや・・・えっと、アイキャントスピークイングリッシュ・・・」
「
「土下座?・・・前後が分からないから全く話が見えない・・・」
英語で捲し立てられても意味が分からない。雰囲気は伝わるが、それだけでは怖がっていいのかなんなのかも分からない。なぜ座らされたのかさえも謎だ。なんとなく気圧されている中で、土下座という言葉が聞こえたが、謝れということだろうか。しかし、謝るもなにも、不正をしているのはこの連中だ。俺もあまり人に胸を張れる稼業をしていないが・・・。
「
「
「ん?」
この中のリーダーらしき男が声をかけると、俺に捲し立ててきていた男は舌打ちして、俺に何か釘を刺してきたようにして背を向けた。どことなく緊張感の漂う雰囲気に、いよいよただ者ではない誰かが登場する気配を感じ取った。俺以外にもここに連れて来られた者がいるのだろうか。
店の奥から裏口に繋がる暗い道。カーテンで目隠しがされたその場所から、その客はやってきた。薄暗いバックヤードに似つかわしくない、眩しくて、ド派手で、危うくしたら男たちの陰に隠れて見えなくなってしまいそうなほど小さい、女だった。そしてその眼は・・・俺と同じ色をしていた。
「はっ!!?」
「
「うん?へっ?えっ!クーじゃん!?」
「へ・・・幣葉・・・!?」
あり得ない。ここに現れるはずがない人間が現れた。しかもそれは、ここにいる男たちがどれだけすごむよりも、ただそこにいるだけで俺の全身を凍り付かせるような、俺が最も恐怖する相手だとは。これなら殴られる方がまだマシだ。こんなところで、幣葉に出会うなんて・・・。
「ん〜?クーあんた、ここどこか分かってんの?ハワイだよ?何してんのよ」
「い、いや・・・俺は、その・・・修学旅行で・・・」
「修学旅行?何それ。お姉ちゃん聞いてないんだけど!」
「急に決まったんだ。そうでなくても、普段からそんな話しないだろう」
「あっそ。さすが、天下の希望ヶ峰学園は修学旅行も超高校級ってワケね。ふーん、羨ましー」
「幣葉だって来てるだろう・・・」
「アタシは仕事よ、し・ご・と。取引先がハワイにあるっていうから着いてきてみたら、忙しくてちっとも観光なんかできやしないし!アタシもパンケーキ食べてスキューバやってワイキキビーチでのんびりしたーい!クーだけずーるーいー!」
「社長。あまり子供みたいなこと言わないでください・・・」
「祖場さん・・・すみません」
「
幣葉は幣葉で仕事でハワイに来ているらしい。基本的に俺は学園を離れることはないし、幣葉とまめに連絡を取るわけでもないから、俺がハワイに来ていると知らずにこうやって鉢合わせになることも・・・まあ、なくはないか。秘書の祖場さんまで来ているのだから、どうやら仕事というのは本当らしい。
子供のようにふて腐れる幣葉は、本来の目的などすっかり忘れて俺にばかり構っている。たまりかねた店の男たちが、遠慮がちに幣葉に声をかけた。その瞬間、幣葉は雰囲気を一片させ、男たちを睨み付ける。
「|I'm talking to my brother you dim-witted moron《いま弟と喋ってんだろうが、ツブすぞナス野郎》」
「
「
「な、なんだ?」
「なんでもないの。アンタはこっち側だけど、こっち側の事情は知らなくていいんだよ。そっちの方が
「はあ・・・」
「で、ハワイにいるのはいいとして、なんで
「い、いやそれは・・・その・・・」
「答えにくい?じゃあ今の質問には答えなくていいや」
「・・・」
「こっちの質問に答えてよ。
「!」
幣葉も目が笑ってない。そうだ。今ここに俺がいることは、幣葉にとっては計算外。しかもそのせいで幣葉の仕事は完全に止まっている。裏稼業とはいえ、幣葉は大企業のトップに君臨する社長の立場だ。分刻みのスケジュールの中で動いているのに、身内であろうと俺が邪魔をすることは許されない。いや、まさか、この場で俺に何かするとは思わないが、日本に帰ってから何があるか分からない。
「じ、実は・・・」
俺は素直に白状した。この店に来て数分の内に起きたことだから、全てを説明するのに時間はかからなかったし、簡単なことだった。要するに俺は、この男たちの阿漕な商売の邪魔をしたわけだ。そのせいで落とし前を付けさせられそうになっている。呆れ返るほど単純で、理不尽なことだ。
「なるほどね〜。ふふん、ノミの心臓のアンタがそんなことするなんて。どしたの?好きな子の前でかっこつけたかったとか?」
「そういうのじゃないが・・・なんとなく、不正を見過ごせなかったんだ」
「どの口が言ってんだか。ニッシシシ♬ま、でもだいたい分かったわ。要するに、クーと友達が安全に旅行できるようにすればいいんでしょ?」
「は?」
いや、そんなことは一言も言ってないが。と言おうとした俺を無視して、幣葉は壁際に整列していた男たちの中のリーダー格を座らせ、唐突に胸ぐらを掴んだ。
「
「
「
「
やはり幣葉は
「
「・・・!」
「
幣葉がコートの端を持ち、開いて内側を見せた。そこに何があるか、俺からは死角になっていたが、真正面にいたトニーの表情はよく見えた。暑いバックヤードにもかかわらず、トニーが流していた汗は明らかに冷や汗だった。
「
「・・・」
破顔一笑、とばかりに幣葉は笑うが、その場にいる他の誰一人笑っていない。
「
「
「
造り物のような笑顔で、幣葉が言った。何を言っているのかは分からないが、その言葉は決して冗談や虚言ではなく、本気のはずだ。そうやって相手を黙らせる雰囲気が、幣葉にはあった。男たちは幣葉の言葉に縮み上がり、逃げるように店の外へと走り出て行った。すっかり人気の消えた店のバックヤードで、幣葉は改めて俺に向き直り、そっと手を頭の上に乗せた。
「よし♬これでクーとクーの友達はこの辺で絡まれることはないから。万が一なんかあったら、すぐお姉ちゃんに言うんだよ」
「ど、どうするつもりだ・・・?」
「さあ?ハワイがちょっとだけキレイになるんじゃない?」
要するに、そんなことをしたヤツらはいなくなるということだ。まさか俺たちの中で、さっきのようなヤツらと関わり合いになるようなことをする者はいないだろうが、この修学旅行中はこの辺りで快適に過ごせるようになるということだ。そこまでしてもらいたかったわけではないのだが、素直に感謝しておいた方がよさそうだ。
「あ、ああ・・・ありがとう・・・?」
「あとこれ」
「え・・・な、なんだこの金は?」
「えっと。マカデミアナッツは外せないでしょ。ナッツ詰め合わせでしょ。ココナッツミルク缶でしょ。マルセイバターサンドでしょ。エッグスシングスのパンケーキミックスは5箱!アクセサリー・・・はいいや、どうせウチのより質がいいのなんかないし。あ、ティキは一番デカいのね。あと首振り人形とコナコーヒーと・・・」
「待て幣葉・・・そんなにたくさん覚え切れないぞ」
「ご安心を、祭九郎様。こちらにメモしております。私は絵はがきを10枚ほど。祭九郎様のセンスで」
「勘弁してください祖場さん・・・」
いきなり幣葉に持たされたのは、100ドル札の束だった。これ、確か1枚が一万円くらいじゃなかったか?ということはこれ一束で一体いくらになるのか・・・考えたくもない。
「ウチの会社の住所に贈ってくれればいいから。余ったらクーが好きに使っていいよ。友達に美味しいステーキでも奢ってあげな」
「・・・」
「あっ!鉄くん!だいじょ・・・何その大金!?何があったの!?」
「いよーっ!?ま、まさか鉄さん!店の奥でさっきの破落戸達と怪しげな取引を!?」
「いや・・・えっとその・・・」
「
「ど、どういう風の吹き回しでしょうか・・・?」
「鉄氏の体にビビったのかなあ?」
「も、もうこの店は出よう!そのアクセサリーはいらん。どうせガラス玉だ」
店の中に戻ると、4人が心配そうに俺に駆け寄ってきた。かと思えば俺が札束を持って、しかも店員を従えて現れたものだから、もうワケが分からなくなっているようだ。あまり長居して妙な勘繰りを受けるのも困るし、どの道この店で買うものなどない。幣葉に言われたお使いをさっさと終わらせるため、俺は4人を連れて店を出た。この大金を裸で持ち歩くのが恐ろしくてしょうがない。その上そんな無防備なヤツが物盗りに避けられるのだから、余計に質が悪かった。
シーン21『食い倒れチーム②』
イカロスさんに連れられてやって来たのは、見るからに美味しそうな看板をでかでかと掲げるお店だった。布哇名物のカルアポークっていうものを食べられるお店っていうことに加えて、日本人観光客向けにアレンジ和食もあるし、イタリアンに中華にアメリカンもある。日本で言うファミレスみたいに、ノンジャンルのメニューを置いてるみたい。
「ここも食べ応えがありそう!う〜ん!お腹が鳴るね!」
「腕みたいに鳴らすな」
「一応カルアポークを食べに来たってコトだから、他のメニューは・・・ほどほどにしてね」
「譲歩すんなよ!こいつらそれを良いことに注文しまくるぞ!」
「ボクもおなかいっぱいたべたいです!」
「食うぞー!だりゃー!」
店の外まで香ってくる豚肉の焼ける香ばしい匂いに誘われて、私たちはお店の中に入っていった。板張りの壁はメニューや絵画や落書きで埋め尽くされて、椅子とテーブルがあちこち好き勝手に並んでて、その隙間を縫うように席に案内された。店の奥の、角のテーブルだ。
今まではビーチに臨む景色の良いテラス席が多かったから、こういう異国情緒溢れるお店の奥まったところでご飯を食べるっていうのも、これはこれでいいものだなんて思う。旅情というか、ハワイに来たぞって感じがする。
「やっぱハワイに来たらカリフォルニアロールも食わねえとだな!」
「ハワイアンヌードルっていうのも気になるね。ラーメンっぽいけど、これ豚骨かな?」
「んと、んと、ボクプリン食べたいです!」
「メニュー見るなり目的のもの以外で盛り上がるんじゃねえよ!ウェイター!カルアポーク!5!あとウォーター!」
「おい勝手に頼むなよたま。追加注文は面倒だろ」
「前提で話すな!大食いの店でもないのにアンタらと飯食ったら恥ずかしいんだよ!」
「デザートくらいは許してあげようよ」
こうやってメニューを見ながら、どんな料理か、どんな味かを想像して注文を決めるのも楽しみの一つなのに、たまちゃんがさっさと注文しちゃったからそれも中断されちゃった。そんなにお腹減ってたのかな。でもイカロスさんが気を利かせてくれて、一人一つだけデザートなら頼んでいいことになった。
「
「私アサイーボウルがいいな」
「じゃあオレはゴマ団子!」
「たまちゃんはダイエット中だから杏仁豆腐がいいな。こんなとこにあるのかな?」
「なんでもあるよここには!せっかくだからココナッツミルクも飲んでみたらどうだい?」
「いいね!それも一人一杯ずつ頼もうか!」
「お前がそういうことすっからこいつらが図に乗って頼みすぎるんだろうが!」
「いたっ!普通にぶたれた!」
結局このお店で頼んだのはカルアポークとドリンクとデザートが一品。一食分には十分な量だけど、せっかくハワイまで来たんだからメニュー一通り食べるくらいはしておきたかったなあ、なんて。でも、考えてみれば今日は朝から一日中ずっと食べてて、晩ご飯もちゃんとあるんだよね。大丈夫かな。太っちゃわないかな。でもせっかく出されたものを残すわけにはいかないもんね。しょうがないなあ。
「しっかしキミたち本当によく食べるね。見てるこっちが胃もたれしそうだよ」
「胃袋は日頃から鍛えてっからな!まだまだイケるぜ!」
「
「こいつら人間じゃないから」
「私もまだまだお腹ペコペコだよ。ねえ、この後はどこのお店行くの?」
「これから昼ご飯食べるのによくその後のご飯の話ができるね・・・まあ、もちこチキンとかスパムおにぎりとかポキとか食べに行く予定だけど・・・」
「もちこチキンってなんだろ?鶏肉?」
「もちこっていう衣で揚げた唐揚げだ。オレは知ってるけどうめーぞ!」
「それってこれじゃないですか?ここにもありますよ!」
「もうアンタらメニューよこせ!たまちゃんが預かるから他の話してろや!」
とうとうたまちゃんにメニュー表まで没収されちゃった。他の話って言ってもレストランに来たらどんな料理が来るかとか、どんな食べ物が好きかっていう話しかないでしょ。今日はこの後もずっとご飯を食べるわけだし。
「さあ、まずはココナッツミルクが来たよ」
「真っ白!牛乳みたい!」
「これが
「何言ってんだよそんなわけねえだろ!スニフはガキだから頭ン中メルヘンだなあ」
「スニフ君がすごく“お前が言うな”って眼をしてる・・・」
「ココナッツミルクは、内側の白い実を漉して作るんだよ。甘さとかは砂糖で後から付けてるもんだから、ココナッツの美味さっつったらこの香りとかコクとか、そういうところだな。もちろん甘みもあるけど」
「う〜ん!甘くてコクがあって濃厚なのに、ココナッツの風味も爽やかであっさりしてる!美味しい!何杯でもいけそう!」
「本当に何杯もいこうとするなよ。今度は殴るぞ」
「たまちゃんさん、キャラがくずれすぎてます。いくらなんでも」
「スニフに窘められてちゃしょうがねえな、たま!」
「アンタ・アトデ・サス」
「カタコトになるほどかよ!?」
ココナッツミルクにみんなで楽しく舌鼓を打っていると、まもなくしてカルアポークが運ばれてきた。おっきな丸くて平たいお皿が、青とか黄色とかみんなそれぞれ可愛い色でテーブルをカラフルに飾り立てた。そのお皿の上に、ドーム型のこんもりしたご飯と、シンプルに塩胡椒で炒められたキャベツやプチトマトとかの彩り野菜が添えられて、メインのカルアポークを引き立ててた。
じんわり濃厚なソースの香りが湯気に乗って鼻の奥まで染み渡ってくる。細かくほぐされた豚肉はお皿の上に小さな山を作って、自分から溢れ出た肉汁に浸ってる。一目見た瞬間から、これはもう絶対に美味しいヤツだって確信した。
「うあ〜〜〜!!おいしそぉ〜〜〜!!」
「これはもうアレだろ!丼にしてかっこむヤツだろ!」
「
「あれだけ食べといてなんでそんな新鮮なリアクションができるんだか・・・アンタら見てるとたまちゃんまでお腹減ってくるよ」
「このキャベツがいいな!しんなりし過ぎず生焼けでなく!しゃきしゃきの歯ごたえを残したまま肉を邪魔しないよう控えに回るあっさり塩味!」
「この豚肉も全然固くない!ホロホロに崩れていくのに噛めば噛むほど味が染み出してくる!ソースも濃厚だけどお肉の味を引き立てて、キャベツと一緒に食べると後味までさっぱりして最高〜〜〜♡」
「
「誰に解説してんだろね」
「それは気にしないことになってっから」
一皿しか食べられないのがもったいなく感じるくらいに美味しい!この肉汁を吸ったご飯もとか千切りキャベツもすっごい美味しいし、プチトマトの酸味と甘みでお口直しをしたらまたいくらでもいけちゃう!じっくり味わいながら、でも下越君の言う通りご飯とお肉を一緒に掻っ込んでも絶対おいしい。気付いたらあっという間にあと一口になっちゃった。
「たっ、足りねえ・・・!こんなんじゃあちっとも足りねえよお!!」
「あうう。たまちゃあん・・・お願い・・・!次で最後・・・最後にするからぁ・・・!」
「依存性でもあんのかこの飯。ダメに決まってんだろ!アンタらは一皿許したら三十皿はいく!」
「ゴキブリみたいに言うな!」
「ふたりともちょっとこわいです」
「スニフ君!これサンドイッチにしたら絶対美味しいよね!?そう言ったもんね!?食べたいよねそれ!?食べたいでしょ!?食べたいって言いなさい!」
「あーん!こんなこなたさんヤです!ボクたまちゃんさんの方にはんたいのさんせーのはんたいです!」
「スニフがこうなるんじゃよっぽどだな」
そんな・・・!スニフ君はいつでも私の味方をしてくれる良い子だって信じてたのに・・・!だったらせめて大盛りにして頼めばよかった。これっぽっちじゃせっかくやる気になった胃袋に申し訳が立たないよ・・・。あっという間にデザートタイムに突入して、私が頼んだアサイーボウルが運ばれてきた。紫色のスムージーの上に、ベリー系のフルーツとバナナが乗って、ヨーグルトソースがかかってて見た目にも南国っぽくて美味しそう!スプーンを入れるとスムージーのシャクシャク感と新鮮なフルーツの水分たっぷりな重みが指先に伝わってきた。
「はわああ〜〜〜♡おいしそう〜〜〜♡」
「うっ・・・デザートにしては量が多くない?そのアサイーボウル」
「デザートじゃなくって、日本で言うコーンフレークみたいなものだからね。十分あれで一食済ませられるんだけど」
「こなたさんはいっぱいたべるからいいんです」
「スニフ君は将来、女の子を甘やかすダメな彼氏になりそう」
「ダメじゃないです!」
カルアポークを欲しがる胃袋を誤魔化すように、アサイーボウルをどんどん掬っては口に運ぶ。濃厚なバナナの甘みとアサイーの酸味、それからヨーグルトソースのまろやかな味わいがまとまって、後味はスッキリしてる。うん、おいしい!ときどきスムージーに混ざったオートミールが心地良い歯ごたえを感じさせて、ずっと食べてても飽きない。まだこんなに美味しいものを隠してたなんて、ハワイはいくら食べても食べ尽きることがないよ!
「ここだけ見ると普通の食べ盛りの女の子なんだけどなあ」
「ここの前にステーキとロコモコとマラサダ食ってるからね」
「あと普通にホテルバイキングもアホほど食ってたよな」
「いっぱいたべるこなたさんがいいです」
アサイーボウルも、気付いたらあと一口になってた。ちょっと物足りないくらいがちょうどいいなんて話を聞いたこともあるけど、やっぱり物足りないままじゃいやだよ。ここは早く食べ終えて、次のところに行ってまたお腹いっぱいになるまで食べたい。アサイーボウルを一気に掻っ込んで、お冷やを喉に流し込んだ。やっぱりまだ物足りないし惜しい気持ちはあるけど、このお店はここでおしまい!私は早く次のお店で、もっと色んなハワイグルメを楽しみたいんだ!食べるんだ!
「ごちそうさまでした!イカロスさん!次のお店どこ!」
「あの子は、“超高校級のフードファイター”だっけ?」
「“
「むしろ本職のフードファイターの人が面目ツブされるわこんなの・・・」
「同期にそんな“才能”のヤツがいなくてマジでよかったな。オレとちょっと被るし」
食べ終わったらすぐに次のお店に移動しないと、いつまでもだらだらしてたら満腹中枢が刺激されてお腹いっぱいになっちゃう。そしたら食べられるものも食べられなくなっちゃう!もったいない!
「この後はもう、この商店街を食べ歩きでもしようと思ってたんだ。ほら、そこのお店でもちこチキンを売ってるよ」
「ホントに唐揚げみたい。日本で食べるのとそんな変わらないんじゃないの?」
「7パックください!」
「7?何の数だよ?」
「ひとりいっことこなたさんはあとふたつ食べるんです。こなたさんはいま“たれさがり”なんです」
「“食べ盛り”でしょ?もう過ぎたよ。美味しいものが好きなだけだって」
「以心伝心かよ」
出店のフライヤーからは湯気が立ち上って、カリッと揚がったもちこチキンが山となっていた。見るだけで胃袋をつつかれてお腹がなりそうな、油ギッシュなのにてっぺんからかぶりつきたくなるような、そんな山だった。注文するとお店のおじさんはひょひょいと7パック作って、渡してくれた。手に持った感覚で分かる。おいしいやつだ!
「おい見ろよ!スパム握りが安いぞ!研前いくつ食う?」
「いくつも食べるヤツじゃないだろ!そんなデカいおにぎり!」
「ボクもいっこ食べたいです」
「キミは食べないのかい?」
「冗談でしょ。あいつらと同じペースで食べてたらとっくに胃袋裂けて死んでるよ。それにたまちゃんはアイドルだから急に体型変わるような暴飲暴食できないの」
「へー、アイドル。さすが希望ヶ峰学園には色んな“才能”の子がいるんだなあ」
「ふふん!こんな可愛いアイドルと一緒にハワイの街を歩けるなんて、ファンが知ったら刺されても文句言えないくらいの幸せなんだからね!感謝しな!」
「それでさっきから日本の観光客がキミのことを指さしたり写真撮ったりしてたのか。嫌じゃないのかい?」
「気にしてる方が疲れるからいいんだよ。変にコソコソしたり愛想悪くした方が今時は厄介なことになりやすいの。それに、対処するのはたまちゃんじゃないから」
「ん?じゃあ誰が?」
「事務所。その辺の管理はきっちりしてるからね。たまちゃんの印象は良くしといて、事務所に汚れ役任せとけば、一番角が立たないの」
「アイドルっていうのは大変な仕事なんだね」
「イカロスさん!たまちゃんさん!ガーリックシュリンプどーぞ!」
「にんにく臭っ!いつの間にそんなの買ってんだよ!」
「もうあんまり買いすぎて、テルジさんとこなたさんにまわりのお店の人が
「うめえ!よし次!」
「う〜ん♡これもとってもおいしい!ごちそうさま!あっ、こっちもなんか可愛い!」
「何やってんだアンタら!!」
「この街のボスみたいになってるね」
通りの真ん中に座って色んなものを食べてたら、あちこちのお店からあれも食べていいよこれも食べていいよってどんどんサービスされちゃった。あんまりにも私たちの食べっぷりが気持ち良くて美味しそうに食べるから、後からお客さんが増えるんだって。なんかそういう神様みたいになっちゃってる?
「もうホント恥ずかしい・・・!たまちゃんホテル帰る・・・」
「Hey!
「ハワイ来てまでたこ焼きなんか食うかこのタコジジイ!!ツボ詰めて沈めんぞ!!」
「
「たまちゃんさんが
シーン22『ホテルへの帰還 〜ハワイ最大のお土産〜』
ハワイのあちこちに散らばってそれぞれの行程を楽しんできたみんなが、同じ時間にホテルに戻って来た。くたくたでバスの中で寝ちゃってたチームもいれば、どっさりお土産を抱えてきたチームもいる。何人かはホテルのロビーにあるソファに倒れ込んで、たまってたものを吐き出すみたいに深いため息を吐いた。
「えらい目に遭った・・・!」
「マジで最悪・・・。ずっと恥ずかしかったし変なとこ写真撮られるし・・・」
「ふっ・・・はは・・・情けない凡俗共よ。俺様の体験した波瀾万丈な出来事に比べれば・・・」
「星砂さんもみなさんもお疲れ様っす・・・!自分ももう動けないっすよ」
「なんで鉄氏たちはあんなことになってんだい?」
「さあ?遊びすぎて疲れたんじゃねーの?」
「わーいスニフ君なんか久し振りー♡」
「わむっ!マイムさん」
「あれ?虚戈さん今、ホテルの奥から来なかった?」
「そーだよ☆」
「だってマイム今日、ずっとホテルにいたもん♬」
「はああああああああっ!!?」
いきなりスニフ君に飛びついてきた虚戈さんは、疲れなんか知らないみたいに元気だった。いや、そもそも疲れるようなことをしてなかった。朝は確かにみんなと一緒に班分けに参加してたのに、気付いたときにはもうホテルで1日を過ごしていたらしい。
「忘れ物してお部屋に取りに帰ったら、もうみんないないんだもん♣てんちゃんひどいよー♠」
「くっ・・・!不肖紺田添、まさかツアーのお客様が一人足りないことに気付かず、そのまま1日を過ごしてしまうとは・・・!!虚戈様!!大変申し訳ありません!!斯くなる上は、私のツアコン生命を以てお詫びをォ・・・!!」
「わー!!わー!!やめなって紺田ちゃん!!すぐに連絡しなかった虚戈ちゃんも悪いんだから!!そこまでしなくても!!」
「いよっ!!てんちゃんさんの御覚悟、確と受け止め申した!!然れば此の方の介錯、此の相模いよが仕り候!!いよよよっ!!」
「フフフ・・・なんという隠密スキル。普段やかましいほどの虚戈がこうなるとは、誰が予想し得ただろうか」
「むしろ虚戈ひとりだったのに、何もトラブルがなくて良かっただろう。トラブルと言えば・・・あのタトゥーショップではトラブルどころか、やたらと優遇されたな。私たちが希望ヶ峰学園の生徒だと知るや、態度をがらりと変えてきた」
「俺はマジで極が地元のやべえヤツらとケンカになる
「う゛」
荒川さんの言う通り、普段から賑やかで騒がしい虚戈さんがいないことに、丸1日気付かないなんて、不思議なこともあるもんだな。紺田さんももう私たちを引率して2日目だし、みんな個性が強くてまとめるのも一苦労だし、きっと疲れてたんだね。虚戈さんも何も困ったことになってないようで、特に機嫌を悪くしてるようにも見えない。まあ結果オーライってことで。
「それでね♡マイム今日1日ヒマだったから、ホテルの中で遊んでたんだ♬はいこれ!」
「なんですかこれ?」
「お札!んっとねー・・・いくらか忘れちゃった♬」
「虚戈さんこれどうしたの?」
「ルーレットでいっぱいいっぱいい〜〜〜っぱい勝ったんだよ♡きっと置いて行かれて可哀想なマイムに神様がプレゼントしてくれたんだね☆」
「どげえっ!!?なんだこの量!!?札束単位でも数え切れねえぞ!!アタッシュケースいくつ分だよ!!?」
「勝つにしたって限度があるわ・・・。虚戈さん、ギャンブラーの“才能”もあるの?」
「イカサマでもしたんじゃあないかい?」
「マイムはたまちゃんじゃないからそんなことしないよ♠ちゃんとした正当な利益です☆」
「人聞きの悪いこと言うな。こういうチェックの厳しそうなホテルカジノでやるわけないでしょ」
「場所によってはやるって言ってるようなもんだぞそれ」
「今日の晩ご飯はマイムがみんなにご馳走してあげるよ♬だからてんちゃん、いいお店紹介してよ♡それからみんなにお小遣いあげるね☆」
「めっちゃ羽振りいいなオイ!?絵に描いたような成金じゃねえか!」
「どうだ明るくなったらう☆」
「ろうって読むんだよアレ」
虚戈さんがどこからか取り出したお金は、あまりに多すぎて目が眩むのも通り越して、もはやお金と認識できないほどの量だった。100ドルがだいたい一万円としても、要するにこの量の一万円札があるってことだから・・・うん、分かんない。アタッシュケースひとつで一億円だっけ?何個分だろうこれ?国でも買うつもりなのかな。
「須磨倉さん、この量運べるっすか?」
「いやさすがにこんなの運べるわけねえだろ!国営カジノの金庫丸ごと盗み出したわけでもあるまいし!」
「こんなもの持ってたら物盗りだって遠慮するわ。どうにかならないの?」
「フロントで小切手に換えてきます!ハワイ三銃士!運ぶのを手伝ってください!」
「アロハーッ!!」
「まだいたのかよ三銃士!!?」
紺田さんが合図すると同時に、観葉植物の裏からハワードさんとワグナーさんとイカロスさんが飛び出してきて、山のようなお金を次々とホテルのフロントまで運んで行った。フロントのお兄さんがびっくりして支配人を呼びに逃げ出してて、ちょっと可哀想だった。
数えるだけで何十分かかかったから、その間それぞれが部屋に戻ってディナーに行くための身支度を整えたり、軽く仮眠を取ったりしてきた。特にへとへとになってた皆桐君と星砂君は、正地さんのマッサージを受けて元気回復してた。
「ハイッ!全部こちらのカードに移していただきました!冗談みたいな金額になりましたが、虚戈さんご自分で管理されますか?」
「わーい♡」
「ダメダメダメ!!こんな思考回路ガキんちょのヤツにそんなおもちゃみたいな大金持たせちゃ!!たまちゃんが預かるから!!」
「たまが持ってた方が危ねえだろ!金だぞ!こういうのは鉄みてえな腕っ節の強そうなヤツが持ってた方が安全なんだよ!!」
「鉄くんがこんな大金のプレッシャーに耐えられるわけないでしょ!!雷堂くんみたいな責任感の強い人が持ってた方が、ちゃんと管理してくれるわ!!」
「いいやあ。ここはやっぱり須磨倉氏みたいなお金にうるさいケチぃ人の方が無駄遣いしないし大事にするんじゃあないかなあ」
「お、俺たちの意思は関係ないのか・・・?」
「大金の詰まったカードをそんなに奪い合って・・・フフフ、なんと浅ましき人間の性根か」
「種類が違うように思うが」
「みなさんきいてください!」
お金の価値ってなんだろうって疑問が湧いてくるような大金が入ったカードを巡って、みんなが誰に託すかを争う。お金に汚いっていうよりある意味みんな真剣に考えてるのに、なんでか世知辛く見えてくるのはなんなんだろう。カードを巡ってもみくちゃになるグループと、それを遠巻きに眺めて呆れ返るグループに分かれてると、その間にスニフ君が立って叫んだ。
「つまるところ、みなさんその
「そりゃそうだ。せっかく虚戈が稼いだ金だしな」
「分けて貰った金とはいえ、誰かにただでくれてやるのは癪だし」
「だったらこなたさんです!“
「えええっ!!」
「そうだな。研前だったらなくすこともないだろうし、もし盗られても最終的に戻って来そうだ」
「幸運なら誰の責任にもできないし、いいんじゃないかしら」
「虚戈はどうなんだ?」
「いいよー♡こなたに持たしたげる♬」
「え、ええ・・・ど、どうしよう・・・」
何を叫ぶかと思えば、虚戈さんが稼いだ大金を私の幸運に任せるなんて言い出した。私の幸運はそういう幸運とは違うんだけど・・・でも、確かに私がこれを大事に思えば、ただ盗まれるなんてことはないだろうな。でもやっぱりこんなものを持ってるプレッシャーに耐えられる自信はない。なのにみんなはそれで解決みたいな空気出してるし。
「それでは皆様!ディナーをいただくレストランに参りましょう!虚戈様のご厚意に甘えまして、メニューは豪華にしましょう!」
「昨日の晩飯も十分豪華だったのにな。あれ以上豪華になるってどんなだ」
「きっとご満足いただけるかと!」
紺田さんの引率で、みんなぞろぞろとホテルを出て行く。私はポケットに忍ばせたカードが心配で心配で、鉄君の側を離れられなかった。とはいえ、なぜか私たちが固まって歩いてると、地元の人たちが道をあけてくれるから、物盗りどころか観光客らしき人たちとすれ違うこともなかった。鉄君だけが恥ずかしそうに俯いてたけど、なんなんだろ。
太陽はすっかり沈んで、海と空の境が分からなくなる夜が来た。頭の上には月と星がキラキラきらめいて、ハワイ最後の夜を彩っている。煌々とした街の灯りに吸い寄せられるように、人々は色々なお店やホテルに入っていく。私たちはハワイの大通りに面した、建物全部を使った美味しそうなお店の前に着いた。ここが、ハワイのラストディナーを食べるレストランみたいだ。
「またステーキかよ!?」
「いや、鉄板焼きじゃないか?ほら、OKONOMIYAKIとか書いてあるぞ」
「ハワイで鉄板焼き?」
「鉄板焼きと言っても色々です!ステーキからお好み焼きからなんでもございます!そしてやはりハワイですから、今回は店内ではなく、ビーチで食べましょう!」
「ビーチで!?鉄板焼きを!?」
「専用のテーブルと鉄板をビーチに用意しております。夜の海というのも乙なものですよ!波の音をBGMに極上の鉄板焼きフルコースと参りましょう!そして虚戈様のご厚意によりまして・・・みなさまのお好きなメニューをひとり2つまでオーダー可となります!ステーキをもう1枚食べるもよし、スープやライスなど付け合わせを楽しむもよし、ちょっぴりいつもと違う雰囲気のドリンクを頼むもよし。虚戈様!ありがとうございます!」
「ありがとうございまっす!!しっかりじっくり味わわせていただくっす!!」
「いいよー♡」
お店の奥に連れて行かれるのかと思いきや、紺田さんはそのまま店内を素通りして、ビーチまで出た。ゴミひとつ落ちてないビーチは、微かな月明かりを浴びた波と砂がキラキラと反射して、それだけでもう宝石箱みたいになってた。そこに、大きなテーブルに鉄板が嵌め込まれた席が4つ用意されてた。セットされた松明の明かりが、夜の海の雰囲気を壊さないようにビーチを照らしていた。待機してるシェフも4人。どの人のコック帽もすっごく長かった。
「5〜6人がけとなっております。お好きな席にどうぞ。どのシェフもこのお店を代表する一流シェフでございます!」
「Thank you!!Crown girl!!」
「イエーイ♡」
「三銃士まだいたのかよ。っていうか晩飯も食うつもりか」
「いいよいいよ♬マイムが全部奢ってあげるからたくさん食べなよ☆」
「すっごーい!!ハワイの海を目の前に眺めながらディナーなんて、最高の贅沢だよ!!てんちゃんやるぅ!!」
「現金なヤツだな」
みんながそれぞれ席について、シェフが軽く挨拶して鉄板に火を点ける。今夜は風も穏やかで雲も少ない、外でご飯を食べるにはベストコンディションだ。シェフがテーブルの下から固形の油を取り出して、温まってきた鉄板に広げていく。金属のヘラを器用に扱いながら、新鮮で色の濃い野菜を次々刻んでいく。その華麗な手捌きを見ているだけで時間を忘れて、みんなが頼んだドリンクが運ばれてくるまでの時間もあっという間に感じた。
「それでは皆様、ハワイ最後のディナー、乾杯の音頭は、虚戈様にとっていただこうと思います」
「はーい!それじゃあみんなグラスは持った?おトイレは大丈夫?」
「そんな話しなくていいよ」
「今夜はマイムがみんなにご馳走してあげるから、みんなは日本に帰ってからマイムにいっぱい尽くしてね♬かんぱーい♡」
「この期に及んで新しい交換条件出て来た!?」
「かんぱーい!」
高級なレストランなのに、虚戈さんはマナーもへったくれもなく椅子の上に素足で立って、みんなに見えるように大きくグラスを掲げた。4人のシェフはそんな虚戈さんのびっくりマナーに目もくれず、何事もなかったかのように前菜の野菜を炒めていく。
ざく切りにしたキャベツは火を通すと黄緑が鮮やかに色づいて、人参もパプリカもどんどんきれいになっていく。輪切りにした玉ねぎは真ん中をくり抜いて上に重ねて、中に油とソースを入れる。沸騰したソースが積み重なったてっぺんから噴き出して火山みたいになった。
「どわーーーっ!!なんじゃこりゃ!!?」
「
「甘辛いソースで炒めた玉ねぎと、塩でシンプルに味付けしたパプリカとキャベツと人参、ぜひご賞味ください」
「美味そ〜〜〜!!」
「アンタたち、今日一日、散々食ってたじゃんか。なんでまだそのテンションで食指が動くのよ」
「美味しいものは別腹なんだよ」
「ずっと美味かったんじゃねえのかよ」
「常夏のハワイで育った上質な牛のステーキや、海で取れた新鮮なアワビやマグロのステーキ、そして最高級フォアグラを使った今日しか味わえないステーキもございます!まさに、ハワイの陸海空すべてを食べ尽くしましょう!」
「食い倒れチームは本当にどういう胃袋してるんだ」
「たまちゃんはこいつらと違うから!普段よりちょっと多いくらいしか食べてないから!勘違いすんなよ!」
「なんでそこ譲れないんだよ」
鉄板の上でお肉が焼ける音。優しい波が浜辺をなぞる音。街の中心から聞こえてくる人や車の賑やかな音。今日、この夜、この浜辺が、ハワイで一番幸せな場所だ。目の前に並んだ豪華なステーキの数々を見て、心からそう思った。いよいよ明日は帰国の日。思い残すことがないように、じっくり味わって食べなくちゃ。
「それでは皆様!お手を合わせて」
「「いっただっきまーーーす!!」」
お久し振りです。今回はあり得ない事件が起きてしまいました。ラスト付近を書いてるときにはじめて気付いて自分でびっくりしました。でも前編で誰も指摘してこなかったので、読者の皆様もお互い様ということで