シーン7『ハワイの朝はパンケーキ!』
紺田さんの案内がスムーズとはいえ、うちのクラスは何かと騒がしくてとにかく団体行動に向いてないと思う。だからホテルからパンケーキ屋さんまではあるいてそんなに距離はないのに、その間に皆桐君がホテルに忘れ物を取りに行ったり、荒川さんが陽射しに当てられたり、相模さんと鉄君がやたらと現地の人に声をかけられたり、時間がかかった。その度に紺田さんは笑顔で対処してくれて、さすがは“超高校級”だと思った。
パンケーキ屋さんは海沿いの大通りに面していて、おいしそうなパンケーキのイラストと弾むようなフォントの看板に、柱から床から天井から何もかもが明るい緑にペイントされてるのが特徴的だった。席は、ストリート越しにビーチと海が眺められる広いテラス席と、おしゃれな壁紙と活気のある雰囲気、そして何より涼しい店内席に分かれていた。紺田さんがテラス席を貸し切り予約してくれてたみたいで、18人の大所帯でもすんなり通してくれた。二人掛けのテーブルが9組。なんだかすごい光景だ。
「ハイッ!皆様、こちらメニューになります。お好きなパンケーキをご注文くださいね。ドリンクもセットでついてきます」
「紺田さん、これ何枚頼んでもいいの?」
「いや研前ちゃん。回転すしじゃないんだから」
「座席の都合で、2皿まででお願いします。もちろん、完食できる分だけをですが」
「むむむ…英語ばっかでどれがなんだかさっぱり分からねえ…。これなんだ?」
「Honey&Creamだろ。さすがに読めろよ」
「ボク
「ううん。写真がないからどんなサイズなのか分からないからねえ。油断したら痛い目みそうだよお」
「俺様はWaffle fruits & Ice cream tripleにHot coffeeをつけてもらおうか」
「さっそく痛い目をみる人がひとり確定したっすよ!?トリプルなんかはいらないっすよ絶対!?」
「英語のとこだけ発音良いのが癪に障るな」
「お、俺はベーコンアンドエッグのシングルにしておく。飲み物は牛乳で」
「甘くないものもあるのか。紺田、はちみつがかかってないのはどれか分かるか?」
「ねえたまちゃん。せっかくだから二人で大きいの頼みましょうよ」
「いいよ♬余ったの正地お姉ちゃんが全部食べてくれるならね」
普通のプレーンパンケーキ以外にも、チョコや酢鳥ベリーみたいな味付きのパンケーキ、あとはワッフルやクレープにも変更できるし、トッピングはフルーツ、チョコソース、アイスに生クリーム、ベーコン、目玉焼き、キャベツにステーキなんてのもある。枚数も3枚まで増やせるんだ。ドリンクメニューも豊富で、たった一枚のメニュー表なのに注文のしかたは自由自在だ。全部試したくなっちゃうけど、紺田さんに2皿までって言われたし悩むなあ…。
「研前ちゃん、決めた?あたしはもう決めたけど…」
「う〜ん…ねえ茅ヶ崎さん」
「うん?」
「茅ヶ崎さんの1皿もらっていい?」
「え゛…研前ちゃん、機内食も2人前食べてたじゃん…」
「昨日の夜のことでしょ。もう朝だしお腹空いちゃったんだもん」
「別にいいけどさ…」
「うん!じゃあ決まり!すいません…あっ、エクスキューズミー!」
目をぱちくりさせる茅ヶ崎さんに構わず、私は店員さんを呼んで注文した。他のテーブルのみんなもそれぞれ注文してたみたいだけど、私のときだけ店員さんが大袈裟にリアクションしてた。やっぱり外国の人たちは明るいな。茅ヶ崎さんはちょっとだけ恥ずかしそうにしてたけど。
「それにしても、茅ヶ崎さんの恰好かなり大胆だよね。オフの日はいつもそんな感じなの?」
「まあ…海いるときはね。今日も海行くんだし、ハワイだったら別にアリかなって」
「おいおい茅ヶ崎よぉ!んなエロいかっこしてたらその辺のヤツが黙ってねえぜ!?こっちはグイグイくるヤツ多いんだからよ!」
「アンタが言うと説得力あるね。まあ、忠告として受け取っておくけど」
小さいテーブルで茅ヶ崎さんと膝をつき合わせると、正直目のやり場に困る。今日の茅ヶ崎さんはそんな恰好だ。下は紫色のジャージでデザインサンダルを履いてるラフな恰好。上はビキニを着て、その上から派手な黄色のパーカーを羽織ってるだけだ。それもかなり生地が薄いヤツ。海辺だったらおかしくないけど、これで街中やホテルを歩けるのは、神経が図太いというかなんというか…。健康的に日焼けした肌だし、メリハリのある体型してるから、なんかこう…朝から見るには刺激的すぎると言うか。
「ほとんどすっぱだかだよねー♡」
「いよーっ!旅の恥はかき捨てなんてぇ事を昔の人は仰いましたが、裸体の恥はかき捨てるに余るかといよは存じます!」
「裸じゃない!ちゃんと下に水着着てるから!」
「やめろ茅ヶ崎。写真を撮られているぞ」
テラス席だからストリートから私たちの話し声がよく聞こえるみたい。ハワイでも茅ヶ崎さんの恰好はかなり珍しいみたいで、通りすがりの陽気な男の人が茅ヶ崎さんを写真に撮ってた。極さんに忠告されて、茅ヶ崎さんは真っ赤になってパーカーの前を閉めた。そんなに恥ずかしがるなら着てこなければいいのに。
パンケーキより先にセットで注文したドリンクが出てきた。私はトロピカルスムージーで、茅ヶ崎さんはラテだ。熱い陽射しの下で飲むひえひえシャリシャリのスムージーは格別においしい。パイナップルやアセロラなんかの南国フルーツの味が舌から喉まで染み渡るようで、見た目もカラフルで可愛いし、これ選んで大正解だった。しばらくして順番にパンケーキも届いた。私のところだけ台車に乗せて3皿持って来てくれた。
1皿目はベーコン&スクランブルエッグ&チーズ&ソーセージにグリルソースをかけたワッフルダブルサイズ。香ばしい湯気が鼻をくすぐってお腹をぐうぐう鳴らす。ベーコンやソーセージから漏れ出した肉汁をワッフルの生地が吸って、ジューシーなのにしつこくなくて食べやすい。シンプルな塩味に仕上がったふわふわのスクランブルエッグと濃厚なコクと風味の強いとろとろチーズが、味や食感に変化を付けてボリューミーなのに飽きが来ない。気付いたら最後の一口になってた。
「はふっ、はふっ。あっつあっつ。おいしいよこれ!」
2皿目はフルーツ十種盛りにビターチョコスプレーをまぶしたミルクパンケーキのダブルサイズ。イチゴにオレンジにバナナにサクランボ、新鮮で見た目にも瑞々しいフルーツが山盛りになってて、素朴ながらもミルクの甘みをほのかに感じるパンケーキ生地との相性が抜群にいい。ビターチョコスプレーのほろ苦さがパンケーキの味を一層引き立ててる。これだけでもいけちゃうくらい。パンケーキの間にフルーツを挟んで食べると、なんだかすごい贅沢をしてる気分になる。あっという間になくなっちゃった。
「すっごいこれ…!クセになりそう…!」
3皿目は生クリームトルネード&レモンフレーバーアイスダブルをキャラメルソースでデコレーション舌プレーンパンケーキのトリプル。積み上がったパンケーキから生クリームの竜巻があがってるような見た目のインパクトもさることながら、てっぺんにちょこんと乗ったミントの葉やパンケーキの熱で溶け出したアイスが三段重ねのパンケーキを流れ落ちていく様が、見て楽しめる1皿にしてる。生クリームにキャラメルソース、プレーンパンケーキっていう王道の組み合わせだけに、一口頬張れば幸せの味が口いっぱいに広がる。ほどよい甘さ、ほどよい固さの生クリームの風味が鼻に抜けて、キャラメルソースの甘苦医味がバターテイストのパンケーキと絡み合って奇跡のマリアージュを生み出している。ザ・パンケーキって感じ!実はこれハワイに来る前からずっと食べたいと思ってたんだ!
「ん〜〜〜♡しあわせ〜〜〜♡」
最後の一口が名残惜しいけど、それでも口に運ばずにはいられないおいしさだった。きれいに食べてスムージーも飲み干したあとは、口を拭いて一言。
「ごちそうさまでした♬」
「ひ、久し振りに見るとすごい迫力ね…研前さんの本気の食事…」
「いい食べっぷりじゃねえか研前!ここのパンケーキマジで美味いもんな!」
「あのほっせえ体のどこに
「こなたさんがしあわせそうでなによりです」
「なんか自分、研前さんのお食事見てたら泣けてきたっす…」
「おいまたギャラリー増えてんぞ」
「へ?うわっ!ど、どうしたのこの人たち?有名人でも来てるの?」
「来てるっていうか、今まさに発見されたって感じかな…」
3皿目を食べおわって気付いたけど、さっき茅ヶ崎さんが上着を脱いだときよりももっとたくさんの人たちがスマホを持ってテラス席に寄ってきてた。ストリート側どころか、お店の中のお客さんや店員さんまでなんだか興奮してるみたいで、私が小さく手を振るとあちこちで歓声が上がった。希望ヶ峰学園に入学が決まったときに高校の朝礼でスピーチさせられたけど、そのときよりも盛り上がってた。なんだか照れちゃうな。そして帰国した後、SNSでこのときの私の動画がとんでもなく拡散されてたのはまた別のお話。
みんなは私が3皿食べてる間に自分の分を食べおわってたみたい(星砂君は青い顔をしていた)で、紺田さんにお会計をお願いして私たちはそそくさとお店を出た。ちなみにこの旅行は希望ヶ峰学園が紺田さんの“才能”を伸ばすカリキュラムの一環として企画したものでもあるから、旅行中のホテル代や食事代は全部学園が負担してくれるらしい。せっかくだから食後のスープにクラムチャウダーでも頼んでおけばよかったかな。そう呟いたら、鉄君がすごい顔で私を見てきた。セコいと思われちゃったかな。
シーン8『ワイキキビーチ!!!!!』
「ハイッ、皆様。こちらが世界的に有名なハワイ随一のレジャースポット──」
「「ワイキキビーチだーーー!!!」」
熱い陽射しに抜けるような青い空。漂う雲と風に揺れるヤシの木。どこまでも続く砂は波打ち寄せる波の音。ここがかの有名なワイキキビーチ!あちこちに観光客らしき人たちが海で遊んでる姿が目に入る。パラソルを広げたりビーチチェアに寝そべってトロピカルジュースを飲んだり、シートに寝そべって日焼けしてる人もいる。外国の人たちはみんな水着姿が絵になるなあ。私じゃあちょっと恥ずかしいかも…。
「いや〜!やっぱ外国はいいよな!日本人とは比べものにならねえぜ!何がとは言わねえがナニがとは!」
「ゲスめ」
「男だってあんたらみたいなモヤシより、逞しくてかっこいい人たち多いもん」
「むきむきマッチョマ〜ン♂マイムはスマートな人の方が好きだけどなあ♡」
「待て皆桐。波打ち際を走ろうとするな。まだだ」
「うずうず!」
「午前中はビーチで自由行動になります。ビーチ周辺なら海に入るなりビーチに留まるなりご自由にしていただけますが、ビーチから出るのはご遠慮ください。コンビニなどに行くときは必ず私、てんちゃんまでお声かけを」
「「はーい!!」」
「っしゃー!ナンパ行くヤツこの指とまれ!」
「ふんっ!」
「ごああああっ!!?」
「せいっ」
「あごしっ!?あだだああだあだだだだだだだだだだあだあだだだだだ!!!」
「な、なんて素早い腕ひしぎ十字だ…!俺様でなければ見逃していた…!」
「残りの日数を病院で過ごしたいか。あるいは今晩帰国するか?」
「わかったわかったわかったたたたたたたたたた!!!」
「楽しそうだねえ」
城之内君が高々と指を掲げたと思ったら、次の瞬間には極さんとくんずほぐれつになって地面に倒れていた。どこがどう痛いのかよく分からないけど、とにっかうものすごく痛いらしい。冗談だと思ってたけど、この感じだと本気でナンパに行くつもりだったんだ、城之内君。なんかもう、逆にすごいね。
結局、ナンパをあきらめた城之内君と須磨倉君と鉄君がパラソルとビーチチェアと遊び道具をいくつか借りてきてくれて、ビーチに拠点を作ってから本格的に遊ぶことにした。城之内君は性懲りもなく日焼け止めオイルに手を伸ばそうとしたところを、今度は極さんにまたがられてヘンな技をかけられてた。
「逆エビ固めだ」
「アポォ」
結局、オイルは一番上手な正地さんに塗ってもらうことにした。下越君はビーチに来てからずっとそわそわして、逃げ込むように海に突撃していった。それを見た皆桐君と虚戈さんとスニフ君も、待ちきれなくなってオイルを塗る前に海に飛び込んじゃった。茅ヶ崎さんもホテルのサービスで持って来てもらったサーフボードを持ってうずうずしてたから、先にオイルを塗ってもらって波に繰り出していった。私もちょっと遊ぼうかな。
ばしゃばしゃ波をかけあったり、砂まみれになってべたべたになるなんて、たまちゃんには似合わないもんね。誰かが借りてきたおっきい浮き輪を浮かべて、両手両脚を投げ出してぷかぷか波に浮かぶ。陽射しはちょっと熱いけど、海の冷たさとか心地よい風のおかげでつらくない。耳に入るのは波が浜に打ち付ける音と耳元で小さな波がちゃぷちゃぷする音だけ。優雅にハワイの海をただようなんて、たまちゃんも来るところまで来たって感じだよね。セレブっぽい。空多角ではカモメがクゥクゥ鳴きながら旋回して、たまちゃんの上に影を落とす。
「はあ〜、気持ちいい…」
今このハワイの海のすべてが、たまちゃんを癒すためだけに存在しているような満足感に包まれる。普段からぶりっ子キャラやってキモオタ共に媚びたり、生意気なガキんちょや偉そうなじじババ相手に愛想良くしてるんだから、これくらいのご褒美があって然るべきだよね。むしろ今までなんでなかったのかが不思議なくらい。みんなは2泊3日で帰るけど、たまちゃんだけもうちょっと残ろうかな。事務所に電話すれば滞在費くらいなんとかしてくれるだろうし、マネージャーに指示すればスケジュールだって空けさせられるし。はーホント、あたしってまさに成功者って感じ…。
「ファイヤー!っていうかウォーター!」
「
「ぶばーーーっ!!?」
っはあ!!?いきなりナニ!!?てか鼻いった!!海水入った海水!!しょっぺ!!何もう!!?あークッソ!!誰だっていうか今の声でもう分かるわ!!
「
「よくやったスニフ二等兵♬このハワイの海はマイムたちの制圧下におかれた☆そんじゃまお次はビーチに侵攻だー♡」
「
「おいコラァ!!そこのガキふたり!!何すんのよ!!」
「わー×たまちゃんが怒ったー×」
「わっ!わっ!マイムさんおいてかないでくださいよぅ!」
「待てぃ!!」
アホみたいなコントしてると思ったら、ふたりとも水鉄砲と水中ゴーグルで軍隊ごっこしてる。誰が敵兵だ!人がのんびりしてるとこに集中攻撃してきやがって!ただのゲリラじゃねーか!
「ハワイの海に沈めてやらあ!!」
「きゃーっ♡ミッドウェ…っぷわ×」
「うひゃーっ!!あぶぶぶぶぶ…!」
「おんどりゃーーー!!」
その辺に浮いてたビート板で思いっきりでかい波作ってふたりにぶつける。虚戈はなんか喜んでるけどスニフ君はあっという間に沈んでいった。あのピンク色がきゃっきゃ喜んでるのが気にくわないから追撃する。
「沈みなさい!」
「ひえ〜×」
「ぶくぶく…」
マイムさんと
「
さすが
「ぶはーっ!っしゃあ!獲ったどー!」
「
「サザエだ!なかなかいいデカさがじゃねえか!炙って醤油つけるだけで最高だぜこれ!」
「これ食べられるんですか?」
「外国でだって貝食べるだろ。っていうかカタツムリだって食べるだろ。似たようなもんだ」
「それと見ろ。こっちはワカメだ。新鮮だから味噌汁よりもサラダだな!レモン系のドレッシングなんかかけたらしゃきしゃきでうっめえぞ!」
「ほあ」
そしたら今度はアクトさんが上がって来た。また手に何か持ってる。
「獲ったどーー!!」
「
「あ!スニフさんいたっすか!見てくださいよこれ!カニっすよ!でっかいでしょう?」
「
「さあ…あそこの岩場をごそごそしてたんすよ」
「カニかあ。新鮮だけどあったけえ海だと身が締まってねえから、ここは味噌と身を使って焼きでいくのがいいな!バターとチーズでカニグラタン!うめえぞ!」
「へあ」
なんて言ってたら次はハルトさんが上がって来た。今度は何をとってきたんだろう。
「獲っっったどーーー!!!」
「どわーっ!?なんか色々持って来たーーー!!」
「もはや漁じゃないっすか!いつの間に網袋なんか用意してたんすか!?」
「見ろお前ら!俺が
「
「なんだそのでっけえ貝!?」
「シャコ貝だな。引っぺがすの苦労したぜ」
「大漁も大漁じゃないっすか!!くうぅ…!カニ一匹獲るぐらいしか息が続かないなんて…!自分、不甲斐ないっす!うおおおおおおおんっ!!」
「泣くな泣くな。海水と涙が混ざるだろ」
「シャコ貝ってのはどうやって食べたらいいんだ?まあ貝だし、取りあえず網焼きにしてバター醤油か。タコもロブスターもやりようはいくらでもあるからな!腕が鳴るぜ!」
「ふあ」
「うーし!今日の昼飯はこいつらで決まりだ!頼むぜ下越!」
「任せとけ!顎はずれるくらい美味いハワイアン海鮮作ってやんよ!」
「楽しみっすね!でも18人もいるんすよ。これだけじゃ足らないっすよ。もっともっと獲るっすか?」
「だったら本格的に道具とか
「おいスニフ、これ持って行くの手伝え」
「はーい」
ハルトさんたちがとってきたたくさんの海の幸を持って、僕たちは一旦
「てんちゃんさん!見てくださいこれ!サザエですよサザエ!」
「あら、スニフさん。おっきいですね。どうされたんですかそれ」
「
「いや獲ったのオレだぞそれ」
「おーい、見ろよお前ら!」
「ずいぶんな成果だな。全部お前たちが獲ってきたのか?」
「へへーん!どうっすかこれ!大漁っすよ!ハワイの海はきれいっすからね!取り放題っすよ!」
「これで
「私の説明不足で申し訳ないのですが…」
「ん?なんだよ?」
「これ密漁です」
「「…あ゛っ!!」」
「みつりょー?」
「要するに泥棒のようなことだ」
「
「なので、元あった場所にお戻しくださいませ。ハイッ」
「うおおおおおんっ!!気付いてなかったんす!!悪気があったわけじゃないんす!!許してほしいっす!!ごめんなさいいいいいいいいっ!!」
「うるせえな!!海に返せばいいんだろ。ちぇっ、絶対うまいのになこいつら」
「法律ですので」
せっかくハルトさんたちがとってきたけど、このままじゃ
穏やかな海面に角が立ち始める。緩やかな波が次第に大きくなって、あっという間に背丈を超える。逆巻く水しぶきを背中に浴びながら水の斜面にボードを滑らせると、波の勢いに合わせて動き出す。
「よっ」
軽く重心移動しつつ、波の動きに合わせてボードの先を波と並行に合わせる。くねくね蛇行しながら波を駆け上ったり一気に駆け下りたり、激しく水しぶきを立てて跳んだり、波の下をくぐったり。一瞬一瞬で波の特性を見極めて、どうすればクリアできるかを判断する。
「!」
ひときわ大きな波が来た。見上げるほどの大波だ。迫ってくる水の壁を見ると心臓が早鐘を打つ。まずは勢いに∴波に乗る。チャンスは一瞬。白く水煙をまとった波の角が降ってくる。波面と波の角の間に、ボードを滑り込ませた。
「キタァッ!!グリーンルーム!!」
昇る波と落ちる波の隙間。陽の光を受けて水がエメラルドグリーンに輝く特等席。ボードと一体になるほど体をかがめて、一気に加速する。ほほにかかる冷たい海水のしぶき。一緒に駆け抜ける爽快な風。耳に心地よい水がはじける音。まぶしいくらいの太陽。今この瞬間、波の全部をこの身で感じてる。めちゃくちゃ気持ちよい!!サイコー!!
「あ〜〜〜!チョーきもちい!ワイキキビーチ最高!」
ビーチに近付くと勢いを失ったボードが緩やかに陸に乗り上げる。空のてっぺんにある太陽と足下の砂から照り返しでじりじり肌が焼ける感覚にすら、今は気持ち良さを覚える。ものすごくいい気分。思いっきり強い炭酸のソーダ飲んで体の内側もリフレッシュしたい気分。
「
「
「へ?なに?だれ?」
いきなり英語で話しかけられてテンパった。ちょっと年上かなってくらいの外国人の男の二人組が、目の前に立ってた。距離がやけに近いのは、文化の違いとかってレベルじゃないよね…?一応、なんかほめられてる?
「
「
「え、ちょっ、ねえちょっと待ってよ。ウェイトウェイト。ア、アイキャントスピークイングリッシュだから!」
「
「
「なになにわけわかんないから!あっち行ってよ!」
「Yo,
「
「きゃっ!ちょ、やめてよ!」
ただでさえわけわかんないのに、ボードにべたべた触られた上に腕とか触られそうになる。なにこれナンパ!?ってか英語わかんないっつってんだから英語で話しかけてこないでよ!いっこも分かんないし!けどボード掴まれてるし、普通に考えて男二人組に勝てるわけないし、どんどん頭の中が白くなってくる。ヤバいかも…!
「
「
「
「
「えっ?…あっ」
よく分かんないけど雰囲気的にヤバいことを察した。握られた手首に痛みを感じたとき、ホントに泣きそうになった。でもそのとき、また違う誰かの英語が聞こえた。その声は、何言ってるかはやっぱり分からなかった。でもなんだか、聞き慣れた声だった。
「
こんな状況じゃなかったら絶対思わないけど、今は城之内が来てくれてすごく嬉しかった。ビーチに着いた時にはダサいと思ってた水着も、普段と違って後ろの結んだ長めの髪の毛も、意外としまった体つきも、なんかちょっとだけかっこよく見える。さっきとは別の意味で、ちょっとヤバいかも。
「
「
「
なんか言ってるけど、やっぱり意味は分からない。けど、ナンパ男の態度からしてなんか悪口言ってるらしいことだけは分かる。ボードやアタシから手は離さないまま、男たちは城之内をにらみつけてる。城之内が来てくれてちょっと安心したけど、冷静に考えたら城之内ひとりで男二人に敵うわけないじゃん──。
「も、もういいだろう…その辺で」
──と思ったら、いきなり男の手がアタシを離した。というより、優しくて大きな手に引っぺがされた。城之内に気を取られて気付かなかったけど、男たちを挟み撃ちにするみたいに、城之内と反対側に鉄がいた。
「
「
「あっ、いや、すまない。英語は…城之内、通訳してくれないか」
「“手の平が痒いからかいてくれ”ってさ」
「絶対違うと思うが…これでいいのか?」コチョコチョコチョリ
「|Congrats, this guy’ll be escorting you guys for her《その娘の代わりにそこのナイスガイが相手してやるぜ》,
「
「
最後に城之内がなんか言うと、男たちは鉄を見て真っ青になって逃げて行った。そりゃこんなでっかいムキムキのヤツににらまれたら逃げるよね。城之内は腹抱えて笑ってるけど、あいつ英語だからって何かとんでもないこと言ったりしてるんじゃねーの。てか間違いなく言ってるわ。
助かって安心したからか、城之内に呆れる余裕も出てきた。そこで、さっきまで乱暴に握られてた手を、鉄がすごく優しく遠慮がちに握ってることに気付いた。
「あっ…ありがと鉄。もう大丈夫だよ」
「ん?おあっ!す、すまん…!忘れていた…!痛くなかったか…?」
「ううん、大丈夫…助けてくれてありがとう」
「だから言ったじゃねーかよ!お前パンケーキ屋からマークされてたんだって!オレが助けに来なきゃヤバかったぜ?」
「うん、じゃあ城之内もありがとう」
「じゃあってなんだよ!?」
「いやだって、ぶっちゃけ城之内いなくても鉄が来てくれたからあいつら逃げてただろうし」
「いやいやいや!オレの英語スキルがあってこそだろ!?っつーか鉄がいなくたってもしものときはオレがぶっ飛ばしてやるし!」
「あははっ、ジョーダン。うん。ちょっと怖かったから…ホントに助かった。サーフィンに夢中になって、ひとりになっちゃった。油断してたのかも」
「日本人が多いとは言え、油断ならないということだな。むしろ、日本人は狙われやすいとも聞く」
「ま、オレと極の目が黒いうちはよっぽど大丈夫だろうけどな!」
「確かに、大将がまだいたな」
軽く冗談を言いながら、アタシは城之内と鉄に護衛されながら拠点まで戻った。やっぱり英語ができることとか、単純に体が大きいこととかって、海外だとすごく頼りになるんだ。あと、ちゃんと英語勉強しよ。
「ハイッ!雷堂様・研前様チーム、マッチポイントです!」
「いよつ?
「あと1点でヤツらの勝利と言うことだ。ビーチバレーだけに、まさに背水の陣だな」
「敢えて追い込まれたみたいに言ってるけど、普通にお前たち動き悪くて弱いぞ」
「いくよー!」
「後ろががら空きだぞ
「おあっ!」
「あっ、あっ、きゃっ!」
「うわっ!?」
対角線上に配置している
そこから先のことは、これを表現する日本語はまだないらしく、どうとも言い難かった。結論、寝そべった
「…はっ!?な、な、なにして…!」
「あっ、えっとこれは…!そうじゃなくてその…!」
「いよーっ!?じ、事故です!事故発生です!」
「ほほう。制服の上からでは分からなかったが、
「いよーっ!!天誅!!」
「ほぶっ!!?」
「研前さん!然様な端ない御姿を衆目に晒すものではありませんよ!」
「え…きゃっ!あっ、ちょ、ちょっと待って…!」
「いたたたたたたっ!!相模!!踏んでる踏んでる!!そこはダメなとこだから!!」
「いよよよよよよよよよォ!!!」←パニック
「あらあら…」
「のんきなものだな、
「皆様、楽しんでいらっしゃるようなので。ちょっとしたアクシデントも、旅行の中では楽しみのひとつになってしまうのですよ。ハイッ」
「ちょっとしたアクシデントとするには、些か物理法則に反しているような…。まあ、構わんが」
倒れた
「バレーボールは」
「もういいでしょう。お怪我はありませんか。雷堂様。研前様」
「あ、ああ…大丈夫だ」
「私も。うん、なんともない」
「なぜなんともないのだ」
「御無事なら何よりです。運動はもうこの辺で御開きにして、傘下の憩いに交わりましょう」
「そうしましょう。ハイッ」
不意のアクシデントほど盛り下がることはない。すっかりバレーボールを続ける気をなくし、さっさとビーチパラソルの下に戻ることになった。まだ若干体を動かし足りないが、まだ明日もあることだし、今日はこのあたりで勘弁してやるとしよう。
拠点に戻ると、
「いよっ?正地さん、御体の具合でも悪いのですか?」
「あへ…えへへえへ…」
「な、なんか様子おかしくないか?どうしたんだよ」
「心配いらん。ビーチを歩いている屈強な男たちに見惚れすぎて熱が出ただけだ」
「幸せそうならいいんじゃないかな。極さん、そのトロピカルジュース、どこで売ってたの?」
「向こうの売店だが…紺田。すまないが研前の買い物に付き添ってやってくれないか。これ以上目立たれては困る」
「ハイッ!かしこまりました!では研前さん、参りましょう」
「おおげさだなあ極さんは」
絶対に
「で、貴様らは実に大人しく何をしているのだ」
「おれはもともとインドア派だからねえ。日焼けすると痛くなるんだよお。一応日焼け止めは塗ってもらったけどお、あんまり陰から出たくないかなあ」
「私も同様だ。フフフ…それよりなにより、私は自分の体について自覚があるからなこんな姿でワイキキビーチの景観を損なうこともないだろう」
「全く以てその通りだな
「極端な自信過剰と極端な卑屈で会話が合うってのは不思議なもんだねえ」
「少し目を離した隙にとんでもないことになっているな…なんだそれは」
「フフフ…原案・デザイン、“超高校級の錬金術師”。作、“超高校級の造形家”。タイトルは『地獄の門〜ワイキキ革命〜』だ」
ただの砂いじりかと思えば、どうやらその辺の砂を水で固めて砂像を造っていたようだ。おそろしく細かな装飾と、やたらと禍々しいデザインなのは
「フンッ、俺様ならばそれと同じものを同じ時間であと2つ造れるわ」
「いや、ひとつあればいいだろ。ひとつで勘弁してくれよ」
「恐れ入りますが、此方の方が余程景観を損なっていると、いよは思いますが…」
「おれの仕事は荒川氏のイメージを形にするところまでだからねえ。これをどうするかは荒川氏次第だよお。写真でも撮るかい?」
「いや、その辺でフナムシを捕まえてきた。これと先程下越たちが獲ってきたナマコを使って──フフフ…フフフフフ…!!」
「納見、壊せ」
「はい」
「ぬあああああああああああああああっ!!!?なぜだ極!!!」
「明らかに良からぬことを考えていたからだ。悪魔召喚でもしそうな勢いだった」
「悪魔ではない!!」
「いや、つっこみがおかしい」
「ぉあ゛ッ…!三角筋から上腕三頭筋のライン…!えぅえぅ…」
「気持ちが悪い」
「いよぉ…正地さんは折角素敵な水着を御召しになっているのに、此の有様では海遊びが出来ませんね」
「だが幸せそうだぞ。本人がいいのならいいのではないか」
「はあぁん…腹斜筋からの鼠蹊部だけで私もう【 自 主 規 制 】る…」
「いよっ?【 自 主 規 制 】るとは?」
「やめろ!!正地は一旦寝ろ!!」トンッ
「ヒガフッ」
「しゅ、手刀で気絶させるところはじめて見た…!」
「相模、今聞いたことは忘れろ。いいな?」
「いよ?何の事でしょう?いよは何も聞いていません」
「早い…!」
この女、あまりの興奮で理性が働いていないのか?修学旅行でテンションが上がり、興奮しまくって体調を崩している女の譫言とは言え、それはさすがにヒく。痛みを感じさせていないようだが、
シーン9『お昼は海鮮レストラン』
「ふぅ、ごちそうさま」
お昼が近付いてきて、陽射しは一段と強くなってきた。傘の陰にいても砂浜からの反射だけで真っ黒になっちゃいそう。汗ばんだ体をフローズントロピカルフルーツドリンクでさっぱり爽やかにクールダウンさせて一休みする。サーフィンに行ってた茅ヶ崎さんが、城之内君と鉄君を引き連れて戻って来た。海で遊んでたスニフ君たちも、海遊びに満足した様子で戻って来た。
「やあ、みんな一気に戻って来たねえ」
「あっはは〜♬たまちゃんにびしょびしょにされちゃった♡楽しいねー♡」
「あんた覚えときなさいよ…っぷわ!砂かけんな!おらっ!」
「うきゃーっ×砂だらけだよー×」
「たまちゃんさん、虚戈さんにえらい懐かれてるっすね」
「ただいまです!あれ?セーラさんだいじょぶですか?」
「ほっとけ」
「おう、おかえり茅ヶ崎。楽しかったか?」
「気持ちよかったよ。やっぱハワイはいいわー!」
「よく言うぜ。ナンパされて泣きべそかいてたんだぜこいつ」
「こら!それ言うな!」
「ナンパ?外国人の男の人に?茅ヶ崎さん海外でもモテるんだね」
「こなたさんこなたさん!ボクも
「そうだね」
「やめとけスニフ。そういうこっちゃねえから」
「いよーっ!海遊びされていた方は御体をお拭きなすって!青茣蓙が濡れるでしょうが!」
「あお…なに?」
「相模様はブルーシートが濡れると仰っておいでです。ハイッ、こちらにタオルをご用意しました」
「さすがツアコンだな。
「恐れ入りますが、ツアコンではなく添乗員です!そこはお間違えなきよう!」
「なんかプライドがあるっすね」
「お、おい荒川?なぜそっちでいじけてるんだ?」
「いじけてない」ムスッ
なんだかみんなが一気に戻ってくると、ブルーシートが狭くなったように感じた。海で遊んでた人たちもそうじゃない人たちも、ワイキキビーチを存分に満喫して一息つきたくなったみたい。ちょうどいいタイミングだから、紺田さんに聞いてみた。
「紺田さん。そろそろお昼ご飯かな?」
「研前…それをお前が聞くのか」
「え?ヘンかな?」
「こなたさんはいっぱい食べるんです!
「ハイッ!やはり皆様、ハワイに来たら新鮮な海の幸をご所望かと思います。なので、海鮮バーベキューをご用意しております」
「BBQ!!
「バーベキューってことは自分で焼くのか?なら海鮮以外にもいろいろできそうだな」
「バーベキュー場は徒歩3分ほどの場所にありますので、皆様、移動のご準備をお願いします。ハイッ」
「おーいセーラー?起きてー♬置いてっちゃうよー×」
「んぅ…あ、あれ?みんなまだいたの?海で遊んでいらっしゃいな」
「もう遊んできた。これから昼食会場に向かうところだ」
「そ、そうなの…?なんだかすごく筋肉質な夢を見ていたような気がするんだけど…」
「正地、立てるか?」
「ホワアアアアアアアアアアアアアッ!!!く、鉄くんまって…!いきなりそんな…ムリだから…!ガクッ」
正地さんはまた寝ちゃった。飛行機だとあんまり寝られなかったのかな。仕方が無いから鉄君がおんぶして連れて行くことになった。下は水着のままだけど、今は水着姿のまま歩いてる人が多い。ホテルから着てきた普段着を上に羽織れば、街中を歩いてもそんなに違和感がなかった。
紺田さんの案内で、バーベキュー場にはあっという間に着いた。ワイキキビーチよりも少し高台にあるレストランのテラスに食材も網も鉄板も炭ももう用意されてて、後は焼いて食べるだけになってた。白いテラスが陽を反射してて、目の前に広がる青い海はどこまでも続いていた。ロケーションは最高だ。
「うほ〜〜〜!!うまそーーー!!」
「見たことない魚ばっかだ・・・沖縄の魚市場みたいになってんな」
「エービ♬エービ♬カーニ♬カーニ♬」
「サーモンにタコにイカ・・・これは?」
「バラマンディって白身魚だな!うめえぞ!オレが捌いてやる!」
「こうして食材を前にすると、食欲がそそられるな。早速焼いていくか」トングカチカチ
「レイカさんまちきれないですか?」トングカチカチ
「お〜い正地。着いたぞ起きろ〜」
一応みんなの分の席は用意してあるけど、みんな鉄板の周りに集まってて、まだ寝てる正地さん以外は誰も座ってない。火を点けて鉄板が温まってきたところにバターを敷いて、早速みんな好き勝手に食材を鉄板に乗せていく。身が焼ける軽快な音がテラスを包み込んだ。
「いよーーーっ!!風に薫る潮よりも芳しいですね!いよはもう我慢できません!生食できる食材はありませんか!」
「いやバーベキューなんだから我慢しとけよ!」
「焼けるまでまだちょっとあるから先に乾杯すっか!おい荒川!ジュース注いでくれ!」
「私は水でいい。他にジュース以外を飲む者はいるか?コーラにジンジャーエールに緑茶、各種フルーツジュースにフレッシュミルクもあるが」
「オレはコーラ!なみなみ頼むぜ!」
「いよは緑茶を!」
「エルリさん、ボクおてつだいします」
大きなエビを真っ二つに割って焼いたり、まあまあおっきい魚を丸ごと焼いたり、後は下越君が小さい鉄板付きキッチンで色んなものを作ってる。みんなのためって言うより自分が楽しいからやってるみたいで、なんだかいつもより目が輝いて見える。
「じゃあ乾杯の音頭は・・・星砂、頼むよ」
「俺様か?」
「こういうときには普段声が大きいのが役に立つからねえ」
「よかろう!では聞けぃ凡俗共!こうしてハワイに修学旅行に来られたというのは、紛れもなくそこの
「なんでハイドがえらそーなの?」
「こうして俺様が乾杯の音頭を任されるということは、とうとう貴様ら凡俗共も俺様の神童たる由縁であるこの高貴さを理解し──」
「ぁ乾杯!!」
「かんぱーーーーい!!」
「おい!」
待ちきれなくなった相模さんが、星砂君のスピーチをぶった切って叫んだ。みんなもそれにつられて乾杯しちゃって、星砂君がひとりでずっこけてた。
熱い陽射しの下で、キンッキンに冷えたコーラを喉に流し込む。甘いコーラの味が口いっぱいに広がって、強めの炭酸が口中で弾けてさっぱりした後味にしてくれる。食道から全身にコーラが染み渡るような感覚がして、ひんやりしたミントの風味が鼻から抜ける。
「うん!おいしいこれ!」
「やっぱアメリカのコーラはものがちげーな!サイッコー!」
「そんなこと言って、どうせ違いなんかろくに分からないくせに」
「固いこと言いっこなしだよお、たまちゃん氏。ほらあ、そろそろ魚が焼ける頃合いじゃあないかい?」
「切り身ならもういいだろ!エビと魚はひっくり返してもうちょっと置いとけよ!」
「ええい!はじめの一切れくらい俺様によこせ!」
「どこが高貴なんだか」
鉄板に食材の乗せたときに薫ってきた海の香りは、いつの間にか香ばしいバターと海鮮の香りに変わっていた。トングでひっくり返してみると、魚は良い感じに火が通ってて旨味の詰まった出汁が身から溢れてきた。エビは殻が真っ赤に色づいて焦げたバターの色合いが食欲を強く掻き立てる。切り身の方はもうだいたい食べられるようになって、星砂君が一番にお箸を伸ばした。そのまま何も付けずに口に放り込む。
「ん・・・んっまあああああああああああああああああああいっ!!!」
「うん!おいしい!素材の味だけで十分いけるよ!」
「レモンハーブサーモンは・・・うむ。安定の美味さだ。そっちの大きい白身魚はなんだ?」
「えっと・・・マヒマヒのトマトソースだってさ。マヒマヒってなんだ?」
「2mくらいある魚だよ。日本だとシイラって名前の」
「いただき!美味けりゃなんでもいいだろ!おおう!!クッソうめえ!!」
「ハイッ!どれも新鮮一番!産地直送のハワイを代表する海の幸ばかりですので!」
「こっちもガーリックシュリンプできたぞ!あとはホラ、スニフ。これ混ぜとけ」
「なんですかこれ」
「ポキっつうハワイの料理だ。オレなりにアレンジしてあっけどな」
「
ガーリックシュリンプや、ポキっていうアボカドとかサーモンの混ぜ物や、パイナップルとかパプリカが入ったカラフルなハワイアンチャーハンが下越君の鉄板から私たちのテーブルの方にどんどん運ばれてくる。色鮮やかで見ても楽しい、食べて美味しい、そんな理想的なハワイ海鮮のフルコースが始まった。
「う・・・あら?ここは・・・ワイキキビーチじゃないの?」
「起きたか正地。もう昼食会場に着いてな。たった今、食べ始めたところだ。まずは水でも飲め」
「はっ、あ、ありがと鉄くん・・・。え?私どうやってここまで?」
「仕方がないから俺が負ぶってきたんだ」
「・・・ン゛〜〜ッ、そ、そうなのね・・・。ごめんなさい、重かったでしょう?」
「いや。スニフを負ぶるのとそう変わらなかったぞ」
「あら、意外に女の子の扱いを心得てるのね」
「ま、まあな(幣葉にしこたま叱られたからな・・・)」
ずっと幸せそうな顔で寝てた正地さんも、美味しそうな海鮮の香りで目が覚めたみたい。寝起きでいきなり海鮮はキツいからって鉄君がお水を飲ませてる。なんだかイチャイチャしてるように見える。もしかしてあの二人、良い感じなのかも。
「むふふ♬」
「どったの研前ちゃん?そんなに美味しい?」
「美味しいけどそうじゃないよ。ねえ茅ヶ崎さん。今晩、女子のみんなで部屋に集まってお話しない?」
「いいけど、そっちの部屋スニフ君いるでしょ。どうすんの?」
「城之内君に遊んでもらえばいいよ。いくらスニフ君でもガールズトークには入って来られないだろうから」
「ふ〜ん、ま、いいよ。じゃあ同じ部屋の子たちにも声かけとくね」
焼きそばをすすりながら茅ヶ崎さんが言う。ハワイの楽しみがまたひとつ増えた。鉄板の上には大きなカニや貝が並んで、色とりどりの野菜も蒸し焼きになって瑞々しさと甘みが増して、淡白な海鮮の味に変化を加えていた。小さい器の中ではクラムチャウダーやコンソメスープが湯気を立ててて、主食からスープまで一揃いの豪華な食事が出来上がってた。
「いや〜、やっぱ下越の飯は美味いな。紺田も飲み物とか皿とか気配りサンキューな」
「なんだよ須磨倉!当たり前のこと言うなって!」
「私もいただいていますので。皆様が楽しまれるのが私の楽しみですので、私にはお気遣いなくお楽しみくださいませ。ハイッ!」
「あっちの海鮮とかも
「んじゃせっかくだからやってもらうかな!紺田もあのデカいカニ食いに行こうぜ!」
「あ〜・・・せっかくのご厚意ですので、甘えさせていただきますね。ありがとうございます須磨倉様!」
「おう!腹一杯食ってこい!」
気付いたら、須磨倉君が下越君の代わりにヘラを振るってた。下越君と紺田さんは私たちのテーブルの方の大きい鉄板の上にあるカニを次々捌いては口に運んでいく。その他にも、ウニやサーモンやバラマンディ、タコにホタテにトウモロコシ。どんどん食べて行く。
「けぷーっ!マイムもうおなかいっぱいだよ♡」
「ボクもです。ごちそうさまでした!」
「あっという間だ。成長期すごいな・・・」
焼き上がったものからどんどん食べて行って、人気の具も渋チョイスの具も、みんなすっかり食べて鉄板の上をきれいにしていく。使い終わった紙コップと紙皿と割り箸がどんどんゴミ袋の中に溜まっていって、エビの殻とかも積み上がったくらいでみんながまったりしてきた。スニフ君なんかまさに成長期だからいっぱい食べるんだろうね。
「研前・・・本当に、お前のその腹のどこにあれだけの量が入って行くのだ?本気で解剖してみたいのだが」
「怖いこと言わないでよ荒川さん。お腹減ってたからいっぱい食べただけだって」
「朝食のパンケーキとトロピカルスムージーはどこに消えた・・・!?」
「いよも大満足です。紺田さん!お次は如何なる予定でしょう!」
お昼ご飯を食べおわって、まだ高い太陽の陽射しを避けてみんな日陰で一休みする。海でたくさん遊んで体には知らず知らずのうちに疲れがたまっていて、その上お腹いっぱいにもなって、なんだか眠たくなってきた。このままみんなでお昼寝するのも気持ちいいと思うけど、せっかくハワイに来たんだしまだ一日目だし、この後にもまだ紺田さんはスケジュールを組んでるはずだ。相模さんが高らかな声でみんなの気を引いて、目を覚まさせた。
「ハイッ。この後は貸し切りバスをご用意しております。そちらでこのハワイ最大の島、オアフ島を巡るバスツアーに出掛けます!ここでしか買えないお土産もありますので、買うならこのタイミングです!ハワイ初日でテンションが上がっている内に、普段ならあり得ないようなグッズを買ってしまいましょう!」
「なんかお金の臭いがする・・・でも楽しそう!バスツアーだって!」
「また乗り物か・・・酔い止めを飲まなければ」
「バスはホテル前に参りますので、まずはホテルまで戻って皆様休憩を取りつつ、着替えなどを済ませるという段取りになります。それでは皆様、ホテルまで一度戻りましょう!」
たまちゃんがなんだか怪しげな臭いを感じ取ったみたいだけど、こういうときにする非日常的なショッピングなんかも旅行の魅力だよね。ホテルにはベルボーイさんがいるしバスだから荷物の心配はそんなにいらなそうだ。旅行の費用は全部希望ヶ峰学園持ちだし、旅行のお小遣いとして実家から仕送りも来た。たくさん買い物しちゃおうかな。
紺田さんの案内について行って、私たちはまた来た道を戻った。お腹いっぱいになって気持ちよくなっちゃったのか、スニフ君と虚戈さんはすやすや眠ってた。鉄君と須磨倉君がまた背中に負ぶって、一旦ホテルに戻った。海に入ったせいで体がちょっとベタつくのを、部屋のシャワーを浴びて流す。なんだかだいぶ長いこと遊んでたように思えるけど、まだ時刻は13時30分を少し回ったころ。時差の影響もあるけど、それにしたってまだまだたくさん遊べると思うと、疲れなんか吹き飛んじゃう。
シーン10『バスで市内観光』
紺田さんの案内で、ホテルの前に駐車してあったバスに乗り込んだ。それもただのバスじゃなくて、観光用に作られたオープントップバスだ。私たちは全員2階の席に通されて、それぞれ好きな席に座った。私は海側の景色がよく見える外側の席だ。スニフ君と虚戈さんは落ちないように、内側の席に座らされてた。私たちもしっかりシートベルトを締めたことを確認して、紺田さんがマイクを持って正面に立った。
「アテンションプリーズ、皆様。午前中はパンケーキにワイキキビーチに海鮮BBQと、お楽しみいただけましたでしょうか?」
「おう!楽しんだぜ!いいもの見れたしな!」
「なんでこっち見んのよ」
「なんだ?城之内と茅ヶ崎なんかあったのか?」
「いや何もないから!」
「これより当バスはホノルル市内の有名観光地を2ヵ所周り、最後に隠れ家的なお土産屋に寄りまして、午後16:30頃にベ・ラボータ・ケーナホテルに戻って参ります。ハワイのお土産は最終日のショッピングやホテル・空港などでもお求めいただけますが、この後参りますお店でしか手に入らないアイテムもご用意しております。日本に帰ってからハワイ通として周囲のご友人方から一目置かれたい皆様は、是非こちらで特別なお土産をご購入いただければと思います」
「いよーっ!紺田さん!名調子!」
「ありがとうございます、相模様。相模様も流石は弁士の名家、相模家の御息女。完璧な間合いでのお囃子でございます」
「いよっ・・・其程でもある様な無い様な・・・」イヨイヨ
「ストレートに褒められると照れるのか」
「さ、それではこれよりバスは出発いたします。私はガイドをいたしますが、こちらはオープントップバスにつき、走行中は着席する決まりになっております。走行中のガイドは座ったままで行いますことをご了承ください」
「安全第一だからねえ」
「それでは出発進行です!張り切って参りましょう!」
紺田さんの号令とともに、バスはゆっくり動き出した。ちょっと進むと流れる風が頬にあたり、屋根の下から出て陽射しの下に出ると一気に汗が噴き出してくる。でもその汗も軽やかな風に乗ってどこかへ消えていき、いくら見ても飽きない青い海にまた心晴れやかになった。
「風チョーきもちいーーーーーーーーーーーー!!!」
「ぬあああああっ!!!とぶうううう!!とばされるううううっ!!」
「なんでこの風の中でも片目隠れてんだい」
「きもちー!天気もいいしこれバエるんじゃない!」
「おい写真撮るぞー!入れ入れ!」
「ちょっ!どさくさに紛れてどこ触ってんのよ!」
「背もたれだろ!」
「須磨倉様、お写真なら私がお撮りしますよ」
「お、そうか?んじゃ頼む」
走行中は立てないとか言ってたけど、紺田さんはシートに膝立ちして後ろを向きながらカメラを構えた。なるほど、立ってはないね。みんなでカメラの方に向かってピースしたり変な顔したりして、気持ちいい風の中で何枚も写真を撮った。
「じゃあ紺田さんも、はい、ピースして」
「ハイッ。ピース♡」
「きゃーっ♡てんちゃんかわいい♡マイムてんちゃんと一緒に撮るー♬」
「私も紺田さんと一緒に写りたいわ。鉄くん、撮ってちょうだい」
「これも旅の思い出だな」
「あるあるだねえ」
「だから走行中は立つなって言ってんのに」
「隙あり!」
「んぇ?」
「だっははは!!雷堂の油断した顔いただき!!口開けてアホみてー!!」
「変な顔してやんの!」
「やめろよ!下越だってさっき風で顔しわしわになってただろ!」
「ボクの
「ふはは!冗談を言え
「あっ!ズルい!」
ハワイの海の景色とかオープントップバスからの眺めを撮ろうと思ってたのに、なんだかいつの間にかバスの上で写真撮影大会が始まってた。みんな可愛く撮ったりかっこつけて撮ったり、油断したところを盗み撮りしたり景色と一緒に何かに映えそうな写真を撮ったり、凝り出すと止まらなくなる。そうやってみんなで騒ぎながら過ごす時間はすぐに過ぎて、最初の目的地に着いた。
「ハイッ!皆様、そろそろ目的地に到着いたします」
「え、もう?早くね?」
「すぐそばですので。皆様、カメラのフィルムは残っておりますでしょうか?」
「今時フィルム式のカメラ使ってるヤツなんかいんのか」
「いよっ!あと10枚あるのでまだまだ撮れますよ!」
「いた!!」
「これから参りますのは、私有の公園になりますので、皆様私が注意するまでもないとは思いますが、ポイ捨てや写真などのマナーについては重々ご注意をお願い致します。ハイッ」
バスが目的地に着く頃合いになって、紺田さんが目的地での注意事項を話してくれた。私有地の公園って、海外の人はやっぱりスケールが大きいな。そこにお邪魔させてもらう立場になるから、マナーに気を付けてほしいってことだったけど、私たちの中にポイ捨てする人なんていないよね。
次の目的地については、それ以上のことは教えてもらえなかった。私有公園で、毎年の恒例行事のお祭り会場になってるっていうことくらい。それから、ハワイに来たら是非訪れたい観光スポットでもあるらしい。
「てんちゃーん。ここ何があるの?」
「それは見てのお楽しみです。日本から来られる方に是非オススメのスポットです」
「ボクにはおすすめですか?」
「スニフ様は・・・もしかしたらピンと来ないかも知れないですね」
「???」
なんだろう。スニフ君はピンと来なくて、私たちだったら分かるハワイの観光地なんてあるのかな。考えてるうちにバスは目的地に着いて、私たちはしっかりまとまって紺田さんの案内で公園に入っていく。さっき強めに注意事項を説明されたからか、ホテルから出て来たときよりみんなちょっとだけ緊張感が漂ってた。
「ハイッ、皆様こちらです!」
そう言って紺田さんが斜め前を指した。清々しいほどの青芝が広がっていく中をたくさんの人たちが散歩したりお昼寝したりしてた。そんな人たちの奥に佇む緑色を見つけたとき、私たちの心はひとつになった。
「「この木なんの木の木だァ〜〜〜!!!?」」
「なんのき?」
きっと今この瞬間、私たちの頭の中には全く同じメロディと同じフレーズが流れてるはずだ。私はそう信じたい。いや、信じていいはずだ。
広い青芝の庭のど真ん中に、キレイな山なりに緑が広がって柔らかな影を落としていた。普段テレビで見るのとは違うアングルからだけど、遠目でもその存在感と見覚えのある形はすぐに分かった。しかも、私たちと同じように観光に来てるらしい人たちがそこで写真を撮ってる。やっぱりこれはアレなんだ。
「この木は、皆様一度は聞いたことがあると思います、例のあの映像のロケ地となっています」
「すげー!ぶっちゃけこの公園にそんな期待してなかっただけに、なんかすげー感動した!」
「っていうかアレ、ロケ地ハワイだったんだ・・・。はじめて知った」
「いよぉ・・・頭の中に勝手に彼の旋律が流れてくる・・・!これが洗脳・・・!?」
「というか刷り込みだな」
「マイムもこれ見たことあるよー♬てんちゃーん♡これってなんの木ー?」
「そう言えばなんの木と問うているのに名前も知らない木だな。この木はなんの木なのだ?」
「皆様、ご案内しておきながら申し訳ありませんが、あまり連呼されないように。コピーライト的な問題が生じてしまいますので」
「ここの会話でそんな問題起きるのか?」
「文字になると・・・」
「何のはなししてますか?」
なんだかよく分からないけど、あんまり歌ったりしない方がいいみたい。周りの人の迷惑になっちゃうかも知れないしね。それにしても、こんなところであのお馴染みの木に出会うなんて思わなかった。こんなに広い公園なのに、その木に人が集まってる。見たことはあるけど名前も知らないし人が集まる木なんだね。
「この木はアメリカネムノキという木でして、南アメリカ原産の外来植物です。ネムノキという植物のグループは、日の出とともに葉を開き、その後葉を閉じて眠る習性が特徴的で、この木も同様の性質を持っています。また、雨の日の前日にも同じように葉を閉じることから、レインツリーという名前も付いております。そしてもちろん、花も咲きます」
「なるほど!見たこともない花が咲くのだな!」
「寄せるなよ!」
「5月頃と11月頃に開花し、様々な色の花を咲かせます。1つの木から様々な色の花が咲く光景は、確かに日本で日頃見かける光景ではないので、見たこともない花の景色ではあるかも知れませんね」
「さっきっから散々っぱら言ってっけど、オレら大丈夫だよな?使用料とか取られねえよな?」
「なんの?」
紺田さんがこの木の解説をしてくれた。テレビでは何度も見た木だけど、本当に名前も知らないしどんな木なのかも知らなかった。はじめて生で見たときはびっくりしたし感動したけど、紺田さんの解説を聞くとなんだか違った風に見えてくる気がする。
「そんじゃ記念写真を撮るっすよ!入って入って!」
「皆桐様、ここは私が」
「ハーイみんな集まってー♡」
さっきと同じように、紺田さんがカメラ係になって私たち全員で木の前に立って集合写真を撮った。みんなでピースしたり木が伸びるおまじないポーズしたり、木の下で転げ回ったり逆立ちしたり走り回ったり、なんだかテンション上がってひたすら遊び回った。
「このきはなんのき♬きがかりきー♬」
「きがかりきー♬」
「なんだスニフ。もう歌えるようになったのか」
「マイムさんにおしえてもらいました。
「まあみんな知ってんな!」
「サイクローの頭に葉っぱついてるよ♬きゃっきゃっ♡」
「外国でもこのサイズの人は滅多にいないから目立つっすね」
「それだけじゃないような気もするけど・・・」
日本人にとっては馴染み深い木だけど、そうでない人にとってもこの大きな木は観光名所になってるみたい。そんなところに鉄君みたいに目立つ人がいるのもそうだけど、さっきから日本人っぽい人たちが私たちのことをチラチラ見てる気がする。特に、城之内君とたまちゃんとかが。
「さて、それでは次のスポットに参りましょう。あまり長居すると周りの方にもご迷惑がかかってしまいそうですので」
「え、この木以外は見なくていいの?」
「色々名所や観光スポットはあるのですが、伝わりやすさが違いますので。気になる方はご自分でご旅行されるのが良いかと」
「誰に向けて言ってんだい?」
さっきから紺田さんが誰に向けて話してるのか分からない瞬間がある。疲れてきたのかな。考えてみれば、今日ずっと遊びっぱなしだし、紺田さんは私たちのためにあちこち案内したり気遣いしてくれたりしてるから、私たちよりずっと疲れてるはずだ。今日の夜ホテルに戻ったら労ってあげよう。
「お次の観光スポットはこちらです!ハイッ」
「あれ?いま時空がとん──」
「ハワイに来ましたらやはりこの銅像を見ずに帰れないと思います。みなさん御存知でしょう」
「えー?誰この人?たまちゃん知らなーい」
「南の島の大王は?」
「カメハメハ大王だー!これがか!?」
「ふむ。ハワイ統一の大王でも後世に残る銅像はこのサイズか。しかし肖像画と顔かたちが少々違うように見えるが」
「なんで肖像画の方が印象強いんだよお前」
「ハイッ、さすがでございます。星砂様。こちらはカメハメハ大王の像ではありますが、モデルとなったのは像が造られた当時の王朝の名も無きハンサムでございます」
「名も無きハンサムなんて日本語あったんだ」
「ちなみにこちらの像、ここオアフ島以外にもカメハメハ大王の出生地と言われておりますハワイ島の方にも2体建てられています。いずれもカメハメハ大王に縁のある土地でございます」
「どんどんハワイに詳しくなっていくな。さすがだ、紺田」
「恐縮です、極様!」
さっきのアメリカナンノキとは違って、こっちは街中にあるのと世界的に有名な人だからか、日本人以外の人たちも写真を撮ったり見物したりしてる。紺田さんによれば、当時バラバラだったハワイの島々を統一して王朝を建てた、まさに南の島の大王らしい。すぐ目の前にハワイの街、後ろにビーチがあって、なんだかこのハワイを見守ってるように見えた。拝んどこ。
「では皆様、ここでクエスチョンです!」
「急にどうした」
「カメハメハ大王の名前は、彼が活躍した時代に話されていたハワイ語に由来しています。区切るポイントとしてはカ・メハメハとなって、〇〇な人という意味になるのですが、それは次のうちどれでしょう?次の4つの中からお選びください」
「な、流れるように小さいホワイトボードとマーカーを全員の手に・・・」
「俺様でなければ見逃してしまうな」
「見逃すほど早かったら受け取れないだろ」
「①偉大な人 ②賢い人 ③孤独な人 ④恐ろしい人 ではお考えください!」
「え・・・全然分からん・・・」
「普通に考えたら①偉大な人だけど・・・クイズにするってことは引っかけかしら?」
「ポジティブな言葉とネガティブな言葉が2つずつか。ニュアンスから絞る方法は難しそうだ」
「ガチかよお前ら!?こんなもん分かるわきゃねーんだからテキトーにだな」
「ただのクイズじゃ燃えねえからさ!罰ゲームかなんか決めようぜ!」
「そうですね。では今日の夕飯はステーキなのですが、正解の方にはワンプレートプラスしましょう。もちろん、学園のお金ですのでお気兼ねなさらず」
「よっしゃ!!星砂!!頼むぞ!!なんとか当ててくれ!!」
「ひっつくな
「星砂君・・・!私、今はじめて星砂君のことが頼もしく見える・・・!必ず、当てて・・・!」
「ええい手を握るな
「食べ物のことになったらあの二人はホントに・・・」
「てんちゃ〜ん♡たまちゃん分からないからヒント欲しいな〜♡」
「あ!たまちゃんさんズルいですよ!ボクも
「いよも頼み申します!」
「そうですね・・・カメハメハという名前には実は2つの意味がありまして、1つはこの問題の答えですのでお教えできません。が、もう1つの意味は、静かな人、です」
「静かな人・・・?」
「ではお答えください!」
「ちいとも分かりません!!いよーっ!!」
せっかくの紺田さんのヒントを聞いてもさっぱり分からない。こうなったら私たちの晩ご飯は星砂君にかかってる。こういうときに正解できそうな人と言ったら、やっぱり星砂君しかいない。そうこうしている内に制限時間が来て、まだ星砂君の答えが出てないのに私も自分の答えを書いた。無回答よりマシだ。
「それでは答え出揃いました!一斉にオープン!」
「いよーっ!」
全員が一斉にホワイトボードをひっくり返した。まあ見事に、解答がばらけた。
「スニフ様、下越様、虚戈様、極様が①偉大な人と解答でございますね」
「ちっくしょー、星砂と答え違うじゃねーか」
「王様の名前だからやっぱりこうじゃないかなー♡」
「ちっともわかりませんでした」
「おそらく引っかけだと思ったが・・・裏の裏をかいてみた」
「続きまして、須磨倉様、納見様、相模様、正地様、雷堂様、荒川様は②賢い人という解答ですね」
「①じゃなかったらもうこれしか可能性なかったもんな。
「おれも①はダミーだと思ったからねえ。子供に名前付けること考えたら②かなあって」
「いよっ!いよは山勘です!一先ず無回答は避けようと!」
「私はみんなみたいに難しいことは考えてないわ。直感で・・・ね」
「やっぱハワイの王様だし、外交力もあったんじゃないかと思ってさ。頭使ってるイメージだから」
「フフフ・・・静かな人、という意味があるなら、そこから連想して賢いという意味合いがあってもおかしくないだろうと思ってな」
意外と①を答えてる人も結構いたけど、やっぱりみんな②が正解だと思ってるんだ。だけど私は、①をダミーと見せかけて②もダミーだと踏んだよ。王様の名前で偉大な人じゃなかったら賢い人って普通は思うけど、名前を付ける段階で王様になるなんて思わないもんね。
「なるほどなるほど。それでは続いて③孤独な人とお答えになったのが、研前様、たまちゃん様、星砂様、茅ヶ崎様ですね」
「2択まではいったけど、あとは分からなくて・・・。でも、恐ろしい人なんて名前はまずつけないと思ったから」
「たまちゃんは一番なさそーなの選んだだけだから。逆に」
「フッ、王とは孤独なものでもあるのだ。恐ろしい王、賢い王、偉大な王、色々あろうが、孤独という根底の部分は覆しようがないのだ」
「え、これそういう話なの?アタシも裏かいて一番なさそうなの選んだんだけど」
「そして皆桐様、鉄様、城之内様が④恐ろしい人という解答」
「自分は全く分からないんで!フィーリングっす!」
「静かな人は・・・怖いからな・・・」
「統一したっつっても要は周りの島の征服だろ?征服される側からしたら十分恐ろしいヤツじゃんか」
「ハイッ!皆様それぞれにお考えがあっての解答と思います!それでは正解発表です!」
紺田さんの持ってるタブレットからドラムロールの音が聞こえてくる。晩ご飯が一皿増えるかどうかの大事な1問、私と下越君以外はあんまり前のめりになってないみたいだけど、正解発表の瞬間が近付くとドキドキしてくる。そして、運命の正解発表・・・!
「正解は──!」
「③孤独な人、です!」
「やったーーーー!!」
「あーっ!!チクショウ!!!」
「へー、そうなんだ」
やった!!あんまり自信なかったけど合ってた!!ワンプレートいただき!!
「やったよ雷堂君!」
「え、なんで俺にふるんだよ・・・。よかったな」
「リアクション薄くない?茅ヶ崎さんも、当たったよ!やったね!」
「うん、まあそれは普通にやったと思うけど、二人のリアクションがデカ過ぎてちょっと引いてる」
「そ、そんなにリアクション大きかったかな・・・」
「相当」
「ただでさえたまちゃん目立っちゃうのに、さらに目立たせないでよ。恥ずかしい」
「正解者は研前様、たまちゃん様、星砂様、茅ヶ崎様の4人です!皆様には今晩のディナーでワンプレートサービスいたします」
「いいなー♢」
これで今日の晩ご飯はちょっぴり豪華になった。他のみんなには悪いけど、私たちだけで特別なワンプレートを堪能しちゃおうっと。
「それでは最後に記念撮影をしましょう!やはりここは定番のあのポーズで!」
「
「え」
「おう!てんちゃんもこっち来い来い!お前も半分旅行みてえなもんなんだからよ!」
「てんちゃんさんとボクも
「は・・・
「
「あの運転手ダニーってんだ」
また紺田さんがカメラ係をしようとしたら、バスのドライバーさんが声をかけてくれた。紺田さんは私たちの写真を撮ってばっかりで自分があまり写ろうとしなかったから、ドライバーさんが気を遣ってくれたんだろう。ちょっと照れながら、紺田さんは私とスニフ君の間に来て、一緒にカメラの方を向いた。
「では皆様!せーのでいきますよ!」
「いよ・・・?何の恰好ですか此は?」
「いいから合わせときゃいいんだよ。最後は思いっきり叫べよ!」
「恥ずかしい・・・」
「いきますよー!せーの!」
「か〜め〜は〜め〜波ァァアアアアアアアッ!!!」
後でこの写真見るのが楽しみでもあり、恥ずかしくもあり。そんな一枚にきっとなった。
シーン11『ディナーはステーキ!』
バスはゆっくりホテルの入口に着いた。午後になってからは時間の流れがゆっくりになったり早くなったりで一定せず、気が付けばもう18時前だった。まだ日暮れには時間があるけれど、傾いた太陽は赤く輝いていた。もうそんなに時間が経ったんだ。
「皆様、お疲れ様でした!この後19:00からはホテル内のステーキレストランでディナーとなります。それまではホテル内でお過ごしください。お部屋にいらしても構いませんし、カジノなどのレジャースポットにいらしても構いません」
「さ、さすがに疲れたぜ・・・ちょっと部屋で寝るわ」
「私も。考えてみたら昨日の朝から起きっぱなしだったわ」
「昨日ではない。私たちは通常通り起床して希望ヶ峰学園で1日過ごしてから時差を利用して11時間ほど過去に戻ったようなものなのだ。つまり、1日が35時間ほどになったということだな」
「マジか!?オレらタイムスリップしてんのかよ!?いつの間に!?」
「うっさいもう・・・バカの大声だけで疲れる・・・」
「バカって言うな!」
「オレ1日がもっと長ければって二度と言わねえ・・・キッちぃ・・・」
「皆さんお疲れっすね。てんちゃんさん!ホテルの周りを走ってくるのはダメっすか!?」
「人通りも多いですし、ご迷惑になるのでご遠慮ください。皆桐様はジムのルームランナーをご利用になってはいかがでしょう。宿泊客なら24時間いつでも利用可能です」
「ボク
「マイムもー!」
「はいはい。じゃあスニフ君と虚戈さんは私と一緒に行こうね」
「では私と荒川は先に部屋に戻っている。キーは持っているな?」
「うん、大丈夫だよ」
「子供は元気だなオイ・・・35時間ノンストップかよ」
バスを降りてロビーに着くと、何人かの人たちはソファに倒れ込んだ。荒川さんが言うように、考えてみれば私たちは、飛行機内で仮眠をとったとはいえ、丸1日以上の時間活動していた。くたくたになってベッドに倒れ込んでもおかしくないけど、この後のディナーのことを考えたらそんなもったいないことできるわけない。
疲れなんか微塵も感じさせずに、スニフ君と虚戈さんはぴょんぴょん跳ねて展望階行きのエレベーターに乗り込む。ガラス張りになったエレベーターからはハワイの海と島の様子が一望できて、最初にこのホテルに着いたときとは違って見える。今日はワイキキビーチとモアルアナ・ガーデンを観光したから、その辺りはやけに細かいところまで見渡せるような気がした。
「そろそろ
「こらスニフ君。エレベーターの中でジャンプしちゃダメって言ったでしょ。言いつけ守らないと部屋に戻るよ」
「あうっ、ごめんなさい・・・」
「スニフ君はしょうがないんだからもー♡マイムお姉さんが押さえつけちゃうんだぞ♡」
「ふぎゅっ」
「虚戈さん、暑くないの?」
「だっていつものトレーナーじゃないもん☆暑くなんかないよ♬」
「トレーナーじゃなくても引っ付いたら暑いと思うけど?」
外の景色を見て興奮気味のスニフ君を、虚戈さんが後ろからがっしりホールドした。これでもう暴れられないだろう。エレベーターは耳が痛くなる高さを越えて、私たちの宿泊フロアも越えて、最上階にある展望フロアに着いた。開いた扉の向こう側は、360度全部が窓ガラスになってて、エレベーターを降りてすぐのところに受付カウンターがあって、一段高くなったフロアの床は高級そうなマットが敷かれてた。
柱のない広々としたフロアに望遠鏡や景観案内パネルが並び、一人掛けの柔らかそうなソファにローテーブルがあって、シアタースクリーンやチェスボード、大迫力のテレビモニターなんかが完備されてた。一目見てここは、私たちが来ちゃいけないところだって分かった。
「
「あっ、えっと・・・」
「
「あうあうっ」
「こなたー?マイム英語ちっとも分かんないよ?」
「ソ、ソーリー、え〜っと」
「
「あっ」
英語で話しかけられてもうダメだと引っ込もうと思ったら、スニフ君が虚戈さんの腕をすり抜けてカウンターの上にひょっこり顔を出した。と思ったら、流暢な英語で受付の人となんだか楽しげに会話して、最後に小さくハイタッチしてマットに着地した。
「あっちの
「え・・・じゃ、じゃあ冷たいお茶」
「マイムはフレッシュミルクー♬冷たいのー♬」
「
「
「
宿泊フロアから見えた外の景色も絶景だったけど、ここはもう格が違う感じがした。展望フロアだからか、オアフ島だけじゃなく周りの他の島々もよく見えて、望遠鏡を使えばそこにいる人たちの一挙手一投足まで見えそうなくらい、遮るものが何もなく広々と見渡せた。
「すっごーい♡ワイキキビーチもモアルアナガーデンも見えるよー♬」
「あっちはカウアイアイランド、こっちはマウイアイランド、あれがハワイアイランドですね」
「スニフ君、よく知ってるね」
「
「ここにあるパネル読んでるだけだもんね☆英語で書いてあるけどそれくらいマイムだって分かるよ」
「あうっ、バレた・・・」
「ふふふ、じゃあ日本はどっちかな?」
「こっちかなー?」
「
「見えるかな?」
「見えないよ×」
東側のガラス窓を覗いて見るけど、水平線の縁にうっすらした影すら見えない。改めて、自分がいる場所が日常からどれくらい遠く離れてるのかを感じた。ついさっきも、スニフ君がいなかったら私はまともに話すこともできなくて、こんな景色も見られないまますごすごと部屋に帰ってたところだ。
もっとちゃんと英語の勉強して、拙くったってがんばって意思疎通ができるくらいにはならないと。きっと紺田さんや城之内君、星砂君に雷堂君も、それくらいの英語力はあるんだろうな。すらすら話せたらかっこいいもんね。
「ぷはー♡こなたー♬フレッシュミルクおいしいよー♬」
私が窓の外の景色を見ながら物思いに耽っている間に、いつの間にか虚戈さんはソファに戻ってサービスドリンクを飲んでいた。麦茶なんて無茶言っちゃったかなって思ったけど、キンキンに冷えて暑い体に染み渡る美味しい麦茶が出て来て驚いた。やっぱり一流のホテルは一流のおもてなしのために、なんでも揃えてるんだな。
「こなたさんこなたさん、あっちの空みてください。もう
「あ、ホントだね。ハワイで見える星って日本とは違うのかな」
「ハワイの星空って言ったらマウナケア火山だよね♬マイムそっちも行きたいなー♢」
「明日は班に別れて観光だったよね。楽しみだな」
「あのぅ、
「つ、つまんなくなんかないよ!スニフ君星座の説明できるんだ!?聞きたいなあ」
「マイムはねー・・・忘れちゃった♣何座だっけ???」
「えっとですね。あれがデネブ、アルタイル、ベガ・・・」
「まだそんなに見える時間帯じゃないでしょ?」
高い建物がないおかげで空が丸く見える。水平線の向こう側に沈む太陽の赤い光と、反対側の水平線から昇ってきた星空がまじって、夕方から夜へのコントラストを描いている。その空の色は赤いようで青いようで、不思議な色をしていた。私たちが毎日暮らしてる町にも、きっとこの空はあったはずなのに、ハワイに来なかったらずっと気付かないままだった。
「なんだか、得した気分だね」
「うん♬マイムこんなおいしいミルク初めて飲んだよー♢」
「そっち?」
「
「えーどれどれー?」
スニフ君と虚戈さんは窓ガラスに引っ付いて海を眺める。なんだか柔らかいソファに座ってたら一日の疲れがどっと押し寄せてきて、私は麦茶を飲みながらゆったり落ち着いていた。それにしてもこのソファ柔らかいなあ。なんだか体がどんどん沈み込んでいくような・・・ソファとひとつに、なっちゃいそうな・・・くらい・・・・・・。
「コラー!こなたー!」
「んっ・・・きゃあっ!?こ、虚戈さん!?」
「こなたまだ寝ちゃダメでしょ!ここはマイムたちのお部屋じゃないよ♠」
「マイムさん。こなたさんだっておつかれさまなんですよ」
なんだかゆさゆさ揺れるなって思ったら、虚戈さんが私に馬乗りになってた。顔をもみくちゃにされてたみたいで、なんだか変な感じ。気が付いたら私、寝ちゃってたみたいで、虚戈さんは口をぷっくり膨らませて怒ってた。スニフ君がそれを後ろから引っ張って止めようとしてるけど、全然関係なかった。
「ご、ごめんごめん・・・いつの間にか寝ちゃってた・・・」
「キボーガミネからずっとですからね。もう
「あ、もうご飯の時間?そんなに寝てたんだ」
「あのねあのね、こなたが寝てる間にあっちの海にクジラが出て来たんだよ!潮ぶっしゃーって☆」
「すごかったですねー」
「そうなんだ。見たかったなあ」
「こなた幸運なのにツイてないね♬」
クジラは見てみたかったけど、晩ご飯の時間ってことなら今はそれどころじゃない。確か紺田さんが言ってたのは、今日の晩ご飯はステーキらしい。それに私はお昼のクイズに正解したからワンプレートサービスだ。そうと聞いたら寝てなんかいられないよ。お腹いっぱい食べて、シャワー浴びてすっきりして寝ようっと。
「一眠りしたらなんだかお腹空いてきちゃったね。よーし、食べるぞ!」
「こなたさんのおなかって
「マイムもいっぱい食べるー♬」
いい具合にお腹も減ってきたところだから、私たちは残ったドリンクを飲み干してまたエレベーターに乗った。帰りがけにスニフ君がカウンターのお兄さんと何か話してたけど、英語だからやっぱり分からなかった。
シーン12『ディナーはステーキ!!』
「肉だ!!」
「お肉だ!!」
「うるさいぞお前たち・・・恥ずかしい」
「パーティーラウンジを貸し切っておりますので、多少羽目を外されても問題ありません。それと、ディナーはコースになっております。ハイッ」
「よっしゃー!食うぞー!」
「張り切るのはいいけど、テーブルマナーくらいしっかりしとけよ。下手なことして希望ヶ峰学園が来年からここ出禁になったら、後輩から恨まれるぞ」
「ボクちゃんとできますよ!アクトさん、これ
「それくらい自分だって知ってるっすよ!?これ、あれっすよね!指洗うヤツ!」
「フィンガーボウルよ」
「それっすね!」
「それボクのです!」
「フッ、凡俗は一流の店でのマナーも分からないのか。こういうときは座して静かに待つのだ」
「マナー云々言うならコートくらい脱いだらどうだい?ていうか暑くないのかい?」
「フハハッ!こんなこともあろうかとこのコートの内には小型扇風機が搭載されているのだ!おかげで通常よりだいぶ重い!暑い!」
「本末転倒だし意味成してないし普通にうるさいし・・・ダメな例の模範解答かお前は」
「極さんは落ち着いてるね。こういうお店来たことあるの?」
「まさか。ただヤツらのように騒いでいないだけだ。それに、私もそれなりに浮ついている」
「極ちゃん浮ついてんの?そうは見えないけど?」
「テーブルや壁の調度品、食器の意匠ひとつひとつに、この店のこだわりや美意識が垣間見える。食事だけでなくこうした部屋の雰囲気も含めて、この店は客に楽しんでもらおうという気概を感じると、ただの水もまた違った味わいを感じることができる・・・と私は思う」
「なんだ極!お前そういうのガッツリ語れんのかよ!ただの怪力女じゃなぐしばれごはっ!!?」
「ッ!!?」
「地獄突きを5発入れた。6発目が入っていたら前歯を失っていた」
「これから飯食うのに歯奪いに来てんじゃねえよ!?」
「この店に免じて5発で勘弁してやる」
「いよぉ・・・!免じきれてないのでは・・・!?」
「免じきれてないなんて日本語あったんだ」
私たちがレストランフロアまで降りてきたときには、もうみんな集まってた。紺田さんの案内でお店の奥の個室まで通されて、そこは私たち18人が全員座れるくらい大きなテーブルに、燭台や花飾りや、見たこともないようなナイフにフォークに、きれいなお皿の数々が並べられていた。壁にかけてある絵もなんだか高そうだし、高級店の雰囲気をむんむんに感じて、普段着で来ちゃったのがなんだか恥ずかしくなってきた。
でも席に座るともうそんなことは関係なくて、みんなこれから最高級ステーキが食べられることに興奮してテンションもだいぶ上がってた。私ももうお腹ペコペコだけど、お水でお腹を膨らせるのももったいないから、ぐっと我慢してた。
「それではまず、アミューズでございます。本日のアミューズはこちらです」
「んおっ!?パイナップル丸ごと!?」
「マジか・・・肉が来る前に満腹になるんじゃないのか・・・?」
「須磨倉様、雷堂様、ご心配なく。こちらはほんのアミューズですので、軽く味わっていただく程度のものになります」
「なんだよアミューズって?石鹸か?」
「ちげーよ。アミューズってのはコース料理の最初に出す小皿だよ。まあ、突き出しみてえなもんだな。これでそのシェフの腕とかセンスが分かるから結構面白えんだぜ」
「ほう、なるほど。やはり下越は料理のことになると詳しいのだな」
「料理のこと
「どんなもんだい!」
「ここは褒め言葉としておこうか」
「3人で1つらしいぞ。おいスニフ、これ奥まで回せ」
「はい!サイクローさんパスです!」
「ああ。ありがとう」
ワゴンに丸ごとのパイナップルが6個も載ってきたのにはびっくりしたけど、突き出しみたいなものって、そんな分量じゃないと思うけど?でもよく見ると、ちょうど真ん中辺りに線が入ってる。ははあ、これ上下に割れて容れ物になってるんだ。こんなおしゃれなことするなんて、今って日曜の夕方だったっけな。
「では皆様、オープンしてください!」
「オープ〜ン♡」
「あ!エビだ!あとこれ・・・アスパラガス?」
「下にパイナップルが敷いてあるな。なかなか面白いではないか」
「海老に
「なんて言ったっすか?」
「それでは皆様、取り分けましたら両手を合わせてくださいませ」
なんだか意外な組み合わせの料理が出て来た。相模さんが言うように食べ合わせが気になるけど、海老は見ただけで分かるくらいぷりっぷりで身が引き締まってるし、アスパラも芯まで鮮やかな黄緑色に染まってて美味しそう。パイナップルはその下で黄金色にきらめいてて、まるで宝石みたいな一皿だ。
みんなが自分のお皿にひとつずつ取り分けて、紺田さんに倣って両手を合わせた。
「それでは、いただきます!」
「「いただきまーす」」
日本人のお客さんのためにお箸も用意してあったけど、ここは現地の人に合わせてフォークで食べよ。3つの具材をまとめて刺して、そのまま口に運んだ。舌の上に乗ると、パイナップルの爽やかな酸味と海老のほのかな味わいが同時にやってきた。ぷりっぷりの食感としゃきしゃきのアスパラガスの食感が交互にやってきて面白いし、アスパラの苦みはほとんどない。それどころかいい塩梅に塩味が付いて、パイナップルの甘みがより引き立てられてる。気が付くと、あっという間に飲み込んでた。
「はぁっ・・・!おいしい・・・!」
「そ、そんなにおいしい?」
「うん。なんかこう、南国って感じがして・・・日本じゃ味わえない味だよ・・・!」
「あむっ♡おいしーい♬」
「ホントっすね!パイナップルが全然果物って感じじゃないっす!なんかこう、海老とアスパラを引き立てるドレッシングみたいな!」
「果物ってのはこういうポテンシャルもあるんだぜ。あんまし知られてねえから、ゲテモノ扱いされっけどな」
「意外だ・・・」
みんなおそるおそるだったけど、私や皆桐君が美味しく食べてるのを見てどんどん口に運んでいく。前菜だからさっぱりしてるけど、思った以上の美味しさにみんなびっくりしてるみたいだった。私たちがそうやって見たことない料理に驚いてる間も、色鮮やかな季節のスープとサラダが来て目にも舌にも楽しい一時があって、ガーリックライスとガーリックトーストを選んでその香りに食欲を刺激されて、温野菜の柔らかい甘さと全身に染み渡る栄養分をお腹の底で感じて、まだまだお腹に余裕はあるけど、なんだか食べることを楽しんでるって感じがしてた。
「すごいわねこのお店・・・。どれもこれもすっごく美味しいわ」
「ハイッ!気に入っていただけているようで何よりでございます!」
「ねえ、今までのも十分美味しかったんだけどさ、たまちゃん早くお肉食べたいんだけど!まだー?」
「そうだな。この調子で次々来られたらメインの前に満腹中枢が刺激されてしまいそうだ」
「そう仰る頃合いかと思いました。ですがご安心ください!次はメインディッシュでございます!」
「おっ!いよいよだな!」
「いよーっ!」
確かに、みんなやっぱりメインのステーキを楽しみにしてたから、そろそろ待ちきれなくなってくる頃合いだ。その雰囲気を感じ取った紺田さんが手元のベルを鳴らすと、おっきなワゴンが個室に入ってきた。今まで静かに入ってきたのとは違って、鉄板の上で油が跳ねる音が幾重にも響き合って、同時に香ばしく芳醇な熱気を運んできた。
「うおおおおおおおおおおっ!!遂に来た!!!」
「
「本日のメインディッシュは、プレミアムT-ボーンステーキでございます!」
「うんまそーーーーー!!」
テーブルに並んだ鉄板には、みんなの顔より大きなステーキがどっしり構えていた。Tの字に伸びた骨の周りに絶妙な焼き加減で食欲をそそる色合いになったお肉がついてて、切れ目から見えるちょっとだけ赤い身がそのお肉の新鮮さと高級さを見せつけるようだった。付いてきたソースを一回しかけると、熱せられたソースが湯気を立てて食卓の空気を彩った。
「おお〜!こりゃあすごい迫力だねえ。全部食べきれるかなあ」
「残すんならマイムがもらっちゃうよ♬」
「や、やわらけえ・・・!こんないい肉食べていいのか・・・!?マジでいいのか・・・!?」
「須磨倉は何にそんな怯えているのだ」
「でもやっぱ、ここは研前ちゃんが最初に食べるべきじゃない?ハワイ来られてるのも、研前ちゃんが福引きで当ててくれたからなんだし」
「そ、そう?じゃあ遠慮なく」
骨からお肉を切り離すために刺したフォークからも、そのお肉の柔らかさが伝わってきて、溢れ出して止まらない肉汁とか、香り立つソースとか、油が跳ねて鉄板を叩く音とか、五感全部でこのステーキを味わってるって感じだ。ナイフは抵抗もまるでなくすんなりお肉と骨を切り離して、口元に持って来たお肉の厚さにまた喉が鳴る。
「いただきまーす」
分厚くて、焼きたてで、芳醇で、最上級のお肉を、口の中に入れた。舌の上に置いた瞬間から、身から溢れた肉汁が口中に広がった。一度噛むごとに旨味の詰まった脂が何度も飛び出してきて、熱々のお肉が立てる湯気は味と香りを伴って喉の奥から鼻に抜けていく。柔らかいお肉はあっという間に飲み込めてしまうけど、しっかりした後味を、だけどくどくなく、その存在した証を残していく。
止めどない旨味の波に、熱ささえ美味しさに変える良質のお肉とソースの絡み合い、食べおわった後でもしっかり残る味の思い出・・・。これってまさに・・・。
「味のワイキキビーチだ・・・!」
「なんて?」
「えっ、あっ、う、ううん!おいしいよおいしい!すっごくおいしい!こんなステーキ今まで食べたことない!学食のSステーキ定食の何倍も美味しいよ!」
「マジかよ!?あれ相当レベル高えぞ!あれの何倍もかよ!?」
「なあ研前、味のワイキキ──」
「ほら雷堂君も食べてよ!このソースばっちり合ってるからさ!ね!?ね!?」
「お、おう?」
「おいしいわ〜♡須磨倉くんじゃないけど、こんなの食べちゃっていいのかしら!他のクラスのみんなに悪いわね!」
「土産にここのマグネット買っていってやろうぜ」
「後味がくどくないのはいいな。私は人より食が細い自負があるのだが・・・それでも、フフフ、手が止まらんぞ・・・!」
「あれ?須磨倉さんはどうしたっすか?」
「ステーキが美味すぎてひっくり返ってんぞ」
「
「学園からお土産代も預かっておりますので、ご用意致します。ハイッ」
「なんで希望ヶ峰学園がそんなにこの旅行に前のめりなんだろね。アタシはともかく、別にみんなの“才能”磨くための旅行でもないのに」
「都合でございます。お気になさらず」
こんなに贅沢させてもらえるなんて、希望ヶ峰学園はやっぱり太っ腹だな。だったら目一杯食べて飲んで楽しまなくっちゃ損だよね。ステーキの右側はヒレで、口に入れると脂の少ない柔らかい肉質の食感とお肉の強い味ががつんと来るけど、後味はさっぱりして食べ応えがすごい。左側のサーロインも柔らかいけど、こっちはよりお肉が大きくて深い味わいになってる。一度で二度美味しいなんて、まさにステーキの王様って感じ。
「米が進むぜェェエエエエエ!!ガーリックライスおかわり!!」
「オレも!!」
「そんなにいそいで食べなくても
「うっぷ。こんなにボリューム満点だとは思わなかったなあ」
「ヤスイチいっぱい残してる♠いらないの?」
「私も少々満腹気味かも知れん・・・舌はまだ求めているのだが、胃袋が受け付けん・・・」
「じゃあマイムもらっちゃうね♡わーい♡」
「ところで、研前たちのボーナスのワンプレートはまだ出てこないのか?」
「ご用意しております!お持ちしてよろしいですか?」
「うん、持って来て!」
また紺田さんがベルを鳴らすと、新しいワゴンがやって来た。5枚のお皿を乗せて、その上には明らかにお肉とは違う、何かが乗ってた。見たことあるようなないような・・・でも食べたことは絶対にない。
「こちら、スペシャルプレートの最高級アワビのステーキでございます」
「アワビィッ!!?」
「うおおおおおおっ!!?すげえええええッ!?マジかよお前!?アワビ食えんの!?」
「は、はじめて本物見た・・・すご・・・!超高級食材じゃん・・・!」
「あれ?でも研前おねーちゃんと茅ヶ崎おねーちゃんと白髪とたまちゃんと・・・あと一皿は?」
「私の分でございます。ハイッ」
「なんでてんちゃんの分があるの!?」
「コンダクター権限でございます。どうせ希望ヶ峰学園のお金ですし、使い道は私の一存に任されておりますので。私も少しくらい贅沢してもバチは当たらないでしょう」
「まあいいけどよ」
白磁のお皿にでんと構える大きなアワビにフライドガーリックチップスが乗って、琥珀色のソースで彩られて、緑色のパセリが横に添えられてる。もう食べやすい大きさにカットされてて、焼き色が付いた表面部分と切断面から見える新鮮なアワビの色合いのコントラストがより一層食欲をそそる。
「うっわ〜!ぷりっぷりだ!」
「ほあ」(´・p・`)
「こんな肉厚のアワビ・・・あのクイズぜってえ正解しなきゃいけねえヤツだったのかよチックショウ!!」
「そんなに食べたいなら私のちょっとあげよっか?」
「マジで!?いいのかよ茅ヶ崎!?」
「甘やかすな
「自分は正解したからって偉そうに!」
「残念ながら不正解されてしまった皆様は、ガーリックライスとガーリックトーストならおかわり自由ですので、そちらをどうぞ」
「正解もしてないくせに!」
肉厚なアワビのこりこりした食感と湧き出す旨味で顎が止まらない。口に入れた瞬間のこの味がずっと続けばいいのにとさえ思ってしまう。お肉食べに来たんだけどな。でもこんな思いがけない形でアワビを食べられたら、その虜になってしまったような。なんかもう、日本に帰ってからアワビまた食べたくなっちゃったらどうしようとか思ったり。
「あれ?エルリさん何してますか?それ
「Tボーンステーキの骨はアクセサリーにもなるのだ。きちんと洗ってネックレスになったり・・・他にも、単純にこれは生物の骨だからな。色々と使えるのだ・・・フフフ」
「そうなのか?鉄、知ってるか?」
「あっ、ああ。まあ、荒川が言うように言っても骨だから、あまり普段遣いにする人はいないが・・・アクセサリーに加工する店も、今日町を見ていて何件か見かけたな」
「鉄ってホントにジュエリーデザイナーだったんだ・・・」
「マジか。結構イカすかもな!オレも骨もらっとこ!」
立派な骨を拭きながら、荒川さんが目を輝かせる。あんまり私にはよく分からないけど、城之内君にはちょっと似合うかも知れないな。そんな会話をしてる側で、星砂君がこっそり骨を拭いて懐にしまうのを見逃さなかった。星砂君もああいうの好きなんだっけ。
ステーキをひとしきり楽しんだ後は、食後のスープとデザートが運ばれてきた。あっさり味の温かいスープが口の中に残った肉の脂を全部洗い流して、優しい味わいと飲みやすい温かさが胃の負担をすごく軽くしてくれたような、飲むだけで健康になりそうなスープだった。
そしてデザートは簡単なミルクアイスだったけど、これも日本で同じ物を食べようと思ったら小さいカップで500円くらいしそうな、濃厚でさっぱりしたアイスだ。軽く振りかけられたレモンフレーバーも、濃厚なミルクの味をしつこくなくしてくれてる。どのお皿も、コックさんのこだわりと気遣いが感じられるすごく美味しくてステキなコースだった。
「皆様、いかがでしたでしょうか。本日のディナー」
「満足満足!大満足です!斯様に贅を極めた晩餐、いよは初めてです!」
「美味かったー!ここの飯代が全部学園持ちとか、やっぱ人の金で食う肉が一番美味えな!」
「ゲスいなお前。でもマジで美味かった。後で土産見て行くわ」
「自分も!お世話になった人たちに配る用のお肉買っていくっす!」
「こちらのお肉はレストラン側で販売しております。ですが、最終日にもお土産を買う機会はありますので、あまりお手荷物が重くすぎないようご注意くださいませ」
「今日はこの後なんかあんのか?」
「本日の予定は以上になります。明日は9:00にフロント集合で、そこから夕方までは班行動で、選択いただきました体験コースに参加していただきます。朝食は6:30からホテルレストランのバイキングがご利用いただけます」
「あと12時間くらいあんな。寝る時間考えても5時間は遊べるぜ?」
「まだ遊ぶのかい?おれはもう眠くてしょうがないよお」
「俺もだ。今日はもうこのくらいにして、お開きか」
「ふわぁ」
「ハイッ!では皆様、ハワイ旅行一日目、お疲れ様でございました!また明日、目一杯ハワイを楽しみましょう!」
やっと1日が終わる。通算で40時間ぐらい起きて遊んでたのかな。よく分かんないや。でも納見君と鉄君があくびしてるのを見たら、私もなんだか眠たくなってきてあくびが出た。
お腹いっぱいで全身くたくたで、軽くシャワーを浴びたらすぐに寝ちゃいそうだ。うっかりそのまま寝ちゃわないように、まだ頑張れるうちに早く部屋に戻ろう。明日のためにも、まだ体力残しておかないと。
「それでは皆様、手と手を合わせまして」
「「ごちそうさまでした!!」」
明日はもっと楽しくなるよね。ハワイ諸島。
「
久し振りの更新です。
三作目をただいま作成中です。キャラクター造形はできてるんです。
でも肝心なのは話の内容。長いこと経つけど出来てないよ。
作業が全く進みませんから皆さんに謝るすみません。イエア
英語の会話部分に関してご助力いただいた方々に、この場で感謝いたします。あざす