ダンガンロンパカレイド   作:じゃん@論破

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学級裁判 解明編

 

 オマエラおはこんばんにちわ!!学級裁判後半に入る前に、前回までの学級裁判をおさらいするっすよ!!

 え?いつもと口調が違う?おかしなこと言うっすね!当たり前じゃないっすか!自分はモノクマじゃないっす!“超高校級のスプリンター”皆桐亜駆斗っす!前回のラストで数年ぶりに登場したんすから、ここで言葉数稼いだっていいじゃないっすか!それくらいの優遇がないと、黒幕なんて退屈でやってらんないっすよ!

 

 さて、モノクマランド全体の捜査を経て、スニフさんたちはいよいよ最後の学級裁判に挑んだっす!今回の学級裁判には被害者もクロもいないっす!その代わり、明らかにすべきテーマが3つ!【黒幕の正体】と【コロシアイの目的】と【自分たちは何者なのか】っす!もうだいぶ話してきた気がするっすけど、実はまだ【黒幕の正体】についての話しかしてないんすよね!ま、その中で他のテーマに関わる部分もあったっすけどね!結局のところこの3つは密接に関わり合って、1つの大きな真相に繋がっているっす!っとと、あんまり話しすぎるといけないっすね!うぷぷぷぷ♬もしここで全部の真相を、流れもタメも展開も無視して全部ぶっちゃけたらどうなるっすかね!?数年分の労力が3分弱で塵芥と化すなんて、そんな絶望もありっちゃありっすかね?自分は物書きじゃないっすからよく分からないっすけど!

 ともかく最終裁判に相応しく、議論はあっちに行ったりこっちに行ったり、なかなかまとまらなくて傍から聞いてる自分ももどかしくなってきてたっす。そんなときに、スニフさんが唐突に言ったっす。黒幕が誰か分かったと!そしてまさかまさかの急展開!一気に自分の正体がバレちまったっす!そして最後の最後!満を持しての自分再登場!!いや〜!!気持ちいいもんっすね!!あのときのスニフさんたちの困惑しきった顔!!あんな顔されたとあっちゃっあ、黒幕した甲斐があったってもんっす!!最低で最高の労いっすね!!

 けど最後の学級裁判、ここからが本番っすよ。うっぷっぷっぷ♬オマエラ、準備(かくご)はいいっすか?全ての真相を知ったとき、オマエラはどんな顔をしてるっすかね?とっても楽しみっす♬

 


 

 煙は風に流されて消え去る。音と光は決められた演出の役目を終え、大人しく元のかたちに戻る。後に残ったのは、遺影から飛び出した皆桐だけだった。圧倒的な存在感を思わせるその佇まいは、記憶の中にいる皆桐より遥かに堂々としたものだった。

 

 「このコロシアイ最後の学級裁判!!ここからが本番っすよ!!うぷぷぷぷぷ!!」

 「み、皆桐くん・・・!?本当に・・・皆桐くんなの・・・!?」

 「ええ!そうっすよ!お久し振りっす正地さん!その節はイロイロとお世話になったっす!」

 「・・・いや、だって、死んだはずだろ・・・!?」

 「下越さん、人の話はきちんと聞かなくちゃダメっすよ?スニフさんが言ってたじゃないっすか!いくらでもやりようがあるっす!うぷぷぷぷ♬」

 「本当に皆桐氏が・・・黒幕なのかい?」

 「ええ!ええ!そうっすよ!自分はこのコロシアイの黒幕っす!」

 

 困惑が止まらない面々に対し、皆桐は溌剌と応える。直接死を目撃した人物が、目の前で悪意に満ちた笑顔とともに仁王立ちしている。ひとりひとりの顔を舐め回すように見ると、満悦の表情を浮かべて鼻を鳴らした。そして、5人を称えるように小さく拍手した。

 

 「しっかし素晴らしいっすね!自分が殺されたワケをこんなにあっさり看破されるとは思ってなかったっすよ!さすが、“超高校級”の肩書きを持つオマエラっすね!協力すればこの程度の謎、簡単に解けてしまうんすね!なんだか感動で目頭が熱くなってきたっす・・・!うおおおおおおおおおおおおおんっ!!」

 「うおっ!?きたねえ!!」

 

 笑顔とともに静かな拍手をしていた皆桐は、突然大声をあげて泣き出した。涙が降りかかりそうになった下越が体を捻って避ける。それ以外の4人は、目の前の信じがたい光景に唖然としていた。しかし皆桐はお構いなしに続ける。

 

 「自分、ホント嬉しいっすよ!!途中の学級裁判でもしクロが勝ちでもしたら、もうオマエラと会うこともできなくなるんだなって、何回も不安になったっす!!もちろん、クロの誰かが勝って『失楽園』になってもそれはそれで絶望的なんすけどね!!だけどやっぱり黒幕になったからには、こうやって最後の学級裁判でドーン!と出て来たいじゃないっすか!!」

 「・・・?」

 「クロのみなさんには感謝っすね!!みなさんがコロシアイをしてくれたおかげで今があるっすから!!やるっすか?黙祷でもするっすか?いーや!自分、こんな感動的で爽快で絶望的な気分のときに黙ってなんてられないっす!!」

 「ちょっと待ってよ・・・!全然ついて行けてないんだけど・・・本当に、皆桐君が黒幕なの・・・?」

 

 泣いていたと思ったら恍惚の表情を浮かべる。かと思えば次の瞬間には爽やかな笑顔を見せる。急にしめやかな表情で胸に手を当てたかと思えば、激情に駆られたように身悶えし始めた。瞬きの度に感情が変化するような皆桐について行けず、具合悪そうに眉間を押さえながら研前が尋ねた。それに対し皆桐は、光を失った眼と虚ろな顔で応えた。

 

 「はあ・・・しつこいっすね研前さん。ええ、そうっすよ。自分が黒幕なのは間違いないっすよ。オマエラのことをずっと、ずっと・・・ずぅ〜〜〜っと見てたっすから!!」

 「あのとき殺されたのも・・・皆桐くんなの・・・!?」

 「もちろんっすよ。なんてったってクローンっすから!遺伝的に全く同じ、記憶も人格も間違いなくここにいる自分と全く同じ自分だったっす!いや〜、やっぱ頭に銃弾ブチ込まれると痛いっすね!!痛いなんてもんじゃないっすよ!!冷たいし熱いし意味分かんないし怖いし重いし!!まあすぐに頭全部吹っ飛ばされて感覚なくなったし死んだんすけど!!」

 「・・・いくらクローン技術があるからってえ・・・こんなバカなこと俄には信じがたいよお」

 「あれ?あれ?あれあれあれあれ?」

 「なんでこんなことしやがったクソ野郎・・・!!テメエ、ただで済むと思うんじゃねえぞ皆桐!!」

 「い、いやいやいや!!ちょっと待って欲しいっすよオマエラ!!()()っすよ?」

 「ま、まだ・・・?まだって、なんですか?」

 「まだこの裁判は終わらないってことっすよ!!最初に言ったっすよね?この裁判は【黒幕の正体】【コロシアイの目的】【自分たちは何者か】を明らかにする裁判だって!!まだ全然じゃないっすか!!自分のことばっかり気にしててもしょうがないっすよ!!」

 「全然だろうが関係あるか!!テメエをとっ捕まえてボコボコにして終わりだろうが!!」

 「ぐえっ!・・・ほあ」

 

 自身の登場で完全に停止した裁判の進行を、皆桐は焦って再開させようとする。しかし、他の5人はそれどころではない。目の前に現れた信じがたい現実を受け入れようとするので精一杯だった。なんとか受け入れても、裁判の続きなど今はする気にならない。全ての元凶を前にして、馬鹿正直にそのルールに従う必要などない。

 すぐ隣のモノヴィークルに乗った下越が、皆桐の胸ぐらを掴む。意外そうな顔をして、皆桐はされるがままに引き寄せられるが、その態度は緊張感もなにもない。

 

 「下越さんはそれでいいんすか?本当に、それで満足なんすか?」

 「あぁ!?ンだそりゃあ!!テメエ、自分が何したか分かってんのか!!こっちはテメエをぶん殴らねえと気が済まねえんだよ!!」

 「テ、テルジさん・・・!」

 「し、下越君!落ち着いて!そんなことしたら掟に違反しちゃうから・・・!!」

 「ふむふむ。なるほどっす。ならいいっすよ」

 「はあ!?」

 

 対角線上にいるスニフさえ、見たこともないほど激昂する下越の剣幕に震え上がる。研前が不安げに止めに入ろうとするが、その足は皆桐の快諾によって止められた。

 

 「殴るくらいなら何の支障もないっすからね。こちとらクローン技術があるんすよ?捕まえてボコボコにするなんてケチ臭いこと言わずに、どうぞ!死ぬまでぶん殴り続けていいっすよ!そっちの方が下越さんもスッキリするでしょう?あ、自分のことは心配いらないっす。痛いのはガチなんで本気で痛がるっすけど、死ぬの慣れてるんで!」

 「・・・は?・・・いや、はあ?」

 「あ〜、でも素手じゃ殴り殺すのはキツいっすよね。それ以外にリクエストがあればどうぞ仰ってくださいっす!やっぱり料理人っすか包丁で刺殺っすか?あ、でも憎らしい相手は扼殺する方が王道って感じっすよね!あとは怒りのままに撲殺とかもイマドキっぽくていいっすね!爽快感求めるなら爆殺っすね!手間はかかるっすけどあのド派手さは殺る方も殺られる方もヤミツキっすよ!あと自分的には銃殺もオススメっすね!ゲーム感覚でお手軽に殺れるっすよ1いっそ、一回ずつ試してみます?」

 「な、なに・・・?テメ・・・なに言ってんだ・・・!?」

 「なにって、下越さんの気分を晴らす方法を提案してるんすよ。自分が死ねばいいんすよね?殺されたらいいんすよね?痛めつけて傷付けて殴りつけて辱めて貶めて鬱憤を晴らしたいんすよね?どうぞどうぞ、銃殺だったら今できるっすから」

 「・・・はあッ!?」

 

 震えるほど激しい下越の怒気に晒されても、皆桐は先ほどと変わらない饒舌さで下越に捲し立てる。迫っているのは下越の方なのに、その場の主導権は完全に皆桐が握っていた。。困惑とともに力が抜けた下越の手に、皆桐はポケットから取り出した拳銃を持たせた。冷たい銃口は皆桐を向いていた。

 

 「ほら、さあさあさあ!!どこがいいっすか?オーソドックスに心臓?血がどばどば出てキレイっすよ!!撃たれた後にだんだん意識が遠のいて目から色が消えてくのが見所っす!!それとも眉間?一瞬で全身が脱力するから仕事人みたいな感じがしてかなりバエるっす!!喉から脳天ぶち抜くのもいいっすね!!脳みそぶちまけて死ぬから、“殺したな!”、“殺されたな!”って実感が一番強いっす!!ハァ・・・!!ハァ・・・!!さあさあさあ!!どこを撃つっすか!?簡単っす!引き金を引くだけっすから!!ほらほらほら!!撃つんすか撃たないんすか!?ほら!!自分が憎いんでしょう!?許せないんでしょう!?だったら撃つしかないじゃないっすか!!ハァ・・・!!ハァ・・・!!撃って仲間の無念を晴らすしかないじゃないっすか!!さあほら!!!撃てよ!!!

 「・・・ッ!!」

 「もうやめて!!」

 

 上気した皆桐が怒鳴る。全身が震え、冷や汗を流し、瞳孔が開いて顔は引き攣る。その表情は、“絶望”そのものだった。同じ場所で同じ死に方をしたときの記憶が、完全にトラウマになっていた。それでも、皆桐は本気で撃たれるつもりでいた。自分を憎んでいる相手に銃口を突きつけられているこの状況に、たまらなく興奮していた。

 圧倒されていた下越は、遂に引き金を引くことはできなかった。後一歩で皆桐が自ら発砲しそうなときに、正地の声に耳を劈かれて動きを止めた。血の気が引いた顔でぶるぶる震えている正地を見て、皆桐は興奮が冷めたらしい。下越の手から銃をひったくって、池の中に放り捨てた。

 

 「オマエラは、どうしてこの場所に立っているっすか?」

 「・・・どうして、ですか?」

 

 先ほどまでの興奮がウソのように、皆桐は棒立ちでつぶやくように尋ねた。

 

 「コロシアイを勝ち抜いたから?学級裁判を生き抜いたから?脱出の方法はあると信じて希望を捨てなかったから?・・・うぷぷぷぷ♬どれも違うっす。『殺す度胸がなかったから』っすよ。脱出するため、守るべき人のため、自分の信念のため、行動を起こすことをしなかったからっす。裁判で命を懸けているつもりだったでしょうが、すべて()()()()()()()()()()()っす。行動を起こした人たちは、自ら命の危険の中に飛び込んだっす。その違いが分かるっすか?臆病者と呼ぶのも不相応な、ただの負け犬どもなんすよ、オマエラは」

 「・・・違うよ・・・!!」

 「・・・」

 「それは、違うよ・・・皆桐君・・・!!」

 

 その場にいる全員を冷たく罵る皆桐に、細い声が立ち向かった。皆桐はその声の方を一瞥するだけで、顔さえ向けない。それでも、研前は言葉を続けた。

 

 「そんなわけないよ・・・!!みんなは、何か譲れないことや守りたいものがあって、そのために行動したかも知れない・・・!!それ自体を責めることが正しいなんて言えない・・・!!それでも、人を殺すことが肯定されていいわけがない・・・!!そんなこと、絶対に許しちゃいけない!!」

 「そ、そうです!こなたさんの言うとおりです!」

 「間違いないねえ。手段と目的は切り離して考えるべきだあ。結果的におれたちは行動しなかったけどお、臆病者でも負け犬でもいいさあ。おれたちは人としての尊厳を守っただけのことさあ」

 「・・・ぷっ!うぷ、うぷぷ!うぷぷぷぷ!!あっははははははははははははは!!ぷぷっ・・・あーっはっはっはっはっはっはっは!!」

 「な、何がおかしいんだよ・・・!?」

 

 スニフ、納見が研前に続き、皆桐に反論する。正地と下越はそれに同意する気力さえ残っていないが、いつしか皆桐は研前の方を向いていた。焦点を合わせずぼんやりと研前を見ていたかと思うと、いきなり噴き出し、やがてそれは高笑いに変わった。

 

 「いや〜、さすがっす、研前さん。素晴らしいご高説痛み入るっす。そうっすよね、研前さん。あなたの言う通りっす」

 「・・・?」

 「“超高校級の幸運”の“才能”を持つ人は、言うことが違うっすね」

 「・・・ッ!!」

 「幸運・・・?どういうことだい・・・?」

 

 たった二言の返答で、研前の精神は一気に張り詰めた。スニフと正地が同時にその言葉に反応し、納見と下越はいまいち皆桐の言う意図が理解できずに首を傾げていた。

 

 「あなたは今までどれだけの数の人生を狂わせてきたっすか?今までどれだけの犠牲を糧に幸せを享受したっすか?今あなたの足下には、どれだけの数の屍が積み上がってるっすか?分かるわけないっすよね!今まで食べたパンの枚数を数えるようなものっすから!」

 「な、何を言ってるんだい?研前氏の幸運が・・・屍?」

 「ああ。そう言えば納見さんと下越さんは知らなかったっすね、研前さんの幸運のこと!」

 「S(),STOP(やめろ)!!」

 「研前さんの幸運は、常に誰かの犠牲を伴うという性質があるっす!誰かの損失が研前さんの利得に!誰かの悲しみが研前さんの喜びに!誰かの死が研前さんの生存に繋がる!そういう幸運なんすよ!」

 

 スニフの制止など聞こえないとばかりに、皆桐は一切の躊躇なく暴露した。それと同時に、納見と下越のモノモノウォッチが鳴った。『弱み』を打ち明けられたカウントが1増え、皆桐の言葉が真実であると告げる。他の誰かの『弱み』を紛れ込ませる余地などない、明白な言葉だった。

 

 「・・・なるほどねえ。それが研前氏の『弱み』、幸運の性質かあ。スニフ氏と正地氏は知ってたんだねえ。まあ、言わなかったことをとやかく言うつもりはないけどお・・・どうにもきな臭いねえ」

 「犠牲って・・・どういうこったよ・・・!オイ研前!お前・・・妙なことしてんじゃねえだろうな!」

 「ち、違うの下越くん!納見くん!研前さんは自分の幸運を利用したりなんかしてないわ!その幸運で一番苦しんでるのは、研前さん自身なの!」

 「I think so(そうですそうです)!こなたさんはわるくないです!」

 「悪くない?ホントっすかねえ?自分はオマエラのことを見てて、そうは思わないっすけどねえ?」

 「Shut up(黙ってください)!」

 

 『弱み』であるだけに、今まで秘密にしていたこと自体は納見も下越も責めることはできなかった。しかしその性質、犠牲という言葉に、二人は怪訝な表情を研前に向ける。不安定なこの状況において、得体の知れない幸運を持つ研前の存在は不気味に思えた。

 

 「研前さんが茅ヶ崎さんに嫉妬さえしなければ、茅ヶ崎さんは死ななかったんじゃないっすか?研前さんが雷堂さんにフられたくないことばかり考えなければ、雷堂さんは研前さんをフる前に死ぬ運命にはならなかったんじゃないっすか?」

 「そ、そんな・・・!私は・・・そんなつもりは・・・!」

 「“そんなつもりはなかった”!そうっすよね!そうでしょうとも!その幸運は研前さんが自発的に行使できるものじゃないっすもんね!ただ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()程度の能力っすもんね!それでも傷ついた人間がいるのは事実っす。命を奪われた人間がいるのは事実っす。研前さんにそのつもりがなくても、事実は事実。“そんなつもりじゃなかったなら仕方ない。許します”なんて、死んだ人が言うとでも思ってるんすか?ねえ?ねえ?ねえねえねえ?」

 「な、なんだそりゃ・・・!?茅ヶ崎が殺されたのも、雷堂が死んだのも・・・研前のせいだってのかよ・・・!?」

 「ち、ちがいますよテルジさん!そんなことこなたさんは思ってないです!」

 「研前氏が望んだのはその結果であってえ、過程まで研前氏の思い通りになるわけじゃあないってことかあ」

 「理解が早いっすね納見さん。その通りっすよ」

 

 動揺する下越に対し、納見は冷静だった。表情の変化が分かりにくい納見だが、青ざめていることは見てとれた。それでも冷静に分析することができる程度には、自分の気持ちを操ることができていた。今ここで自分がパニックになれば、全ておしまいだということも理解できていた。

 

 「皆桐氏・・・君は一体何なんだい?」

 「はい?自分は自分っすよ、納見さん。あなたのイメージとはかなり違うでしょうけど・・・本質的に理解しあえる人間なんていないんすよ。だから自分のこういう顔を知らなかったことに負い目を感じる必要はないっす。ただ、知らなかっただけっす」

 「・・・もういいよお。おれたちは裁判の続きをするからあ、君は少し静かにしていてくれないかい」

 「およ、冷静っすね」

 

 おどけた言い方をする皆桐だったが、納見は微動だにせず、視線を外さない。それを見て、皆桐は引き際を悟った。目下、裁判の進行を阻害している最大の要因は自分だ。そして、裁判が進まないと困るのは皆桐の方だった。そこまでを理解しているのか、納見は皆桐を黙らせるよう働きかけていた。

 

 「ええ。いいっすよ。もちろんっす。自分は黒幕っすから、裁判に参加して掻き回すのはちょっとルール違反っす。自分の席で、見守ってるっすよ!」

 

 両手を挙げて、皆桐はこれ以上の不干渉を表明した。それを守る保証はないが、少なくとも裁判を再開することについては双方とも納得している。たとえ今この場で皆桐を捕まえたところで、無意味であることは先ほどの下越とのやり取りで分かった。モノクマランドから脱出するためには、やはりこの裁判を進めるより他に方法はなかった。

 

 「さてとお、黒幕の正体はこれで分かったねえ。あとは他のことを明らかにすればあ、おれたちの勝ちだよお」

 「勝ちだと・・・!?何が勝ちなんだ!こいつはずっとオレたちを見てたんだぞ!オレたちが疑いあって、信じられなくなって、殺して殺されて裁判やって処刑されて・・・それをずっと見てたんだ!ふざけてやがる!ぶん殴るだけじゃ足りねえ!ぶっ飛ばして・・・殺してやりてえほど憎くてたまらねえんだよ!!けど!!・・・オレは、こいつを殺すこともできねえんだぞ・・・!!」

 「復讐することだけが勝利じゃあないさあ。すべての謎を明らかにしないとお、今度はおれたちが殺されるんだからさあ」

 「そうっすよ!がんばって推理しましょー!」

 「I said shut up(うるせえっつってんだろ)!」

 「なんすかスニフさん?それ英語っすか?」

 「だまっとけ!です!」

 「うおおおおおおおんっ!!スニフさんに罵倒された!!これはこたえるっすーーーー!!」

 「・・・Huh()?」

 「と、ともかく・・・黒幕は、皆桐くんなのよね?だったら・・・1つめの議題はクリアしたってことでいいのよね。他の議題に移りましょう」

 O(ちょ), ONE MOMENT, PLEASE(ちょっと待ってください)!!」

 

 ゆっくりと元の流れに戻ろうとする議論を、スニフが大声で引き留めた。思わず引き留めてしまったが、まだ確証はない。だがこの違和感を放置してはいけない、そう直感的に思った。

 

 「どうしたの、スニフ君」

 「・・・ア、アクトさん」

 「・・・はい?なんすかスニフさん?自分はスニフさんに罵倒されたショックで頭にキノコが生えてきたっすよ・・・!」

 「Why can't you understand my words(どうしてボクの言葉が分からないんですか)?」

 「は?あの、ですからスニフさん。自分、英語はさっぱりなんすよ。黒幕だからってなんでもできると思ってもらっちゃ困るっすからね!」

 「・・・わかりました」

 

 短くそう言うと、スニフは皆桐以外の全員の目を順番に見つめた。その瞳に宿った光は、決して希望の光ではなかった。しかし、強烈な覚悟を感じた。思わず全員が、スニフの次の言葉を待った。

 


 

 「みなさん、まだこのTheme(テーマ)おわってないです。【The identity of the mastermind(黒幕の正体)】、アクトさんじゃないです・・・!」

 「・・・ああっ!?なに言ってんだスニフ!?」

 「黒幕の正体は皆桐くんじゃないって・・・え?な、なんで?」

 「意味が分からないんだけどお」

 「・・・うぷぷ♬」

 

 スニフが発した言葉の意味を理解する者はいなかった。今のこの状況で、さっきまでの文脈で、スニフの発言が矛盾するものであることは誰にとっても明白だった。それでも、スニフは確信を持って続けた。

 

 「ボクいままで、モノクマにたくさんきたない言葉とか、ひどいこと言ってきました。モノクマはそのたんびに、Over reaction(オーバーリアクション)でかなしんだりおちこんだりするフリしてました」

 「それが、どうしたの?」

 「・・・そのとき、ボクはずっと、English(英語)ではなしてたのにです」

 「・・・?んん?」

 「モノクマは、ボクのEnglish(英語)が分かってました。どんなにきたない言葉でも、Slang(スラング)でも、ちゃんときいてUnderstand(理解する)してました。なのに、アクトさんはいま、ボクのEnglish(英語)が分からないって言いました。すごくPolitely(丁寧に)だったのにです」

 「えっ・・・?えっ?な、なにそれ・・・?ど、どういう意味・・・?」

 「ですから、ボクのEnglish(英語)が分からなかったアクトさんと、いつもモノクマをOperate(操作する)してた人、ちがう人です・・・!」

 「い、いやでもよ!皆桐が黒幕だっつったのはお前だろスニフ!根拠だってちゃんと言ってたじゃねえか!」

 「さっきまでのやり取りがあってえ、これで皆桐氏が黒幕じゃあないって言うのは無理があるよねえ」

 「・・・でも、さっきまでDiscuss(議論する)してた、Mastermind(黒幕)のこと、おもいだしてください」

 

 全員が確実に聞き取った、先ほどのスニフと皆桐の会話。英語で毒づいたスニフに対し、皆桐はその意味を理解しかねて聞き返した。今までモノクマがスニフに、英語の意味を理解しかねて聞き返したことなどなかった。スニフの言いたいことは分かったが、それは更なる混乱を招くものでしかない。何が起きているのか、全く分からない。ただ、スニフに導かれるまま、議論を思い返す。

 

 

 議論開始

 「ボクたちがはなしてた、Mastermind(黒幕)がどんな人か、おもいだしてください・・・!」

 「ええっと、黒幕は・・・私たちの『弱み』を知れるほど近しい人で・・・!」

 「おれたちのそれぞれの“才能”に適した環境を用意できるほどお、特に荒川氏と近い学問分野に理解がある人でえ・・・!」

 「オレたちを誘拐してきてそれまでの記憶を奪いやがったヤツで・・・!」

 「“超高校級の絶望”の思想を持つ人で・・・!」

 「かんがえなおしましょう・・・!!」

 


 

 「さっきまでのDiscussion(議論)で、Mastermind(黒幕)はエルリさんのResearch theme(研究テーマ)とにてることを知ってて、Clone technology(クローン技術)をぬすんだって言ってました。だけど、アクトさんがそんなことできるなんて・・・思いますか?」

 「そ、そう言われると・・・皆桐君が医学的な知識とか、科学技術とかに詳しいとは思えないよね・・・」

 「そう言えばそうだわ・・・虚戈さんと一緒に診療所で休んでたときも、擦り傷や打撲の手当の仕方くらいは分かってたけど、そのくらいだったもの・・・。医学とか、ましてやクローン技術を盗むような専門知識なんてあるはずないわ・・・!」

 「そうです・・・だからMastermind(黒幕)は、アクトさんじゃ──!!」

 「ちょっと待てやァッ!!」

 

 自分の推理とその結果に対し、自分で反論する。周りからすれば、スニフが何をしているのか理解できない。根拠と理屈は理解できるが、状況が飲み込めない。先ほどとは全く立場を変えたスニフだが、決して自棄になっているわけでも錯乱しているわけでもない。あくまで冷静に、論理的に目の前の出来事を思考していった結果、この短時間で意見を180度変えている。その事実について行けない者は、ただ付き従うか、あるいは真っ向から刃向かうかだ。

 

 「オイ待てコラァ!!スニフ!!テメエわけわかんねえこと言ってんじゃねえぞ!!さっきと言ってること全然違うじゃねえかよ!!」

 「・・・I'm sorry(ごめんなさい)、テルジさん。でも、さっきのボクのInference(推理)じゃおかしいんです。ぜんぜんちがうことになりますけど、ボクのはなしをきいてください!」

 

 

 反論ショーダウン

 「皆桐が黒幕だっつったのはテメエだろうが!!オレたちの目の前で処刑されたのがクローンで、後から復活して黒幕になったっつってたろ!!」

 「何より今ここに!!こいつがいるじゃねえかよ!!さっきまで胸糞悪いことしゃべってたの見てたろ!!だったらこいつが黒幕だ!!なんでその結論が変わるんだよ!!」

 

 「ボクのInference(推理)まちがってたの、あやまります。ごめんなさい。でも、アクトさんがボクたちの前でExecute(処刑する)されたのはホントのことですし、Revive(復活する)してるのもホントのことです」

 「さっきまでのこと見てて、アクトさんがMastermind(黒幕)じゃないっていうのはおかしいです。だけど、Mastermind(黒幕)と言うのにひつようなことが、アクトさんじゃClear(クリア)できないんです」

 

 

 発展!

 

 

 「全っ然!!ちっとも!!意味が分からねえんだよ!!テメエの推理が間違ってんなら黒幕は皆桐じゃねえってことになるんじゃねえのかよ!?黒幕に必要な条件だあ!?んなもんどうにだってなんだろうが!!信じられねえようなことだって現実にしちまうヤツなんだぞ!?クローンの工場なんて造って大量生産してるようなヤツなんだぞ!?何ができたっておかしくねえだろうが!!」

 「やっぱりそこが・・・おかしいです!!」

 


 

 混乱と混沌の渦の中で、耐えきれなくなった下越がスニフに強く反論した。先ほどの激怒には怯えていたスニフだったが、今は毅然と対峙した。今の自分の推理を撤回することは簡単だ。しかしそうすれば、このコロシアイの真相を掴み損ねる。黒幕との学級裁判に勝利することができなくなる。体の芯は震えているが、それを押し殺して立ち向かった。

 

 「Clone factory(クローン製造工場)も、おかしいんです。ヤスイチさん。Clone(クローン)は、Automate manufacture(自動製造)してあったんですよね?」

 「んん?ああ、そうだよお。最後までは見届けてないけどお、ありゃあ大量生産の体制だったねえ。素人目でも分かるよお」

 「それがなんだってんだよ!クローン造ってるなんてことはこいつが言ってただろ!」

 「下越さん・・・悪いっすけど、あんまり指ささないでほしいっす。黒幕にだって心はあるんすよ!」

 「だけど、そんなNecessary(必要性)がないんです。たくさんつくらなくてもいいはずなんです」

 「はあ!?」

 

 一点だけ納見に確認して、スニフが話し出す。居心地悪そうな皆桐を無視して、下越は頭を掻きむしりながらスニフの言うことをなんとか理解しようとする。だが、聞けば聞くほど、考えれば考えるほど分からない。

 

 「Clone(クローン)がアクトさんのためのものだったら、A few number(いくつか)あればいいんです。Automation(自動)でつくるほど、たくさんいらないはずなんです・・・!」

 「そっか・・・そうだよね。自分が処刑されたと思わせて、後はずっとコロシアイを監視してるなら・・・1体か、多くても2体あれば十分なはず・・・!」

 「だ、だけど・・・納見くんが見間違えたとか、ウソ吐いたりしてるわけじゃない・・・のよね?」

 「そこは信じてくれよお。ありゃあ間違いなく大量生産のスタイルだよお。そもそもお、掟まで造って立ち入りを禁止した時点でえ、あれはコロシアイに必要なもの。そして入口を見つけにくくする以上の秘匿ができないものってことだからあ・・・数体造るだけならもっとこじんまりさせるだろうしねえ」

 「だから・・・Clone(クローン)はそれだけひつようってことなんです。このThe Killing(コロシアイ)で、たくさんひつようだってことです・・・!!」

 「え・・・い、いや、スニフくん・・・?あ、その・・・!ウ、ウソよね・・・?」

 「・・・まさかだよお」

 「なんだよ!!何が言いてえんだよスニフ!!もっと分かりやすく言えよ!!」

 

 沸騰しそうな脳みそで必死に理性を保つ下越に対し、他の4人は真っ青な顔で互いを見る。考えていることは同じだ。それが意味することも。信じたくないのも。だが、スニフはこれを言わなければならない。到底信じられないこの推理を、口にしなくてはならない。どうか、その推理が間違っていてほしいと、これが真相であってほしいと、矛盾した2つの感情がせめぎ合う。その答えが出ないまま、スニフはそれを言葉にした。

 

 「だって、こんなことできるわけないんです。モノクマランドをBuild(建造する)したり、16人も人をAbduct(拉致する)したりなんて・・・!!たったひとりでできるわけないんです・・・!!」

 「・・・うぷ♬」

 「だ、だから・・・それをした人は・・・!!Mastermind(黒幕)は・・・!!」

 

 

 人物指名

 スニフ・L・マクドナルド

 研前こなた

 須磨倉陽人

 納見康市

 相模いよ

 皆桐亜駆斗

 正地聖羅

 野干玉蓪

 星砂這渡

 雷堂航

 鉄祭九郎

 荒川絵留莉

 下越輝司

 城之内大輔

 極麗華

 虚戈舞夢

 茅ヶ崎真波

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▶須磨倉陽人

▶相模いよ

▶皆桐亜駆斗

▶野干玉蓪

▶星砂這渡

▶雷堂航

▶鉄祭九郎

▶荒川絵留莉

▶城之内大輔

▶極麗華

▶虚戈舞夢

▶茅ヶ崎真波

 

 

 

 「今まで死んだ人たちの・・・全員です・・・!!」

 


 

 裁判場が爆ぜた。モノヴィークルが散り散りに走る。人が乗る6台だけはその場に残り、あとの11台が池に近付く。激しく揺れるモノヴィークルに、皆桐以外の5人はわけがわからないまま手すりに掴まる。池には真っ黒な穴が開いた。奈落の底まで続くような大穴だった。

 その穴から飛び出す影があった。その影を受け止めるように、モノヴィークルは右往左往する。ある者は遺影を蹴り倒し。ある者は遺影を放り投げ。ある者は遺影を踏み潰す。その全てが暴力的な悪意に満ちたまま、再びモノヴィークルは集結する。高速回転する裁判場に組み込まれていき、やがて1つの円となって停止する。顔を上げたスニフたちの目に、その現実は、容赦なく飛び込んで来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お・お・あ・た・りィ〜〜〜ッ!!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 この裁判場に、死者はひとりもいなかった。

 


 

 「ひっさしぶりだね研前ちゃん!会いたかったよ!アタシら序盤死組はこの瞬間を待っててもうウズウズしてたんだから!」

 「さすがだよなオマエラ。議論の展開(はこ)び方もすっかり慣れたもんだ。まあ、ここまで明らかにされちまったんなら、俺も負けた甲斐があるってもんだよな!」

 「ようスニフ!お前あんだけ言ったのにまだコクってねえだろ!そんなんだから雷堂に先越されかけるんだぜ!越される前に死んだけどな!ぎゃははははは!!」

 「いよーーーっ!!遂にぃ!!ぁ遂に真なる黒幕の姿が白日の下に晒された此の時!!生き残りし5名方は此の絶望的な現実へ如何に立ち向かうのか!!さあ!!さあさあ見物ですよ!!」

 「なんというか、感慨深いものだな。何度経験してもこの瞬間は気持ちが滾る。狂おしくて笑えるほどに・・・震えるほど絶望的だ」

 「たまちゃんのメッセージ受け取ってくれてありがとスニフ君♬そこのクソ白髪野郎がプチトマトみたいにブッ潰されたの見たときはほっぺた攣るくらい笑っちゃった!」

 「ふははははは!!喜べ!!称えてやろう凡俗共!!この俺様を破り、最終裁判にまでこぎつけ、二度俺様に立ち向かうことになるその運命を!!どこまで至るか見届けてやる!!」

 「わーい♡またみんなとこうやって会えるなんて、マイムはすっごく嬉しいよ♬・・・あれ?みんななんだか暗い顔してる?ダメだよダメダメ×つらいときこそスマーイル☆だよっ☆」

 「フフフ・・・私が遺した言葉と情報はかなり有効に働いたようだな・・・。死してなお生者を真実の光で照らし、同時に混沌の淵に誘う・・・フフ、フフフフフ!」

 「いよいよ魔術師めいてきたなお前は。しかしまあ、なんだ。私たちは幾分バツが悪いものだな、雷堂。今朝まではともに食卓を囲っていた上に、私に至ってはあんな醜態をさらしてしまった」

 「確かにな!ははっ!気まずいは気まずいけど、まァしょうがねェか。思ったより早くここまで辿り着かれちまったしな。あ〜あ、俺ももっと黒幕ムーヴ楽しみたかったんだけどなァ」

 

 それぞれが、それぞれの口で、好き勝手にしゃべる。その言葉のどれもが、スニフたちにとっては耳を塞ぎたくなるような雑音だ。この現実を、目の前の事実を、自分たちが求めた真実を、受け入れようとするだけで精一杯だった。

 

 「うっ・・・うぅっ・・・!!」

 「どうしたんすかスニフさん?これっすよ!!これが今、あなたが明らかにした事実っすよ!!ここにいる全員が!!黒幕なんすよ!!」

 

 皆桐が改めて、その絶望的な現実を叩きつけてくる。まだ困惑の色に塗り潰されている5人の表情を舐め回すように見て、12人の黒幕たちは気持ちを高ぶらせていく。

 

 「なっ・・・!?は・・・!?」

 「ああっ・・・!!うっ・・・!ハァ・・・!!ハァ・・・!!」

 「なんだよこれはあああああああああああああああっ!!?」

 「ウ、ウソ・・・だ・・・!こんなの・・・!!こんなこと・・・!!」

 

 意味が分からない。理解できない。見ていられない。考えたくない。受け入れられない。信じられない。信じたくない。

 こんなことが現実などと思えなかった。夢にしてもひどすぎる。こんな現実はあり得ない。あり得てはいけない。

 

 「現実だよ」

 

 冷たい茅ヶ崎の声。質量を伴って耳から腹の底に至る。眩暈と吐き気で立っているのもやっとだった。

 

 「これほど明確な事実を前にして、なぜ信じられない?これだから貴様らは凡俗なのだ」

 「そりゃフツー信じられねえよなこんなこと!!ぎゃはははは!!分かるぜオマエラ!!その気持ちよぉ!!」

 「ホ、ホントにみんな・・・生きてるの・・・?みんなが・・・私たちをこんな目に遭わせてきた、黒幕なの・・・?」

 「うん。そうだよ。アタシはずっと研前ちゃんたちを見てきた。みんなの笑顔も。泣き顔も。コロシアイの瞬間も。学級裁判も。おしおきも・・・全部、ね」

 「宛ら劇場映画の様相で、いよは興奮して何度も黒幕仲間の皆様にご迷惑をお掛けしてしまいました!あいや失礼!いよっ!」

 「待て」

 

 好き好きに言葉を吐き出す口が、短く力強い極の言葉で封じられた。一気に裁判場の空気が張り詰めた。

 

 「今はまだ、裁判の途中。スニフたちが謎を解明することが第一目的だ。ここで私たちが多くを語ることも、それを妨害することも、裁判のバランスを破壊しかねん」

 「さっすがレイカ♢じゃあマイムはお口チャックするね☆ンーーー♬」

 「だな。ンじゃァ、俺たちは最低限の補助だけする。後はオマエラが続けてくれよ。このコロシアイを生き残った、5人がさ」

 「因みにだが・・・今は【黒幕の正体】についての議論の最中だったぞ」

 

 あくまで黒幕たちのスタンスは、スニフたちに学級裁判を続行させることだ。自分たちの登場が最大の妨害であることも理解した上で、それをスニフたちが受け入れるまで待ち、議論が停滞すれば進行を補助し、話題が脇道に逸れれば正道に戻すよう促す。

 しかし、肝心のスニフたちはまだ、12人の黒幕たちが現れたショックから立ち直れずにいた。その現実を受け止めるのには、時間がどれほどあっても足りない。

 

 「これはちょっとお・・・刺激が強すぎるよお・・・!!受け入れるとか受け入れないとかあ・・・そんなレベルじゃあない・・・!!」

 「もういやよ・・・!!どうしてこんなことしなくちゃいけないの・・・!?みんな殺されて・・・生き返って・・・こんなの、意味が分からないわよ・・・!!」

 「まだそんなところなの?もうその件終わってるんだよ!さっさと進めよ!ったりぃな!」

 「仕方あるまい、野干玉。生命は根本的に不可逆だ。それが常識。それが現実。しかし我々は擬似的とはいえ生命現象を逆行した。地球が平面から球体に変わるがごとし概念転換だろう」

 「その名前で呼ぶなっつってんだろ根暗メガネ!!殺すぞ!!」

 「まあ現実を受け入れられない気持ちは分からあ。だけど考えてみな。俺たちの存在を受け入れようが受け入れまいが、結局オマエラがやることは変わらねえ。この裁判を最後まで進行(はこ)ぶことだけだ。信じられねえことは信じなきゃいい。目を背けたくなりてえことは見なけりゃいい。仮定でもいいんだ」

 「優しく言ってっけど一番最初にコロシアイしたのお前だかンな!?」

 

 あまりの衝撃の連続で熱が出て来た気もしてくる。ふらつく体をなんとか足で支え、額に滲む冷や汗を拭った。今は耳に入る全ての音がノイズにしか聞こえないが、須磨倉の言うことは正しくもあった。自分たちに残された道は、裁判を続けることだけだった。

 

 「やるしか・・・ない・・・!」

 「・・・こなたさん?」

 「やるしか、ないよ・・・!裁判を・・・続けるしかないよ・・・!」

 「・・・そ、そう、なのよね。それしか・・・ないのよね・・・」

 

 自分たちの意思とは関係なく、ただ事実だけが目の前にある。これ以上黙っていても解決にはならない。なら、たとえ絶望的な状況であっても、悲劇的な事態であっても、進む以外に選択肢はなかった。

 

 「やろう。裁判を。ここから生きて脱出するために・・・!私たちの希望は・・・もう、それしかないから・・・!」

 「・・・ちっくしょう・・・!なんなんだよマジで・・・なんなんだよ!」

 「ごめんよお。ショック受けすぎて忘れてたあ。確かにい、それしかないねえ」

 「・・・はい。きっと、Truth(真相)Clear(明らか)にします」

 

 研前の言葉につられるように、他の4人も奮起する。それは、希望に満ちた決意ではない。絶望と困惑と諦めからくる、逃避に似た感情だった。それでも進む方向は同じだ。黒幕たちの悪意に満ちた目に囲まれた裁判場は、再び動き出す。

 

 「・・・【黒幕の正体】は、これで分かった。今まで死んだみんなが黒幕だったんだ。だから、あと2つを明らかにすればいいんだよ」

 「【コロシアイの目的】と・・・【私たちが何者か】・・・よね。そこの人たちに聞いたって・・・教えてはくれないわよね・・・」

 「当然だ。そんな甘い話はないぞ」

 「【おれたちが何者か】っていうのはいまいち意味が分からないけどお・・・さっきの話でおれたちはみんな記憶喪失になってるんだよねえ。ならあ、そこにヒントがあるんじゃあないかい?」

 「Lost memory(なくなった記憶)Hint(ヒント)は・・・あのPhotograph(写真)にあるんじゃないですか?」

 「例の、4つめの動機の写真と、裁判直前にモノクマが寄越した写真か・・・」

 「一応の確認だけどお、時系列的には希望ヶ峰学園での写真が先でえ、モノクマランドの写真が後ってことでいいよねえ?」

 

 モノモノウォッチに表示された2種類の写真。1つは虚戈が殺害されるより前に、1つは最後の学級裁判を控えた食堂で、モノクマから与えられた。これが一体何を意味するのか、考えられる可能性は少ない。

 

 「じ、実は私たちは、もう希望ヶ峰学園に入学していて・・・その記憶を奪われてるってことよね?」

 「黒幕の人たちも写ってるってことは、もともとみんなもクラスメイトかなんかだったってことだよね・・・」

 「じゃあなんで今こうなってんだよ!?クラスメイト誘拐してコロシアイさせるなんて、意味が分からねえぞ!?」

 「何らかの出来事があったってことだよねえ。もし彼らが普通の希望ヶ峰学園の生徒だったってんならあ・・・コロシアイなんてものを企てるようになった原因はあ・・・」

 

 

 証拠提出

 A.【人類史上最大最悪の絶望的事件)

 B.【希望ヶ峰学園史上最大最悪の絶望的事件)

 C.【モノクマランド史上最大最悪の絶望的事件)

 D.【“超高校級の絶望”史上最大最悪の絶望的事件)

 

 

 

 

 

▶A.【人類史上最大最悪の絶望的事件)

▶B.【希望ヶ峰学園史上最大最悪の絶望的事件)

 


 

 「『人類史上最大最悪の絶望的事件』と『希望ヶ峰学園史上最大最悪の絶望的事件』・・・どっちも、真相ルーレットで言ってたことだよね・・・」

 「“Ultimate despair(超高校級の絶望)”がかかわってて、どっちもThe Killing(コロシアイ)があります。Today morning(今朝)、ワタルさんが言ってたとおり・・・この12人のみなさんは、“Ultimate despair(超高校級の絶望)”なんじゃないですか・・・?」

 「うん。私もそう思う。そうすれば、【コロシアイの目的】もはっきりしてるよ。希望ヶ峰学園で起きたコロシアイは、参加した人たちやそれを見ている人たちを絶望させることが目的だった。そうやって、“超高校級の絶望”の仲間を増やそうとしてたんだ」

 「っつーことは今回も・・・そういうことかよ!オレらを絶望とかなんとかに引き込もうって魂胆か!」

 「仲間に・・・引き込む?」

 

 少しずつ、議論は元の調子を取り戻してくる。不気味なほどに進行を阻まず、ただ鋭い眼光で議論の行く末を見守っているだけの12人は、実際の裁判の中では遺影であったときと然程変わらない。そう考えれば、いくらか気分が和らいだ。そう考えることで、心の平穏を保つしかなかった。

 

 「オレらを希望ヶ峰学園から誘拐して記憶を奪って、最初っから潜伏してた“超高校級の絶望”どもがコロシアイすりゃ、オレらは勝手に絶望してくだろ!そうやって心底絶望すりゃあ、こいつらと同じになっちまうんだ!なんてったってこいつらはクローンがあって不死身だ!こんなこと何回も繰り返して、また希望ヶ峰学園を乗っ取ろうとか考えてんだろ!」

 「何回もって・・・The Killing museum(コロシアイ記録館)File(ファイル)もおんなじですか?」

 「それを調べたのはお前だろ、スニフ。どうだったんだよ」

 「・・・むかしのThe Killing(コロシアイ)にだれがいたのかは、分からないです。でも、みんなキボーガミネHigh school(学園)Student(生徒)だったり、モノクマランドでやってることはおんなじでした」

 「ホレ見ろ!やっぱ同じだ!」

 「うぅん・・・」

 「なんだよ納見?納得いかねえってのか!」

 「下越氏の言いたいことは分かるけどお、ちょっとばかし回りくどすぎやしないかい?絶望の思想を広げて勢力拡大を目指すんならあ、希望ヶ峰学園の生徒にこだわる必要はないと思うけどねえ」

 「さっき言ってた事件だって、希望ヶ峰学園で起きたんだから学園の生徒が参加してたんだろ。だったら、当てつけかなんかで希望ヶ峰学園の生徒狙ったっておかしくねえじゃねえか。それに今の外の世界は、未来機関?とかがこいつらのこと嗅ぎ回ってんだろ?回りくどかろうがぜってえに見つからねえこのモノクマランドでやる方が、こいつらにとっちゃ安全だろ!」

 

 真相に手を伸ばす下越が、らしからぬ高説で次々と推理を述べる。そのどれも、一応の理屈は通っている。しかし、現実味があるかとなると別の話だ。“超高校級の絶望”に関する知識を総動員して下越の推理を精査すると、やはり粗が見えてくる。

 

 「だ、だけど下越くん。真相ルーレットでも言ってたけど、“超高校級の絶望”とそれが起こした事件は、今じゃ歴史上の出来事になってる、過去のものなのよ?それが、5人もの人間を誘拐するなんてこと、できるとは・・・思えないんだけど・・・」

 「ボクもそう思います」

 「なんだよ!だったら、ここにいるこいつらはどう説明するんだよ!こいつらは間違いなく“超高校級の絶望”なんだろ!?」

 

 改めて、5人は他の12人の顔を見渡す。その表情からは、いずれも止めどない悪意を感じる。しかし、それが絶望に依るものかどうかまでは判断しかねた。

 

 「・・・あなたたちは、何者なの?」

 「そりゃァ答えられねェ質問だ。裁判の根幹に関わる」

 

 緊張を含む研前の質問は、雷堂の不遜な物言いによって棄却された。

 

 「私から逆に問おう。オマエラは何者だ?」

 「んなもん決まってんだろ!希望ヶ峰学園の生徒だ!そんで、テメエら“超高校級の絶望”に誘拐されてここにいる!」

 「フッ・・・ハッハハハハハハ!!そうかそうか!!」

 「な、なに笑ってるのよ・・・?何がおかしいの・・・!?」

 「これだから凡俗は、退屈しない。もしその通りだとすれば、矛盾することがあるだろう」

 「・・・?」

 「論理的に考えててみろ。“絶望”に落とすためにコロシアイを経験させるのならば、希望ヶ峰学園はともかく、モノクマランドでの生活の記憶を消す必要はないはずだろう?残していた方が、日々を共に過ごした身近な者たちによるコロシアイという感覚が一層強くなる・・・それだけ、フフフ・・・絶望も強い」

 「それは・・・!」

 「ホラ考えてみなよ。たまちゃんが応援してあげるからさ!」

 「モノクマランドでのMemory(記憶)までなくしたことに・・・なにか、いみがあるんですか?」

 「いよっ!いよたちは飽く迄も補助役!質問許り為さるは裁判に非じ、尋問也!故に、口を噤みます!」

 「答えないってことだねえ」

 

 記憶が黒幕たちによって奪われたことは、今のやり取りで間接的にだが、確定したようなものだ。しかしその意図が分からない。荒川が言ったように、共に過ごした記憶を残しておけばスニフたちはより深く絶望していたことだろう。それを理解した上で記憶を奪うという選択をしたことが、黒幕たちにとって何を意味するのか。何の意図があったのか。

 

 「残しておくと・・・何か都合が悪いことがあった?」

 「ふぅん・・・そうなるんだ」

 「まあそりゃそういう結論になるだろ。誰だってそうなるオレもそうなる」

 「このままでは・・・辿()()()()()()のではないか?」

 「そもそも、まだ不完全なんだぜこりゃ。軽く誘導(はこ)ばなきゃダメだ」

 「っすね!んじゃあここは、我らがリーダーこと雷堂さんから!」

 「お前、バカにしてンだろ。いいけど」

 

 研前の返答に、黒幕たちは互いに顔を見合わせ、やれやれとばかりに溜息を吐き、肩を竦める。スニフたちにとってはそれが何を意味するのか分からない。何が間違っているのか、何が正解なのか、何を期待されているのか。全く分からない。皆桐に促されて、雷堂が再び溜息を吐く。

 

 「オマエラさァ、ちょっと見てられねェからひとつ訂正してやるよ。大サービスだぞ」

 「てい・・・せい・・・?」

 

 

 

 「誰も記憶なんて消されてねェぞ?」

 


 

 「・・・は?」

 

 その言葉は、スニフたちを戦慄させるのに十分短く、そして真っ直ぐだった。不安定な足下の支えを蹴り飛ばされるような、どこに倒れていくか分からない不安と恐怖。頭の中で組み立てていた推理が根本から否定されるような感覚がして、あっという間に脳内が空白に蝕まれていった。

 

 「うむ。仕方あるまい。はっきりと否定しておかなければ、いつまで経ってもここから先の展開には進めなかっただろうからな」

 「フフフ・・・そもそもオマエラ、科学に夢を見すぎだ。記憶を復活させたり数値演算に置き換えてコピーする技術ならまだしも、特定の記憶だけを外科的処置で消去するなど、そんなことができるわけがないだろう」

 「エルリの黒魔術でなんとかならないのー?」

 「虚戈は私をなんだと思っている・・・」

 「い、や・・・いや・・・いやいやいや。そんなのおかしいよお」

 

 予想だにしなかった展開に、思わず納見が荒川の言葉を否定する。それが何の意味もないことであると、直感で理解しているはずなのに。そうでもしないと、今度こそ心が壊れてしまいかねなかった。

 

 「だってえ、きみたちがおれたちに寄越した写真の記憶はおれたちにないんだよお・・・?希望ヶ峰学園で過ごした記憶もないしい」

 「記憶がない、即ち奪われたと、なぜ言い切れる?私にはその方が疑問だな。記憶がないのであれば理由は2つ。1つは完全に忘却の彼方へと消滅することだ。しかし、数日間もの記憶が写真を見ても思い出せないほどに無くなることも、同じようにあり得ない」

 「じゃあなんで記憶がないの・・・?もう1つの理由って・・・?」

 「それは・・・!もしかして・・・!」

 

 

 選択

 A.【忘れている)

 B.【経験していない)

 

 

 

 

 

▶B.【経験していない)

 


 

 「ボクたちは・・・Photograph(写真)にあるようなことを、Experience(経験する)してない・・・ってことですか?」

 「え・・・け、経験、してない・・・?」

 「いや!だ、だからおかしいだろって!だったらこの写真はなんなんだよ!?偽物か!?」

 「偽物ではない。その写真が本物であることは我々が保証しよう」

 「そうじゃねえんだよなあ!!よーし!!んじゃあオレがリードしてやんよ!!よく思い出してみろ!!黒幕の条件ってモンを!!」

 

 散々議論し、何度も繰り返し確認した、黒幕の条件。既に12人の黒幕が姿を現した今となっては、それを思い返すことに意味があるとは思えない。しかし、不安定な思考回路は、たとえ無意味に思えても指向性を得ることに縋ってしまう。

 

 「お、おれたちの『弱み』を知れるくらい近しい人物でえ・・・」

 「コロシアイをさせるために私たちの記憶を奪って・・・」

 「え?けど・・・その記憶ってのがそもそもなくて・・・?」

 「いくつもの“才能”・・・特に荒川さんの研究に深い理解があって・・・」

 「“Ultimate despair(超高校級の絶望)”で・・・」

 

 言われるがまま、スニフたちは黒幕の条件を反芻した。それにどれほどの意味があるのか。一体何を意味するのか。もはやスニフたちは、黒幕たちの言葉に従うばかりとなっていた。この裁判の意味など、既にほとんど消失していた。

 

 「オレたち()()()だけじゃなくオマエラの“才能”研究室まで理想的な環境を用意できたのはなんでだ!?」

 「なんでオマエラには写真の中の記憶がないのか!?」

 「オマエラがこのコロシアイに参加している理由はなんなのか!?」

 「これらの疑問を全て解消し、なおかつオマエラが先ほど挙げた条件に矛盾しない結論が、たった1つだけあるだろう。さあ考えろ!そして吐き出せ!」

 

 与えられた情報、疑問、事実、虚構、絶望・・・それらが全て頭の中で綯い交ぜになる。自分で自分の脳みそをかき混ぜているような感覚。これ以上の思考は危険だ。これ以上の推理は無意味だ。これ以上は・・・本当に戻れなくなる。沼の底から這いずり出るように、じんわりと答えが頭に浮かぶ。それを口にするまで、どれほどの時間を要しただろうか。数時間にも思える葛藤の末に、答えは紡がれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ボ・・・ボク、たちも・・・」

 

 スニフが吐き出せたのは、それだけだった。

 

 「うっぷっぷっぷっぷ♬言ったでしょう?“ここにいる全員が黒幕だ”って」

 「同じなンだよ。オマエラも」

 

 もはや驚く気力すら残っていない。言葉を疑う余裕も残っていない。語られる言葉をそのまま受け止める。理解はできない。意味は分かる。受け入れられない。受け入れるしかない。信じても信じなくても同じ。全ては、潰れそうなほど絶望的な事実だ。

 

 「んな・・・じゃ、じゃあ・・・記憶が、ねえの・・・は・・・?」

 「あーもう分かり悪ぃなクソボケ!黒幕には全員クローンがいるってオマエラが言ってただろ!別個体の経験なんだからオマエラに記憶があるわけねえだろ!」

 「じゃ、ここでたまちゃんからオマエラにクエスチョーン!今ここにいるオマエラは、オリジナルのオマエラ?それともクローンのオマエラ?どっちでしょーう!」

 「えっ・・・そ、そんなの・・・」

 「も、もういやぁ・・・もう、やめて・・・!!」

 「分からないか?ならヒントをやろう。これだッ!!」

 「ッ!?」

 「ワーオ!レイカったらだいたーん♡」

 

 何の前触れもなく、極が自分のデニムパンツを引き千切った。露わになったその腿は、一条の傷さえない見惚れるような白肌だった。それが意味することを理解するくらいには、まだ理性が保たれていた。

 

 

 選択

 A.【オリジナル)

 B.【クローン)

 

 

 

 

 

▶B.【クローン)

 


 

 「みんな・・・クローン・・・」

 「うぷ♬研前お姉ちゃんだいせいかーーーい!景品なんかないけどねー!」

 「写真の記憶がないのは当然だ。俺たちは皆、この写真が撮影された時より後に生まれているのだから」

 「い、いや・・・なんでそれでクローンだなんて・・・!?」

 「本当に馬鹿な男だなお前は。写真の私にはタトゥーがあり、今の私にはない。写真の私がクローンでこの私がオリジナルであるならば、今朝死んだ私はどうなる!?そもそもクローンにタトゥーを施す意味がないだろう!煩わしい!逆に写真がオリジナルでこの私がクローンであるならば?遺伝情報にタトゥーは刻まれない!故に矛盾しない!即ちそれが結論となる!」

 「・・・わ、私たちが・・・クローン・・・?工場で、造られた・・・って・・・?」

 「あははっ!みんなすっごい絶望的な顔してる!そうだよそうそう!その顔が欲しくてたまちゃんたち頑張ったんだよ!」

 

 嘲りではない。純粋に心から愉しんでいる黒幕たちの笑い声。四方八方から歪に響いてくるその声ももはや気にならない。生き残った5人たちにあるのは、ただ絶望的な無力感だけだった。

 

 「喜べ凡俗!これが【黒幕の正体】と【オマエラは何者か】の答えだ!即ち!」

 

 「ここにいる全員がクローンで!!」

 

 「ここにいる全員が“超高校級の絶望”で!!」

 

 「ここにいる全員が黒幕だった!!」

 

 「それがこのコロシアイの『真相』だ!!」

 

 この肉体は人形(にせもの)だった。この記憶は捏造(いつわり)だった。この感情は、痛みは、心は、意思は、精神は、思考は、情念は、魂は、自我は、存在は──、全て人工物(つくりもの)だった。全てが否定されたような感覚。全てが奪われたような脱力感。全てが虚無へと帰したように、何も感じない。

 

 「まだでしょ♡」

 

 優しく掬い上げるような声。5人の意識が脳へ引き戻される。口は言葉を紡がず、苦しみ死にゆく魚の様に開閉するだけだった。

 

 「まだ最後の謎が残ってるでしょ♡きちんとやり遂げないとダメだよ♬」

 

 何のためにこんなことをしているのだろう。

 

 「【コロシアイの目的】・・・それがまだ未解明のままだ。そうだろう?」

 「・・・もく、てき・・・なんて、どうだって・・・いいだろ・・・!」

 「どうでもいいことはない。大事なことだ」

 「私たちが・・・クローン・・・?この体も思い出も・・・何もかも、ニセものなんて・・・!信じられ、ない・・・!」

 「信じたくなければ信じなければいい。真相は変わらん。そして、オマエラがここにいることもな」

 「その通りだ。フフフ・・・オマエラが生きているのならば、この世に産み落とされたのならば、そこには必ず何かの意味が存在する・・・!人工生命であろうと、意味のない生命など存在しないのだ!」

 「わ・・・た、しは・・・?どこ・・・?」

 「うん?」

 

 全く支離滅裂だった。議論が進行するよう支えたかと思えば、絶望的な事実を告げて5人の精神を脅かす。生命倫理に反する行いを公然と主張している一方で、生命の尊さを口にする。前後の行動に一貫性がない。言葉と行動が一致していない。ただひとつ、芯に存在するのは、絶望的なまでの悪意だけだった。

 もはや議論などままならないが、ぽつり、と研前が呟いた言葉に茅ヶ崎が耳を傾けた。

 

 「私、は・・・?本当の私は・・・どこにいるの・・・!?私が私のクローンなら・・・本当(オリジナル)の私はどこ・・・!?」

 「いいよ、答えたげる。アタシたちのオリジナルボディは、ファクトリーエリアの地下で冷凍保存されてる。クローンって言ったって、100%オリジナルと同じ命を造れるわけじゃない。アタシらクローンボディの遺伝子は、オリジナルよりほんの少しだけ劣化してる。1回の複製(クローニング)ならまだしも、これを繰り返せば確実に遺伝子の劣化の影響は大きくなっていって、いつか生物として破綻する。だから、オリジナルの体は可能な限り保存することが大事なんだ」

 「・・・?どうして、ですか・・・?」

 「どうしたスニフ!?なんか気になるか!?もう恋愛相談は受け付けねえぜ!?ぎゃはははは!!」

 

 意識が戻れば思考が回復する。思考が回復すれば疑問が湧く。疑問が湧けば、問わずにいられないのがスニフだった。知的好奇心に抗うことはできなかった。

 

 「どうして・・・なんかいもClone(クローン)するんですか・・・?“Ultimate despair(超高校級の絶望)”がThe Killing(コロシアイ)だけなら・・・Genom(遺伝子)Degrade(劣化する)までClone(クローン)することなんて・・・」

 「ああ、その疑問か。考えてみろよ。なんでクローンを用意したかをよ」

 「・・・コロシアイをさせるためにい・・・造ったんだろお・・・?」

 「その通りだ。クローンにコロシアイをさせ、コロシアイの中で死ねばその記憶と人格が新たなクローンに引き継がれ、黒幕として裏からコロシアイを見守る。オリジナルボディはただ保存され、遺伝子を供給し続けるだけだ」

 「じゃあなんでクローンにコロシアイさせてるかを考えてみよー☆」

 「その答えを・・・お前は既に手に入れているだろう?」

 

 問いになっていない問い。答えが確定している問い。自分がそれを口にするまで永遠に終わることのない、たった一度の問い。絶望的な感情の中で、スニフは思う。確かに自分は、既に答えを手に入れていたと。

 

 

 証拠提出

 A.【コロシアイ記録館)

 B.【コロシアイ記録館)

 C.【コロシアイ記録館)

 D.【コロシアイ記録館)

 


 

 「The Killing(コロシアイ)を・・・なんかいもするため・・・!」

 「そうだ。お前は『過去』のコロシアイを・・・知っているな?」

 

 ファイルに貼られた死体の写真。殺害の方法。動機。裁判の進行。投票結果。処刑。名前も顔も“才能”も、個人を特定する情報は徹底的に隠蔽されていた。その理由が分かった。

 全てがモノクマランドで行われていた。全てが希望ヶ峰学園の生徒の手で行われていた。全てが『失楽園』に至っていなかった。全てが──“自分”たちの“過去”だった。

 

 「クローンによるコロシアイなら、同じ人間、同じ面子、同じ場所で何度でもコロシアイができる!!」

 「うぷぷ♬同じ人間が何回でも殺せる!!何回でも殺される!!」

 「だが!!一回もそれまでと全く同じ展開(はこ)びにはならなかった!!」

 「同じ人間!同じ舞台!異なるコロシアイ!異なる絶望!そしてこれは永劫続くっす!!」

 「全ての世界から隔絶されひたすら絶望的なコロシアイを続けるだけの場所!!」

 「此ぞ正しく“絶望”の“絶望”に因る“絶望”の為の絶望永久機関!!」

 「それがここ!!『永久絶望楽園 モノクマランド』の正体だァ!!」

 

 愉悦に満ちた絶望たちが叫ぶ。最早スニフたちの耳にそれは届かない。それが真相。それが全て。【コロシアイの目的】など初めから明確だった。コロシアイをすること自体が目的だったのだ。それ以上に求めるものなどないし、それ以下の報労もない。ただ、この世界から分断されたこの場所で、終わらないコロシアイを続ける。それだけが自分たちの存在する意味。死んで初めて、生きる意味を成す存在だった。

 

 「あ・・・ああ・・・!!うああっ・・・!!」

 「なんなんだよ・・・!!マジでなんなんだよ・・・!!なんなんだよこれはあああああああああああああッ!!!」

 「もういや・・・!助けて・・・!誰か・・・助けてよ・・・!!」

 「・・・!」

 「傷心のところ悪いが、最後に全部教えてやるよ!オマエラの記憶が途切れてる、希望ヶ峰学園の入学後から何があったのか!」

 「そうだな。全てを話そう。そして最後に、恒例のアレをやって終わりだ」

 「楽しみだねー♬今回はどうなるのかな♬」

 

 裁判など既に成立していない。黒幕たちによる一方的な真相の種明かしが続くばかりだ。研前は熱く茹だる頭を抱える。下越は鬱屈した感情を拳に乗せてモノヴィークルに当たる。正地はさめざめと泣きながら誰にも届かない助けを乞う。納見は俯いたまま何も言わない。

 そして、黒幕たちは最後に全てを明かす。

 


 

 クライマックス推理

 Act.1

 全ての始まりは・・・そう、“超高校級の絶望”そのものである江ノ島盾子様が、『希望ヶ峰学園史上最大最悪の絶望的事件』を起こしたことっす!希望ヶ峰学園を発端とした江ノ島盾子様の絶望は、人類全体を包み込み世界を破壊し尽くしたっす!これが、『人類史上最大最悪の絶望的事件』っすね!

 当時、希望ヶ峰学園で数年間を過ごしていたアタシたちはそこで気付いたの!江ノ島盾子様の絶望の素晴らしさに!絶望に抗い苦しみながら死んでいった友達もいたけど、アタシたちは違う!絶望を理解し、愛し、自ら生み出そうとした!江ノ島盾子様が理想とする世界を創るために!

 だが江ノ島盾子様の絶望はまだ終わらなかった!ご自分のクラスメイトを巻き込んだコロシアイ学園生活を世界中に配信(はこ)んで、更に世界を絶望のどん底に叩き落とした!たまんなかったよなあ・・・!!俺たちがやる程度のことなんか軽く飛び越えて、あの方は常に絶望の最前線にいた!!

 

 Act.2

 だが何事もそう上手くいくことばかりじゃなかった。全ての始まりにして“超高校級の絶望”である江ノ島盾子様は、自分が黒幕として暗躍したコロシアイ学園生活で、“超高校級の希望”苗木誠に敗れた。そして自ら絶望的な死を選択した。さすがの江ノ島盾子様も、肉体が滅びちまったらもうどうすることもできねえ。ま、オレたちにとっちゃそれもかなり絶望的だったんだけどな!!ぎゃははははははは!!

 いよーっ!!其の後の事次第は正に平家物語に謡われる盛者必衰の理が如し!!世界中に蔓延した絶望思想に対抗せんと未来機関なる組織が誕生しました!!“超高校級の希望”苗木誠然り、元“超高校級の生徒会長”宗方京助然り、希望の象徴たる面々を筆頭に未来機関は忽ちに絶望の残党を駆逐しました!!

 その影響は勿論のこと、“超高校級の絶望”の思想に染まった俺たちにも及んだ。江ノ島盾子様を失った絶望の残党はあまりに脆い。正面切って未来機関に立ち向かったヤツらもいたそうだが、捕まって逆洗脳処置や殺処分に遭ったのだろう。あまりにも、絶望的につまらない最期だ。

 たまちゃんたちもすぐに捕まって殺されると思ったんだけど、なんとかここにいる17人は未来機関から逃げて集まれたんだよね!まあ多分、はじめはもっとたくさんいたんだろうけど。顔も知らねーヤツが殺されてようがどうでもいいけどさ!

 

 Act.3

 もはや表立っての活動は未来機関に勘付かれる可能性があるため、実質不可能になってしまった。が、そこで全員で一計を案じた。未来機関の手の届かない場所で、永遠に絶望を享受できる楽園を造れないかと。その構想を実現し、さらにクローン技術や人格及び記憶の数値化、大量生産ラインの確保などをしたのがこのモノクマランドだ!

 最初はものすごく緊張したよねー☆だってホントに死んじゃうかも知れないし、オリジナルのマイムたちがどうなるかも何の保証もなかったんだからさ♬だけど今はもう大丈夫だよね☆だってもう何回も、何十回も、何百回もコロシアイしては生き返ってるんだもん♡

 我々はひたすらコロシアイを続け、幾多のコロシアイの中で得た絶望の感情を蓄積し続けるのみ。いつか遺伝子の劣化によってクローンがそれ以上造れなくなったとき、我々のオリジナルボディは目覚め、永劫にも等しい時間の中で何度も殺し、殺された記憶とともに与えられるのだ!究極の絶望を!!

 

 Act.4

 そして今回も、オマエラは最終裁判まで辿り着き、この真相を知る段階に至った。もはやこの場所で最初のコロシアイを始めてから、どれほどの時が経ったかも覚えていない。数年、数十年、数百年・・・あるいはもっと多くの時が経過しているかも知れん。だがそれも関係ない。ここは外界から隔絶された“セカイ”なのだからな。

 けどたったひとつだけ・・・俺たちの手じゃどうしようもねェことがあった。ここが地球上のどっかなら、いつか誰かに見つかっちまうかも知れねェ。絶海の孤島とはいえ、俺たちが来られたンなら必ず他にも来られるヤツがいるはずだ。けど、まだ誰にも見つかってねェ。なぜだと思う?船も、飛行機も、人工衛星からの監視も、外部からの影響全てを遮断するなんて、そんな“偶然”が、なんで起きてると思う?そんな運命をねじ曲げることができンのは・・・誰だ?

 

 

 この永遠のコロシアイが続けられてンのは、お前のおかげなんだぜ?“超高校級の幸運”、研前こなた!!

 

 

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 トドメを刺すような雷堂の言葉。ずっと疑問だった。どうして誰も助けに来ないのか。どうして誰もここを見つけてくれないのか。その答えは、自分の中にあった。自分自身が、答えだった。この場所を守り続けていたのは、この幸運(のろい)だった。

 

 「さてと、それじゃ、最後の選択っすね」

 「・・・選択・・・?」

 「学級裁判の最後にはクロを決める投票をしてきたでしょう?ただし今回はクロがいないっす。それにコロシアイのために生まれたとはいえ、ここまで生き残ったクローンに少しくらい自由を掴むチャンスを与えても、罰は当たらないっすよね!」

 「じ、じゆう・・・?どういう、こと・・・?」

 「オマエラ5人の投票で決めるのだ。『失楽園』か、『残留』かを」

 「・・・!」

 

 どこからともなく、巨大なモニターが出現する。学級裁判の最後にクロを投票するときに使われていたものだ。画面は2つのエリアに分けられている。モノヴィークルにも同じものが表示される。『失楽園』と『残留』だ。それを、投票で決めるという。

 

 「選択肢は2つ!投票の結果、『失楽園』を選べば、オマエラはこのモノクマランドから永久に追放される!クローンボディのままだがな!だが、安心しろ。先ほども言ったように、きちんと元の場所に戻してやる」

 「そうしたらその後はオマエラの自由!どこへ行くのも、何をするのも、どう生きるのかも!だ・け・ど♬うぷぷぷぷ♬世の中そう簡単にいくもんじゃないよねー♬」

 「外界の“超高校級の絶望”は駆逐され、未来機関による希望思想が礼賛される世界だ。クローンとはいえ、“超高校級の絶望”の残党であるオマエラが見過ごされる道理などない。ただでさえこのモノクマランドに閉じこもって数年、数十年・・・オマエラの存在自体が外界にとっては脅威だ」

 「そもそもクローンなど恰好の研究対象だ。もし私がここに来る前にそんなものを見つけたら・・・垂涎ものだな。フフフ、フフフ、フフフフフフ・・・!!」

 「しかも!『失楽園』になったヤツは二度とコロシアイには参加できねえ!当然だよなあ!?オリジナルボディも冷凍保存を解除されて朽ち果てるだけ!『失楽園』になったヤツを最後に待つのは・・・完全な死だ!!ただの人間と同じようにな!!」

 

 『失楽園』のエリアが光る。この絶望から、コロシアイから、逃れる道があった。『失楽園』を選択すれば、外の世界で自由になれる。その世界が、自分たちの知る世界とはかけ離れていたとしても。

 

 「そしてもうひとつが『残留』!これを選べばオマエラは晴れてコロシアイ続行!ここにいりゃあオリジナルボディは冷凍保存されてるし、クローンで復活は保証されてる!コロシアイやおしおきで死ぬことはあるが、そんな絶望的な展開も醍醐味だぜ!!」

 「此処に有る物全てが“超高校級の絶望”の為の物!外の世界の様に未来機関の追っ手はいません!複製人体(クローン)に因って真正なる死は訪れない!永遠にコロシアイを続けるのみの絶望楽園!いよーっ!!」

 「投票のルールはいつもとちょっと違うから気を付けてね♬投票で全員が『失楽園』を選んだら、オマエラはみーんなモノクマランドを追放×誰かひとりでも『残留』を選んだら、オマエラはみーんなまたコロシアイに参加することになっちゃうから気を付けてね♡」

 

 告げられたルールは、『残留』になる可能性の方が高いものだった。しかし、今5人の中に『残留』を選ぶ理由などない。『失楽園』になることが良い選択とも言い切れない。外の世界に何が待っているか分からない。絶望の残党として迫害に遭うかも知れない。それでも、少なくともモノクマランドにいるよりは希望が持てるはずだ。

 

 「んなもん・・・『失楽園』以外に何があるってんだよ・・・!!」

 

 最初に声をあげたのは下越だった。それは、未来を見つめた希望に溢れた言葉ではなかった。それ以外に選択すべきものがない、選択になっていない選択であるが故の言葉だった。

 

 「ふざけんな・・・!!ここでまたテメエらとコロシアイなんかするなんて冗談じゃねえ・・・!!」

 

 そう言いながら、誰に確認することもなくモノヴィークルの画面を叩く。あまりに強く叩いたせいで、モノヴィークルがバランスを崩しかけた。

 

 「こんなところで永遠にコロシアイなんて・・・誰がそんなもん選ぶってんだ・・・!!何が永遠だ・・・!!んなもん死んでんのと何が違う!!」

 「人間としては死んでいるだろうな。だがそんなことを気にする意味があるか?我々はクローンだ。外の世界ではまともに生きられない。ここを出るなど死も同然だ。ならば、生者とも死者ともつかないこの場所で永遠を過ごすのが利口ではないか?」

 「うるせえ!!何言ってっか分かんねーんだよ!!」

 「え〜・・・然う来ますか・・・」

 「おい納見!!こんなわけ分からねえヤツらの口車に乗るんじゃねえぞ!!こんなとこいたって何の意味もねえ!!出て行けるんなら出てくに決まってんだろ!?」

 「・・・」

 

 黒幕たちが繰り広げる論理は、下越に何一つ意味を成さない。ただ下越は、コロシアイから抜け出したい、モノクマランドから脱出したい、元の世界に戻りたい、その思いだけを口にした。俯き、何も言葉を発せられなかった納見は、唐突に名前を呼ばれて肩を跳ねさせた。そして、ゆっくりと口を開く。

 

 「ヤスイチおにーちゃん♬ここにいれば好きなだけ造形ができるよ!諸行無常がテーマなんでしょ?コロシアイなんてまさにそうだよ!だから・・・『残留』選べよ!?分かってんだろうな!!」

 「いきなり圧力かけてんじゃねーかよ!?」

 「・・・おれはあ、芸術家になんてなりたくなかったのさあ」

 「は?」

 

 顔をあげた納見は、そんなことを呟く。

 

 「“超高校級の造形家”納見康市・・・いい響きだねえ。自分の作品が認められるってのは気分が良いよお。造りたいものを好きなだけ無制限に造れるなんてえ、夢見たいじゃあないかあ」

 「お、おう!分かってんじゃねえか!だったら『残留』を──!」

 「窮屈だなあ」

 「ああっ!?っんだよ!?」

 「ここにいる限りおれの創作の可能性は限定されるしい・・・おれの生み出す作品には誰かの“期待”が乗っかるだろお?“期待”はいずれ“価値”に変わってえ、いつか本質を見失うときが来るはずさあ。要はあ、おれは造形家でいることに飽きてきてるんだよお」

 「己の“才能”を否定するだと・・・!?納見(ぎっちょう)のくせに生意気だぞ!」

 「この場所におれの未来はない。だからおれは外に出てえ・・・もっとたくさんの可能性を探すよお。おれは楽観主義だからねえ。未来機関に捕まっても殺されるこたあないと信じておくとするよお」

 

 そう言って、納見は投票した。この投票の意味を理解しているからだ。この投票は黒幕との決戦ではない。自分たちの運命を決定する大仰なものでもない。コロシアイを続けるか、止めるかだ。たとえ肉体が人工物(つくりもの)だったとしても、それは大した問題ではない。

 

 「そうだろお正地氏?未来がどうなるかなんて誰にも分からないさあ。絶望的な未来でも希望に溢れた未来でもお、歩み出してはじめて現在になるのさあ。ここで立ち止まるのはあ、良い選択じゃあないだろお?」

 

 ゆるりと、しかし強い意思が覗く言葉で、正地に語りかける。終始涙を流していた正地も、今はただ茫然と俯くばかりだった。だが、納見の言葉に触発されて顔をあげる。青ざめ、目元は赤く腫れ、髪は乱れた痛ましい姿。停止していた脳が、少しずつ動き出す。この状況を、理解していく。

 

 「そう・・・そうよ・・・!どうして『残留』なんか選ぶの・・・?私たちは・・・もうこんなコロシアイなんかしたくないのよ・・・!!」

 「正地、目先のことに囚われるな。コロシアイは続けるが必ず俺たちは復活する。実質的な不老不死だ。そうだろう?外に出れば遠からずお前は死ぬ。それでもいいのか・・・!?」

 「・・・そうよね。死ぬのは、怖いわ。未来機関も、外の世界も・・・怖い。ここにいれば、私はまた“超高校級の絶望”に戻って、何もかも破綻した思考で・・・笑えるようになるかも知れない・・・。だけど、その先にあるのは不老不死なんかじゃない。永遠の死よ。何回も生まれて、何回も絶望して、何回も死ぬの・・・そんなのいや。死ぬのは1回でたくさんよ!」

 「死を恐れるのはそれが生物としての限界だからだ。死を超越した我々にとって何度も死ぬことへの恐怖などない」

 「ウソよ!!だってさっき・・・自分に銃を突きつける皆桐くんが、すごく辛そうだったから・・・!!絶対、大丈夫なんてことないのよ・・・!!」

 「ぐぬぬぅ・・・!!タイミングを見誤ったっす・・・!!」

 

 恐怖に支配され、正常な思考ができる状態ではなかった。だが、どちらを選択すべきかは頭の中でしっかり考えられていた。正地にとって無限の命は、無限の死と同義だった。何度も目撃した死を、自分の身に何度も起きるなど考えられない。

 

 「ごめんなさい・・・私は、終わらない命に希望は持てない。外の世界にも希望はないかも知れないけど・・・でも少なくとも、ここより大きな絶望はないって信じたい・・・!だ、だから・・・私は・・・!」

 

 震える指で、おそるおそる、パネルに触れた。これが逃避なのか、希望に満ちた選択なのか、結局は分からない。未来は現在になり、過去にならなければその是非は分からない。命懸けのギャンブルとも言えるその選択をした後から、正地の心臓はさらに強く鳴り始めた。正地は思わず膝から崩れ落ちる。

 

 「だ、大丈夫?正地さん・・・!」

 「ええ・・・!なんとか、大丈夫・・・!私は、もう、大丈夫だから・・・!研前さん・・・!!研前さんの想いを聞かせて・・・!!」

 「えっ・・・?」

 「研前さんは・・・どう思うの?外の世界に、希望は・・・あると思う?」

 

 そんなものは分からない。分からないことを承知の上で正地は問うた。既に3人、不確定な未来の希望を信じて投票を済ませた。研前はどちらを選ぶべきか。研前自身はどう思っているか。その答えと決断を迫られる。

 

 「・・・」

 「おい研前?お前、希望なんか信じてンのか?今までお前が何をしてきたか分かってンだろうなァ?その幸運でどれだけの不幸を生み出してきたンだお前は?希望なんか信じて報われるとでも思ってンのか?お前自身が他のヤツらにとっちゃ絶望みてェなもんだってのに!」

 「・・・私は・・・うん、そう。私は・・・私の幸運は、たくさんの不幸を生み出した、かも知れない・・・!」

 

 畳みかける雷堂の言葉に打たれるように、研前は両手を手すりについて懸命に体を支える。ともすれば崩れ落ちてしまいそうな脱力感の中で、研前は話す。自分の幸運と他者の不幸は紙一重だ。そんなことは自分が一番よく分かっている。

 

 「ちょっと前に思ったんだ・・・。だから私は・・・その不幸を背負わなくちゃいけないって。誰かの不幸の上に生きていくのなんてイヤで、苦しくて、悲しくて、逃げ出したいって何度も思った。コロシアイだって同じだ。私たちが生き延びるために、クロのみんなに投票してきた。罪悪感だってあるし、後悔もある」

 「・・・?」

 「だけど、ここで私が逃げ出したら・・・そういうみんなの犠牲が無駄になる・・・。私がこうして生きてる限り、苦しみ続けてる限り、みんなの犠牲は意味があったって言える。いつか死んじゃうとしても・・・私が生きた証を残せれば、それが私と、みんなの生きた証になる。そうすれば・・・そうしなくちゃ、ダメなんだと思う。それが、“超高校級の幸運”として生まれた私の責任なんだって思う・・・」

 「いよっ?いよよよっ!?お、お待ちなすって研前さん!?」

 「だから私は・・・ここにいちゃいけない。こんなところに閉じこもってちゃいけない・・・!外の世界に出て・・・たとえ、誰かに狙われても、生きなくちゃいけない・・・!私は・・・私の“才能”に向き合って生きたい、生きなくちゃいけない!」

 「っだあーっ!!ちくしょう!!投票しやがった!!無駄に思い切りいいなコノヤロー!!」

 「あれあれあれ?どうしてオマエラそんなに希望に満ちてるの?外の世界にオマエラの希望なんてありはしないんだよ?モノクマランドなら永遠で安全なコロシアイが約束されてるのに、どうしてそっちを選ばないの?おっかしーの♡」

 「後は・・・スニフ君だけだよ」

 「・・・!」

 

 研前が、まだ投票を終えていない最後の生き残り、スニフに声をかける。全ての状況を見続けてきたスニフにとって、どちらに投票すべきかなど明白だった。それにスニフ自身、『失楽園』のメリットとデメリット、『残留』のメリットとデメリット、それらを冷静に考えられていた。

 

 「そんなの・・・『Lost paradise(失楽園)』しかないじゃないですか・・・!!」

 「なん・・・だと・・・!?」

 「だって、そうでしょう?ボクたちは・・・ここから出るためにがんばってきたんです。ここから出るために、Discussion(議論)をして、Trial(裁判)をして、生きてきたんです・・・!!のぞめば『Lost paradise(失楽園)』できるのに、それをしないなんて・・・おかしいでしょう!」

 「論理的に、合理的に考えろ少年。『失楽園』を望んでいた理由はなんだ?自由を取り戻すため、理不尽な死から逃れるためだろう。『失楽園』か『残留』かではない。どちらがオマエラにとって得かということだ。もはやあらゆる前提がひっくり返った今、真に得なのはどちらだ?」

 「それって、ボクたちがしたい方ってことですよね。ボクたちがどっちをWish(望む)するかですよね。だったらやっぱり、ボクたちは『Lost paradise(失楽園)』をえらびます。だって、ボクもこなたさんも、ヤスイチさんもセーラさんもテルジさんも・・・ボクたちはみんな、Hope(希望)をしんじてますから!」

 「愚かしい・・・!!実に愚かしいぞ子供(スニフ)!!その選択は誤りだ!!考えろ!!どちらの方が敵が多い!?ここには敵などいない!!全員が同じ立場だ!!外の世界に出て得があるか!?未来機関!生医学研究機関!希望ヶ峰学園!人類!オマエラの敵は無数だ!!」

 「ハイドさん。もうおそいです」

 

 力強い目で、スニフは星砂を見つめ返す。モニターには、5人の投票が終わったことを示す“投票完了”の字が表示されている。既に結末は決定している。今から何を言おうと、何をしようと、たとえ黒幕であっても、覆すことはできない。

 

 「ボクたちは、もう“Ultimate despair(超高校級の絶望)”にはもどりません!」

 「私たちは外の世界で生きる・・・死んでいったみんなの命に責任を持つ!」

 「私たちは今の命、この命を全力で生き抜く!」

 「おれたちは自由におれたちらしく、やりたいように生きていく!」

 「オレたちはもうコロシアイなんかたくさんだ!永遠なんていらねえ!」

 

 

 

 

 

 「これがボクたちのこたえです!!」

 


 

 スニフの言葉とともに、モノクマランドに響き渡っていた音楽が止まる。まばゆい光の洪水がおさまり、暗闇が訪れる。モノヴィークルが、ゆっくりと停止する。モノクマランドの全てが、冷たい空気の底に沈み込んだ。黒幕たちの表情は固い。それは、歴とした敵意だった。

 

 「後悔しねェんだな」

 「そんなもの、あるはずがないです」

 

 最後の短い問い。即答するスニフたちに迷いはない。そして、モニターは切り替わる。

 

 

 

 

 

 最後の投票結果が表示された。

 


 

コロシアイ・エンターテインメント

生き残り:5人

 

 

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+黒幕:12人

 

 

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遂にここまで来ました!
あとはこの後の話書いて、エピローグ書いて終わり・・・にしたいです。
どうなるか分からんですけど

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